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リポビタンD JAPAN NATIONAL RUGBY TEAM

D-100-803 ラグビーデザイン(ラグビー日本代表応援ボトル)


a0057057_1624370.png整理番号:D-100-803-15

2015年バージョン。
数量限定品(大正製薬ダイレクトオンラインショップ等で販売)

a0057057_1059236.png整理番号:D-100-803-16

2016年バージョン。
数量限定品(大正製薬ダイレクトオンラインショップ等で販売)
販売期間:
 2016.6.-1(大正製薬ダイレクト)/ 2016.6.-7(コンビニエンスストア)~ 8.31
 再発売:2017.10



a0057057_22074559.png整理番号:D-100-803-18
ラグビー桜ボトル

2018 年のラグビー応援ボトルはガラスに直接桜を印刷した。

発売日:
 大正製薬ダイレクト:2018.5.-8
 コンビニエンスストア:2018.5.15

a0057057_21134439.png整理番号:D-100-804

チャレンジカップ2018
2018.11.3 のニュージーランド・オールブラックスと対戦応援ボトル。
ボトルは桜ボトルを使用。

a0057057_21551115.png整理番号:D-100-807-1
 ラグビー選手ボトル赤

整理番号:D-100-807-2
 ラグビー選手ボトル青

ファミリマート限定、数量限定
 販売開始:2019.1.-8



発売日:
 大正製薬ダイレクト:2015.10.-2
 コンビニエンスストア:2015.10.20


品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・イノシトール・ニコチン酸アミド・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リボフラビリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・無水カフェイン他添加物
容量:100ml

製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

by fbox12 | 2019-06-29 21:29 | コレクション

リポビタンD

a0057057_09233142.pngリポビタンD(リポビタン・デー、Lipovitan D)は、大正製薬が販売する栄養ドリンク剤であり、同社の登録商標(第528525号ほか)である。キャッチコピーは「ファイト!一発!」、略称はリポD(リポ・デー)。
名称「リポビタンD」は、脂肪分解を意味するリポクラシス(lipoclasis、またはリポリシス lipolysis とも)と、ビタミンを合わせた造語である。これは、当初は強肝・解毒の効能を謳ったためである。
「D」は、ディーではなくデーと発するのが正しい。公式Twitterによれば「ドイツ語の発音であるため」である。公式見解では「デリシャスなどを意味する」だが、社史では、先行商品「タウローゼC」、またこれとは別の「リポビタンⅭ」に続くものという記号的意味で「D」を付したとある。

現在ではシンガポール・タイ王国・中華人民共和国・フィリピン・インドネシア・アメリカ合衆国・イギリス・アラブ首長国連邦など15ヶ国以上の国で販売されている(効能・容量・成分等が、薬品に関する法規制や宗教上の禁忌となる飲食物などの関係で、日本での販売物と内容が異なる商品もある)。
国内で販売されるリポビタンDは、東日本(新潟県・長野県・静岡県以東、北海道除く)向けは大正製薬羽生工場(埼玉県羽生市)・*大正製薬大宮工場(埼玉県さいたま市北区)、西日本(富山県・岐阜県・愛知県以西)および北海道向けは大正製薬岡山工場(岡山県勝田郡勝央町)にて、それぞれ製造されている。
2003年度末には販売開始からの累計出荷本数が200億本を突破した。2004年現在年間約8億本が生産され、日本の栄養ドリンク市場において約5割のシェアを獲得する、日本の栄養ドリンク業界を代表する商品となっている。

a0057057_09472441.jpg歴史:
日本では1962(昭和37)年3月に医薬品として販売開始(右上写真:販促用のテレホンカード・・「医薬品」の表示)。その翌年150円から100円に値下げした。1999(平成11)年3月31日より医薬部外品へ移行し(2009(平成21)年6月からは改正薬事法により「指定医薬部外品」となった)、コンビニエンスストア等の一般小売店でも販売可能となった。また自社の自動販売機で本製品の販売を開始したほか、2001(平成13)年3月にはアサヒ飲料と提携し、アサヒ飲料(カルピスとの自動販売機部門の統合に伴い、アサヒカルピスビバレッジを経て、現在はアサヒ飲料販売)が管理する自動販売機での販売も開始されている(右写真:自販機用サンプル・・「医薬部外品」表示)。商品ラベルは発売時から一貫して青色を基調とし、歯車の模様が施されたデザインが使用されている。ロゴは発売当初はまっすぐ立つ字体だったが後に現在の斜体に改められている(なおこの書体はパブロン、アイリスなど大正製薬製品に共通使用されている)。歯車は、「活力」、「機械文明化」、「体内の毒を汲み出す」こと、青色は「ドリンク」「清涼感」をイメージして採用された。販売初期の頃には兄弟品としてチューインガム「リポビタンガム」という商品も販売されていた。


リポビタン(D)シリーズラインナップ




リポビタンDキッズ(整理番号:D-100-5(50))




販売終了品(現在一部リンク切れあり)

D-197(50) リポビタンA【医薬品】(1976(昭和51)年発売)
-「D-107(50) アニマリンA【医薬品→医薬部外品→指定医薬部外品】」へ継承

D-196(50) リポビタンゴールド【医薬品】(1979(昭和54)年発売) パッケージ名:リポビタンゴールドS
- D-106(50/2)「リポビタンゴールドN【第2類】」へ継承

D-195(50) リポビタン小児用【医薬品】 (1980(昭和55)年発売 - 2004(平成16)年10月製造終了)
- D-101-952(50)-1「リポビタンこども【医薬部外品→指定医薬部外品】」へ継承

D-199(50) リポビタンDエース【医薬品】(1992(平成4)年発売 - 1998(平成10)年製造終了)
- D-100-4(3)「リポビタンDロイヤル【医薬品→第3類医薬品】」へ継承

D-198 リポビタンD EX【医薬品】(1996(平成8)年発売 - 2001(平成13)年製造終了)


リポビタンD

整理番号:D-100

1962(昭和37)年に、それまで「リポビタン」として発売されていたアンプル(リポビタン液)と錠剤のアンプルを100mlのボトルに増量し、日本初のドリンク剤として発売された、シリーズの代表格。
当初は医薬品だったが、1999(平成11)年に医薬部外品へ移行(2009(平成21)年に法改正により指定医薬部外品となる)。
2018(平成30)年3月にパッケージリニューアル(ロゴまわりの色が水色~青色のグラデーションとなる)され、同時に効能表示が変更された。
希望小売価格158円(2019.5 現在、消費税8%込み・・以下同じ)
販売名:リポビタンD
品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・イノシトール・ニコチン酸アミド・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リボフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・無水カフェイン他添加物
容量:100ml

製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)


a0057057_21510421.png整理番号:D-100

シリーズの代表格。
発売当初のパッケージ(ボトルラベル)ロゴは正体であった.
写真は斜体にリニューアルし、2018(平成30)年まで発売された二代目。


a0057057_22043460.png整理番号:D-100-1

2018(平成30)年3月にロゴまわりの色が水色から青色のグラデーションとなった三代目のパッケージ(ボトルラベル)デザイン。


a0057057_22043460.png
整理番号:D-100-2

ボトル裏面に「RUGGBY WORLD CUP 2019 + OFFCIAL SPONSER」の ロゴが入った。

a0057057_21563028.png

a0057057_21393397.png整理番号:D-100-2

1999(平成11)年から規制緩和により登場した自販機用ボトル。
破損を防ぐためガラスが厚く、通常のボトルより 1cm 位丈が長い。内容量は同じ。写真は三代目のデザイン。

以上、出典:Wikipedia「リポビタンD(最終更新 2019年4月22日)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%9D%E3%83%93%E3%82%BF%E3%83%B3D
(閲覧:2019.5.-3他)

(*大宮工場の項)大正製薬ホームページ
https://brand.taisho.co.jp/lipovitan/lipod/ayumi/
(閲覧:2019.5.-7)

by fbox12 | 2019-06-29 21:13 | コレクション

リポビタン ファイン プレシャス

a0057057_21573365.png整理番号:D-152

販売名:リポビタンファインP
品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・ローヤルゼリー・セイヨウサンザシエキスS・クコシ流エキス・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・イノシトール・L-イソロシン・無水カフェイン他添加物
容量:100ml

製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

by fbox12 | 2019-06-29 17:11 | コレクション

リポビタン ライフ

a0057057_21223016.png整理番号:D-151

品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・L-バリン・L-ロイシン・L-イソロシン・L-アルギニン塩酸塩・ローヤルゼリー・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ニコチン酸アミド・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

通信販売のみで店頭販売はされていない。
by fbox12 | 2019-06-29 17:07 | コレクション

リポビタン ビズ

a0057057_23193769.png整理番号:D-150

品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・ローヤルゼリー・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・イノシトール・L-イソロシン・L-アルギニン塩酸塩・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

㈱JR東日本ウォータービジネスが大正製薬㈱と共同開発し、平成20(2008)年6月より発売され、平成23(2011)年2月1日にリニューアルされたエキナカ専用商品。
販売箇所はエキナカ飲料自販機 acure・NEWDAYSなど。
エネルギー産生を助ける作用のあるビタミンB群に、現代人やビジネスマンを意識したローヤルゼリーを 200mg 配合し肉体疲労時の栄養補給に優れた効果を発揮する。
自動販売機での販売のため、ボトルのガラスが厚く、丈も通常の「リポビタンD」などに比べ 1cm ほど長い。


by fbox12 | 2019-06-29 17:06 | コレクション

エスカップ

整理番号:D-400

a0057057_15313090.pngD-400(通常品)

D-400-90(試供品)
通常品のバーコード部分に[試供品]の表示。(右下写真)

a0057057_15465993.pnga0057057_13214213.png

a0057057_11381418.pngD-400-1
a0057057_16095039.pngラベルリニューアル。
表面に「指定医薬部外品」の標記を追加。

D-400-91
D-400-1 の試供品
バーコードの位置が D-400 とまったく反対側になったため、「試供品」の表示位置も変更となった。

D-400-2 西新宿バージョン

a0057057_21491899.png
D-400-92 西新宿バージョン試供品

品名:指定医薬部外品

原材料:タウリン・ビタミンB6・ビタミンB1硝酸塩・ニコチン酸アミド・ビタミンB2リン酸エステル・カルニチン塩化物・無水カフェイン他添加物
容量:100ml

製造販売元:エスエス製薬株式会社(東京都中央区日本橋浜町2-12-4)・・D-400/D-400-90/D-400-1/D-400-90
製造販売元:エスエス製薬株式会社(東京都新宿区西新宿3-20-2)・・D-400-2

by fbox12 | 2019-06-29 16:45 | コレクション

自動車運転免許

日本の自動車運転免許は、道路交通法の規定により、自動車や原動機付自転車の運転が特別に許可される国家資格である。
自動車運転免許証(以下、単に免許証と記す)はその許可されていることをを示す公文書であり、国家公安委員会・警察庁交通局の管理監督を受けるもの。
実際の業務は法令の委任により都道府県警察が行っており、各都道府県公安委員会名で交付される。
免許の交付(取得)のためには適性試験・技能試験・学科試験に合格しなければならない(小型特殊免許、原付免許は技能試験が課せられないが、原付免許は学科試験に合格しても講習を受けないと取得できない)。本来、個人所有のものではないため許可日(有効期間)が過ぎた免許証は、速やかに都道府県公安委員会に返納しなければならないが、一部の都道府県公安委員会(警察署)では無効の処理をし、回収を行わない箇所もある。この免許証は、制度の改定により度々その体裁が変更されてきた。

自動車運転免許の歴史
明治36(1903)年8月20日
愛知縣にて乗合自動車營業取締規則が日本で最初に自動車に関する法規として制定された。免許の対象は乗合自動車(乗合馬車が中心)のみであった。自家用自動車に関しては届出制で、 同年中に長野、京都、富山、鹿児嶋などが 次々と自動車取締規則、自動車営業取締規則を制定した。運転手の鑑札(免許証)の取得に関しては、「満20歳以上で、試験の結果運転技能ありと認めた者」と規定されているように、試験が存在していた。これが免許制度が義務化された最初である。
その後10年ほどで大部分の都道府県で制度化されていく。

明治40(1907)年2月19日
自家用車の運転免許について最初に定めたのは謍視廰(東京府)の自動車取締規則で、それまで自由であった自家用車の運転も運転免許証(当時は木製の鑑札)が必要となった。
鑑札は、「木のふだ」に焼き印で、表に「第○号自動車運転手鑑札、住所、氏名、生年月日が記され、裏に下付年月日と下付した警察署の焼き印が押されていた。
国内で初めて免許証を取得した人間は「渡辺守貞」 三井銀行社長「三井高保」の運転手。14年後踏切で車と列車の衝突事故を起し免許取消第1号も同人。
乗合自動車乗務員の免許証取得方法は、免許無で車で謍視廰まで行き、そのまま警察官を隣に乗せ試験実施。 コースは一時間十哩以上走行。運転手免許のほか車掌免許があった。免許証はこちらも木製だった。

大正3年頃まで
全国44道府県で自動車営業取締規則/自動車取締規則が定められた。ただし、二輪に関しては車両の登録は必要であったが、運転免許は必要なかった。

昭和8(1933)年
当時の免許証の種類としては『小型』、『普通』、『特殊』の3種類だったが、就業運転手、特に悪質な円タク運転手への苦情に対して、現在の二種免許に通じる就業免許が新設された。
(昭和13(1938)年、戦時体制の中、運転手不足に対応するため廃止された)。

昭和35(1960)年6月25日
道路交通法が改正され、指定自動車教習所制度を導入された。これにより、公安委員会が指定した自動車教習所を卒業すると、運転免許取得時の技能試験が免除されるようになった。 


a0057057_10224031.png
昭和47(1972)年9月交付の免許証

この年、昭和47(1972)年に自動二輪免許は技能試験車両の排気量によって、小型限定(100cc~125cc)となる制度が出来、それまで、自動二輪車であればすべての車両に乗れたものに制限が加わった(運転できるのは125ccまで)。
(ちなみに、大排気量の試験車は300cc~400ccだった)。

免許証では、昭和41(1966)年にそれまでの紙製・4つ折りからビニール製・2つ折りになっていたが、上記の改定については、追記事項のため変更はなかった。

この体裁の免許証は、現在の裏面備考欄も同一面で見られるのが特徴。
表記は和文タイプによるもののため、専用の用紙に交通安全協会職員や行政書士などが印字を行っていた。

免許証番号の右側(「」のあと)にはコンピューター照会のための8桁のカナ表記があったが、氏名漢字の音読み中心、濁点・半濁点がないことからおかしな表記になってしまったものに一部で苦情が寄せられ、のちに廃止されることになる。


昭和48(1973)年4月 有効期間の誕生日化(本来の有効期間後、一番近い誕生日まで)され、免許証も1枚もののカードタイプになる。


a0057057_14305144.png昭和50(1975)年9月交付の免許証

免許制度としては、昭和50(1975)年に二輪の試験車両が小排気量(100~125cc)、中排気量(300~400cc)、大排気量(700cc以上)に分類された。
大排気量車を使用した試験に合格した者には排気量制限なしの二輪免許が、中排気量を使用した試験の合格者は「中型限定二輪免許」が、小排気量を使用した試験の合格者は「小型限定二輪免許」がそれぞれ与えられた。
このことにより、700cc以上の大型バイクに乗るのには、中型限定の場合、その限定を解除する必要が生じ、それも免許試験場でのいわゆる一発試験のみでしかできない、試験対策としての教習もままならないことから、一躍、(いわゆる大型二輪免許が)高嶺の花免許となってしまった。それはのちにアメリカのハレーダビットソン社から大型二輪車販売上の障壁であるとの指摘につながり、結局はアメリカ側の要請に折れる形で現行の大型・普通二輪の区分に移行せざるを得なくなる。


a0057057_11350701.png昭和56(1981)年4月交付の免許証

制度や免許証の体裁には変更がないが、免許証への印字が和文タイプからワープロに変わり、ドット文字になっている。

a0057057_16094537.png平成3(1991)年8月交付の免許証

この年、平成3(1991)年11月1日、普通自動車免許にオートマチック限定(通称 AT限定)免許が定められた。
免許証上、このことは追記事項のため大きな変更点はみられなかったが、青色帯の色が従来より濃くなったこと、「運転免許証」(縦書き)の文字が青色にかわり、また、取得者から不評だった免許番号に続くコンピューター照会用のカナ表記が廃止された。
(注、上記変更点は、必ずしもこの免許証交付時のものではない)。

a0057057_08100861.png平成6(1994)年5月10日、道路交通法の改正により、5年以上無事故・無違反の優良運転者に限り、免許更新期間が5年に延長され、免許証の有効期限記載欄が金色の優良運転者免許証、通称「ゴールド免許」となる。(同時に、新規取得者は「緑色」、その他は「青色」の色分けがされた)。
対象となる「5年間」は、運転免許証の更新の場合、免許の有効期限年の誕生日から41日前の日以前の5年間である。ゴールド免許になるかどうかを判定する期間が、運転免許証更新年の誕生日40日前であり、この時点で交付される運転免許証が、ゴールド免許になるかが決定され、公安委員会からの通知葉書に「優良」と反映される。なお、別の種類の免許(仮運転免許を除く)を取得した場合は、当該免許に係る適性試験に合格した日から過去5年間となる。

画像:平成6(1994)年5月9日交付の免許証
改正前日の交付のもので、更新期間5年の適用がされなかったためか、有効期限は3年のまま。

また、この改正以降新規取得及び5年以内(平成11(1999)年5月までの間)に更新または再発行時に免許証のサイズが小型化されたもの(現行の縦5.4cm×横8.56cm、いわゆるクレジットカードサイズ)になった。
免許の種類の表示は、これまでの0・1表示から12コマの略号表示に変わっている。

a0057057_09385859.png平成19(2007)年6月2日以降【普通】は【中型(8t限定】(8tは車両総重量)」(表示:「中型車は中型車(8t)に限る」)に移行している)

平成19(2007)年12月交付の免許証

a0057057_10334146.png画像:平成20(2008)年2月交付(新規取得)の免許証

ー 調整中 -

a0057057_20381586.png

a0057057_11405229.png
平成22(2010)年下半期以降に交付された免許証は、個人情報保護の観点により、カード内のICに本籍の内容を電磁的に記録することで、券面の本籍欄そのものがなくなった。

写真:平成29(2017)年10月交付の免許証

平成31(2019)年3月から有効期限に西暦が加わり、元号は括弧閉じに変更された。

出典・参考:「運転免許証の歴史」
(閲覧:2019.6.-2)

Wikipedia「運転免許証」(最終更新 2019年6月15日)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8B%E8%BB%A2%E5%85%8D%E8%A8%B1%E8%A8%BC(閲覧:2019.6.17)


by fbox12 | 2019-06-25 20:27 | 免許・資格

近6 旧津山機関区の関連遺産(扇形機関庫、転車台)

a0057057_21520021.png
指定:近代化産業遺産 2009年(平成21年)2月6日 近代化産業遺産群・続33
10.全国に遍く人と物を運び産業近代化に貢献した鉄道施設の歩みを物語る近代化産業遺産群
整理番号:近6 旧津山機関区の関連遺産(扇形機関庫、転車台

指定:鉄道記念物 2018年(平成30年)10月14日(JR西日本指定 準鉄道記念物からの昇格)
整理番号:鉄7 旧津山扇形機関車庫と転車台

認定:推薦産業遺産 2019年(令和元年) 6月 産業考古学会
整理番号:  旧津山扇形機関車庫と転車台

その他指定:
日本の近代土木遺産 −現存する重要な土木構造物2800選 社団法人土木学会
岡山の近代化遺産 岡山県教育委員会


概要:
扇形機関車庫
a0057057_21491503.png
津山駅に隣接した旧津山機関区の扇形機関車庫は、鐵道省津山機關区の施設として1936年(昭和11年)に建設された。
現在も使用されており、現役を引退した静態保存車両を展示する鉄道保存展示施設(津山まなびの鉄道館)として活用されている。
扇形庫は、奥行きが22.1mで17線あり、現存する施設としては京都市にある梅小路運転区(京都鉄道博物館)の扇形庫に次いで日本で2番目の規模である。

2009年(平成21年)2月6日に近代化産業遺産(「旧津山機関区の関連遺産(扇形機関庫、転車台」))。2018年(平成30年)10月14日、鉄道記念物(「旧津山扇形機関車庫と転車台」)に(JR西日本指定、準鉄道記念物から昇格)。2019年(令和元年) 6月、産業考古学会の推薦産業遺産に認定されている。
そのほか、社団法人土木学会が選定した「日本の近代土木遺産 −現存する重要な土木構造物2800選」および、岡山県教育委員会が選定した「岡山の近代化遺産」にも指定されている。

a0057057_21363707.pnga0057057_21185052.png

津山鉄道部時代の2007年(平成19年)から、扇形庫と隣接する旧津山機関区事務所を利用した「懐かしの鉄道展示室」が一般公開(不定期、予約制)されていた。
a0057057_21251540.png
2015年(平成27年)2月26日 - JR西日本岡山支社が施設のリニューアルを発表し、2014年(平成26)に閉館した交通科学博物館(大阪)に保存されていたD51形蒸気機関車(D51 2:上左写真右側)、DD13形ディーゼル機関車(DD13 638:上右写真右側、DF50形ディーゼル機関車(DF50 18:上右写真左側)を移設・展示することが明らかになり、リニューアルの間、この施設の一般公開をとりやめた。
2015年(平成27年)8月6日 - DD16 304(下写真)が輸送された。
2016年(平成28年)4月2日 - リニューアルオープンし、施設の運営は津山市観光協会が主体となり、施設名も「津山まなびの鉄道館」に変更された。

以上、出典・参考:Wikipedia「津山まなびの鉄道館」(最終更新 2018年5月30日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B1%B1%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%B3%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E9%A4%A8
閲覧:2018.10.18

転車台
a0057057_22060300.pnga0057057_22105916.png
鉄道の転車台は、主に片側にしか運転台がない車両や、逆機では性能が限られている機関車を載せて回転させて、車両の向きを進行方向に向けるために用いられる施設。
一般に蒸気機関車の方向転換に用いるものとして知られており、蒸気機関車の全盛期には各地の機関区や拠点駅・起終点駅に必ず設けられていたが、蒸気機関車が廃止され、方向転換の必要がない電気機関車やディーゼル機関車などが増加するにつれ不要となり撤去され、あまり見られなくなってきた。
撤去されないまま放置されていた転車台が蒸気機関車の復活運転用として整備され、再使用されている例もある。また電車や気動車・機関車に改造を施す際や、運用の都合や配置転換などに伴い、車両単独または編成すべての向きを変える必要が生じることもあるため、工場や車両基地・運転所などでは現在でも使用され、また旭川運転所のように移転後に新たに設置される事例もある。
アメリカなどでは、ディーゼル機関車においても片側にのみ運転台を備えている車両が広く用いられているため、現代においてもなおよく用いられる設備である。
蒸気機関車の基地(機関区・機関庫)においては、転車台の周囲から放射状に線路を伸ばし、その先に機関車の車庫や修理・点検設備として用いる扇形庫を設置した例が広く見られる。
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これも蒸気機関車の時代には広く見られた設備であったが、転車台自体の減少もあって残存しているものは少ない。
転車台の上には架線が張られていないことが一般的であり、電気車(電気機関車と電車)の方向転換を行う必要がある場合は、他の動力車を用いるなどして転車台に出し入れする必要がある。ただし、国鉄EF55形電気機関車(写真・・鉄道博物館の転車台に乗っている)のように転車台で方向転換を行う前提の電気機関車もあり、また、スペースの問題からどうしても扇形庫に電気機関車を留置せざるを得なくなるなどの事情で、東海道本線電化時の浜松機関区(現 浜松運輸区)や高崎運転所(現 高崎車両センター高崎支所)、水上駅のように、転車台上空にも架線を張って電気機関車の自走を可能にした例もある。
転車台には、取っ手を人間が手で押して回転させるものと、電動機や圧縮空気などによる動力で回転させるものがある。主桁(後述)の回転中心に車両を跨ぐ門形の構造物があり、その上部に電線が引かれている場合があるが、それは車両へ電力を供給する架線ではなく、回転式の集電装置を介して電気動力式の転車台自体を動かすためのものである(左写真の中央部よりやや右寄りに見える架線状のもの。動力部は手前の小屋の様な操作室(運転室)の下にあり、横のプレートに見える配管で繋がっている)。
右写真は、操作室窓下に付けられた近代化産業遺産のプレート。

Wikipedia「転車台」(最終更新 2018年10月15日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%A2%E8%BB%8A%E5%8F%B0
閲覧:2018.10.18

推薦産業遺産:YAHOO JAPAN! ニュース(元記事:山陽新聞デジタル)
閲覧:2019.6.-7

記事投稿:2018.10.18
  調整:2019.6.-7

by fbox12 | 2019-06-07 10:14 | 文化産業遺産