fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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35 耳石神社(みみいしじんじゃ) 静岡県三島市鎮座

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鎮座地:静岡県三島市幸原町二丁目13-1
御祭神:国狭槌尊
社殿:本殿流造、拝殿入母屋造

a0057057_21153546.jpga0057057_2118116.jpg由緒:(境内由緒書き)
古耒、幸原の氏神で祭神は大山祇命の御子国狭槌尊であって、神話によれば、天地創造の時に化出づる神とある。耳の病に霊顕ありと古人から言い伝えられていて、遠近よりの参拝者が多い。
社名は、伊豆志稿に耳の形をした石あるによって称するという如く社前に高さ4尺周り6.7尺位の石に似た形がある。耳石は古代祭祀の磐境の身石を思わせる。
耳を病むもの神に祈り、ついでこの石に祈る。癒れば小石に穴をあけ、糸につるして奉賛するを習わしとする。

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幸原は、国府原とも書いたことは棟札によっても知られているが、三嶋大社の社領地であった天正18(1590)年豊臣秀吉が小田原城攻略に際して、山中城の出城たる徳倉城(注、豆州徳倉城:現三島市徳倉字中村の城。駿州徳(戸)倉城とは別の城 )から攻撃したとき、当社は兵火に罹り古記録を失い由緒を知ることが出耒ない。
元和元(1615)年(:大阪夏の陣の年)再建。明暦、延宝、安永、文政、天保、安政、(元禄:入口の由緒書きにあるが、奥の由緒書きにはない)の棟札を伝へている。
この石は、三島七石の一つでもある。
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境内社:
山神社、天神社、稲荷神社、八幡神社
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a0057057_21545998.jpg御神木の椎の木。
和名は「スダジイ(イタジイ)」。
根周り6m、樹高15m、樹齢330年、三島市指定文化財で、天然記念物。

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この神社最寄の駅またはバス停:
JR・伊豆箱根 三島駅から富士急バス「幸原」または三島市自主運行バス きたうえ号「北上農協」下車
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by fbox12 | 2016-05-29 20:44 | 神社

34 右内神社(うないじんじゃ) 静岡県三島市鎮座

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鎮座地:静岡県三島市梅名1番地
御祭神:櫛石窓命

由緒:(境内の由緒書き)
富士をはじめ諸峰を遠望でき、清らかな水が流れるこの地に地主神を奉斎したのが当神社の始まりと考えられるが、社伝や古記録によると、永承5(1050)年三島大社の北遷と共に賀茂の地より御門の守護神として櫛石窓命が現在の地に奉斎され、翌年には従三位という高い神階が授けられ、国家の祭祀に預かったことが伺える。
爾来、九百六十余年に亘り三嶋大明神の伴神として隣町の左内神社と共に下田街道の要衝左右に鎮座する。
中世以降、源頼朝の尊崇を始め、地元の武将の崇敬殊に篤く神領・神宝・文書多数所有していたが、現在は文禄・慶長の古文書三通、永承年間と伝わる棟札書、慶長・正徳・宝暦・慶応・明治各年間の棟札が大切に受け継がれている。

       平成二十四年壬辰十月吉日 三嶋大社 右内神社 宮司 矢田部正巳 撰
                         三嶋大社 権宮司 近藤 亘 書

(田方神社誌)
創建年等詳かでないが、左内神社の由緒に記した三嶋大社左右髄神の一社である。或は、延喜式神名帳賀茂郡伊波氏別命神社を、又は、田方郡阿米都瀨喜夛知神社を本社とする説もある。

a0057057_9424489.jpg境内社:(左から)
社護神社、山神社、金毘羅宮、床浦神社、天満宮、大六天社、秋葉神社、淡島神社

この神社最寄の駅または停留所:
伊豆箱根鉄道駿豆線・三島田町駅から三島市自主運行コミュニティバスなかざと北部「ふれあい号」・梅名(ポテト)停留所
または、同駿豆線・ 大場駅から三島市100円バス「なかざと号」・梅名停留所
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by fbox12 | 2016-05-29 20:25 | 神社

北海道拓殖鉄道

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概要:北海道拓殖鉄道(ほっかいどうたくしょくてつどう)株式会社は、かつて北海道上川郡新得町の国鉄根室本線新得駅から分岐して、河東郡上士幌町の国鉄士幌線上士幌駅までを結んでいた鉄道路線およびその運営鉄道事業者である。通称は「拓鉄」。

路線:
北海道の民営鉄道は、炭鉱からの石炭輸送、または古くから賑わいを見せていた漁港と最寄りの国鉄駅を結ぶ目的で建設された事例が多いが、本鉄道はそれらと性格を異にし、鉄道の開通によって沿線に入植者が集まるだろうという目算の元、道内の商工業者が出資して発足した。社名もその計画を反映したものである。
大正13(1924)年に新得側から工事を始め、足寄郡足寄町の池北線(当時は網走本線)足寄駅までの延伸を見込んでいたが、石北本線の開通で短絡の意義が薄くなったことや凶作続きで入植者が増えなかったことに加え、昭和恐慌で資金が不足したため途中の上士幌までで工事は中断した。
木材輸送で賑わったこともあったが、トラック輸送に切り替えられたことや沿線の人口が伸びなかったため、経営は苦境続きであった。そのため、中古のディーゼル機関車や気動車を導入し運行費用の削減を図ったり、利用の少ない末端区間を廃止している。しかし、設備の老朽化に対して資金を回すことができず、特に屈足 - 瓜幕間にあった熊牛トンネルは変状が進んで危険な状態となった。会社は改修に必要な資金を捻出できず、ついには札幌陸運局より異例の行政指導(老朽施設の改善要求)を受けたことから昭和43(1968)年2月に熊牛トンネルを放棄し、新得 - 屈足間で通学列車を1往復運行するだけとなった。この通学列車の運行も同年7月初旬には停止され、同年10月に全線が廃線となった。7月末にはさよなら列車の運転があったが、この列車は新得 - 鹿追間を運転しており、なぜか放棄したはずの熊牛トンネルを通過している。
なお、国鉄でも改正鉄道敷設法別表142-3に「新得ヨリ上士幌ヲ経テ足寄ニ至ル鉄道(北十勝線)」が計画され、147-2の「釧路国白糠ヨリ十勝国足寄ニ至ル鉄道(一部は白糠線として開通)」と接続させて道東横断鉄道を形成する予定があったが、昭和47(1972)年頃に一部区間の工事が行われただけで未成線・廃線となった。なお、新得 - 士幌間は廃線となった拓鉄の路盤跡を転用する計画であったようである。
会社自身は廃線後も運送業者として存続している。また、バス部門は廃止前の昭和36(1961)年1月に子会社の北海道拓殖バス(昭和35(1960)年12月設立)に譲渡されて存続している。

路線データ:
昭和9(1934)年12月1日時点
路線距離:新得 - 上士幌間 54.3km
電化区間:なし(全線が非電化)
複線区間:なし(全線が単線)

運行概要:
昭和9(1934)年12月1日改正当時
旅客列車本数:新得 - 南新得間2往復半、新得 - 瓜幕間1往復半、新得 - 上士幌間3往復
所要時間:全線1時間50分 - 2時間

沿革:
大正12(1923)年11月22日:鉄道免許状下付(上川郡屈足村-中川郡本別村)
大正14(1925)年4月22日:北海道拓殖鐡道株式会社設立(本社東京)
大正15(1926)年6月26日:鉄道免許失効(1923年11月22日免許 中川郡居邊村-同郡本別村間指定ノ期限マテニ工事施工認可申請ヲ為ササルタメ)
昭和3(1928)年12月15日:新得 - 鹿追間開業。南新得驛、屈足驛、鹿追驛開業
 12月27日:鉄道免許状下付(河東郡鹿追村-同郡音更村間)
昭和4(1929)年8月24日:十勝拓殖鐡道へ鉄道敷設権譲渡(昭和3(1928)年12月27日免許 河東郡鹿追村-同郡音更村間)
 11月26日:鹿追 - 中音更間開業。瓜幕驛、東瓜幕驛、中音更驛開業
昭和6(1931)年11月15日:中音更 - 上士幌間開業
昭和7(1932)年7月20日:瓦斯倫動力併用認可
 11月15日:佐幌驛、新幌内驛、中瓜幕驛開業
昭和10(1935)年9月12日:鉄道免許取消(昭和8(1923)年11月22日免許 河東郡士幌村-中川郡居邊村間 指定ノ期限マテニ工事竣工セサルタメ)
昭和11(1936)年11月25日:北笹川驛開業
昭和18(1943)年:軍令により士幌線十勝三股驛からの原木を上士幌驛経由で新得驛へ輸送開始。臨時貨物列車運行
昭和24(1949)年8月31日:東瓜幕 - 上士幌間運行停止
昭和35(1960)年時期不詳:熊牛駅、自衛隊前駅開業
時期不詳(昭和36(1961)年以前:中鹿追駅開業
昭和37(1962)年8月4日:台風による集中豪雨により佐幌川橋梁流出や築堤崩壊など大きな被害を受ける。戦後復興資金適用にて復旧。
昭和40(1965)年12月20日:瓜幕 - 東瓜幕間休止
昭和42(1967)年10月1日:瓜幕 - 東瓜幕間廃止
昭和43(1968)年2月10日:屈足 - 瓜幕間休止
 10月1日:新得 - 瓜幕間廃止

駅一覧:
括弧内は新得からの累計営業キロ (*は鐡道省 (1937) による) 
新得駅 (0.0) - 南新得駅 (1.4*) - 佐幌駅 (5.8*) - 屈足駅 (10.5*) - 熊牛駅 (14.1) - 新幌内駅 (16.1*) - 中鹿追駅 (19.8) - 鹿追駅 (21.0*) - 北笹川駅 (23.8*) - 自衛隊前駅 (25.1) - 瓜幕駅 (28.7*) - 中瓜幕駅 (33.0*) - 東瓜幕駅 (35.4*) - 中音更駅 (44.7*) - 上士幌駅 (54.3*)

a0057057_21455584.pngエピソード:
タイトル写真の切符など、国鉄の印刷場に依頼をしており、(切符の)地紋は「こくてつ / JNR」となっている。(右写真:タイトル写真右下部のアップ)


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年12月23日更新)
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by fbox12 | 2016-05-28 21:34 | 鉄道・バス

1010 江田バスストップ(えだばすすとっぷ)(東名江田:とうめいえだ)

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概要:
江田バスストップは、神奈川県横浜市青葉区荏田町の東名高速道路上に所在する、ジェイアールバス関東・ジェイアール東海バス・ジェイアールバステックの東名ハイウェイバス及び小田急箱根高速バスの新宿・箱根線などが停車するバス停留所である。バス会社では東名江田と案内している。
開設当初は小田急箱根高速バスの特急便と各社の急行便のみが停車していたが、後に上りは渋滞回避のために全便停車、下りは従来通過していた東名高速線の特急や超特急も停車する様になった。現在では「東海道昼特急」(上下共)・「ドリーム号」や、東海方面へ向かう各路線なども停車している。

歴史:
昭和44(1969)年6月10日 - 開設。

周辺のバスストップ(BS)・インターチェンジ(IC)など:
 向ヶ丘BS - 東名川崎IC - 江田BS - 横浜青葉IC - 港北PA - 横浜町田IC・横浜BS

昼行便:
下り
 東名ハイウェイバス(静岡・浜松・名古屋)(JRバス関東、JR東海バス、ジェイアールバステック)
 小田急箱根高速バス(御殿場・箱根)(小田急箱根高速バス)
 東京 - 沼津線(裾野・沼津)(富士急シティバス)
 さんさんぬまづ号(裾野・沼津)(京王バス東、富士急シティバス)
 みしまコロッケ号(三島・沼津)(京王バス東、富士急シティバス)
 かぐや姫エクスプレス(富士)(富士急静岡バス)
 やきそばエクスプレス(富士宮)(JRバス関東、富士急静岡バス)
 しみずライナー(清水)(しずてつジャストライン、JRバス関東)
 駿府ライナー(静岡)(JRバス関東、しずてつジャストライン)
 渋谷・新宿ライナー静岡号(清水・静岡)(京王バス東、JR東海バス)
 渋谷・新宿ライナー浜松号/渋谷・新宿イーライナー(浜松)(京王バス東、JR東海バス、遠州鉄道)
 知多シーガル号(刈谷・知多半田)(JRバス関東)
 東海道昼特急号・プレミアム昼特急号・青春昼特急号(京都・大阪)(JRバス関東、西日本JRバス)
上り
 下記の便のみ乗車が可能。他は降車のみ。
 東名ハイウェイバス(霞が関・東京駅日本橋口行)
 小田急箱根高速バス(池尻大橋・新宿駅西口行)

夜行便:
下り
 知多シーガル号(刈谷・知多半田)(JRバス関東)
 青春ドリームなごや号・青春レディースドリームなごや号(名古屋)(JR東海バス)
上り
 各便とも降車のみ。

バス停へのアクセス:
鉄道
 東急田園都市線・横浜市営地下鉄ブルーラインあざみ野駅より徒歩約10分
 東急田園都市線江田駅より徒歩約15分
バス
高速バス停のすぐ北を通る神奈川県道13号横浜生田線上に同一名称の一般路線バス停があり、以下の路線が東急バスによって運行されている。
 た51 たまプラーザ駅 - あざみ野駅 - 東名江田 - 江田駅
 その他、江田ドエル前バス停までも徒歩5分程度である。
 綱44 江田駅 - 江田ドエル前 - 東山田駅入口 - 高田駅前 - 綱島駅
 綱45 江田駅 - 江田ドエル前 - センター南駅 - 東山田駅入口 - 高田駅前 - 綱島駅

東名高速で上り線が渋滞している場合、当停留所で下車してあざみ野駅まで歩き、田園都市線に乗車して都心に向かう事で、それを回避する手法がある。道路状況に応じ、各高速バスでも車内アナウンスにてそのルートを推奨する場合がある。但し、東京都内までの乗車券を用いて当停留所で下車した場合、前途無効扱いとされるため、差額が払い戻されない。
なお、東名ハイウェイバスなど東名高速を走行する高速バスの一部では、同じように高速渋滞の影響を緩和するため、平成23(2011)年10月13日より用賀PA内に降車専用のバス停を設置している。田園都市線で都心方面へ向かう場合は、こちらを利用したほうが乗り継ぎ時間(用賀駅まで徒歩5分)、運賃(渋谷駅まで100円の乗車券が車内で販売される)共に有利に働く。
その他、あざみ野駅からは横浜市営地下鉄を利用して新横浜や横浜市の中心部へアクセスすることも可能である。特に新横浜地区へは横浜駅発着の高速バスを利用するよりもむしろ便利である。


(参考資料:Wikipedia 平成26(2014)年12月25日更新)
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by fbox12 | 2016-05-26 21:02 | 鉄道・バス

SANDAY MACDONALD

a0057057_9111066.pngミニチュアボトルコレクション 800

酒類(酒税法上):ウイスキー
酒類通称:スコッチウイスキー
原材料:大麦
度数:43度
容量:5cl(実質48ml)
原産国:イギリス
製造者:MACDONALD.GREENLEES, LTD.(EDINBURGH SCOTLAND)
輸入者:
国内ラベル表記:ウイスキー特級 (T)6646
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by fbox12 | 2016-05-24 09:50 | コレクション

158 長森(ながもり)駅 (JR東海)

a0057057_22223435.png所在地:岐阜県岐阜市蔵前二丁目14-12
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・高山本線
電報略号:ナモ

歴史:
大正9(1920)年11月1日 - 高山線(昭和9(1934)年に高山本線に改称)岐阜 - 各務ヶ原間開通と同時に開業。旅客及び貨物の取扱を開始。
昭和44(1969)年1月1日 - 貨物の取扱を廃止。無人駅化。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)の駅となる。
平成22(2010)年3月13日 - TOICA導入。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を有し、列車交換が可能な地上駅。高速通過(100km/h)可能な両開き分岐器(Y字ポイント)に取り換えられている。
岐阜駅管理の無人駅。平成22(2010)年3月よりTOICA専用簡易改札機が設置された。トイレは設置されていない。また、下りホームからも駅の北側へ直接出入りできる。駅舎は無人化時に建てられた簡易なもの。

のりば:
1番線 高山本線上り岐阜・名古屋方面
2番線 高山本線下り美濃太田・高山方面

バス路線:
駅の南側に373バス(岐阜市コミュニティバス)の「長森駅」バス停がある。

長森駅バス停
 岐阜県総合医療センター方面
 イオンモール各務原方面


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年9月2日更新)
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by fbox12 | 2016-05-22 21:02 | 鉄道・バス

OLD Smuggler

a0057057_21412190.pngミニチュアボトルコレクション821・822

酒類(酒税法上):ウイスキー
酒類通称:スコッチウイスキー
原材料:大麦
度数:43度
容量:48ml(左) / 30ml(右)
原産国:イギリス
製造者:Jas. & Geo Stodart LTD.(Dumbarton SCOTLAND)
輸入者:(株)日本S.T.ジョンソン商会(東京都千代田区内神田3-3-5)
国内ラベル表記:ウイスキー特級 (Y)6236 (両方とも)
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by fbox12 | 2016-05-19 21:59 | コレクション

33 左内神社(さないじんじゃ) 静岡県三島市鎮座

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        (写真:境内に安置されている明治37(1904)年、沈没船から引き上げられた大砲)

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鎮座地:静岡県三島市中島字西310-2
御祭神:阿米都瀬氣多知命(豐磐窓命)
社殿:本殿流造、拝殿入母屋造
a0057057_8543623.jpg境内社:山神社

由緒:
社伝には、本社は古く天地明神又、阿米都知神社と称し、梅名川(殿川)を挟み、東岸に当社、西岸に右内神社が鎮座する。
当社と右内神社は「三嶋大社御門左右ノ守護神」であり、下田街道の左右に鎮座する。
旧社地は、君澤郡中島村字園田(現社地から北東300mの「手無(テナシ)」というところ)であったが、明治19(1886)年の火災に罹り建物を焼失。翌20(1887)年、現在地に遷座した。
一説に、「左内、右内の両神は稲生沢柿崎(現下田市)武山権現より移り、三嶋大社御門の守護として相対して鎮座す。」と。また、社伝には、本社こそ延喜式田方郡阿米都瀬氣多知命神社であると云う。
正徳五乙未五月廿八日上梁文に「左内之神社、文化十四丁丑年三月上梁文に天地宮又阿米都瀬神社と見ゆ」と云う。
明治6(1883)年9月村社に列す。明治40(1907)年6月21日神饌幣帛供進社に指定された。

昔の左内神社:
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上記神社の由緒に、明治期に通称「手無」に鎮座していたものが火災により焼失し、現在のところへ遷座したと書かれている。
上写真は、その跡とされる碑で、静岡県企業局東部事務所柿田川支所(駿豆水道中島浄水場)の前にある(建立年月:昭和49年11月)。

a0057057_2039337.jpgまた、左写真は、それより北にある手無地蔵(観音堂)で、平成8(1996)年3月にかかれた市教育委員会の説明書きには、

「昔、この地に建っていたといわれる[神社]は、森に囲まれていたが、年代が不詳だが焼けてしまった。この荒廃した跡にお堂が建った。これが手無地蔵である。この地蔵堂には次の様な伝説がある。昔このお堂のそばに石地蔵があったが、よく化けては人をおどろかせていた。ある日いつものように化けて、若侍の髪を引いたら、逆にその若侍に左手を切り落とされてしまった。このため手無地蔵といわれるようになったといわれる。」
(追記、「なおこの若侍は源頼朝であると言い伝えもある。」)

この跡地とする碑と地蔵堂は、直線距離で500mほど離れている。
いずれも、下田街道の東側なので、街道をはさんで某大社の右と左の門の守護神である。という説は、それなりに筋は通っているのだが、その位置関係から判断すれば、あまりにも至近な距離(歩いてはいくらか距離があるが)にあり、いかにも後世になって取って付けた説であるように思えるのである(神社名の右・左はあくまで某大社から見ての方向で付けられている)。

(以上、記事内容「田方神社誌」他から)

この神社最寄の駅または停留所:
伊豆箱根鉄道駿豆線・大場
 同大場駅から三島市100円バス「なかざと号」・大場中島または中郷交番前停留所
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by fbox12 | 2016-05-18 21:15 | 神社

28 三島二日町(みしまふつかまち)駅 (伊豆箱根)

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a0057057_2281088.png所在地:静岡県三島市南二日町23-54
所属路線:伊豆箱根鉄道株式会社・駿豆線
駅番号:IS04
概要:三島駅から3つ目(2.9km)の駅で昭和7(1932)年12月15日に開業した。

駅構造:
単式ホーム1面1線を有する地上駅。駅員は日中のみ駐在。平成18(2006)年6月よりその駐在時間が延長されたが、常駐するまでには至っていない。
自動券売機は2台設置されているが自動改札機は設置されていない。
列車接近放送は上り列車、下り列車でいずれも女声が流れる。また、発車時にはブザーが鳴る。以前は車掌がブザーを鳴らしていたが現在は駅員が鳴らしている。このブザーは付近の踏切にも連動している。

のりば:
1番線 駿豆線 下り 大場・伊豆長岡・大仁・修善寺方面
        上り 三島方面
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(参考資料:Wikipedia平成27(2015)年5月23日更新)
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by fbox12 | 2016-05-16 22:23 | 鉄道・バス

155 乙川(おつかわ)駅 (JR東海)

a0057057_21152956.png所在地:愛知県半田市乙川町112
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・武豊線
電報略号:ツワ

概要:
乙川駅は、明治19(1886)年の武豊線開通から40年以上経った昭和8(1933)年12月に開業した。1930年代前半に開通した知多鐵道(現、名鉄河和線)への対抗策として実施された気動車列車の運転開始・列車増便(昭和8(1933)年8月実施)にあわせて新設された駅の一つである。
同時に開業した他の駅と同じく旅客専用の駅であったが、昭和19(1944)年から貨物や荷物の取り扱いを開始した。しかし他の武豊線の駅と同様に、昭和50(1975)年に貨物、昭和59(1984)年には荷物の取り扱いを終了し、開業時と同様の旅客専用の駅となったまま昭和62(1987)年の国鉄分割民営化を迎え、JR東海に継承されている。
中部国際空港(セントレア)開港前は当駅で分岐して知多半島を東西に横断し、現在の中部国際空港駅に至る空港連絡鉄道の新設が検討されていたが、平成17(2005)年2月17日の開港までには実現せず、開港から10年以上が過ぎた現在も具体的な動きはない。これは、新たに敷設する区間が比較的長いという理由のほか、構想が浮上した1990年代当時は全線が単線非電化だった(平成27(2015)年全線単線電化された)上、最高速度も85km/hと遅く最大6両編成(20m級大型車両)までしか入線できないなど輸送力が小さかったため、当駅以北の既存区間の全面改良(複線化・電化・高速化・ホーム延長などの輸送力増強)を含めた事業費が多額にのぼる(約1,000億円以上)とされたことが理由にある。結局、中部国際空港への連絡鉄道は名古屋鉄道(名鉄)常滑線の延伸のみが対象となり名鉄空港線として実現した。
その他、名古屋方面と空港の連絡のみならず、武豊線 - 名鉄三河線 - 愛知環状鉄道線を結ぶことで新空港から平成17(2005)年日本国際博覧会(愛知万博)会場へのアクセスルートとしたり、新空港と東海道新幹線三河安城駅をミニ新幹線で結ぶことも検討されていた。
また、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線や名古屋臨海鉄道南港線、愛知環状鉄道線三河上郷駅付近から分岐し、三河安城駅を経て武豊線乙川駅に至り、前述の延伸区間に至るルートも連絡鉄道線の候補に挙がっていたが、いずれも実現しなかった。
現在、武豊線で運行されている普通列車と東海道本線名古屋駅直通の区間快速(武豊線内では各駅停車)の2種類の旅客列車が停車し、概ね1時間に2本(ラッシュ時は3本)の頻度で列車が発着する。朝時間帯に運行されている快速列車は停車しない。

年表:
昭和8(1933)年12月7日 - 鐵道省武豊線の駅として、亀崎・半田間に開業。旅客のみを取り扱い、荷物(手荷物・小荷物)や貨物は取り扱わなかった。
取り扱う旅客にも制限があり、武豊線と東海道本線岡﨑驛・岐阜驛間の各駅、および東海道本線浜松驛・豊橋驛・蒲郡驛、関西本線桑名驛・四日市驛を発着する旅客に限り取り扱っていた。
昭和14(1939)年7月21日 - 上記各駅に加え、中央本線大曾根驛・千種驛・鶴舞驛を発着する旅客の取り扱いも開始。
昭和19(1944)年4月1日 - 貨物と手荷物の取り扱いを開始、同時に旅客の取り扱い制限を廃止。同月に駅舎を新設。
昭和27(1952)年11月1日 - 小荷物の取り扱いを開始。
昭和50(1975)年11月15日 - 貨物の取り扱いを廃止。
昭和55(1980)年5月1日 - 業務委託駅となる。
昭和59(1984)年2月1日 - 荷物の取り扱いを廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)が継承。
平成元(1989)年3月10日 - 無人駅化。
平成18(2006)年3月 - 駅舎を改築。
 11月25日 - TOICAの利用が可能となる。
平成25(2013)年10月1日 - 「集中旅客サービスシステム」導入により、自動券売機・自動改札機を設置。

貨物営業:
乙川駅は昭和8(1933)年の開業時は貨物を取り扱っていなかったが、上記の通り昭和19(1944)年4月1日より取り扱いを開始した。ただし全種別を取り扱うのではなく、専用線発着の車扱貨物に限定していた。周囲の武豊線の駅と同じように、昭和50(1975)年11月15日に貨物の取り扱いを終了している。
駅に接続する専用線は、駅の南側に工場がある輸送機工業のものがあった。専用線は同社が前身の中島飛行機半田製作所であった昭和19(1944)年に敷設された。同線は昭和45(1970)年の専用線一覧表]によれば、作業キロが0.7km、総延長キロが2.0kmであった。
2駅南側にある東成岩駅から衣浦港中央埠頭にある半田埠頭駅へ至る衣浦臨海鉄道半田線は昭和50(1975)年に開業したが、当初の計画ではこの乙川駅から中央埠頭を経て東成岩駅へ接続し、実際に開業した新半田駅と半田埠頭駅に加えて「新乙川駅」を開設する予定であった。

駅構造:
乙川駅は、ホームが地面に接する地上駅という形態をとる。ホームは2面あり、2本の線路を挟んで配置されている(相対式ホーム)。南北2つある乗り場のうち、北側が上り列車(大府方面行き)が発着する1番線、南側が下り列車(武豊方面行き)が発着する2番線である。単線の武豊線上にある交換駅であり、列車の交換が可能である。
駅舎は上りホーム側(1番線)にあり、2つのホームを結ぶ跨線橋が設置されている。無人駅(駅員無配置駅)で、管理駅である大府駅の管理下にある。JR東海は平成25(2013)年10月1日より当駅を含む6駅について「集中旅客サービスシステム」を導入し、自動券売機・自動改札機を整備した上で遠隔案内によって一括的に管理されるようになった。

バス路線:
駅北西側の乙川新町交差点付近に「乙川新町」、駅北東側交差点付近に「乙川駅前」というバス停留所(バス停)があり、半田市中心部にある名古屋鉄道(名鉄)の知多半田駅と市北部を結ぶ知多乗合(知多バス)の路線バスが両停留所を経由している。路線と主な行き先は以下の通り。
 有脇線:知多リハビリ病院前行き、半田駅前方面知多半田駅行き
 上池線:一ノ草病院前・半田東高校前方面緑ヶ丘行き、市役所前方面知多半田駅行き
 亀崎線:亀崎駅前方面県社前行き、市役所前方面知多半田駅行き


(参考資料:Wikipedia 平成28(2016)年4月1日更新)
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by fbox12 | 2016-05-16 21:48 | 鉄道・バス