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第佰貮拾壱 新田神社 鹿児島県薩摩川内市鎮座

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にった じんじゃ

鎮座地:
 鹿児島県薩摩川内市宮内町1935-2
主祭神:天津日高彦火邇邇杵尊
    天照皇大御神
   正哉吾勝々速日天忍穂耳尊
江戸時代までは応神天皇、神功皇后、武内宿禰の八幡三神を祀っていた。

社格等:
 旧國幣中社、薩摩國一宮、神社本庁別表神社
本殿様式:入母屋造別称:新田八幡宮、八幡新田宮、川内八幡宮、一宮八幡、新田明神

歴史:
a0057057_09125083.pnga0057057_09242792.png社伝によると「天津日高彦火邇邇杵尊」(ニニギノミコト)の墓を祀ったのが創始」とされるが、新田神社のことを書いた最も古い史料は永万元年(1165年)のもので、これには「貞観のころに再興」とあり、また「藤原純友の乱のときに国家鎮護を祈願し5か所建てた八幡宮の一つ」とする史料もある。
『延喜式』に全く名前が見えないことから見て、当初の地位はかなり低いものだったと考えられている。
a0057057_16453481.png文治年間(1185年-1190年)、新田神社筆頭職の執印職に守護嶋津氏と祖を同じとする鹿児島郡司の惟宗康友が就き、康友の子孫が執印氏を名乗り(元弘3年(1333年)に後醍醐天皇が新田宮執印職の当知行を安堵)明治に至るまで、代々俗体で世襲することになる。
蒙古襲来(元寇)で、鎌倉幕府は各国の一宮と国分寺に蒙古調伏の祈祷を命じ、各国の守護に一宮への剣、神馬の奉納を命じた。薩摩國では枚聞神社と新田神社の間で一宮相論が起こっていたため、嶋津氏(忠宗)は、一宮の決定とは無関係としながらも 剣、神馬を新田神社(同族の執印氏側)に奉納する。これは事実上一宮は新田神社と認める行為で、一宮相論は決着し、古来から一宮であった枚聞神社から新田神社へと一宮が移ることになるが、最終決定がされておらず、薩摩國に一宮が二つ存在することになる。
また、國分寺留守職、天満宮別当職に執印氏の分流の國分氏が就き、新田神社は薩摩國國分寺とも深い繋がりを持つ事になる。武神である八幡神を祀っていたことから、当地を支配していた嶋津氏に尊崇を受け、暦応4年(1341年)年記のある『嶋津家文書』に依ればこの新田神社が「薩摩國一宮」として挙げられている。
しかし現代においては執印氏の強引な手法も詳らかとなり、古来から一宮とされてきた枚聞神社が正しく薩摩國一宮であるとの意見も多く散見される。
近代社格制度においては、当初無格社であったが明治18年(1885年)に枚聞神社より上の國幣中社に列した。しかしながら現在は枚聞神社と同じ神社本庁の別表神社にあたる。

山陵:
明治7年(1874年)7月10日、明治天皇の裁可を経て可愛山陵(えのやまのみささぎ)が「邇邇芸尊陵」の指定を受け、大正3年(1914年)に宮内省直轄となった。
新田神社のある神亀山の5分の4が陵墓の領域で、現在は宮内庁書陵部桃山監区可愛部事務所が置かれ、内閣府事務官が陵墓守部として管理している。
陵墓と神社が一体となっているのは全国でも珍しい形態である。
大正9年(1920年)3月30日・昭和天皇(当時の皇太子)参拝、昭和37年(1962年)今上天皇(当時の皇太子)及び皇后美智子(当時の皇太子妃)参拝、など皇族の参拝は9回にも及んでいる。

摂末社:
御陵社
可愛陵社(えのみささぎしゃ)
祭神:邇邇杵尊
明治7年の可愛山陵指定によって創建され新田神社の境内社となったが、大正3年に宮内省の管轄に移管される。

端陵神社(はしのみささぎじんじゃ)
祭神:木花開耶姫尊(邇邇杵尊の妃神)
神亀山の頭部部分に鎮座。邇邇杵尊の妃神の御陵と伝わるため、「御前様陵(ごぜんさまのみささぎ)」とも呼ばれる。

中陵神社(なかのみささぎじんじゃ)
祭神:火闌降命(邇邇杵尊の皇子神)
神亀山の首部分に鎮座。

川合陵神社(かわあいのみささぎじんじゃ)
祭神:天火明命(邇邇杵尊の兄弟神、もしくは皇子神)
神亀山ではなく五代町に鎮座。御陵殿(みささぎどん)とも称された。

摂社
四所宮(ししょぐう)
祭神:彦火火出見尊・豊玉姫尊・鵜草葺不合尊・玉依姫尊
本殿の向かって右脇に鎮座。若宮四所宮、若宮殿とも称する。

武内宮(たけうちぐう)
祭神:彦太忍信命(孝元天皇の皇子で武内宿禰の祖父)
本殿の向かって左脇に鎮座。武内社とも称する。

境内末社
二十四社(にじゅうししゃ)
祭神:天孫降臨に際して供をした五伴緒神(天児屋命、太玉命、天鈿女命、石凝姥命、玉祖命)をはじめとする24柱
武内宮の向かって左側に鎮座。

興玉神社(おきたまじんじゃ)
祭神:猿田彦命
西廻廊向かって左側に鎮座。かつては若宮四所宮、武内社に次いで尊重され、大王社(太玉社)とも称された。

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高良神社(こうらじんじゃ)
祭神:天鈿女命
神亀山中腹に鎮座。高良社、猴等神社とも称する。(写真右)

中央神社(ちゅうおうじんじゃ)
祭神:大山祇神(邇邇杵尊の岳父)
神亀山中腹に鎮座。中王社とも。神亀山の地主神と伝わる。(写真中央)

早風神社(はやかぜじんじゃ)
祭神:級長津彦命
神亀山中腹に鎮座。早風社とも。(写真左)


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東門守神社(ひがしかどもりじんじゃ)
祭神:豊磐間戸神
神亀山石段入口の向かって右側に鎮座。殿門守護の神で、往古は東善神王と称された。(写真右側)

西門守神社(にしかどもりじんじゃ)
祭神:櫛磐間戸命
神亀山石段入口の向かって左側に鎮座。殿門守護の神で、往古は西善神王と称された。(写真左側)

保食神社(うけもちじんじゃ)
祭神:保食神
神亀山麓に鎮座。田の神と同一視され、現在でも農耕儀礼の神事が行われる。

稲荷神社(いなりじんじゃ)
祭神:倉稲魂命
昭和初期に近隣工場の守護神として創建され、後に工場閉鎖に伴って神社境内へ遷座。

※廃絶した境内末社
- 省略 -


この神社最寄の駅・バス停:
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肥薩おれんじ鉄道 上川内駅から徒歩約10分
JR九州 九州新幹線・鹿児島本線・肥薩おれんじ鉄道 川内駅から路線バスで約5分
写真の「くるくるバス(西回り:南国交通担当)」は大回りのため約30分
「くるくるバス(東回り:鹿児島交通担当)は18分
いずれも新田神社(停)下車。

参考資料:Wikipedia「新田神社(薩摩川内市)」(最終更新:2017年12月30日)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E8%96%A9%E6%91%A9%E5%B7%9D%E5%86%85%E5%B8%82)
閲覧:2018.5.-6

現地取材:30.3.14
記事投稿:30.5.-6

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by fbox12 | 2018-05-06 21:30 | 神社