fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

機1 ゐのくち式渦巻きポンプ

a0057057_21345953.png機械遺産

指定:第9号
所在:博物館明治村
 愛知県犬山市内山1

概要:
このポンプは東京帝国大学教授の井口在屋(いのくちありや)が発明し、教え子の畠山一清が実用化の研究を進め、畠山が所属する国友機械製作所が製造したものである。井口のポンプは当時世界でも注目を集める画期的な発明であった。国友機械製作所が経営に行き詰まると畠山は自宅を事務所とし、「ゐのくち式機械事務所」を起こし、引き続きポンプを実用化し製造にあたった。この「ゐのくち式渦巻きポンプ」は揚水用ポンプとして、千葉県桁沼揚水機場で1965(昭和40)年代まで用いられてきたのである。井口の理論を応用した渦巻きポンプは現在も製作されている。

日本機械学会機械遺産HP
 https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/data/no_009.html(閲覧:2019.1.17)から引用

写真:博物館明治村 2018.2.-6
# by fbox12 | 2019-01-17 21:36 | 近代化産業遺産

リポビタンD プロ野球球団ボトル(2018)

整理番号:D-100-806

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整理番号:D-100-806-1-18 北海道日本ハムファイターズ

整理番号:D-100-806-2-18 東北楽天ゴールデンイーグルス

整理番号:D-100-806-3-18 阪神タイガース

整理番号:D100-806-4-18 福岡ソフトバンクホークス

整理番号:D100-806-5-18 千葉ロッテマリーンズ

整理番号:D100-806-6-18 埼玉西武ライオンズ

整理番号:D100-806-7-18 広島東洋カープ

整理番号:D100-806-9-18 横浜DeNAベイスターズ

整理番号:D100-806-10-18 中日ドラゴンズ

# by fbox12 | 2019-01-16 21:39 | コレクション

近7 肥薩線大畑駅 / 近14 大畑駅周辺のループ・スイッチバック線

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指定:近代化産業遺産 2007年(平成19年)11月30日 近代化産業遺産群
32.九州南部における産業創出とこれを支えた電源開発・物資輸送の歩みを物語る近代化産業遺産群
整理番号:近7 物資輸送関連遺産・肥薩線(大畑駅)
大畑駅周辺の鉄道施設遺産群、大畑駅石造りの給水塔・朝顔型噴水

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指定:近代化産業遺産 2009年(平成21年)2月6日 近代化産業遺産群続33
8.山岳・海峡を克服し全国鉄道網形成に貢献したトンネル建設等の歩みを物語る近代化産業遺産群
整理番号:近14 JR肥薩線の関連遺産
大畑駅周辺のループ・スイッチバック線
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記事投稿:2018.11.-3
  調整:2019.1.15 / 16

# by fbox12 | 2019-01-15 22:07 | 近代化産業遺産

リポビタンD JAPAN NATIONAL RUGBY TEAM

D-803 ラグビーデザイン(ラグビー日本代表応援ボトル)。


a0057057_21551115.png整理番号:D-803-19-1
 ラグビー選手ボトル赤

整理番号:D-803-19-2
 ラグビー選手ボトル青

ファミリマート限定、数量限定
販売開始:2019.1.-8


a0057057_1059236.png整理番号:D-803-16

2016年バージョン。
数量限定品(大正製薬ダイレクトオンラインショップ等で販売)
販売期間:2016.6.1〜2016.8.31


a0057057_1624370.png整理番号:D-803-15

2015年バージョン。
数量限定品(大正製薬ダイレクトオンラインショップ等で販売)

品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・イノシトール・ニコチン酸アミド・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リボフラビリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・無水カフェイン他添加物
容量:100ml

製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

# by fbox12 | 2019-01-13 22:03 | コレクション

鉄103 C621号機関車

a0057057_21434824.jpg準鉄道記念物

整理番号:鉄103
所在:京都鉄道博物館
 京都市下京区観喜寺町
指定:準鉄道記念物 1976年(昭和51年)

基本情報:運用者 運輸省→日本国有鉄道
製造所 日立製作所笠戸工場
製造番号 1921
製造年 1948年(昭和23年)1月17日
運用開始 1948年(昭和23年)1月23日
引退 1967年(昭和42年)7月14日
ボイラー D5274
形式全製造数 49両

概要:
1948年(昭和23年)1月17日に日立製作所笠戸工場で落成。同年1月23日付で広島第二機関区に新製配置された後、1950年(昭和25年)8月23日に宮原機関区に転属し、東海道本線で特急「つばめ」・「はと」などを牽引した。
1957年(昭和32年)7月10日に再び広島第二機関区に転属されると、特急「かもめ」や寝台特急「あさかぜ」・「さくら」などを中心に牽引し下関電化後も岩徳線直通など山陽本線列車の一部に充当されたが、1966年(昭和41年)9月30日に急行「音戸」を牽引して広島 - 下関間を往復したのが最後の運用となり、同年10月1日付で第一種休車となった。
1967年(昭和42年)4月1日に広島機関区へ移り、同年6月1日に第二種休車を経て、同年7月14日付で除籍となった(中国支達1460号)。
除籍後は解体が予定されたが国鉄本社からその処分を保留する指示が出され、保存を見越して広島機関区、次いで小郡機関区において長らく保管され続け、1976年(昭和51年)3月に広島鉄道学園(国鉄職員の研修施設)敷地内で静態保存されるとともに、同年3月31日付で準鉄道記念物に指定された。
しかし、国鉄改革の際に同学園が閉鎖され、しばらく同敷地内に放置されていたが、1994年(平成6年)に梅小路蒸気機関車館に移されており、標準では引掛け式となる標識灯を端梁に埋め込むなど、山陽本線で運用されていた本形式独特の改造を施された姿を今に伝えている。
2013年(平成25年)7月20日にはイベント「銀河鉄道999とC62形蒸気機関車」にて、漫画「銀河鉄道999」の999号と同形式であるC62 1のデフレクタに「999」のエンブレムとヘッドマークの取り付け、同年9月1日まで蒸気機関車館扇形車庫11番線に展示された。
梅小路蒸気機関車館を拡張・改称した京都鉄道博物館で引き続き保存展示されている。

出典・参考:Wikipedia「C62形蒸気機関車#62 1」(最終更新 2019年1月1日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84C62%E5%BD%A2%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%BB%8A(閲覧:2019.1.12)

写真:旧 梅小路蒸気機関車館

# by fbox12 | 2019-01-12 14:54 | 近代化産業遺産

近13 清水隧道

a0057057_22185848.png指定:近代化産業遺産 2009年(平成21年)2月6日

近代化産業遺産群・続33

8.山岳・海峡を克服し全国鉄道網形成に貢献したトンネル建設等の歩みを物語る近代化産業遺産群

整理番号:近13 戦前の主要鉄道トンネル(清水隧道)

基本情報:
路線上越線
位置群馬県・新潟県
現況供用中
起点新潟県南魚沼郡湯沢町
終点群馬県利根郡みなかみ町
運用
建設開始1922年(大正11年)
開通1931年(昭和6年)9月1日
所有東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
通行対象鉄道車両

技術情報
全長9,702m(上り線専用)
軌道数1(単線)
軌間1,067mm
電化の有無有 (直流1500V)
高さ6,012mm (施工基面上)
幅4,877mm
勾配2.5‰

概要:
トンネル開通前清水トンネルができる前の関東地区と新潟を結ぶ鉄道は、高崎から碓氷峠を越えて長野・直江津経由となっていた。よってこれが新潟県(越後)へ行くメインルートで、信越本線と呼ばれていた。途中に難所の碓氷峠もあり、関東と新潟の往来は非常に不便であった。1914年(大正3年)には磐越西線が全通し、東北本線と同線を使用して向かうこともできるようになったが、いずれにしろ遠回りであることに変わりはなかった。

トンネル工事
群馬県の水上から新潟県の越後中里まで、その間にそびえる谷川岳の中腹を貫いて、7つの単線トンネルが掘削された。谷川岳の山体は「閃緑岩」と呼ばれる硬い岩ではあったが、総体としての工事自体は丹那トンネルのような悪戦苦闘の難工事ではなかった。群馬側・新潟側の両方にループ線を設置して高度を稼ぎ、土合駅と土樽駅間の本トンネル(清水トンネル)の長さをできるだけ短縮した。

開通後の状況
新潟と上野の間が路線距離にして98km短縮されたうえ、碓氷峠の難所を通らずに済む効果で、到着時間の短縮幅は約4時間に達した。その結果、新潟地区と首都圏の交通事情が飛躍的に改善された。
なお、上越線の清水トンネルを挟む水上駅 - 石打駅間は1931年(昭和6年)の開業当時から直流電化され、電気機関車が使用されていた。これは、蒸気機関車を使用して長大な清水トンネルを越えることは、機関士・機関助士が煤煙によって窒息する事故を起こす危険性があるために不可能だったからである。なお気動車による列車に関しては、上越線の全線電化が早かったこともあって数は少なかったが、戦後になって非電化の羽越本線・只見線に直通する列車(特急「いなほ」、急行「鳥海」「奥只見」)を中心にいくつか生まれている。
またこの県境の長大なトンネルは、さまざまな点から注目を集めた。開通後、川端康成が越後湯沢(湯沢町)を訪れるようになり、その経験を元に1935年(昭和10年)から執筆されたのが有名な『雪国』である。小説冒頭の「国境の長いトンネル」が、完成したばかりの清水トンネルであったとされる。
一方戦前の国定教科書である第4期『小學國語讀本』(通称:サクラ読本。全12巻、1933年(昭和8年)から使用開始)の第8巻末には「淸水トンネル」として、3月に関東平野を走る汽車が清水トンネルを抜けて越後へ向かう様子が描かれている。作家の宮脇俊三はこの国定教科書で国語を習ったため、1937年(昭和12年)に小学4年の3学期の授業で「淸水トンネル」を見て同トンネルの虜になったという。当人は、同年夏に母と嫁ぎ先が新潟に転勤となった姉の元へ行くため、急行列車で清水トンネルを通ったときの様子を『時刻表昭和史』でつづっている。群馬の郷土カルタ「上毛かるた」に「ループで名高い清水トンネル」と詠まれたのもこうした知名度を反映しているといえよう。
また、トンネルの上にそびえる谷川岳は、この線の開通により首都圏から手軽に行ける本格的山岳として大人気となったが、冬の雪の多さと岩壁の厳しさは多くの遭難者を出し、「魔の山」と呼ばれるようになった。
開通当時は日本最長の鉄道トンネルで、1962年(昭和37年)6月10日に北陸トンネルが開通するまで30年以上その地位を保った。
2009年(平成21年)2月6日に、経済産業省より「近代化産業遺産群 続33(鉄道トンネル)」の一つとして笹子トンネルや柳ヶ瀬トンネルなどとともに近代化産業遺産に認定されている。
以上、出典・参考資料:Wikipedia「清水トンネル」(最終更新 2018年10月28日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB(閲覧:2019.1-9)

写真:上越線土樽駅のプレート 2016.8.27
初稿:2019.1.-9

# by fbox12 | 2019-01-09 17:28 | 近代化産業遺産

シュターク 3000

ミニチュアボトルコレクション D-016

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# by fbox12 | 2019-01-09 16:39 | コレクション