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鉄1 1号機関車

鉄道記念物

整理番号:鉄1
a0057057_22093304.png所蔵:鉄道博物館
指定:鉄道記念物 1958年(昭和33年)指定第1号
   重要文化財 1997年(平成9年)6月30日 指定番号 00088
    名称:一号機関車
    種別:歴史資料
    所在:埼玉県さいたま市大宮区 鉄道博物館
    所有者:東日本旅客鉄道株式会社
    この項のみ出典:文化庁 国指定文化財等データベース(閲覧:2018.8.26)
     https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index_pc.html 「一号機関車」で検索 

国鉄150形蒸気機関車(⁺この場合の国鉄は国有鉄道の意)

基本情報:
運用者 日本国鉄(工部省→鐵道院) 島原鐵道
製造所 バルカン・ファウンドリー(英)
製造番号 614
製造年 1871年
製造数 1両
運用開始 1872年(明治5年)
引退 1930年(昭和5年)

主要諸元:
分類 飽和式タンク式蒸気機関車
 軸配置 2-4-0 (1B)
 軌間 1,067 mm
 全長 7,417 mm
 全高 3,569 mm
 運転整備重量 23.45 t
 動輪上重量 17.58 t (運転整備時)
 固定軸距 2,134 mm
 動輪径 1,321 mm(動輪直径 1,295 mm(4フィート3インチ))
 軸重 9.09 t (第1動輪上)
 シリンダ数 単式2気筒シリンダ
 (直径×行程) 305 mm × 457 mm
 弁装置 スチーブンソン式(安全弁 サルター式)
 基本型ボイラー圧力 9.84 kg/cm2 
 火格子面積 0.81 m2
 全伝熱面積 52.2 m2
 燃料搭載量 0.51 t
 水タンク容量 2.05 m3
 制動装置 手ブレーキ、反圧ブレーキ
 シリンダ引張力 2,690 kg (0.85P)
以上、改装後の(1909年(明治42年)形式図による)諸元を示す。

概要:
1号機関車(原形)150形は、かつて日本国有鉄道の前身である鐵道院に所属した蒸気機関車である。
1872年(明治5年)、日本で最初の鉄道開業に際してイギリスから輸入された蒸気機関車5形式10両中の1形式で、1両のみが輸入された。1号機関車と呼ばれている。1871年(明治4年)、バルカン・ファウンドリー社 (Vulcan Foundry Co., Ltd.) 製(製造番号614)である。国の重要文化財に指定されている。

構造:
長年にわたる使用期間中、随所に改造が加えられており、製造時の形態からは相当な変化が生じている。当初かなりオープンな構造だった運転台には外覆が整備され、ボイラー位置も209mm (8 1/4in) 高くされた。運転台直前にあった蒸気ドームはボイラー中央部に移設され、元のドーム位置には汽笛が設けられている。この改造は、1884年(明治17年)7月から翌年6月にかけ、神戸工場で実施されている。後述の神戸地区への転用は、この改造を見越してのものであったと思われる。

運転・経歴:
同時に発注された10両のうち、最も早く日本に到着した本機は「1」と付番され、1872年(明治5年)10月14日(新暦)の新𣘺 - 横濱間鉄道開業後は、客貨問わずに使用された。しかし、使用成績は思わしくなく、現場ではその改善に腐心したようである。
1872年(明治5年)8月から1885年(明治18年)6月までの走行距離は104,641哩⁺(マイル)で、2 - 9(のちの160形、190形など)の半分弱、最も使用成績の良くなかったとされる10(のちの110形)の2倍程度であったという。
京浜間で約8年使用された後、1880年(明治13年)11月には東海道線神戸地区へ転用された。1885年(明治18年)には前述の大改造後、半田に送られ、中山道幹線の建設資材輸送用に使用された。1905年(明治38年)には、大阪地区で入換専用になっているのが確認されている。
本機の番号は、1909年(明治42年)の鐵道作業局の終わりまでは一貫して「1」であり、1894(明治27年)年の分類ではE形、1898年(明治31年)の鐵道作業局の分類ではA1形となった。1906年(明治39年)の鐵道國有法施行を受けて1909年(明治42年)に実施された鐵道院の車輛稱號規程では、150形 (150) と定められた。
本機は、1911年(明治44年)4月1日付けで島原鐵道の開業用に譲渡され、同社の「1」となって客貨牽引に用いられた。同社では、正面の煙室戸にアメリカ製機関車のようなクランプ金具(クリート)が取付けられ、蒸気ドーム覆いは、円筒形の不細工なものに交換された。ドームと汽笛の間には同じく鉄道院から払い下げを受けた元九州鐵道のクラウス製蒸気機関車から流用されたと思われるドイツ風の砂箱が設置され、オリジナルでは側水槽の前方と踏段の裏側にあった角形の砂箱は撤去されている。
昭和の初めごろ、元鉄道記者の青木槐三が貴重な1号機関車として当時の鐵道省への返還・保存のための運動を始めた。その甲斐あって、1930年(昭和5年)、600形656号機との交換で鐵道省に戻ることになった。島原鐵道ではまだ十分に活用できると考えていたために、このような交換となったのである。同年7月3日、本機は諫早驛で盛大な惜別式を行ない、『送國宝一号機関車』と書かれた幟を飾って鐵道省に引き渡された。その際、創業者で時の社長・植木元太郎は、創業期に功績のあった機関車への感謝の念を込め『惜別感無量』と記した自筆のプレートをあつらえて、側水槽に装着させた。このプレートは現在でも本機に装着されている。

保存:
国鉄返還後大宮工場で整備され、工場内にあった「鐵道參考品陳列所」で仮展示されていたが、1936年(昭和11年)に東京・万世橋の交通博物館に移され、同館で静態保存された。一時期、5000形から取り外した蒸気ドーム覆いをつけていたこともあったが、現在は外されている。また、島原鐵道時代に取付けられた砂箱なども、取り外され原型に復している。塗色についても収蔵当初は黒色であったが、1971年(昭和46年)からは鉄道創業期を想定した緑地に黄色のライニングを施した塗色となり、1984年 (昭和59年) になって再び黒色とされている。交通博物館閉館後は、2007年(平成19年)10月14日、さいたま市大宮区に開館した鉄道博物館に展示されている。現在の塗装については「明治30年頃の姿を再現した」と説明板に記載がある。
本機は1958年(昭和33年)に第1回1号の鉄道記念物に指定され、1997年(平成9年)4月18日(*上記文化庁のデータベースとは日付が異なる)に**国の重要文化財(歴史資料)に指定されている(重要文化財指定名称は「一号機関車」)。
また、絵本『きかんしゃ やえもん』(阿川弘之文・岡部冬彦画)は、この機関車をモチーフにした物語である(火の粉による火災に業を煮やした沿線住民が蒸機の廃止と気動機化を要求、スクラップにされるため工場へ向けて電気機関車に牽引されていた「やえもん」が交通博物館学芸員の目に留まり保存へ、というシンデレラ・ストーリー型の話)。

**「重要文化財」とは、文化財保護法第27条に規定する国(文部大臣:現 文部科学大臣)が指定のもののみのことで、都道府県や市町村が指定するものは「〇〇県重要文化財」などと表記する。

本文は、以下の参考文献に元号表記や注釈を適宜加筆、1925年(昭和20年)以前に存在したものの(固有名詞の)漢字表記は旧漢字を使用している。ただし、独自の判断に基づき変更をしているため、必ずしも当時において旧漢字で表記されていたかは定かでない。


出典・参考:
Wikipedia「国鉄150形蒸気機関車」(2018.8.26閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84150%E5%BD%A2%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%BB%8A

Wikipedia「重要文化財」(2018.8.26閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1

写真:1号機関車 2017.10.17 鉄道博物館

初稿:2018.8.26
調整:2018.8.27 / 9.21

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by fbox12 | 2018-09-21 10:14 | 近代化産業遺産