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ベータ規格ビデオテープ

私的文化遺産:整理番号38
ベータ規格ビデオテープ_a0057057_19295141.pngベータマックス(βマックス、Betamax)とは、ソニーが販売していた家庭向けビデオテープレコーダおよびその規格である。規格全体を指す名称としては、東芝や三洋電機などが参画した時点から「ベータフォーマット」や「ベータ規格」を用いていた。Hi-Band Beta(ハイバンドベータ)やED Beta(Extented Definition Beta、EDベータ)もベータマックスの記録フォーマットの一種である。

概要:
VHSと共に本格的家庭用規格として大々的に販売されたカセット型ビデオテープレコーダ(VTR)規格である。1号機(SL-6300)は、昭和50(1975)年4月16日に発表され、同年5月10日に発売された。これ以前の家庭用VTR規格はいずれも本格的な普及を見なかったが、ベータマックスのヒットにより家庭用VTR市場が開拓され、その初期段階では相応のシェアを占めていた。しかし後の熾烈な販売競争でVTRの世帯普及率が高まる中ではシェアを拡大できず、平成14(2002)年に規格主幹のソニーも生産を終了し、市場から姿を消した。ソニー製ベータマックスVTRは日本国内で累計約400万台(全世界で累計約1,800万台)が生産されている。
業界を二分したVHSとの激しい市場競争(ビデオ戦争)の中でBeta hi-fiでは音声FM記録による音質向上を図り、Hi-BandではFMキャリアを高周波数化することによる解像度向上を図った。カメラ一体型VTR、メタルテープ使用の超高画質新規格であるED-Beta規格といった新技術をVHS陣営に先駆けて投入したが、どれも決定的な差別化とはならなかった。
ソニー自身がVHSビデオデッキの製造販売に参入(昭和63(1988)年)して以降も新規機種の開発・生産・販売を継続していたが、平成14(2002)年8月27日、構成部品の調達が困難になったこともあり生産終了を発表し、新品は市場から姿を消した。
ベータ規格の代名詞とも言える「ベータマックス」という名称はソニーの商標として登録されており、東芝、三洋電機、アイワ、日本電気ホームエレクトロニクス(NEC)、ゼネラル(現・富士通ゼネラル)、パイオニア等が参入した時点でシステム全体の名称は「ベータ方式」「ベータフォーマット」等とされていた。自社で開発・製造を行っていたのはソニー・東芝・NEC・三洋電機・アイワの計5社で、他各社はOEM供給による販売となっていた。日本国外ではSearsやZenith、RadioShack、TATUNG(台湾の大同公司)、大宇電子といったメーカー・ブランドでもベータ方式に参入し販売されていた。ソニー以外の各社は昭和61(1986)年までにVHSの生産・販売に移行した。オーディオメーカーの日本マランツも三洋電機からのOEM供給により日本国外でベータフォーマットのデッキを販売した実績がある。

VHS規格と比較した特徴として、
カセットが小さい。ソニーの社員手帳(文庫本)サイズ。
テープとヘッドの相対速度が大きく、画質面で有利(VHSの5.8m/sに対し、βI:6.973 m/s、βII:6.993 m/s)。
初期の機種でも特殊再生が行えた。
テープが常にヘッドドラムへ巻き付けられているフルローディング(Uローディング)が基本とされ、初期の機械でも動作が俊敏でリニアタイムカウンターが搭載できた。
SL-HF300以降のソニー機種では解像感を高める映像チューニングを行っていた。
常用の標準画質録画(βIIとVHS標準モード)において、L-830テープで200分録画できた。 長年VHSの最長テープはT-160(標準モードで160分)だったため、βの数少ない、最末期に至るまで残されたアドバンテージのひとつだった。ソニー撤退から更に下り、VHS自身も終焉の見え始めた頃になってT-210が発売され、ようやく覆された。
長時間録画モード(βIIIとVHS3倍モード)では、録画時間ではVHSに分があった(βIIIの録画時間はβIIの1.5倍に過ぎない)が、画質では遥かに有利だった。VHSの3倍モードの画質は、1990年代に入って抜本的な改良を受けるまでは実用に耐えるレベルではなかったため、βのアドバンテージであった。

といった特徴を持つ。

性能的には優れたものだったが、VHSより部品点数が多く調整箇所も高い精度を要求される構造により、家電メーカーにとって家庭用ビデオの普及期に廉価機の投入が難しかったという欠点も持ち合わせていた。東芝や三洋電機からは思い切って機能を省いた廉価機も初期から発売されていたとはいえ、規格主幹のソニーが性能重視の姿勢で廉価機の開発が出遅れたこともあってシェアを伸ばせなかった。それ故に「性能が優れているものが普及するとは限らない例」として、初期のレコードの例とともによく引き合いに出される。
しかし、ベータ方式を元にした放送業務用フォーマット機器・ベータカムは、20年以上に渡り業界標準(デファクトスタンダード)ともいえる存在となっており、デジタルベータカムやHDCAMなど再生互換性を持つ製品バリエーションを増やしながら、平成27(2015)年現在も生産を続けている。また、ベータ方式の録画用ビデオテープもソニーマーケティングが運営するソニーストアで注文可能である。
平成21(2009)年、「VHS方式VTRとの技術競争を通じて、世界の記録技術の進歩に大きく貢献した機種として重要である。」として、家庭用ベータ方式VTR1号機「SL-6300」が国立科学博物館の定めた重要科学技術史資料(未来技術遺産)として登録された。

名称:
『Betamax』の名称は、記録方式として磁気テープ上の未記録領域であるガードバンドを廃し(βIsモードにはガードバンドあり)、記録再生ヘッドのアジマスを互い違いにずらしてフィールド単位の信号を隣接して記録する「アジマス記録方式」が「情報を詰めてベタに記録している状態」から通称「ベタ記録」と開発現場で呼ばれていたこと、テープローディング時の形状がβの字に似ている、英語の「better(ベター、より良い)」に響きが通じ縁起が良い、などから「ベータ」案が提言され、それに最高・最大という意の「MAX」を組み合わせて命名された。

規格の経緯:
一般的に画質の良さが特徴として謳われていたが、本来の基本規格(後にβI・ベータワンと命名)から、VHSとの競合で生まれた2倍モードであるβII(ベータツー)へと実質的標準モードが移行した時点でVHS標準モードとは大差がなくなり、ソニー製ベータが解像感優先の再生画でVHSがSN比(ノイズの少なさ)優先の再生画といった「再現性の差異」がそれぞれの特徴となった。
画質についてはソニー製機種の傾向が大きく取り上げられていたが、東芝は解像感とSN比のバランスを重視した平均的な調整で、NEC・三洋電機がβIIIモードの再生画質に配慮するためSN比を重視しVHSに近い画質、といったメーカー毎の傾向もあった。

録画モードの推移:
ソニーはUマチックと同等の性能・機能を維持した上での小型化を目標としていたため、録画時間は1時間(K-60テープ使用時)とされていた。しかしVHSが当初より2時間録画を標準としており、それへの対抗としてテープ速度を1/2とした記録モードを開発、後にβIIと命名されベータ方式の実質的標準記録モードとなった。
しかし基本フォーマットに対し偶数倍のテープ速度では、記録方式のアンマッチングによる再生画への影響が大きく(いわゆる「H並べ」不成立によるモアレ発生や特殊再生の対応困難など)、それに対応するため再生画の信号処理が当初規格(βI)から変更されている。これを基にしてβIII(長時間録画モード・βIから見て三倍モード相当)やβIsモードが構築され、新しいベータマックス及び賛同各社の共通フォーマットとなった(ベータフォーマット)。このことは、βIIでの音質や特殊再生機能の面で後々まで禍根を残し、また当初方式のβIモードがベータフォーマット標準仕様から外れたため、再生できる環境が限られることとなった(ソニーのみβI再生機能を存置・他メーカーはサポートせず)。

技術への偏りと非「ユーザーフレンドリー」:
ベータ規格ビデオテープ_a0057057_20384763.pngVHS陣営との競争による技術向上の結果とはいえ、合計で11もの録画再生規格ができ、またBeta hi-fiやHi-Bandモードで旧機種での再生で画像に影響が出る方式としたり(VHSではノーマル・Hi-Fiで完全な再生互換がある)、ソニー以外のメーカーが採用しなかったβI・βIsモード(一部例外あり)やβNR(ベータノイズリダクション・初期のノーマル音声デッキに搭載)など、再生対応機種が限られるフォーマットやノイズリダクションシステムが混在したことから、普及期においてユーザーの混乱を招くこととなった。
テープの表記もβI時代には録画時間(K-60の場合、60分を表す)だったものが、2倍モード(βII)を実質的標準にしたことで従来表記では営業政策上不利なことから(録画時間が短く受け止められてしまう)、苦肉の策としてテープ長での表記(L-500の場合、500フィートを意味する。K-30とL-250、K-60とL-500は同じ長さである)に変更したが、録画時間が直感的に理解できず、ユーザーフレンドリーという視点では煩雑であった。
またL-660(βIIIでの4時間録画対応テープ・βIIでは2時間40分)・L-750(βIIIでの4時間30分録画対応テープ・βIIでは3時間)・L-830(βIIIでの5時間録画対応テープ・βIIでは3時間20分)の各テープは、旧機種ではカウンターが対応しておらず、テープの厚みも薄くなっていることから「LT(ロングテープ)マーク」が付いた長時間テープ対応機種のみで使用可とされていた(実質的には1980年代初頭までの最初期機種以外は全て対応していた)。βIsモードで2時間録画できるL-1000(βIs:2時間、βII:4時間、βIII:6時間)というテープの開発も進んでいたが、試作段階で終わり製品化されることはなかった。
上記のような状況から、技術革新を即時に盛り込み逐次改良を続けるベータ規格は、ハイアマチュアにこそ評価されたものの、一般的な消費者や販売店などからは煩雑・難解な印象を持たれ敬遠されるようになり、結果としては家電メーカーの離反を招き、「マニア向け製品」といったイメージが強まり拡販に苦戦することとなった。

記録容量の詳細
 K-30(βI:30分)
 K-60(βI:60分)
 L-85(βII:20分、βIII:30分)
 L-125(βII:30分、βIII:45分)
 L-165(βII:40分、βIII:1時間)
 L-250(βII:60分、βIII:1時間30分)
 L-330(βII:80分、βIII:2時間)
 L-370(βII:90分、βIII:2時間15分)
 L-500(βII:2時間、βIII:3時間)
 L-660(βII:2時間40分、βIII:4時間)
 L-750(βII:3時間、βIII:4時間30分)
 L-830(βII:3時間20分、βIII:5時間)

ビジネス戦略の失敗:
ビデオ戦争
ソニーはVTR機器に関して1960年代から方式・規格の統一を企図しており、統一規格としてU規格を制定した経緯もあり、1/2インチVTRでもこの方針を継続して各社に働きかけた。昭和49(1974)年にはU規格で提携した松下電器と日本ビクターにソニー側から試作機・技術・ノウハウを公開するなど規格統一に向けた取り組みを行ったが、両社からは反応がなく、昭和51(1976)年9月には日本ビクターから「VHS規格」VTRが発表され、結果的に規格争い(ビデオ戦争)が発生した。松下電器は昭和48(1973)年に発売した独自規格「オートビジョン」が全く市場に受け入れられなかったことやグループ内会社でのVX方式のVTRが開発・発売、松下幸之助のベータに対する興味などもあり、販売力のある同社の選択が注目されていたが、昭和51(1976)年末に松下幸之助により最終的な判断が下され、後発組のハンディキャップを取り返すため「製造コストが安い」部分を重視してVHS方式の採用を決定、松下電器のベータ陣営取り込みに失敗した。

劣勢と新聞広告:
VHS陣営の積極的なOEM供給、精力的なソフトウエアビジネスも行ったことで、ベータ陣営は販売こそ先行したものの徐々に劣勢となっていき、陣営内でもVHS機器を併売する企業が出るなど足並みが崩れていった。また、ソニーは機器のOEM供給を申し入れた一部企業に対して「ソニーはOEM供給をしない方針」を示しており、自らベータ市場拡大を停滞させるジレンマに陥った。ベータ陣営は効果的な対応策が打てず、VHSに鞍替えする企業も多数出たことで勢力は低下の一途をたどり、VHS陣営の勝利が決定的になった昭和59(1984)年、ソニーはイラストにサトウサンペイを起用し「ベータマックスはなくなるの?」「ベータマックスを買うと損するの?」「ベータマックスはこれからどうなるの?」という奇抜な見出しの新聞広告を1月25日から4日間連続で行った。4日間全ての紙面には「これからもベータマックス(この部分はロゴ入り)。ビデオはソニー。」と大きく書かれ、それぞれの紙面には同時に「答えは、もちろんNO。」「もちろん発展し続けます。」というコピーが入り、最終日には「ますます面白くなるベータマックス!」と締めくくり当時の新製品を告知する逆説的アプローチだったのだが、消費者には広告の意図がうまく理解されず、これを機にベータ離れが加速されたことはソニーも認めるところである。

レンタルビデオ:
昭和63(1988)年頃にはベータを重点的に取り扱った全国的なレンタルビデオ店「Hit☆Land」をソニー及び直営店が展開し、VHSオンリーに傾き始めていたビデオレンタルでベータをなんとか取り持とうとしたが、すでにVHSしか出さないビデオソフトも多数出始めていた影響を受け、その後衰退した。

ユーザーの傾向:
上記のようにベータのほうが圧倒的少数派になる中、そのユーザーほとんどが保守的であった。つまり「VHSのほうが多数派になっても、簡単には乗り換えしない(できない)」という層が、ベータのユーザーの大半であった。むしろマニア層は、必要とあらばVHSへ転向は厭わない層でもあった。従って精力的な技術投入とは裏腹に、ベータの機器の売れ筋は非Hi-Fiの廉価機が大半であり、VHSユーザーよりもHi-Fiや上位規格のEDベータの普及率は低かった。このような状勢下、平成5(1993)年にSONYが最後に市場に出したベータの新製品は、Beta hi-fi/Hi-BandではあったがEDベータではないSL-210Dであった。

高画質モードの活用不足:
ソフト産業では再生環境が限られることが敬遠されたのか、Hi-Band規格対応ソフトはリリース数が非常に少なく、実質的には非売品の店頭デモンストレーションソフトなどに用途が限られており、せっかくの高画質モードが活かされていない状況だった。ベータHiFiの場合は非Hi-Bandの場合は解像度ではVHSに劣るので、ビデオソフトの場合はベータのほうが低画質という事になった。
その反省か、ED Betaではソニーの高精細度ビデオシステムHDVSを撮影・マスターに使用したソフトが制作され、ソニーショップ、秋葉原などの大手家電量販店、大手レコード店などで一般に市販され、長年にわたり製造・販売され製品カタログにも記載された。北海道上川郡美瑛町を撮影した前田真三の「四季の丘」シリーズなどは一躍有名になり、EDベータ初号機EDV-9000にはソフトが添付された。しかしながらソフトのリリース数は極めて少ない。
また、カムコーダにおいてはHi-Band規格対応、EDベータ規格対応製品があったものの、機種数は限られており非常に高価であった。一方のS-VHSはS-VHS-C規格のカムコーダにおいて、廉価な製品も発売されて普及している。とはいえ、カムコーダの規格としては8ミリビデオやその上位高画質規格であるHi-8のほうがより普及している。8ミリビデオ規格の旗振り役を務めたのは他ならぬソニーであり、それがためにHi-Bandベータ、EDベータのカムコーダに注力できなかったという事情もあった。

ベータ神話:
かつてハイアマチュア層の一部にベータフォーマットのVHSに対する様々な優位性を熱狂的にとらえる、いわゆるベータ神話が存在したが、テープメディアを用いるビデオデッキそのものが主力ではない現在、過去のフォーマットの評価として冷静な分析が行われている。
VHSの高規格版・S-VHSは新製品の投入の度に画質向上の努力(色信号処理、ドロップアウトノイズ対策、3次元YC分離、3次元ノイズリダクション、タイムベースコレクタの装備など)がなされたが、EDベータには販売数でも後塵を拝していた事から、平成2(1990)年を最後に新製品が投入できず、付加的な画質向上策がほとんどなされなかった。そのため規格上でのスペックではEDベータが圧倒的優位だったにもかかわらず、実質上の画質では平成2(1990)年以降も精力的に画質向上を図った新製品を投入したS-VHSのほうが上だと評価する雑誌(月刊ビデオSALON/玄光社刊)・評論家(飯田明)もいた。さらに平成5(1993)年には明らかにEDベータを規格上でのスペックで凌駕するW-VHSが生まれている。
一方でHi-Bandベータに関しては、ノーマルVHSよりも画質が上回っている事は、多くの評論家・ビデオ雑誌で見解がほぼ一致していた。規格としてはHi-Bandベータは水平解像度ではVHSを上回るものの、SN比では劣り一長一短であるが、ビデオテープの性能向上によるSN比の改善により欠点は克服された。雑誌などでEDベータの機器が紹介された時には「Hi-Bandベータが十分高画質なので、EDベータを使う必然性があまりない」とも評された。


(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年7月29日更新から)
by fbox12 | 2015-07-30 19:37 | 私的文化遺産