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カテゴリ:鉄道・バス( 419 )

278 東武日光駅 (東武)

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とうぶにっこう

所在地:栃木県日光市松原町4-3
所属・路線:東武鉄道株式会社・日光線
キロ程:94.5km(東武動物公園起点)
電報略号/駅番号:トニコ/ TN 25
乗換:JR日光線・日光駅
駅形態:駅務管区所在駅
備考:標高538m

歴史:
1929年(昭和4年)10月1日 - 開業開業の際、駅名は乗客の投票で決定された。候補に挙げられた名前は「東武日光」・「本日光」・「日光町」・「上日光」・「新日光」などであった。
1968年(昭和43年)2月25日 - 東武日光軌道線東武駅前駅廃止
1979年(昭和54年)10月1日 - 駅舎を現行のアルペン風に改築
1991年(平成3年)頃 - 発車メロディ導入
2000年(平成12年) - 関東の駅百選に選定される。
2012年(平成24年)3月17日 - 駅ナンバリング導入

駅構造:
頭端式ホーム3面5線を有する地上駅。山小屋をイメージした三角屋根の駅舎が特徴となっている。駅舎とホームの間には段差があり、階段およびスロープにより連絡している。自動改札機設置駅。発車メロディは「Crystal Clear River」(「夜のストレンジャー」とも)を使用している。
当駅構内(改札外)で弁当(駅弁)が販売されている。売店も改札内には無い。
改札内にはトイレ設備が無いが、普通列車にトイレが設置されていており、停車時間も長いので代用ができる。
外国人観光客の利用が増えているため、英語でも対応できる観光案内カウンター(日光市観光協会が運営)を2017年(平成29年)3月24日に開設。同年4月1日には、預かった手荷物を近隣宿泊先へ送るサービスも始めた。

のりば:
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1・2・4番線
 日光線 下今市・新栃木・鬼怒川線 鬼怒川温泉・野岩鉄道線 会津高原尾瀬口・会津鉄道線 会津田島方面・東武スカイツリーライン 北千住・とうきょうスカイツリー・浅草方面
4・5・6番線
 特急「(リバティ)けごん」「(スペーシア)日光」
3番線は欠番。元々は存在していたが現在は欠番となった。
上記の路線名は旅客案内上の名称(「東武スカイツリーライン」は愛称)で表記している。
1・2番線と4 - 6番線はYの字状に分かれており、駅舎側に向かって間が広くなっており、その間には中庭がある。また、5・6番線ホームへは4番線ホームの頭端部から回り込むようにして入る格好となっている。
(写真左:左2番線・右1番線/写真右:リバティ停車中が4番線・右5番線・6番線)
ホーム有効長は1・2番線が4両分、4 - 6番線は6両分である。1・2番線は3両分が一体の上屋で覆われている。このためにスペーシアは必ず4~6番線であると共に他の特急も同じになっている。

バス路線:
当駅は、中禅寺湖(中禅寺温泉)、奥日光(竜頭の滝、光徳温泉、湯元温泉)、霧降高原方面の各路線バスとの結節点であり、東京方面などから東武線で来た多くの観光客が列車からバスへ乗り換えるため通年で賑わっている。当駅発着のバス系統はJR日光駅を始発・終着とするが、全便ではなく、当駅始発・終着の便も存在する。ただしJR日光駅までは歩いてすぐの距離である。
バス乗車券は駅舎内の東武日光駅ツーリストセンターで発売している。運賃はバス車内でも精算できるが、「世界遺産めぐり手形」や各種「フリーパス」は車内発売をしないため、当所のみの発売となる。

構内バスのりば
東武バス
日光中禅寺温泉駅までの利用客と、光徳温泉・湯元温泉方面への利用客が分離されるよう、乗り場の分離と近い発車時刻が採用されている。ただし区間便が設定されていない時間帯もある。
日光山内二社一寺(二荒山神社、東照宮、輪王寺)めぐりの入口は、西参道バス停下車。世界遺産めぐり循環バスの場合は、山内に乗り入れるので、ホテル清晃苑前 - 勝道上人像前 - 表参道 - 西参道 - 神社前のどれかで下車。
 湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉→菖蒲ヶ浜経由)
 光徳温泉経由湯元温泉行(西参道→清滝→中禅寺温泉駅→菖蒲ヶ浜経由)
 中禅寺温泉駅行(西参道→清滝経由)
 奥細尾行(西参道→清滝経由)
 やしおの湯経由奥細尾行(西参道→やしおの湯→清滝経由)
 清滝行(西参道経由)
 西参道行
 JR日光駅行
 世界遺産めぐり循環バス<東照宮方面>
 霧降高原経由大笹牧場行(夏季)
 日光霧降スケートセンター行(冬季)
 日光定期観光バス(予約制)
 高速バス 羽田空港・横浜駅東口行(京浜急行バスとの共同運行)
日光市営バス
 間藤駅経由双愛病院行
 今市養護学校経由下今市駅行
東北急行バス
 高速バス 東京~日光・鬼怒川線東京駅日本橋口行

東武日光駅前
関東自動車関東バスの日光東照宮終点は、東武バスの総合会館前付近(西参道バス停の一つ手前)にある。
 日光東照宮行
 JR宇都宮駅行
 篠井ニュータウン経由 JR宇都宮駅行

出典・参考:Wikipedia「東武日光駅」(最終更新 2018年5月19日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%AD%A6%E6%97%A5%E5%85%89%E9%A7%85

現地取材:2017.9.-4他
記事投稿:2018.7.21

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by fbox12 | 2018-07-21 21:48 | 鉄道・バス

277 妙興寺駅 (名鉄)

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みょうこうじ

所在地:愛知県一宮市大和町妙興寺北浦宮地48
所属・路線:名古屋鉄道株式会社・名古屋本線
駅番号:NH 49
キロ程:84.7km(豊橋起点)
駅形態:無人駅(駅集中管理システム導入駅)

概要:
妙興寺駅は、愛知県一宮市大和町妙興寺北浦宮地と花池四丁目に跨がった名古屋鉄道の駅である。
歴史:
1924年(大正13年)2月3日 - 開業
1993年(平成5年)2月21日 - 高架化
2011年(平成23年)2月11日 - ICカード乗車券「manaca」供用開始
2012年(平成24年)2月29日 - トランパス供用終了

駅構造:
相対式2面2線の高架駅。ホームは6両分。改札口は地上にあり、南北1ヶ所ずつ。エレベーター、エスカレーター、トイレは設置されていない。
国府宮 - 一宮間は開業時期が古く、当駅は高架化後も半径1000mのカーブ(制限速度115km/h)が連続する区間上にある。
北改札口の所在地は一宮市花池となる。高架化前は島氏永駅と同様、千鳥配置のホームを有する駅であった。
無人駅であり、2003年(平成15年)春にトランパス対応駅となった。そのため駅集中管理システム(管理元は隣の名鉄一宮駅)が導入され、自動改札、自動券売機、自動精算機などが設置されたが、設置される前は事実上ホームのみの無人駅であったため、ホームレスが屯し、保安上、衛生上問題だった。

のりば:
a0057057_22421842.png1番ホーム 名古屋本線 下り 一宮・岐阜方面(写真:列車入線反対側)
2番ホーム 名古屋本線 上り 名古屋方面(写真:列車入選側)


出典参考:Wikipedia「妙興寺駅」(最終更新 2018年5月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E8%88%88%E5%AF%BA%E9%A7%85
最終閲覧:2018.7.-9

現地取材:2017.8.25
記事投稿:2018.7.-9

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by fbox12 | 2018-07-09 22:55 | 鉄道・バス

276 掛川駅 (JR東海 / 天浜線)

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かけがわ

乗り入れ路線:
JR東海の東海道新幹線と在来線の東海道本線に加え、当駅を起点とする第三セクター鉄道の天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線の合計3路線が乗り入れている。
天竜浜名湖線は、現在の天竜浜名湖鉄道に経営移管される前は日本国有鉄道(国鉄)の二俣線と呼ばれ、当時国鉄の路線であった東海道本線と同一事業者の路線であった。
東海道新幹線は、当駅新設時から各駅停車の「こだま」のみが停車する。東海道新幹線内では新富士駅と三河安城駅も「こだま」のみの停車であるが、当駅がその中では利用者数は一番多く「ひかり」が一部停車する岐阜羽島駅と米原駅を上回っている。

歴史:
1889年(明治22年)4月16日 - 官設鉄道靜岡驛 - 濱松驛間が開通し、開業
1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
1935年(昭和10年)4月17日 - 二俣線が遠江森驛まで開通し接続駅となる。
1940年(昭和15年)6月 - 木造の現駅舎に改築(2代目)
1984年(昭和59年)1月21日 - 貨物取扱廃止
1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物取扱廃止
1987年(昭和62年)3月15日 - 二俣線が第三セクター化、天竜浜名湖鉄道に転換
 4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄東海道線熱海駅 - 米原駅間の駅を東海旅客鉄道(JR東海)が承継
1988年(昭和63年)3月13日 - 東海道新幹線駅開業
1992年(平成4年)11月28日 - 在来線北口改札口に自動改札機導入
1998年(平成10年)11月6日 - 在来線南口(新幹線側)改札口にも自動改札機導入
 11月17日 - 新幹線改札口に自動改札機導入
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2002年(平成14年)6月11日 - 静岡県小笠山総合運動公園スタジアム(静岡スタジアム エコパ)で開催された、FIFA(国際サッカー連盟)主催2002サッカーワールドカップ グループリーグE組 カメルーンvsドイツ戦(試合開始20:30)の帰宅客輸送のための当駅始発の深夜新幹線「特別号」を運転(下り2本名古屋行:途中浜松駅のみ停車、上り6本東京行:途中熱海駅のみ停車)
2008年(平成20年)3月1日 - ICカード「TOICA」の利用が可能となる。天浜線用の改札口(右写真)からもTOICAで退場することが可能になる。
2010年(平成22年)2月1日 - 駅に多機能トイレ・エレベーター・エスカレーターなどのバリアフリーと高架の連絡通路使用開始
2011年(平成23年)- 11月後半から新幹線の改札・ホームにおける出発案内板がフルカラーLED表示に変更
2012年(平成24年)12月- 北口の木造駅舎の耐震化工事に伴い、仮設駅舎の建設開始
2013年(平成25年)3月20日 - 仮設駅舎による客扱いを開始
 5月13日 - 駅舎解体工事開始
 7月 - 駅舎新築工事開始
2014年(平成26年)1月26日 - 新駅舎による客扱い開始

駅構造:
JR東海
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所在地:静岡県掛川市南一丁目1-1
所属事業者:東海旅客鉄道株式会社(JR東海)
電報略号/事務管コード:カケ/520123
所属路線:東海道新幹線
 キロ程:229.3km(東京起点)
所属路線:東海道本線
 駅番号:CA 27
 キロ程:229.3km(東京起点)

駅形態:
駅長配置駅(管理駅)新幹線は相対式ホーム2面2線を有する高架駅で、中央の2線は通過線(本線)となっている。在来線は単式ホーム1面1線、島式ホーム1面2線の合計2面3線のホームを有する地上駅である。3番線と4番線との間には留置線がある。(下写真一番右側)
改札は北口(表口:タイトル写真・駅舎写真上)、南口(新幹線口:駅舎写真下)および乗換口(新幹線と在来線の中間改札)があり、各改札と在来線ホームは地下通路と跨線橋で結ばれている。南口からは新幹線構内に直接入出場できる。新幹線の駅を開設した際にも、掛川市長であった榛村純一が木の文化を大切にするという姿勢をとっていたため、木造駅舎(北口:タイトル写真他)を残した。この駅舎は1940年(昭和15年)に建築されたものである。一方で駅舎の耐震化がなされていないことから、掛川市では駅舎を建て替えの上で元の木造駅舎の資材を利用して外観を復元する工法による耐震化工事を2012年(平成24年)12月から開始、2014年(平成26年)1月26日に駅舎の供用を再開した。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、菊川駅を管理している。JR全線きっぷうりばは北口駅舎に併設されたJR東海ツアーズ内と南口改札傍の2ヶ所にある。新幹線特急券の自動券売機は、北口に1台、南口に3台、新幹線乗換口改札付近に2台設置されている。駅舎東側に線路下を通る自由通路があり、改札内を通らずに南北を往来できる。新幹線高架下にはジェイアール東海静岡開発の運営する商業施設「アスティ掛川」があり、土産物売店、カフェなどがある。

のりば:
在来線ホーム
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1番線 東海道本線 上り 静岡・沼津方面(主に7時台)
          下り 浜松・豊橋方面(当駅折返し)(写真左)
2番線 東海道本線 上り 静岡・沼津方面(7時台以外)(写真右:停車中列車の右側)
3番線 東海道本線 下り 浜松・豊橋方面(写真中央)

新幹線ホーム
4番線 東海道新幹線 上り 新横浜・東京方面
5番線 東海道新幹線 下り 名古屋・新大阪方面

東海道本線の当駅始発の下り普通列車は豊橋・浜松行きが主であるが、1日に3本ほど(朝・昼・夕方1本ずつ)名古屋方面・岐阜行きの直通列車が設定されている。
新幹線のホームは、13号車 - 16号車の停車位置には屋根がついていない。なお、この新幹線掛川駅新設時の「こだま」号は12両編成が存在していた(16両編成に戻ったのは1989(平成元)年で新幹線掛川駅の開業は1988(昭和63)年3月)。

天竜浜名湖鉄道
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所在地:静岡県掛川市南西郷77-20
所属事業者:天竜浜名湖鉄道株式会社
所属路線:天竜浜名湖線
キロ程:0.0km(掛川起点)
電報略号:カケ

a0057057_21502649.png頭端式ホーム1面2線を有する地上駅である。JR東海とは別改札である。天浜線駅舎内から東海道本線1番線へのJRの簡易型自動改札(TOICA対応)も存在する。JRへの乗換客で、JR線の乗車券を所持していない場合は天浜線の券売機でJR線の乗車券(近距離切符:写真下の切符が天浜線で発売されたJR切符)を購入して入場することができる。なお、JR線と線路が繋がっており、甲種鉄道車両輸送(新型車両)の引渡しが行われるほか、検測車が天竜浜名湖線に入線する際も当駅を経由する。

のりば:
1・2番線 天竜浜名湖線 遠州森・天竜二俣・三ヶ日・新所原方面
天竜浜名湖鉄道が国鉄二俣線だった時代は、ホーム番号が駅舎から近い順から4番線、3番線…と付けられていた。

バス路線:
a0057057_17032274.png北口、南口ともに駅を出てすぐは一般自家用車とタクシーの乗り入れるロータリーになっており、北口のバス停はロータリー外縁、南口のバス停はロータリー南側の道路上バスカットとその対面に設置されている。以下の定期バス路線の他、つま恋やエコパのライブ・コンサート等イベント、また横須賀地区で開催される遠州横須賀三熊野神社大祭の際に臨時シャトルバスが当駅 - 会場間に運行される。

北口バス停、掛川駅前または掛川駅北口
1番のりば(ジーネット)市街地循環バス北回り
2番のりば(掛川バスサービス)市街地循環バス南回り
3番のりば(しずてつジャストライン)掛川大東浜岡線:大東支所、浜岡営業所行
4番のりば(しずてつジャストライン)掛川東高線(平日のみ)、掛川東高行掛川大東浜岡線(平日のみ)、中東遠総合医療センター行
5番のりば(掛川バスサービス)満水線:つま恋北口、22世紀の丘公園行
 桜木線:ねむの木学園行、中東遠総合医療センター行(平日のみ)
6番のりば(掛川バスサービス)倉真線:倉真温泉行、居尻線:泉行
7番のりば(掛川バスサービス)東山線:東山行、粟本線:青田行

南口バス停、掛川駅南口前または掛川駅南口
掛川バスサービス - 市街地循環バス南回り、
JR東海バス - ドリーム静岡・浜松号:横浜駅 (YCAT)、東京駅、新木場駅行
JR東海バス・西日本JRバス - 京阪神ドリーム静岡号:京都駅、大阪駅、湊町BT、三宮BT行

出典参考:Wikipedia「掛川駅」(最終更新 2018年6月17日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%9B%E5%B7%9D%E9%A7%85
閲覧:2018.7.-5

現地取材:2005.2.13/2017.8.25
記事投稿:2018.7.-5
  調整:2018.7.-8
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by fbox12 | 2018-07-08 21:54 | 鉄道・バス

275 西塩釜駅 (JR東日本)

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にししおがま
所在地:宮城県塩竈市錦町1-1
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)・仙石線
キロ程:15.2km(あおば通起点)
電報略号/事務管コード:ニカ/231609
駅形態:業務委託駅(自動券売機 有)
備考:1944年(昭和19年) - 1963年(昭和38年)の間は西塩竈駅
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歴史:
1925年(大正14年)6月5日 - 宮城電氣鐵道の西塩釜驛として開業。
1944年(昭和19年)5月1日 - 宮城電氣鐵道国有化により、鐵道省の駅となる。西塩竈驛に改称(表記変更)。
1963年(昭和38年)5月25日 - 西塩釜駅に改称(表記変更)。
1981年(昭和56年)11月1日 - 高架複線化で当駅折返しの電車がなくなる、同時に駅舎橋上化。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本に継承。
2003年(平成15年) 1月30日 - 自動改札導入。
 10月26日 - ICカード「Suica」サービス開始。
2005年(平成17年)3月1日 - 朝ラッシュ時のみの社員配置となり、出札窓口廃止。
2008年(平成20年)3月15日 - 朝ラッシュ時の業務を東北総合サービスへ委託。

駅構造:
a0057057_22252481.png相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を備えている。橋上化するまでは1番線側に駅舎があり、2番線へは行くには構内踏切を渡る構造だった。また駅舎と駅前の間には塩釜線(1997(平成9)年廃止)が通っており、踏切を渡って、階段を登り駅舎に入るようになっていた。塩釜線路跡などは現在はジョギングコースとなっている(右写真)。
朝ラッシュ時のみの係員配置(JR東日本東北総合サービス委託、小鶴新田駅から派遣)で、有人時間帯も窓口での出札は行わず改札業務のみで、その他の時間帯は無人駅である。自動券売機2台、自動改札機設置。多賀城駅管理。
1981年(昭和56年)11月1日までは、当駅までが複線だった。それまで列車容量の関係で当駅・本塩釜駅で折り返す電車が存在していたが、東塩釜駅まで高架複線完成後、それらの電車は東塩釜駅折り返しに延長・統一された。
高架開通までの西塩釜 - 本塩釜は単線で、簡易な鉄橋をガタガタ音を立てて渡る姿が見られた。その鉄橋の下には居酒屋やスナックが軒を連ねていた。

のりば:
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1番線 仙石線下り 松島海岸・石巻方面
2番線 仙石線 上り 多賀城・仙台方面

出典・参考:Wikipedia「西塩釜駅」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A1%A9%E9%87%9C%E9%A7%85(最終更新:2018年5月31日)
閲覧:2018.6.17
現地取材:2017.6.27
記事投稿:2018.6.17
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by fbox12 | 2018-06-19 22:13 | 鉄道・バス

274 吹浦駅 (JR東日本)

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a0057057_21261723.pngふくら

所在地:山形県飽海郡遊佐町吹浦字上川原45
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)・羽越本線
キロ程:186.1km(新津起点)
電報略号/事務管コード:フラ/ 220304
駅形態:無人駅

概要:
羽後本荘駅管理の無人駅。2008(平成20)年3月までは簡易委託駅でPOS端末が設置されていた。
当駅を始発・終点とする列車が酒田駅との間で1日3往復運行されている。快速「きらきらうえつ」が停車する。
駅前には当地出身の初代鉄道助である佐藤政養の銅像がある。(タイトル写真)
出羽國一宮、鳥海山大物忌神社吹浦口之宮の最寄駅である。

歴史:
1920(大正9)年7月20日 - 開業
1981(昭和56)年10月15日 - 簡易委託化
1987(昭和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
2008(平成20)年4月1日 - 簡易委託取扱廃止。無人化
2010(平成22)年4月1日 - 象潟駅から羽後本荘駅に管理駅が変更となる。

駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。

のりば:
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1番線 羽越本線 上り 酒田・鶴岡方面
2番線 羽越本線 (待避線)
3番線 羽越本線 下り 象潟・羽後本荘・秋田方面


出典参考:Wikipedia「吹浦駅」(最終更新:2018年5月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%B9%E6%B5%A6%E9%A7%85

現地取材:2017.6.26
記事投稿:2018.6.10

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by fbox12 | 2018-06-10 22:34 | 鉄道・バス

1015 大三島バスストップ

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おおみしま

所在地:愛媛県今治市上浦町甘崎
所属・路線:国道317号線に近接

概要:
西瀬戸自動車道(通称:しまなみ海道)で、四国側最終のインターチェンジである「大三島IC」の料金所外に設けられているバス停留所で、停車するバスはいったん料金所を出て客扱いを行う形になる。
このバスストップは一般路線も停車する。

停車する路線:
a0057057_22163712.pngしまなみライナー
(広交観光・瀬戸内運輸・瀬戸内しまなみリーディング)
 広島 - 今治
しまなみライナー
(中国バス・鞆鉄道・瀬戸内運輸・瀬戸内しまなみリーディング)
 福山 - 今治(上右写真)
しまなみサイクルエクスプレス(おのみちバス)
 尾道 - 今治
(特急)松山 - 今治 - 大三島線(瀬戸内運輸)
 大三島 - 今治 - 松山(以下も含め上左写真及び右写真)
(急行)今治 - 大三島線(瀬戸内海交通)
 大三島 - 今治
大三島島内一般路線(瀬戸内海交通)
 宮浦港 - 井口港 - 大三島BS - 瀬戸 - 出走

出典参考:Wikipedia「大三島インターチェンジ」(最終更新:2018年1月31日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B8%89%E5%B3%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B8
閲覧:2018.6.-4

現地取材:2017.3.15
記事投稿:2018.6.-7

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by fbox12 | 2018-06-07 21:42 | 鉄道・バス

269 水沢江刺駅 (JR東日本)

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a0057057_18130615.pngみずさわえさし

所在地:
岩手県奥州市水沢羽田町駅前一丁目185
所属・路線:
東日本旅客鉄道株式会社・東北新幹線
キロ程:470.1km(東京起点:営業キロ)
電報略号:ミエ
駅形態:
直営駅(管理駅)、みどりの窓口有り

概要:
水田中心の地帯に、急遽建設された水沢江刺駅とその周辺には、ビジネスホテル等宿泊施設が存在しない。ゆえに駅利用客の多くが、商都として発展してきた水沢駅周辺にある宿泊施設を利用する。なお、当駅と水沢駅とは車で15分ほどかかり、徒歩での乗り換えは不適である。
駅前には後藤新平像が立っている。これは1950年代に水沢出身の歴史的人物、後藤新平、斎藤實、高野長英の3人を顕彰する公園を駅東側にある羽黒山出羽神社(出羽三山の神社とは別)境内に造る構想があり、その最初として1960年(昭和35年)に建立されたものである。しかし資金難により構想は挫折。結果として残る2人の像は作られることもなく、後藤新平像も神社の境内にそのままにされていた。後藤新平生誕150周年である2007年(平成19年)に水沢江刺駅前に移す運動が地元を中心に起こり、「後藤新平銅像移転推進会」が結成された。同年11月に募金などを基にして移転・除幕式が行われた。
像は、後藤新平がボーイスカウト日本連盟の前身である少年団日本連盟初代総裁であったことから、ボーイスカウトの制服を着用している。台座は移転に際して新製され、後藤のモットーである「自治三訣」の言葉「人の御世話にならぬよう 人の御世話をするよう そしてむくいをもとめぬよう」(原文旧仮名遣い)が刻まれている。

歴史:
東北新幹線の開通時点では水沢江刺駅は未設置であったが、東北新幹線の建設計画が持ち上がった時から地元では駅設置の住民運動を実施し、都市計画を行って土地買収を進め、日本国有鉄道(国鉄)総裁に対して請願を行っていた。
1982年(昭和57年)6月および7月の国鉄役員会において、同時期に請願を行っていた新花巻駅とともに、新駅設置に関する基本要件が決定され、これを受けて1983年(昭和58年)1月5日に盛岡鉄道管理局長から具体的な設置条件が示された。その条件は、当面建設する相対式ホーム2面2線の駅の工事費約50億円を地元負担とすること、用地を無償譲渡すること、将来的に待避線を備えた2面4線への拡張を想定して用地を確保し、4線化の工事の際には用地の無償譲渡に応じること、そして駅前広場と関連道路を地元で整備することであった。
水沢市は条件了解の返答を同年10月17日に行った。また地方財政再建促進特別措置法で自治体の国鉄への寄附行為が原則として禁じられていたが、全国新幹線鉄道整備法が同年10月14日に改正されたことで寄附行為が可能となって、駅の整備ができることになった。
これを受けて11月1日に盛岡鉄道管理局長から本社旅客局長あてに駅設置上申が行われ、11月21日に設置承認を受けた。11月17日には水沢市議会で債務負担行為議決が行われ、11月22日に国鉄と水沢市の間で基本協定が締結された。11月30日に工事実施計画の変更申請が運輸大臣に提出され、12月12日に認可を受けた。
国鉄と水沢市の間の工事協定は12月19日に締結され、1984年(昭和59年)1月10日に着工となった。
東北新幹線の設計時点からこの位置に駅を建設することは想定されており、後から2面4線の駅を設置できるよう、高架橋の既設横はりの鉄筋は増設部の鉄筋と圧接できるよう配慮されていた。
この背景には将来新幹線が北海道まで延伸された際夜行運転を行う事が構想されており、運転整理上水沢市内に駅を儲ける事が必要とされた。
駅の構造は開業当時からの設置駅のような通過線を持たない2面2線の構造となっている。設置承認は2面2線16両対応であったが、当面2面2線12両対応として工事を行うことになった。
既設高架橋の両側に直接基礎一柱式RCラーメン高架橋を新設して上屋とホームを支持し、耐雪形の覆いを全体に被せる構造とした。
工事期間中は安全のために列車は工事区間を110 km/hで徐行を行い、また鉄骨を建てたり屋根を建設したりする工事は夜間に線路閉鎖と饋電停止を行った上で施工した。
プラットホームは310メートルの有効長とされ、乗客が少ないと見込まれたことから新幹線鉄道構造規則で定める相対式ホームにおける最小幅員5メートルより狭い幅4.5メートルを採用して、そのための特別承認を得た。
1985年(昭和60年)2月12日に工事が完成し、3月14日に東北新幹線の上野 - 大宮間開業とともに開設された。16両対応での想定工事費は49億8000万円であったが、12両対応にしたことで地元との協定額は43億9000万円となり、さらにその後の工事費の縮減により、最終的な工事費は35億8200万円となった。
水沢市では、3分の1を岩手県からの工事補助金で賄ったほか、地元住民協力金、周辺市町村協力金、積立金の取り崩しなどでこの額を負担した。

年表:
1984年(昭和59年)1月10日:着工。
1985年(昭和60年)2月12日:工事完了。
 3月14日:開業。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東日本の駅になる。
2007年(平成19年)11月:駅前に後藤新平像を設置。

駅名について:
当初は新水沢駅の予定であった。しかし、駅のすぐ北側に水沢市(現在の奥州市水沢)と江刺市(現在の同市江刺)との境界線が走っており、江刺市から「鉄道の無い江刺市のために、江刺の名前を入れて欲しい」という要望があった。
工事費負担の割合が多い水沢市側はこれに猛反発(当時の河北新報の見出しには「『江刺は余計』怒る水沢」と書かれていた)江刺市を含んだ周辺町村も巻き込む事態に発展したが最終的に水沢江刺駅に変更された。

市町村合併に伴う改名の動き:
2006年(平成18年)の市町村合併(水沢市・江刺市・前沢町・胆沢町・衣川村が合併し奥州市)にともない、駅名を「水沢江刺」から「奥州平泉」に変更しようとの声が、行政を主体として起こっている。
これに対しJR東日本からは現在のところ、否定的な見解が出ている模様である(改称に伴う費用は原則地元負担)。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。
通過線が無いため、ホームには可動式安全柵が装備されている。フル規格10両+ミニ新幹線規格7両の17両編成対応。
直営駅(駅長配置)。管理駅でもあるが、当駅は自駅のみの単駅管理となっている。
みどりの窓口(営業時間 6:10 - 23:10 ※途中休止時間帯あり)、指定席券売機2台(営業時間 5:40 - 23:10)、ジャスター売店、立ち食いそば屋設置。
駅舎は、広大な大地と豊富な水系を背景に、水沢地方の景観の特色である瓦屋根に白壁を配置した、落ち着いた牧歌的な雰囲気を表現したものとなっている。
1階の外壁の色は煉瓦色を採用している。鋳物の町に建設されたことから、コンコースの天井などには地元の鋳物製品を採用しており、重厚で素朴なデザインとなっている。
駅務室は少人数でも業務を行いやすいワンルーム方式で、出札・改札・精算を兼ねるラッチが設けられている。
駅の両側に出られる構造で、待合室は特に設置されなかった。
駅本屋の総床面積は1,175平方メートルである。駅構内には、南岩手交流プラザがあり、岩手県南部の観光物産品などが展示されている。

のりば:
1番ホーム 東北・秋田・北海道新幹線 下り 盛岡・秋田・新函館北斗方面(タイトル写真:車両が入線している側)
2番ホーム 東北・秋田・北海道新幹線 上り 仙台・東京方面

出典参考:Wikipedia「水沢江刺駅」(最終更新 2018年5月4日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%B2%A2%E6%B1%9F%E5%88%BA%E9%A7%85
閲覧:2018.5.23

現地取材:2017.6.25
記事投稿:2018.6.-4

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by fbox12 | 2018-06-04 22:01 | 鉄道・バス

272 土佐一宮駅 (JR四国)

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とさいっく

所在地:高知県高知市一宮徳谷1-8
所属・路線:四国旅客鉄道株式会社(JR四国)・土讃線
駅番号:D43
電報略号/事務管コード:イツ/ 702329
駅形態:無人駅

概要:
後免駅から乗り入れる土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の列車も停車する。

歴史:
1925年(大正14年)12月5日 - 開業。
1970年(昭和45年)10月1日 - 無人駅化(簡易委託駅化)。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。

駅構造:
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単式ホーム2面2線が変則的に配置された地上駅。駅舎側の1番線の線路は2つのホームに挟まれているが、2番線側は柵が配置されている。これとは別にもう1本線路(3番線)があるがホームはなく、主に高知運転所への回送列車待機用(車両基地はこの駅の構内扱い)として使用されている。(タイトル写真に回送列車が見える)。
ホーム間は跨線橋で連絡する。
コンクリート作りの簡易駅舎を持つ無人駅。

のりば:
1・2番のりば 土讃線下り 高知・須崎方面
          上り 土佐山田・阿波池田方面(一部列車はごめん・なはり線安芸方面へ直通)

駅舎反対側の2番線を本線とした一線スルーではあるが、乗客が跨線橋を渡らずに済むよう、停車列車は本来副本線である駅舎側の1番線を優先的に使用する。2番線は行き違いや特急の通過に使われている。当駅では、特急列車同士の行き違いも行われている。一方の特急列車を回送列車待機用の線路(3番線)に運転停車させ、対向の特急列車を通過させるという方法で行われる。

出典参考:Wikipedia「土佐一宮駅」(最終更新:2018年5月5日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E4%BD%90%E4%B8%80%E5%AE%AE%E9%A7%85
閲覧:2018.6.-2

現地取材:2017.3.14
記事投稿:2018.6.-2

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by fbox12 | 2018-06-02 22:19 | 鉄道・バス

268 水沢駅 (JR東日本/ JR貨物)

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a0057057_09341431.pngみずさわ
所在地:岩手県奥州市水沢東大通り一丁目9-1
所属・路線:
 東日本旅客鉄道株式会社
 日本貨物鉄道株式会社
  東北本線
キロ程:470.1km(東京起点)
事務管コード:211011
駅形態:業務委託駅

概要:
水田地帯に急遽開かれた水沢江刺駅(東北新幹線)とは違い、当駅周辺は昔から商都として発展したこともあり、ビジネスホテル等宿泊施設や飲食店が数多く存在する。なお、当駅と水沢江刺駅とは車で15分ほどかかり、徒歩での乗り換えは不適である。

歴史:
1890年(明治23年)11月1日 - 日本鐵道の駅として開業。一般駅。
1906年(明治39年)11月1日 - 日本鐵道国有化。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定、東北本線所属駅となる。
1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本・JR貨物の駅となる。
2006年(平成18年)7月20日 - 貨物駅改良工事完成、新ホーム使用開始。
2008年(平成20年)12月1日 - 「水沢駅旅行センター」が「びゅうプラザ水沢駅」に格上げ。
2010年(平成22年)2月 - 指定席券売機を設置。
2015年(平成27年)4月16日 - 「びゅうプラザ水沢駅」閉鎖。
2015年(平成27年)7月1日 - 観光案内所無人化。
2015年(平成27年)12月1日 - 直営駅からJR東日本東北総合サービスが駅業務を担当する業務委託駅となる。
1963年(昭和38年)より夏の恒例になっている駅ホームの南部鉄器風鈴装飾(タイトル写真)は、日本の音風景100選にも選ばれている。

駅構造:
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単式ホーム1面1線(左写真右側)と島式ホーム1面2線(同左側)、合計2面3線のホームを持つ地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している(同青屋根の部分)。
当駅2番線に貨物列車の発着・入換がある(右写真)など、安全上の理由で改札止め(列車別改札)が行われている。このため、停車する旅客列車の到着10分前から発車直後以外はホームにいることができない。直営駅(駅長・営業助役配置)であり、管理駅として、陸中折居駅・金ケ崎駅を管理していたが、2015年(平成27年)12月1日 よりJR東日本東北総合サービスに業務を委託。一ノ関駅管理下の業務委託駅となった。平屋建ての駅舎には、みどりの窓口(営業時間:6時00分 - 20時00分、えきねっと対応)、自動券売機2台、指定席券売機1台、NEWDAYS(営業時間:6時45分 - 20時15分、JR東日本リテールネット営業)、立ち食いそば屋「はやて」がある。かつては奥州市観光物産協会の観光案内所が設けられていたが、2015(平成27年)年5月をもって案内スタッフの常駐が終了。同年7月に簡素な無人案内コーナーに移行した。また、水沢駅は将来高架化が予定されているものの、現時点では財政難から計画は宙に浮いている状態である。

のりば:
a0057057_09595722.png1番線 東北本線 下り 北上・花巻・盛岡方面
2番線 東北本線 下り 北上・花巻・盛岡方面(当駅始発)
         上り 平泉・一ノ関・仙台方面(待避列車)
3番線 東北本線 上り 平泉・一ノ関・仙台方面(右写真)

貨物駅:
JR貨物の駅は旅客駅の東側にあり、1面のコンテナホーム、1本のコンテナ荷役線がある(上写真3番線左側)。
かつては入換作業に小型ディーゼル機関車(スイッチャー)を使用していたが、2006年(平成18年)7月に構内改良工事が竣工し、本線牽引機が直接入換作業を行うようになっている。また、駅事務所は旅客駅舎の中に入っている。
かつては住友大阪セメント水沢サービスステーションの荷役設備へ続く専用線があったが、すでに廃止されている。
取り扱う貨物の種類は、コンテナ貨物(12フィートコンテナ)のみである。また、産業廃棄物・特別管理産業廃棄物の取扱許可を得ている。
停車する貨物列車は高速貨物列車で、下り列車が1日2本(仙台貨物ターミナル駅発盛岡行と名古屋貨物ターミナル発東青森行が各々1本ずつ)、上り列車(盛岡発仙台行)が1日1本停車する(駅構造欄、EH500 型牽引の列車)。2007年(平成19年)3月のダイヤ改正より名古屋貨物ターミナル駅発の列車が新たに停車するようになり、同駅と西浜松駅からのコンテナ直通輸送が行われている。このほか、六原駅のオフレールステーション化に伴い、当駅と六原ORSの間で1日2往復のトラック便が運行されている。

出典参考:Wikipedia「水沢駅」(最終更新:2018年5月20日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%B2%A2%E9%A7%85
閲覧:2018.5.23

現地取材:2017.6.25
記事投稿:2018.5.28

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by fbox12 | 2018-05-28 09:36 | 鉄道・バス

267 JR難波駅 (JR西日本)

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a0057057_16094817.pngじぇいあーる なんば

所在地:大阪府大阪市湊町一丁目4-1
所属・路線:西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)・関西本線(大和路線)
キロ程:174.9km(名古屋起点)
電報略号/事務管コード:ナハ/620833
駅番号:JR-Q17
乗換:南海・Osaka Metro(難波駅)/近鉄・阪神(大阪難波駅)
駅形態:直営駅、みどりの窓口 有、[阪]大阪市内駅

概要:
大阪ミナミの繁華街に含まれる難波に位置し、大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)の難波駅、近畿日本鉄道(近鉄)・阪神電気鉄道(阪神)の大阪難波駅にも近接している。南海電気鉄道(南海)の難波駅、Osaka Metro の日本橋駅ともなんばウォーク(地下街)を介して結ばれているが、ある程度距離がある。
かつては関西本線の始発駅として、東京・名古屋・伊勢方面の優等列車が当駅始発で運転されていたが、東海道新幹線や東海道本線経由の優等列車および近鉄特急と競合した結果、1973(昭和48)年に全廃された。以後、当駅発着の列車で加茂駅より先に直通する列車の設定はない。
また、駅がある大阪シティエアターミナル (OCAT) の2階には「湊町バスターミナル」(呼称は乗り入れ各社により異なる)があり、関西国際空港や大阪国際空港行きのリムジンバスや、日本各地への高速バスが発着している。

駅名の由来:
駅開業の1889(明治22)年から1994(平成6)年まで湊町駅(みなとまちえき)と称しており、道頓堀川八丁のひとつである道頓堀湊町(駅開業時は大阪市南区湊町)に開業したことによる。ただし、当時の湊町の範囲は道頓堀川に面した狭小なもので、西成郡難波村(のち大阪市に編入され、難波東円手町)にもまたがっていた(現在の湊町の範囲は1980(昭和55)年に拡大されたものである)。
1989(平成元)年の駅移転によって、元来の湊町から完全に離れて難波側にのみ位置するようになり、地下駅化して難波駅や近鉄難波駅と連絡する計画もあったため、1994(平成6)年9月4日の関西国際空港開港と同日にJR難波駅に改称された。なお、正式駅名として「JR」を冠したのはJRグループ各社を通して初めてで、駅名にアルファベットが入ったのも日本では初めてである。これ以降、JR西日本のアーバンネットワークエリアの新駅には「JR」を冠する駅名が多数登場するようになった。

歴史:
1889(明治22)5月14日 - 大阪鐵道の湊町驛(みなとまちえき、一般駅)として開業し、同社の創業路線である湊町驛 - 柏原驛間の起点となる。
1900(明治33)年6月6日 - 大阪鐵道の路線を関西鐵道が承継し、同社の駅となる。
1907(明治40)年10月1日 - 国有化により国有鉄道(当時は帝國鐵道廳)の駅となる。
1909(明治42)年10月12日 - 線路名称制定により、関西本線所属となる。
1973(昭和48)年9月20日 - 関西本線湊町駅 - 奈良駅間の電化が完成し、10月1日までに当駅発着の全ての定期旅客列車が電車による運転となる。それに伴い、9月30日をもって急行「かすが」の始発駅が奈良駅に変更され、当駅発着の優等列車が消滅する。
1985(昭和60)年3月14日 - 貨物の営業が廃止され、旅客駅となる。
1987(和62)年4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1988(昭和63)年3月13日 - 路線愛称の制定により、関西本線の当駅 - 加茂駅間で「大和路線」の愛称を使用開始。
1989(平成元)年12月28日 - 南西へ約100m移転する。元の駅舎があったところは、北方を迂回していた千日前通を西へ直進させ、元の千日前通と駅舎跡の一部に湊町リバープレイスが2002(平成12)年7月16日に開業した。
1994(平成6)年9月4日 - JR難波駅に改称する。これにより、JR各社では初めて「JR」を冠した駅となる。関西国際空港へのアクセス列車として、阪和線・関西空港線へ直通する関空快速の運行を開始する。
1996(平成8)年3月22日 - 連続立体交差事業により、JR西日本では初の地下駅となる。
2003(平成15)年11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2008(平成20)年3月15日 - ダイヤ改正に伴い、当駅を発着する関空快速の運用が廃止される。関空快速は大阪方面へ直通するようになる。
2009(平成21)年10月4日 - 大阪環状・大和路線運行管理システム導入。
2015(平成27)年5月9日 - 南海難波駅付近で不発弾処理を行った影響で南海本線・南海高野線の一部区間が運休。これに伴って阪和線鳳駅始発当駅行きの臨時快速電車が3本運転され、2008(平成20)年以来7年ぶりに223系が、また旅客電車では初めて225系が8両編成で入線した。
2018(平成30)年3月17日 - 駅ナンバリングが導入され、使用を開始。

駅構造:
新今宮駅が管理する直営駅で、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属している。ICカード乗車券「ICOCA」の利用も可能である。今宮駅から続いた地下線の「なにわトンネル」による島式ホーム2面4線を持ち、大阪シティエアターミナル (OCAT) の真下にある地下駅である。架線は剛体架線である。終着駅ではあるが頭端式ホームではなく、将来のなにわ筋線延伸を見越して通過構造となっている(タイトル写真、車止めの先になにわ筋線への接続準備がされている)ほか、1番のりばと4番のりばの奥に引き上げ線がある。有効長は8両編成分だが、使用していない部分も含めると10両編成分ある。

のりば:
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ホームは主に、1・2番のりばには普通電車が、3・4番のりばには快速電車がそれぞれ発着する。1994(平成6)年9月4日~2008(平成20)年3月14日の間は関空快速(当駅~関西空港駅間)が昼間1時間に1本発着していた。
1~4番のりば 大和路線 天王寺・王寺・奈良・加茂方面
(写真:3番のりば)


参考資料:Wikipedia「JR難波駅」(最終更新:2018年5月5日)https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E9%9B%A3%E6%B3%A2%E9%A7%85(閲覧:2018.5.14)

現地取材:2017.6.28
記事投稿:2018.5.14

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by fbox12 | 2018-05-14 22:43 | 鉄道・バス