fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

カテゴリ:鉄道・バス( 423 )

141 土樽駅 (JR東日本)

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つちたる

所在地:新潟県南魚沼郡湯沢町大字土樽
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・上越線
電報略号/事務管コード:タル/301206

概要:

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土樽の名前を持つが、旧土樽村の中心部は現在の越後中里駅付近に当たり、駅周辺に人家はない。付近にある東京発電の水力発電所・土樽発電所(7,000キロワット)は昭和49(1974)年に無人化されている。上り線ホームの横を関越自動車道が通っており、当駅の東に土樽パーキングエリアが置かれているが、駅周辺の一般道は関越自動車道の東隣に、中央線(センターライン)も引かれていない農道のような道があるのみ(ただし路線バスが通っている)で、そこから駅に入る枝線にも「土樽駅入り口」などの掲示さえなされていない。
当駅は、東京側から望むと、清水トンネルを出てすぐの位置にあり、川端康成の『雪国』でもトンネルを出た後はじめに汽車が停車する「信号場」として登場する。実際に作品の書かれた当時は信号場であったが、冬季にはスキー客の利用を見込んで仮乗降場扱いで客扱いをしていた。
上越線は当駅(正確には上り線の清水トンネル高崎側出口付近)から宮内駅(信越本線と接続)までが新潟支社管轄である。
かつて、上越線の敷設工事が行われた際は、この付近の難所(清水トンネル、松川ループ線)に備え、現在の当駅の近くまで湯沢から延長約16kmの軽便鉄道線が敷設されていた。

歴史:
a0057057_16592612.png昭和6(1931)年9月1日 - 鐵道省上越線 水上 - 越後湯沢間開通時に、土樽信号場として開業。
昭和8(1933)年12月8日 - スキー季節中に限り、旅客営業を開始。
昭和16(1941)年1月10日 - 駅に昇格、土樽駅となる。旅客駅。
昭和20(1945)年12月15日 - 貨物の取扱を開始(一般駅となる)。
昭和36(1961)年10月1日 - 貨物の取扱を廃止(旅客駅に戻る)。
昭和59(1984)年2月1日 - 荷物の取扱を廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
駅構造:

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丘陵地の東斜面に位置する地上駅。相対式ホーム2面2線を持つ。駅舎は上り線側にあり、両ホームは跨線橋で連絡している。越後湯沢駅管理の無人駅。
かつては、相対式ホーム(副本線)および通過線(本線)を持つ2面4線の構造であったが、平成20(2008)年6月3日から26日までホームの改築が行われた際に副本線が廃止となり、本線上にホームが設置された現在の構造となった。工事期間中は全列車が通過し、越後中里駅と当駅の間でバスやタクシーによる代行輸送が行われた。

のりば:

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 駅舎側ホーム(上写真右) 上越線 上り 水上・高崎方面
 反対側ホーム(上写真左) 上越線 下り 越後湯沢・小出・長岡方面
 ※案内上の番線番号は設定されていない。

バス路線:
徒歩数分で南越後観光バス「蓬橋」停留所があり、越後湯沢駅までのバスが1日数本出ている。
土樽」バス停もあるが、駅からは1km近く離れている。
バスで群馬県方面へ行くことはできない。


出典・参考:Wikipedia「土樽駅」(2016年9月12日最終更新)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%A8%BD%E9%A7%85
 閲覧:2017.9.-8
参考:「停車場一覧 日本国有鉄道編(昭和41年3月1日現在)」停車場一覧刊行会

現地取材:2007.8.14/2016.8.27
記事投稿:2017.9.-8
  調整:2017.9.-9/2018.9.10

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by fbox12 | 2018-09-10 21:22 | 鉄道・バス

281 枚岡駅(近鉄)

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a0057057_21341528.pnga0057057_21351791.png
a0057057_22122147.png所在地:大阪府東大阪市出雲井町2-6
所属・路線:近畿日本鉄道株式会社(近鉄)・奈良線
電報略号/駅番号:ヒラオ/ A14
キロ程8.3km(布施起点)


概要:
「枚岡」の駅名は駅前にある枚岡神社から来ており、旧枚岡市の中心駅というわけではない。

歴史:
1914年(大正3年)4月30日 - 大阪電氣軌道上本町(現在の大阪上本町) - 奈良(髙天町)(現在の近鉄奈良)間開通時に開業。
1928年(昭和3年)1月24日 - 枚岡驛より東高野街道沿いに信貴山口まで大軌枚岡線免許交付。
1941年(昭和16年)3月15日 - 參宮急行電鐵との合併により關西急行鐵道の駅となる。
1944年(昭和19年)6月1日 - 会社合併により近畿日本鐵道の駅となる。
1992年(平成4年)3月19日 - ホーム延長工事完成で6両編成対応になる。昼間の普通が1時間あたり3本から6本になる。
2006年(平成18年)3月21日 - この日より新設された区間準急の停車駅になる。昼間は普通が1時間当たり3本、区間準急が1時間当たり3本。
2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。

駅構造:
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相対式2面2線のホームを持つ地上駅。30パーミルを超える勾配や、カーブの途中に駅が設置されているため、線路にカントがつけられており停車する電車は大きく傾く。(上左写真)
ホーム有効長は6両で、改札口から北側(奈良方面側)は幅が狭くなっている。両ホームとも改札口が別々に存在し、駅構内で上下ホームの行き来はできないため、改札外に駅の東西を結ぶ地下道がある。(駅舎写真及び上右写真)
東花園駅管理の有人駅で、PiTaPa・ICOCA対応の自動改札機および自動精算機(回数券カードおよびICカードのチャージに対応)が設置されている。

のりば:
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1番のりば 奈良線 下り 大和西大寺・奈良方面
             天理方面
2番のりば 奈良線 上り 大阪難波・尼崎・三宮方面(写真:車両は阪神車)

出典・参考:Wikipedia「枚岡駅」(最終更新 2018年6月21日)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%9A%E5%B2%A1%E9%A7%85

現地取材:2017.9.16
記事投稿:2018.8.26
  調整:2018.8.27

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by fbox12 | 2018-08-27 08:55 | 鉄道・バス

282 貴志駅(和歌山電鐵)

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きし

所在地:和歌山県紀の川市貴志川町神戸803番地
所属・路線:和歌山電鐵株式会社・貴志川線
キロ程:14.3km(和歌山起点)
電報略号/駅番号:キシ/14
駅形態:無人駅(「猫の駅長・助役」配置)

概要:
南海電気鉄道時代は有人駅で、駅の隣側に倉庫が建てられていた。貴志川線の和歌山電鐵への移管に伴い2006年(平成12年)4月1日から無人駅とされた。この際に駅と倉庫の間に置かれていた猫小屋が、土地が紀の川市の公有地となったため撤去を求められ、「猫たちを駅の中に住まわせてもらえないか」とたま達の飼い主から相談を受けた和歌山電鐵社長の小嶋光信が「たまを駅長に就任させる」というアイデアを打ち出した。たまの駅長就任以後、改札口では、平日昼間にはたま駅長が改札台の上に乗って乗降客を出迎えていることがあった。
2008年(平成20年)1月5日にたまが客招きの功績から「スーパー駅長」に任命されたのを機に、同年4月20日に出札窓口の跡を利用して、水戸岡鋭治デザインの猫用「駅長室」が設置された。待合室の壁には、南海時代に走っていた南海1201形電車を地元の幼稚園児が描いた絵画や、地元の小学生が社会科見学として貴志駅や小山商店を訪れたことへの感謝文を各児童が貼りつけたものが飾られていた。

歴史:
1933年(昭和8年)8月18日 - 伊太祁曽驛(現在の伊太祈曽駅)- 当駅間の延伸に際し、和歌山鐵道の駅として開業。
1957年(昭和32年)11月1日 - 和歌山電気軌道との合併により同社鉄道線の駅となる。
1961年(昭和36年)11月1日 - 南海電気鉄道との合併により同社貴志川線の駅となる。
2006年(平成18年)4月1日 - 和歌山電鐵への継承により同社貴志川線の駅となる。同時に無人化。出札窓口は閉鎖され、待合室に設置されていた自動券売機も撤去された。
2007年(平成19年)1月5日 - 駅の売店「小山商店」の飼い猫「たま」が駅長に就任。同居する「ちび」「ミーコ」も助役に就任。
2008年(平成20年)4月20日 - 出札窓口跡を改装して、たま用駅長室を設置。
a0057057_22055912.png2010年(平成22年)2月 - 開業以来の初代駅舎を解体し、新駅舎建設開始。
 8月4日 - 新駅舎「たまステーション貴志駅」竣工、使用開始。
2012年(平成24年)1月5日 - 三毛猫「ニタマ」が駅長代理に就任。
2015年(平成27年)6月22日 - たま駅長が死去。同月28日に駅構内にて葬儀(神葬祭・和歌山電鐵社葬)。
 8月11日 - 三毛猫「ニタマ」駅長代理が駅長に昇格、「たま2世」を襲名。
2018年(平成30年)1月5日 - 三毛猫「よんたま」が駅長代行に就任。

駅構造:
a0057057_22070638.png貴志川線の終着駅。単式ホーム1面1線と1線の保線用留置線を持つ地上駅である。線路は駅を過ぎても続いており、踏切を越えた先に2両分の引上線がある(保線用留置線も同じ位置まで伸びている。夜間滞泊設定駅である。
駅舎は長らく開業以来の木造駅舎であったが、老朽化のため観光拠点としてふさわしいよう2010年(平成22年)に建て替えられた。
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2270系「いちご電車・おもちゃ電車・たま電車」のリニューアルデザインを手がけた水戸岡鋭治による、「エコでネコロジー」をテーマとした猫の顔をモチーフとしたデザインで、南海辰村建設による和歌山県産の木材を多く用いた木造の駅舎に、伝統工法を用いた檜皮葺の屋根となっており、駅舎には「たまミュージアム貴志駅」という名前が付けられている。
内部には正面より見て左側にたま駅長の飼い主が経営する売店「小山商店」とたま駅長の「駅長室」(共に日曜日休業)が、右手側には地元特産の果物のジュースやジェラートを販売する「たまカフェ」(毎月第3水曜日休業)が設けられている。右手側外には別棟で男女別および車椅子対応のトイレ、およびホームへの車椅子用のスロープが設置されている。
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ホームには「おもちゃ神社」「ねこ神社」「いちご神社」の三つの小さな祠が建立(造営/創建)され、それぞれに電車と果物はじめ農作物、電車とおもちゃや遊具、電車とねこや動物全般を祀っている。 なおこのうち「ねこ神社」については、たま駅長の死に伴い、神葬祭を経てその「御霊」を鎮座させ、「たま神社」へと改装した。南海電気鉄道からの移管以前・以後を通じてスルッとKANSAI対応のカードは使用できない。かつて販売していた3・3・SUNフリーきっぷは利用可能であった。朝夕・混雑時のみ有人集札を実施し、小山商店では回数券と一日乗車券のみ販売している。

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路線バス:
紀の川市地域巡回バス(貴志駅バス停)
 貴志川路線:東貴志丸栖コース
 貴志川路線:西貴志コース
 桃山路線:細野貴志川コース(貴志川スポーツ公園方面・垣内行、那賀病院方面・紀の川市役所行)
出典・参考:Wikipedia「貴志駅」(最終更新 2018年7月7日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E5%BF%97%E9%A7%85

現地取材:2017.10.10
記事投稿:2018.8.19

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by fbox12 | 2018-08-19 22:30 | 鉄道・バス

280 三輪駅 (JR西日本)

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a0057057_09135106.pngみわ

所在地:奈良県桜井市大字三輪
所属・路線:
 西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)
  桜井線(万葉まほろば線)
キロ程:18.0km(奈良起点)
電報略号/事務管コード:ミワ/621708
駅形態:無人駅(自動券売機 有)

概要:
大和國一宮、大神神社の最寄り駅であり、初詣など神社祭典の際は、臨時列車や終夜運転などが行われる。
駅には、神社祭典時向けの臨時改札口がある。

歴史:
1898年(明治31年)5月11日 - 奈良鐵道が京終驛 - 櫻井驛間で開業した際に設置
1905年(明治38年)2月7日 - 關西鐵道が奈良鐵道の路線を承継。同社の駅となる。
1907年(明治40年)10月1日 - 關西鐵道国有化。国有鉄道(当時の管轄は『帝國鐵道廳』)の駅となる。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。櫻井線の所属となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
2005年(平成17年)3月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2008年(平成20年)11月29日 - 長年営業していたキヨスクがこの日限りで閉店した。
2010年(平成22年)3月13日 - 路線愛称の制定により、「万葉まほろば線」の愛称を使用開始。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を持つ行違い可能な地上駅。ホームの有効長は最大6両まで対応。1番(上り)ホーム側に駅舎があり、2番(下り)ホームへは跨線橋で連絡している。跨線橋にはエスカレーターやエレベーターの設置はない。王寺鉄道部管理の無人駅。ICOCA等のICカードは駅舎備え付けの読取機で対応する。自動券売機があり、簡易型で、2000・5000・10000円札に対応している。また、駅本屋にある改札だけではなく、正月等に使用される臨時改札口が、下りホーム大神神社参道側にある。但し、臨時改札口は降車のみ使用可能である。

のりば:
1番のりば 万葉まほろば線 上り天理・奈良方面
2番のりば 万葉まほろば線 下り桜井・高田方面
上記の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。なお、1番のりばから高田方面への発車も可能であり、おんぱら祭奉納花火大会開催当日などに臨時列車の折り返しが行われる。

出典・参考:Wikipedia「三輪駅」(最終更新 2018年7月7日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%BC%AA%E9%A7%85
閲覧:2018.8.13

現地取材:2017.9.16
記事投稿:2018.8.14

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by fbox12 | 2018-08-14 09:44 | 鉄道・バス

279 宇都宮駅 (JR東日本)

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うつのみや

所在地:栃木県宇都宮市川向町1-23
所属事業者:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
      日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)
電報略号/事務管コード:ミヤ/411012

概要:
駅開業当時、宇都宮市街を避けて設置され、田川を挟んで対岸に設けられた。現在も駅舎及び交通・商業複合設備は線路西側に集中している。
地元業者『白木屋』がホームで発売したおにぎりが日本で最初の駅弁で、宇都宮駅は「駅弁発祥の地」とされている。
宇都宮駅への乗り入れ路線は、JR東日本・東北本線、日光線、東北新幹線、山形新幹線および秋田新幹線である。なお、正式な線路名称上では東北新幹線は東北本線に包括され、山形新幹線、秋田新幹線という線路名称は存在しない。また2002年(平成14年)の東北新幹線八戸延伸開業以降、秋田新幹線の全列車は当駅には停車しなくなった。
東北本線は、1990年(平成2年)3月10日に上野-黒磯間が「宇都宮線」の愛称が付けられた。現在、当駅には在来線の宇都宮線列車(上野駅発着、上野東京ライン、湘南新宿ライン、黒磯駅発着など)、日光線列車、烏山線列車、東北新幹線「やまびこ」「なすの」、山形新幹線「つばさ」が発着し、在来線の列車はほぼ全ての列車において当駅が始発、終着駅となっている。また、東北・北海道新幹線「はやぶさ」「はやて」および秋田新幹線「こまち」は当駅を通過するが、仙台駅や盛岡駅などで改札を出ずに乗り換える場合に限り、いずれも1枚の新幹線特急券で利用可能となっている。
宇都宮中心市街地の西部に立地する「東武宇都宮駅」とは約1.5km離れており、徒歩の場合、大通りやオリオン通りなどを経由して約20分を要する。

歴史:
1885年(明治18年)7月16日:日本鐵道第二区線の駅として開業、第二区線の終着駅となる。当時、栗橋驛 - 中田假驛驛間の利根川架橋が未了の状態で開業したため、この間は連絡船で結ばれていた。翌1886年(明治19年)6月に利根川橋梁が完成し、上野から宇都宮までが全通した。
1886年(明治19年)10月1日:日本鐵道第二区線として宇都宮驛 - 那須驛(現 西那須野駅)間を延伸
1890年(明治23年)6月1日:現在の日光線にあたる路線が、日本鐵道により今市驛まで開通(のち日光まで延伸)
1902年(明治35年)4月1日:2代目の駅舎(2階建て)に改築この駅舎は京都鐵道二條驛驛の駅舎の模範にされた。
1906年(明治39年)11月1日:日本鐵道国有化
1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により東北本線の所属となる。日光方面の支線は日光線と命名
1910年(明治43年)10月15日:建設中の大日本製粉宇都宮工場を日清製粉が買収し、宇都宮驛鐵道引込線使用契約を締結
1925年(大正14年)12月27日:駅舎の改築工事着工
1926年(大正15年)4月9日:駅長室の拡張工事着工
1945年(昭和20年)7月12日:宇都宮大空襲により駅舎(2代目)焼失
1946年(昭和21年)3月10日:駅舎が木造1階建て、スレート葺きバラック建築で復旧(3代目駅舎)
1958年(昭和33年)2月27日:4代目駅舎落成、3月1日に供用開始
 3月7日:駅舎2階に駅デパート開業
1966年(昭和41年)7月:宇都宮駅(日清製粉宇都宮工場) - 大川駅(同鶴見工場)間でホッパ車のホキ2200形による原料小麦輸送が始まる。
1973年(昭和48年)9月25日:車扱貨物の取り扱い範囲を、専用線発着のみに縮小
1974年(昭和49年)11月1日:新幹線工事のための5代目駅舎(仮駅舎)供用開始。駅ビル「ラミア」を併設する。
1980年(昭和55年)6月10日:現駅舎が完成、6代目駅舎となる。駅ビル「ラミア」に和食店「どんど」(うどん・そば)開店
 8月1日:駅東側地区の宅地化を受け、東西自由通路開通
 9月5日:駅ビル「ラミア」が全面営業開始
1982年(昭和57年)6月23日:東北新幹線が開業し同線の駅となる。
1983年(昭和58年)10月4日:ペデストリアンデッキ完成
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本とJR貨物が継承
 12月:駅ビル「パセオ」開業
1990年(平成2年)12月:和食店「どんど」(うどん・そば)が「パセオ」に移転
1994年(平成6年)2月:在来線改札に自動改札機導入
1996年(平成8年)11月30日:日清製粉宇都宮工場操業停止。この頃貨物列車の発着がなくなる。
2001年(平成13年)11月18日:ICカード「Suica」供用開始
2003年(平成15年)10月12日:Suica定期券による新幹線(東京 - 宇都宮、高崎間)利用開始
2004年(平成16年)10月16日:湘南新宿ライン、宇都宮線普通列車へのグリーン車導入、駅ホームでのグリーン券売機運用開始
2006年(平成18年)7月8日:宇都宮線の15両編成列車の運行が当駅まで延長される。従来は小金井駅までの運行であった。
2007年(平成19年)5月7日:びゅうプラザとみどりの窓口一体化工事開始
 5月13日から仮設券売機を使用開始
 7月30日:上記工事終了、供用開始
2008年(平成20年)1月29日:在来線Suica専用改札機使用開始
 11月1日:東口新駅前広場オープン
2018年(平成30年)4月1日:「本物の出会い 栃木」ディスティネーションキャンペーンの一環として在来線ホームの発車メロディが期間限定で「栃木県民の歌」に変更

駅構造:
駅舎南北に伸びる地上の東北本線(宇都宮線)、高架の東北新幹線の線路西側に沿うように建設された地上3階建ての駅舎である。うち3階設備は新幹線ホームのみで、1-2階は主に南側がJR東日本の駅施設、北側は宇都宮ステーション開発の駅ビル「パセオ」として利用されている。駅ビル「パセオ」と駅改札前「とちぎグランマルシェ」を中心に駅舎ビル全体で商業施設が展開されている。

駅施設:
改札は駅舎ビル2階にあり、改札外にはみどりの窓口・びゅうプラザ・自動券売機(近距離・指定席券売機)・えきねっと券売機・駅事務室などのほか、インフォメーションセンター(観光案内所)などが置かれている。また改札内には待合室や新幹線乗り換え改札、精算所・精算機、コインロッカー、多目的トイレ等が設置されている。在来線ホームは駅舎ビルの東側地上、新幹線ホームは駅舎ビル3階に敷設されており、駅改札内コンコースと各ホーム間には階段のほかエスカレーター、エレベーターが設置されている。駅北東には宇都宮運転所が併設されている。
駅舎ビル2階には駅西口にペデストリアンデッキ、および駅東口への東西自由通路が取り付けられており、それぞれ階下はバスのりば、タクシーのりばとなっている。東西両口にも階段に加えエスカレーター、エレベーターが設置されており、バリアフリー化されている。

のりば:
新幹線ホームは、高架上に16両編成対応の相対式ホーム2面を有し、この間に通過線(本線)2線(2・3番線)をはさむ。
在来線ホームは単式、島式ホーム3面5線の地平ホーム(15両編成対応)となっているほか、5番線と7番線の間に貨物列車等待避線(6番線)を有する。島式ホームの7・8番線および9・10番線ホーム上にはグリーン券券売機が設置されている。
すべての新幹線ホームおよび在来線ホームには、改札階である2階コンコース間を結ぶ階段のほかエスカレーターおよびエレベーターが設置され、バリアフリーに対応している。

新幹線高架ホーム
1番線 東北・山形新幹線 下り 仙台・盛岡・山形・新庄方面
4番線 東北・山形新幹線 上り 大宮・東京方面

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在来線地上ホーム
5番線 日光線 鹿沼・今市・日光方面(一部列車は7番線)(写真)
7 - 10番線 宇都宮線(東北線)下り 氏家・矢板・黒磯方面(一部列車は5番線)
  上り 小山・大宮・東京・新宿・横浜方面(上野東京ライン)(湘南新宿ライン)
 烏山線 仁井田・大金・烏山方面

日中の「なすの」・「やまびこ」(※主に仙台発着かつ福島以南各停の列車、一部例外もあり)は、この駅で「はやぶさ」+「こまち」号の通過待ち合わせを行なう。またそれ以外の当駅に停車する列車においても、通過待ち合わせを行なうことがある。広大な留置線を用いて夜間留置が多数設定されている。

出典・参考:Wikipedia「宇都宮駅」(最終更新 2018年7月15日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E9%A7%85
閲覧:2018.8.-9

現地取材:2017.9.-4
記事投稿:2018.8.-9

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by fbox12 | 2018-08-09 11:31 | 鉄道・バス

278 東武日光駅 (東武)

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とうぶにっこう

所在地:栃木県日光市松原町4-3
所属・路線:東武鉄道株式会社・日光線
キロ程:94.5km(東武動物公園起点)
電報略号/駅番号:トニコ/ TN 25
乗換:JR日光線・日光駅
駅形態:駅務管区所在駅
備考:標高538m

歴史:
1929年(昭和4年)10月1日 - 開業開業の際、駅名は乗客の投票で決定された。候補に挙げられた名前は「東武日光」・「本日光」・「日光町」・「上日光」・「新日光」などであった。
1968年(昭和43年)2月25日 - 東武日光軌道線東武駅前駅廃止
1979年(昭和54年)10月1日 - 駅舎を現行のアルペン風に改築
1991年(平成3年)頃 - 発車メロディ導入
2000年(平成12年) - 関東の駅百選に選定される。
2012年(平成24年)3月17日 - 駅ナンバリング導入

駅構造:
頭端式ホーム3面5線を有する地上駅。山小屋をイメージした三角屋根の駅舎が特徴となっている。駅舎とホームの間には段差があり、階段およびスロープにより連絡している。自動改札機設置駅。発車メロディは「Crystal Clear River」(「夜のストレンジャー」とも)を使用している。
当駅構内(改札外)で弁当(駅弁)が販売されている。売店も改札内には無い。
改札内にはトイレ設備が無いが、普通列車にトイレが設置されていており、停車時間も長いので代用ができる。
外国人観光客の利用が増えているため、英語でも対応できる観光案内カウンター(日光市観光協会が運営)を2017年(平成29年)3月24日に開設。同年4月1日には、預かった手荷物を近隣宿泊先へ送るサービスも始めた。

のりば:
a0057057_21412545.pnga0057057_21412548.png
1・2・4番線
 日光線 下今市・新栃木・鬼怒川線 鬼怒川温泉・野岩鉄道線 会津高原尾瀬口・会津鉄道線 会津田島方面・東武スカイツリーライン 北千住・とうきょうスカイツリー・浅草方面
4・5・6番線
 特急「(リバティ)けごん」「(スペーシア)日光」
3番線は欠番。元々は存在していたが現在は欠番となった。
上記の路線名は旅客案内上の名称(「東武スカイツリーライン」は愛称)で表記している。
1・2番線と4 - 6番線はYの字状に分かれており、駅舎側に向かって間が広くなっており、その間には中庭がある。また、5・6番線ホームへは4番線ホームの頭端部から回り込むようにして入る格好となっている。
(写真左:左2番線・右1番線/写真右:リバティ停車中が4番線・右5番線・6番線)
ホーム有効長は1・2番線が4両分、4 - 6番線は6両分である。1・2番線は3両分が一体の上屋で覆われている。このためにスペーシアは必ず4~6番線であると共に他の特急も同じになっている。

バス路線:
当駅は、中禅寺湖(中禅寺温泉)、奥日光(竜頭の滝、光徳温泉、湯元温泉)、霧降高原方面の各路線バスとの結節点であり、東京方面などから東武線で来た多くの観光客が列車からバスへ乗り換えるため通年で賑わっている。当駅発着のバス系統はJR日光駅を始発・終着とするが、全便ではなく、当駅始発・終着の便も存在する。ただしJR日光駅までは歩いてすぐの距離である。
バス乗車券は駅舎内の東武日光駅ツーリストセンターで発売している。運賃はバス車内でも精算できるが、「世界遺産めぐり手形」や各種「フリーパス」は車内発売をしないため、当所のみの発売となる。

構内バスのりば
東武バス
日光中禅寺温泉駅までの利用客と、光徳温泉・湯元温泉方面への利用客が分離されるよう、乗り場の分離と近い発車時刻が採用されている。ただし区間便が設定されていない時間帯もある。
日光山内二社一寺(二荒山神社、東照宮、輪王寺)めぐりの入口は、西参道バス停下車。世界遺産めぐり循環バスの場合は、山内に乗り入れるので、ホテル清晃苑前 - 勝道上人像前 - 表参道 - 西参道 - 神社前のどれかで下車。
 湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉→菖蒲ヶ浜経由)
 光徳温泉経由湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉駅→菖蒲ヶ浜経由)
 中禅寺温泉駅行(西参道→清滝経由)
 奥細尾行(西参道→清滝経由)
 やしおの湯経由奥細尾行(西参道→やしおの湯→清滝経由)
 清滝行(西参道経由)
 西参道行
 JR日光駅行
 世界遺産めぐり循環バス<東照宮方面>
 霧降高原経由大笹牧場行(夏季)
 日光霧降スケートセンター行(冬季)
 日光定期観光バス(予約制)
 高速バス 羽田空港・横浜駅東口行(京浜急行バスとの共同運行)
日光市営バス
 間藤駅経由双愛病院行
 今市養護学校経由下今市駅行
東北急行バス
 高速バス 東京~日光・鬼怒川線東京駅日本橋口行

東武日光駅前
関東自動車関東バスの日光東照宮終点は、東武バスの総合会館前付近(西参道バス停の一つ手前)にある。
 日光東照宮行
 JR宇都宮駅行
 篠井ニュータウン経由 JR宇都宮駅行

出典・参考:Wikipedia「東武日光駅」(最終更新 2018年5月19日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E6%97%A5%E5%85%89%E9%A7%85

現地取材:2017.9.-4他
記事投稿:2018.7.21

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by fbox12 | 2018-07-21 21:48 | 鉄道・バス

277 妙興寺駅 (名鉄)

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a0057057_21401324.pnga0057057_21402534.png
みょうこうじ

所在地:愛知県一宮市大和町妙興寺北浦宮地48
所属・路線:名古屋鉄道株式会社・名古屋本線
駅番号:NH 49
キロ程:84.7km(豊橋起点)
駅形態:無人駅(駅集中管理システム導入駅)

概要:
妙興寺駅は、愛知県一宮市大和町妙興寺北浦宮地と花池四丁目に跨がった名古屋鉄道の駅である。
歴史:
1924年(大正13年)2月3日 - 開業
1993年(平成5年)2月21日 - 高架化
2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始
2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了

駅構造:
相対式2面2線の高架駅。ホームは6両分。改札口は地上にあり、南北1ヶ所ずつ。エレベーター、エスカレーター、トイレは設置されていない。
国府宮 - 一宮間は開業時期が古く、当駅は高架化後も半径1000mのカーブ(制限速度115km/h)が連続する区間上にある。
北改札口の所在地は一宮市花池となる。高架化前は島氏永駅と同様、千鳥配置のホームを有する駅であった。
無人駅であり、2003年(平成15年)春にトランパス対応駅となった。そのため駅集中管理システム(管理元は隣の名鉄一宮駅)が導入され、自動改札、自動券売機、自動精算機などが設置されたが、設置される前は事実上ホームのみの無人駅であったため、ホームレスが屯し、保安上、衛生上問題だった。

のりば:
a0057057_22421842.png1番ホーム 名古屋本線 下り 一宮・岐阜方面(写真:列車入線反対側)
2番ホーム 名古屋本線 上り 名古屋方面(写真:列車入選側)


出典参考:Wikipedia「妙興寺駅」(最終更新 2018年5月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E8%88%88%E5%AF%BA%E9%A7%85
最終閲覧:2018.7.-9

現地取材:2017.8.25
記事投稿:2018.7.-9

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by fbox12 | 2018-07-09 22:55 | 鉄道・バス

276 掛川駅 (JR東海 / 天浜線)

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かけがわ

乗り入れ路線:
JR東海の東海道新幹線と在来線の東海道本線に加え、当駅を起点とする第三セクター鉄道の天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線の合計3路線が乗り入れている。
天竜浜名湖線は、現在の天竜浜名湖鉄道に経営移管される前は日本国有鉄道(国鉄)の二俣線と呼ばれ、当時国鉄の路線であった東海道本線と同一事業者の路線であった。
東海道新幹線は、当駅新設時から各駅停車の「こだま」のみが停車する。東海道新幹線内では新富士駅と三河安城駅も「こだま」のみの停車であるが、当駅がその中では利用者数は一番多く「ひかり」が一部停車する岐阜羽島駅と米原駅を上回っている。

歴史:
1889年(明治22年)4月16日 - 官設鉄道靜岡驛 - 濱松驛間が開通し、開業
1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
1935年(昭和10年)4月17日 - 二俣線が遠江森驛まで開通し接続駅となる。
1940年(昭和15年)6月 - 木造の現駅舎に改築(2代目)
1984年(昭和59年)1月21日 - 貨物取扱廃止
1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物取扱廃止
1987年(昭和62年)3月15日 - 二俣線が第三セクター化、天竜浜名湖鉄道に転換
 4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄東海道線熱海駅 - 米原駅間の駅を東海旅客鉄道(JR東海)が承継
1988年(昭和63年)3月13日 - 東海道新幹線駅開業
1992年(平成4年)11月28日 - 在来線北口改札口に自動改札機導入
1998年(平成10年)11月6日 - 在来線南口(新幹線側)改札口にも自動改札機導入
 11月17日 - 新幹線改札口に自動改札機導入
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2002年(平成14年)6月11日 - 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム(静岡スタジアム エコパ)で開催された、FIFA(国際サッカー連盟)主催2002サッカーワールドカップ グループリーグE組 カメルーンvsドイツ戦(試合開始20:30)の帰宅客輸送のための当駅始発の深夜新幹線「特別号」を運転(下り2本名古屋行:途中浜松駅のみ停車、上り6本東京行:途中熱海駅のみ停車)
2008年(平成20年)3月1日 - ICカード「TOICA」の利用が可能となる。天浜線用の改札口(右写真)からもTOICAで退場することが可能になる。
2010年(平成22年)2月1日 - 駅に多機能トイレ・エレベーター・エスカレーターなどのバリアフリーと高架の連絡通路使用開始
2011年(平成23年)- 11月後半から新幹線の改札・ホームにおける出発案内板がフルカラーLED表示に変更
2012年(平成24年)12月- 北口の木造駅舎の耐震化工事に伴い、仮設駅舎の建設開始
2013年(平成25年)3月20日 - 仮設駅舎による客扱いを開始
 5月13日 - 駅舎解体工事開始
 7月 - 駅舎新築工事開始
2014年(平成26年)1月26日 - 新駅舎による客扱い開始

駅構造:
JR東海
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所在地:静岡県掛川市南一丁目1-1
所属事業者:東海旅客鉄道株式会社(JR東海)
電報略号/事務管コード:カケ/520123
所属路線:東海道新幹線
 キロ程:229.3km(東京起点)
所属路線:東海道本線
 駅番号:CA 27
 キロ程:229.3km(東京起点)

駅形態:
駅長配置駅(管理駅)新幹線は相対式ホーム2面2線を有する高架駅で、中央の2線は通過線(本線)となっている。在来線は単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線の合計2面3線のホームを有する地上駅である。3番線と4番線との間には留置線がある。(下写真一番右側)
改札は北口(表口:タイトル写真・駅舎写真上)、南口(新幹線口:駅舎写真下)および乗換口(新幹線と在来線の中間改札)があり、各改札と在来線ホームは地下通路と跨線橋で結ばれている。南口からは新幹線構内に直接入出場できる。新幹線の駅を開設した際にも、掛川市長であった榛村純一が木の文化を大切にするという姿勢をとっていたため、木造駅舎(北口:タイトル写真他)を残した。この駅舎は1940年(昭和15年)に建築されたものである。一方で駅舎の耐震化がなされていないことから、掛川市では駅舎を建て替えの上で元の木造駅舎の資材を利用して外観を復元する工法による耐震化工事を2012年(平成24年)12月から開始、2014年(平成26年)1月26日に駅舎の供用を再開した。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、菊川駅を管理している。JR全線きっぷうりばは北口駅舎に併設されたJR東海ツアーズ内と南口改札傍の2ヶ所にある。新幹線特急券の自動券売機は、北口に1台、南口に3台、新幹線乗換口改札付近に2台設置されている。駅舎東側に線路下を通る自由通路があり、改札内を通らずに南北を往来できる。新幹線高架下にはジェイアール東海静岡開発の運営する商業施設「アスティ掛川」があり、土産物売店、カフェなどがある。

のりば:
在来線ホーム
a0057057_21294280.pnga0057057_16415995.png
1番線 東海道本線 上り 静岡・沼津方面(主に7時台)
          下り 浜松・豊橋方面(当駅折返し)(写真左)
2番線 東海道本線 上り 静岡・沼津方面(7時台以外)(写真右:停車中列車の右側)
3番線 東海道本線 下り 浜松・豊橋方面(写真中央)

新幹線ホーム
4番線 東海道新幹線 上り 新横浜・東京方面
5番線 東海道新幹線 下り 名古屋・新大阪方面

東海道本線の当駅始発の下り普通列車は豊橋・浜松行きが主であるが、1日に3本ほど(朝・昼・夕方1本ずつ)名古屋方面・岐阜行きの直通列車が設定されている。
新幹線のホームは、13号車 - 16号車の停車位置には屋根がついていない。なお、この新幹線掛川駅新設時の「こだま」号は12両編成が存在していた(16両編成に戻ったのは1989(平成元)年で新幹線掛川駅の開業は1988(昭和63)年3月)。

天竜浜名湖鉄道
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所在地:静岡県掛川市南西郷77-20
所属事業者:天竜浜名湖鉄道株式会社
所属路線:天竜浜名湖線
キロ程:0.0km(掛川起点)
電報略号:カケ

a0057057_21502649.png頭端式ホーム1面2線を有する地上駅である。JR東海とは別改札である。天浜線駅舎内から東海道本線1番線へのJRの簡易型自動改札(TOICA対応)も存在する。JRへの乗換客で、JR線の乗車券を所持していない場合は天浜線の券売機でJR線の乗車券(近距離切符:写真下の切符が天浜線で発売されたJR切符)を購入して入場することができる。なお、JR線と線路が繋がっており、甲種鉄道車両輸送(新型車両)の引渡しが行われるほか、検測車が天竜浜名湖線に入線する際も当駅を経由する。

のりば:
1・2番線 天竜浜名湖線 遠州森・天竜二俣・三ヶ日・新所原方面
天竜浜名湖鉄道が国鉄二俣線だった時代は、ホーム番号が駅舎から近い順から4番線、3番線…と付けられていた。

バス路線:
a0057057_17032274.png北口、南口ともに駅を出てすぐは一般自家用車とタクシーの乗り入れるロータリーになっており、北口のバス停はロータリー外縁、南口のバス停はロータリー南側の道路上バスカットとその対面に設置されている。以下の定期バス路線の他、つま恋やエコパのライブ・コンサート等イベント、また横須賀地区で開催される遠州横須賀三熊野神社大祭の際に臨時シャトルバスが当駅 - 会場間に運行される。

北口バス停、掛川駅前または掛川駅北口
1番のりば(ジーネット)市街地循環バス北回り
2番のりば(掛川バスサービス)市街地循環バス南回り
3番のりば(しずてつジャストライン)掛川大東浜岡線:大東支所、浜岡営業所行
4番のりば(しずてつジャストライン)掛川東高線(平日のみ)、掛川東高行掛川大東浜岡線(平日のみ)、中東遠総合医療センター行
5番のりば(掛川バスサービス)満水線:つま恋北口、22世紀の丘公園行
 桜木線:ねむの木学園行、中東遠総合医療センター行(平日のみ)
6番のりば(掛川バスサービス)倉真線:倉真温泉行、居尻線:泉行
7番のりば(掛川バスサービス)東山線:東山行、粟本線:青田行

南口バス停、掛川駅南口前または掛川駅南口
掛川バスサービス - 市街地循環バス南回り、
JR東海バス - ドリーム静岡・浜松号:横浜駅 (YCAT)、東京駅、新木場駅行
JR東海バス・西日本JRバス - 京阪神ドリーム静岡号:京都駅、大阪駅、湊町BT、三宮BT行

出典参考:Wikipedia「掛川駅」(最終更新 2018年6月17日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%9B%E5%B7%9D%E9%A7%85
閲覧:2018.7.-5

現地取材:2005.2.13/2017.8.25
記事投稿:2018.7.-5
  調整:2018.7.-8
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by fbox12 | 2018-07-08 21:54 | 鉄道・バス

275 西塩釜駅 (JR東日本)

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にししおがま
所在地:宮城県塩竈市錦町1-1
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)・仙石線
キロ程:15.2km(あおば通起点)
電報略号/事務管コード:ニカ/231609
駅形態:業務委託駅(自動券売機 有)
備考:1944年(昭和19年) - 1963年(昭和38年)の間は西塩竈駅
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歴史:
1925年(大正14年)6月5日 - 宮城電氣鐵道の西塩釜驛として開業。
1944年(昭和19年)5月1日 - 宮城電氣鐵道国有化により、鐵道省の駅となる。西塩竈驛に改称(表記変更)。
1963年(昭和38年)5月25日 - 西塩釜駅に改称(表記変更)。
1981年(昭和56年)11月1日 - 高架複線化で当駅折返しの電車がなくなる、同時に駅舎橋上化。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本に継承。
2003年(平成15年) 1月30日 - 自動改札導入。
 10月26日 - ICカード「Suica」サービス開始。
2005年(平成17年)3月1日 - 朝ラッシュ時のみの社員配置となり、出札窓口廃止。
2008年(平成20年)3月15日 - 朝ラッシュ時の業務を東北総合サービスへ委託。

駅構造:
a0057057_22252481.png相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を備えている。橋上化するまでは1番線側に駅舎があり、2番線へは行くには構内踏切を渡る構造だった。また駅舎と駅前の間には塩釜線(1997(平成9)年廃止)が通っており、踏切を渡って、階段を登り駅舎に入るようになっていた。塩釜線路跡などは現在はジョギングコースとなっている(右写真)。
朝ラッシュ時のみの係員配置(JR東日本東北総合サービス委託、小鶴新田駅から派遣)で、有人時間帯も窓口での出札は行わず改札業務のみで、その他の時間帯は無人駅である。自動券売機2台、自動改札機設置。多賀城駅管理。
1981年(昭和56年)11月1日までは、当駅までが複線だった。それまで列車容量の関係で当駅・本塩釜駅で折り返す電車が存在していたが、東塩釜駅まで高架複線完成後、それらの電車は東塩釜駅折り返しに延長・統一された。
高架開通までの西塩釜 - 本塩釜は単線で、簡易な鉄橋をガタガタ音を立てて渡る姿が見られた。その鉄橋の下には居酒屋やスナックが軒を連ねていた。

のりば:
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1番線 仙石線下り 松島海岸・石巻方面
2番線 仙石線 上り 多賀城・仙台方面

出典・参考:Wikipedia「西塩釜駅」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A1%A9%E9%87%9C%E9%A7%85(最終更新:2018年5月31日)
閲覧:2018.6.17
現地取材:2017.6.27
記事投稿:2018.6.17
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by fbox12 | 2018-06-19 22:13 | 鉄道・バス

274 吹浦駅 (JR東日本)

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a0057057_21261723.pngふくら

所在地:山形県飽海郡遊佐町吹浦字上川原45
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)・羽越本線
キロ程:186.1km(新津起点)
電報略号/事務管コード:フラ/ 220304
駅形態:無人駅

概要:
羽後本荘駅管理の無人駅。2008(平成20)年3月までは簡易委託駅でPOS端末が設置されていた。
当駅を始発・終点とする列車が酒田駅との間で1日3往復運行されている。快速「きらきらうえつ」が停車する。
駅前には当地出身の初代鉄道助である佐藤政養の銅像がある。(タイトル写真)
出羽國一宮、鳥海山大物忌神社吹浦口之宮の最寄駅である。

歴史:
1920(大正9)年7月20日 - 開業
1981(昭和56)年10月15日 - 簡易委託化
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
2008(平成20)年4月1日 - 簡易委託取扱廃止。無人化
2010(平成22)年4月1日 - 象潟駅から羽後本荘駅に管理駅が変更となる。

駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。

のりば:
a0057057_22285657.png
1番線 羽越本線 上り 酒田・鶴岡方面
2番線 羽越本線 (待避線)
3番線 羽越本線 下り 象潟・羽後本荘・秋田方面


出典参考:Wikipedia「吹浦駅」(最終更新:2018年5月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%B9%E6%B5%A6%E9%A7%85

現地取材:2017.6.26
記事投稿:2018.6.10

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by fbox12 | 2018-06-10 22:34 | 鉄道・バス