fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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チオビタゴールドα

a0057057_2104643.pngミニチュアボトルコレクション1008

品名:指定医薬部外品
原材料:クコシエキス・ジョティシエキス・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・無水カフェイン他添加物
容量:50ml
製造販売元:大鵬薬品工業株式会社(東京都千代田区神田錦町1-27)

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by fbox12 | 2017-01-27 22:02 | コレクション

(カセットテープ)HITACHI (日立家電販売)

(私的文化遺産整理番号57-1)

カセットテープ、日立(HITACHI)ブランドのいくつかは、「マクセル(日立マクセル)」のOEM供給を受けたもので、「マクセル」は、大阪が発祥の記録メディア、バッテリを中心とした電気機器メーカー。フィリップスの音楽テープ規格であるカセットテープを日本で初製品化した会社であり、電池ではアルカリ乾電池や酸化銀電池を日本初で製品化している。
(社名の「マクセル」は乾電池のブランド名「MAXELL」(Maximum Capacity Dry Cell=最高の性能を持った乾電池)から)。
資本面で日立製作所の子会社であった時期もあり、共同で材料の調達や、日立製作所へOEMにて製品の供給を行っていた。

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(私的文化遺産整理番号57-1-1)

写真の「UD」なども、「maxell」ブランドにほぼ同等のものがあり、「マクセル」からOEM供給されたものである。主に(日立の)家電販売店(日立チェーンストール)で売られていたが、営業的に特に「日立」のブランドを前面に出して販売されたものではなく、総合家電メーカーの製品のうちの一つに過ぎない物だった。
現在、「日立マクセル」の名称はそのままだが、日立の傘下からは離脱した「その他の関係会社」となっている。


参考資料:Wikipedia(2017年1月8日)
記事:
 投稿:29.1.-8
 調整:29.1.-9/29.1.24/29.1.26/29.2.10/29.2.12

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by fbox12 | 2017-01-24 21:24 | コレクション

カセットテープ

a0057057_1534984.png私的文化遺産整理番号57

概要:
カセットテープ(コンパクトカセット)は、オランダの電機メーカーであるフィリップス社が、フェライトを素に1962(昭和37)年に開発したオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格である(左:フィリップス社製のテープ・・ただし、クロムテープ)。
当初オープンリール式であった録音用テープを扱いやすくするため、テープとリールをケースに封入した規格が数多く発表された。その中でもコンパクトカセットはフィリップスが互換性厳守を条件に基本特許を無償公開したため、多くのメーカーの参入を得て事実上の標準規格となった。このことから「フィリップスカセット」とも呼ばれ、「アナログカセット」とも呼ばれる。また1980年代終盤に登場したDCC(デジタルコンパクトカセット)に対するレトロニムとして、ACC「アナログコンパクトカセット」と表記することもある。

初期はテープ幅の小ささやテープ走行速度の遅さによる性能の制約から会議録音など業務用のメディアと考えられ、語学学習などの活用も推奨されていたが、1960年代後半以降著しく性能が向上し、1970年代以後は携帯の容易な音楽用メディアとして広く普及し、手軽な録音媒体としてレコードのダビング、放送番組を録音するエアチェックなどに幅広く活用された。
カーオーディオの分野においても、先行する8トラックカートリッジ方式に比べて小さなコンパクトカセットはスペースの限られる自動車のダッシュボードにデッキを配置しやすく、メディアが廉価で長時間再生に適することもあって、1970年代から1980年代にかけ隆盛を極めた。
しかし欠点もあった。
音質は録音するデッキにより大きく左右され、たいていは高額なレコーダーほど高音質になる傾向があったため、廉価なレコーダーしか持てないユーザーは雑音・音のこもり(主に高音域)など、録音上の音質劣化を許容せねばならなかった。特に、ノイズリダクションを全く搭載していなかったり、消去ヘッドがフェライトを用いた永久磁石押し当て式の消去ヘッドになっている廉価なCDラジカセや、会話録音用のポータブルレコーダーなどは音質劣化の傾向が強かった。またダビングには通常、レコードおよびテープの実再生時間を要し、手間がかかった。ダブルデッキ式のレコーダーには倍速、3倍速録音の機能を備えた事例も多かったが、音質(S/N比)の悪化やテープ負荷の増大は避けられなかった。また、メーカーごとにピッチがまちまちで、メーカーによって出荷基準のピッチの誤差範囲が違うので録音したデッキのメーカーと違うメーカーのデッキで再生するとピッチが若干ずれて聞こえてしまう。ピッチ調節用のつまみを備えたデッキもあるが、それが搭載されていないデッキも多く、その場合はピッチのずれを許容せねばならなかった。ただデッキが新品である時はピッチの差が気になるほどでは無いがむしろデッキを使いこんでいくうちにモーター、キャプスタン駆動用ベルト、リール駆動用ベルト、アイドラー、電解コンデンサなどの経年変化に伴う各種電子部品の疲労による回転・走行精度のずれが一番の問題であった。
構造的に頭出し・リピートなどが難しく、テープ進行に伴って回転する付属のメーター(カウンター)で進度を確認するしかなかったが、このカウンターの精度にもデッキによる個体差を伴った(これも廉価なデッキでは精度が低かった)。中級以上のデッキや機械式では無いフルロジック(フェザータッチ)機構のヘッドホンステレオではテープの音声の有無によって急速頭出しを図る機能もあったが、これはヘッドとテープの強い摩擦を伴い、テープの接触面そのものに大きなダメージを与えるものであった。
これらの課題を根本的に解消するのは難しく、1980年代以降CDなどのデジタルオーディオが普及し、コンパクトカセットはデジタルオーディオの安定した高音質やランダムアクセスによる容易な選曲などの使い勝手の良さに慣れたユーザーから次第に敬遠されるようになった。
1990年代初頭にはコンパクトカセットの後継として、音声データをデジタルで記録・再生でき、コンパクトカセットとの再生互換性を持たせたデジタルコンパクトカセット (DCC) がフィリップスと松下電器産業(現 パナソニック)との共同開発で誕生した。ほぼ同時にソニーから登場したミニディスク (MD) とポータブルオーディオ戦争を繰り広げるかと思われたが、音質ではミニディスクを凌駕していたものの、DCCレコーダーでは設計段階から(アナログ)コンパクトカセットの録音ができなかったこと、テープ方式に起因する欠点を引きずったこと、さらにMDはおろかDATに対してもポータブル録再機のラインアップが非常に少なかったことなどで結果的にMDの圧勝に終わり、DCCは姿を消した。
2000(平成12)年頃からポータブルMDプレーヤーなどの小型化、再生時間の長時間・大容量化が進み、発売当初の本体の巨大さや短い電池持続時間が解消され日本の若年層ユーザーはそれらの新しいメディアへ移行するようになったが、小売店では売価2,000 - 5,000円程度のモノラルラジカセ、CDラジカセと録音済音楽テープが引き続き廉売されており、取り扱いが簡易なこともあって主に70歳以上の高年齢層のコンパクトカセット支持は依然として根強い。信頼性と安心感の高さはもとより、録音内容をその場ですぐに聴けること、81分以上の長時間かつ手軽に録音できる同等の媒体が2010年代以降はほとんどない(CD-Rは最大記憶容量約700メガバイト・最大記録時間約80分の制限がある)こともあり、ラヂオプレスではいまだに用いられている。工事現場などでの朝礼前のラジオ体操時に使われるラジカセやワイヤレスアンプはCDよりもカセットテープ利用時の方が電池の残量が低下しにくいため現在でもカセットでの体操が多い。J-POPや洋楽などの国内向けミュージックカセットテープは国内盤だと1990年代末に、アジア圏などへの輸出向けなど逆輸入盤だと2000年代半ばに消滅したが演歌や輸入盤(ジャズ、クラシックなど)では2016(平成28)年現在においてもCDとカセットの同時発売が依然として続いている。なお、2013(平成15)年に入るとカーオーディオの分野からは自動車メーカー純正品(ただし輸出用は除く)、社外品に関わらず1DIN、2DIN規格ともどもカセット対応カーオーディオはラインナップから消滅しているが、発展途上国や一部の先進国では、音楽・音声用メディアとして今なお広く使われている。

派生的用途:
コンパクトディスクやMD対応デッキの普及により、車載用コンパクトカセットデッキの種類は次第に数が少なくなっていった。一方で、iPodをはじめとする大容量携帯プレーヤーをカーオーディオで聴くユーザーの間では、FMトランスミッターに比べて音質劣化や電波干渉を受けにくいコンパクトカセット型のカセットアダプターを珍重する傾向があった。
音楽制作の現場では、テープを片面方向のみに使用し、両面それぞれの左右チャンネルの合計4チャンネル、あるいは特殊なヘッドで8チャンネルの再生・録音を可能にしたマルチトラック・レコーダー (MTR) の記録媒体として重宝された。
またコンパクトカセットは、1980(昭和55)年前後を中心に、初期のパーソナルコンピュータの記憶メディアとして個人ユーザーを中心に広く利用され、専用の製品(データレコーダ)も発売されていた。しかしその後、本格的なデータ用メディアであるフロッピーディスクの低価格化と普及に伴って利用されなくなった。1980年代前半に人気のあったMSXではカセットテープでのゲーム発売なども行われており、近年の復刻が困難になる一因となっている。

収録時間:
a0057057_1449236.pnga0057057_14273133.pnga0057057_1417599.png

収録時間は、“Cassette”の頭文字“C”に両面の公称総収録時間を付けて表示される(主に1970年代後期頃からは省略されることが多い・・上写真①、単に「AD46」の表記)。収録時間によってテープの厚みが異なり、C-60以下が厚く、超長時間タイプになるに従い段々薄くなる。
特殊用途を除く一般的な収録時間は、過去に国内で発売されたものだけでも
C-5・C-6・C-8・C-9・C-10・C-12・C-15・C-16・C-18・C-20・C-22・C-30・C-36・C-40・C-42・C-45・C-46(上写真①、「AD46」)・C-48・C-50・C-46+5・C-52・C-54・C-55・C-60・C-62・C-64・C-65・C-60+5・C-70・C-74・C-75・C-76・C-80(右写真)・C-84・C-90(上写真③)・C-92・C-94・C-90+5・C-100・C-108・C-110・C-120・C-120+5・C-150と多岐にわたる。
a0057057_14105278.png当初はC-60に始まり、短時間用のC-30、長時間用のC-90(上写真③)、超長時間用のC-120が追加された。やがて音楽専用タイプが発売された1970年代中頃には、当時の一般的なLPアルバムを収録するのに丁度良いC-45(C-90の半分)が追加されたが、片面の収録時間が22.5分と中途半端で録音時間とテープスピードの誤差に対してあまり意味を持たなかったため、1970年代後期にはほぼ全てC-46へ置き換わった。1970年代までは各社ほぼこの5種類であったが、すでに多様化の兆しもみられ、1970年代中期には富士写真フイルムがFXで初採用したC-80(右写真)、後に同じくC-80を採用した日本コロムビア(DENON)の、C-45に余裕を持たせたC-50およびやや短めのC-42、ナガオカ産業による+5minシリーズ(各時間に5分の余裕を持たせたもの)等が現れており、1970年代後期にはTDKのADに追加されたC-54、ソニーが“ジャンル別音楽テープ”と銘打った音楽ジャンルに的を絞った収録時間 (C-54・C-74・C-84) など、ピンポイント的ではあるものの、後代で一般化する収録時間はこの頃までにほぼ出揃っている。その後、1970年代後期からのカラオケブームを受けて、1980年代初頭には各社“カラオケ専用”と銘打ったC-8・C-10・C-15・C-16といった超短時間用も発売された。
a0057057_21182596.png1980年代初頭までは、音楽専用は主にC-46/60/90、一般用はそれに加えてC-10(右写真)/30/120が追加、稀にC-54・C-80といった中間型、というラインナップが多勢を占めていたが、1981(昭和56)年にCDが発売され、やがて音楽ソフトの主流が徐々にアナログレコードからCDに移行していった1980年代後期には、従来のLPアルバムから逸脱したCDの収録時間に対応するため、ラインナップが爆発的に増加していった。その先駆的な製品として、That'sが“CD専用”と銘打った高級タイプのCDシリーズ (CD, CD II, CD IV) では、当初はC-46/54/70というラインナップであった(後に同価格帯のXシリーズと統合されC-60/90なども追加)。なお、この製品は日本で初めて"CD"を冠した名前が付けられたカセットでもある。その後他社にも追随の動きが見られ、ソニーのCDix (C-50/70) を皮切りに、各社“CD**”と銘打った“マルチ・タイム・バリエーション”と称される多様な収録時間(10種 - 15種程度)を持つ廉価な音楽専用シリーズが一般化する。代表的な製品にソニーのCDix、TDKのCDing、マクセルのCDカプセル、やや遅れて富士フイルムアクシアのJ'zなどがある。これらは後代、ラインナップの整理統合に伴い各社の主力モデルへとシフトしていった。この時期に、旧来のC-50・C-54・C-74・C-80といった中間の収録時間が一般化していき、さらにC-64・C-70といったCD対応のために新たに加わった収録時間と併せて、各社で様々なラインナップが現れる。一例としてソニーでは、CDixに続くハイポジCDixIIでラインナップ中のC-50からC-80までは全て5分刻みの収録時間(C-50・55・60・65・70・75・80、他にC-20・40・46・90)として、ほぼ全てのCDの収録時間に対応可能と謳った。ただし、次モデルからはC-54・64・74といった他社と同様に偶数の収録時間に改めている。また、1980年代末期に発売された8cmサイズのCD(シングル)の総収録時間に対応したC-20・C-22といった短時間タイプ、あるいは高級タイプやメタルポジションにもラインナップされたC-100 - C-110といった音楽専用の超長時間タイプ等が現れたのもこの頃で、さらには、長くC-46/60/90のみを堅持していた高級タイプにもC-54・74といった中間帯が徐々に加わり始めている。収録時間のバリエーションとしては、この1980年代末のCD普及期から、音楽メディアの主役がMDなどへシフトする1990年代前期まで(いわゆるバブル全盛期)が最も多彩であった。
変わり種のタイムバリエーションでは、いわゆる“リールタイプ”専用とも言えるC-52がある。1980年代中期に流行したオープンリール状のハブを持つリールタイプでは、リール側面を固定する“のりしろ”のために通常よりハブ中心部が大径となり、C-60のテープ厚ではC-52が収納限界となったためである。なお、大径形のハブは走行安定性の向上という観点から、オープンリールタイプ以外にもおおむねノーマル最高級・ハイポジ中級クラス以上と全てのメタルテープのC-46で大径ハブが採用されていた時代が長くあり、メーカーによってはC-54以下で大径ハブを使用できるよう、オープンリール状のハブよりも僅かに直径を狭めた大径タイプのリールを採用しているメーカーもあった。また、SANYO、National、TEAC等がC-46の2倍ということで採用したC-92、That'sがハブの小径化によってC-90テープ厚で限界の収録時間を達成したC-108などもあった。
C-150は最も後期になって追加された久々の超長時間タイプで、カセットが音楽用メディアとしての主流を他へと明け渡しつつあった1990年代に発売された。当然ながら用途は会議録音用などで、当時は他に手軽な長時間録音に適したものがほとんどなかったこともあり、ある程度の需要があった。カセットの生産がほとんど海外へ移行した2000年代以降も、C-150のみ国内生産であった。
なお、特殊用途として、C-0(補修用のハーフ+リーダーテープ)、エンドレステープにC-3/6/10などの製品があった。また、製品自体は通常のものと変わらないが、1980年代中期にはコンピュータプログラム記録用にC-10・15・16などの製品があった。業務用のバルク品などはそれ以外にもさまざまな長さの製品が存在していた。

テープの種類:
当初は音声用途から普及したが音楽用途が求められるにつれ、周波数特性やダイナミックレンジの拡大を目的に、さまざまな種類のテープが開発された。
テープには使用する素材の磁気特性により複数の種類があり、主なものとしてノーマル (Type I/NORMAL)、クローム/ハイポジション (Type II/CrO2)、メタル (Type IV/METAL) の3種類がある。ダイナミックレンジの広さはメタル>ハイポジション(コバルト被着酸化鉄タイプ。以下同じ)>ノーマルの順であるが、中低域の実用最大出力レベル (MOL) はメタル>高級ノーマルテープ≥ハイポジション、ノイズ特性はハイポジション>メタル>ノーマルの順で優れている。録音レベルを手動で設定できるデッキでメタルテープを使用する場合、録音レベルを通常より+3dBほど高く設定することが推奨されていたのは、この特性を活かすためである。この他に、まだテープの性能も低かった1970年代中期にクロームと通常のγ三酸化鉄を二層に塗布して両者の長所を生かそうとしたフェリクローム (Type III/Fe-Cr) が開発された(ソニーの「DUAD(デュアド)」など)が、製造過程に由来するコスト高、取り扱いの煩雑さ、対応機器の少なさ(但しノーマル用機器でも使用自体は可能であったが)、更にメタル登場以降は性能面での優位性に基づく存在意義が薄れ、1980年代以降は事実上廃れているといってよい。コンパクトカセットのダイナミックレンジは、技術面や仕様などからくる制約によりメタルテープでも最大63db程度で頭打ちとなっていたため、ノーマル・ハイポジの高性能化が進むとダイナミックレンジの面においてはメタルテープの優位性は縮小していった。しかし、低音域から中高音域にかけての再生レベルの落ち込みはノーマル・ハイポジに比べてメタルテープは極めて少なく、より原音に近い音質で録音することを目的とするならばメタルテープに一日の長があった。しかしメタルテープに求められた性能は後にDATやMD、一部のリニアPCMレコーダーを含む携帯型デジタルオーディオプレーヤー、更にPC(パソコン)を介したUSBオーディオキャプチャーユニットなどによるデジタル録音・デジタル再生に取って変わられたため結果的に2001(平成13)年までにメタルポジション用カセットテープが生産中止となり、また、それを追うような形でハイポジション(クロームポジション)用カセットテープも2011(平成23)年までに生産中止となったが、2013(平成25)年8月頃にダイソーのC120のみハイポジション用カセットテープが復活した。ただし、ダイソーのC120以外のハイポジション用カセットテープは2013(平成25)年8月現在の時点においてもごく一部に限られるが在庫分に限り入手可能となっていた。

参考資料:Wikipedia(2017年1月6日)
記事:
投稿:29.1.22
 調整:29.1.24/29.2.10/29.2.14


以下ブランド別INDEX:
a0057057_2365388.png57-1 HITACHI(日立家電販売:maxell OEM)

a0057057_21534756.png57-2 maxell(日立マクセル)

a0057057_21112250.png57-3 BASF

a0057057_22341.png57-4 CBSソニー

a0057057_1672915.png57-5 COLUMBIA

a0057057_20533422.png57-6 FUJI FILM

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by fbox12 | 2017-01-24 11:57 | 私的文化遺産

第九拾壱之拾壱 吉葛神社 岐阜県不破郡垂井町鎮座(南宮大社境外摂社)

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a0057057_22173621.pnga0057057_22142817.png

鎮座地:岐阜県不破郡垂井町宮代
祭神:天吉葛神
社名かな:よさつらじんじゃ

参考資料:Wikipedia(2017年1月5日)
記事:
 取材:28.12.28

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by fbox12 | 2017-01-22 22:21 | 神社

197 二宮駅 (JR東日本)

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所在地:神奈川県中郡二宮町二宮838
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線
駅名かな(電報略号/事務管(駅)コード)にのみや(ニノ/440123)

歴史:
a0057057_2132396.png明治35(1902)年4月15日 - 官設鉄道(当時は逓信省鐵道局)東海道本線の駅として開業。旅客・貨物の取り扱いを開始
明治39(1906)年8月1日 - 当駅と秦野驛駅(現在の小田急線秦野駅とは別の場所)との間に湘南馬車鐵道(後の湘南軌道)が開通
昭和10(1935)年10月9日 - 湘南軌道営業休止(昭和12(1937)年8月25日廃止)
昭和20(1945)年8月5日 - 米軍戦闘機P-51による機銃掃射の被害を受け、5名が死亡
a0057057_2184813.png昭和46(1971)年9月25日 - 貨物取り扱い廃止
昭和47(1972)年3月15日 - 荷物取り扱い廃止
昭和57(1982)年10月 - 改築し橋上駅舎化
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
平成10(1998)年3月14日 - 当駅始発の列車が2本設定される。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成16(2004)年 - 構内にエレベーター・エスカレーター設置

駅構造:
a0057057_219314.png島式ホーム1面2線を持つ地上駅。かつて駅舎は下り方に設置されていたが、現在は橋上駅舎となっている。みどりの窓口(営業時間7:00~19:00)・指定席券売機・自動改札機が設置されている。
国府津駅管理の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス受託)。
昭和20(1945)年8月5日の機銃掃射の弾痕が、ホームの大磯側の天井梁に残っている。

のりば:
1番線 東海道線下り小田原・熱海・伊東・沼津方面
2番線 東海道線上り横浜・品川・東京・上野方面 (上野東京ライン含む)上野駅から宇都宮線・高崎線へ直通 (平塚・藤沢・大船方面)(写真)
 湘南新宿ライン北行横浜・渋谷・新宿方面 大宮駅から高崎線へ直通
平成10(1998)年3月14日ダイヤ改正より、平日朝ラッシュ時に当駅始発の上り列車が2本設定されている。これは、国府津車両センターから出庫する際に国府津駅の線路容量が足りないため、当駅まで回送して営業運行しているものである。なお、当駅止まりの列車の設定はない(上写真の列車が先に発車の高崎線内快速「アーバン」高崎行き。「グリーンアテンダント」は、先行列車に国府津から便乗している)。

発車メロディ:
発車メロディは平成28(2016)年1月9日から、吾妻山公園の早咲きの菜の花にちなんで「朧月夜(おぼろづきよ)」が使用されている。当初は同年4月10日までの期間限定使用の予定であったが、その後も継続使用されることになった。

参考資料:Wikipedia(2017年1月6日)
記事:
 取材:28.5.15/29.1.-5
 投稿:
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by fbox12 | 2017-01-21 09:54 | 鉄道・バス

リポビタンD ライト

a0057057_17192327.pngミニチュアボトルコレクション1007
品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・イノシトール・ニコチン酸アミド・L-イソロシン・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

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by fbox12 | 2017-01-20 17:10 | コレクション

リポビタン ビズ

a0057057_23193769.pngミニチュアボトルコレクション 1906

品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・ローヤルゼリー・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リポフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・イノシトール・L-イソロシン・L-アルギニン塩酸塩・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)

㈱JR東日本ウォータービジネスが大正製薬㈱と共同開発し、平成20(2008)年6月より発売され、平成23(2011)年2月1日にリニューアルされたエキナカ専用商品。
販売箇所はエキナカ飲料自販機acure・NEWDAYSなど。
エネルギー産生を助ける作用のあるビタミンB群に、現代人やビジネスマンを意識したローヤルゼリーを200mg配合し肉体疲労時の栄養補給に優れた効果を発揮する。
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by fbox12 | 2017-01-20 16:54 | コレクション

196 静岡駅 (JR東海)

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所在地:静岡県静岡市葵区黒金町50
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・東海道本線(/東海道新幹線)
駅名かな(電報略号/事務管(駅)コード):しずおか(シツ/520116)

概要:
東海道新幹線と在来線の東海道本線が乗り入れる静岡市の中心駅であり、新幹線・在来線間の乗換駅としても機能している。静岡市葵区と駿河区の両区の代表駅扱いでもある。
新幹線は、「こだま」の全列車が毎時2本と、東京駅 - 岡山駅間(一部、東京駅 - 名古屋駅・新大阪駅・広島駅間)の「ひかり」が毎時1本停車する。東京方面への通勤通学者を配慮し、7時台の上り列車は「こだま」3本・「ひかり」2本の計5本が、8時台は「こだま」「ひかり」が共に2本ずつで計4本出発する。「のぞみ」は停車しない。一部の「ひかり」は上下とも当駅で「のぞみ」の通過待ちをする。
在来線は、日中は上下共に1時間に6本(おおよそ10分間隔)と、静岡県内では特に発着本数の多い駅である。当駅止まりの列車が多いが、同一方向への乗り換えが同じホームでできるようになっている。当駅から名古屋方面岐阜駅まで運転する長距離普通列車が早朝に1本、豊橋駅まで運転される列車が朝に2本(内1本は下写真の373系)・夜に1本設定されている。そのほか、身延線直通列車として早朝に普通1本が乗り入れるとともに、甲府駅との間を往復する特急「(ワイドビュー)ふじかわ」が1日上下ともに7本発着する。また、御殿場線直通列車として早朝に普通1本が乗り入れるとともに、臨時列車の「さわやかウォーキングごてんば号」が当駅発となっている。多客時には臨時快速「ムーンライトながら」(東京・大垣方面)が停車する。平成16(2004)年10月15日以前は、当駅から東京行きのグリーン車付き普通列車(113系11両編成或いは211系10両編成)が発着していた。

歴史:
明治22(1889)年2月1日 - 官設鉄道(当時は、内閣鐵道局)の駅として、東海道線 國府津驛 - 靜岡驛間の開通時に開業。一般駅。同区間の同時開業駅は松田、山北、小山(現 駿河小山)、御殿場、佐野(現 裾野)、沼津、鈴川(現 吉原)、岩淵(現 富士川)、興津、江尻(現 清水)、静岡の11駅であった。
開業日には盛大な式典が開催される予定であったが、この日に市街地13町・1,100戸を失う大火が発生し、式は質素且つ厳かなるものにせざるを得なくなった。当初は鐵道局長の井上勝子爵が出席する予定であったが、惨状を鑑み取り止めとなった。また、同日には御殿場驛周辺でも同様の火災が発生している。
 4月16日 - 官設鉄道が当駅から濱松驛まで延伸し、豊橋方面への既存線と直結。途中駅となる。
明治28(1895)年4月1日 - 線路名称制定。東海道線(明治42(1909)年に東海道本線に改称)の所属となる。
明治40(1907)年10月 - 二代目の駅舎に改築
昭和10(1935)年10月10日 - 三代目の駅舎に改築
昭和39(1964)年10月1日 - 東海道新幹線駅開業
昭和42(1967)年10月1日 - 東静岡駅(現在の静岡貨物駅)に貨物取り扱い業務の一部を移管
昭和48(1973)年6月1日 - 貨物取り扱い全廃
昭和54(1979)年10月12日 - 東海道本線の駅部高架化完成(当駅西方 - 安倍川左岸までは以前に高架化されていた)
昭和55(1980)年8月16日 - 静岡駅前地下街爆発事故発生。15人が死亡、223人が負傷する大惨事
昭和56(1981)年10月8日 - 静岡駅ビル「パルシェ」オープン
昭和61(1986)年11月1日 - 荷物取り扱い廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道(JR東海)が継承
平成4(1992)年12月12日 - 在来線改札口に自動改札機を導入
平成9(1997)年12月13日 - 新幹線改札口に試験的に自動改札機を導入(新幹線では全国初)
平成18(2006)年10月26日 - 東海道新幹線下り通過線上でJR東海社員が通過中の東京発広島行き「のぞみ61号」に飛び込み自殺する事故が発生。上下合わせて38本が運休し、11万人の乗客に影響が出た。
平成20(2008)年3月1日 - 在来線改札口でICカード「TOICA」の利用が可能となる。
平成21(2009)年3月19日 - 北口前に徳川家康の少年期(幼名「竹千代」の頃)と壮年期の2体の銅像を建立
平成24(2012)年3月17日 - 当駅発着で東京駅へ直通する普通列車が前日の列車を最後に廃止

駅構造:
新幹線・在来線共に高架駅である。新幹線ホームは構内南側、在来線ホームは構内北側にある。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、東海道本線の東静岡駅・安倍川駅・用宗駅の3駅を管理している。
高架下のコンコースに面してみどりの窓口や自動券売機がある。改札口は全部で4か所でコンコースに面して2か所あり、うち1つが新幹線専用改札口となっている。改札は自動化されており、自動改札機、自動精算機(どちらもタッチパネル式、TOICA等のIC乗車券対応)がある。残り2か所は中2階にあり駅ビル内に直接つながっており、駅ビルの営業時間中に通行可能となる。また中2階には新幹線と在来線との乗り換え改札口がある。
新幹線側中2階には待合所がありコーヒーショップが設置されている。コンコースと各ホームの間にはエスカレーターやエレベーターが設置されている。
以前は「大道芸ワールドカップin静岡」開催時にコンコースが演技ポイントとして利用されたことがあったが、利用者の通行を妨げるなどの理由から、数年で使用されなくなっている。その代わりに、現在ではコンコースにイベントのインフォメーションカウンターが設置されるなど活用されている。
新幹線(5・6番線)
2面4線のうち、相対式ホーム2面2線を使用する。ホームは副本線に接し、上下副本線の間を通るもう2線の本線は通過線となっている。なお、東京方面発で当駅止まりの列車は上りホームに入線する場合もある。東静岡駅に隣接した位置に保線基地(柚木保守基地)と夜間停泊列車用の留置線が2線ある。最終列車後に停泊する列車は、東京寄りにある片渡り線を通過し、下り本線を逆走する形で徐行しながら入線する形を取る。
在来線(1 - 4番線)
a0057057_2145886.png2面5線のうち、島式ホーム2面4線を使用する。1・4番線が本線、2・3番線が副本線(中線:右写真・・左側3番線/右側2番線)となっている。もう1線は1番線の外側にある副本線(通過線)で、貨物列車などの通過時に使用する。また、構内浜松寄りに乗務員横断のための踏切警報機が設置されている。
電車の留置に使用する引き上げ線が構内東側に2線と西側に4線の合計6線が設置されており、折り返し列車などの留置に使用されている。また、東側へ伸びる留置線と本線の合流地点付近から静岡車両区へ抜ける通路線が分岐している。

のりば:
在来線ホーム
1・2番線 東海道本線 上り 沼津・熱海方面
3・4番線 東海道本線 下り 浜松・豊橋方面
新幹線ホーム
a0057057_21275491.png5番線 東海道新幹線 上り 新横浜・東京方面
6番線 東海道新幹線 下り 名古屋・新大阪方面
かつて定期運転だった快速「ムーンライトながら」(平成21(2009)年3月13日まで)は、前身の「大垣夜行」時代から上下とも2番線発着であった。

ホーム上の設備:
在来線の1・2番線ホーム及び3・4番線ホームの階段裏に東海軒の「富士見そば」がそれぞれ1店舗ずつ営業している。天ぷらそばなどの通常メニューの他に、ラーメン、おにぎり、稲荷寿しがある。また、この「富士見そば」やキヨスクの他に、在来線の1・2番線ホームでは日本酒・ビールなどと共におでん串などを供する立ち飲みスタンドが、3・4番線ホームではジャパン・トラベル・サーヴィスが経営する喫茶・軽食店「Siera」が営業していたが、平成21(2009)年8月20日に営業を中止し、店舗は撤去された。3・4番線ホームのキヨスクは平成27(2015)年3月21日に営業を終了、閉店している。
各ホーム中央付近にライナー列車の乗車整理券券売機が設けられている。かつては現金のみ使用可能だったが、現在はライナー列車の座席管理システムの更新によりタッチパネル式に交換され、TOICAなどのIC乗車券とオレンジカードに対応するようになった。またチャージ・履歴印字などにも対応している。

引込線:
以前は駅南口から南東方面のカネボウや松林工業薬品、静岡ガス、大浜製紙への引き込み線が、また南西方向にも西武建設の砂利採取場の引き込み線が存在していた。カネボウ、静岡ガス方面は昭和30年代、西武建設方面は昭和40年代までにすべて廃止となり、後に区画整理が進められ現在は引込み線の跡はほとんど存在していないが、東海道新幹線の安倍川を渡る手前に引き込み線跡のガードが残っているほか、ツインメッセ静岡周辺に線路跡らしきカーブを描く道路や踏切の跡である道路の隆起などが残っている。

首都圏への直通列車と直通需要:
今日、当駅 - 首都圏間は東京駅・品川駅・新横浜駅まで東海道新幹線を利用するのが一般的であるが、かつては在来線でも当駅や島田駅まで113系や211系のグリーン車連結の普通列車が東京駅から運行されていた。しかし国鉄分割民営化後、直通需要や車両運用の都合などから次第に減少し、平成16(2004)年10月16日のダイヤ改正をもってグリーン車連結普通列車の沼津駅以西当駅方面への乗り入れが廃止され、当駅 - 東京駅間を直通する普通列車は全車普通車の373系による1往復(上りは「ムーンライトながら」の送り込み。下りは同列車の引き上げ)のみとなった。平成24(2012)年3月17日ダイヤ改正ではこの373系の直通列車も廃止され、東京行きの定期普通列車は全て沼津駅以東の運転となっている。
また、以前は大船駅や平塚駅など新幹線駅のない神奈川県内の都市と静岡県内を結ぶ目的で、165系使用の急行「東海」、後に特急化して373系使用の特急「東海」を運行していたが、利用者低迷により平成19(2007)年3月17日に廃止された。
このような運用になった背景に車両運用上の都合や、JR東日本とJR東海の会社間の都合があったとされる。東京口から10両編成が乗り入れる場合、静岡県内では輸送力過剰となる。また静岡駅や沼津駅を地域の中心としたダイヤを組むにあたって東京口からの乗り入れは遅延の可能性も含めて混乱の要因となる。その他、静岡車両区や沼津駅での夜間留置のためにJR東海区間での(輸送力過剰な)JR東日本車両の運用による利用料を相殺するため静岡車両区所属113系T編成を熱海以東に固定的に運用するというJR東海側にやや不利な条件となっていたため、このような措置がとられたとみられる。
一方、近年では乗り換え不要で、廉価な移動需要に応えるべく、東名ハイウェイバスなどの高速バスが朝夕を中心に東京駅への直通便を運行しており、平成17(2005)年12月に夜行便「ドリーム静岡・浜松号」、平成19(2007)年4月に渋谷・新宿への直通便「渋谷・新宿ライナー静岡号」をそれぞれ開設、さらに同年6月からは同じく新宿行の「駿府ライナー」も開設された。また、横浜市内へも平成21(2009)年12月23日から横浜駅行の「横浜ライナー」が開設されている。

バス路線:
 省略

参考資料:Wikipedia(2016年12月25日)
記事:
 取材:16.9.-6他
 投稿:29.1.17
 調整:29.1.18/29.1.20

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by fbox12 | 2017-01-17 22:34 | 鉄道・バス

第九拾 (一宮本町) 金刀比羅社 愛知県一宮市鎮座

a0057057_22334677.jpg鎮座地:愛知県一宮市本町一丁目1-22
祭神:
社名かな:ことひらしゃ

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by fbox12 | 2017-01-16 22:54 | 神社

第八拾伍 丹那神社 静岡県熱海市鎮座

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a0057057_22321228.pnga0057057_2232509.png

鎮座地:静岡県熱海市福道町8
祭神:丹那隧道工事関係殉職者67柱、大地主命(おおとこぬしのみこと)、大己貴命(おおなもちのみこと)、手力男命(たじからおのみこと)、豊岩門戸命 (とよいわまどのみこと)、櫛岩門戸命(くしいわまどのみこと)
社名よみ:たんなじんじゃ

由緒:
大正10(1921)年4月1日、丹那トンネルの東口工事現場で起工以来最初の大崩壊事故が発生、多数の犠牲を伴う大惨事となった。坑口から300m(現在の熱海梅園内「香林亭」あたりの直下)の地点で、長さ約70mにわたって崩壊が起き、作業中の33名が生き埋めとなって、関係者を先頭に必死の救援活動もむなしく、8日後奇跡的に救出された17名を除く16名の命が奪われ、尊い人柱になってしまった。
同年6月26日、鐡道大臣をはじめ、関係者400余名により慰霊祭が挙行され、丹那神社は、このトンネル工事の犠牲者の英霊の鎮魂の意味を込めて、工事の守り神として坑口上に建立、当初「隧道神社」と命名されて現在地に祀られたが、後に「丹那神社」と改称されて今日に至っている。
なおその後、大正13(1924)年の西口の湧水事故や昭和5(1930)年の北伊豆地震による崩壊事故、その他の事故による犠牲者も合わせ合計67柱の英霊を祭神として祀っている。
毎年4月第一日曜日に、奉賛会の手により、例祭が挙行される。

第八拾伍之壱 山神社
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祭神:大山祗命(おおやまずみのみこと)

由緒:
トンネル工事を担った坑夫は、金、銀、銅などの鉱山で活躍した坑夫の系譜に連なる者たちだった。
固有の歴史と伝統、規律を持つこの者たちには、様々な習俗・習慣があったが、その一つに工事を起こす際に、山を鎮め、工事の安全を祈って坑口に山の神様(山神宮)を祀るというものがある。
丹那トンネルの工事に際しても、着工前に山の神が祭られ、坑夫たちは坑内への出入りの際、常に参拝したと言われている。
現在、丹那神社の右斜め上の小祠がそれで、石を刻んだだけの素朴な社である。

参考資料:丹那神社奉賛会ホームページ

a0057057_22101022.pngこの神社最寄の駅・バス停
 JR伊東線 来宮または、JR東海道線熱海駅から伊豆箱根バス 梅園入口(停)

(写真は、丹那トンネルポータル(入口・・鉄道トンネルの列車が入る側のこと)

記事:
 取材:
 投稿:28.11.27
 調整:28.11.28/28.11.29/29.1.16
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by fbox12 | 2017-01-16 21:32 | 神社