fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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Harrods

a0057057_20372552.pngミニチュアボトルコレクション 825

酒類(酒税法上):ウイスキー
酒類通称:スコッチウイスキー
原材料:大麦
度数:43度
容量:48ml
原産国:イギリス
製造者:Harrods Limited of Knightsbrige(LONDON ENGLAND:PRODUCT OF SCOTLAND)
輸入者:ソニートレーディング株式会社(東京都港区芝5-29-12 三田中央ビル2F)
国内ラベル表記:ウイスキー特級 (T)7666

Harrods (ハロッズ) は、イギリス・ロンドン中心部のナイツブリッジ地区ブロンプトン・ロードに面する場所にチャールズ・ヘンリー・ハロッドが創業したイギリス最大の老舗高級百貨店で、日本の三越がオープンに際し、モデルとした。また、阪急デパートの「Hankyu」のロゴは「Harrods」(ウィスキーのロゴがデパートのロゴ)を模したものだが、現在オーナーはカタール政府系の投資ファンドカタール・ホールディングスで、2010年5月8日にエジプト出身の富豪モハメド・アルファイドから推定15億UKポンドで買収された。
その名前のままのウイスキーは、勿論スコッチウイスキー。現在、12年ものなどがあり、上述のとおり、ウイスキーのロゴはデパートのロゴ。また、ラベル中央の建物はデパートである。
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by fbox12 | 2016-06-30 20:37 | コレクション

40 願掛八幡宮(がんかけはちまんぐう) 静岡県駿東郡長泉町鎮座

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鎮座地:静岡県駿東郡長泉町下土狩475
御祭神:譽田別命(応神天皇)

JR東海道線三島駅北口から御殿場線下土狩駅まで拡幅された道が神社の北側を通る。拝殿の扉は、センサー制御になっており、賽銭箱の前に立つと自動で開く。
素人相撲が有名で、拝殿前には土俵がある(鳥居の横に屋根、柱が見える)。

北西(静岡県駿東郡長泉町下土狩663)にある割狐塚稲荷神社が管轄社。

この神社最寄の駅・バス停:
JR御殿場線「下土狩」
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by fbox12 | 2016-06-28 22:33 | 神社

定山渓鉄道株式会社

a0057057_2132464.png歴史:
大正2(1913)年に、国鉄苗穂駅から定山渓に至る軽便鉄道として、定山渓温泉への観光客の輸送、木材の輸送、鉱石と石材の輸送を主な目的として計画されたが、同年8月の豊平川洪水を受けた護岸工事で当初の敷設予定地が使えなくなっってしまった。資金繰りの難もあり、会社の設立は大正4(1915)年12月に遅れ、白石駅からの路線に変更して大正6(1917)年4月に着工し、81万2千円の費用をかけて7(1918)年に完成した。開業は同年10月17日で、白石と定山渓を1時間30分で結んだ。
定山渓温泉の発展とともに順調に業績を伸ばし、会社は昭和7(1932)年から札幌からのバス運行も始め、1930年代には木材・鉱石の貨物輸送も増えたが、戦時中は温泉客が減り、鉱石・石材輸送に重点がおかれるようになる。段々と資材不足が深刻になり、終戦時には稼働率4割に落ち、列車の窓の1/3がベニヤ板に変わっていた。
しかし、定山渓鉄道線の全盛期は戦後復興とともに訪れることになる。まず、定山渓温泉が繁栄を取り戻した昭和24(1949)年から39(1963)年まで、夜間発の往復と、ビール券、とうきび、枝豆、温泉利用をセットにした月見電車を走らせ、会社が整備した豊平川沿いのハイキングコースは、多くの市民に利用された。昭和19(1944)年に事故で閉山した豊羽鉱山が昭和25(1950)年に再開し、定山渓鉄道がその鉱石の輸送を担うことになる。
昭和32(1957)年に、東京急行電鉄が定山渓鉄道の株を買収し、傘下におさめたが、この頃から鉄道は貨物をトラック輸送に奪われ始め、特に昭和38(1963)年からは豊羽鉱山の鉱石輸送がトラックに切り替えられた。また、東急傘下入り後に打ち出されていた複線化が実現できず運転間隔が短縮できないまま道路事情が好転し、徐々に乗客がバスやマイカーに奪われたことに加え、昭和41(1966)年に北海道警察本部から豊平駅近くの国道36号線上の踏切が交通上の障害になっているとして高架化するか廃止して線路を撤去するなどの適切な処置を取るよう勧告された。こうした劣勢の中で、札幌市が地下鉄南北線を建設することに伴う用地買収を申し出た。会社はこれに応じて、昭和44(1969)年に鉄道部門を廃止した。廃止後は電車路線に沿う形で代行バスが運行されていたが、既存のバス系統と再編・統合され昭和45(1970)年、ついに廃止されれてしまった。

年表:
大正2(1913)年2月12日 松田学ら24名が鉄道敷設申請。7月16日免許
大正4(1915)年12月20日 定山計溪鐵道株式会社の設立。初代社長は松田学
大正6(1917)年4月6日 着工
大正7(1918)年10月17日 白石 - 定山を開業。豐平・石切山・藤の澤・簾舞・定山嵠の各駅を新設
大正9(1920)年4月1日 真駒内驛新設
大正13(1924)年1月1日 滝の澤驛新設
大正15(1926)年8月15日 壱の澤停留所新設
 8月21日 北海道鐡道→鐵道省千歳線(旧線)の開通に伴い、東札幌驛新設
昭和3(1928)年6月7日 錦橋驛新設
昭和4(1929)年10月25日 東札幌 - 定山溪(27.2km)電化
昭和6(1931)年7月25日 苗穂驛への電車乗り入れを開始(これに伴い北海道鐡道東札幌 - 苗穂間電化)
昭和8(1933)年1月7日 白糸の滝停留所新設
 11月18日 北茨木停留所新設
昭和11(1936)年10月20日 小金湯停留所新設
昭和20(1945)年3月1日 戦時資材供出のため、白石 - 東札幌 (2.7km) 不要不急線に指定され、廃止
昭和23(1948)年1月1日 下藤野停留所新設
 1月11日 豊滝停留所新設
昭和24(1949)年8月 北茨木停留所を北茨木驛に変更
昭和26(1951)年11月1日 東簾舞停留所新設
昭和27(1952)年6月12日 急行列車設定。当初二等車として運転されたが昭和29(1954)年6月12日に二等車の設定廃止
昭和32(1957)年8月12日 気動車による札幌駅への乗り入れを開始。これに先立ち、東札幌 - 苗穂間の電化設備を撤去し、同区間への電車乗り入れ中止
 10月 北茨木駅を澄川駅に改称
 12月7日 東京急行電鉄が定山渓鉄道の筆頭株主となり、東急傘下に入る。
昭和34(1959)年4月1日 慈恵学園停留所新設
 6月21日 十五島公園停留所新設
昭和36(1961)年4月15日 緑ヶ丘停留所新設
昭和44(1969)年10月31日 「さよなら電車」によるセレモニー
 11月1日 東札幌 - 定山渓全線廃止
昭和48(1973)年5月31日 定山渓鉄道株式会社、株式会社じょうてつへ社名変更

運行系統:
昭和9(1934)年10月1日当時
 列車本数:苗穂 - 定山渓間下り17本・上り15本、東札幌 - 定山渓間下り4本・上り5本、白石 - 豊平間2往復
 所要時間:苗穂 - 定山渓間58-61分、豊平 - 定山渓間48-51分、白石 - 豊平間12 - 14分
当時、運行系統は既に苗穂 - 定山渓間を主としており、白石 - 東札幌駅間は支線と同様で、極端に旅客列車の本数は少なかった。

昭和44(1969)年3月19日当時
 列車本数:札幌 - 定山渓間8往復、東札幌-定山渓間1往復、豊平-定山渓間9往復(休日は朝1往復減便)
 所要時間:札幌 - 定山渓間1時間6-22分、豊平 - 定山渓間45-53分
 総18往復のうち、半数の列車は千歳線(旧線)経由で札幌駅に乗り入れ(国鉄線内は非電化のため気動車で運転、豊平駅または東札幌駅で自社の電車に併結し、定山渓駅まで電車が牽引して運転)、残りの列車はほとんどが豊平駅 - 定山渓駅間の運転であった。千歳線内では国鉄の列車と併結されることもあった。
 当時、札幌駅-定山渓駅間では既に定鉄バスが7時から21時台まで30分間隔の運転を行っていた。
また、豊滝駅は通過する列車が多かった。


(参考資料:平成28(2016)年5月30日更新)
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by fbox12 | 2016-06-28 22:12 | 鉄道・バス

Glendullan 12 YEARS OLD

a0057057_21361016.pngミニチュアボトルコレクション 824

酒類(酒税法上):ウイスキー
酒類通称:スコッチウイスキー
原材料:大麦
度数:47度
容量:5cl(実質48ml)
原産国:イギリス
製造者:MACDONALD.GREENLEES, LTD.(DUFFTOWN SCOTLAND)
輸入者:オールド・パー株式会社(東京都渋谷区広尾5-8-16)
国内ラベル表記:ウイスキー特級 (T)6646

グレンダランのウイスキーはクラガンモアとともに、ブレンデッドスコッチのオールドパーの原酒としても使われていて、20世紀初頭にはときの国王エドワード7世に献上された。
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by fbox12 | 2016-06-23 21:50 | コレクション

047 京急久里浜(けいきゅうくりはま)駅 (京急)

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所在地:神奈川県横須賀市久里浜四丁目4番10
所属・路線:京浜急行電鉄株式会社・久里浜線
駅番号:KK67

歴史:
昭和17(1942)年12月1日 - 東京急行電鐡(大東急)により、久里浜驛として開業。
昭和19(1944)年4月1日 - 鐡道省(現・JR東日本)横須賀線に久里浜驛が開業したため、湘南久里浜驛に改称。
昭和23(1948)年6月1日 - 大東急解体により、京濱急行電鐡の駅となる。
昭和38(1963)年11月1日 - 野比駅(現・YRP野比駅)までの延伸により中間駅となる。同時に京浜久里浜駅に改称。
昭和62(1987)年4月25日 - 駅ビル「ウィング久里浜」開業
 6月1日 - 京急久里浜駅に改称。

駅構造:
島式ホーム2面3線を有する高架駅である。当駅より上り方は複線、下り方は単線となっている。列車は主に1番線と4番線から発着する。2番線と3番線は線路の両側にホームがある中線で、当駅終着、あるいは当駅始発列車が主に使用する。
駅出入口は名目上「東口」(駅舎写真)と「西口」に分けられているが、改札口を背にして右手にある「西口」は、出口が更に左手(南方)と右手(北方)に分かれている。いずれも階段がありバリアフリーには非対応で、エレベーターは東口のみにある。JR久里浜駅へは西口の「右手の出口」が便利である。

のりば:
1・2番線 久里浜線 下り 三浦海岸・三崎口方面
3・4番線 久里浜線 上り 横須賀中央・横浜・羽田空港・品川・新橋方面

接近メロディ:
平成20(2008)年12月10日から、山口百恵の楽曲「秋桜」(作詞・作曲:さだまさし)が接近メロディとして使用されている。付近にある観光スポット「くりはま花の国」のコスモスをイメージさせる曲であることによる。

バス路線:
京浜急行バス・湘南京急バスにより運行されている。京急・JR双方の駅前にそれぞれバスターミナルが設けられ、近隣を走る路線はすべてどちらかをターミナルとする。周辺の住宅地を始め、工業団地、久里浜港などへの路線が延び、駅とあわせ交通結節点として機能している。

京急久里浜
1〜3番乗り場までは東口に設けられたバスターミナルに発着する。4番乗り場のみ西口からの発着となる。
1番乗り場
 浦賀線 - 久比里坂・浦賀駅方面
 吉井団地線 - 湘南山手方面
2番乗り場
 市内線 - 久里浜医療センター・東京湾フェリー(久里浜港)・長瀬・野比海岸方面
3番乗り場
 ハイランド線 - ハイランド・YRP野比駅方面
 市内線 - 大作・YRP野比駅行
4番乗り場
 工業団地線 - 久里浜工業団地・北久里浜駅方面
 YRP線 - YRP・通信研究所方面(急行)

JR久里浜駅
駅西口、JR久里浜駅前のバスターミナルである。乗り場番号は、京急久里浜駅の続き番号で、ほとんどの路線が京急久里浜駅東口のターミナルまで運行する。
駐輪場前乗り場
 ハイランド線
5番乗り場
 市内線
6番乗り場
 浦賀線
 吉井団地線
7番乗り場
 衣笠線 - 五郎橋・衣笠十字路・衣笠駅方面(この路線のみ湘南京急バスに運行委託)
 森崎線 - 北久里浜駅・市立高校前・衣笠十字路方面
 岩戸線 - 北久里浜駅・岩戸団地・YRP野比駅方面


(参考資料:Wikipedia 平成28(2016)年6月7日更新)
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by fbox12 | 2016-06-22 22:07 | 鉄道・バス

39 伊河麻神社(いかまじんじゃ) 静岡県静岡市駿河区鎮座

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a0057057_1794053.png鎮座地:静岡県静岡市駿河区稲川1-10-15
御祭神:品陀別命
社格等:式内社(駿河國有度郡 伊河麻神社)、伊河麻明神、伊賀麻明神、井鎌大明神、伊軸麻神社、旧八幡宮、旧郷社、五等級社

由緒:
延喜式神明帳に「駿河國有渡郡伊河麻神社是也」と所載され、諸郡神階帳に「正四位伊河麻明神、白鳳四年四月創建ス」とある。駿河志料には「伊河麻神社今井鎌大明神といふ、当社は延喜式神明帳所載 にて、風土記に有渡清水(或は玉潔水)伊軸麻神社浄見原天皇御宇四年四月被祭之、應勅処分、為四宮奉祭誉田天皇所也」と見え、神階は諸郡神階帳に「正四位下伊賀麻明神とありて古はいかめしき御社にと有りけむ。 此地を去りて遥かに鳥居株井垣添など云う字ここかしこの残り古の大社の俤あり、今は村持の社なれど古木茂れる森なり。今川家の近臣に四宮右近光匤あり之此社の神官にして武役を勤めし人にゃありけん」 と記されている。明治八年二月郷社に列し、旧除地八畝拾三歩を有し、明治四十二年六月十八日静岡県告示第二百拾号を以て神饌幣帛料供進指定神社に列せられた。 昭和五十年十二月二十五日、郷社列格百年記念事業と して社殿を新築竣功した。昭和二十一年七月三十日 宗教法人令により届出をし、昭和二十七年八月 宗教法人法による法人設立の登記をした。 静岡県神社庁認証の等級は五等級である。

境内社:
a0057057_1710922.png(左)稲荷神社
平成16(2004)3月頃不審火により焼失、その後再建。
(右)金刀比羅神社
(タイトル)火産神社

この神社最寄の駅・バス停:
 JR静岡駅(南口)
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by fbox12 | 2016-06-21 20:41 | 神社

38 千勝浅間神社(ちかつせんげんじんじゃ) 静岡県静岡市駿河区鎮座

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鎮座地: 静岡県静岡市駿河区稲川一丁目2-32
御祭神:此花咲耶姫命
社格等:旧村社、神社等級拾級

由緒:
創建は不詳
明治8(1895)年2月 村社に列格す。
昭和20(1945)年6月20日 戦火により旧来の社殿を全焼
昭和21(1946)年7月30日 宗教法人化
昭和27(1952)年7月 本殿再建
蛇除けの神として信仰されて来た。
狛犬一対(正和二年雲慶作)は静岡市指定有形文化財

境内社:
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福成稲荷神社(左写真)
 御祭神:保食命
金刀比羅神社(右写真左側)
 御祭神:大物主命
秋葉神社(右写真右側)
 御祭神:火具土命

この神社最寄の駅・バス停:
 JR静岡駅(南口)
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by fbox12 | 2016-06-19 09:05 | 神社

三菱鉱業株式会社(三菱石炭鉱業株式会社)

美唄鉄道線
a0057057_14563785.png概要:
4110形タンク機関車の活躍する路線として鉄道ファンの間で有名だった美唄鉄道は、石狩石炭株式會社(社長浅野総一郎)が明治39(1906)年に敷設免許を取得した石炭輸送のための専用鉄道が前身である。この専用鉄道は美唄 - 沼貝(後の美唄炭山)間に計画され、明治41(1908)年夏頃には路盤工事を終えていたが、諸般の事情により石狩石炭は沿線の鉱区の多くを失ったことから工事は中断、さらに明治44(1911)年の洪水で路盤や石垣の多くが流出する被害を受け、そのまま竣功期限を迎えた。
その後石狩石炭は残った鉱区を開発するために再度専用鉄道敷設願いを提出するが、沿線の有力鉱区の所有者となった飯田延太郎や、山林や共同牧場の所有者である桜井良三他数名が、石狩石炭の占有を恐れて同区間に軽便鉄道敷設免許を申請したため、競願する形となった石狩石炭は新たに軽便鉄道敷設免許(1067mm軌間、蒸気動力)を申請、大正2(1913)年にこれを取得した。これは先の専用鉄道を改良の上完成して旅客・貨物運輸に使用するもので、当初は運転管理を鐡道省(国鉄)に委託する計画であったが、開業間近になって鐡道省より7010形蒸気機関車、三等客車、貨車等の払下げを受けられたことから、自社での運転管理に変更した。大正3(1914)年11月5日に美唄 - 沼貝(後の美唄炭山)間の一般運輸営業を開始した。
ところが石狩石炭は、開業翌年の大正4(1915)年8月31日付で美唄軽便鐡道の施設・車両・用地等すべてと所有する鉱区の一部を手放し、美唄炭礦を所有する飯田延太郎に売却した。さらに約1か月後に飯田は三菱合資會社(のちの三菱鑛業)が9月29日に設立した美唄鐡道株式会社に鉄道の一切を売却、10月11日より美唄鐡道としての営業が始まった。
さらに炭鉱の奥部開発の進展に伴って三菱鑛業が使用していた美唄炭山 - 北弐ノ沢間の専用鉄道を大正13(1924)年に買収して地方鉄道に変更、このうち美唄炭山 - 北壱ノ沢(常盤台に改称)間の保安設備等を改良して一般運輸営業を開始した。北壱ノ沢 - 北弐ノ沢間については休坑中の弐ノ沢坑の再開坑まで設備を改良せずに未開業としたが、結局再開の目途が立たず、昭和12(1937)年に起業廃止となった。
昭和25(1950)年、三菱鑛業は企業再建整備法に基づく整備計画によって金属鉱山部門を分離して太平鑛業(のちの三菱金属鑛業)とした上、残る炭鉱部門の効率化を図ることになり、同社美唄礦業所と不可分の美唄鐡道を吸収して三菱鑛業美唄鐡道事務所とした。炭鉱の隆盛により輸送量も増加したが、昭和30(1955)年(昭和30年)に石炭鉱業合理化臨時措置法が施行されると閉山や合理化が始まった。三菱鉱業美唄礦業所も縮小・合理化が進められ、昭和40(1965)年には美唄炭礦株式会社として三菱鉱業より分離した。さらに、二度にわたる災害に見舞われた常盤坑を昭和45(1970)年7月に閉鎖し、竪砿のみの単独操業となったことから経営が悪化、事業の効率化のため昭和46(1971)年7月に同資本系列の三菱大夕張炭礦に吸収合併して同社美唄鉱業所となったが、翌昭和47(1972)年4月には閉山、美唄鉄道線も5月31日限りで廃止された。
当初は明治6(1873)年製の7010形機関車を初めとする鐡道省払下げの中古車両で運輸を開始した美唄鐡道だが、輸送量の増加に伴って国鉄4110形や9600形と同形の蒸気機関車を自社発注し、国鉄払下げの9200形などと共に使用した。旅客についても昭和10(1935)年に半鋼製ボギー客車を新造し、輸送力増強に努めた。同資本系列の三菱大夕張鉄道と共に戦後もずっと蒸気機関車牽引の混合列車であったが、昭和40(1965)年に国鉄気動車の払下げを受け、朝夕の一往復の混合列車を残して客貨分離を行った。炭鉱の経営が悪化した昭和45(1970)年には気動車を廃止して朝夕1往復の混合列車に逆戻りし、昼間の旅客輸送は同社バス(三菱鉱業バス、のちの美鉄バス*)に切り換えた。なお、鉄道廃止後に専業となったバス部門も、その後幾多の変遷を経て平成14(2002)年に廃業した。
(*バス路線にあっては、戦後、北海道内の地方鉄道でもバス事業の兼業が進んだが、同線については三菱鑛業社内で検討の結果、同社美唄鉄道事務所が担当した)

運行形態:
昭和40(1965)年に気動車を導入、客貨分離を図った。昭和42(1967)年時点で旅客列車は5往復であったが、廃線時は混合1往復となった。他に数本の貨物列車があった。最盛期でも旅客列車は7往復と2-3往復の区間列車しかなく、これは石炭輸送をしていた貨物を優先していたためで、一方並行するバス路線は道路の整備と共に充実し最大89往復運行していた。
運賃は、廃線直前の昭和46(1971)年から昭和47(1972)年当時、美唄駅 - 美唄炭山駅間で大人50円、子供25円。

歴史:
明治38(1905)年11月27日 石狩石炭が専用鉄道敷設免許申請
明治39(1906)年8月2日 美唄 - 沼貝間5M21C専用鉄道敷設免許
 10月 石狩石炭が美唄驛郊外より敷設工事を開始
明治42(1909)年石狩石炭が鉱区係争問題により敷設工事を中断
明治44(1911)年3月3日 沼貝 - 四ノ沢間専用鉄道敷設免許申請(書類不備により返戻)
明治45(1912)年4月 - 石狩石炭が敷設工事を再出願
(大正元年)12月22日 桜井良三らが北海道美唄軽便鐡道敷設免許申請(のちに却下)
大正2(1913)年9月17日 石狩石炭が美唄軽便鐡道美唄 - 沼貝間の軽便鉄道敷設免許申請
 10月14日 石狩石炭の美唄軽便鐡道に軽便鉄道敷設免許(1067mm軌間、蒸気動力)
大正3(1914)3月 石狩石炭が敷設工事を再開
11月5日 美唄軽便鐡道美唄 - 沼貝(後の美唄炭山)間5M39C運輸営業開始(美唄、我路、沼貝の3驛開業)
大正4(1915)年8月31日 飯田延太郎が石狩石炭より美唄軽便鐡道の施設・権利等一切と鉱区の一部を譲受
 10月11日 美唄鐡道が飯田延太郎より鉄道施設・権利等一切を譲り受けて運輸営業開始
大正6(1917)年5月31日 三菱鑛業に沼貝(のちの美唄炭山) - 北壱ノ沢(のちの常盤台)間専用鉄道敷設免許
大正7(1918)年3月1日 三菱鑛業に北壱ノ沢 - 北弐ノ沢間専用鉄道敷設免許
 9月1日 沼貝驛を美唄炭山驛に改称(届出日)
大正8(1919)年7月10日 三菱鑛業専用鉄道 美唄炭山 - 北弐ノ沢間運輸開始届
大正11(1922)年11月7日 美唄驛を国鉄との共同使用駅とする契約を結ぶ。
大正13(1924)年11月14日 美唄鐡道による三菱鑛業美唄炭山 - 北弐ノ沢間2M22Cの専用鉄道買収および地方鉄道に変更許可
 12月6日 北壱ノ沢驛を常盤台驛に改称(届出日)
 12月15日 美唄炭山 - 常盤台間1M35C運輸営業開始(常盤台驛開業)
大正14(1925)年12月15日 盤の沢驛開業
昭和12(1937)年3月15日 常盤台 - 北弐ノ沢間1.5km起業廃止許可
昭和23(1948)年1月10日 東明驛開業
昭和25(1950)年4月25日 三菱鑛業が美唄鐡道を吸収し、三菱鑛業美唄鐡道事務所による三菱鑛業美唄鐡道となる。
昭和31(1956)年6月1日 国鉄連絡運輸業務を大夕張鉄道との併合精算に変更し、三菱鉱業美唄鉄道線となる。
昭和40(1965)年4月1日より 三菱美唄炭礦の企業縮小合理化に伴い鉄道事業順次合理化。東明・我路・美唄炭山各駅の委託化
 12月 ディーゼルカー導入。客貨分離。
昭和45(1970)年10月1日 鉄道事業再合理化。東明・盤の沢・我路・美唄炭山各駅の無人化。ディーゼルカー全廃(混合列車復活)。
昭和47(1972)年6月1日 美唄炭鉱の閉山に伴い、美唄鉄道線美唄 - 常盤台間10.6km廃止

路線データ:
路線距離(営業キロ):美唄 - 常盤台間 10.6km
軌間:1067mm
駅数:7駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式

駅一覧
美唄駅 - 東美唄信号所 - 東明駅 - 盤の沢駅 - 我路駅 - 美唄炭山駅 - 常盤台駅


大夕張鉄道線(廃止時:三菱石炭鉱業株式会社)
a0057057_2126480.png概要:
明治44(1911)年開業の大夕張炭礦専用鐡道(清水澤 - 南大夕張)の経営主体が三菱合資・三菱鑛業として代わったのち、炭鉱の北部開発により延長され昭和14(1939)年に三菱鑛業株式會社線(清水澤 - 大夕張炭山)として地方鉄道に改組・開業した。昭和25(1950)年には美唄鐡道株式會社の吸収により「三菱鑛業大夕張鐡道」となり、昭和31(1956)年6月国鉄との連絡運輸の精算を美唄鉄道との併合精算に変更、「三菱鉱業大夕張鉄道線」となった。
沿線炭鉱の石炭輸送や、夕張岳山麓から森林鉄道により運び出された林産品の輸送に活躍する一方、道路が未整備だった昭和30年代後半まで沿線住民にとっては貴重な足であった。その後炭鉱の経営主体の変遷により昭和44(1969)年10月には三菱大夕張炭礦株式会社、昭和48(1973)年12月には三菱石炭鉱業株式会社に譲渡され、相次ぐ閉山・合理化により昭和62(1987)年7月に廃止された。
廃止後、およそ20年余を経て沿線の変化は激しい。国道の防災工事や現在進行中の夕張シューパロダム建設工事の影響もあり鉄道の痕跡は確実に消滅しつつある。清水沢駅構外の大夕張炭山駅方にあった転車台跡にはシューパロダム建設に伴い大夕張地区(鹿島)から移転した住民のために集合住宅が建設されている。清水沢・遠幌間にあった葡萄山トンネルも国道の防災工事により消滅した。
遠幌駅舎も既に無く、駅前には北炭遠幌炭鉱の事務所であった建物が残るだけである。遠幌・南大夕張間の遠幌加別川橋梁も橋台・橋脚とも綺麗に撤去されており、遠幌駅の構外側線扱いだった北菱岐線には、石炭積込のポケット(ホッパー)の基礎が残っている。
南大夕張駅跡には三菱大夕張鉄道保存会により客車や石炭貨車などの鉄道車両が保存されている。これらは平成13(2001)年に「空知の炭鉱関連施設と生活文化」として北海道遺産として指定されたのに加え、平成19(2007)年11月30日には経済産業省より近代化産業遺産として認定された。
平成26(2014)年3月4日から夕張シューパロダムの試験湛水開始により南大夕張以北、大夕張(鹿島)地区の廃線跡の大半は水没した。南大夕張以北の廃線跡に並行する国道は平成23(2011)年12月に新道に切替えられ、旧道はダム工事の専用道路として利用されていたがこれも水没している。以下は水没前の状況である。青葉トンネルはシューパロダム堤体建設に伴い、国道迂回路となり拡幅使用されたが、大夕張ダム管理事務所横には崩落覆いが当時のまま残っていた。シューパロ湖駅跡も階段と土台が残っていたが、明石町駅跡前後には比較的鉄道の痕跡が多く残っていた。清水沢駅方には明石沢(8号)橋梁、大夕張炭山駅方には旭沢 (5号) 橋梁が残り、明石町駅跡にもホームへの連絡地下道の跡が残っていた。 千年町駅以北の廃線跡は水没を免れている。住民が集団移転した大夕張地区(鹿島)にはダム工事のプラントが設けられたが、千年町駅跡の痕跡もない。大夕張駅跡もコンクリートの基礎が確認出来る。大夕張炭山駅跡も背後に残るずり山の存在が、かつてここに炭鉱があったことを伝える。

路線データ:
路線距離(営業キロ):清水沢 - 大夕張炭山間17.2km
軌間:1067mm
駅数:8駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:なし(全線非電化)
閉塞方式:タブレット閉塞式

運行形態:
内閣鐡道院運転管理下の専用鉄道時代の詳しい運行状況は不明だが、夕張機関庫に所属する機関車が入線し、残された写真から7200形や9030形、9050形等が入線し石炭輸送に当たっていたことがわかっている。
自営運転開始、地方鉄道化後は9200形、9600形、C11形が混合列車や貨物列車の牽引に活躍したが昭和48(1973)年には国鉄DD13形と同等の社形DL55形が導入された。保存目的を別にすると、日本の私鉄で旅客営業に蒸気機関車を用いた路線はここが最後であった。
気動車を導入したことは無く、廃線まで機関車が客車・貨車を牽引する方式だった。混合列車は昭和43(1967)年時点では1日7往復(内1往復は区間列車)、昭和62(1987)年の廃止直前時点では1日3往復運転されていた。冬季、客車暖房にはダルマストーブが使用され人気を集めた。他に数本の貨物列車があった。
全線廃止直前時点での運賃は初乗り40円、清水沢 - 南大夕張間が60円で、北大阪急行電鉄と並ぶ日本一の低運賃であった。
歴史:
明治44(1911)年6月1日 大夕張炭礦専用鐡道 清水澤 - 弐股(のちの南大夕張)間7.6km開業(21日説あり)
大正5(1916)年2月17日 大夕張炭礦が三菱合資會社に合併
大正7(1918)年4月10日 三菱合資會社炭坑部を分離し三菱鑛業設立
 6月14日 三菱鑛業に移管後労務係詰所を大夕張驛と称した。
昭和4(1929)年1月22日 大夕張驛を南大夕張驛に、北部驛を大夕張驛に改称
昭和4(1929)年6月1日 南大夕張 - 通洞間9.6km開業
昭和13(1938)年10月20日 通洞驛を大夕張炭山驛に改称
昭和14(1939)年4月20日 清水澤 - 大夕張炭山間17.2kmを専用鉄道から地方鉄道に変更。大夕張 - 大夕張炭山間は貨物営業のみ
昭和15(1940)年9月1日 遠幌加別驛開業
昭和17(1942)年8月1日 遠幌加別驛を遠幌驛に改称
昭和20(1945)年5月6日 (臨)農場前驛(初代)開業
 9月1日 大夕張鑛業所に鐡道課設置
昭和21(1946)年2月1日 (臨)第弐農場前驛開業。農場前驛を第壱農場前驛に改称
昭和22(1947)年1月16日 清水澤驛乗入れ。新清水澤驛廃止
昭和25(1950)年4月25日 三菱鑛業が美唄鐡道を吸収・合併。三菱鑛業大夕張鑛業所鐡道課による「三菱鑛業大夕張鐡道」となる。
 11月1日 千年町駅開業。第一農場前駅を通年営業とし明石町駅に改称。第二農場前駅を農場前駅(2代)に改称
昭和28(1953)年12月25日 大夕張 - 大夕張炭山間旅客営業開始
昭和31(1956)年6月1日 国鉄との連絡運輸の精算を美唄鉄道との併合精算に変更。「三菱鉱業大夕張鉄道線」となる
昭和37(1962)年6月1日 シューパロ湖駅開業
昭和44(1969)年10月1日 シューパロ湖駅廃止(・・車内乗車券はこの頃のもの)
昭和44(1969)年10月1日 清水沢 - 大夕張炭山間を三菱大夕張炭礦に譲渡。三菱大夕張炭礦大夕張鉄道となる。
昭和48(1973)年12月15日 三菱大夕張炭礦が三菱高島炭礦と合併し三菱石炭鉱業に社名変更
 12月16日 三菱大夕張炭鉱閉山に伴い南大夕張 - 大夕張炭山間廃止
昭和62(1987)年7月22日 三菱南大夕張炭鉱の合理化に伴い、清水沢 - 南大夕張間7.6km廃止

駅一覧
清水沢 - 新清水沢 - 遠幌駅 - 南大夕張 - 農場前駅 - シューパロ湖駅 - 明石町 - 千年町 - 大夕張 - 大夕張炭山


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年8月25日更新・・美唄鉄道線 / 同9月12日更新・・大夕張鉄道線)
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by fbox12 | 2016-06-18 23:01 | 鉄道・バス

54 由比ヶ浜(ゆいがはま)駅 (江ノ電)

a0057057_10235195.jpg所在地:神奈川県鎌倉市由比ガ浜三丁目10-13
所属・路線:江ノ島電鉄株式会社・江ノ島電鉄線
駅番号:EN13

概要:
「ゆいがはま」の「が」は、江ノ電の駅名では「ヶ(小さいケ:JIS規格では「小書き片仮名ケ」)。所在地は「ガ(カタカナ)」を使用している。


歴史:
明治40(1907)年8月16日 - 開業

駅構造:
単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅であるが、夏休みや正月には駅掛員や警備員が配置される。自動券売機の他、ICカード用簡易改札機が設置されている。出入口にはスロープが平成22(2010)年3月に完成し、階段のないバリアフリー構造となった。
トイレは、改札内駅舎の裏手に設置されている。

路線バス:
最寄りの停留所は、北側を走る由比ヶ浜大通上の「長谷東町」バス停で、以下の路線が乗り入れている。
江ノ電バス藤沢
 藤沢駅行
 桔梗山行
 鎌倉駅行
 七里ヶ浜行
湘南京急バス
 鎌1 大仏前行/鎌倉駅行
 鎌2 梶原行/鎌倉駅行
 鎌3 富士見台循環/鎌倉駅行
 鎌4 鎌倉山行/鎌倉駅行
 鎌5 諏訪ヶ谷行/鎌倉駅行
 鎌6 江ノ島行/鎌倉駅行
 船7 大船駅行(深沢経由)/鎌倉駅行
 船8 大船駅行(梶原・深沢経由)/鎌倉駅行
 船9 大船駅行(鎌倉山・深沢経由)/鎌倉駅行


(参考資料:Wikioedia 平成28(2016)年2月6日更新)
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by fbox12 | 2016-06-13 11:09 | 鉄道・バス

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by fbox12 | 2016-06-12 22:15 | コレクション