fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

208 尾張一宮駅 (JR東海)

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a0057057_16244085.pngおわりいちのみや
所在地:愛知県一宮市栄三丁目1-1
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・東海道本線
電報略号/事務管コード:イチ/530122
キロ程:(東京起点)383.1km
乗換:名鉄一宮駅(名鉄名古屋本線・尾西線)

概要:
名鉄一宮駅と並行に位置し一体的なターミナルとなっており、ともに一宮市の代表駅となっている。名鉄との区分のため必要がある場合には「JR一宮駅」とも呼ばれ、また、両駅をあわせて「一宮総合駅」と称する場合もある。なお、地上駅時代は名鉄駅と改札口も共通であったが、平成5(1993)年2月21日より供用を開始した名鉄駅の高架化に伴い分離された。

歴史:
明治19(1886)年5月1日 - 官設鉄道(当時は内閣鐵道局)が淸洲駅(現在の枇杷島駅)から当駅まで延伸し、一ノ宮驛として開業(一般駅)
 6月1日 - 官設鉄道が当駅から木曾川驛まで延伸し、途中駅となる。
明治24(1891)年10月28日 - 濃尾地震により本屋が全壊
明治28(1895)年4月1日 - 線路名称が制定され、東海道線(明治42(1909)年に東海道本線に改称)の所属となる。
大正5(1916)年1月1日 - 尾張一ノ宮驛に改称する(なお、同日に上総一ノ宮驛も「一ノ宮驛」から改称されている)。
昭和27(1952)年11月15日 - 尾張一宮駅に改称
昭和54(1979)年2月1日 - 貨物の取り扱い廃止
昭和61(1986)年11月1日 - 荷物の取り扱い廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道(JR東海)が継承
平成元(1989)年 - 上り線、下り線の順に高架化
平成18(2006)年11月25日 - ICカード「TOICA」の利用が可能となる。
平成19(2007)年5月31日 - 駅舎の解体工事を開始
平成21(2009)年7月1日 - JR東海初の女性駅長が就任
平成22(2010)年10月 - 新たな駅前ビル建設に着手
平成24(2012)年11月1日 - 駅前ビル「i-ビル」開業(タイトル及び駅舎写真:図書館施設は平成25(2013)年1月に開館)

駅構造:
島式ホーム2面4線を有する高架駅。ホームは10両以上の長さ(有効長)があり、上屋は8両分設置されている。内側の2・3番線が本線、外側の1・4番線が副本線となっている。(主に朝夕ラッシュ時に使用)1番線東側にホームのない副本線が1本あり、貨物列車や工事作業用列車の停車や待避、車両の留置などに使われている。1・2番線は片渡り線により名古屋方面からの進入や大垣方面への発車ができ、双方に折り返しが可能な構造になっているが、通常ダイヤで当駅止まりの設定はない。ただし、人身事故等によりダイヤに大幅な遅延が発生すると、一部の列車が当駅で運転を打ち切る場合がある。(その為に、JR東海所属車両の方向幕や行き先表示には「尾張一宮」が用意されている)。
駅長・駅員配置駅(直営駅)であるほか、管理駅として清洲駅・稲沢駅・木曽川駅の3駅を管理している。駅にはみどりの窓口が置かれている。
高架下にはジェイアール東海ツアーズ一宮支店、アスティ一宮(商業施設)、ベルマート(コンビニエンスストア)が入居している。

のりば:
1・2番線 東海道本線 上り 名古屋・岡崎方面
3・4番線 東海道本線 下り 岐阜・大垣方面

バス路線:
路線バス
大多数の路線バスは、名鉄駅に隣接する名鉄一宮駅バスターミナルに乗り入れている。

夜行高速バス
以下の路線が、当駅前(駅東側)の6番のりばに乗り入れている。
ドリームなごや号(JR東海バス) ※3号・6号が乗り入れ。
 岐阜駅 - 尾張一宮駅 - 名古屋駅(新幹線口) - 栄(オアシス21) - 霞が関 - 東京駅 - 新木場駅
北陸ドリーム名古屋号(JR東海バス・西日本ジェイアールバス)
 名古屋駅(新幹線口) - 尾張一宮駅 - 富山駅前 - 富山大学前 - 小杉駅 - 高岡駅前 - 砺波駅前 - 金沢駅前

参考資料:Wikipedia(2017年4月9日)
記事:
 取材:28.12.28
 投稿:29.4.11
 調整:29.4.12/29.4.13

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# by fbox12 | 2017-04-13 15:02 | 鉄道・バス

210 韮山駅 (伊豆箱根)

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にらやま
所在地:静岡県伊豆の国市四日町747-1
所属・路線:伊豆箱根鉄道株式会社・駿豆線
駅番号:IS08
キロ程:(三島起点)9.8km

概要:
伊豆箱根鉄道・駿豆線の原木駅、当駅、伊豆長岡駅の3駅は静岡県田方郡韮山町、伊豆長岡町、大仁町が合併し、伊豆の国市になる前、全て韮山町にあった。
世界遺産の「韮山反射炉」は当駅ではなく、隣の伊豆長岡駅が最寄りである。

歴史:
明治33(1900)年8月5日 - 北條(ほうじょう)驛として開業
大正8(1919)年5月25日 - 韮山驛に改称

駅構造:
相対式ホーム2面2線の地上駅で、1番線は修善寺行き、2番線は三島行きであるが、当駅で列車交換を行わない場合は修善寺行き列車も2番線から発着となる。
以前は早朝、深夜帯は無人駅だったが平成18(2006)年6月より営業時間内は駅員常駐となった。
発車時には駿豆線内で使用されているアロー株式会社製の発車ベル・発車メロディーが鳴る。

のりば:
1番線 駿豆線 下り 伊豆長岡・大仁・修善寺方面
2番線 駿豆線 下り 伊豆長岡・大仁・修善寺方面
    駿豆線 上り 三島方面
※当駅で列車交換を行わない場合、普通列車修善寺行きは2番線から発車

路線バス:韮山駅
 江馬経由 千代田団地行き(伊豆箱根バス)
 韮山高校前・多田経由 富士美幼稚園行き(東海バスオレンジシャトル・・登校日1本運行)
 韮山高校前・多田経由 奈古谷温泉口行き(東海バスオレンジシャトル・・登校日運行)
 韮高前経由 江川邸行き(伊豆箱根バス・・平日土曜運行)

参考資料:Wikipedia(2016年11月10日)
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# by fbox12 | 2017-04-12 23:01 | 鉄道・バス

ビタカイザーW3000

a0057057_1145793.pngミニチュアボトルコレクション1016

販売名:ビタロージャー3000
品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・ローヤルゼリー・カルニチン塩化物・チアミン塩化物塩酸塩(ビタミンB1)・リポフラビン(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:金陽製薬株式会社(奈良県五條市住川町1420番地)

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# by fbox12 | 2017-04-11 11:06 | コレクション

009 新宿駅

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駅名かな:しんじゅく

概要:
東京の副都心・新宿に位置するターミナル駅である。明治18(1885)年に日本鐡道により現在の山手線が開業したのが当駅の始まりである。4年後の明治22(1889)年には南豐嶋郡淀??町となる。開業時から新宿を副都心にする計画が発表されるまでは当駅周辺はまだ街の外れであり利用客は少ないものだったが、大正期に入り次第に市街地が拡大するにつれ、多くの私鉄が乗り入れるようになる。ターミナルとなって周辺が発展するにつれて利用客は増え続け、昭和6(1931)年には私鉄や官設鉄道などを合わせた利用者数で日本一になった。そして、昭和41(1966)年の乗車人数では、当駅が41万69人と池袋駅の41万67人を抜いて日本一になっている。さらに1960年代から当駅西側一帯で進められた新宿副都心計画によって、70年代には多くの超高層ビルが建てられ利用者増加に拍車がかかった。
現在ではJR・私鉄・地下鉄の多くの路線が周辺地域のベッドタウンとを結んでおり、多くのビジネス客が利用する。さらに、当駅周辺は日本最大の繁華街・歓楽街となっており、昼夜を問わず人の流れが絶えることはない。JRの駅を中心に東・西・南口、周辺の各地下鉄駅、商業施設などが通路や地下街などで広範囲に連絡している。
一日平均乗降者数は約335万人(平成25(2013)年)と世界一(ギネス世界記録認定)多い駅であり、地下道などで接続する西武新宿駅まで含めると約358万人(平成25(2013)年)となり、この数字は横浜市の人口に匹敵する。年間の乗降客数に直すと約13億人となりインドの人口をも上回る規模となる。

乗り入れ路線:
各社の位置関係
JR東日本、京王電鉄、小田急電鉄、東京メトロ、東京都交通局の5社局が乗り入れるターミナル駅である。京王線と小田急小田原線は当駅を起点としている。

その他の鉄道路線:
以下の駅とは地下通路などでつながっているが、各鉄道会社によっては公式な接続駅となっている駅もある。
 西武新宿駅(西武鉄道新宿線) - サブナード経由で連絡。
 新宿西口駅(都営地下鉄大江戸線)
 新宿三丁目駅(東京メトロ丸ノ内線・副都心線、都営地下鉄新宿線) - 都道430号真下の地下通路で連絡

地下鉄各線との連絡:
当駅において京王、小田急、東京メトロ、都営地下鉄の相互間で乗継割引が適用されるが、東京メトロ丸ノ内線と都営地下鉄新宿線・大江戸線は両駅間の距離が遠いため、乗継割引が適用されない。ただし、丸ノ内線と新宿線の乗換は新宿三丁目駅、丸ノ内線と大江戸線の乗換は東京メトロ新宿駅・都営地下鉄新宿西口駅間(同一駅扱い)で行えば乗継割引70円が適用される。

歴史:
新宿駅という駅名は、江戸時代に甲州道中(甲州街道)の日本橋と高井戸の間に新しく作られた宿駅である「内藤新宿」が由来となっている。
新宿に鉄道の駅ができた頃は新宿と言っても町外れに駅が設けられたために1日50人程度の乗降客数であり、雨の日はほとんど利用がないこともあったと伝えられている。
次いで、明治22(1889)年に甲武鐵道によって立川までの路線(現・中央本線)が開設され、同年8月には八王子まで延長された。また、この頃に電車線用のプラットホームとして、本来の新宿駅のプラットホームのほかに、構内の大久保寄りの青梅街道付近にもプラットホームが設けられていた。
その後も私鉄の乗り入れは相次ぎ、京王電氣軌道(現 京王電鉄)が南口の甲州街道上に、帝國電燈西武軌道線(後の都電杉並線)が東口に、小田原急行鐵道(現 小田急電鉄)が西口にそれぞれ新宿駅を開業させている。
京王線の新宿起点は、新宿驛ではなく新宿追分交差点であり、現在の新宿三丁目駅の位置付近(伊勢丹の交差点南側路上)にあった。後に隣接する路面外の土地に移設され京王新宿驛を名乗るが、昭和20(1945)年に空襲で初台の変電所が被災し京王線の電圧が下降した影響で南口跨線橋の急勾配を電車が走行できなくなり、同年7月に東横線新宿驛予定地だった現在の西口に移転している。昭和27(1952)年には西武鉄道の新宿線が西武新宿駅(歌舞伎町付近)まで延伸した。
京王と小田急のホームが地上にあった一時期に、のりばの番号が官設鉄道(現 JR)→小田急→京王の順で連番だったこともある。この当時は、各社の駅をつなぐ連絡跨線橋が設置され、乗客の乗り換えに供用されていた。また、軌間が同じ官設鉄道と小田急の間には連絡線が設置されていた。
戦後の復興と経済成長の中で、新宿驛を出てすぐに甲州街道上を走っていた京王線が路面区間解消のために地下化、小田急小田原線も限られたスペースでの発着番線確保のために駅が二層化され、地下鉄各線の開業、ターミナルビルの建設などが相次いで行われ、現在の姿となった。

年表:
明治18(1885)年3月1日 - 東京府南豐嶋郡角筈村に日本鐵道の駅が開業。貨物営業も開始
明治22(1889)年4月11日 - 甲武鐵道の駅が開業
明治39(1906)年10月1日 - 甲武鐵道が鉄道国有法により国有化
 11月1日 - 日本鐵道が鉄道国有法により国有化
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称制定により山手線の所属となる。
大正4(1915)年5月1日 - 京王電氣軌道(京王電鉄の前身)の駅が甲州街道上に開業
大正12(1923)年12月1日 - 帝國電燈西武軌道線(後の都電杉並線)の駅が東口に開業
昭和2(1927)年4月1日 - 小田原急行鐵道(小田急電鉄の前身)の駅が開業
昭和17(1942)年5月1日 - 戦時中の合併により小田急電鐵の駅が東京急行電鐵小田原線の駅となる。
昭和19(1944)年5月31日 - 戦時中の合併により京王電氣軌道の駅が東京急行電鐵の駅となる。
昭和20(1945)年5月25日 - 空襲で被災
 7月24日 - 現在の京王電鉄の駅が西口に移転
a0057057_8584369.png昭和23(1948)年6月1日 - 東京急行電鉄の分割により京王帝都電鉄(現 京王電鉄)および小田急電鉄の駅になる。
昭和27(1952)年3月25日 - 西武新宿駅開業
昭和34(1959)年3月15日 - 帝都高速度交通営団(:営団。現 東京地下鉄:東京メトロ)地下鉄丸ノ内線の駅が開業
昭和36(1961)年2月8日 - 営団地下鉄荻窪線(現在の丸ノ内線新宿 - 荻窪間)が開業
 12月7日 - 国鉄甲州口(のちの南口)駅舎が火災で全焼
昭和38(1963)年4月1日 - 京王帝都電鉄の新宿駅が地下駅となる。道路との併用軌道から切り替え
 12月1日 - 都電杉並線廃止
 12月20日 - 国鉄甲州口(南口)駅舎再建
昭和39(1964)年2月17日 - 小田急電鉄新宿駅第1次大改良工事完成。立体式ターミナルになり地下ホームの供用を開始
 5月18日 - 地上8階・地下3階の国鉄東口駅舎完成
昭和41(1966)年11月30日 - 西口駅前広場完成
昭和42(1967)年8月8日 - 米軍燃料輸送列車事故が発生、国電1,100本運休
 11月21日 - 地上14階・地下3階建の小田急新宿駅ビル完成
昭和43(1968)年10月21日 - 新宿騒乱事件発生
昭和44(1969)年6月28日 - 新宿西口反戦フォークゲリラ事件発生
 10月21日 - 新宿駅線路内に過激派が乱入する10.21国際反戦デー闘争発生
昭和45(1970)年3月26日 - 東京都電が廃止され、新宿から路面電車消滅
昭和48(1973)年4月24日 - 首都圏国電暴動発生。新宿駅構内でも破壊・放火などの被害
昭和51(1976)年3月10日 - 国鉄南口駅舎改築。新宿ルミネオープン
昭和53(1978)年10月31日 - 京王帝都電鉄新線新宿駅開業
 11月17日 - 国鉄東口駅舎改築。駅ビル名を新宿マイシティ(のちのルミネエスト新宿)に改称
昭和55(1980)年3月16日 - 都営地下鉄新宿線の駅開業し、京王帝都電鉄と相互乗り入れ開始
 8月19日 - 新宿西口バス放火事件発生
昭和57(1982)年4月1日 - 小田急電鉄新宿駅第2次大改良工事完成。地上駅・地下駅とも10両編成運転対応した(10両運転そのものは地上駅のホームを利用して昭和52(1977)年7月に開始していた)ほか、乗換えが便利になった。
 9月1日 - 国鉄南口コンコース拡幅
昭和59(1984)年2月1日 - 国鉄駅での貨物取扱廃止
昭和61(1986)年3月3日 - 国鉄埼京線運行区間延伸。第1ホーム(現 1・2番線)を使用開始し既存ホームの番線がずらされる。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅(山手線所属)となる。
平成3(1991)年3月19日 - 「成田エクスプレス」運転開始により第2ホーム(現 3・4番線)を使用開始し、既存ホームの番線がずらされる。新南口オープン
平成5(1993)年12月1日 - ダイヤ改正で、中央本線の中距離列車の当駅乗り入れ廃止
平成9(1997)年12月19日 - 都営地下鉄大江戸線の駅開業
平成12(2000)年 - 関東の駅百選に選定
平成13(2001)年3月27日 - JRダイヤ改定により準特急が新設され、その始発・終着駅となる。
 11月18日 - JR ICカードSuica供用開始
 12月1日 - JR湘南新宿ライン停車開始
平成15(2003)年2月1日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、中央線特急の発着ホームを現在使用の仮設ホームに移転。それまで使っていた第3ホームの工事開始
平成16(2004)年4月1日 - 営団地下鉄民営化により、丸ノ内線の駅は東京地下鉄(東京メトロ)の駅となる。
 9月25日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、中央線快速上りの発着ホームを工事中だった第3ホームに移転。それまで使っていた第4ホームの工事開始
平成18(2006)年3月18日 - 東武線直通特急「(スペーシア)日光・きぬがわ」運転開始
 4月16日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、サザンテラス口がオープン。中央線快速下りの発着ホームを工事中だった第4ホームに移転。それまで使っていた第5ホームの工事開始
平成19(2007)年3月18日 - JR新宿駅で一部番線番号を変更(11 - 14番線→13 - 16番線)
 4月15日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、中央線快速下りの発着ホームを工事中だった第5ホーム(11・12番線)に移転。それまで使っていた第4ホーム(9・10番線)の工事開始
 11月25日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、中央線特急の発着ホームを仮設ホームから工事中の第4ホームに移転
平成20(2008)年3月15日 - ダイヤ改正で、「成田エクスプレス」や東武線直通特急などの発着ホームを第2ホームから仮設ホームに移転
平成22(2010)年11月28日 - 甲州街道跨線橋架け替え工事に伴い、新南口を移設

 各社局・線について → 009 新宿(しんじゅく)駅 (JR東日本 / 京王 / 小田急 / 東京メトロ / 都営地下鉄)

その他:
平成3(1991)年3月16日から平成24(2012)年3月17日のダイヤ改正まで、小田急電鉄と東海旅客鉄道(JR東海)が特急列車の相互乗り入れ(「あさぎり」)を行い、「小田急のホームにJRの車両が入線する」という光景が見られた。一方、平成14(2002)年12月1日のダイヤ改正からJR東日本と東京臨海高速鉄道が相互乗り入れを開始したことで、逆に「JRのホームに他社車両が入線する」光景も見られるようになった(伊豆急行の「リゾート21が入線したこともある)。さらに、平成18(2006)年3月18日のダイヤ改正でJR東日本と東武鉄道が特急列車の相互乗り入れ(日光・きぬがわ・スペーシア日光・スペーシアきぬがわ)を開始している。

当初の計画では上越新幹線の起点は新宿駅で、ここから大宮駅まで建設される計画があった。また、かつてはリニア中央新幹線の起点駅となるなどの構想などが語られたものの、2000年代に入ってから始発駅は品川駅とされた。

参考資料:Wikipedia(2015年11月14日更新)
記事:
 投稿:27.11.18
 調整:29.4.11
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# by fbox12 | 2017-04-11 09:00 | 鉄道・バス

手づくり 玉の露

a0057057_21372232.pngミニチュアボトルコレクション101

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう(旧、焼酎乙類)
酒類通称:泡盛(常圧蒸留)
原材料:米こうじ
度数:30度
容量:100ml
製造所:玉那覇酒造所(沖縄県石垣市字石垣47)
ビン詰め:平成16(2004)年11月2日

八重山最古の蔵元 玉那覇酒造所。
その代表銘柄が「玉の露」。
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# by fbox12 | 2017-04-09 21:53 | コレクション

206 垂井駅 (JR東海)

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a0057057_21423882.png駅名かな:たるい
所在地:岐阜県不破郡垂井町1682-4
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・東海道本線(上り本線・垂井線)
電報略号/事務管コード:タル/530128
キロ程:(東京起点)418.1km

歴史:
明治17(1884)年5月25日 - 国有鉄道(当時は、工部省鐵道局)大垣驛 - 關ケ原驛間延伸時に開業。一般駅
昭和19(1944)年10月11日 - 新垂井驛開業により、上り列車のみの営業となる。垂井驛 - 新垂井驛間は省営バス(府中線)が走った。
昭和21(1946)年11月1日 - 旧下り線が垂井線(単線)として復活したことにより、下り列車の停車再開
a0057057_21525751.png昭和46(1971)年10月4日 - 貨物取り扱い廃止
昭和59(1984)年2月1日 - 荷物取り扱い廃止
昭和61(1986)年11月1日 - 下り本線専用の新垂井駅廃止
昭和65(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)が継承
平成7(1995)年3月5日 - 駅舎橋上化
平成14(2002)年11月12日 - 自動改札機設置
平成15(2003)年4月16日 - 北口駅前広場(ロータリー、歩道、駐輪場)の整備完了。これにより以前から進められていた一連の駅周辺整備事業が完成した。
平成18(2006)年11月25日 - ICカード「TOICA」の利用が可能となる。
平成22(2010)年2月13日 - 上下線ホームにエレベーター設置。駅構内に多目的トイレ設置
平成28(2016)年3月26日 - ダイヤ改正に伴い、姫路方面に直通する普通電車の運用及び「ホームライナー関ケ原」の運転区間縮小により垂井駅に停車する運用が廃止される。

駅構造:
a0057057_22293923.png構内北側に単式ホーム1面1線と南側に島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅であり、橋上駅舎を備える。
改札内の全てのホームにエレベーターが設置されている。2・3番線ホームには、上りエスカレーターが設置されている。
改札外は南口・北口共にエレベーター、上りエスカレーターが、設置されている。
東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、大垣駅が当駅を管理している。みどりの窓口、自動券売機、自動改札機などがある。TOICAおよび提携ICカードの利用が可能である。
余談ながら、(業者は推奨はしていないが、)エスカレータ―の片側に寄って一方を空ける乗り方は、この駅が関東方式・関西方式の境界と言われている。

のりば:
a0057057_223364.png1番線 東海道本線 上り 大垣・名古屋方面
2番線 東海道本線 上り 大垣・名古屋方面(関ケ原駅始発・待避列車)
3番線 東海道本線(垂井線経由)下り 米原・京都方面
     上り 大垣・名古屋方面(関ケ原駅始発のみ)
当駅 - 関ケ原駅間は、上り本線と通称垂井線と呼ばれる単線の並行路線(下り本線は旧新垂井駅経由の別線で当駅を通らない)となっており、垂井駅に停車する下り列車はもちろんのこと、関ケ原駅始発の上り列車も当駅まで垂井線を走行する(関ケ原駅で折り返す下り列車は上り本線を走行できないため)。そのため上り本線の1番線には入線できず、2・3番線に入線する。2番線は上り本線側からの列車の入線も可能であり、優等列車待ち合わせ時に入線する。
下り停車列車は全て垂井線経由のため、3番線を使用する。
(ただし、ここでの「本線」とは列車運行上での扱いで、国鉄時代に制定された線路名称では民営化後の今日に至るまで一貫して垂井駅経由が東京駅・神戸駅間の「本線」であり、旧新垂井駅経由のルートは名無しの枝線として記載されている)。

a0057057_22335381.pnga0057057_22332577.png
バス路線:
垂井駅を経由する路線
垂井町巡回バス<運転日:平日のみ>
 垂井・宮代・表佐線(さわやか号)
 栗原・表佐・東線(すこやか号)
 垂井・岩手線(ときめき号)
 府中・東線(ふれあい号)
池田温泉福祉バス<運転日:火・金・土・日・祝日>

参考資料:Wikipedia(2017年3月2日)
記事:
 取材:28.12.28
 投稿:29.4.-8
 調整:29.4.-9

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# by fbox12 | 2017-04-09 16:32 | 鉄道・バス

『かけ足・・四国旅行』 ・・ 東京 - 高知 - 松山 - 大三島 - 因島 - 福山 ・・

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a0057057_9315957.png実施日:平成29(2017)年3月13日(月)~ 3月15日(水)

行程:
 13日(月) ・・ - 東京駅(南口) -
 14日(火) ~ 高知インター南BT(久万川大橋)
        - 一宮神社前・・土佐神社・・土佐一宮駅 - 高知駅
        - 佐川駅 - 落出駅(バス駅) - 松山駅 - 今治駅・・泊
 15日(水) ・・今治駅前 - 大山祇神社前・・大山祇神社
        ・・大山祇神社前 - 大三島BS
        - 因島大橋(大橋入口) - 土生港前・・大山神社
        ・・土生港前 - 福山駅 - ・・

今回の旅のメインは「JR路線バス松山高知急行線の廃止」。
いつものことだが、「旅行記」といってもいわゆる名所旧跡のほとんどはスルーしている。行程そのものもアクセスと宿泊の都合から決まるのはいつもと同じパターン。

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3月13日(月) 東京駅
① 四国入りの足
今回も「青春18きっぷ」の使用可能な期間ではあったが、「18きっぷ」を使う別の予定がないこと、また、鉄道だけでは休日中に帰ってこれないことなどから、最近定番となりつつある夜行バスの利用となった。
廃止されるJR路線バスに乗るのには松山からと高知から行くことができ、どちらへも高速夜行バスの便があるが、帰りの足を考えると松山側(本州、新幹線駅に近い側)へ出る方が効率的と判断、高知側から入ることとした。
(上写真左:東京駅(南口)を10分先に出る「ドリーム松山号」/ 同右:「ドリーム高知号」)

JRバスの「早売」ならば東京 - 高知間 6,000円(通常の半額)。発売と同時に空席照会をし、その時チケットが取れなければ別の方法も考えるとして、ネットで照会をしたところ、JRバス関東では「満席」。四国の方で辛うじて確保できてコレを中心にプランが動き始めた(どちらの会社も「早売」で予約可能なのは3席程度)。
バスは、四国、関東とも2階建て(上写真の左が関東、右が四国の車両)。四国の方には1階部に3席のみの「プレミアムシート」があるが、「早売」は一般席(2階席)だけのため対象外。
当初の予約は、バスタ新宿 - 高知駅BTとしたが、東京駅の方がアクセスしやすいこと、高知では土佐神社に参拝したいことから、後に東京駅(南口)- 高知インター南BTに変更。運賃に変更がないので別段問題なかった。

東京駅はほぼ定刻の発車。バスタでは1人の乗客が何かトラブルなのか、出入口付近(1階部)に居てなかなか着席をしないため15分の延発。最初の休憩場所は、東名・足柄SAで10分の休憩(下写真左)。そのあと、新東名・浜松SA、新名神・甲南PA、神戸淡路鳴門道・室津PA(淡路島)で鉄道でいう運転停車。四国に入り土成BS、脇町BSを過ぎ、2回目の休憩場所、徳島道・吉野川SA。ここは、下車停留所の三好BSなのだが、ポールがなく駐車場内で客扱い(下写真右)。

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② 土佐國一宮、土佐神社へ
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高知県最初の停留所、高知インター南BTで下車。
このバス停の名称はJR高速バスのもので、路線バス(とさでん交通)は久万川大橋。
土佐神社に行くのには、ここで降りて「トーメン団地行き」に乗車する方が時間短縮になるが、バスの本数はあまりなく、時間によっては高知駅(BT)まで行った方が便利な場合もある。
この停留所に来たバスは、元「高知県交通」の車両(上写真右)だった(乗って降りるまで乗客は私1人だった)。
本社や車庫を経由して目的地に向かう地方のバスの特徴があるが、このバスも一宮BTで車庫内の待合所前に少々停車した。
高知では駅名・地名など、「一宮」は「いちのみや」ではなく「いっく」読む。

a0057057_1646240.png一宮BTの次の一宮神社前で降り、神社へ向かった。

(例によって、神社・駅の詳細については別の記事とする)。

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神社では、神職の素早い対応で、予定より早くに停留所へ戻れることとなったが、あらかじめ調べてあった、土讃線土佐一宮(とさいっく)駅高知行きの列車に間に合いそうなため、約2kmの道を歩くこととした。ストリートビューでも感じを掴んであったため、ナビの所要時間より5分ほど早くに駅に着いた。

③ 高知からメインテーマ「松山高知急行線」
と、昔ならばそのまま乗車が出来たのだが、高知駅 - 落出駅(愛媛県上浮穴郡久万高原町(かみうけなぐんくまこうげんちょう)のバス駅)間は既に廃止されていて、今は高知より先の佐川(さかわ)駅から落出駅まで黒岩観光のバスで行き、乗り換えが必要。

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高知から特急「あしずり1号 中村行き」に乗車。先に出る普通列車でもよかったが、普通列車の佐川着が途中で「あしずり1号」の待避があり、バスの発車時刻に余裕がないため、520円の特定特急料金を払い乗車した。編成は2両で、後ろの方車両の数席が座席指定となっていた。

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佐川駅の近くには漫画家黒鉄ヒロシの実家、司牡丹酒造の本社がある(屋号は「黒金屋」で、宮尾登美子作「蔵」のモデル)。バスの発車時刻までに行ってこようかと思って駅前に出たが、反対方向へ行ってしまって、結局時間が無くなってしまった(バスに乗車して前を通ったが、歩くのにはいささか距離があった)。
この道(国道494号線)を歩いていて気が付いたのは、「床屋が多い。」ということ。実際に営業しているのかは別としても、1km 以内に3-4 軒というのは少なくはないと思う。

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バスは四国第3の川、仁淀川沿いの国道33号線を安徳天皇が逃れてきたという伝説が残っている越知町(高知県高岡郡)や、仁淀川町(高知県吾川郡)を通り、愛媛県の(上浮穴郡)久万高原町(旧 柳谷村)の落出駅(バス駅)まで走る。この路線は、かつての「松山高知急行線」落出駅から高知県側が廃止された際、その代替えとして運行するようになったもので、平日2往復(休日は運休)の便がある。
そして、今月(平成29年3月)末をもって、落出駅 - 久万高原駅間からJR四国バスが撤退する。

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a0057057_9545768.png落出駅では、松山駅行きまで1時間余りの待ち合わせ時間があった。
佐川駅から乗って来た黒岩観光バスの運転手が(佐川駅に戻る)発車時刻までいろいろ話をしてくれたが、落出から松山側は愛媛県であり、一応久万高原町営のバスに移管する事にはなっているものの、実際の運行をどこが行うかは決定に至っていないらしい。

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a0057057_1083026.png落出駅からは古味、岩川まで(いずれも落出より南側)の久万高原町営バスが1日4往復ずつ(実際には1台が全線通し運転)走っていて、古味線の途中には「ごうかく」という駅があり、役場柳谷支所や高橋石油店(GS)などで「ごうかくきっぷセット」を販売している(右上写真:高橋石油店で購入)。
ちなみに、高橋石油店は、落出駅から国道33号線を北側へ300mほど行ったところにあり、途中に落出車庫前の停留所がある(写真)。この停留所もJR四国バスとしては3月いっぱいで廃止となる。

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落出駅からの乗客は、私1人。途中、久万高原駅を過ぎるころには、乗車人数も10人程度となり、松山市方面への重要な足であることがうかがえる。

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JRのバスのため、(伊予鉄)松山市駅には行かず、JR松山駅が終点。途中、複線線路の平面交差で有名な大手町を通過し、ほぼ時刻通りJR松山駅(下写真左)に到着した。
松山駅々ビルの一番左側は全国ブランド(?)の「(会津)喜多方ラーメン」。何も、四国にまで来て「**ラーメン」でもないと思うが・・。

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この日の宿泊先は、しまなみ海道へのアクセスを考えて今治にしたが、実際地図で見るとJRは西側を大きく迂回するような形で北上し、今治へ向かう。
松山駅から乗った列車が北上するとき、何か逆方向へ移動しているような錯覚にとらわれたが、(予讃線)大浦駅を過ぎたあたりから、いくらか東に向けて走るようになり、なんとなく方向が判るようになった。

しまなみ海道、神社2社に立ち寄り帰宅の途に・・
a0057057_9353698.png今治からの帰りは、しまなみ海道を途中、大山祇神社(大三島)、大山神社(因島)によって福山から新幹線での帰宅とした。
大山祇神社のある大三島は愛媛県。対して、大山神社のある因島は広島県である。
バスの運行も、大山祇神社へは松山・今治(愛媛県側)から直接行かれるのに対し、広島県側からは、乗り換えが必要。
逆に、大山神社(因島・土生港前)へは、広島側からは直接行かれるが、愛媛県側からは乗り換えが必要となる。

まずは今治(駅前)から、せとうちバス(特急は瀬戸内運輸、急行は瀬戸内交通:乗ったバスは急行のため、「交通」)で、大三島の大山祇神社を目指す。
当初予定では、8:40発の(大三島)宮浦港行きに乗るつもりでいたが、平日で1本早い 8:05発があり、これに乗車した(休日は大島止まり)。いずれのバスも行先表示は「大三島」だった。

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3つの来島海峡大橋を渡り、大島。伯方・大島大橋(大島大橋、伯方橋)で伯方島。大三島橋を渡ると大三島である。
バスは、大三島ICを降り、島内道路を一旦北上、ICとは島の反対側に位置する宮浦港へ向かう。大山祇神社前の停留所が神社のすぐ脇にある。

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神社参拝のあと、再び停留所から次の因島・大山神社を目指すが、バスの便はすべて今治方面行きのため、IC近くの大三島BSで乗り換える。

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大三島BSからは中国バス「しまなみライナー」福山駅前行きに乗車。今度は福山駅へ直行のため、因島島内及び尾道駅、新尾道駅へは、因島大橋BSで乗継こととなる。
尾道駅方面は、同じ上り方向で、降りた停留所でバスを待てば乗り継ぎが可能なのだが、因島島内へは方向が逆(下り方向)となるため、バスストップの有る大浜PAには、道路本線をまたぐ陸橋があり、下り方へ行かれるようになっている。
ただしこれは、高速バス利用時の話で、島内のバスの便があり、この停留所は、高速道路下の一般道にある。

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# by fbox12 | 2017-04-08 14:03 | 旅行記