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SONY TRANSISTER TV RECIEVER 7-76

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私的文化遺産:整理番号56

ソニートランジスタテレビ
ブラウン管:7形モノクロ
周波数(チャンネル):1〜12(本体向かって右側)
 UHF13〜62チャンネル受信可能なコンバーターを本体に内蔵可能(チャンネルは本体向かって左側:下写真右側)
価格:33,000円
電源:AC100VまたはDC12V(専用バッテリー)
備考:昭和43(1968)年度グッドデザイン賞受賞商品

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記事:
 投稿:28.4.30
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by fbox12 | 2016-04-30 21:11 | 私的文化遺産

27 智方神社(ちかたじんじゃ) 静岡県駿東郡清水町鎮座

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鎮座地:静岡県駿東郡清水町長沢60番地
御祭神:予母都道守神、菊理比咩神

由緒書き:
a0057057_1357231.png建武二(1335)年七月二十三日護良親王弑せられし時、御側に侍し宮入南の方(藤原保藤の女)宮の御首を櫃に収め、御他界の情況を中央(南朝)に報ぜんがため、従者を伴い足柄街道を追手の目を避けて此の地(*駿東郡清水町長沢、当時は伊豆の国)黄瀬川の辺まで到着せり。時に八月一日(八朔)黄瀬川の水漲り渡渉すること困難なりしかは、暫時河岸に休息なされ御櫃を見るに、長の道中を運び奉る事の困難なる状を拝し、止むなく河岸近く古びたる小祠の辺に地を求め、宮の御首級を葬り、楠の一樹を植え以て墓印をなす。(写真:「後醍醐天皇皇子大塔宮護良親王御陵」)
時に北条時行は家令畠山国清の手兵を併せ五千の兵を挙げ南朝に属せし延元二(1337:南朝の元号、北朝では、建武4)年まで伊豆の藩主たりし間に御首級頃を石祠となし、更に神社となし現在に至る。
当時、足利氏の詮索を避けんがため、わざと御祭神の名を秘し神前下馬の礼を諷示するため、白馬の伝説を後世に伝へしものなり。
白馬の伝説を考察するに、白馬即ち白騎なり。白旗は源氏なり。足利氏は源氏なり。親王の霊廟を建立せる北条時行は平氏なり。御祭神大塔の宮と共に白旗を忌むは当然の事なり。
邑人、子々孫々世の率遷にも絶つことなく、密に此の口伝を固く守り続け、御祭神の文献存せざるも追求する事なく(追求しても足利・徳川と源氏の世続く)木彫御首級の御神体と白馬像、御首級墳を大切に保存し今日に至り、御祭神漸く明確となり承認を得たるは御神威の程愈々広大なりと言うべきなり。慈に六百二十五年の星霜を経貴重なる史実を得たるは真に喜ばしき限なり。

a0057057_18101979.pnga0057057_18173834.png智方さん:
智方神社は道祖神的な性格が強い。長沢智方神社の、祭神のうちに、予母都道守神菊理比咩神
(よもつみちもりのかみきくりひめのかみ:*くくりひめのかみ)がある。予母都道守の神は、その名が示すように道を守る神である。即ち旅人の安全を守る神である。
菊理比咩神は、有名な越前・加賀・美濃の国境にそびえる、白山神社の主祭神で、これも国境を守る神である。黄瀬川は昔伊豆と駿河の国境であり、こうした国境を守る神々が祀られたことは、もっともな事である。新宿(*しんしゅく:駿東郡清水町)の地方神社・竹原の越方神社も同じ祭神である。これはその後、国境が移動(*何回か駿河國が伊豆國に侵攻した)して、駿豆の境は、黄瀬川から境川(*現在も三島市と駿東郡清水町の境の川)に移っために境川が伊豆・駿河の国境になった。
このため新宿にも竹原にも、道祖神的性格の強い、地方(ちかた)神社が祀られるようになったのである。
道祖神は、サヘノカミ、又は道陸神(どうろくじん)ともよばれ、防障(ぼうしょう)・防塞(ぼうさい)の神で、外からおそってくる、疫病や、悪霊を、村境・国境・橋のたもとなどで防止してくれる。また、生者と死者、人間界と幽冥界(ゆうめいかい)の境をまもる神様でもある。
また行路の神・旅の神という道祖の神も習合されるようになった。更に仏教渡来後は、冥界思想はその影響をうけることが多くなり、サへの河原・ショウヅ河などの仏教的な解説が行なわれ、六道(りくどう)の辻の信仰とか、大観音・六地蔵なども盛んになり、村の辻・橋畔(きょうはん)などは、人馬の往来もしげく、子供の遊び場所ともなり、村人の運命を知り、縁を結び、子供とも特に親しい神となっている。そして道祖神即ちサへの神は、性の神ともなり盛んに祀られるようになった。
智方神社は祭神から考えても、神域が駿豆国境の黄瀬川河畔にあることと相まって、道祖神的信仰から、「性の神的」信仰につながり、沼津方面の水商売の人達が多数参拝するようになり、多額の賽銭を奉納する人もあるようである。
(この項、「清水町のむかしばなし」(清水町教育委員会発行)から転載)

境内社:

高尾山穂見神社
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御祭神:宇迦之御魂命

高尾山と馬頭観音
高尾山は智方神社の本殿の向かって右側にある。もとは長沢宮内原、国立病院(現、静岡医療センター)の南西側にあったものを、五十余年以前に現在地に移転鎮座されたもので、宇迦之御魂命(うがのみたま)を祀る。
この神は食物の神、五穀豊穣(ごこくほうじょう)の神で各地にある稲荷神社の祭神と同一神である。
この附近では沼津市金岡地区熊堂の、高尾山穂見神社は有名で、毎年十一月末に行なわれる祭典には参拝客が頗る(すこぶる)多く、夜半を通じて祭りが行われる。
長沢の高尾山穂見神社も、宮内原にあった頃は、毎年三月十五日が祭典で、近くにある競馬場では、近郷、近在の農馬が集まり、盛大な競馬が行われた。長沢の各農家ではご馳走を作り、むしろを用意して、親類・縁者を招待して、盛大な祭りが行われた。尚その後青年団のスポーツ大会等も行われた。
高尾山穂見神社の旧境内の近くには、競馬の農馬にちなんでか馬頭観音があった。馬頭観音は、もともと婆羅門教の毘紐奴(びしゅぬ)の化身から転化し、馬が牧草を食うように、諸種の悪を食いつくしてくれる明王だという。頭上に馬頭をつけているところから、馬の安全・息災を願う庶民の信仰と結びつき、広く祀られるようになった。
近世以前、農民たちは、農耕に馬を使用するなど思いもよらないことだった。まして交通・運輸に使うなどは支配者のためであった。それが近世になって、商品の流通、経済の発展は馬の需要を増し、農民も馬を持つようになった。江戸中期より、馬頭観音が各地に造立(ぞうりゅう)されたのは、農民も馬を持てるようになったことを示すものである。
そして各地に馬頭観音の造立が見られるようになった。馬頭観音は、愛馬が死んだ時の供養に建てたものだろうが、記念碑として、愛馬の無病息災を祈ったものでもある。
(この項、「清水町のむかしばなし」(清水町教育委員会発行)から転載)
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写真:境内入口西側の石仏群-左から、蛇塚、石仏像、観音像、正観世音菩薩塔、馬頭観音(3)、馬頭観音(2)、庚申塔、馬頭観音)

山之神神社
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a0057057_14171771.png<石祠>祠の間後ろには、富士山。

末社:
a0057057_14392564.png左から、
熊野社、北斗社、稲荷社、厳島社、神明社、天神社、金山社、辨天社、床浦社

a0057057_14512124.png清水町指定文化財「大楠」

この神社最寄の駅・バス停
伊豆箱根バス・東海バス「医療センター入口」または、東海バス「対面石入口」
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by fbox12 | 2016-04-27 17:21 | 神社

7 大井町(おおいまち)駅 (JR東日本 / 東急 / りんかい線)

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歴史:
明治34(1901)年3月15日 - 逓信省鐵道局(国鉄の前身)・東海道本線に大井聯絡所を開設する。
明治34(1901)年8月1日 - 大井聯絡所 - 大崎間の山手線支線が開通する。
大正3(1914)年12月20日 - 京濱線(京浜東北線の前身)運行開始に伴い、大井聯絡所を駅に格上げし大井町駅が開業する(旅客駅)。
大正5(1916)年4月16日 - 大崎駅 - 大井町駅間の山手線支線を廃止する。
昭和2(1927)年7月6日 - 目黒蒲田電鐵(現・東京急行電鉄)大井町線 大井町 - 大岡山間が開通する。
昭和47(1972)年3月15日 - 国鉄駅での荷物の取扱を廃止する。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により国鉄の駅はJR東日本の駅となる。
平成5(1993)年3月 - 駅ビルが完成。
平成13(2001)年11月18日 - JR東日本の駅で、ICカード「Suica」の供用を開始する。
平成14(2002)年11月25日 - 東口の新駅舎の使用を開始する。
 12月1日 - 東京臨海高速鉄道りんかい線の駅が開業する。りんかい線の駅でも「Suica」の供用を開始する。

7-1 JR東日本
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所在地:東京都品川区大井一丁目2-1
所属・乗入路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線
電報略号:オマ←ヲマ

JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線であるが、当駅には電車線を走る京浜東北線電車のみが停車し、旅客案内では「東海道(本)線」とは案内されていない。また、特定都区市内制度における「東京都区内」に属する。

島式ホーム1面2線を有する地上駅である。京浜東北線に並行して東側には東海道線の線路があるが、ホームはない。ホーム中央付近に中央口(アトレ口)、品川寄りに東口と西口が存在する。品川寄りの東口と西口は線路を挟んですぐそばにある。みどりの窓口・びゅうプラザ・自動改札機、指定席券売機設置駅。

のりば:
1番線 京浜東北線 東京・上野・大宮方面
2番線 京浜東北線 蒲田・横浜・大船方面


7-2 東急
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a0057057_1644091.png所在地:東京都品川区大井一丁目1-1
所属・路線:東京急行電鉄株式会社・大井町線
駅番号:OM01

頭端式ホーム1面2線を有する高架駅である。新玉川線(現・田園都市線渋谷 - 二子玉川間)が開通する前は田園都市線の起点駅だった。平成11(1999)年から18(2006)年2月まで改良工事を実施し、駅舎とホームが大きく変更され、連絡改札口がなくなった。基本的に各駅停車が1番線、急行が2番線から発着することが多い。
ホームドアの設置については品川区や国土交通省などを含めた協議がなされ、平成23(2011)年度までに供用を開始するものとされた。その後、上記のほか東京都による補助金交付を受け事業化され、平成24(2012)年3月3日から供用を開始している。

のりば:
1・2番線 大井町線 旗の台・自由が丘・二子玉川・溝の口方面
以前は2番線の反対側に降車ホームがあった。

(上右写真は、改装時の仮ホーム)


7-3 りんかい線
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所在地:東京都品川区大井一丁目2-10
所属・路線:東京臨海高速鉄道株式会社・りんかい線
電報略号:オマ

単式ホーム1面1線が二層構造となっている地下駅である。駅部トンネルのうち線路・ホーム部分は2本の単線シールド工法(挿入式拡径親子シールド)で、改札等の駅施設部分は開削工法で構築され、シールド部と開削部がホーム中央部分で連結されている。
JRとは品川寄りと大森寄りのそれぞれの駅舎(JR中央口)で、東急とは品川寄りの駅舎のみで連絡している。改札口から品川寄り駅舎へ向かう途中にイトーヨーカドー大井町店の地下1階フロアに直結する出入口がある。JR中央口改札階とりんかい線改札階を連絡するエスカレーターは44mの長さがある。西隣の大崎駅と異なり、JRとの改札内での乗り換えはできない。ホーム番号や自動券売機も完全に別のものとなっている。
当駅から渋谷・新宿・池袋方面へは、りんかい線は大崎駅からJR埼京線に直通することから利便性は高い。ただし、運賃はりんかい線とJR線の合算となるため割高となる。大崎駅まででもりんかい線を使うとICカードで206円、切符で210円、JR品川経由ではそれぞれ154円、160円である。
劇団四季の専用劇場である四季劇場[夏]の最寄り駅であることから、平成23(2011)年6月21日から平成25(2013)年1月27日まで発車メロディにミュージカル『美女と野獣』のテーマ曲が採用され、上り線(新木場方面行き)は「ビ アワ ゲスト(おもてなし)」、下り線(大崎方面行き)は「美女と野獣」がいずれも11秒間流れていた。また、平成25(2013)年10月25日からはミュージカル『リトル・マーメイド』のテーマ曲が採用され、上り線(新木場方面行き)は「アンダー・ザ・シー」、下り線(大崎方面行き)は「パート・オブ・ユア・ワールド」がいずれも11秒間流れている。

のりば:
1番線(地下3階) 下り 大崎・新宿・埼京線方面
2番線(地下5階)上り 国際展示場・新木場方面


路線バス:
中央口の東側および西側にそれぞれロータリーが存在している。

東側
乗場 社局:都営バス(都営)、東急バス(東急)、京浜急行バス(京急)
1番 都営 井92 青物横丁・都立八潮高校前【循環】八潮パークタウン
 直行01(品川総合福祉センター前まで無停車)平日の朝夕のみ運行
2番 京急 井12 立会川駅・大井競馬場駅前【循環】八潮パークタウン
3番 (降車専用))
4番 都営 井98 4号バース大井水産物埠頭(休日運休)
5番 都営 井96 JALビル【循環】天王洲アイル
6番 東急 (直行) しながわ水族館(無料送迎バス)
7番 京急 井20 大井競馬場(無料送迎バス、競馬開催日のみ運行)

西側
乗場 社局:東急バス(東急)、京浜急行バス(京急)、羽田京急バス(羽田)
(★印の路線は、大井町駅東口バス停にも停車)
1番 東急 品94・井03 大森駅・池上駅経由 蒲田駅
 品94・井09 大森駅・池上営業所経由 池上駅
2番 東急 井05 伊藤学園・大井原町経由 西大井駅
3番 羽田(空港リムジンバス) 空61 品川シーサイド駅(降車不可)経由 羽田空港
 京急 ★井19 青物横丁駅・立会川駅経由 大森駅東口
  ★青物横丁駅・大森駅・大森海岸駅レジャーランド経由 平和島(1日3本のみ運行)
4番 東急 ★品94 青物横丁駅経由 品川駅
5番 東急 ★渋41 大崎駅・中目黒駅・大橋経由 渋谷駅
6番 東急 井01 東光寺前・二葉三丁目経由 荏原営業所
7番 京急 ★井30 青物横丁駅・台場駅・東京テレポート駅経由 船の科学館
 ★井32 青物横丁駅経由 台場駅


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年10月27日更新)
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by fbox12 | 2016-04-27 16:45 | 鉄道・バス

27 いずみ中央(いずみちゅうおう)駅 (相鉄)

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所在地:神奈川県横浜市泉区泉町3540
所属・路線:相模鉄道株式会社・いずみ野線
駅番号:SO35

概要:
横浜市泉区総合庁舎(泉区役所、横浜市消防局泉消防署、泉保健所、横浜市泉公会堂)が隣接している。

駅名の由来:
泉区の行政の中心である区役所に隣接していることから「いずみ中央」となる。

年表:
平成2(1990)年4月4日 - 開業。当時は終着駅であった。
平成11(1999)年2月27日 - 快速の運転が開始され、当駅が停車駅となる。
 3月10日 - いずみ野線が湘南台駅まで延伸し途中駅になる。

駅構造:
島式ホーム1面2線を有する高架駅。ホームは3階に改札は1階にあり、階段の他、エレベーターとエスカレーターが設置されている。駅は駅ビル(いずみ中央ライフ)と構造的に一体化されている。このビルには商業施設及び泉区民文化センターが入居している。

のりば:
1番線 いずみ野線 下り 湘南台方面
2番線 いずみ野線 上り 二俣川・横浜・大和・海老名方面

バス路線:
最寄り停留所は、駅北側にあるロータリーにあるいずみ中央駅と、駅北方にある長後街道上の泉区総合庁舎前となる。以下の路線が神奈川中央交通と天台観光株式会社により運行されている。

いずみ中央駅
 立02系統 立場ターミナル行/上飯田車庫行
 Eバス 下和泉住宅循環いずみ中央駅行
他にタクシー乗り場がある。バス・タクシー乗車側のロータリーは一般車両進入禁止。

泉区総合庁舎前
 戸61系統 戸塚バスセンター行/いちょう団地経由 上飯田車庫行
 戸64系統 戸塚バスセンター行/いちょう団地行
 立02系統 立場ターミナル行/上飯田車庫行
 長54系統 立場ターミナル行/長後駅行



(参考資料:Wikipédia 平成27(2015)年10月24日更新)
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by fbox12 | 2016-04-27 16:35 | 鉄道・バス

112 尼崎(あまがさき)駅 (JR西日本)

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所在地:兵庫県尼崎市潮江一丁目1番1号
所属・路線:西日本旅客鉄道株式会社・東海道本線

概要:
神戸・宝塚・大阪・京都・京橋方面を相互に結ぶ結節点で、はまかぜ号・スーパーはくと号とサンライズ瀬戸・出雲号を除く各方面に向かう全ての営業列車が停車する要衝である。ただし、尼崎市の商工業の中心は阪神本線の尼崎駅周辺で、尼崎市役所へは隣りの立花駅が最寄り駅となる。
アーバンネットワーク、およびIC乗車カード『ICOCA』の利用エリアに含まれている。駅長が配置された直営駅で、管理駅として福知山線の塚口駅と猪名寺駅を管轄している。

乗り入れ路線:
東海道本線(JR神戸線、当駅の所属線)
福知山線(JR宝塚線、当駅起点。ただし、全列車が他の2線に直通)
JR東西線(当駅終点。ただし、一部を除き福知山線や東海道本線・神戸方面に直通)

JR西日本では旅客案内上で独自の愛称路線名がよく使用されているが、上記では東海道本線が「JR神戸線」の区間内に含まれている。また、福知山線も大阪駅(東海道本線所属)から当駅を経て篠山口駅までの区間が「JR宝塚線」と呼ばれている。
案内上では、東海道本線の下り(神戸方面)のみが「JR神戸線」と表記されており、反対の上り(大阪・京都方面)は「JR京都線」と表記されている。JR京都線の正式な起点は大阪駅だが、当駅 - 大阪駅間ではJR神戸線とJR宝塚線の列車が混在するため、直通先の名称を使うことで案内を統一している。「JRおでかけネット」の駅構内図でもこのような表記が使われている。
以下では、新大阪駅を越えて運行される列車は上記の形態を考慮して「JR京都線」系統として扱う。ただし、JR宝塚線方面からの列車のうち大阪・新大阪駅終着のものについては、塚本駅を通過することから区別し「JR宝塚線」系統として扱う。
この他にも東海道本線支線(北方貨物線)の登記上の終点となっているが、実際には当駅より一つ大阪方の塚本駅の構内(東海道本線所属、厳密には東西線・加島駅の地上付近)で本線に合流している。
なお、当駅の前後には特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅(塚本駅と加島駅)があるが、「大阪市内」発着の乗車券で乗車している場合は、大阪市外にある当駅で途中下車しないことを条件に、東海道本線・大阪駅方面と東西線方面への乗り換えが認められている。

歴史:
明治7(1874)年6月1日 - 官設鉄道(現在の東海道本線)の大阪驛 - 西ノ宮驛(現在の西宮駅)間に「神崎驛」として開業。
明治28(1895)年4月1日 - 線路名称制定。東海道線(明治42(1909)年より東海道本線)の所属となる。
明治31(1898)年6月8日 - 阪鶴鐵道(現在の福知山線)の当駅 - 塚口驛間が開業。
明治40(1907)年8月1日 - 阪鶴鐵道が国有化され、国有鉄道のみの駅になる。
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称制定。当駅を含む東海道線にあたる区間を東海道本線、旧・阪鶴鐵道が阪鶴線となる。
明治44(1911)年9月6日 - 尼ヶ崎驛(のちの尼崎港駅) - 塚口驛間に「神崎乗降場」を開設(運賃計算や時刻表上では当駅と同一扱い)。
明治45(1912)年3月1日 - 線路名称改定。当駅を含む阪鶴線福知山驛以南が福知山線に改称される。
大正7(1918)年8月1日 - 吹田驛への貨物支線(北方貨物線にあたる)が開業。
昭和24(1949)年1月1日 - 尼崎驛に改称。「神崎乗降場」も「尼崎乗降場」に改称。
昭和28(1953)年6月18日 - 神崎製紙神崎工場(後の新王子製紙神埼工場、現・王子製紙神崎工場)への専用線が開通。
昭和42(1967)年10月1日 - 貨物支線 当駅 - 尼崎市場驛間が開通。
昭和44(1969)年4月30日 - 「尼崎乗降場」を統合し「尼崎臨時乗降場」とする。
昭和55(1980)年10月1日 - 当駅 - 尼崎市場駅間が廃止。
昭和56(1981)年4月1日 - 尼崎港線の旅客営業廃止により「尼崎臨時乗降場」を廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR西日本と日本貨物鉄道(JR貨物)が継承。
平成7(1995)年9月29日 - 新王子製紙神崎工場、貨車輸送を終了。
 11月25日 - 橋上駅舎に改築。
平成9(1997)年3月8日 - JR東西線が開業。JR神戸線の新快速・快速がすべて停車するようになる。また、当駅折り返し列車の設定も復活。
 9月1日 - 改良工事完成。JR宝塚線方面の特急と急行『だいせん』が全て停車するようになる。
平成15(2003)年11月1日 - ICカード『ICOCA』供用開始。
平成17(2005)年4月25日 - JR福知山線脱線事故発生。福知山線の当駅 - 宝塚駅間が不通となる。
 6月19日 - 福知山線・当駅 - 宝塚駅間が55日ぶりに復旧。
平成18(2006)年4月1日 - JR貨物の駅が正式に廃止。
平成26(2014)年6月28日 - 新橋上駅舎の一部供用開始。
 11月29日 - 新橋上駅舎(東口)の全面供用開始。

のりば:
1・2
  A  JR神戸線 三ノ宮・姫路方面 新快速・一部の快速
  G  JR宝塚線 宝塚・福知山方面 特急『こうのとり』・快速
3・4
  G  JR宝塚線 宝塚・福知山方面 JR京都線・JR東西線からの直通列車
  A  JR神戸線 三ノ宮・姫路方面 普通・快速
5・6
  A  JR京都線 大阪・新大阪・高槻方面 快速・普通
  H  JR東西線 北新地・京橋・四条畷方面 快速・区間快速・普通

  G  JR宝塚線 大阪・新大阪方面 特急『こうのとり』・快速
  H  JR東西線 北新地・京橋・四条畷方面 直通快速などのラッシュ時の一部(主に当駅始発)

  A  JR京都線 大阪・新大阪・高槻方面 新快速・一部の快速
  G  JR宝塚線 大阪方面 朝の一部列車
上記の他に、8番のりばの北隣にもホームのない待避線(9番線)がある。

備考:
JR神戸線の本線は、外側線が1番のりば・8番のりば、内側線が4番のりば・5番のりばとなる。JR宝塚線及びJR東西線の本線は、2番のりば・7番のりばである。
JR神戸線・京都線の快速・普通と、JR東西線に出入りする列車は、三ノ宮・宝塚方面は3・4番のりば、大阪・高槻方面は5・6番のりばを使用する。そのうち、宝塚線に出入りする列車は3番のりば・6番のりばのみ使用する(タイトル下ピンクの駅名標3・6番のりばに掲示のもの・・JR西日本では珍しい、隣駅が左右ともに複数記された駅名標)。ただし、平日朝ラッシュ時のJR神戸線からの大阪行き・JR京都線直通のすべての快速と土曜・休日朝の大阪行きは8番のりば、平日朝の姫路方面の快速は1番のりばに停車する。JR東西線と宝塚線を直通する一部列車は2・7番のりばに停車する。
朝のラッシュ時に当駅止まりとなる列車は主に4番のりばに到着し、駅西方の引き上げ線で折り返して5番のりばから発車する。2・3番のりばに到着した場合は、配線の関係で当駅では折り返せないため、塚口駅や新三田駅まで回送される。また、おおさか東線経由の直通快速は2番のりば(土休日の一部は3番のりば)に到着し、7番のりばから発車する。
3・4番のりばと5・6番のりばでは、複数の路線をまたいで利用する乗客向けに、対面乗り換えができるダイヤが組まれている(平日朝のラッシュ時を除く)。3・4番のりばのパターンは以下の通り。 JR神戸線の快速(JR京都線からの神戸方面行き)⇔JR宝塚線の快速(JR東西線からの宝塚方面行き)
JR神戸線の普通(JR東西線からの神戸方面行き)⇔JR宝塚線の普通(JR京都線からの宝塚方面行き)
JR宝塚線 - JR東西線直通の快速⇔JR神戸線 - JR京都線直通の普通
当駅止まりの普通(JR京都線から)⇒JR神戸線の普通(JR東西線からの神戸方面行き)※平日朝のラッシュ時のみ
5・6番のりば発着の列車は、出入りする方向がこの逆となる。

駅周辺:
阪神本線にも尼崎駅があるが、直線距離で約2km程離れている。両駅間は尼崎市営バス(タイトル写真)で連絡している。
他社線で一番近い駅は、阪神杭瀬駅。こちらへも市バスで連絡している(徒歩では南東へ30分)。
タクシー乗り場は北口と南口の両方にある。

バス:
尼崎市営バスなどが乗り入れ、主に市内各地へと向かう路線が発着している。以下、特記しないものは市バスが運行する。
市バスの乗り場は北口と南口に3か所ずつあり、1〜3番のりばが北口、4〜6番のりばが南口にある。また、市バス以外の乗り場は南口に2か所ある。

一般路線
1番のりば 
 11番 - 阪急園田 行(下坂部・近松公園・若王寺・聖トマス大学経由)
 12番 - 阪急塚口 行(下坂部・近松公園・若王寺・JR塚口・ピッコロシアター経由)
2番番のりば
 48-2番 - 阪急武庫之荘 行(尾浜町2丁目・尾浜西口・立花支所・尼崎北小学校経由)
 58番 - 阪急塚口 行(阪神水道前・ピッコロシアター経由、阪急バスと共同運行)
3番のりば
 11番 - 阪神尼崎 行(工業高校・西長州本通2丁目経由)
 12番 - 阪神杭瀬 行(工業高校・杭瀬団地経由)
4番のりば
 23番 - 阪神尼崎 行(西長州本通2丁目経由)
 48番 - 阪急武庫之荘 行(スポーツセンター・尾浜西口・立花支所・尼崎北小学校経由)
 50・50-2番 - 阪神出屋敷 行(波洲橋・東難波町3丁目・水道局・市役所・JR立花(下)・労災病院経由)
5番のりば
 23番 - 戸ノ内 行(小田支所・神崎・額田・阪急園田経由)
 24番 - 阪急園田 行(小田支所・小園・額田経由)
6番のりば
 24・50-2番 - 阪神杭瀬 行(工業高校・杭瀬団地経由)
 51番 - 阪神杭瀬 行(社協会館・県立尼崎病院・阪神大物経由)
 52番 - コスモ工業団地前方面 循環(社協会館・県立尼崎病院・阪神大物経由)
その他:
 競馬場ファンバス(南口・1番のりば) 園田競馬場 行(阪急バス、平成24(2012)年4月3日より市バスから移管)
 空港リムジンバス(南口・2番のりば) 関西国際空港 行(阪神バス・関西空港交通)(駅舎写真)

(以上、記事内容 Wikipeia:平成27年4月4日更新から)
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by fbox12 | 2016-04-27 15:44 | 鉄道・バス

113 大阪(おおさか)駅 (JR西日本)

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所在地:大阪府大阪市北区梅田三丁目1-1
所属・路線:西日本旅客鉄道株式会社・東海道本線

概要:
大阪府の代表駅(府庁所在地駅)として第1回近畿の駅百選にも選定されている西日本最大の駅。駅長が配置された直営駅であり、管理駅として東海道本線の塚本駅を管轄している。JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅であり、運賃計算の中心駅となる。また、アーバンネットワークの運行の要衝となる駅で、運行系統の軸をなしている。
大阪市街の北玄関である梅田に位置し、駅前や駅の東側・南側を中心に繁華街が広がっている。

東京・山陽・九州方面への長距離列車については、昭和39(1964)年開業の新大阪駅を発着する東海道・山陽新幹線に地位を譲ったものの、当駅は現在でも北陸方面との特急の始発・終着駅であり、新快速を始めとする京阪神の都市間連絡列車や、信州・北近畿・山陰方面との特急、東京駅発着の寝台特急などの在来線特急も発着している。
貨物列車は北方貨物線および梅田貨物線(いずれも通称)を利用するため大阪駅を通らない。

乗り入れ・接続路線:
東海道本線を所属線として、大阪環状線を加えた2路線が乗り入れている。また東海道本線尼崎駅を起点とする福知山線に直通する列車も乗り入れており、普通のみ東海道本線京都方面との相互直通運転を行っている。
JR西日本による独自の愛称路線名として、東海道本線京都方面には「JR京都線」、東海道本線神戸方面には「JR神戸線」、福知山線宝塚方面には「JR宝塚線」がそれぞれ設定されている。これらの路線について、JR西日本の旅客案内では正式名称である「東海道本線」「福知山線」などではなく愛称路線名が使用されている。
このほか、大阪環状線を経由して桜島線(JRゆめ咲線)・関西本線(大和路線)・阪和線に直通する列車も当駅を発着する。
付近には地下鉄や私鉄があるが、大阪駅と名乗っているのはJRのみで、それぞれ次の駅が近接して設けられており、乗り換えることができる。
 JR西日本・JR東西線 - 北新地駅(当駅・北新地駅にかかるJRの乗車制度の特例がある)
 大阪市営地下鉄・御堂筋線 - 梅田駅
  谷町線 - 東梅田駅
  四つ橋線 - 西梅田駅
 阪神電気鉄道・本線 - 梅田駅
 阪急電鉄・神戸本線・宝塚本線・京都本線 - 梅田駅

歴史:
場所決定の背景
明治7(1874)年に大阪驛 - 神戸驛間の鉄道開業と共に開業した。当時の駅舎はゴシック風の赤煉瓦造り2階建てで現在地より西の大阪中央郵便局付近に当たる場所にあり、周辺は民家がわずかにあるだけで田圃が広がっていた。駅のある場所は明治22(1889)年の市制施行時における大阪市域にも含まれず、明治30(1897)年まで西成郡曽根崎村に属していた。
当初の計画では市街地に近い堂島付近に頭端式で建設される予定であったが、上述の通り設置場所は曽根崎村の梅田に変更された。
堂島から梅田へ設置箇所が変更されたのは、将来東へ線路が延伸された際に京都驛 - 神戸驛間の直通運転に都合が良いよう、従前の日本のターミナル駅のような頭端式を採らず、通過式の駅構造にするためだと言われている。鉄道黎明期に頭端式ホームを採用した横浜駅がその後の時勢変化で二度移転を強いられたことからしても、折り返しを要さない東西直通運転を可能にしつつ市街地に駅をできるだけ近づけさせる構造にした大阪駅には、先見の明があったといわれることもある。それは、明治末期に山陽鐵道や九州鐵道といった大私鉄が国有化された後、西日本各地から東京への直通運転の実現が容易となり、利便性を高めたという点でも大いに役立つこととなった。

開業後の推移
開業当初、大阪驛は「梅田驛」「梅田ステーション」「梅田すてんしょ」などと呼ばれていたが、阪神・阪急や貨物駅の梅田驛が開業すると、次第に大阪驛のことを「梅田驛」などと呼ぶことはなくなった。
当初は貨物輸送の比重が大きく、水運の便を図るため堂島川から駅の南西まで梅田入堀川(堂島堀割川)が開削された。しかし、旅客輸送が次第に増大すると入堀のある狭小な駅前では手狭となり、大阪市電の乗り入れ計画に合わせて十分な駅前広場を確保すべく明治34(1901)年7月に現在地へ移転された。なお、貨物の取扱いに関しては後に梅田貨物驛が設置された際に全面移管され、梅田入堀川も北東へ延伸された。
明治39(1906)年に公布された鉄道国有法に基づき主要私鉄が国有化される前は、当駅に官営鉄道(後の国鉄)の列車のほか、山陽鐵道(今の山陽本線)・阪鶴鐵道(同じく福知山線)・西成鐵道(大阪環状線・桜島線)・関西鐵道(関西本線・大阪環状線など)・南海鐵道(南海本線)といった5つもの私鉄の列車が乗り入れていたことがあった。南海鉄道の列車は、昭和59(1984)年と平成22(1993)年の2段階で廃止された天王寺線経由で関西鐵道線に乗り入れる形で、山陽鐵道と阪鶴鐵道の列車は官営鉄道へ乗り入れて当駅に達していた。
昭和9(1934)年には大阪市街の踏切の撤去を目的とし、城東線(のちの大阪環状線)と共に大阪駅の高架工事が実施されるが、それに先駆けて昭和元(1926)年に阪神急行電鐵(現在の阪急電鉄)が大阪市街の高架化工事を実施し、同社線起点の梅田驛も東海道本線・城東線をまたぐ形で仮設の高架駅となっていたため、高架化に際しては阪急梅田驛を地上駅にする工事も同時に行う必要があり、結果として路線の上下を同時に入れ替えるという大工事を、5月31日から6月1日にかけての一夜で実施することになった。なおこのとき地上駅となった阪急梅田驛は、後に北へ移設して再び高架駅に戻っている。
昭和39(1964)年に東海道新幹線が開通した際には、既に梅田地区には新たに新幹線用の施設を設けるだけの土地の余裕がほとんどなかったことや(北は阪急梅田駅や梅田貨物駅、南は阪神百貨店など)、将来の山陽新幹線建設を考慮した際に北方貨物線の上の用地を使えるようにした方がいいと考えられたため、大阪の市街地から3kmほど離れた新大阪駅をターミナルとした。
その後、梅田貨物線を使用して京都駅・新大阪駅から和歌山・関西国際空港への直通列車を走らせることになった際には、当駅はそのルート上に駅を設けるには大きく離れていたため通過扱いとなった。将来的な計画としては梅田貨物駅(梅田北ヤード)の再開発に合わせて梅田貨物線のルートを変更した上で地下化し、大阪駅付近に新駅(仮称北梅田駅)を設置するというものがある。

年表:
明治7(1874)年5月11日:国有鉄道(官設鉄道)の駅として当駅 - 神戸驛間の鉄道開通と同時に開業。旅客取扱のみ。
 12月1日:貨物取扱を開始
明治9(1876)年7月26日:向日町驛 - 当駅間が開業し、途中駅となる。
明治22(1889)年7月1日:東京驛 - 神戸驛間全通により、東京までの直通運転が行われるようになる。
明治28(1895)年10月17日:大阪鐵道の玉造驛 - 梅田驛間が延伸開業。その終着駅として同線の梅田驛開業。
明治31(1898)年4月5日:西成鐵道が当駅 - 安治川口驛間を開業させ当駅に乗り入れ。
明治33(1900)年6月6日:関西鐵道による大阪鐵道線承継に合わせ、旧大阪鐵道の梅田驛が当駅に統合。当駅は国有鉄道・関西鐵道・西成鐵道の駅になる。
明治34(1901)年7月:ゴシック風石造りの二代目駅舎完成。最初の駅舎の位置から東の、現在地に移転
明治39(1906)年12月1日:西成鐵道が国有化され、当駅は国有鉄道と関西鐵道の駅になる。
明治40(1907)年5月31日 18時ごろ、西第一踏切(昭和初期に廃止)で踏切番をしていた駅員の清水太右衛門が踏切内に入った幼女を救ったが、太右衛門は列車に接触し殉職する事故が起こった。太右衛門の功績をたたえるため、同年10月に碑が立てられた(昭和20(1945)年の大阪大空襲により碑は破壊され、昭和31(1956)年に再建。平成23(2011)年1月にノースゲートビルディングと立体駐車場をつなぐ通路に碑を移設した)。
 10月1日:関西鐵道国有化、当駅は国有鉄道の単独駅になる。
明治41(1908)年8月1日:大阪市電氣局の大阪市電梅田(大阪駅前)停留場開業。
明治42(1909)年10月12日:線路名称制定により、東京驛 - 神戸驛間は東海道本線、旧大阪鐵道線は城東線、旧西成鐵道の区間は西成線になる。
昭和3(1928)年12月1日:貨物取扱業務が新設された梅田驛に移管。
昭和9(1934)年6月1日:高架化。軟弱地盤に対処するため鉄筋コンクリート製の杭を打ったものの、まもなく地盤沈下が始まり、戦争直後には大規模な基礎工事をせざるを得なくなった。
 7月20日:当駅を含む吹田驛 - 須磨驛間で電車運転を開始。
昭和10(1935)年:二代目駅舎が解体され、仮駅舎建設。
昭和15(1940)年6月:三代目駅舎が2階まで完成し供用開始。当初の予定では5階建てのインターナショナルスタイルの四角いビルであり、中央に5階分の高さの吹き抜けを設け、上層階は昭和15(1940)年東京オリンピックに合わせて鉄道ホテルとして供用される予定だった。
昭和18(1943)年:三代目駅舎完成(3階建てコンクリート造り)。中央の吹き抜け部分を除き4・5階部分の鉄骨は切断し軍に供出。
昭和20(1945)年6月1日・6月7日:大阪大空襲により機銃掃射、焼夷弾、爆弾の直撃被害を受け、当分の間営業を休止する。仮復旧時は上り電車は東構内、下り電車は西構内で折り返し運転を行い、旅客は高架軌道を歩き急造の梯子で電車に乗車した。
昭和28(1953)年9月1日:大阪市営トロリーバス、大阪駅前 - 神崎橋間開業
昭和32(1957)年3月21日:券売機が設置される。
昭和34(1959)年12月21日:0番のりば使用開始
昭和35(1960)年2月1日:座席予約端末装置(マルス1)使用開始
昭和36(1961)年4月25日:城東線全線と西成線西九条駅 - 当駅間が大阪環状線として開業。
昭和37(1962)年10月1日:11番のりば使用開始
昭和41(1966)年7月1日:大阪市電 大阪駅前停留場廃止(大阪市電の全廃は昭和44(1969)年)
昭和44(1969)年10月1日:大阪市営トロリーバス、大阪駅前より撤退(大阪駅前 - 神崎橋、大阪駅前 - 森小路一丁目間廃止)。
昭和45(1970)年3月12日:大阪環状線ホーム(環状1番・環状2番のりば)使用開始
昭和54(1979)年12月18日:四代目駅舎の北駅ビル完成
昭和57(1982)年3月1日:大阪環状線ホームが環状1番・環状2番のりばから、環状内回り・環状外回りのりばに変更。
昭和58(1983)年2月15日:自動放送装置使用開始
 4月27日:大阪ターミナルビル「アクティ大阪」開業
昭和62(1987)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
平成3(1991)年4月23日:改装が完成。待ち合わせスポット「旅立ちの鐘」除幕。東口を御堂筋口、北口を御堂筋北口、西口を桜橋口と命名。駅ナカ施設「ギャレ大阪」開業。
平成9(1997)年:自動改札機が設置される。
平成15(2003)年4月23日:中央コンコース南側に設置された「砂時計」除幕。8月に「サンドファンタジー」と命名。
 11月1日:ICカード「ICOCA」供用開始
平成17(2005)年2月27日:環状内回り・環状外回りのりばが1・2番のりばに変更。
 3月1日:仮駅舎東棟「フロートコート」開業
 4月8日:仮駅舎西棟「トラベルコート」開業
a0057057_1936140.png平成18(2006)年10月16日:改良工事本格開始
| (駅舎写真は、この間(19.4.-5)に撮影)
平成23(2011)年3月31日:「ギャレ大阪」閉館
 5月4日:五代目駅舎と大阪ステーションシティ開業。
 5月24日・6月1日:バスターミナルが北口に集約される(大阪市営バスは5月21日から、西日本JRバスは6月1日から)。
 6月16日:ギャレ大阪西館跡地に「ALBi」開業。
平成24(2012)年6月30日:「フロートコート」閉鎖
 10月31日:「エキマルシェ大阪」開業。「トラベルコート」閉鎖
平成26(2014)年5月1日:大阪環状線ホームにやしきたかじんの『やっぱ好きやねん』を発車メロディとして導入。
平成27(2015)年2月28日:タクシー乗り場を御堂筋口側から桜橋口側に移設。
 4月2日:「LUCUA 1100(ルクア イーレ)」開業

その他:
初代大阪駅舎の駅前には高さ10メートルの時鐘台があり、発車5分前になると鐘を鳴らしていた。この鐘は駅が二代目に改築された時に行方が分からなくなったが、三代目が建築された頃に保線区で逆さ向きにして手洗い鉢にされているのが発見され、急遽回収されたという逸話が残っている。その後、昭和35(1960)年に日本国有鉄道により鉄道記念物に指定され、今は交通科学博物館に保存展示されている。重さ約100kg。 後に大阪駅でもう一つの鐘(重さ28kg)が保管されている事が発覚し、時鐘は二つあったと推測されている。
この鐘は昭和55(1980)年5月から大阪駅北ビルで「旅立ちの鐘」として展示されたが、駅改良工事に伴い平成22(2010)年11月に撤去された。
明治34(1901)年の二代目大阪駅舎建設時、正面玄関の左右に銅像の「噴水小僧」が2体設置された。1体は三代目駅舎建設時に移転する際に行方不明になり、もう1体が中央コンコースの人工池に展示され待ち合わせ場所として親しまれていたが、五代目大阪駅舎に引き継がれることなく、駅改良工事に伴い平成16(2004)年3月に撤去された。

駅構造:
ホーム・線路は、高架上に東西に伸びている。以前は7面13線のホームがあったが、平成16(2004)年より行われている再開発工事に伴い一時期5面10線にまで縮小した後、平成21(2009)年12月20日より新11番のりばの供用を開始して以降は6面11線となって現在に至る。
改札口は、御堂筋口・南口・中央口・桜橋口・連絡橋口の5か所がある。中央口と桜橋口は、改札内の大半が中2階の乗り換え通路になっている。御堂筋口・中央口・連絡橋口には南北を結ぶ改札外のコンコースがあり、両端に駅の出入口がある。御堂筋南口・御堂筋北口・中央南口・桜橋口には地下街や阪急・阪神・地下鉄の梅田駅につながる階段やエスカレーターがある。
平成22(2010)年11月1日より橋上駅舎3階の乗り換え専用通路の使用が開始され、翌23(2011)年4月11日には新しい改札口「連絡橋口」の供用が開始された。

のりば:
1番のりば  O 大阪環状線(内回り) 西九条・弁天町・天王寺方面
       P JRゆめ咲線 ユニバーサルシティ方面
       Q 大和路線 王寺・奈良・加茂方面
       R 阪和線 鳳・日根野・和歌山方面
       S 関西空港線 関西空港方面
2番のりば O 大阪環状線(外回り) 京橋・鶴橋・天王寺方面
3・4番のりば 福知山線 特急 福知山・城崎温泉方面「こうのとり」
        特急「スーパーはくと」鳥取方面
      播但線 特急 城崎温泉・香住方面 「はまかぜ」・・原則として4番線から
       G JR宝塚線・福知山線 篠山口・福知山方面
3〜6番のりば A JR神戸線 三ノ宮・姫路方面
6番のりば G JR宝塚線 宝塚・三田方面
7〜10番のりば A JR京都線 新大阪・高槻・京都方面
10番のりば 東海道線上り 特急 草津・米原方面 「びわこエクスプレス」
11番のりば 福井・金沢方面 「サンダーバード」
       高山・長野方面 「ひだ」「しなの」
       静岡・東京方面 「サンライズ瀬戸・サンライズ出雲」

引き上げ線:
引き上げ線が大阪環状線ホームの西に2線、東海道本線ホームの東と西にそれぞれ1線ずつ設置されている。大阪環状線の引き上げ線は、当駅止まりの列車の折り返しなどに使用され、東海道本線の引き上げ線はJR京都線の4時台の始発列車および、その次の列車が宮原総合運転所から回送されてくる時と、1時到着の最終列車が宮原総合運転所へ回送される際に、西引き上げ線で折り返す。

駅弁:
主な駅弁は下記の通り。現在では淡路屋が駅弁の販売を担当している。
 こだわりおにぎり、京風幕の内弁当、ひっぱりだこ飯、こてまり、京洛紀行、かぐやの里
 神戸のステーキ弁当、あっちっち大阪鶴橋風焼肉重

乗車制度の特例:
JRの乗り換え駅である北新地駅とは別の駅であるが、JR東西線の京橋駅 - 北新地駅間、または北新地駅 - 尼崎駅間に有効な定期券・回数券では、北新地駅と同一駅扱いとして当駅でも乗り降りできる。また普通乗車券においては、大阪市内発着となる長距離券による両駅間の乗り換えが認められており、尼崎駅以遠(塚口・立花方面)各駅から相互発着となる近距離切符の場合は、当駅からの営業・運賃計算キロで計算する特例がある。


(以下、記事内容 Wkipedia:平成27年4月19日更新から)
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by fbox12 | 2016-04-27 15:33 | 鉄道・バス

83 風祭(かざまつり)駅 (箱根登山)

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a0057057_9361393.pnga0057057_9365383.pnga0057057_923331.png

所在地:神奈川県小田原市風祭240-2
所属・路線:箱根登山鉄道株式会社・鉄道線(箱根登山電車)
駅番号:OH49

a0057057_955629.png概要:
駅南口(下写真)は、鈴廣蒲鉾本店・鈴廣かまぼこの里に直結しており、国道1号線からは鈴廣の建物(右写真)しか見えない。この建物前の広場は、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)で復路の小田原中継所(6区→7区)となる。

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歴史:
昭和10(1935)年10月1日 - 開業
平成19(2007)年1月 - 駅改良工事
平成20(2008))年3月15日 - 新ホームの全面供用開始
 10月1日 - 駅改良工事完了。下りホームに南口改札口(右写真)設置

駅の構造と乗降形態などの変遷:
かつては島式ホームを持つ1面2線となっており、ホーム有効長が当初は箱根登山鉄道の車両2両分に対応した約30m、平成5(1993)年から同19(2007)年までは箱根登山鉄道の車両3両分約49mしかなかった。箱根登山鉄道の車両はドアがすべて開いたが、乗り入れてくる小田急電鉄の車両では一部車両のドア扱いしかできなかった。小田急の車両にはドアカット用の回路が装備されていないため、非常用のドアコックを操作して駅員や車掌が手動で開閉していた(ドアカットも参照)。非常用ドアコックによるドア扱いが毎日行なわれているのは、日本の鉄道駅ではここだけだった。
昭和55(1980)年頃までは有効長が短く、小田急2400形HE車では前から2両目でドア扱いを行なっていた。出発信号機の直前が停車位置だった。安全側線の関係で、上下列車で停車位置が異なっていた。また、小田急ロマンスカー同士の行き違いはできなかった。昭和57(1982)年7月に20m級大型車の乗り入れが開始されてからは、全列車箱根湯本方の先頭車で乗降を扱っていた。大型車乗り入れ以後は線路有効長は20m車両7両分のすれ違いが可能な約150mに延伸され、小田急ロマンスカー同士の行き違いも可能となっている。
駅員や車掌が改札口寄りのドアを開けていたほか、それ以外のドアも乗客が開けることは可能で、慣れている地元利用者は自分で開けて降りていた。閉じる際にはドアコックを戻すことで全ての扉が閉じられた。箱根駅伝開催日など、多くの利用者が見込まれる場合には、駅員が派遣され、2両分のドア扱いを行うこともあった。
なお、平成20(2008)年3月15日のダイヤ改正まで、小田急小田原線では新宿駅到着が朝の通勤ラッシュのピークにかかる急行列車の1号車を女性専用車としていたが、箱根登山線内については対象外となっていた。これは当駅でのドア扱いが1号車のみのため、箱根登山線内で1号車を女性専用車に指定してしまうと、男性の乗客が事実上当駅での乗降ができなくなってしまうためであった。
平成19(2007))年1月末よりバリアフリー対応とするため、相対式ホームに改造の上、ホーム長さを85mに延伸する改良工事が開始された。同時にホームの嵩上げも行ない、車両ドアの段差を縮小する他、車椅子対応のスロープも設置するという内容で、同年6月17日から、新設の下りホーム(長さ85m)の使用を開始した。なお、翌20(2008)年3月14日までは1両だけのドア扱いが続いていた。旧駅舎は19(2007)年7月12日時点ではすでに解体されており、上りホームもいったん取り壊した上で仮設ホームが設置されていた。
平成20(2008)年3月15日のダイヤ改正で正式に新ホームの運用を開始。同日よりロマンスカー以外の小田原 - 箱根湯本間の列車はすべて小田急通勤車による4両編成となったため、当駅でも通常のドア開閉が可能になり、非常用ドアコックによるドア開閉もこの前日の3月14日をもって終了した。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。
なお、箱根登山鉄道の表示看板やパンフレットでは各駅の標高が示されており、かつては48mと表記されていたが、2013年の再調査で36mに訂正されている[1]。

のりば:
1番線 箱根登山電車 下り 箱根湯本・強羅方面(列車は全て箱根湯本行きで、強羅方面は箱根湯本で乗り換え)
2番線 箱根登山電車 上り 小田原・新宿方面

路線バス:
国道上に「風祭」バス停があり、箱根登山バスと伊豆箱根バスが発着している。箱根方面へは、すべてのバスが箱根湯本駅を経由する。

箱根方面
 宮ノ下・小涌園・元箱根経由箱根町行(箱根登山) ※平日1本のみ芦の湯旧道経由
 宮ノ下・小涌園・元箱根経由関所跡・箱根町行(伊豆箱根)※1日1本のみ湯の花ホテルも経由
 宮ノ下・小涌園・元箱根経由箱根園行(伊豆箱根) ※1日2本のみ
 宮ノ下・小涌園・早雲山経由湖尻・箱根園行(伊豆箱根) ※昼間は大涌谷も経由
 宮ノ下・宮城野・仙石経由仙石案内所・桃源台・湖尻行(箱根登山)
 箱根旧道経由上畑宿行(箱根登山) ※1日1本のみ
小田原方面
 小田原駅東口行(箱根登山・伊豆箱根)


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年11月14日更新)
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by fbox12 | 2016-04-27 10:07 | 鉄道・バス

東海バスオレンジシャトル

a0057057_22152585.png「株式会社東海バスオレンジシャトル」は、沼津、三島地区を中心に路線バスを運営する小田急グループ・東海自動車株式会社の地域子会社「株式会社沼津登山東海バス」が平成28年4月1日社名変更したもので、本社は静岡県沼津市大平1791(沼津登山東海バスのまま)。
沼津登山東海バス発足当時は、同じ小田急グループで、元々の母体である箱根登山鉄道からの出資も受けていたため、東海自動車の地域子会社の中で唯一、完全子会社ではなかった。

a0057057_19165389.pnga0057057_2255189.png歴史:
平成10(1998)年6月4日 箱根登山鉄道が沼津営業所管轄沼津・三島地区のバス事業について、新設した「沼津箱根登山自動車株式会社」に集約し分社化
平成11(1999)年2月17日 - 「株式会社沼津東海バス」設立
 4月1日 - 東海自動車沼津営業所の乗合バス事業を沼津東海バスに移管
平成14(2002)年10月 - 沼津箱根登山自動車の全路線が沼津東海バスに譲渡される。その際、株式会社沼津東海バスは「株式会社沼津登山東海バス」に商号を変更。これにより箱根登山鉄道グループは沼津・三島地区の貸切バス事業を含むバス事業一切から撤退した(*熱海地区においても、熱海営業所が伊豆東海バスに統合され、静岡県におけるバス営業所はすべて撤退した。ただし、御殿場地区に乗り入れる路線は残っている)。
平成21(2009)年4月 - 本社営業所を駿東郡清水町から沼津市に移転。それに伴い、新東海バスの貸切部門を授受。
川原ヶ谷(三島市)木負(沼津市)にも車庫が有り夜間留置や日中の待機場としているが給油設備等は無い。
2016年(平成28年)4月1日 - 「株式会社東海バスオレンジシャトル」に商号を変更。

現行路線:
高速バス:
三島エクスプレス(略称:MX)
 土休日2往復のみ:バスタ新宿・(新宿駅西口・池尻大橋) - 三島駅北口・三島駅南口・社会福祉会館・一本松・清水町地域交流センター・清水中学校・中徳倉・大平車庫
 上記以外:(バスタ新宿)・(新宿駅西口)・(池尻大橋) - 三島駅北口・三島駅南口・社会福祉会館・一本松・松本・オムロン前・大平車庫

小田急箱根高速バスとの共同運行。
バスタ新宿は1往復を除き停車。
新宿駅西口は下り1本と上りのみ停車。
池尻大橋は上りのみ停車。
大平車庫は無料駐車場あり。

特急バス
西伊豆特急バス
 沼津駅・三島駅 - 長岡温泉 - (修善寺駅) - 出口 - 船原温泉 - 馬場 - 中浜 - 土肥温泉 - 湯の川 - 土肥港 - 通り崎 - 八木沢 - 土肥丸山公園 - 恋人岬 - 宇久須クリスタルビーチ - BP宇久須 - 宇久須温泉 - 黄金崎クリスタルパーク - BP安良里 - 田子上 - BP田子 - つば沢 - 瀬浜 - 堂ヶ島 - 沢田 - 仁科車庫 - 浜橋 - 松崎 - 長八美術館
西伊豆東海バスとの共同運行。但し、東海バスオレンジシャトル便は日祝日のみ担当。
修善寺駅は下りのみ停車。
下りは特急と快速、上りは特急と急行がある。

元箱根港特急バス(上記タイトル写真)
【N69】三島駅 - 伊豆フルーツパーク - 三島大吊橋 - 伊豆フルーツパーク - 山中城跡 - 山中 - 箱根峠 -
箱根やすらぎの森 - 御堂前 - 芦川入口 - 箱根町 - 箱根ホテル前 - 箱根関所跡 - 恩賜公園前 - 箱根支所前 - 元箱根港 

一般路線
沼津駅→東桃郷循環
【N26】沼津駅 - 東桃郷循環(東桃郷循環は富士急シティバスとの共同運行)
【N26】ショッピングセンター前 - 東桃郷 - 沼津駅

沼津駅→下香貫循環
【N27】沼津駅 - 東桃郷 - 下香貫循環
【N32】沼津駅 - 木の宮 - 下香貫循環
【N32】沼津駅 - 木の宮 - 下香貫循環 - ショッピングセンター前

沼津駅→木の宮循環
【N33】沼津駅 - 塩満 - 木の宮循環
【N34】沼津駅 - 楊原 - 木の宮循環
【N33】沼津駅 - 楊原 - 木の宮 - 塩満入口
【N34】塩満 - 木の宮 - 沼津駅

沼津駅→明電舎
【N41】沼津駅 - 明電舎

明電舎→沼津駅
【N41】明電舎 - 沼津駅

沼津駅→外原温水プール
【N35】沼津駅 - 外原温水プール

外原温水プール→沼津駅
【N35】外原温水プール - 沼津駅

沼津駅→沼津市立病院
【N11】沼津駅 - 沼津市立病院(富士急シティバスとの共同運行)

沼津市立病院→沼津駅
【N11】沼津市立病院 - 沼津駅

沼津市立病院・沼津駅→西浦方面
【N22】沼津市立病院 - 沼津駅 - 三津シーパラダイス - 長井崎 - 江梨
【N24】沼津市立病院 - 沼津駅 - 江梨
【N24】沼津駅 - 木負農協
【N24】沼津駅 - 浜通り - 木負農協
【N22】沼津駅 - 長井崎 - 江梨
【N24】沼津駅 - 江梨
【N21】沼津駅 - 長井崎 - 河内 - 大瀬岬(大瀬崎)
【N22】沼津駅 - 長井崎 - 大瀬岬
【N25】沼津駅 - 三津 - 東古宇 - 真城峠 - 戸田(戸田)
【無】浜通りはまゆう前 - 静浦地区センター(登校日のみ運行)
西浦方面→沼津駅・沼津市立病院[編集]
【N22】大瀬岬 - 長井崎 - 沼津駅
【N24】大瀬岬 - 沼津駅
【N21】江梨 - 河内 - 長井崎 - 沼津駅
【N22】江梨 - 長井崎 - 沼津駅
【N22】江梨 - 長井崎 - 沼津駅 - 沼津市立病院
【N23】江梨 - 河内 - 沼津駅
【N24】江梨 - 沼津駅
【N24】江梨 - 沼津駅 - 沼津市立病院
【N25】戸田 - 真城峠 - 東古宇 - 三津 - 沼津駅
【N24】木負農協 - 沼津駅
【N24】長浜 - 沼津駅(日祝日運休)
【N24】静浦地区センター - 沼津駅(登校日のみ運行)

沼津駅→三島駅
【N05】沼津駅 - 旧道経由 -三島駅 (伊豆箱根バスとの共同運行)
【N07】沼津駅 - 新道 - 三島駅
【N12】沼津駅 - 医療センター - 柿田 - 西玉川 - 三島駅
【N14】沼津駅 - 静岡医療センター - 柿田 -(卸団地 - 三島駅
【N15】沼津駅 - 静岡医療センター - 柿田 - サントムーン - 三島駅

三島駅→沼津駅
【N05】三島駅 - 旧道 - 沼津駅
【N07】三島駅 - 新道 - 沼津駅
【N12】三島駅 - 西玉川 - 柿田 - 静岡医療センター - 沼津駅
【N14】三島駅 - 卸団地 - 柿田 - 静岡医療センター -沼津駅
【N15】三島駅 - サントムーン - 静岡医療センター - 沼津駅

川原ヶ谷車庫→沼津駅
【N06】川原ヶ谷車庫 - 旧道 - 沼津駅

堂庭→沼津駅
【N12】堂庭 - 沼津駅

静岡医療センター循環
【N16】沼津駅 - 潮音寺 - 静岡医療センター - 岡村記念病院 - 沼津駅
【N17】三島駅 - サントムーン - 静岡医療センター - 岡村記念病院 - 沼津駅
【N77】沼津駅 - 香貫大橋 - 黒瀬 - 静岡医療センター - 岡村記念病院 - 沼津駅(ダイヤ改正により1日1本)

沼津駅→沼津港循環
【N43】沼津駅 - 千本プラザ - 沼津港循環
【N43】沼津駅 - 千本浜公園 - 沼津港循環
【N45】沼津みなと新鮮館 - 千本浜公園 - 沼津駅

沼津駅→我入道循環・牛臥柿原循環
【N38】沼津駅 - 我入道循環
【N38】沼津駅 - 我入道循環 - 江川町
【N39】沼津駅 - 我入道 - 牛臥・柿原循環
【N39】沼津駅 - 我入道 - 牛臥・柿原循環 - 江川町

沼津駅→大平車庫・沼津商業高校・大平
【N79】沼津駅 - 中徳倉 - 大平車庫
【N74】沼津駅 - 中徳倉 - 沼津商業高校
【N75】沼津駅 - 徳倉団地 - 沼津商業高校
【N71】沼津駅 - 天上塚 - 大平(中型車限定)

大平車庫・沼津商業高校・大平→沼津駅
【N79】大平車庫中徳倉沼津駅
【N74】沼津商業高校 - 中徳倉 - 沼津駅
【N76】沼津商業高校 - 天上塚 - 沼津駅
【N71】大平 - 天上塚 - 沼津駅
【N72】大平 - 中徳倉 - 沼津駅

三島駅→山中・元箱根港
【N65】三島駅 - 伊豆フルーツパーク - 三島大吊橋 - 山中
【N65】三島駅 - 伊豆フルーツパーク - 三島大吊橋 - 山中 - 箱根峠 - 元箱根港
【N68】三島駅 - 山中

元箱根港・山中→三島駅
【N65】元箱根港 - 山中 - 三島大吊橋 - 伊豆フルーツパーク - 三島駅
【N65】山中 - 三島大吊橋 - 伊豆フルーツパーク - 三島駅
【N68】山中 - 三島駅

三島駅→杉沢・沼津商業高校
【N48】三島駅 - 西玉川 - 沼津商業高校
【N49】三島駅 - サントムーン - 沼津商業高校
【N50】三島駅 - サントムーン - 杉沢

沼津商業高校・杉沢→三島駅
【N48】沼津商業高校 - 西玉川 - 三島駅
【N49】沼津商業高校 - サントムーン - 三島駅
【N50】杉沢 - サントムーン - 三島駅

三島駅 - 柿田川湧水公園経由 - 柿田川循環

三島駅→新城橋・大平車庫
【N46】三島駅 - 新城橋
【N46】三島駅 - 新城橋 - 大平車庫
【N47】三島駅 - 広小路 - 新城橋
【N47】三島駅 - 広小路 - 新庄橋 - 大平車庫

大平車庫・新城橋→三島駅
【N46】新城橋 - 三島駅
【N46】大平車庫 - 新城橋 - 三島駅

三島駅→三恵台循環
【N62】三島駅 - 三恵台循環
【N62】三島駅 - 三恵台公園

三恵台→三島駅
【N62】三恵台 - 三島駅

三島駅→夏梅木循環
【N63】三島駅 - 遺伝研坂下経由 - 夏梅木循環
【N63】三島駅 - つつじが丘中

夏梅木→三島駅
【N63】夏梅木 - 三島駅

三島駅→柳郷地
【N64】三島駅 - 遺伝研 - 柳郷地

柳郷地→三島駅
【N64】柳郷地 - 遺伝研 - 三島駅

三島駅→玉沢
【N56】三島駅 - 玉沢
【N57】三島駅 - 三島総合病院 - 玉沢
【N58】三島駅 - 総合健康センター - 三島総合病院 - 玉沢

玉沢→三島駅
【N56】玉沢 - 三島駅
【N57】玉沢 - 三島総合病院 - 三島駅
【N58】玉沢 - 三島総合病院 - 総合健康センター - 三島駅

奈古谷温泉口→韮山循環

奈古谷温泉口 - 韮山循環(登校日のみ運行)

奈古谷温泉口 - 韮山駅・五十三次入口 - 富士美幼稚園(2016年4月1日のダイヤ改正により廃止)

【】内は平成22(2010)年6月15日からの路線記号。

受託路線
三島市内100円バス
せせらぎ号
伊豆箱根バス、富士急シティバスと共同で受託

時之栖無料送迎バス 三島駅北口 - 裾野駅 - 岩波駅 - 時之栖(富士急シティバス、御殿場高原ビールマイクロバスと共同運行)

御殿場プレミアム・アウトレット - 駐車場循環バス。伊豆箱根バス、富士急シティバスと共同運行(土日曜、及び祝日)

長泉・清水循環バス
長泉町・清水町より 伊豆箱根バス、富士急シティバスと共同で運行受託

清水町循環バス
清水町より運行受託

車両
a0057057_22275032.png車両のオリジナルカラーは箱根登山バスと東海自動車のデザインを合わせたもの。ただし、オリジナルカラーは基本的には平成21(2009)年前期までに導入した自社発注車両のみで、同年前期までに箱根登山バスより移籍した車両は一部車両を除いて、そのままの塗装で営業を行っている。平成21(2009)年前後期以降に箱根登山バスより移籍した車両においては、東海バス標準カラーに塗色変更が行われている(神奈川中央交通からの譲受車は塗り分けが若干異なる)。また、東海バスグループ内での転属車については、他グループ会社同様「TOKAI BUS」表記を採用している。平成12(2000)年以降に導入された新車からは広告枠を初めから設置されていない車体広告については部分ラッピングで対応(車体全体ではなく後部のバックガラスから下の部分や後部全体などさまざま)車体の腐食を防ぐ効果もある。「東海バスオレンジシャトル」に名称変更後はそれまでの「沼津登山東海バス」の表記の上に新社名のシールを貼っている。
御殿場のレジャー施設「時之栖」送迎用として専用ラッピングバスが存在する(富士急シティバスにも専用ラッピングバスが存在するが異なるデザインである)。
西伊豆特急用に、三菱ふそうの貸切兼用路線バスが存在する。(神奈川中央交通からの移籍車両)
貸切用に三菱エアロミディ、日野セレガ、三菱エアロバス、いすゞガーラ(富士重ボディ)がある。
貸切・高速用は、上記の小田急グループ統一塗装である。


(参考資料:Wikipedia:平成28(2016)年4月21日更新の一部を訂正)
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by fbox12 | 2016-04-24 22:28 | 鉄道・バス

2000 伊東港(いとうこう)

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a0057057_1858129.pnga0057057_18581771.png

所在地:静岡県伊東市和田一丁目17-11

伊東港へ寄港する定期航路は、東海汽船株式会社の大島航路と株式会社富士急マリンリゾートの初島航路。また、伊豆七島海運株式会社の貨物船定期航路が運航されている(上右写真)。
a0057057_19173187.png伊豆七島海運は、東海汽船の貨客船に搭載できない貨物を輸送するため、東海汽船が昭和56(1981)年に設立した会社であり、所属している貨物船は、伊豆諸島各島の個人会社が所有する貨物船で、これらをチャーターし運航、搭載貨物は生活物資を含むものであり離島へは欠かせないライフラインである。
(右写真は、伊豆七島海運の4tフォーク)

a0057057_19373179.png湾内めぐりの観光船(遊覧船)は、伊東マリンタウン発着場から出港する。
(写真は、遊覧船旧はるひら丸)
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by fbox12 | 2016-04-24 20:12 | 鉄道・バス

127 名古屋競馬場前(なごやけいばじょうまえ)駅 (あおなみ線)

a0057057_157482.png所在地:愛知県名古屋市港区正保町五丁目3-1
所属・路線:名古屋臨海高速鉄道株式会社・西名古屋港線(通称、あおなみ線)
駅番号:AN07

概要:
あおなみ線の駅で最も駅名が長い駅で、計画時の仮称は「名古屋競馬場」だった。

歴史:
平成16(2004)年9月20日 - 沿線区住民対象の試乗会にて公開
 9月25日 - 名古屋市民対象の試乗会にて公開
 10月6日 - 開業
 10月20日 - 改札内のエレベーターが故障し、利用客6人が30分間閉じ込められる。

駅構造:
島式ホーム1面2線を有する高架駅。1番・2番線のホームに安全対策として可動式ホーム柵を設置。バリアフリーの対応としてエレベーターを1基配置。一部の時間帯のみ駅員のいる巡回駅で、中島駅が当駅を管理している。

のりば:
1番線 あおなみ線 下り 金城ふ頭方面
2番線 あおなみ線 上り 荒子・名古屋方面

バス:
名古屋市営バスの名古屋競馬場前駅停留所がある。西隣の「土古(どんこ)」停留所とさほど距離に大きな差はないため、河合小橋・多加良浦方面始発のバスの乗り換え案内では「土古」が乗り換え指定になっている。
ただし、当駅に掲示されている駅周辺の地図には「土古」バス停は記載されていないほか、同じく掲示されているバス時刻表も「名古屋競馬場前駅」停留所のもののみになっている。

幹神宮1:神宮東門行、多加良浦行、河合小橋行、中川車庫前行
東海12:六番町行、港区役所行、河合小橋行、南陽交通広場(イオンモール名古屋茶屋)行、サンビーチ日光川行、中川車庫前行


(参考資料:Wikipedia 平成28(2016)年3月27日)
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by fbox12 | 2016-04-24 16:54 | 鉄道・バス