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第佰拾六 大山祇神社 愛媛県今治市鎮座

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a0057057_22481670.pnga0057057_22562754.pngおおやまづみじんじゃ

鎮座地:愛媛県今治市大三島町宮浦3327番地
祭神:
大山積神(おおやまづみのかみ、おおやまつみのかみ)(主祭神)
社格等:
式内社(名神大)、伊豫國一宮、旧國幣大社、神社本庁別表神社
本殿様式:三間社流造檜皮葺
別名:日本総鎮守(元四国八十八箇所55番札所)

概要:
瀬戸内海に浮かぶ大三島西岸、神体山とする鷲ヶ頭山(標高436.5メートル)西麓に鎮座する。古くは大三島南東部に位置した。三島神社や大山祇神社の総本社であり、山の神・海の神・戦いの神として歴代の朝廷や武将から尊崇を集めた。大山積神を祀る代表的な神社ということもあり、山神社の総本社とされることもある。境内には国の天然記念物「大山祇神社のクスノキ群」がある。また、源氏・平氏をはじめ多くの武将が武具を奉納して武運長久を祈ったため、国宝・重要文化財の指定をうけた日本の甲冑の約4割がこの神社に集まっている。社殿・武具等の文化財として国宝8件、国の重要文化財76件(平成28(2014)年現在)を有し、これらは紫陽殿と国宝館に収納・一般公開されている。さらに、昭和天皇の「御採集船」として活躍した「葉山丸」と、四国の海に生息する魚介類や全国の鉱石、鉱物を展示した大三島海事博物館(葉山丸記念館)が併設されている。近代においても、日本の初代内閣總理大臣の伊藤博文、旧帝國海軍聯合艦隊司令長官の山本五十六をはじめとして、政治や軍事の第一人者たちの参拝があった。現在でも、海上自衛隊・海上保安庁の幹部などの参拝がある。

名称:
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古代には大山積神社の名で記録に現れるが、一般的には三島あるいは御島から、大三島大明神や三島社、あるいは単に大三島と呼ばれた。現在島の名前とされる大三島は本来は神社名であったが、江戸時代以前は島の名前と特に区別なく使われていた。明治時代に入り社名を大山祇神社と定めた。主祭神の大山積神は、別名として「和多志大神(わたしのおおかみ)」とも、「三島大明神」とも。伊弉諾尊と伊弉冉尊の間の子で、磐長姫命と木花開耶姫命(瓊瓊杵尊の妃)の父神。元は山の神であるが、大山祇神社が瀬戸内海の要所に位置することなどから、大山祇神社では海の神としての性格も強い。大山祇神社では社名「大山祇」と祭神名「大山積」とは異なる表記が用いられているが、かつては社名も「大山積」と表記されていた。

歴史:
a0057057_14443506.png創建大山祇神社の鎮座する大三島は古くは「御島」と記されたように、神の島とされていた。大三島に鎮座した由来には諸説がある。『大三嶋記文』(社伝)大山祇神子孫の小千命(乎千命、おちのみこと)が大三島に勧請したとする。『伊豫國風土記』逸文大山積神は百済から渡来して津の国(摂津國)の御嶋に鎮座、のち伊豫國に勧請されたとする。その解釈として、越智氏が朝鮮半島出征で大山積神を戴いて帰国したとする説、越智直が百済に出征し捕虜となり中国を回って帰国したとする説話による説があるが、いずれも確証は欠く。摂津國の御嶋は三嶋江(三嶋鴨神社)が定説だが、鴨神社(式内社三嶋鴨神社の論社)ともされる。『豫章記』・『豫陽河野家譜』越智玉興がこの地での霊験にあやかり、勅宣により社殿を造営したとする。境内には弥生時代の神宝や祭祀遺跡があるといわれており、いずれにしてもかなり古い時代から存在したとされる。

概史:
文献では、古く『続日本紀』天平神護2年(766年)条において、「大山積神」に従四位下の神階を授けるとともに神戸5烟を充てる旨が記されている。『新抄格勅符抄』大同元年(806年)牒においても、当時の「大山積神」には神戸として伊豫國から5戸が充てられ、それは天平神護2年5月3日の符によると記されている。その後の国史では、承和4年(837年)に名神に預かり、貞観8年(866年)に正三位、貞観12年(870年)に従二位、貞観17年(875年)に正二位に昇叙された旨が記されている。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では伊豫國越智郡に「大山積神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。中世から伊豫國の一宮とされたほか、朝廷からは『日本總鎮守』の号が下賜されたという。神職(大祝職)は、代々越智氏(のち三嶋家)が担い、職名を姓とした大祝氏を称した。大正4年(1915年)、近代社格制度において國幣大社に列格された(四国地方では唯一の大社)。太平洋戦争の終戦直後の一時期には、旧帝國海軍関係の貴重な資料や教材を戦利品として連合国に没収されることを恐れた海軍兵学校から、巖嶋神社と合わせて約1万点を「奉納」の名目で預かっていた。そして後に自衛隊が創設されると、自衛隊に返還がなされた。また、GHQは刀剣類の異常な多さを問題視し、国宝級を除いて処分を命じたが神社側は密かに土中に秘匿した。

神階:
六國史時代における神階奉叙の記録天平神護2年(766年)4月19日、従四位下 (『続日本紀』) - 表記は「大山積神」。
承和4年(837年)8月7日、従四位下、名神に預かる (『続日本後紀』) - 表記は「大山積神」。
貞観8年(866年)閏3月7日、従三位から正三位 (『日本三代実録』) - 表記は「大山積神」。
貞観12年(870年)8月27日、正三位から従二位 (『日本三実録』) - 表記は「大山積神」。
貞観17年(875年)3月29日、従二位から正二位 (『日本三代実録』) - 表記は「大山積神」。
六國史以後寛平9年(897年)、正一位 (社伝)年表:仁徳天皇年代、百済より摂津國御嶋に大山祇神を祀るという(『伊豫國風土記』逸文)
推古天皇2年(594年)、大三嶋瀬戸(遠土宮おんどのみや、現 横殿社。今治市上浦町瀬戸)に移るという (『伊豫國風土記』逸文、『三嶋宮社記』)
大宝元年(701年)、現在地(今治市大三島町宮浦)への遷宮に向け造営が始まる (『三嶋宮御鎮座本縁』)
霊亀2年(716年)、16年をかけ造営終了 (『三嶋宮御鎮座本縁』)
養老3年(719年)4月22日、遷宮の儀 (『三嶋宮御鎮座本縁』)
元亨2年(1322年)、戦火に遭い本殿、拝殿が焼失 (『伊豫國三嶋社縁起』)
天授4年(1378年)、本殿、拝殿再建 (社伝)
応永34年(1427年)、本殿再建 (向拝實肘木墨書)
天文12年(1543年)、大三嶋合戦、鶴姫戦死(社伝)
慶長7年(1602年)、拝殿建築 (社伝)
平成4年(1992年)、「日帝残滓」を焼却処分すると主張した過激派(中核派)の放火により祖霊殿全焼

摂末社:
摂社
上津社
祭神:上津姫、雷神本殿向かって右手に鎮座する境内摂社。
社殿は、本宮本殿と同様に応永年間(1394年-1428年)の再建と推定される。三間社流造で、屋根は檜皮葺。延享年間(1744年-1748年)・文政年間(1818年-1830年)に大改修が行われたほか、昭和43年(1968年)にも解体修理が実施された。愛媛県指定有形文化財に指定されている。

下津社
祭神:下津姫、高籠神本殿向かって左手に鎮座する境内摂社。
社殿は三間社流造檜皮葺。

阿奈波神社(あなばじんじゃ)
鎮座地:今治市大三島町宮浦字御串山
祭神:磐長姫命(いわながひめのみこと) - 大山積神の娘、木花咲耶姫命の姉。
創建:
(伝)宝亀10年(779年)11月御串山山麓、宮浦港に隣接して鎮座する境外摂社。
健康及び長寿の神様として崇められている。子宝に恵まれぬ人や花柳病(女性の下半身の病)に霊験ありとして特別の信仰がおこった。夫婦でお参りに行くと子宝に恵まれることや、女性の下着類や賜物を備えて参拝する習わしが現在に伝えられている。拝殿脇の祈祷奉納品を収める別屋には、男根の奉納品なども収められている。

末社
境内末社
御鉾神社(おほこじんじゃ)
祭神:御鉾大神

八重垣神社
祭神:素戔嗚命

酒殿祭神:大山積神

姫子邑神社
祭神:木花開耶姫命(大山積神の娘)とその御子神(火々出見命・火須勢理命)。
本殿裏に鎮座。

院内荒神社
祭神:神饌調理の竈神。
院内荒神社・地神社・稲荷神社・石神社は4社並んで鎮座する。

地神社
祭神:境内の地主神。

稲荷神社

石神社

伊予国総社・祓殿神社・葛城神社
祭神:大禍津日神・大直日神・伊豆能売神・速佐須良姫神・一言主神。社殿一宇に三社を祀る。

十七神社
祭神:諸山積神社と十六神社諸山積神社に十六社が接続する形をとる。由緒書によれば、神社自体は正安年間(1299年-1302年)の創建、社殿は永和4年(1378年)の再建という。愛媛県指定有形文化財に指定されている。内陣には重要文化財指定の神像群が鎮座する。

宇迦神社
祭神:宇賀神。
放生池の島に鎮座。

馬神社
祭神:天斑駒神。
神馬舎隣に鎮座。

祖霊社
祭神:大国主命と信徒祖霊。
旧神宮寺で、本社からは一段上がった境内地に鎮座する。保延元年(1135年)、「神供寺」として創建された。その後、四国八十八箇所霊場第55番札所・月光山神宮寺となるなどと栄えていたと伝えられる。明治に入り神仏分離がなされ、出雲大社から大国主命の分霊が勧請され末社となった。

八坂神社
祭神:素戔嗚命・少彦名命。
祖霊社横に鎮座。

五穀神社
祭神:宇賀御魂神。
祖霊社横に鎮座。

境外末社
-省略-

この神社最寄の駅・バス停:
a0057057_22003244.pngバス・・瀬戸内運輸・瀬戸内海交通バスで「大山祗神社前」バス停下車 (下車後徒歩すぐ)今治駅や松山市駅(瀬戸内運輸特急便の一部のみ)などを結ぶ瀬戸内運輸特急便・瀬戸内海交通急行便のほか、瀬戸内海交通の路線バス(宮浦港と出走を結ぶ路線)が停車する。また、平成22(2010)年からは観光周遊バス鶴姫号(日曜日・祝日)が停車する。フェリー・・宮浦港 (今治市大三島町宮浦) - 徒歩約15分。大三島ブルーライン 快速船:今治港から約1時間 - 宗方港(大三島)・木江港(大崎上島)を経由。大三島ブルーライン フェリー:今治港から約1時間30分 - 同上。

出典参考:Wikipedia「大山祇神社」(最終更新 2018年1月19日)
現地参拝:29.3.15
記事投稿:30.4.-8

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by fbox12 | 2018-04-09 22:25 | 神社