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258 西中島南方駅 (大阪メトロ)

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にしなかじまみなみがた

所在地:大阪市淀川区西中島一丁目12-10
所属・路線:大阪市高速電気軌道株式会社・御堂筋線
キロ程:3.6km(江坂起点)
接続する鉄道路線:
阪急電鉄・阪急京都本線(南方駅)
※注 - 地下鉄堺筋線と阪急千里線(相互直通運転)の連絡乗車券は天神橋筋六丁目駅経由指定であり、双方の駅の直接乗り継ぎはできない。

概要:
全国で初めて2つの地名を合体させた駅名と言われている。駅名の決定にあたっては、周辺住民から旧自治体名(西成郡西中島町)に由来する広域地名である「西中島」と、西中島町の9大字のひとつで、阪急の駅と同名である「南方」の2つの案が提示されていたが、両案を合体させる形で決着した経緯がある。ただし、阪急の駅は「みなみかた」と清音であるのに対し、当駅は「にしなかじまみなみがた」と濁音である。異なる地名が合体する例は大阪市営地下鉄の駅名ではよく見られ、特に谷町線に多い。
また、余談となるが、当駅南側にある「西中島南方駅前」交差点の読み方は、「にしなかじまみなみがたえきまえ」ではなく、「か」の濁点がない「にしなかじまみなみかたえきまえ」である。

歴史:
1964年(昭和39年)9月24日 - 1号線(現在の御堂筋線)の梅田 - 新大阪間開通とともに開業
1974年(昭和49年)7月22日 - 分区により駅の所在地が東淀川区から淀川区に変更となる。
2018年(平成30年)4月1日 - 大阪市交通局の民営化により、所属事業者・管轄が大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)に変更

駅構造:
幅4.2mの相対式ホーム2面2線を有する高架駅。
軌道およびホームは国道423号(新御堂筋)の双方車線に挟まれる位置にあり、地上を走行する阪急京都本線を高架でまたいでいる(高さ地上約5m)。改札口は駅の南北両端の地上部にある。
他の御堂筋線の高架駅は島式ホームなのに対して、当駅は唯一相対式ホームとなっている。当初、他駅と同様に島式ホームにする予定だったが、周辺の区画整理事業の遅れにより、御堂筋線の建設が新御堂筋との同時施工から通常の用地買収方式での御堂筋線のみの単独施工に変更されたため、相対式ホームに設計が変更されたことによる。
昇降設備は、北改札内、南改札内ともに各ホームに上りエスカレーターとエレベーターがある。トイレは北改札内、南改札内のそれぞれにあり、どちらもオストメイトに対応した多機能トイレがある。
当駅は梅田管区駅に所属し、中津駅が管轄している。

のりば:

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1番線 御堂筋線 梅田・なんば・天王寺・あびこ・なかもず方面(左写真)
2番線 御堂筋線 新大阪・江坂・千里中央方面(右写真)

出典参考:Wikipedia「西中島南方駅」(最終更新:2018年4月1日)

現地取材:2018.3.-2
記事投稿:2018.4.16

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# by fbox12 | 2018-04-16 22:44 | 鉄道・バス

第佰拾七 波上宮 沖縄県那覇市鎮座

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a0057057_22481619.pnga0057057_22212245.png
a0057057_22201005.pngなみのうえぐう

鎮座地:沖縄県那覇市若狭一丁目25番11号
祭神:
主祭神
 伊弉冊尊(いざなみのみこと)
 速玉男尊(はやたまをのみこと) 左神座
 事解男尊(ことさかをのみこと) 右神座
相殿神
 竈神(火神)
 産土大神
 少彦名神 (薬祖神)
社格等:旧官幣小社、神社本庁別表神社、琉球国新一の宮
本殿様式:流造
別名:沖縄総鎮守、「なんみんさん」

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概要:
沖縄県那覇市の那覇港を望む高台の上に位置し、「なんみんさん」「ナンミン」として親しまれてきた神社。

歴史:
a0057057_00054749.png当宮創建の年代は不詳である。しかし『琉球宗教史の研究』では、琉球八社は真言宗寺院に併置され、その創建の由緒を見ると多くは社寺同時に創建されたものと考えられることから、当宮は察度王の御代、護国寺(右写真)が開山した時期(貞治7年、1368年)に創建されたのではないかと推測している。
『波上宮 略記』では、遥か昔、人々が海の彼方の海神の国(ニライカナイ)の神々に豊穣や平穏を祈った聖地が当社の鎮座する波の上の崖端で、拝所として日々の祈りを捧げたのに始まると述べている。当地での遥拝に関して『海上の道』では、波の上の丘陵の高みにおいて、毎年、日を定めてこの付近の居留者が各々の故郷の方角に向けて香炉を置き、自身の本国に向かって遥拝する「ネグミ拝み」と言う祭りが近代まで行われていたことを紹介している。
a0057057_22540326.png天啓3年(1623年、和暦では元和9年)完成の『おもろさうし 第十』には「国王様よ、今日の良き輝かしい日に聞得大君を敬って、国中の人々の心を集め揃え、石鎚金槌を準備して石を積み上げ、波の上、端ぐすくを造り聖地へ参詣し給えば、神も権現も喜び給う。」と言う意味の“おもろ”がある。『おもろさうし 上』はこの中に詠われる「波の上、端ぐすく」が当宮鎮座地であると解説し、『日本の神々 -神社と聖地- 13 南西諸島』では当宮創建を詠った“おもろ”ではないかと紹介している。
『神と村』では、グスクは古代祖先達の共同葬所(風葬所)であり、納骨洞穴が拝所になった場所は「テラ」と称される場合があると述べたうえで、上記“おもろ”に記された「なみのうへ は げらへて はなぐすく げらへて ものまいり しよわちへ てらまいり しよわちへ」の「てら」が、古代「鼻(はな)ぐすく」と呼ばれた当宮鎮座地にある「波上洞穴遺跡」を指しており、この地が祖先達の葬所を根源とする「神の居所」であることが覗われると述べている。
a0057057_00285647.png慶長10年(1605年)に倭僧・袋中良定が著した『琉球神道記 巻第五』の「波上権現事」では当宮を琉球国第一大霊現と述べ、さらに以下のような当宮の創設伝承を記している。
南風原の里主という者が釣りをしていると、ある日浜辺で「光り、ものを言う」霊石を見つけた。この石に祈るたびに豊漁となるので、諸神がこの霊石を奪おうとした。そこで里主が当地へ逃れると「吾は熊野権現也、この地に社を建て祀れ、然らば国家を鎮護すべし」との神託があった。里主は琉球王府にこれを奏上し、社殿が創建された。
上記の伝承は、琉球の固有信仰として古くからあった石体信仰と熊野信仰が結合したものであろうと『古代文学講座11 霊異記・氏文・縁起』では考察している。また、上記と同様の伝承が康熙52年(1713年、和暦では正徳3年)に国王へ上覧された琉球王府編纂の地誌『琉球国由来記 巻11』にも記されている。
正平23年(1368年)、頼重法印が当宮の別当寺として護国寺を建立したが、その後一時衰微し、紀伊國熊野から補陀落渡海の果てに琉球へ漂着した真言宗の僧侶日秀上人により大永2年(1522年)再興されている。再興にあたり日秀は熊野三所大権現の本地仏である阿弥陀如来・薬師如来・千手観音を刻して安置している。
寛永10年(1633年)に社殿が焼失したが、本地三尊像は護国寺に移されていて難を逃れた。焼失した社殿は同12年(1635年)に再建されている。さらに享和3年(1803年)社殿が大破したため、それまでの本地三尊像を3殿に分けて安置する形式から1殿に安置する三戸前として改築した。
明治に入り近代社格制度によって官幣小社へ列格され、明治23年(1890年)5月17日に御鎮座告祭式を行った。この御鎮座告祭式の日が、明治26年(1893年)から例大祭の日となっている。『琉球宗教史の研究』によれば、官幣小社へ列格される前年(1889年)に沖縄県が国幣中社の認定を申請していたが、皇室の祖神である伊弉冊尊を祀っていたことを理由として格上げのうえ列格されたのだと言う。昭和10年(1935年)には御再興三百年祭を催行。さらに昭和13年(1938年)頃にかけて神苑を整備している。
太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)、戦火が迫ったことから宮司がご神体を奉じて摩文仁村へ避難した。しかし境内は激しい沖縄戦の中で鳥居を残し全てが灰燼に帰してしまった。沖縄戦で壊滅的な損害を被った当宮であったが、昭和23年(1948年)には別表神社へと指定された。昭和27年(1952年)宮司が復興に着手。翌28年(1953年)ハワイ移民の寄進により本殿と社務所を再建、本土へも呼びかけ昭和36年(1961年)には拝殿が再建された。昭和47年(1972年)本土復帰を迎えて沖縄復帰奉告祭が行われ、皇室より幣帛料を賜っている。昭和62年(1987年)旧社務所並びに参集所を撤去し、新しい社務所が新築された。
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平成2年(1990年)御大典を記念して一の鳥居を改築した。さらに平成の御造営により本殿と拝殿を再建、平成5年(1993年)に完成して正遷座祭が催行された。翌6年(1994年)5月に全整備事業の終了により竣功奉告祭が催されている。平成15年(2003年)には第二社務所を新築、平成18年(2006年)長年に亘り信仰の場・景勝地として親しまれてきたことを理由に、当宮敷地一帯が「波上(なんみん)」として那覇市より史跡・名勝文化財へ指定された。
現在、宮内には沖縄県神社庁の事務所が置かれ、沖縄における神道の活動拠点の一つとなっている。

この神社最寄の駅・バス停:
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沖縄都市モノレール(ゆいレール)県庁前駅より西へ1km。
駅前のパレットくもじ前バス停から那覇バス乗車、西武門(にしんじょう)バス停下車。
那覇バス1番(首里牧志線)・2番(識名開南線)・3番(松川新都心線)・5番(識名牧志線)・15番(寒川線)・45番(与根線)で西武門(にしんじょう)バス停下車。

出典参考:Wikipedia「波上宮」(最終更新:2018年3月22日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E4%B8%8A%E5%AE%AE

現地取材:2017.5.16
記事投稿:2018.4.15

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# by fbox12 | 2018-04-15 23:11 | 神社

253 新大阪駅 (JR東海/JR西日本/大阪メトロ)

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しんおおさか

概要:
大阪における新幹線の広範囲連絡の代表駅である。東海道新幹線の終点および山陽新幹線の起点となっており、当駅を営業区間に含む全列車が停車するほか、当駅を始終着とする列車が数多く設定されている。
大阪市の北の中心地である梅田は当駅より南方へ約3kmの距離にあり、そこにあるJR大阪駅までは在来線の東海道本線(JR京都線)で1駅、地下鉄梅田駅までは地下鉄御堂筋線で3駅である。また、新幹線に接続して北陸や山陰・南紀・関西空港方面への在来線特急列車が発着し、北近畿ビッグXネットワークではその一端を担っている。

乗り入れ路線:
JRの駅には、新幹線の東海道新幹線・山陽新幹線と在来線の東海道本線が乗り入れている。大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)の駅には御堂筋線が乗り入れている。JRの在来線の駅には「JR-A46」、大阪市営地下鉄の駅には「M13」の駅番号が付けられている。
前述のとおり、東海道新幹線は当駅が終点であり、山陽新幹線は当駅が起点となっている。この両新幹線の路線は当駅を介して相互直通運転が実施されており、総称として「東海道・山陽新幹線」の路線名称が使用されることがある。また2011(平成23)年3月12日からは、全線開業した九州新幹線からの列車が当駅まで乗り入れを開始した。
1987(昭和62)年4月1日の国鉄分割民営化以降、東海道新幹線はJR東海、山陽新幹線と東海道本線がJR西日本の管轄となっている。新幹線は当駅がJR東海・JR西日本の境界駅となっているが、新幹線構内はJR東海が全面的に駅を管轄している。また東海道本線の当駅を含む京都駅 - 大阪駅間には「JR京都線」の愛称が設定されており、JR西日本の旅客案内ではこの愛称が使用されている。このほか、大阪駅を通らずに東海道本線支線(梅田貨物線)を経由して大阪環状線・阪和線に直通する列車も発着している。
JR東海・JR西日本の駅は特定都区市内制度における「大阪市内」に属する。JR西日本(在来線)の駅はアーバンネットワークエリアに属しており、管理駅(駅長が配置された直営駅)として東淀川駅を管理している。将来は北陸新幹線や中央新幹線の終点となる予定(後述)。
乗車カード対応:JR西日本の駅はICOCA、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)の駅はPiTaPaの各IC乗車カードの利用可能エリア内に含まれており、それぞれ相互利用可能なICカードにも対応している。JR東海(新幹線)ではこれらのカードは利用できないが、新幹線の磁気乗車券やEX-ICサービスのEX-ICカードを在来線用のICOCAなどと組み合わせて使用できる。

歴史:
1964(昭和39)年10月1日の東海道新幹線の開業に先立ち、大阪市営地下鉄御堂筋線の駅が同年9月24日に開業した。
当時の駅は、用地買収の遅れから現在のホームの南半分(梅田側)のみ完成での開業で、さらに南側に木製の仮設ホームを継ぎ足してホーム長を確保していた。梅田側の上下線がホームの手前から大きく開いているのは、その仮設ホームがあった頃の名残である。
当駅 - 江坂駅間が延伸開業した1970(昭和45)年2月24日に、未完成だったホーム北半分が完成して仮設ホームを撤去し、現在の御堂筋線の駅が完成した。
国鉄(現 JR)の駅は、1964(昭和39)年の東京オリンピックの開催に合わせて建設された東海道新幹線の終点駅として、1963(昭和38)年10月に完成し、翌年の1964(昭和39)年10月1日に開業した。
新幹線の駅が大阪駅に併設されなかったのは、大阪駅(梅田地区)付近が阪急梅田駅や梅田貨物駅などの既存施設で埋め尽くされて再開発の余地がなかったことや、山陽方面への延伸が見込まれており、在来線(東海道本線)のように淀川を二度も渡る曲線経路を避けたためである。なお、戦前の新幹線計画である「弾丸列車計劃(画)」では、1940(昭和15)年4月1日に現在の同駅の隣に設置された東淀川驛が同路線開通後に「新大阪驛」と改称される予定であったが、戦後東海道新幹線が建設される際に、「山陽方面への延伸の際は、北方貨物線の直上に建設した方が用地買収の手間がなくてよい」といった理由で大阪付近のルートが一部変更されたため、現在の位置に当駅が設置された。これにより、当駅との統合という形で東淀川駅の廃止計画を発表したが、地元住民の要望により存続することになった。東淀川駅と当駅の間の営業キロが0.7kmと非常に短いのは、このような理由によるものである。
当駅におおさか東線が乗り入れ、同線の起点駅となる予定である。計画当初は2006(平成18)年開業を目指していたが、用地買収などで手間取り2009(平成21)年度着工、2019(平成30)年春全線開業を目指すことになった。

JR西日本・JR東海
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1964(昭和39)年10月1日 - 東海道新幹線の東京駅 - 新大阪駅間開業。新幹線・東海道本線の駅開業
新幹線ホームは2面3線(現在の22 - 24番線)
a0057057_23501248.png1965(昭和40)年4月15日 - 新幹線ホーム1番線(現在の21番線)使用開始
1966(昭和41)年10月1日 - 新幹線の引上検修線が2線設置される。
1972(昭和47)年3月15日 - 山陽新幹線の当駅 - 岡山駅間開業
1974(昭和49)年7月22日 - 大阪市の分区に伴い、駅の所在地が東淀川区から淀川区となる。
 12月7日 - 新幹線ホーム5・6番線(現在の25・26番線)使用開始
1985(昭和60)年3月9日 - 新幹線ホーム20番線の使用開始。1 - 6番線を21 - 26番線に呼称変更
 3月14日 - 新快速の停車駅となる。
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、東海道新幹線と新幹線改札内は東海旅客鉄道(JR東海)の管轄に、山陽新幹線と在来線並びに在来線改札内は西日本旅客鉄道(JR西日本)の管轄になり、両社の境界駅となる。
1988(昭和63)年3月13日 - 路線愛称の制定により、東海道本線で「JR京都線」の愛称使用開始
1995(平成7)年1月17日 - 午前5時46分に阪神・淡路大震災発生。新幹線ホームでは駅名評と蛍光灯照明が落下、駅構内でもガラスが割れて散乱するなどの被害を受けた。近畿地方の在来線各線や新幹線は地震発生直後から運休となった。
 4月8日 - 山陽新幹線の当駅 - 姫路駅間運行再開
a0057057_08570496.png 8月6日 - 復旧工事および新幹線ホームのリニューアル工事と安全柵の設置工事完成。在来線に電光掲示板、自動改札機導入
1998(平成10)年3月10日 - 新幹線改札口に自動改札機導入
2002(平成14)年7月29日 - JR京都・神戸線運行管理システム導入
2003(平成15)年11月1日 - JR西日本でICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2005(平成17)年3月1日 - 在来線ホームにエレベーター、エスカレーター設置
2007(平成19)年3月18日 - 17・18番のりば(現在の15・16番のりば)のかさ上げ工事完成。在来線で駅自動放送更新
2011(平成23)年3月12日 - 九州新幹線の全線開業により、新設された「みずほ」・「さくら」の発着駅となる。
2012(平成24)年12月16日 - 在来線の新17・18番のりばが東側へ移設のうえ使用開始。旧17・18番のりばは使用停止
2013(平成25)年3月13日 - 在来線の東口の自動改札機をJR西日本テクシア製、AG50型に交換
 3月16日 - 新幹線の新ホーム27番線使用開始
 12月8日 - 在来線旧17・18番のりば改良工事終了し、新15・16番のりばとして使用開始。旧15・16番のりばは使用停止
2014(平成26)年1月26日 - 新幹線の引上線4線化により、27番線増設を含めた大規模改良工事完成
 2月26日 - 在来線地下鉄連絡口自動改札機をJR西日本テクシア製、AG50型に交換
2015(平成27)年1月18日 - 在来線旧15・16番のりば改良工事終了し、新13・14番のりばとして使用開始。旧13・14番のりばは使用停止
 3月4日 - 在来線コンコース内に駅ナカ施設「エキマルシェ新大阪」開業
 3月12日 - 在来線に接近メロディ導入
2016(平成28)年2月1日 - 在来線旧13・14番のりば改良工事終了し、新11・12番のりばとして使用開始。旧11・12番のりばは使用停止。11番のりばの線路は南側では東海道線上り列車線とは繋がらない構造となったため、事実上、11番のりばは梅田貨物線専用のりばとなった。
 2月16日 - 改札内に液晶ディスプレイの案内板設置
 3月26日 - ダイヤ改正に伴い、特急「しなの」の乗り入れ廃止
2017(平成29)年1月20日- 配線変更により、梅田貨物線の下り線が11番のりばに直接乗り入れる構造となり、11番のりばは完全に梅田貨物線専用となる。
 3月4日 - 当駅を始発・終着とする臨時「みずほ」の運転開始
2018(平成30)年3月17日 - 在来線に駅ナンバリングが導入され、使用開始
2019(平成31)年春 - おおさか東線の当駅 - 放出駅間開業予定。ただし、放出駅 - 久宝寺駅間は2008(平成20)年3月15日に先行部分が開業している。
在来線の旧11・12番のりばの改良工事終了し、のりば番号が改番され、おおさか東線用ホームとして使用を開始する予定

大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
1964(昭和39)年9月24日 - 大阪市営地下鉄御堂筋線の梅田駅 - 当駅間が開通し、御堂筋線の駅開業
1970(昭和45)年2月24日 - 大阪市営地下鉄御堂筋線の当駅 - 江坂駅間開業
1974(昭和49)年7月22日 - 大阪市の分区に伴い、駅の所在地が東淀川区から淀川区となる。
1990(平成2)年6月 - 御堂筋線ホームの有効長を180mから200mに延長し、10両編成対応ホームとなる。
2006(平成18)年2月1日 - ICカード「PiTaPa」の利用が可能となる。
2013(平成25)年4月24日 - 中改札のトイレをリノベーション
2015(平成27)年9月4日 - 中改札のトイレが「日本トイレ大賞」国土交通大臣賞受賞
2016(平成28)年3月30日 - 駅ナカ施設「新なにわ大食堂」開業
2018(平成30)年4月1日 - 大阪市交通局の民営化により、所属事業者・管轄が大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)に変更

構想:
阪急や地下鉄の乗り入れ構想について、2018(平成30)年4月11日、国土交通省が採算性を試算した。その内容については、「乗りものニュース」に記事がある。
リニア中央新幹線の乗り入れ構想がある。2008(平成20)年11月7日に、JR東海会長葛西敬之が講演会のなかで「東京・名古屋・大阪では新幹線とリニアのどちらでも乗り換えが可能にしたい」とリニアの当駅乗り入れの意向を示したことがメディアにより報じられた。その後、2011(平成23)年5月27日に国土交通大臣によってリニアの建設指示がなされたが、その後の同年11月30日のJR東海の社長記者会見においても、新大阪駅に乗り入れる意向が示されている。
北陸新幹線の乗り入れ構想がある。大阪府知事の松井一郎やJR西日本社長の真鍋精志は「終着駅は新大阪駅でなければならない」と主張していたことにより、正式な終着駅になる予定。京都駅からのルートは東海道新幹線ではノンストップだが、北陸新幹線では京都府京田辺市に中間駅(松井山手駅)設置を決めている。

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a0057057_22512353.png駅構造:(JR西日本・JR東海)
所在地:大阪市淀川区西中島五丁目16-1
所属事業者:
西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)/東海旅客鉄道株式会社(JR東海)
電報略号/事務管コード:シオ/610155
乗入路線:
 東海道新幹線
  キロ程:552.6km(東京起点)
 山陽新幹線
  キロ程:0.0km(新大阪起点)
 東海道本線(JR京都線)
  駅番号:JR-A46
  キロ程:552.6km(東京起点)
 東海道本線貨物支線(梅田貨物線)
  キロ程:5.3km(吹田(タ)起点)
備考:
JR西日本:直営駅(管理駅)
JR東海:駅長配置駅(管理駅)
新幹線駅はJR東海、在来線駅はJR西日本管理ホームはJR西日本が管轄している部分は「のりば」、JR東海が管轄している部分は「番線」と表記・案内されるため、本項でもこれに従う。3階に改札口とコンコース、2階に商店街と地下鉄への連絡通路がある。
のりばは11 - 18番のりばが在来線ホーム(地平)、20 - 27番線が新幹線ホーム(4階)となっている。そのため1 - 10番のりば・19番のりばはない。ただし、新幹線ホームは1985(昭和60)年3月9日に20番線が設けられるまで1 - 6番線と称していた。 また、2013(平成25)年3月16日のダイヤ改正より、名古屋・東京方面行きの新ホーム「27番線」の使用が開始されている。
在来線ホームJR西日本の管轄で、島式ホーム4面8線(12両編成対応)を有する地上駅である。ホームはほぼ南北方向に延びており、新幹線ホームの東側と斜めに交差する。在来線と地下鉄とは距離があるため乗り換えの利便性はあまりよくない。「はるか」・「くろしお」は関西空港・南紀方面行も京都方面行も同じ11番のりばから発車するため、乗り間違えに注意する必要がある。
1964(昭和39)年10月1日の当駅の開業時から在来線の東部分には、おおさか東線の全線開業の際にホームを増設できるよう、広い用地が確保されていた。直上のコンコースにも階段等を設置するためのスペースがあらかじめ取られていた。だが、後におおさか東線は梅田貨物線に合流する計画に変更されたため、その用地には17・18番のりばのホームを新設し、さらに既存の線路を東へ順番に移設する工事が2018(平成30)年の完成を目途に、2012(平成24)年より始まった。
同年12月16日に新17・18番のりばの使用が開始された。これに伴い、使用が停止された旧17・18番のりばは約1年かけて改装され、2013(平成25)年12月8日に新15・16番のりばとして使用が開始された。旧15・16番のりばも1年以上かけて改装され、2015(平成27)年1月18日に新13・14番のりばとして使用が開始された。旧13・14番のりばも改装され、2016(平成28)年2月1日に新11・12番のりばとして使用が開始された。
最終的には旧11・12番のりばが(改番されて)おおさか東線、梅田貨物線(はるか、くろしお)用ホームとして使用が開始される予定。また改良工事によりコンコースには駅ナカ商業施設「エキマルシェ新大阪」が2015(平成27)年3月4日に開業している。
当駅の大阪方には網干総合車両所宮原支所への連絡線があり、大阪駅発着列車の送り込み・送り出し回送列車が通行するが、この連絡線自体も当駅の構内に含まれており、当該回送列車の運転取り扱い上でも当駅を通過駅かつ採時駅として扱っている。
a0057057_22023905.png11番のりば
 関西空港線 関空特急「はるか」 関西空港方面(梅田貨物線経由)
 きのくに線 特急 白浜・新宮方面
12番のりば
 高山本線 特急 高山方面
 北陸本線 特急「サンダーバード」 福井・金沢方面
(12番のりばの「サンダーバード」と11番のりばの「はるか」)
13・14番のりば
 JR京都線 茨木・高槻・京都方面(一部12番のりば)
15・16番のりば
 JR神戸線 大阪・尼崎・三ノ宮方面(一部17番のりば)
 JR宝塚線 宝塚方面(主に15番のりば)
17・18番のりば
 福知山線 特急 福知山・城崎温泉・天橋立方面
 東海道線・智頭急行線 特急 大阪・鳥取方面
上記路線名は当駅における旅客案内上の名称(愛称)で記載している。
当駅は「JR京都線」と呼ばれる区間の途中駅であるが、当駅では便宜上、京都方面行のみ「JR京都線」と案内され、大阪・尼崎方面は、直通先の路線愛称である「JR神戸線」「JR宝塚線」と案内されている。広島方からの新幹線到着時の車内放送もこの形に準拠している(名古屋方からの到着時の車内放送では「東海道線」と案内される)ほか、「JRおでかけネット」の駅構内図も同様である。運転取り扱い上の番線は西から、工事中のおおさか東線が1番線・2番線、11番のりばが3番線の順で、18番のりばが10番線である。原則として、上りは新快速・快速が13番のりば、普通が14番のりば、下りは普通が15番のりば、新快速・快速が16番のりばを使用する。ただし、平日朝ラッシュ時は、上りの新快速・快速が12番のりば、普通が14番のりば、下りの普通が16番のりば、下り新快速・快速が17番のりばを使用する。
サンライズ瀬戸・サンライズ出雲は当駅には停車しない。下り(高松・出雲市行き)は17番のりば、上り(東京行き)は12番のりばを通過していく。
新幹線ホームはJR東海の管轄で、島式ホーム3面6線と単式ホーム2面2線、合計5面8線を有する高架駅。ホームはほぼ東西方向に延びている。表示板はJR東海のデザインのものであるが、東海道・山陽新幹線の境界駅のため、「JR東海」の表示やオレンジ色のJRマークは入っていない。博多方には上下本線の間に引上線(大阪仕業検査車両所新大阪支所)があるほか、25・26番線の博多方には保線用の横取り線がある。東海道新幹線の開業当初の設計では島式ホーム3面6線のみ(開通時は2面3線のみで1974(昭和49)年12月7日に3面6線となった)で南北に1線ずつ留置線の路盤を準備していたが、その路盤に線路とホームを設置する形で1985(昭和60)年3月9日に20番線が、2013(平成25)年3月16日に27番線が増設された。なお、27番線のホームは阪急新大阪連絡線として阪急電鉄が確保していた用地を利用して設置された。山陽新幹線の「みずほ」・「さくら」・「ひかりレールスター」・「こだま」の多くは20番線に停車するため、東海道新幹線との乗り換えの便はあまりよくない。また、コンコースと20番線を直接行き来するエレベーターがなく、21・22番線用のエレベーターを利用して乗り換える必要がある。2011(平成23)年3月12日の山陽・九州新幹線直通運転にそなえ、20番線のエスカレーターの増設工事が行われた。
実際のJR東海とJR西日本の会社境界は駅西方2.8km先(東京起点518.2km)にある。ここにはATCの上り第1場内進路と地上信号機が設置されている。20番線(一部は21 - 23番線)に到着する上り列車はここから下り線を走行することになるため、山陽新幹線のダイヤ構成上の制約が生じるが、反面22番線から27番線までと引き上げ線との間の入換では交差支障が発生せず、東海道新幹線の新大阪折り返し列車と山陽新幹線の新大阪折り返し列車は独立にダイヤ設定が可能である。また東海道新幹線側では同駅では一部相互発着という手法で列車を入線・出発させている。2006(平成18)年2月22日のJR東海社長定例会見で、新幹線ホームの改良に伴い、阪急新大阪連絡線の用地の一部を転用して、現在の26番線の北側に27番線を新たに設けることと、博多方にある2本の引上線を4本に増設することを明らかにしていたが、27番線は2013(平成25)年3月16日のダイヤ改正より使用している。これにより、運転効率の向上ならびにさらなる本数増強が可能になった。続いて、引上線の増設が2014(平成26)年1月26日に完成した。残る阪急電鉄の所有地は、当駅北側の玄関口として活用するとともに、新大阪連絡線のうち免許が維持されている当駅 - 十三駅間を四つ橋線の十三延長(西梅田・十三連絡線(仮称))と合わせて一本の路線として、北ヤード・西梅田への接続路線として整備する意向であることを表明している。ただしこれらの計画についての着工・完成時期などは未定である。また、新幹線コンコースはこれまでの中央入口(入場のみ)・中央出口(出場のみ)が、両者ともに入出場可能となる改良工事が行われた。これに伴い、前者は「中央口」、後者は「南口」と改称されている。なお、2013(平成25)年7月10日より新幹線ホームが全面禁煙化され、新たにコンコース内に喫煙ルームが設けられた。新幹線ホームの直下の地上には北方貨物線が通る。ホーム部分は25・26番線ホームの直下、引上線部分は引上1・2番線(1966(昭和41)年10月1日に設置された当初からある引上線)の直下を通過している。

のりば:
20 - 22番線 山陽新幹線 岡山・博多・鹿児島中央方面(20番線は当駅始発のみ)
23 - 27番線 東海道新幹線 名古屋・東京方面(23・24・27番線は原則として当駅始発のみ)
配線上、22番線が下り本線、26番線が上り本線である。2016(平成28)年3月26日の改正現在、到着列車については、東海道新幹線方面からは21 - 27番線、山陽新幹線方面からは20 - 26番線に入線する。なお、構造的には全てのホームで両方向の到着・発車に対応している。27番線については、2013(平成25)年3月16日の開設時は山陽新幹線方面から直通する列車も使用していたが、2014(平成26)年3月15日の改正時より原則として当駅始発の東海道新幹線列車(2017(平成29)年3月4日改正前日まで、日中は「ひかり」・「こだま」が毎時1本ずつ、同改正以降は「のぞみ」2本(うち1本は臨時列車))が使用している。
臨時列車がある場合、山陽新幹線博多方面の列車が、本来東京方面のホームである23番線から発車することもある。20番線については、1985(昭和60)年3月9日の開設時から1990(平成2)年頃までは、少数ながら東海道新幹線列車の発着にも使用されていた。
a0057057_11155471.pnga0057057_11240189.png
a0057057_22512394.png大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)
所在地:大阪府大阪市淀川区西中島五丁目15-5
駅番号: M13
所属・路線:
大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)・御堂筋線
キロ程:2.9km(江坂起点)

a0057057_16132781.png大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)御堂筋線は西側で東海道・山陽新幹線とほぼ直交し、新御堂筋の中央分離帯に位置する島式ホーム1面2線を有する高架駅となっている。高架駅ではあるが、線路を含めすべて屋根に覆われている。
江坂・千里中央方にY形折り返し線があり(右写真:折返し列車が入線中)、天王寺方面行きの始発列車が運転される。かつては夜間の留置にのみ使用されていたが、1990(平成2)年から中津行を延長する形で昼間にも多く運転されるようになった(当初は「国際花と緑の博覧会」期間中のみの予定であったが、好評だったため期間終了後もこの延長運転は続けられ、後に夜間時間帯にも拡大している)。
昇降設備は、北東・北西改札内にエスカレーターが上り1基・下り2基とエレベーターがあり、中改札内にエスカレーターが上り2基・下り1基とエレベーターがあり、南改札内に上りエスカレーター1基がある。トイレは北東・北西改札内、中改札内、南改札内のそれぞれにあり、北東・北西改札内と中改札内にオストメイトに対応した多機能トイレがある。自動改札機は東芝製が設置されている。
2010(平成22)年1月6日、中改札口にファミリーマート地下鉄新大阪駅ナカ店が開店したが、2015(平成27)年に閉店した(跡地に改札口南側にあった有人窓口を移設)。2016(平成28)年3月30日には駅北東・北西改札外に駅ナカ商業施設「新なにわ食堂街」がオープンした。
当駅は梅田管区駅に所属し、同副管区駅長が管轄している。

のりば:
a0057057_16361425.png1番のりば
 御堂筋線 梅田・なんば・天王寺・あびこ・なかもず方面
2番のりば
 江坂・千里中央方面(写真)


バス:

a0057057_22512368.png正面口(南口)・北口・東口の3箇所にバス停が設置されている。なお、東口にあるバス停は地下鉄駅からかなり離れている。また、地下鉄の駅では新大阪駅北口バス停付近に設置されている「宮原四丁目」バス停を最寄りバス停として案内している。
(路線等詳細は省略)
右の乗車券は、正面口(南口)1番のりばから発車する大阪空港交通 大阪空港 行のもので、タイトル写真(動輪・車輪)近くに券売機が設置されている。

出典参考:
Wikipedia「新大阪駅}(最終更新:2018年4月2日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A7%E9%98%AA%E9%A7%85
乗りものニュース
https://trafficnews.jp/post/80203
現地取材:2018.3.-2/2018.3.28他
記事投稿:2018.4.14

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# by fbox12 | 2018-04-14 23:53 | 鉄道・バス

257 大隅横川駅 (JR九州)

a0057057_16450586.png

a0057057_16465115.pnga0057057_16503703.png
おおすみよこがわ


所在地:鹿児島県霧島市横川町中ノ39-1
所属・路線:九州旅客鉄道株式会社・肥薩線
キロ程:100.8km(八代起点)
電報略号/事務管コード:ヨコ/940203

概要:
a0057057_16574971.pnga0057057_16540596.png
a0057057_17011872.png旧 横川町の中心駅だが、完全な無人駅である。駅舎は開業時からのもので、鹿児島県では嘉例川駅のものと並び最古である。無人駅であるが駅舎はきれいに保たれており出札口なども完全にその姿を残している。駅舎は2006(平成18)年10月、100年以上前の姿を残し当時の建築構造を伝える重要な建造物として国の登録有形文化財に登録された。ホーム上の柱に機銃掃射で撃ち抜かれた痕跡が残っている。また島式ホームにはタブレット受けが残されている(右写真)。年末は夜間、駅舎にイルミネーションが飾り付けられる。

歴史:
1903(明治36)年1月15日 - 横川驛として鉄道院が開設
1920(大正9)年9月1日 - 名称を大隅横川驛に変更
1945(昭和20)年7月30日 - 空襲を受けて駅舎周辺が焼け野原になる。
1971(昭和46)年2月1日 - 貨物営業廃止
1986(昭和61)年11月1日 - 肥薩線八代 - 隼人間電子閉塞導入により無人化
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承
2007(平成19)年11月30日 - 南九州近代化産業遺産群の物資輸送関連遺産の1つとして選ばれる。
2009(平成21)年11月22日 - 駅脇に平和公園が完成、面積1,281 平方メートル、事業費約4800万円

駅構造:
a0057057_17073717.png単式ホーム2面2線を有する地上駅。元は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線を有したが、中央の1線を撤去して2面2線の構造となった(写真の柵の部分)。

のりば:
a0057057_17191365.png1番のりば 肥薩線 上り 吉松・都城方面(上記駅舎写真)
2番のりば 肥薩線 下り 隼人・鹿児島中央方面(右写真)

出典参考:Wikipedia「大隅横川駅」(最終更新:2017年5月25日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%9A%85%E6%A8%AA%E5%B7%9D%E9%A7%85

現地取材:2018.3.14
記事投稿:2018.4.14


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# by fbox12 | 2018-04-14 17:30 | 鉄道・バス

256 来宮駅 (JR東日本)

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a0057057_16495714.pnga0057057_16550496.pnga0057057_16560757.png
きのみや

所在地:静岡県熱海市福道町7-18
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・伊東線
キロ程:1.2km(熱海起点)
電報略号/事務管コード:キミ/441901

概要:
a0057057_17150426.png東海道本線のすぐそばにあり、地理的には伊東線がここから分岐している状態である(筆者注、かつて、伊東線は東海道本線と線路を共用していた)が、ホームがあるのは伊東線のみである。並行して走る東海道本線上には、東京方面から熱海止まりの列車が折り返すことができる2本の電留線がある(タイトル写真の113系電車が停車している部分:113系電車が運行されていたころの写真)。そのため熱海止まりの電車が熱海から回送となり東海道線を経由して電留線に入線し点検・整備を受け東京方面へ折り返していく。留置される車両は大半がE231系かE233系であるが185系も留置されることがある。かつてここは来宮信号場とされていたが、当駅の開業時に駅構内に編入された。なお、当駅留置列車と東海道本線の乗務員時刻表には当駅の時刻が記載されている。
伊東線の0キロポストは当駅に置かれている。当駅以東は本来は東海道本線ということになるが、熱海駅 - 当駅間は伊東線の戸籍も含まれる二重戸籍区間となっている。
なお丹那トンネルを抜けてきた東海道本線の東海旅客鉄道(JR東海)とJR東日本の会社境界は上り場内信号機近くのつなぎ目である。これは、当駅の構内配線が東海道線と一体不可分になっており、旅客営業上の会社境界である熱海駅に会社境界を設置すると、当駅の資産区分が極めて複雑になるためである。
上記の理由から、当駅を含め伊東線内と東海道本線沼津・静岡方面の相互間を移動する場合は、一度熱海駅まで乗車してから乗り換えとなり、当駅を二度通過するような形になる。運賃計算も熱海駅を経由した営業キロ・運賃計算キロで算出となる。
かつては伊東線のCTCセンターが設置されていたが、2006(平成18)年秋に伊東線のCTC装置が熱海駅構内の進路制御装置も含めたものに更新されたのに伴い、熱海駅に移転した。

歴史:
駅用地は、丹那トンネル掘削時に出た大量のズリ(捨石)で熱海梅園前の谷を埋め立てたものである。
a0057057_17154823.png1935(昭和10)年3月30日 - 熱海 - 網代間の開通時に、国鉄伊東線の駅として開業
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
2004(平成16)年10月16日 - ICカードSuica供用開始
2007(平成19)年6月22日 - みどりの窓口廃止
2013(平成25)年3月16日 - 特急「踊り子」の停車駅から外れる。
2015(平成27)年3月8日 - 無人化

駅構造:
a0057057_17160808.png
築堤上に島式ホーム1面2線を有する地上駅である。伊東駅管理の無人駅。簡易Suica改札機・定期券も購入可能な自動券売機が設置されている。上野東京ライン開業に伴い、当駅から東京駅経由で東北本線(宇都宮線)・高崎線へ直通する列車も停車する。
のりば:
1番線 伊東線 下り伊東・伊豆急下田方面
2番線 伊東線 上り熱海・横浜・東京・上野方面(上野東京ライン)

出典参考:Wikipedia「来宮駅」(最終更新:2018年3月18日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%A5%E5%AE%AE%E9%A7%85

現地取材:2014‎.‎6.‎27/‎2018.11.20/2018.4.13他
記事投稿:2018.4.14
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# by fbox12 | 2018-04-14 17:28 | 鉄道・バス

255 大阪阿部野橋駅 (近鉄)

a0057057_09043976.pnga0057057_09114609.pnga0057057_09103981.pnga0057057_09191165.pnga0057057_09254616.pnga0057057_09241266.png
おおさかあべのばし

所在地:大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋一丁目1
所属・路線:近畿日本鉄道株式会社・ 南大阪線
キロ程:0.0km(大阪阿部野橋起点)
電報略号/駅番号:アヘ/ F01
乗換:天王寺駅 西日本旅客鉄道(JR西日本)/大阪市高速電気軌道(大阪メトロ) 天王寺駅前駅 阪堺電気軌道

概要:
近鉄の南のターミナル駅である。以前、近鉄の本社が置かれていたこともあった(1943(昭和18)年-1969(昭和44)年)。駅名について旅客営業制度上は「大阪阿部野橋」で乗車券類などは以前からそのように記載されており、列車行先表示板ももともとは「阿部野橋」と記されていた。仮名混じりが初登場したのは、1957(昭和32)年の6800系充当列車で使用された円形列車行先表示板での「あべの橋」である。16000系特急車が登場した1965(昭和40)年あたりからは、行先表示板表記が「あべの」のみになり、それよりのちの行先表示器では「あべの橋」と戻った。さらに、26000系特急車が登場した1990(平成2)年からは、駅名標表記が「近鉄あべの橋」に変更されていた。しかし、2004(平成16)年3月のダイヤ変更から、行先表示器や駅名標などが順次大阪阿部野橋に変更された。これは、現・大阪統括部のうち、旧・上本町営業局内で慣例化していた旧国名を省略した表記を、旧・天王寺営業局内と同様に旧国名を併記した正式な表記にするように改めた上で統一したためである(例:「西大寺」→「大和西大寺」)。これにより車内放送でも「大阪阿部野橋、阿部野橋です」と放送する方式に改められた。なお、広告・宣伝上の表記では、「大阪阿部野橋(あべの橋)」と括弧書きされることもある。
当駅付近を走行する大阪市営バスは「あべの橋」(正式には「阿倍野橋」)を停留所名としている。

由来
1889(明治22)年に大阪鐵道が湊町驛 - 柏原驛間を開通させた際、上町台地の掘割部に架けられた阿倍野橋が駅名の由来である。地名ではなく橋梁名であるのは、阿倍野驛(上町線)が先に開業していたことによる。阿倍野と阿部野阿倍野橋や阿倍野区など、現在見られる表記の大半は「阿倍野」であるが、当駅は「阿部野」と異なる。他には阿部野神社などがある。
「阿部野」は、中近世において主流であった表記で、江戸時代の東成郡阿部野村などがこの表記であった。明治以降に同郡天王寺村の大字となってからも「阿部野」表記であったが、1925年の大阪市編入の際に「阿倍野」表記へ変更された。このような経緯から近現代において主流となった「阿倍野」表記ではあるが、地名の由来として最も有力な説とされる阿倍寺やその建立者である阿倍氏に基く表記であり、正誤・新旧の分別があるわけではない。
当駅は1923(大正12)年に天王寺村大字天王寺に大阪天王寺驛として開業し、翌1924(大正13)年に大阪阿部野橋驛に改称されているが、大阪市編入以前のこの時期は表記が現在よりも混在していた。他にも現在ではほとんど見かけなくなった「安倍野」や「安部野」表記も混在していた中で、阿倍野橋北詰に阿倍野橋驛を設けていた大阪市電は早い段階から方向幕に平仮名表記を採用しており、後の大阪市営バスに継承されている。

歴史:
1923(大正12)年4月13日 - 大阪鐵道大阪天王寺 - 布忍間開通時に「大阪天王寺驛」として開業
1924(大正13)年6月 - 「大阪阿部野橋驛」に改称
1937(昭和12)年11月 - 阿部野橋ターミナルビル開業(後の本館西側(旧館)部分の北半分)
1943(昭和18)年2月1日 - 関西急行鐵道が大阪鐵道を合併。関西急行鐵道天王寺線の駅となる。同時に上本町より本社が移転
1944(昭和19)年6月1日 - 戦時統合により関西急行鐵道が南海鐵道(現在の南海電気鉄道の前身。後に再独立)と合併。近畿日本鐵道南大阪線の駅となる。
1945(昭和20)年3月14日 - 大阪大空襲でターミナルビルの2階以上を焼失。同年12月から復旧工事を行い、1948(昭和23)年4月までに全館が復旧し、営業を再開1956(昭和31)年2月にターミナルビルを南側に増床する工事着工。翌1957(昭和32)年4月に竣工、同年12月に北側部分と外装を統一したうえで、全館オープン(この時点で本館西側(旧館)部分が完成)
1963(昭和38)年5月18日 - 構内で電車正面衝突事故発生
1966(昭和41)年3月 - 穿孔式定期券用自動改札機試用開始
1969(昭和44)年12月4日 - この日をもって同駅付近に位置していた近鉄本社の業務終了。近鉄本社は翌5日より再度上本町に戻った。
1971(昭和46)年4月 - 磁気方式の自動改札機設置
1987(昭和62年)7月1日 - 庚申街道を地下通路化
 9月21日 - 東口改札開設
1988(昭和63)年11月11日 - 阿部野橋ターミナルビル新館(百貨店本館東側(現 ウイング館)部分)開業
2007(平成19)年4月1日 - PiTaPa使用開始
2009(平成21)年3月19日 - 阿部野橋ターミナルビルの本館西側(旧館)部分を、建て替えのため閉鎖
 3月20日 - 西口改札を橿原神宮前寄りに35m移設し、当駅 - 河堀口間0.1km短縮。これにともない1・2番線の有効長が最大7両編成までに短縮
2013(平成25)年6月13日 - あべのハルカス・タワー館(西側の低層階(地上14階 - 地下2階)部分)が先行開業(ウイング館(東側部分)の一部(9階など)を含む)
 10月10日 - あべのハルカス・ウイング館の地上4階の一部 - 地上8階部分が、第2期分として開業
2014(平成26)年2月22日 - あべのハルカス・ウイング館の地下2階 - 地上4階の残り部分が、第3期分として開業。これにより、ウイング館が全面開業。また、あべのハルカス開業にあわせ、駅構内店舗が「Time’s Place(タイムズ プレイス)あべの」としてリニューアルオープン。「クロワッサンの店」「プロント」など18店で展開
 3月7日 - あべのハルカスが展望台等を含めグランドオープン
2016(平成28)年3月15日 - 駅放送をリニューアル。日本語と英語での放送を開始
2017(平成29)年 - ホームに昇降式ホーム柵が設置される予定

利用可能な他の鉄道路線
以下の駅とは横断歩道、歩道橋、地下道などを通じて乗り換えが可能である。
 西日本旅客鉄道(JR西日本)- 天王寺駅
  関西本線(大和路線)、大阪環状線、阪和線
 Osaka Metro - 天王寺駅、阿倍野駅
 御堂筋線、谷町線
※なお、近鉄けいはんな線とOsaka Metro 中央線の連絡乗車券では、天王寺駅での乗り継ぎは不可能である(長田駅での乗り換えが指定されるため)。
阪堺電気軌道 - 天王寺駅前駅 上町線

駅構造:
櫛形6面5線のホームを持つ地上駅である。改札口は頭端部の西口地上改札、百貨店地下売り場正面の地下中央改札、南北連絡地下道に面した地下東改札の3ヶ所で、地下コンコースと各ホームの間にはエスカレーターがある。有効長は1・2番ホームは7両編成分、3~6番ホームは8両編成分である。

のりば:
1番線降車ホーム 1・2番のりば 普通(各駅停車)6時台 - 23時台に使用
2・3番線降車ホーム
3・4番のりば 急行・準急土曜・休日は区間急行も使用。5時台・深夜0時台は普通も使用4番線降車ホーム(5番のりばと同一平面上)
5番のりば 平日の朝・夕ラッシュ時の急行・区間急行。平日の朝ラッシュ時は準急も使用。6番のりば降車用も兼ねる。
6番のりば 特急専用ホーム。5番のりば降車用も兼ねる
5・6番のりばは同じ線路を共有しており、特急到着時には6番のりばを乗車用、5番のりばを降車用として扱う。それ以外の種別の場合はこの逆となる。
自動改札機は、オムロン製が設置されている。赤い自動改札機(U-PG)は、出場時2枚一括処理、PiTaPa・ICOCA対応

出典参考:Wikipedia「大阪阿部野橋駅」(最終更新 2018年4月3日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E9%98%BF%E9%83%A8%E9%87%8E%E6%A9%8B%E9%A7%85

現地取材:2018.3.-7
記事投稿:2018.4.14

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# by fbox12 | 2018-04-14 14:34 | 鉄道・バス

254 霧島温泉駅 (JR九州)

a0057057_11061126.png
きりしまおんせん


所在地:鹿児島県霧島市牧園町宿窪田169-3
所属・路線:九州旅客鉄道株式会社(JR九州)・肥薩線
キロ程:106.5km(八代起点)
電報略号/事務官コード:キチ/940205

歴史:
1908(明治41)年7月11日 - 牧圓驛(まきぞのえき)として貨物業務取扱に限定し鐵道院が開設
1909(明治42)年7月10日 - 旅客業務取扱開始
1962(昭和37)年1月15日 - 霧島西口駅(きりしまにしぐちえき)に改称
1986(昭和61)年11月1日 - 無人駅化。但し出改札業務は要員派遣により継続
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承
1990(平成2)年- 出改札業務を中止。完全無人駅化
2003(平成15)年3月15日 - 霧島温泉駅(きりしまおんせんえき)に再改称
2004(平成16)年4月1日 - 無人駅から簡易委託駅に変更
2010(平成22)年 - 再び無人化

駅構造:
島式ホーム1面2線を有する地上駅。構内には側線がある。駅舎は鉄筋コンクリート造である。無人駅。
駅舎内には土産物店・飲食店が入居している。

のりば:
1番のりば 肥薩線 下り 隼人・鹿児島中央方面
2番のりば 肥薩線 上り 吉松・都城方面

出典参考:Wikipedia「霧島温泉駅」(最終更新:2017年5月25日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E6%B8%A9%E6%B3%89%E9%A7%85

現地取材:2018.3.14
記事投稿:2018.4.11

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# by fbox12 | 2018-04-11 16:42 | 鉄道・バス