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fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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288 鶴田駅(JR東日本)

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つるた

所在地:栃木県宇都宮市西川田町1079
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)・日光線
キロ程4.8km(宇都宮起点)
電報略号/事務管コード:ツル/411801
駅形態:業務委託駅
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概要:
かつては東武鉄道大谷線や専売公社工場(1984年(昭和59年)2月廃止)および富士重工業(現 :SUBARU)宇都宮製作所への専用線と接続していた。
東武鉄道大谷線の遺構は、住宅地開発や宇都宮環状道路の建設により新鶴田駅付近までほぼ消滅したが、道路化を免れた築堤(羽生田街道を市内方面から行き日光線踏み切り手前右側)が現存している。 専売公社専用線は廃線後、歩行者自転車専用道路「なかよし通り」に転用されている。同線の記念碑が「なかよし通り」沿い、駅から300m程のところにある。専売公社専用線は一部区間を東武大谷線(軌道線)の軌道跡を流用していた。

年表:
1902年(明治35年)9月13日 - 日本鐵道の駅として開業。旅客営業のみ。これ以前に現在の駅位置より西よりに砥上駅(とがみえき)が存在したが、鶴田駅開業時に廃止(移転・改称とも)されている。
1903年(明治36年)3月16日 - 貨物の取扱いを開始。
1906年(明治39年)11月1日 - 日本鐵道国有化、国有鉄道(当時は逓信省鐵道作業局)に移管。
1970年(昭和45年)3月15日 - 旅客手荷物・小荷物の取扱いを廃止。
1974年(昭和49年)10月1日 - 小荷物の取扱いを再開。
1976年(昭和51年)5月1日 - 小荷物の取扱いを廃止。
1984年(昭和59年)2月1日 - 車扱貨物の取扱いを廃止し、貨物営業終了。
1987年(昭和62年)3月31日 - 車扱貨物の取扱いを、鉄道車両に限り再開。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道と日本貨物鉄道が継承。
2003年(平成15年)4月1日 - 日本貨物鉄道の駅が廃止され、貨物営業終了。
2008年(平成20年)1月31日 - 指定席券売機稼動開始(日光線で一番早かった)
2008年(平成20年)2月29日 - みどりの窓口の営業を終了。
2008年(平成20年)3月15日 - Suicaのサービス開始。
2014年(平成25年)3月14日 - 新駅舎の供用を開始。

駅構造:
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島式ホーム1面2線を有する地上駅。駅舎側のホームは使われていない。(右写真:レールが撤去されている)。
指定席券売機と簡易Suica改札機が設置されている。
業務委託駅(JR東日本ステーションサービス受託)。
駅本屋とホームを結ぶ跨線橋は1911年(明治44年)製で、2009年(平成21年)2月に経済産業省より平成20年度の近代化産業遺産に認定された。

のりば:
1番線 日光線 上り 宇都宮方面
2番線 日光線 下り 鹿沼・今市・日光方面(一部1番線から発車)
1番線を上下主本線とした一線スルーとなっているが、早朝・深夜の一部列車を除いては原則として方向別に発着する。

バス路線:
駅前に関東自動車のバス停留所がある。
[01] 文化会館西口・桜通り経由JR宇都宮駅行
[01] 南宇都宮・文化会館前・陽西通り経由JR宇都宮駅行
[01] 文化会館前・六道経由JR宇都宮駅行
いずれも「東武駅前(東武宇都宮駅)」を経由する。

出典・参考:Wikipedia「鶴田駅」(最終更新 2018年9月30日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B6%B4%E7%94%B0%E9%A7%85
(閲覧:2019.1.25)

現地取材:2017.9.-4
記事投稿:2019.1.25
  調整:2019.4.17(乗車券・入場券の追加)/ 2019.4.18 / 2019.4.29

by fbox12 | 2019-04-29 13:49 | 鉄道・バス

913 浅岸駅(JR東日本)

a0057057_09302118.pngあさぎし

所在地:岩手県盛岡市新庄字中津川21(廃止時)
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・山田線
キロ程:27.6km(盛岡起点)
電報略号/事務管コード:アキ/ 211902
開業年月日:1928年(昭和3年)9月25日
廃止年月日:2016年(平成28年)3月26日
駅形態:無人駅

概要:
かつて岩手県盛岡市新庄字中津川にあった、東日本旅客鉄道(JR東日本)山田線の駅(廃駅)である。開業以来、スイッチバック式の駅であったが、1982年(昭和57年)11月15日スイッチバックが廃止され、同時にホームを本線上に移転し、無人化された。
廃止時点で停車する列車は、1日1往復のみであった。2012年度冬季からは隣の大志田駅とともに冬季休業となっていた。

歴史:
1928年(昭和3年)9月25日:上米内 - 区界間の延伸開業時に開業。
1972年(昭和47年)3月15日:貨物取扱を廃止。
1982年(昭和57年)11月15日:スイッチバック廃止。同時にホームを本線上に移転し、無人化。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
2013年(平成25年):1月1日から冬季休業となる(2012年度は2013年3月15日まで、2013年度以降は2013年12月15日 - 2014年3月15日、2014年度以降は12月1日 - 翌年3月31日)。
2015年(平成27年)3月14日:ダイヤ改正により、1日あたりの当駅停車列車本数が上下各1本ずつのみとなる(実際の停車は同年4月1日から)。
 8月:JR東日本盛岡支社は盛岡市に対し、当駅と大志田駅の廃止を検討していることを伝えた。同支社によると当駅の1日当たり平均乗車人数は過去10年以上にわたって1人にも満たない状態が続いており、2014年度は1日平均0.3人であった。駅周辺に住民がほとんどおらず、集客施設もないため、今後利用者の増加も期待できないという。
 11月30日:翌日から前述の冬季休業に入るため、事実上の最終営業日となる。
 12月:JR東日本盛岡支社が、当駅と大志田駅を次回のダイヤ改正日をもって廃止すると発表。
2016年(平成28年)3月26日:廃止。

駅構造:
廃止時点において、単式ホーム1面1線の地上駅で、無人駅であった(盛岡駅管理)。かつては隣の大志田駅とともにスイッチバック駅であった。急行や貨物列車はそのまま通過できるが、宮古方面行きの列車は本線を分岐してすぐに行き止まりのホームへ停車していた。盛岡行きは一旦バックして駅に入る構造だった。配線は大志田駅と同じであった。
現在は駅舎が取り壊され更地となっているので僅かな痕跡しか残っていない。

出典・参考:Wikipedia「浅岸駅」(最終更新 2018年12月25日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E5%B2%B8%E9%A7%85
(閲覧:2019.4.27)

写真:国鉄時代(913-90:有人のころ)の入場券

記事投稿:2019.4.27
  調整:2019.4.29
by fbox12 | 2019-04-29 10:39 | 鉄道・バス

914 大誉地駅(北海道ちほく高原鉄道←JR北海道←国鉄・・)

a0057057_09300018.pngおよち

所在地:北海道足寄郡足寄町大誉地本町20-11
所属・路線:北海道ちほく高原鉄道株式会社・ふるさと銀河線(廃止時)
キロ程:66.5km(池田起点)
電報略号/事務管コード:オヨ/ 110510
開業年月日:1913年(大正2年)10月11日
廃止年月日:2006年(平成18年)4月21日
備考ふるさと銀河線廃線に伴い廃駅

概要:
当駅の駅名は、所在する地域名(字名)より。アイヌ語の「オヨチ」(熊が人を殺す?)、あるいは「オイオッイ(オイオチ)」〔川尻に・それ(=蛇あるいは熊)が・多くいる・もの(川)〕に由来するとされ、特に後者の解が妥当とされる。
1910年(明治43年)の池田-淕別間開業まもなく周辺の山から採石した石材搬出がこの地で盛んになり、本線上に貨車を停車して積込み作業を行っていたが、列車遅延の原因となっていたために当駅が開設された。1915年(大正4年)からは王子製紙により淕別の斗満川上流からの流送木材陸揚げ網羽が最寄りの利別川に設けられ、当駅土場まで馬車軌道が敷設されて木材の搬出が盛んな時期もあったが、1919年(大正8年)の洪水で被害を被ったために淕別駅土場へ切り替えられた。
1954年(昭和29年)12月に駅舎が改築され、この駅舎が廃止に至るまで使用された。この時期が駅の利用の最盛期で、年間約12万6000人が利用していた。以降は地域の人口減少に伴い利用客も減少していった。
2006年(平成18年)に廃止となったとき、線路や電線は早期に撤去された。駅舎は他の目的での利用を模索して残されていたが、具体化できなかったため約158万円をかけて2015年(平成27年)1月に解体することになり、2015年(平成27年)8月時点では既に解体されていて(具体的な解体年月日は不明)、現在では周辺の縁石などが痕跡として残るのみとなっている。

歴史:
1913年(大正2年)10月11日 - 内閣鐵道院網走本線の駅として新設開業。一般駅。
1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。
1954年(昭和29年)12月- 駅舎改築。
1961年(昭和36年)4月1日 - 路線の呼称変更により池北線の駅となる。
1977年(昭和52年)4月28日 - 業務委託化。貨物取扱い廃止。
1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物取扱い廃止。
1986年(昭和61年)11月1日 - 無人化。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道に継承。
1989年(平成元年)6月4日 - 経営移管により、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の駅となる。
2006年(平成18年)4月21日 - ふるさと銀河線廃線により廃止。

駅構造:
単式ホーム1面1線を有する地上駅。もとは島式ホーム1面2線を有する構造であったが1線が撤去され、この構造で廃駅を迎えた。

出典・参考:Wikipedia「大誉地駅」(最終更新 2018年9月15日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%AA%89%E5%9C%B0%E9%A7%85
(閲覧:2019.4.29)

写真:国鉄時代(914-91)の入場券
記事投稿:2019.4.29

by fbox12 | 2019-04-29 10:29 | 鉄道・バス

289-90 浜大津駅(京阪)→289 びわこ浜大津駅

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a0057057_17055784.pngはまおおつ

所在地:滋賀県大津市浜大津一丁目3番8号
所属:京阪電気鉄道株式会社
電報略号/事務管コード:* / 7331141
乗入路線:
 石山坂本線
 キロ程:6.7km(石山寺起点)

 京津線
 キロ程:7.5km(御陵起点)

概要:
京津線の終点である。旧副駅名は「大津港 浜大津アーカス前」、その前は「京阪レークセンター前」、「大津港前」。第3回近畿の駅百選に選定されている。

歴史:
元は東海道本線の初代大津驛として開業した。その後東海道本線のルート変更により支線(後に大津線と改称)の駅となり、駅名も「濵大津」に改称される。石山坂本線の前身・大津電車軌道の開業に伴い国鉄は旅客営業をやめ(大津線も支線として東海道本線に再編入)、国鉄駅は貨物駅となった。
1925年(大正14年)に江若鐵道と京阪京津線が相次いで乗り入れ、駅の位置と構造はその後数度の変化を遂げる。江若と国鉄の浜大津駅は1969年(昭和44年)に廃止され、現在の京阪の浜大津駅は1981年(昭61年)にびわこ国体に絡む大津市の都市計画事業の一環として、石山坂本線の駅(旧 浜大津(東口)駅)の北隣に当たる同駅の跡地に建設されたものである。

以下の年表には国鉄時代を含めて記す。
1880年(明治13年)7月15日 - 官設鉄道(当時は工部省鐵道局)の大津驛として開業。
1889年(明治22年)7月1日 - 東海道本線關ヶ原驛 - 馬場驛(現 膳所駅)開業に伴い支線の駅となり、旅客営業を廃止。
1898年(明治31年)8月1日 - 旅客営業を再開。
1913年(大正2年)3月1日 - 大津電車軌道の大津驛開業。国鉄駅は旅客営業を廃止し、貨物駅となる。
 4月3日 - 江若鐵道の新浜大津驛が開業。
 6月1日 - 大津電車軌道の大津驛が浜大津驛に改称。
1922年(大正11年)5月7日 - 路線延伸により大津電車軌道の浜大津驛が、新浜大津驛前の道路上に移転。線路北側に待合所とホームが設けられていた。
 5月15日 - 浜大津驛-三井寺驛間開業。
1925年(大正14年)5月5日 - 路線延伸により京阪京津線の浜大津驛開業。この時は既存の大津驛とは離れた石山坂本線南側の路上にあり、線路西側の安全地帯から乗降する方式で、交差点角の東側の道路沿いに木造の待合所が設置されていた。
1927年(昭和2年)1月21日 - 合併により大津電車軌道の駅が琵琶湖鐵道滊船の駅となる。
1929年(昭和4年)4月11日 - 合併により琵琶湖鐵道滊船の駅が京阪石山坂本線の駅となる。
1939年(昭和14年)6月20日 - 京津線と石山坂本線の連絡線が完成。同時に石山坂本線の浜大津驛はやや東に移動。
1943年(昭和18年)10月1日 - 京津線・石山坂本線の駅が、合併により京阪神急行電鐵(現 阪急電鉄)の駅となる。
1944年(昭和19年)4月 - 輸送力増強のため、それまで全線に渡っていた低床車の直通運転区間を近江神宮前驛以南に短縮。それに伴い石山坂本線の浜大津驛は仮設の高床ホームを急造して、ラッシュ時には高床車が浜大津まで乗り入れる形が取られた。
1946年(昭和21年)5月10日 - 京津線の浜大津驛を、石山坂本線南側の路上から北側の船溜跡に移設。頭端式凹形ホーム1面の終着駅タイプとなる。同時に石山坂本線・石山方面への連絡線を複線化。
1947年(昭和22年)1月25日 - 江若鐵道が当駅から膳所驛まで延伸。
1949年(昭和24年)12月1日 - 京津線・石山坂本線の駅が、京阪神急行電鐵から分離。再び京阪電氣鐵道の駅となる。
1957年(昭和32年)1月10日 - 浜大津駅改良工事着工。
 2月13日 - 浜大津駅改良工事が運輸・建設両大臣から認可。
 3月20日 - 総工費2,637万円を投じた改良第1期工事完成。携帯品一時預り業務を開始、京津線の乗り場が頭端式E形ホーム2面に改良される。併せて石山坂本線の浜大津駅を対向式高床ホーム2面の「浜大津(東口)駅」として整備し、北側(上り線)ホームに駅舎を設置。
 4月21日 - 入場券の発売を開始。
 7月15日 - 改良第2期工事完成。石山坂本線との間はスイッチバックでの連絡に変更。軌道内と構内に駅前広場舗装緑地帯を新設し、構内売店を新設。
1965年(昭和40年)7月10日 - 江若鉄道浜大津 - 膳所間廃止。再び終着駅になる。
1969年(昭和44年)11月1日 - 江若鉄道、国鉄浜大津支線廃止に伴い、江若鉄道浜大津駅および国鉄浜大津駅廃止。
1980年(昭和55年)7月23日 - びわこ国体の開催に絡み、京津線の浜大津駅と石山坂本線の同駅との統合が決定。江若鉄道の浜大津駅跡地に建設することとなり、地鎮祭と起工式を挙行。
1981年(昭和56年)4月12日 - 京津線と石山坂本線の駅を新駅舎に統合・移転。
 7月31日 - 移設・統合化工事が完成。
 10月3日 - 浜大津総合ターミナルが完成し、現在の形となる。
1986年(昭和61年)5月16日 - 浜大津駅、石山寺側に回生電流吸収装置を設置、使用開始。回生電流は浜大津駅の照明などに利用。
1993年(平成5年)11月〜翌年3月頃 - 京津線の4両化に伴い、ホームを南に延長。また京津線車両が折り返すための引き上げ線も4両対応化された。
1998年(平成10年)10月1日 - ホームと橋上駅舎間のエレベーター使用開始。
1999年(平成11年)3月31日 - 駅舎改良工事竣工。
 10月3日 - 滋賀県「住みよい福祉のまちづくり賞」を受賞。
2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPaが利用可能となる。
2008年(平成20年)8月 - 医療法人社団洛和会より寄贈を受け、AEDを設置。
2014年(平成26年)3月8日 - 改札階とプラットホーム間のエスカレーターの更新工事が完成、使用開始。
2016年(平成28年)11月 - 耐震補強工事竣工。
2017年(平成29年)8月4日 - ホームの行先表示機を更新。
 8月7日 - コンコースの行先表示機を更新。
2018年(平成30年)3月17日 - 駅名を「びわ湖浜大津駅」に改称。改称理由は「浜大津がびわ湖大津観光の玄関口である事」から。

駅構造
a0057057_16502104.png島式1面2線のホームを持つ地上駅である。橋上駅舎を有する。改札口は1か所で自動化されている。PiTaPa・ICOCAは京津線、石山坂本線両線で利用可能。ホームとの段差は、京津線車両の場合はホームとほぼ同一面になっている(写真左側の電車)のに対し、石山坂本線車両の場合はそれよりもやや高い(同右側の電車)ため、若干の段差が生じてしまう。

のりば:
1番のりば 石山坂本線 下り 京阪大津京・坂本比叡山口方面
 京津線 京阪山科・地下鉄東西線 三条京阪方面(御陵駅より地下鉄東西線へ直通)
2番のりば 石山坂本線 上り 京阪膳所・石山寺方面
 京津線(到着列車降車ホーム)京津線の列車は2番線に到着した後、石山寺寄りにある引き上げ線で折り返し、太秦天神川方面行きとして1番線に入線する。


バス:
路線バス
京阪バス
 15・16系統: 石山駅 行 (国道経由)
 25・26系統: 石山駅 行 (湖岸経由)
 16・26系統: 大津京駅 行  ※平日6便、土休4便のみ。

近江鉄道バス
 浜大津 - 大津赤十字病院前 - 大津駅 - 大津市民病院 - 滋賀病院 - 石山駅
 [鶴の里団地線]: 浜大津 - 大津駅 - 県庁前 - 大津市民病院 - 鶴の里団地 (循環)
 [湖岸線]: 浜大津 - 大津駅 - 義仲寺西武百貨店前 - 御殿が浜 - 石山駅
 [近江大橋線]: 浜大津 - 大津駅 - 義仲寺西武百貨店前 - 近江大橋口 - 草津駅西口

江若バス
 102・103系統:浜大津線: 雄琴温泉・堅田駅行、大津駅・県庁前行

その他:
1981年(昭和56年)の統合以前は頭端式の京津線ホームで石山寺方面に向けてスイッチバックする配線であったが、1950年代後半から60年代にかけてこの形に整備されたのは京津線と江若鉄道の直通運転を企図してのことで、狭軌・標準軌及び電化・非電化と環境の異なる路線を走破できる「軌間可変機構の気動車(いわゆるフリーゲージトレイン)」を開発して淀屋橋 - 近江今津間を直通する計画が立てられていた。この時期の石山坂本線の浜大津駅は「浜大津(東口)」と表記されており、駅構造は相対式ホーム2面2線で北側(上り線)ホームに駅舎があり、南側ホームと構内踏切で連絡されていた。京津線と石山寺方面との間を直通する電車は、上記の通り頭端式の京津線浜大津駅(現在明日都浜大津が建っている所)でスイッチバックを行い、両駅に停車していた。そのため、京津線と坂本方面とを行き来するには、乗客が一度改札口から出る徒歩連絡の方法をとっていた(当駅跨ぎの乗車券も、係員に一度提示する必要があった)が、駅統合によりこの徒歩連絡は解消された。また、開業当時は路面電車タイプの車両に対応した低床ホームだったが、四宮車庫の火災で低床車が激減したことを機に石山坂本線の車両を高床車に統一する方針が決まり、それに合わせてホームを完全に高床化すると共に、京津線浜大津駅のターミナル化整備の一環として駅舎が設置された。
1981年(昭和56年)の駅統合で配線が変わってスイッチバックが解消されることになり、そのままでは石山坂本線内で京津線車両の向きが逆になるため保守点検などで不都合が生じることになった。そこで錦織車庫に転車台を仮設して、同年5〜6月にかけて1両ずつ方向転換させる作業が行われた。
隣接する浜大津公共駐車場または明日都浜大津公共駐車場に駐車して京阪電車を利用した場合、駐車料金を1日500円とする特別駐車券を販売している。

出典・参考:Wikipedia「びわ湖浜大津駅」(最終更新 2018年11月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B3%E3%82%8F%E6%B9%96%E6%B5%9C%E5%A4%A7%E6%B4%A5%E9%A7%85
(閲覧:2019.4.23)

現地取材:2018.3.-6 他
記事投稿:2019.4.23
  調整:2019.4.27

by fbox12 | 2019-04-27 09:35 | 鉄道・バス

重要文化財 鹽竈神社

所在:宮城県塩釜市一森山1番1号

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整理番号/整理名称:重9 鹽竈神社鳥居
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3751)
名称 鹽竈神社 鳥居


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整理番号/整理名称:重10 鹽竈神社随身門
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3750)
名称 鹽竈神社 随身門


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整理番号/整理名称:重11 鹽竈神社別宮瑞垣
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3747)
名称 鹽竈神社 別宮瑞垣


整理番号/整理名称:重12 鹽竈神社別宮本殿

重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3744)
名称 鹽竈神社 別宮本殿


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整理番号/整理名称:重13 鹽竈神社別宮拝殿
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3748)
名称 鹽竈神社 別宮拝殿


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整理番号/整理名称:重14 鹽竈神社左右宮拝殿
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 3743)
名称 鹽竈神社 左右宮拝殿


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整理番号/整理名称:重15 鹽竈神社門及び廻廊
重要文化財指定 2002.12.26(文化庁:管理対象ID 02414)
名称 鹽竈神社 門及び廻廊


参考資料:文化庁データベース




写真:2017.6.27
登録:2019.3.11
調整:2019.3.14 / 2019.4.24
by fbox12 | 2019-04-24 12:01 | 文化産業遺産

232 日光駅 (JR東日本)

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a0057057_17243185.pngにっこう

所在地:栃木県日光市相生町115
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・日光線
電報略号/事務官コード:ニコ/411806
キロ程:40.5km(宇都宮起点)

概要:
日光線の終着駅である。

歴史:
a0057057_21183252.png東北本線などを建設した私鉄であった日本鐵道が、その支線の終着駅として明治23(1890)年8月1日に開設した。開業式は日光驛において、小松宮彰仁親王の臨席を仰いで挙行された。当時から日光東照宮や中禅寺湖など景観の美しい日光は日本有数の観光地で、皇族や外国人観光客なども多く訪れる駅であった。明治39(1906)年11月1日に日本鐵道が国有化されて国有鉄道の駅となり、明治42(1909)年10月12日に線路名称が制定されて日光驛の所属する路線は日光線と名付けられた。初代の駅は質素な平屋建てであった。
大正元(1912)年8月25日に、現在の二代目駅舎が落成した(起工は同年4月9日)。ネオ・ルネサンス様式のハーフティンバー様式木造洋風建築2階建てで、長らく設計者は不明であったが、平成24(2012)年に地元の郷土史家の研究で、当時の鐵道院技手の明石虎雄が設計したものにほぼ間違いないと判明した。
a0057057_21191520.png
昭和4(1929)年には東武鐵道が東武日光驛まで開通して国有鉄道と東武の競争が始まった。昭和34(1959)年9月22日には日光線の電化が完成し、デラックスな157系を使用した準急「日光」の運転を開始して東武鉄道に対抗したが、運賃・所要時間ともに東武鉄道の方が勝り、昭和57(1982)年に上野から直通する列車が全廃となり、当駅に速達列車の発着は無くなった。平成18(2006)年からJR東日本は東武鉄道と直通しての特急列車の日光乗り入れを再開し、以後は東武日光駅にJRからの直通特急列車も発着している状況にある。シーズン時に運転されるJR線首都圏各方面からの臨時特急列車も現在は全て栗橋駅から東武日光線に乗り入れた上で東武日光駅発着となっており、当駅に発着する定期列車は宇都宮駅との間を走る短距離普通列車のみであるが、秋などの修学旅行シーズンに運転される東京都・神奈川県・埼玉県などからの修学旅行列車は当駅に発着しており、現在当駅に発着する数少ない中距離運用列車となっている。
現在、平成29(2017)年5月運用開始予定(原文のまま)の「TRAIN SUITE 四季島」の停車駅になるのに合わせて、平成28(2016)年5月から平成29(2017)年3月まで改修工事を行い、同25日に完成した。

年表:
a0057057_21594344.png明治23(1890)年8月1日 - 日本鐵道により開業。
明治39(1906)年11月1日 - 日本鐵道の国有化により国有鉄道の駅となる。
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称制定により日光線の駅となる。
明治43(1910)年8月10日 - 駅前に日光電氣軌道日光停車場前(後の東武日光軌道線日光駅前駅)が開業。
大正元(1912)年8月 - 二代目駅舎の改築完了。
大正11(1922)年 - イギリス皇太子来訪に合わせて貴賓室(右写真)を改装。
昭和34(1959)年9月22日 - 日光線電化完成。準急「日光」運転開始。
昭和43(1968)年2月25日 - 東武日光軌道線日光駅前駅廃止。
昭和57(1982)年11月15日 - 急行「日光」の廃止により当駅発着の優等列車全廃。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄の分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
平成9(1997)年10月14日 - 関東の駅百選に選定。
平成20(2008)年3月15日 - Suicaのサービス開始。同時に自動改札機設置。
平成21(2009)年9月 - 開業120周年事業の一環として駅舎をレトロ調に改装。
平成25(2013)年3月 - 205系電車乗り入れ開始。
平成29(2017)年3月25日 - 駅舎リニューアル。

駅構造:
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単式ホームと島式ホームの2面3線であったが、現在は駅舎側では無い方の線路が撤去され2面2線になっている(左写真の右側)。駅舎は大正元(1912)年8月に落成した二代目のもので、洋風木造2階建て延べ床面積363平方メートル、幅55.51メートル、奥行き20.02メートルある。駅舎2階にはかつての一等車利用者用待合室「ホワイトルーム」があり、現在は駅ギャラリーとして一般公開している(右写真:1階の階段/タイトル写真:内部)。駅舎右手にある屋根のついた広場は団体待合所であるが、現在はほとんど使われていない。1階には貴賓室もあるが普段は公開していない。貴賓室は広さ約40平方メートルで、シャンデリアと大理石製の暖炉が備えられている。Suica対応自動改札機、みどりの窓口(営業時間 6:00 - 18:00)設置駅。

のりば:
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1・2番線 日光線 今市・鹿沼・宇都宮方面
通常は駅舎側の1番線を使用する。2番線が使われるのは日中時間帯の一部の列車のみである(写真は2番線に列車が入線している)。夜間滞泊は2本設定されている。

バス路線:日光駅前
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東武バス日光
 世界遺産めぐり循環バス(写真)
 湯元温泉 行(西参道 → 清滝 → 中禅寺温泉 → 菖蒲ヶ浜経由)
 光徳温泉経由 湯元温泉 行(西参道 → 清滝 → 中禅寺温泉駅 → 菖蒲ヶ浜経由)
 中禅寺温泉駅 行(西参道 → 清滝経由)
 奥細尾 行(西参道 → 清滝経由)
 やしおの湯経由 奥細尾 行(西参道 → やしおの湯 → 清滝経由)
 清滝 行(西参道経由)
 西参道 行 
 霧降高原経由 大笹牧場 行(夏季)
 日光霧降スケートセンター経由 霧降の滝 行(冬季)
日光市営バス(日光交通受託運行)
 下今市駅 行
 今市養護学校 行
 足尾銅山・双愛病院 行
高速バス「マロニエ号」(関東自動車・千葉交通)
 成田空港 行国道119号上関東自動車 JR宇都宮駅 - 徳次郎 - 大沢 - 今市 - JR日光駅前 - 日光東照宮

出典・参考:Wikipedia「日光駅」(2017年7月22日最終更新)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%85%89%E9%A7%85
現地取材:2017.9.-4
記事投稿:2018.1.-7
  調整:2019.4.18
by fbox12 | 2019-04-18 17:26 | 鉄道・バス

東武日光駅 (東武)

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a0057057_20184891.png整理番号:278

とうぶにっこう

所在地:栃木県日光市松原町4-3
所属・路線:東武鉄道株式会社・日光線
キロ程:94.5km(東武動物公園起点)
電報略号/駅番号:トニコ/ TN 25
乗換:JR日光線・日光駅
駅形態:駅務管区所在駅
備考:標高538m

歴史:
1929年(昭和4年)10月1日 - 開業開業の際、駅名は乗客の投票で決定された。候補に挙げられた名前は「東武日光」・「本日光」・「日光町」・「上日光」・「新日光」などであった。
1968年(昭和43年)2月25日 - 東武日光軌道線東武駅前駅廃止
1979年(昭和54年)10月1日 - 駅舎を現行のアルペン風に改築
1991年(平成3年)頃 - 発車メロディ導入
2000年(平成12年) - 関東の駅百選に選定される。
2012年(平成24年)3月17日 - 駅ナンバリング導入

駅構造:
頭端式ホーム3面5線を有する地上駅。山小屋をイメージした三角屋根の駅舎が特徴となっている。駅舎とホームの間には段差があり、階段およびスロープにより連絡している。自動改札機設置駅。発車メロディは「Crystal Clear River」(「夜のストレンジャー」とも)を使用している。
当駅構内(改札外)で弁当(駅弁)が販売されている。売店も改札内には無い。
改札内にはトイレ設備が無いが、普通列車にトイレが設置されていており、停車時間も長いので代用ができる。
外国人観光客の利用が増えているため、英語でも対応できる観光案内カウンター(日光市観光協会が運営)を2017年(平成29年)3月24日に開設。同年4月1日には、預かった手荷物を近隣宿泊先へ送るサービスも始めた。

のりば:
a0057057_21412545.pnga0057057_21412548.png
1・2・4番線
 日光線 下今市・新栃木・鬼怒川線 鬼怒川温泉・野岩鉄道線 会津高原尾瀬口・会津鉄道線 会津田島方面・東武スカイツリーライン 北千住・とうきょうスカイツリー・浅草方面
4・5・6番線
 特急「(リバティ)けごん」「(スペーシア)日光」
3番線は欠番。元々は存在していたが現在は欠番となった。
上記の路線名は旅客案内上の名称(「東武スカイツリーライン」は愛称)で表記している。
1・2番線と4 - 6番線はYの字状に分かれており、駅舎側に向かって間が広くなっており、その間には中庭がある。また、5・6番線ホームへは4番線ホームの頭端部から回り込むようにして入る格好となっている。
(写真左:左2番線・右1番線/写真右:リバティ停車中が4番線・右5番線・6番線)
ホーム有効長は1・2番線が4両分、4 - 6番線は6両分である。1・2番線は3両分が一体の上屋で覆われている。このためにスペーシアは必ず4~6番線であると共に他の特急も同じになっている。

バス路線:
当駅は、中禅寺湖(中禅寺温泉)、奥日光(竜頭の滝、光徳温泉、湯元温泉)、霧降高原方面の各路線バスとの結節点であり、東京方面などから東武線で来た多くの観光客が列車からバスへ乗り換えるため通年で賑わっている。当駅発着のバス系統はJR日光駅を始発・終着とするが、全便ではなく、当駅始発・終着の便も存在する。ただしJR日光駅までは歩いてすぐの距離である。
バス乗車券は駅舎内の東武日光駅ツーリストセンターで発売している。運賃はバス車内でも精算できるが、「世界遺産めぐり手形」や各種「フリーパス」は車内発売をしないため、当所のみの発売となる。

構内バスのりば
東武バス
日光中禅寺温泉駅までの利用客と、光徳温泉・湯元温泉方面への利用客が分離されるよう、乗り場の分離と近い発車時刻が採用されている。ただし区間便が設定されていない時間帯もある。
日光山内二社一寺(二荒山神社、東照宮、輪王寺)めぐりの入口は、西参道バス停下車。世界遺産めぐり循環バスの場合は、山内に乗り入れるので、ホテル清晃苑前 - 勝道上人像前 - 表参道 - 西参道 - 神社前のどれかで下車。
 湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉→菖蒲ヶ浜経由)
 光徳温泉経由湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉駅→菖蒲ヶ浜経由)
 中禅寺温泉駅行(西参道→清滝経由)
 奥細尾行(西参道→清滝経由)
 やしおの湯経由奥細尾行(西参道→やしおの湯→清滝経由)
 清滝行(西参道経由)
 西参道行
 JR日光駅行
 世界遺産めぐり循環バス<東照宮方面>
 霧降高原経由大笹牧場行(夏季)
 日光霧降スケートセンター行(冬季)
 日光定期観光バス(予約制)
 高速バス 羽田空港・横浜駅東口行(京浜急行バスとの共同運行)
日光市営バス
 間藤駅経由双愛病院行
 今市養護学校経由下今市駅行
東北急行バス
 高速バス 東京~日光・鬼怒川線東京駅日本橋口行

東武日光駅前
関東自動車関東バスの日光東照宮終点は、東武バスの総合会館前付近(西参道バス停の一つ手前)にある。
 日光東照宮行
 JR宇都宮駅行
 篠井ニュータウン経由 JR宇都宮駅行

出典・参考:Wikipedia「東武日光駅」(最終更新 2018年5月19日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E6%97%A5%E5%85%89%E9%A7%85

現地取材:2017.9.-4他
記事投稿:2018.7.21
  調整:2019.4.17

by fbox12 | 2019-04-17 20:23 | 鉄道・バス

原谷駅(天浜線←国鉄)

a0057057_20011244.png整理番号:187

はらのや

所在地:静岡県掛川市本郷1416-2
所属・路線:天竜浜名湖鉄道株式会社・天竜浜名湖線
電報略号:ラノ

a0057057_2214526.png概要:
駅舎(本屋)は、国の登録有形文化財として登録されている。

歴史:
昭和10(1935)年4月17日:掛川驛 - 遠江森驛(現 天浜線・遠州森駅)間の開通により、鐵道省二俣線の駅(一般駅)として開業
昭和37(1962)年8月21日:貨物取扱廃止(旅客駅となる)
昭和62(1987)年3月15日:二俣線が第三セクター鉄道に転換し、天竜浜名湖鉄道の駅となる。
平成21(2009)年11月1日:無人駅化
平成23(2011)年1月26日:駅舎(本屋)が登録有形文化財に登録される。

a0057057_2228117.png駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する地上駅。無人駅で、木造の駅舎がある。

乗車券はいずれも国鉄時代(整理番号:187-90)のもの。


参考資料:Wikipedia「原谷駅」(最終更新 2019年2月10日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E8%B0%B7%E9%A7%85(閲覧:2019.4.17)

記事投稿:28.11.14
  調整:29.4.17

by fbox12 | 2019-04-17 20:01 | 鉄道・バス

鉄5 旧六郷川鉄橋

a0057057_21505821.jpg鉄道記念物

整理番号:鉄5
所在:東海旅客鉄道総合研修センター
 静岡県三島市文教町1-4-19
指定:鉄道記念物 1965年(昭和40年)10月14日 指定第27号

基本情報:
運用者 工部省鐵道局→内閣鐵道院(六郷川架設時)
製造所 
製造番号
製造年 
製造数 
a0057057_22251259.jpg
運用開始 1879年(明治12年)
引退 1997年(平成9年)

特徴:
ポニートラスと呼ばれる橋梁。1879年(明治12年)に架設された二代目の六郷川(多摩川)橋梁である。
初代(新𣘺-橫濵間の鉄道開通時)のは木橋だった。その後 1915年(大正4年)に東海道本線、第二酒匂川橋梁に移設された。

写真:旧六郷川鉄橋 東海旅客鉄道総合研修センター

初稿:2019.4.16
調整:2019.4.17

by fbox12 | 2019-04-17 16:07

リポビタンD プロ野球球団ボトル(2018)

a0057057_20480271.pnga0057057_21030185.pnga0057057_21121094.pnga0057057_22555516.pnga0057057_21453487.pnga0057057_21380237.pnga0057057_22042303.pnga0057057_22091480.pnga0057057_21453489.pnga0057057_21270800.png

整理番号:D-100-806-1-18 北海道日本ハムファイターズ
 発売日:2018.7.10

整理番号:D-100-806-2-18 東北楽天ゴールデンイーグルス
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整理番号:D100-806-11-18 読売ジャイアンツ
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by fbox12 | 2019-04-10 22:22 | コレクション