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第佰弐拾伍 事任八幡宮 静岡県掛川市鎮座

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ことのままはちまんぐう

鎮座地:静岡県掛川市八坂642
祭神:
主祭神 己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)
配神:
息長帯姫命 (おきながたらしひめのみこと、神功皇后)
誉田別命 (ほんだわけのみこと、応神天皇)
玉依比売命 (たまよりひめのみこと)
社格等:式内社(小)、遠江國一宮、旧県社

概要:
旧東海道沿いの、日坂宿(にっさかしゅく)および小夜の中山の西の入口、宮村にある。
当社と諏訪大社、特に下社春宮(長野県諏訪郡下諏訪町)、および修験道場として名高い戸隠山(長野県長野市)は、ほぼ南北一直線上にある。近隣を通る国道1号日坂バイパスの「ことのままトンネル」は事任八幡宮から命名された。

歴史:
創建時期は定かではないが、社伝では成務天皇の治世としている。
古くは真知乃神(まちのかみ)、任事神社(ままのことじんじゃ)などと呼ばれ、『延喜式神名帳』には「己等乃麻知神社」と記載されている。
大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征の折、桓武天皇の勅命によって、それまで鎮座していたすぐ北側の本宮山から現在地へ遷座させたと伝えられる。
平安時代後期に八幡信仰が広まると、康平5年(1062年)、源頼義が石清水八幡宮から八幡神を勧請し、日坂八幡宮(にっさかはちまんぐう)や八幡神社(はちまんじんじゃ)とも称されるようになった。
東海道沿いにあって、難所であった小夜の中山の西側の麓にあたることや、「ことのまま」の名が「願い事が意のままに叶う」の意味を持つことから、多くの人が旅の安全や願い事成就を祈るため立ち寄り、また江戸幕府も朱印高百石余りを献上するなど崇敬を集めた。
また古くから多くの書物がこの社のことを記しており、平安時代には清少納言の「枕草子」や多くの和歌、鎌倉時代には吾妻鏡、江戸時代には十返舎一九の「東海道中膝栗毛」などに「願い事が叶う神社」として登場している。
明治以降は県社に列し、単に八幡神社と称した。第二次大戦後に「ことのまま」の名を復活させ、事任八幡宮とした。

摂末社:
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五社神社(写真左)
 五柱の神を祀る
 祭神:天照大神、八意思兼神、大國主命、火乃迦具土神、東照大権現
金比羅神社(写真右)
 祭神:大物主神

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稲荷神社

「いとたのもし」の解釈に関する批判:
昭和22年(1947年)に、GHQの政教分離政策に伴い「社格」の制度が撤廃された際、由緒ある古来の社号「ことのままの社」に基づき、「事任八幡宮」を復活させたのが、現社名の始まりである。
前述のとおり、事任八幡宮は「願いが『言のまま』に叶う」神社として古くから信仰されてきたという歴史がある。
人々が、いつの時代からこのような考え方を持つように至ったのかは定かではないが、これは、この神社が「ことのまま」という名称を冠していることに由来している。
清少納言の書いた『枕草子』には「ことのままの明神、いとたのもし」とある。この文句が、さまざまな文献の紹介分などに引用され、また、例大祭のポスターのデザインに使用されたこともあり、現代では人々のよく知るところにある。
確かにこれだけを見ると、清少納言が事任八幡宮の力を評価し、感嘆している様に見え、「願いが言のままに叶う」を根拠づけていると言える。
しかし、この文言の後を現代語訳すると次のようである。

≪原文≫布留(ふる)の社。龍田(たつた)の社。花ふちの社。みくりの社。杉の御社、しるしあらんとをかし、ことのままの明神、いとたのもし。さのみ聞きけんとや言われたまはんと思ふぞ、いとをかしき。

この時、“さのみ”以下を現代語訳すると「それほどお聞きになっていると言われていると思うと、大変興味深いことだ」となる。
しかし、この時の“思ふぞ”の「ぞ」は、係助詞となっている。
この「ぞ」は「いとをかし」の部分にかかって強調の役目を果たすが、清少納言は、願いがかなうと「言われている」のではなく、あえて「言われていると思う」ことを強調している。
事任八幡宮の主祭神である己等乃麻知比売命(ことのまちひめのみこと)は、言の葉を通して世の人々に加護を賜う「ことよさし」の神として敬われている。
「ことよさし」という言葉は「ことよす」という語にさらに敬意を含めたもので、「高い神が御言葉を以て、また事になぞられて顕世に御力をする、真を伝えられる」の意味で、記紀にしばしば用いられている。
すなわち、実際は天の声を己等乃麻知比売命が人々に伝えるというのが正確であり、人々の知るところとは逆である。
つまるところ、清少納言は己等乃麻知比売命が人々の願いを天に伝えるという誤った解釈が世間に広まったことを、皮肉を込めて書き綴ったものが『枕草子』であるという主張が、今日でも「願いが言のままに叶う」として参拝する客が多い中で存在している。

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大笛:
中遠竹友会が事任八幡宮に奉納したもの。
(後方の御簾は1間物よりやや大きい)。

この神社最寄りの駅・バス停:
a0057057_17450877.pngJR東海掛川駅北口から掛川バスサービス東山線で約20分、
八幡宮前」下車。

出典・参考:Wikipedia「事任八幡宮」(最終更新:2018年3月16日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E4%BB%BB%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
閲覧:30.6.23

現地参拝:29.8.25
記事投稿:30.6.23

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by fbox12 | 2018-06-23 17:50 | 神社