fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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81 山神神社 神奈川県小田原市鎮座

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鎮座地:神奈川県小田原市入生田289
御祭神:大山祇命
社名かな:さんじんじんじゃ

小田原早川の紀伊神社 (通称、木の宮さん)が管理社

この神社最寄りの駅・バス停
 箱根登山鉄道(箱根登山電車) 入生田
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by fbox12 | 2016-10-31 22:00 | 神社

909 加賀一の宮(かがいちのみや)駅 (北鉄)<路線区間廃止>

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所在地:石川県白山市白山町
所属・路線:北陸鉄道株式会社・石川線

概要:
加賀一の宮駅は、石川県白山市白山町にあった北陸鉄道石川線の駅(廃駅)。昭和62(1987)年以前は金名線の終着駅でもあった。廃駅後はバス停「一の宮」となっているが駅舎はそのまま残っている(理由は後述)。

a0057057_22345328.png駅前、「一の宮」バス停(右写真:旧駅舎の向かい側)には白山ろく方面バスのほとんどが停車する(一部経由しない便あり)。
普段は静かな駅ではあるが、毎年大晦日から元旦にかけて白山比咩(しらやまひめ)神社の初詣に合わせた臨時列車を野町 - 当駅間で運行していた。多くの参拝客が鉄道を利用し訪れ、このときは一年で一番駅が賑やかなときだった。
駅名は白山比咩神社が白山七社の一宮であることから(神社の所在地は三宮町だが、一宮が以前三宮のあった現地に移転したため)。

歴史:
昭和2(1927)年6月12日 - 金名鐵道神社前驛として開業
昭和4(1929)年3月11日 - 金澤電氣軌道に譲渡
 9月14日 - 電化
昭和12(1937)年12月8日 - 加賀一の宮驛に改称
昭和18(1943)年10月13日 - 北陸鐵道設立に伴い同社石川線および金名線の駅となる。
昭和59(1984)年12月12日 - 金名線全線休止
昭和62(1987)年4月29日 - 金名線廃止
平成21(2009)年11月1日 - 鶴来駅 - 当駅間(2.1km)が廃止され、廃駅となる。

a0057057_1017675.pnga0057057_1084259.png利用可能だった鉄道路線:
 石川線
 金名線

駅構造:
1面1線の地上駅。かつては神社参拝客で賑わい自動券売機も備えられていたが末期は無人駅であった。無人化された後も窓口や券売機設置スペースは残されており、駅舎内床面に残る乗降客整理のための柵の跡など参宮駅としての名残が散見できた。平成18(2006)年頃には地元のNPO法人が事務所を置き観光案内所業務を行っていたが、神社表参道に面した「おはぎや」へ移転している。
廃止前には夜間滞泊の設定はなく、列車は折り返しになっていた(朝の始発は回送列車の折り返し)。
金名線があったころは2面2線で、日中の列車はすべてここで折り返していた。

駅舎:
昭和2(1927)年竣工。白山神社総本社(白山比咩神社)の門前駅であることから、唐破風の車寄せが付く入母屋造りの瓦屋根や、木製の駅名看板など、純和風の風格のある造りが特徴だった。廃駅後は取り壊される予定だったが、この駅舎を惜しむ地域住民から反対運動が起こり、そのまま置かれることとなった。

(出典:Wikipedia 平成28(2016)年9月3日)
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by fbox12 | 2016-10-25 23:30 | 鉄道・バス

リゲイン(試供品)

a0057057_22532814.pngミニチュアボトルコレクション 990

品名:指定医薬部外品
原材料:ベンフォチアミン(ビオタミン:ビタミンB1誘導体・ビタミンB2リン酸エステル・ビタミンB6・ニコチン酸アミド・無水カフェイン・ジクロロ酢酸ジイソプロピルアミン(リバオール)・タウリン・トウキエキス・オウセイエキス他添加物
a0057057_23115952.png容量:50ml
製造元:田村薬品工業株式会社(奈良県御所市西寺田50)
発売元:第一三共ヘルスケア株式会社(東京都中央区日本橋3-14-10)
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by fbox12 | 2016-10-25 22:51 | コレクション

80 冷川神社(ひえかわじんじゃ) 静岡県田方郡函南町鎮座

a0057057_20531125.png鎮座地:静岡県田方郡函南町大竹
御祭神:

概要:
JR東海道線函南駅正面にある階段を降りた突き当りにある神社。扁額には「水神社」とある。
神社南側を流れる川が「冷川」で、西側で来光川に合流する。
周囲は住宅地になっているが、丹那トンネルの工事中、工事現場に電源供給のため火力発電所が作られた。

吾妻鏡、石橋山の合戦の項にある北條宗時の最後:

宗時は伊豆國平井郷(現、静岡県田方郡函南町平井)を経て、早河の辺りで平氏方の伊東祐親軍に包囲され、小平井久重に射られて討たれた。

の「早河」は、この「冷川」の事と思われる。

この神社西側(来光川との合流点近く)には北條宗時の墓がある。
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by fbox12 | 2016-10-25 21:01 | 神社

79 穴守稲荷神社(あなもりいなりじんじゃ) 東京都大田区鎮座

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朱印帳は、御縁年午歳記念復刻版御朱印帳
奥之宮改修と境内整備の奉賛金奉納者に記念として授与されるもので、一般頒布はされていない。

鎮座地:東京都大田区羽田五丁目2番7号
御祭神:豊受姫命
社格等:旧村社

由緒:(社史)
社伝に云う。文化元年の頃(西暦1804年頃)鈴木新田(現在の空港内)開墾の際、沿岸の堤防しばしば激浪のために害を被りたり。或時堤防の腹部に大穴を生じ、これより海水侵入せんとす。ここにおいて村民等相計り堤上に一祠を勧請し、祀る処稲荷大神を以てす。これ実に当社の草創なり。爾来神霊の御加護あらたかにして風浪の害なく五穀豊穣す。その穴守を称するは「風浪が作りし穴の害より田畑を守り給う稲荷大神」という心なり。そもそも稲荷大神は、畏くも伊勢の外宮に斎き祀られる豊受姫命にましまして、衣食住の三要を守り給える最も尊き大神なり。吾等一日たりともこの大神の恩顧を蒙らぬ日はなく、実に神徳広大なり。
殊に当社は明治以来、大正・昭和を通じて、最も隆昌に至った。参拝の大衆日夜多く境内踵を接する如く社頭又殷賑を極め、崇敬者は国内は勿論遠く海外にも及べり。然るに昭和二十年八月終戦にのぞみ、敗戦と云う未曾有の大混乱の中、米軍による羽田空港拡張の為、従来の鎮座地(東京国際空港内)より四十八時間以内の強制退去を命ぜられた。同年九月、地元崇敬者有志による熱意の奉仕により境内地七百坪が寄進され、仮社殿を復興再建。現在地(大田区羽田五丁目2番)に遷座せり。
爾来崇敬者各位の協力により、社殿・奥宮・神楽殿・社務所・展示場・神輿庫・納札所等復興し、目下境内整備を実施中にて、漸次昔日の面影を取り戻しつつある次第なり。

境内社:
奥之宮
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この神社最寄の駅・バス停:
京急空港線 穴守稲荷
京急空港線/東京モノレール羽田空港線 天空橋

(参考資料:穴守稲荷神社略記)
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by fbox12 | 2016-10-19 22:57 | 神社

小旅行復活記念「黄泉がえりの熊野へ」 Vol.5・・新宮から帰宅

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小旅行復活記念 「黄泉がえりの熊野へ」
Vol.1・・夜行バスで京都をめざす
Vol.2・・まっすぐ近鉄で・・行かない
Vol.3・・いよいよ日本一の··
Vol.4・・新宮で一泊、再び新宮へ

a0057057_21404426.png那智から新宮に戻ってきたのは、この方が時間的に余裕があり(那智大社へはバスの時刻により、時間が固定されてしまう)、当初のプランよりかなり欲張った行程が組めるため。加えて、速玉大社のロケーションは前日「八木新宮線」のバスの中から確認済のため、移動がし易い、という理由もあった。
ただ、(新宮)駅から速玉大社までは距離はそれ程ではないが、歩くには若干時間がかかり、当初タクシーを使うことも考えていた。
新宮駅のバス時刻表を見たところ、到着列車に接続するような形で熊野交通の「特急 本宮大社前行き」のバスがあって、このバスが速玉大社最寄りの「権現前」(停)(左写真:新宮駅からのバスでは2つ目の停留所)に停まるため、これを利用した。
a0057057_21411521.png本来、このバスは途中の志古(停)から瀞峡(どろきょう)観光のウォータージェット船に接続するもので、当日の(新宮駅からの)乗客のすべてがこの瀞峡への客の中、わずか5分しか乗らない唯一の乗客だった。

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速玉大社をほぼ予定時間で参拝の後、三度新宮駅まで戻るわけだが、当然来た時と同じ距離を戻らなくてはならない。上記の通り、歩きでは若干時間がかかるため、今度こそタクシーで、と考えていたのだが、丁度いいバスがあればそれに乗るつもりで、取り敢えず来るときに降りた「権現前」バス停まで歩いた(左写真速玉大社神橋から約5分)。
バス停の時刻表を見ると、三重交通のバスが3分前に出たことになっていたが、もしかすると遅れて来るかも知れない、と思い、最大で10分くらいまで待ってその上で次の事を考えることにし、バス停に立っていたら予定通り(?)バスが遅れてきた。

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このバスで新宮駅へ戻ったことにより「特急 南紀6号」までには1時間程度の待ち時間が出来、あらかじめ指定券を取ってあったため、駅周辺を徘徊することにした。

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まずは、駅前の熊野交通車庫(上写真)から三重交通(上写真右)の車庫に向かった。ここには南紀勝浦線を共同運行の西武観光バスの車両がいて、「大宮」ナンバーが何か懐かしく思えた。

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次に徐福公園*前を通り、阿須賀神社へ参拝。神職がとても気さくで、時間があればもう少し話していたかったが、列車の時刻が迫っており、名残惜しい気持ちを引きずりながら、発車時刻の10分前くらいに新宮駅に戻ってきた。

*徐福公園:(徐福伝説)
a0057057_1014524.png伝承によると、徐福は秦の始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し、命を受けて財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出したというが、その内蓬莱に当たるのがここ新宮とされていて、徐福はその後新宮に住み着いたという。ここに住み着いた徐福とその従者たちは大陸からの文化や農耕、捕鯨や漁業に関する技術を新宮の人々に伝え、ここ新宮の地で歿したと伝わっている。
この公園にある徐福の墓は、江戸時代の元文元年(1736年)に建立されたもので、紀州藩初代藩主である徳川頼宣が儒臣の李梅渓に「秦徐福之墓」の文字を書かせたものと伝わっている。
ちなみに、JR新宮駅の所在地は、新宮市徐福二丁目である。

(この項のみ参考資料:Wikipedia 平成26( 2014)年10月19日)


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「南紀6号」は、名古屋行きなのだが、「18きっぷ」が使えないため、途中の多気までの乗車として、多気からは「18きっぷ」を使い、普通列車で自宅への帰路となるのだが、なんとディーゼル特急は初乗車。また、多気-新宮間(実際乗ったのは反対方向)の乗車で、JR東海の紀勢本線は全線乗車となった(亀山‐多気間は既にに乗車済)。さらに、この時点でJR東海の全路線の内、乗車していないのは高山本線美濃太田-猪谷間のみとなった。

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多気で下車ののちは、先の姫路のおばさんに再会し(彼女は、こちらが速玉大社・阿須賀神社へ行っている間、ひたすら普通列車で多気まで先行していた)、亀山から姫路へ帰ると言っていたが、こちらは最終列車から逆算して途中の駅にふらふら立ち寄るため、亀山の手前(徳和駅)で別れた。

a0057057_19571098.pngその後、松阪などで下車し、亀山・名古屋・豊橋の列車終点の駅で乗り換え、浜松からは座席を確保したいがために、「ホームライナー静岡8号」を使い、自宅最寄りの駅に最終列車で帰宅した。

(この項完)

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by fbox12 | 2016-10-16 16:21 | 旅行記

181 富士山(ふじさん)駅(←富士吉田(ふじよしだ)駅) (富士急)

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所在地:山梨県富士吉田市上吉田二丁目5-1
所属・路線:富士急行株式会社・大月線
駅番号:FJ16

概要:
山梨県富士吉田市の中心駅であり、同市内では年間乗降客数が最も多い。沿線住民の通勤・通学のみならず、富士登山や富士山周辺の観光に利用されている。駅のある場所の標高は809m。スイッチバック式の駅である。
「富士吉田」が開駅当時からの駅名で、富士山信仰の面影といえる資産が周辺に多数存在し、また富士山の吉田口登山道を目指す登山者にとっての出発点となっている。こうした背景を受け、富士山の玄関口としてのイメージをさらに高めて国内外から観光客を誘致するとともに、富士登山や富士山観光のターミナルステーションとしての機能の充実を図ることなどを目的として、平成23(2011)年7月1日(富士山の山開きの日に駅名を「富士山」と改称した。

歴史:
昭和4(1929)年6月19日 - 富士山麓電氣鐵道により富士吉田駅として開業。当時は終点であった。
昭和9(1934)年7月1日 - 「富士山山開き」にあわせ登山客向けに中央線新宿から初めての直通列車が運転される。
昭和24(1949)年7月 - 戦争により中断されていた中央線からの直通列車運転再開(「たかね号」、「ふじ号」)
昭和25(1950)年8月24日 - 河口湖線がスイッチバックの線形で河口湖まで開業。富士急行線としての途中駅となる。
昭和50(1975)4月29日 - 山梨県内初の駅ビル「富士急ターミナルビル」としてリニューアルオープン
昭和35(1960)年5月30日 - 社名変更により、富士急行の駅となる。
平成23(2011)年7月1日 - 富士山駅に改称するとともに駅を改装した。改装デザインは富士急行の「富士登山電車」や下吉田駅の改装、JR九州や両備グループなどの車両デザインを担当した水戸岡鋭治が担当した。

駅構造:
a0057057_2123685.png櫛形ホーム2面3線の地上駅。大半の列車は河口湖方面が2番線、大月方面が3番線を使用する(左写真の左側から1番・2番・3番線)。
先頭車両から駅に入り後方から出る折り返し型のスイッチバックになっているのは、かつての都留馬車鐵道が御殿場方面につながっていた名残りである。
1番線と2番線は4両編成、3番線は6両編成に対応している。このため、JR中央本線からの6両編成の列車(「ホリデー快速富士山号」「特急成田エクスプレス号」など)は、方面にかかわらず必ず3番線に入線する。かつては大月・河口湖寄りの2両がホームから出てしまうためドアカットを実施していたが、現駅名への改称と同時に行われた工事により3番線のホームが延伸された。
a0057057_2012722.png駅ビルは「キュースタ」という名称の6階建てのビルで1階に駅に進入するための通路があるが、その通路の入口に現駅名への改称に合わせて大きな鳥居が建てられ扁額部分に駅名が書かれている。
駅名改称に合わせて構内の改装工事が行われ、改札前にLCD式の発車標が新設された他駅名標も更新された。駅名標には「FJ16」という駅番号が併記されている。

のりば:
1番線 富士急行線 予備ホーム・・定期列車の発着なし
2番線 富士急行線 下り 富士急ハイランド・河口湖方面
    ・・一部は3番線
3番線 富士急行線 上り 大月・東京・甲府方面・・一部は2番線

バス路線:
a0057057_21372083.png停留所名は高速バス、一般路線バスとも「富士山駅」となっている。

高速バス
1番線
 中央高速バス 中央道日野・バスタ新宿(南口)行き
        (富士急山梨バス・フジエクスプレス・京王バス東)
         ・・一部の臨時便は新宿西口行
  聖蹟桜ヶ丘駅・京王多摩センター駅・南大沢駅行き
   (富士急山梨バス・京王バス南)・・土曜・休日運行
 東京駅 - 富士五湖・富士急ハイランド線
  東京ドームホテル・東京駅日本橋口行き
  (富士急山梨バス・富士急行観光・JRバス関東:写真)
 渋谷河口湖線 二子玉川駅・(一部のみ)渋谷駅(マークシティ)行き
  (富士急山梨バス・フジエクスプレス・京王バス東・東急トランセ)
 リゾートエクスプレス 星ヶ丘・名鉄バスセンター(富士急山梨バス・名鉄バス)
 FUJIYAMAライナー 京都駅・大阪駅前(東梅田駅)・あべの橋行き(富士急山梨バス・近鉄バス)・・夜行
 空港連絡バス 品川駅(港南口)・羽田空港行き(富士急山梨バス・京浜急行バス)
 富士山駅・河口湖 - 大宮・川越・池袋線 川越駅西口又は池袋駅東口(便によって経由地が異なる)・大宮駅西口行き
  (富士急山梨バス・西武観光バス)
 金沢・小松・福井 - 河口湖・富士急ハイランド線 福井駅東口・小松駅東口・金沢駅前行き
  (富士急山梨バス)・・季節運行
 富士五湖 - 飛騨高山線 平湯温泉・高山濃飛バスセンター行き(富士急山梨バス)
 富士山・河口湖 - 成田空港線 秋葉原駅・成田空港行き(京成バス)

一般路線バス:
2番線
 タウンスニーカー(行き先:富士山行き/運行:いずれも富士急山梨バス)
 中央循環(右回り) 月江寺駅前・下吉田駅・市役所前・市立病院経由
  中央循環(左回り) 市立病院・市役所前・下吉田駅・月江寺駅前経由
 上暮地・明見循環(右回り) 原・白糸町・寿駅前・向原・市立病院経由
 上暮地・明見循環(左回り) 市立病院・向原・寿駅前・白糸町・原経由
 熊穴・新倉循環(右回り) 市立病院・熊穴団地・旭町下・下吉田中学校前経由
 熊穴・新倉循環(左回り) 下吉田中学校前・旭町下・熊穴団地・市立病院経由
 市役所前・中央通り行き
 ふじっ湖1号(左回り) 忍野八海・内野・富士山山中湖・山中湖旭日丘・山中湖交流プラザ・山中湖平野行き
 ふじっ湖2号(右回り) 忍野八海・内野・富士山山中湖・長池入口・山中湖平野行き
3番線
 吉田高校南口・内野系統 富士山山中湖・山中湖旭日丘・御殿場駅・御殿場プレミアムアウトレット行き (富士急山梨バス・富士急行)
 忍野八海入口・内野系統 富士山山中湖・山中湖旭日丘・山中湖平野行き/内野行き(富士急山梨バス)
 忍野八海・ファナック前系統 富士山山中湖・山中湖旭日丘・御殿場駅行き(富士急山梨バス・富士急行)/山中湖平野行き(富士急山梨バス)
 北富士駐屯地入口系統 富士山山中湖・山中湖旭日丘・御殿場駅行き(富士急山梨バス・富士急行)
  富士山山中湖・山中湖旭日丘・山中湖平野・道志小学校行き(富士急山梨バス)・・平日運行
4番線
  (河口湖駅・河口湖美術館前・)三ツ峠入口・石和温泉駅入口・甲府駅行き/甲府駅北口行き(富士急山梨バス)
 河口湖駅・河口湖美術館前・大石プチペンション村・芦川農産物直売所行き(富士急山梨バス)
 河口湖駅・風穴・本栖湖・富士宮駅・新富士駅行き(富士急山梨バス)
 河口湖駅・風穴・本栖湖・甲斐常葉駅・下部温泉駅・下部温泉郷行き(富士急山梨バス)
 河口湖駅・風穴・本栖湖行き(富士急山梨バス)
 富士北陵高校・河口湖駅・富士緑の休暇村行き(富士急山梨バス)・・平日運行
 河口湖駅・長浜・西湖民宿行き(富士急山梨バス)
 河口湖駅行き(富士急山梨バス・富士急行)
 富士河口湖高校・山梨赤十字病院行き(富士急山梨バス)・・平日運行
5番線
 富士登山バス 富士山五合目行き(富士急山梨バス)
 馬返バス 中の茶屋・馬返行き(富士急山梨ハイヤー)・・季節運行
6番線
 富士山世界遺産ループバス 河口湖駅行き(富士急山梨バス) 


181-90 富士吉田(ふじよしだ) 駅名改称→富士山
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a0057057_23322915.png(タイトル:富士急「ありがとう富士吉田駅硬券セット」のカバー)

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「ありがとう富士吉田駅硬券セット」


(参考資料:富士急行「ありがとう富士吉田駅硬券セット」カバー / Wikipedia 平成28(2016)年9月3日)
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by fbox12 | 2016-10-09 23:44 | 鉄道・バス

伊豆箱根鉄道・駒ヶ岳鋼索線<路線廃止>/906 駒ヶ岳登り口駅/907 駒ヶ岳頂上駅

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駒ヶ岳鋼索線(こまがたけこうさくせん)は、神奈川県箱根町の駒ヶ岳登り口駅から駒ヶ岳頂上駅に至る伊豆箱根鉄道が運営していたケーブルカー路線である。駒ヶ岳ケーブルカーと呼ばれていたが、平成17(2005)年に廃止された。

概要:
a0057057_10564156.png箱根連山の一つである標高1,327mの駒ヶ岳を、芦の湯温泉・湯の花温泉などがある東麓から登っていた。山頂には箱根神社元宮などがあり、芦ノ湖や富士山などを見渡せる。
駒ヶ岳頂上駅と箱根駒ヶ岳ロープウェー駒ヶ岳頂上駅の間は徒歩3 - 5分程度であり、芦ノ湖畔の箱根園へ至る同社運営のロープウェーに対して、山麓側のアクセスがよくない本路線の利用は年々減少して、最盛期の昭和38(1963)年度は年間110万人の乗客を運んだが、スケート場など山頂にあった施設が閉鎖された影響などもあり、平成15(2003)年度の年間乗客は5万8千人にまで落ち込み赤字路線になっていた。
a0057057_10572018.png伊豆箱根鉄道は、平成17(2005)年2月25日に経営が困難であるとして国土交通省関東運輸局に鉄道事業廃止届を提出。その後、代替交通機関として箱根駒ヶ岳ロープウェーがあるとして当初の予定を半年繰り上げる届出が同年4月27日に提出され、同年8月31日の運行を最後に予定通り翌9月1日に廃止された。
廃止年時点の通常運賃は大人片道370円(往復630円)、子供片道180円(往復310円)。ケーブルカーとロープウェー通し運賃は大人片道990円、子供片道500円であった。
廃止直前の平成17(2005)年7月24日から営業最終日の8月31日までの約1か月間は「さよなら運転割引料金」として運賃が通常の約半額の片道190円・往復320円(子供は片道・往復とも無料)となったほか、同年8月13日から8月31日の間には「箱根駒ヶ岳ケーブルカー想い出きっぷ」(左)や「想い出周遊きっぷ」(右)といった企画割引券も売りだされた(画像はいずれも収札後のもの)。

歴史:
昭和32(1957)年11月16日 駒ヶ岳鋼索線 駒ヶ岳登り口 - 駒ヶ岳頂上間開業
平成17(2005)年9月1日 駒ヶ岳鋼索線 駒ヶ岳登り口 - 駒ヶ岳頂上間(全線)廃止

a0057057_22594644.png路線データ(廃止時):
運営会社:伊豆箱根鉄道株式会社
線名:駒ヶ岳鋼索線(通称、駒ヶ岳ケーブルカー)
主な所在地:神奈川県足柄下郡箱根町
路線距離(営業キロ):0.7km
軌間:1067mm
駅数:2駅(起終点駅含む)
 駒ヶ岳登り口駅
 駒ヶ岳頂上駅
高低差:282m
運行形態:15分毎の運行で、所要時間は5分であった。


車両:
車両は開業時に日立製作所で製造されたもので、「湯の花」「駒ヶ岳」(写真)の愛称が付けられていた。座席はロングシートになっており吊革も付けられていた。また、この周辺は霧の発生が多いため強力なヘッドライトを2灯装備していて、車体塗装は当初は赤とクリーム色だったが、のちにライオンズカラーとなった。

接続路線(廃止時):
駒ヶ岳登り口駅
小田原駅から伊豆箱根鉄道バス駒ヶ岳登り口経由箱根関所跡行き所要時間50分
駒ヶ岳頂上駅
箱根園から箱根駒ヶ岳ロープウェー:駒ヶ岳頂上駅徒歩3 - 5分

廃線後:
廃線後、駒ヶ岳鋼索線撤去・復旧工事を実施。平成20(2008)年に施設・車両はすべて解体撤去された。富士箱根伊豆国立公園の指定地域内であるため、自然公園法に基づき、軌道跡の整地や植林など、跡地を山林に復旧する原状回復が行われた。


906 駒ヶ岳登り口(こまがたけのぼりぐち)駅
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所在地:神奈川県足柄下郡箱根町元箱根
所属・路線:上記

歴史:上記

a0057057_22464775.png駅構造:
階段状の頭端式ホーム2面が単線線路を取り囲む形で設置されていた。
ホームの番線指定はないが、頂上に向って左側が乗車、右側が降車専用だった。


a0057057_218422.png907 駒ヶ岳頂上(こまがたけちょうじょう)駅
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町元箱根
所属・路線:上記

(参考資料:Wikipedia 平成28(2016)年8月30日)
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by fbox12 | 2016-10-09 20:27 | 鉄道・バス

小旅行復活記念「黄泉がえりの熊野へ」 Vol.3・・いよいよ日本一の··

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小旅行復活記念 「黄泉がえりの熊野へ
Vol.1・・夜行バスで京都をめざす
Vol.2・・まっすぐ近鉄で・・行かない

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八木新宮線は、奈良交通の葛城営業所が担当している路線で、奈良県橿原市・大和高田市・葛城市・御所市・五條市・十津川村・和歌山県田辺市・新宮市を経由する。路線の全長は166.9km、停留所の数は167(八木駅、新宮駅を含む)を数え、全線の所要時間は約6時間半(途中の休憩時間を含む)を要し、現在運行されている高速道路を走らない一般路線バスとしては、走行時間・距離・停留所数の全てで日本一である。平成25(2013)年3月1日で運行開始から50周年を迎えた。

南北を約40kmにわたって通過する奈良県吉野郡十津川村では、地元住民の生活路線であり、村内では区間利用もかなりある。一方で、観光路線でもあるため、天辻峠・猿谷ダム・十津川温泉・湯の峰温泉・新宮高校付近などでは、音声合成による観光案内が流され、一部では運転手自らが観光案内をする場合もある。

「特急バス」としての運転は、「大久保口」 - 「十津川温泉」間で以下の”(イタリック書き)”の停留所を通過し、新宮市内で小さな停留所(熊野交通の停留所)に寄らないが、それ以外のほぼすべての停留所で乗降を扱う。
このバスの(路線バスとしての)停留所案内放送は、全停留所分が通常の「次は、○○です。」と「まもなく、○○です。」の二段階(始発や主要な停留所では全線案内もある)で、新宮駅に着いたときの運転手の話では、距離に応じ自動で流れるわけではなく、全て手動で行っているため、全線走行(全行程一人乗務)で実に330回以上の操作が必要となる。

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a0057057_1817881.pngまた、整理券番号は以前は 110 を超えていたが、現在は若干整理された。それでも最終で「109」まである(写真は「新宮駅」到着時のもの)。表示は1ページ 30区分までのため、全部を表示するには4ページにわたる(運転手が整理券番号を入力することで、当該番号のページへジャンプすることができる)。


a0057057_2131308.png八木駅(南)‐橿原市役所前‐医大病院前‐四条‐五井‐忌部‐国道曲川‐イオンモール橿原北‐今里東‐今里‐片塩町‐高田市駅‐栄町‐東中‐曽大根‐新庄‐北花内‐忍海‐忍海駅‐御所元町‐近鉄御所駅‐御所済生会病院‐御所橋‐御所幸町‐宮戸橋‐寺田橋‐小殿‐鳥井戸‐船路‐かもきみの湯‐風の森‐東佐味‐小山‐居伝町‐佳川‐国道三在‐宇野‐上今井‐栄山寺口‐今井‐五條バスセンター

橿原市内では停留所間距離が短く、完全に病院等の市内路線。

五條バスセンターは、五条市の国道24号沿いに設置されていて、奈良交通五條案内所、中南和旅行センターも同所にある。元奈良交通五條営業所で、新宿駅行夜行高速バス「やまと号」(関東バスとの共同運行)の始発地である。a0057057_2261174.pngJR五條駅(写真)よりも、このバスセンターの方が規模が大きい。
「イオン五條店」が併設されていて、八木新宮線新宮駅行きの最初の休憩場所(ここで約10分の休憩)であり、トイレはイオン店舗脇の場所を案内される。

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五條バスセンター‐五條駅‐五條町‐戎神社前‐大川橋南詰‐野原‐五條病院前‐霊安寺‐丹原‐上丹原‐生子‐老野‐老野南口‐神野‐賀名生和田北口‐賀名生和田‐賀名生和田農協前‐上和田‐大日川‐黒渕‐黒渕口‐城戸‐塩川原橋‐坂巻‐宗川野橋‐市原‐大久保口‐(金刀比羅神社口)‐下永谷‐永谷‐天辻‐星のくに‐下天辻‐(損保橋)‐阪本‐下阪本‐小代下‐猿谷‐辻堂口‐大塔支所‐辻堂‐辻堂南‐閉君‐宇井口‐宇井‐大塔温泉夢乃湯‐長鶴‐塩殿‐長殿発電所前‐旭橋‐小栗栖‐上野地

国道42号線から国道168号線に入り、丹生川沿いに南下、山間部へ向かう。
川も十津川になると、いよいよ日本で一番大きい村、「奈良県吉野郡十津川村」(下記参照)。

奈良県吉野郡十津川村は、奈良県最南端に位置する村で、面積 672.38 km²。東京23区全体の 621.98km² よりも大きい。
村の面積においては、北海道留別村・紗那村・留夜別村・蘂取村に次いで日本で5番目なのだが、これら4村は、いずれもロシアが実効支配する北方領土に存在するため、日本の施政権が及んでいる地域ではこの十津川村が“日本一の面積を持つ村”ということになる。実質公債費比率が奈良県内で最も低い市町村でもある。
新宮八木線のバス停留所でいうと、「塩鶴」から「七色」までが十津川村内を走行し、途中休憩があるが、所要時間は約2時間20分である。

a0057057_22302522.png新道が開通した個所は、旧道が災害により通行不可能な場合もあって、新しい区間を走行するが、十津川村内では、自社が運行管理をしている十津川村営バスが細かく補完をしているとはいえ、とにかく範囲が広く、点在する地域間はこの特急バスも路線バスの一部でとして立ち寄っていく。
そのためには、一旦、載った新道を降り、旧道を引き返して再び新道に戻るということを繰り返す。
a0057057_2247770.pngまた、停留所によっては、行き止まりの場所もあって、当然折り返す形になるのだが、その場所ではバスが方向変換をして折り返す。
(写真:カーブミラー側から来たバスが再びミラーの側へ戻る折り返しバック中のもの・・閉君(停))

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八木駅を出て3時間も過ぎる頃には、全行程の半分まで来たことになるが、この辺は山岳路線の真っただ中。小半径・狭隘区間も数多く、そのためバスも大型車ではあるが、一般の大型車より全長・ホイルベースとも0.9m短い短尺車が専用で使われている。
2回目の休憩停留所「上野地」が近づくと土産物屋などが立ち並ぶ集落があり、これまで、鉄製のつり橋としては日本一の長さを誇っていた「谷瀬の吊り橋」が右側に見える。
(長さでは、わが県の某観光用つり橋が日本一となったため、現在では「生活用のつり橋として日本一長い」とキャッチフレーズを変えている)。

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このつり橋の近く、上野地郵便局の横が「上野地(停)」(本来の停留所は道路上なのだが、すれ違いが出来ない道路幅のため、休憩時間の必要なバスなどは郵便局横の駐車場へバックで停める)で、バスは20分程度の休憩時間を取っているが、つり橋を行って帰って来るには時間的に無理がある(・・つり橋に人数制限があり、対岸まで行くのに20分の時間を要してしまう)。当日も、このつり橋を体験したいために、ここで下車した乗客が何人かいた。
a0057057_21131111.pngこの路線は、前売りの乗車券を持っていない乗客については、整理券後払い方式で運賃を収受する。運転手はあらかじめ乗車券等を提示した乗客は前払いであることを認識し、整理券を取り途中で下車する乗客からは乗車した停留所からの運賃を収受するが、この4月1日からは、この山間の路線でもSuicaなどのICカードが利用できるようになった。
地元のカード発行社内でもエリア跨ぎ区間では使えないカードが、(カード残額内ではあるが)遠く離れたこの場所で使えることに何か違和感みたいなものを感じてしまう。


上野地-下上野地‐月谷口‐河津谷‐高津‐高津下‐川津西‐川津‐(津越谷)‐(野広瀬)‐風屋‐滝川口‐風屋花園‐野尻‐野尻口‐岩村橋‐山崎大橋‐池穴南口‐小井‐上湯の原‐湯の原‐十津川村役場‐十津川小原‐滝‐(高滝口)‐今戸‐折立口‐折立‐折立山崎‐込の上‐下込の上‐豆市‐鈴入‐平谷口‐十津川温泉

a0057057_17462148.pngバスはさらに南下し、「十津川村役場」あたりは、それこそ村の中心部らしく、村役場・警察署・道の駅(「十津川郷」)等の施設がある。その先の「込の上」では県立十津川高校の女子生徒(八木駅から制服姿で乗っていた)が降り、代わりに男子生徒数人が乗ってきた。

奈良県立十津川高校(写真)は、元は私塾の「文武館」で、江戸時代末期の元治元(1864)年6月、孝明天皇の内勅により創立された奈良県で一番歴史のある県立高校である。通学が困難な場所でもあるため、同高校には寮もある。
バスに乗車したときは夏休み中だったため、推察するに女子生徒は、八木駅の側へ帰省か何か用向きがあり、寮へ戻ってきたのかもしれない(確か運賃が3,000円を超えていたので、通常の通学とは考えにくい)。
逆に、乗って来た男子生徒は、途中でほとんど降りてしまったことからみると、多分、村内から通学(このときは部活だったか?)しているのだと思う。
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そうこうしているうちに、十津川の川幅が広くなり一見すると湖の様に見える場所に到着。最後の休憩地「十津川温泉」で、ここで約10分の休憩である。
「十津川温泉」は、奈良交通の十津川営業所があり、運行を受託している十津川村営バスも多く駐車していた。


十津川温泉-蕨尾‐ホテル昴‐櫟砂古‐桑畑小井‐果無隧道口‐桑畑‐桑畑隧道口‐二津野‐七色‐土河屋‐八木尾‐熊野萩‐三里橋‐竹の本‐道の駅奥熊野‐平岩口‐大居口‐下向橋‐祓所団地前‐本宮大社前‐本宮行政局前‐大斎原前‐熊野本宮‐湯の峰温泉‐下湯の峰‐下湯川‐将監ノ峯‐渡瀬‐渡瀬温泉‐川湯温泉‐かめや前‐ふじや前‐本宮小学校前‐成石‐請川‐下地橋‐高津橋‐大津荷‐宮井大橋‐志古‐日足‐神丸‐新宮高校前‐権現前‐新宮駅

「ホテル昴」経由は最近開設されたものだが、新宮駅5:53発大和八木駅行きの便は経由しない。
「七色」のバス停を過ぎると、運転手から「和歌山県に入った。」旨の放送があり、奈良県を離れ、停留所名にも「熊野」が出て来る。
a0057057_21341383.pngそして、「十津川温泉」から45分、バスは「本宮大社前」に到着した。

「本宮大社前」では、熊野三山の一つ、「熊野本宮大社」参拝のため、これまで八木駅から延々乗って来たバスを降りる。

バスや列車でいわゆる「完乗」を目指す場合、途中で降りず、起点から終点まで乗り通さなければ「完乗」とはいわない場合もあるらしいが、今回の八木新宮線乗車については、あくまでも熊野詣の移動手段であり、上記でいう「完乗」にはことさらこだわってはいない。
それでも、八木新宮線のバスには空白区間を発生させず全線に乗車したいので、この「本宮大社前」から区間運行のバスには乗らずに2時間後の次の便に乗車した(公式ではないが、これまでの休憩時間の様なものと解釈してもらえれば幸いである)。

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 熊野本宮大社については、神社の項にいずれ出す予定。

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a0057057_22114677.png熊野本宮大社へ参拝のあとは、次のバスを待つ間、本宮の旧社地大斎原へ行き、「本宮大社前(停)」がある「世界遺産熊野本宮館」へ立ち寄った。
この館に胸像が展示されていた、本宮町生まれの山本玄峰師(昭和20(1945)年、終戦の詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言したり、天皇を国家の「象徴」と定義する(象徴天皇制)よう発案するなど、鈴木貫太郎首相などの相談役なども努めた禅僧)は、当地の龍澤寺の住職で、その龍澤寺で96歳で亡くなっている。

「本宮大社前」を出たバスは、そのまま「新宮駅」を目指すのかと思いきや、狭い山間地へ入っていき、停留所名にもある通り、今度は温泉場巡りをしていくのである。
そして「神丸」を過ぎ、次は「新宮高校前」。いよいよ、「新宮駅」も近くなのかと降りる支度をはじめるのだが、山道が続きなかなか「・・高校前」に着かない。
運賃表を見ると、107番(「神丸」の発券番号)の初乗りは850円。「神丸」-「新宮高校前」間は所要時間約25分を要した(上の方の運賃表写真でも 107 と108 の運賃差が大きいのが判る).

そして、市街地に入り「新宮高校前」を過ぎると、残りは「権現前」のみ。ここは、「熊野速玉大社」最寄りの停留所なので、翌日参拝する「速玉大社」へのアプローチを考えつつ、そのまま約5分でついに「新宮駅」に到着した。

a0057057_22162324.png近鉄の八木駅を9:15に出て、新宮駅には18:21着。そのまま通しで乗っていても6時間半のところ、途中で本宮大社へ寄って、プラス2時間なのだから総所要時間約10時間。
不思議に疲れは感じず、もう一度乗ってみたいような感覚だった。それは、確かに路線バスではあるが、観光バス的な要素も多く、乗っていて飽きない何かがあったからだと思う。

「新宮駅」までの運転手は、奈良からの仕業で新宮泊まりなのかと思って聞いたところ、本人は、新宮の人間で、逆に奈良へ行く時が泊まりだそうだ。
(乗車日:平成28(2016)年8月16日)


a0057057_1726953.pngVol.4・・新宮で一泊、再び新宮へ
Vol.5・・新宮から帰宅(この項完結)

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by fbox12 | 2016-10-08 15:12 | 旅行記

小旅行復活記念「黄泉がえりの熊野へ」 Vol.2・・まっすぐ近鉄で・・行かない

Vol.1・・夜行バスで京都をめざす。

a0057057_8541337.png竹田からは、まっすぐ近鉄で大和八木に向かうことなく(まっすぐ向かっても早すぎる)、本blog 記事のための情報収集やちょっとした用足しもかねて寄り道をしながら行った。

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「八木新宮線」は1日に上下3本ずつあり、大和八木からの最初の便は、9:15発。
「八木新宮線」は行程が長く、(ほとんど無いとは思うが)万が一乗客が多くて座れないなどという事態も回避したいため、バスの発車30分前くらいに着くように行ったのだが、結局は(バスの)切符(「168ハイクきっぷ)の発売が9:00からで、その間暑い中で待たされる結果となり、もう少し遅くてもよかった。

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a0057057_21392775.png大和八木駅に着いて、バスの待機場には本日乗車するバスがすでに駐車をしていたが、乗車場所を確認していると、バスが出るポールに大きなスーツケースやキャスターバックを持った客がおり、その数もだんだんと増えてきた。
「もしかして?」と、思ったが、八木駅からは関空(関西国際空港)へのバスがあり、これらの乗客は、そのほとんどが関空への客だった。
a0057057_2223179.png9:00になり、発券カウンターでまずは、「168バスハイク乗車券」を購入。
値段は、八木駅-新宮駅の正規の運賃と同じ5,250円(路線バスの運賃!:写真)。
この切符の特徴は、2日間有効で、五條バスセンター-権現前(熊野速玉大社最寄りの停留所)間は途中で下車して、再度次の便に乗れること(翌日の便でもいいが、来た方向へ戻るのはダメ)。
もちろん、路線バスだから、整理券に合わせ乗車区間の運賃払って乗ることもできるが、途中で降りた場合、合計金額では高くなってしまう。

a0057057_20503433.pnga0057057_20574812.png乗車券のほかに、奈良交通のICカード「CI-CA」(左写真)とTOMYTEC「奈良交通オリジナルバスセット(八木新宮線50周年記念)」のバスコレ(右写真)を買ったが、バスコレは店によっては倍の値段がついているものもあり(ここのは当然定価)、このうちの八木新宮線のHUの方は、後で本宮大社前から新宮駅まで1/1(本物)に乗ることになる(実車は現在ラッピング車)。

Vol.3・・いよいよ日本一の··
Vol.4・・新宮で一泊、再び新宮へ
Vol.5・・新宮から帰宅(この項完結)

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by fbox12 | 2016-10-08 15:07 | 旅行記