fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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壱岐焼酎 壱岐の華

a0057057_1433363.pngミニチュアボトルコレクション 474

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう
酒類通称:麦焼酎
原材料:大麦(2/3)・米麹(1/3)
度数:25%
容量:110ml
製造所:株式会社壱岐の華(長崎県壱岐郡芦辺町諸吉二亦触1664)
ビン詰め:
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by fbox12 | 2015-10-31 14:14 | コレクション

NTT DoCoMo デジタル・mova D211i

a0057057_1844972.pnga0057057_185857.png私的文化遺産:整理番号47

800MHz帯と1.5GHz帯に対応しており、折りたたみ型以外では初のアンテナ内蔵型となった機種。アンテナの出っ張りがなくなったことで、長さが従来機よりも大幅に短くなっっている。アンテナ内蔵のデザインは当時としては斬新で、着信メロディも24和音に。また、かな漢字変換 ATOK は予測変換もできるようになり、さらに、レスポンスが従来機よりも向上している。
なお、D21Xシリーズではこの機種が最後であり、加えてmovaとして最後のフリップ型でもあった。

歴史:
平成13(2001)年9月26日  テレコムエンジニアリングセンターによる技術基準適合証明の工事設計認証(工事設計認証番号01WZA1002、01XAA1004)
 10月5日  電気通信端末機器審査協会による技術基準適合認定の設計認証(設計認証番号A01-0826JP、J00-0268)
 11月26日 ドコモから発表
 11月29日 発売
平成15(2003)年7月1日 D211i、D251i、D251iS、D504iの4機種に付属していたACアダプタの一部に、発熱してケースが変形する恐れがあるとドコモが発表。
平成24(2012)年3月31日 movaサービス終了により使用はこの日限りとなる。

テレビCM:
デーモン小暮閣下が丸坊主になるという、アンテナが内蔵された事を強調するテレビCMが放映されていた。また、彼が本機を気に入ったようで、プライベートでも使用していると発言していた。

販売開始日 2001年11月29日

保存状態:実機保存(電池は廃棄)


(参考資料:Wikipedia平成25(2013)年8月16日更新)
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by fbox12 | 2015-10-30 19:39 | 私的文化遺産

伊豆箱根5000系(伊豆箱根鉄道株式会社5000系電車)

a0057057_17361764.png

概要:
伊豆箱根鉄道5000系電車は、同社大雄山線用の通勤形電車である。

それまで大雄山線の主力であった旧形国電や相模鉄道からの譲受車を置き換える目的で、昭和59(1984)年年3月18日から平成8(1996)年にかけて3両編成7本(21両)が東急車輛製造で落成した。
a0057057_15494271.png駿豆線用の3000系(右写真:注、写真は行き先が[伊豆長岡]となっているが、平成16(2004)年台風により不通になったときのもので、通常伊豆長岡行きの列車はない)をモデルに製造され、電装品やブレーキシステムは3000系と共通だが、車両限界が異なるため車体幅は2,800mmで裾絞りなしの形状となっている。従来大雄山線の車両が17m車であったのは、緑町駅近くに半径100mの急曲線があり車両の大型化が難しかったためであったが、この5000系では連結面間隔を広げて対処し、18m車とされた。
発電ブレーキ装備の抵抗制御車としては珍しく、駿豆線3000系2次車以降と同様に付随車遅れ込め制御を有する。また、編成中の補助電源装置は電動発電機 (MG) もしくは静止形インバータ (SIV) を1基のみ搭載していることから、これが停止してもバッテリー電源により自力運転できるよう、小容量のインバータを別途有している。
平成17(2005)年から車内つり革が変更されているほか、一部車両には車内案内表示器が設置されている。
第5編成以降は、関東地方では数少ない転換クロスシートを装備している。

増備による変遷:
第1編成
昭和59(1984)年製造。車体は普通鋼製である(上3000系と同じ青・白塗装)。大雄山線は小田原行きか大雄山行きしかないため、前面行先表示器は字幕式ではなく「バイナリー・ヘッドマーク (Binary Head Mark) 」と称される装置を採用した。「小田原」と「大雄山」の表示を固定で掲示し、裏から電灯で照らすものである。光線の具合によっては、点灯していない方の表示が読み取れることもある(下5003・5005写真)。

第2 - 第4編成
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昭和61(1986)年 - 平成元(1989)年にかけて製造。第2編成(上写真左5502F)からは、ステンレス製軽量車体に変更された。第2編成は当初第1編成と同様、先頭車の連結側に貫通扉があり妻窓は2段式であったが、扉はのちに撤去されている。これは第1編成も同様である。抵抗制御による制御装置・モーターがこの時期にはすでに日本の鉄道車両において主流ではなくなりつつあったものの(すでに多数がチョッパ制御からVVVF制御への過渡期)、引き続き採用された(後の第5 - 7編成も同様)。補助電源は第1編成がブラシレスMG (BL-MG) なのに対し、第2編成以降はSIV に変更されている。第3編成(上写真右5503F)と第4編成はほぼ同じものであるが、第4編成は当初側面の社紋が赤で塗られていた。当初から貫通扉がなく妻窓が下降式になり、ドアエンジンが静音形の同時期製造小田急8000形電車同様のものへ変更されたのが主な変更点である。

第5編成
平成2(1990)年製造。中間車の扉間の座席は転換クロスシートとされた。また各車両の側面に小型のLED式行先表示器が設置された。

第6・第7編成
第6編成は平成6(1994)年、第7編成は平成8(1996)年製造。前面に排障器(スカート)が装着され、パンタグラフは菱形から下枠交差形に変更された。また、行先表示器は「バイナリー・ヘッドマーク」からLED式に変更された。内装についても、全車両の扉間の座席が転換クロスシートとされた。
空気圧縮機 (CP) はHB2000から低騒音形のHS20に変更されている。第7編成には落成時から車椅子スペースが設置されている。ドアエンジンが再び変更され、第2 - 5編成よりさらに静音形のものになっている。

その他の更新:
平成11(1999)年にそれまでの昭和59(1984)年デビュー当初より15年使用されていた全テープ方式による自動放送装置(車内放送)を全編成において現行の新自動放送装置システムのコンピュータ(半導体メモリ)への一斉更新がされている(特に最終編成の5507Fはテープ式自動放送装置の使用はデビュー当初のわずか3年ほどのみとなった)。それに伴い、一部の放送内容言い回しの変更(「お忘れ物のないよう、ご支度願います」→「お忘れ物のないよう、ご注意ください」、「まいどご乗車ありがとうございます」→「ご乗車ありがとうございます」など)と声の主(女性)の交代が行われた。
平成17(2005)年から先述通り、それまでのいわゆる「おにぎり型」とも称された線路方向に沿った三角形のつり革(下写真甲種輸送車両内)を現行の枕木方向の三角形つり革へ順次交換し、現在はすべての編成で交換終了している。
その他にも時期不明なものの、一部編成のシートのバケットシートへの交換がされている。
平成22(2010)年頃からドアチャイムの設置を開始した。現在は全7編成への設置を完了している。3000系同様、新幹線700系電車などで使われている音色のドアチャイムを採用している。

運用:
大雄山線の営業列車は、当系列のみの運行となっている。全般検査等の重要な検査を実施する際は、東海道本線小田原 - 三島間で甲種鉄道車両輸送列車が運行され、駿豆線大場駅に所在する大場工場に入場する。

(参考資料:Wikipedia平成27(2015)年10月18日更新)

甲種鉄道車両輸送:
a0057057_2062135.png上記の通り、大雄山線内に全般検査を施工する工場がないため、本社(駿豆線)大場工場入場させるが、小田原 - 三島間はJR東海道本線を貨物列車として運行させなければならない。その流れは概ね以下のとおり(ダイヤの乱れなどにより手順が前後する場合や運行が中止される場合もある)。

小田原から三島
小田原駅(転線は、一旦大雄山方へ移動して行う)
①小田原駅2番線に定期列車が到着。1番線から定期大雄山行きが出発
②2番線の編成を1番線に転線
③2番線にコデ165牽引の輸送車両が到着(コデと輸送車両を解結)
④1番線に転線した編成が定期大雄山行きで出発
⑤JR貨物線に控車代用貨車(以前はワム形7両程度現在コキ106形3両程度)を牽引した列車が到着し、伊豆箱根との連絡線のポイントを通り過ぎて停車
⑥1番線に定期列車が到着。客扱い終了後ドア閉め。この編成を2番線側へ転線させ輸送車両と連結
⑦大雄山方の編成で輸送車両を牽引し移動、ポイントを切り替え連絡線方へ押し込み(連絡線途中まで)
⑧貨物線上の停車車両を推進(バック)させ、輸送車両と連結。押し込んだ車両を解結後、三島方向へ出発(途中、湯河原で時間調整)
a0057057_2015154.png⑨押し込みに使用した編成は1番線に戻り定期大雄山行きで出発
⑩1番線に定期列車が到着
⑪2番線に待機していたコデが回送列車で出発

輸送途中のアクシデント
牽引機関車が故障し、救援の機関車を待って三島駅での引き渡しが深夜になってしまったり、台風で東海道線に遅延が発生してしまい、旅客列車優先のため待避を余儀なくされたりと、これまで何回か輸送中の列車がトラブルに巻き込まれることがあった。右写真は、函南駅で長時間待避させられた時のものである。

三島駅
日中はほとんど使用されない7番線。回送列車を扱うときは9番線に一旦牽引機(ED30形電気機関車)が入線するため日中でも使用される(右写真)。
a0057057_1636386.pnga0057057_1640115.png

a0057057_1647289.pnga0057057_20511452.png

a0057057_20503577.png①大場からED30形電気機関車単機が単機回送され、9番線入線(その間、定期列車は上述の通り7・8番線を使用)
②小田原からの甲種輸送列車(JR)1番線到着。輸送車両が連絡線(通常は「踊り子号」が走る線)ポイント手前の位置になるよう停車 現在、連絡線ポイントを過ぎて停車に変更
③控車代用貨車と輸送編成を解結。そのまま、連絡線ポイントより沼津方へ進行し停車 輸送車両上り方に機関車を付け、連絡線ポイントより上り方へ輸送車両を移動
-この停止位置の変更は、輸送編成が手ブレーキ使用不可で(上輸送車両に貼付された連絡標)、控車(代用車)を切り離し後、何らかの理由で輸送編成が動いてしまった場合に停止させるすべがないためと思われる)
④定期列車が出発の後、伊豆箱根の牽引機が連絡線から1番線へ進入(写真上左:右側に移動し停車している控車代用貨車が見える)
⑤ホーム後方の輸送車両に連結(写真上右)
⑥大場へ向け出発(左写真:機関車後ろに停車中の控車代用貨車が見える)
⑦三島田町駅3番線に入線し、上下の定期列車(下りの続行列車と上り普通列車及び続行の特急「踊り子号」)待避
⑦大場駅到着後、推進で工場内へ押し込む
⑧JRの列車は富士へ向け出発

なぜ控車代用貨車が必要か
小田原駅の連絡線は社間の境界になるため電気的なつながりがない。そこで車両のやり取りをする場合、牽引する車両(JRは電気機関車。伊豆箱根はコデと通常の営業運転をしている電車)のどちらも走行ができない。無電区間内の長さを稼ぐため控車が必要。
一方、三島駅にも無電区間が存在するが、わずか数十センチのためその必要がない(毎日特急「踊り子号」が行き来する連絡線を使う。-JR1番線は伊豆箱根車両入線可)。

三島から小田原
普通に考えれば、往路が逆になれば良いのだけれど、そう簡単には行かない複雑な事情がある。
三島駅は、「踊り子号」の上り列車があるように、1番線あるいは1番線横の側線(下2・下3番線)から上り方へ出ることは可能なのだが、小田原の連絡線は貨物の下り線のみにしかない(下り列車でないと扱いができない)。そのため、上り列車は一旦相模貨物駅(大磯 - 平塚間)まで行き、下り列車となって入場時と同じ下り線を使ってやり取りをする。この場合、伊豆箱根の側では、大雄山方へ牽引すればよいので、営業車両は必要なくコデ165のみの対応となる。

三島駅(こちらも、転線は一旦大場方へ移動して行う)
a0057057_17364463.pnga0057057_2011430.png

①大場から前後にED30形電気機関車を付けた輸送編成が9番線へ入線(停車後、牽引してきた機関車と輸送車両を解結)
②JR1番線後方でJR貨物の機関車が待機。9番線の輸送編成を後部(大場方)の機関車で伊豆箱根の本線上へ引き出し、下3番線ポイントあたりまで推進
③1番線に待機していたJR貨物の機関車が連絡線から下3番線ポイント付近の輸送車両を連結。そのまま、下3番線を上り方へ移動し、輸送車両を留置(上写真左)
④留置輸送車両を相模貨物へ(上右写真:控車代用貨車は必要がないため連結なし)

小田原駅
①伊豆箱根2番線へコデ165到着。コデは大雄山方へ移動
②下り貨物列車で輸送車両が小田原駅下り貨物線到着(連絡線の先に停車)、推進運転で輸送編成を伊豆箱根側へ押し込み(輸送編成は控車代用貨車と解結。コデと連結)
③一旦2番線へ入線させ、定期列車が到着後大雄山へ向け出発

(参考資料:You Tube 他)
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by fbox12 | 2015-10-29 18:07 | 鉄道・バス

4 新日本橋(しんにほんばし)駅 (JR東日本)

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a0057057_1753452.pnga0057057_17112956.png

a0057057_1844368.png所在地:東京都中央区日本橋室町四丁目4
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・総武本線
(タイトル写真:4番出口/タイトル右下写真:3番出口)

概要:
当駅は総武本線の地下区間に設置されており、運転系統としては総武快速線の列車が停車する。
当駅に乗り入れているのはJR東日本のみであるが、当駅からの連絡通路を経由して、三越前駅に乗り入れる東京地下鉄(東京メトロ)の銀座線と半蔵門線との乗り換えが可能となっている。開業時から地下鉄の三越前駅との乗り換え駅だが、当駅開業当初の国鉄に「新駅を開設する際、駅名に私企業(名)を入れてはならない」旨の規約があり、そのため「三越」が使えず、なおかつ日本橋に近い事から、「新日本橋駅」の名称がつけられた。市販の地図に掲載されている路線図では、新日本橋・三越前両駅が乗り換え扱いになっていないものもいくつかある。なお、JR横須賀・総武快速線の電車内に掲出してある停車駅案内でも、当駅は銀座線・半蔵門線の乗り換え表示が省略されているが、自動放送では乗り換えのアナウンスが行われている。
建設時の仮称は「本町駅」と称していた。

歴史:
昭和47(1972)年7月15日 - 開業
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成22(2010)年10月31日 - みどりの窓口営業終了

a0057057_193798.png駅構造:
島式ホーム1面2線を有する地下駅である。隣駅の馬喰町駅と同じ発車ベルが用いられている。エレベーターはホームと改札を結ぶものが設置されている。
かつては、切符売り場の横にみどりの窓口が設置されていたが、平成22(2010)年10月31日で営業を終了した。

入場券:
右上の入場券は、開業半年後のものである(料金30円)が、当時他の駅では硬券(硬いボール紙の切符)で発売されていた。
新しく出来たこの駅には新型の印刷発行(券)機が導入されたため、硬券の発売はなかった。

のりば:
1番線 総武(快速)・横須賀線 上り 東京・品川・横浜・横須賀方面
2番線 総武線(快速) 下り 津田沼・千葉・成田空港・大原・木更津方面

バス路線:
室町三丁目
(都営バス)
 <東42甲> 南千住駅西口・南千住車庫行き(浅草橋駅・東武浅草駅経由) / 東京駅八重洲口行き
 平成12(2000)年12月11日までは、<茶51>の駒込駅南口~東京駅丸の内北口線も発着していた。
JR新日本橋駅
(日の丸自動車興業)
 <メトロリンク日本橋> 日本橋二丁目・地下鉄京橋・宝町駅方面
 <スカイホップバス 浅草・東京スカイツリーコース> 東京駅丸ノ内三菱ビル方面
新日本橋駅
(日立自動車交通)
 <江戸バス(中央区コミュニティバス) 北循環> 中央区役所行(馬喰横山駅・浜町駅・水天宮前駅経由)


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年9月16日更新)
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by fbox12 | 2015-10-26 17:17 | 鉄道・バス

リポビタンD JAPAN NATIONAL RUGBY TEAM

a0057057_1624370.pnga0057057_1059236.pngミニチュアボトルコレクション 985・982

品名:指定医薬部外品
原材料:タウリン・イノシトール・ニコチン酸アミド・チアミン硝化物(ビタミンB1)・リボフラビリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・無水カフェイン他添加物
容量:100ml
製造販売元:大正製薬株式会社(東京都豊島区高田3丁目24番1号)
販売期間:28.6.1〜28.8.31(右)

a0057057_163399.pngリポビタンDのラグビーデザイン(ラグビー日本代表応援ボトル)。
数量限定品(大正製薬ダイレクトオンラインショップ等で販売)
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by fbox12 | 2015-10-26 15:17 | コレクション

NTT DoCoMo デジタル・mova D206 HYPER

a0057057_8341379.pnga0057057_8342299.png私的文化遺産:整理番号46

この頃は、まだ i モードに対応していない。

販売開始日:平成10(1998)年1月26日

保存状態:実機廃棄のためモックアップで代用。
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by fbox12 | 2015-10-24 08:37 | 私的文化遺産

166 宇佐美(うさみ)駅 (JR東日本)

a0057057_182696.pnga0057057_1823912.png

所在地:静岡県伊東市宇佐美1818
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・伊東線

歴史:
昭和13(1938)年12月15日 - 鐵道省伊東線・網代 - 伊東間の開通時に開業
昭和38(1963)年1月10日 - 貨物取扱廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本に移管
平成5(1993)年3月 - みどりの窓口営業開始
平成15(2003)年2月12日- 西口供用開始
平成16(2004)年10月16日 - ICカードSuica供用開始
平成19(2007)年6月29日 - みどりの窓口営業終了
 6月30日 - 指定席券売機設置
平成26(2014)年 - 指定席券売機営業終了
平成27(2015)年3月8日 - 無人化

a0057057_18336.png駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。互いのホームは跨線橋で連絡している。
伊東駅管理の無人駅。簡易Suica改札機が設置されている。2番線の方面案内には直通していない「沼津・静岡」の表記がある。
平成27(2015)年3月29日には、JR伊東駅同様に発車メロディーが伊東市ゆかりの童謡「みかんの花咲く丘」に変更された。

のりば:
1番線 伊東線 下り 伊東・伊豆急下田方面(写真)
2番線 伊東線 上り 熱海・東京方面(上野東京ライン含む)

西口開設の経緯:
宇佐美駅西側の住民にとっては、ホームは目の前にあるのに改札は遠い、という不便な状況が続いていた。このため、伊東市はJR側に宇佐美駅に西口を開設するよう要望したが、JR側は新たに駅員を配置するための人件費、施設の建設費などの観点から難色を示していた。
その折、宇佐美駅が早朝夜間に無人化されることが決定した。西口が設けられた場合、利用者のほとんどは定期券保持者であり通勤時間帯の利用が主となると予想されたことから、駅員無配置時間帯(18:00~終電後。始発前~8:30)のみ2番線ホームから外へ出ることができる通路が設けられることになった。
また、平成27(2015)年3月8日の完全無人化に合わせて常時開放されるようになった。
なお、西口にも簡易Suica改札機、乗車駅証明書発行機が設置されている。

バス路線:
乗り場・・宇佐美幼稚園(伊豆東海バス)
 サンハトヤ前・伊東駅・伊東市役所経由 小室山リフト行き(朝夕のみ)
 サンハトヤ前経由 伊東駅行き
 マリンタウン経由 伊東駅行き(1日1本)
 宇佐美港行き


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年10月2日更新)
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by fbox12 | 2015-10-23 18:06 | 鉄道・バス

NTT DoCoMo デジタル・mova D502i HYPER(D501i HYPER)

a0057057_1356346.pnga0057057_135775.png私的文化遺産:整理番号45

概要:
a0057057_14514789.png三菱電機製のデジタル・ムーバ D501i HYPER は、NTT ドコモの第二世代携帯電話 (mova) 端末で、平成11(1999)年3月24日に発売された。
i モードを初めて搭載し(そのため、型番に「 i 」が付く)、それまでの20×シリーズより高性能化とともにボディが一回り大きくなったが、20×シリーズに代わり徐々に主流になって行った。
翌年の平成12(2000)年1月には、D502i HYPER が発売され(写真)、より手になじむスタイルとなったが、この機からついにカラー液晶が搭載された。
三菱電機としては初、NTTドコモとしてはF502i に次いで第2弾となるカラー液晶搭載モデルであった。
(いずれも、平成24(2012)年3月31日に movaサービス終了により使用不可となった)。

関連項目:
D502i カラーバリエーション
 ピュアホワイト・ライラックパール(写真)・ダイアモンドシルバー・メタリックロゼ


保存状態:実際の使用したのは、D501i (カラー不明)であったが、実機廃棄のためD502i のモックアップで代用(上記整理番号は、このモックアップのもの)。
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by fbox12 | 2015-10-21 14:01 | 私的文化遺産

NTT DoCoMo デジタル・mova D203 HYPER

a0057057_1027206.png私的文化遺産:整理番号44

携帯の安売り合戦が始まった頃で、本体の価格も下がり始める。
D201 HYPER の後継機で、アンテナにはデジタルを現すグレーの鉢巻きが。
フリップ上のボタンがなくなった。

デジタル携帯電話は、ひとつの周波数帯域を時分割して音声情報を送受信している。
つまり、いくつかの回線(音声)をデジタル技術でまとめて送っている。この頃は、3回線をひとつにまとめていたフルレートが主体であったが、携帯電話の普及と周波数帯不足に対応できなくなったため、(音声データの)圧縮率を2倍(6回線分の通話をひとまとめ)にしたハーフレートに移行した時期。
フルレートでもかなり音が悪く、こもっていてガサガサしがちな音になるのだが、JPEG画像と同じように圧縮率が高くなればなるほどその画像が荒くなるのと同様に、音声データでは音質が犠牲となる。最悪の場合、音声が変化し、声での認識ができない事態もでていた。

販売開始日:平成9(1997)年5月22日


保存状態:実機廃棄のためモックアップで代用。
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by fbox12 | 2015-10-14 09:49 | 私的文化遺産

164 浜川崎(はまかわさき)駅 (JR東日本)

概要:
浜川崎駅は、神奈川県川崎市川崎区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。

a0057057_9521711.png所在地:神奈川県川崎市川崎区南渡田町1-2
神奈川県川崎市川崎区鋼管通五丁目9-1(鶴見線)
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線(以下、乗り入れ路線を参照) / 日本貨物鉄道株式会社

乗り入れ路線:
乗り入れている路線は、東海道本線(貨物支線*JR東日本所属)・南武線(浜川崎支線、旅客案内では「南武支線」)・鶴見線の3路線であり、このうち東海道本線を当駅の所属線としている。ただし旅客営業を行っているのは南武線と鶴見線のみであり、両路線の乗換駅となっている。当駅は川崎市内にあるが、特定都区市内制度における「横浜市内」の駅として扱われる。
東京貨物ターミナル駅方面へ通じる東海道本線支線は貨物列車専用である。この東海道本線支線は南武線浜川崎支線と合わせて東海道貨物線を構成しており、2路線の相互間は当駅に停車せずに直通運転が可能な構造となっている。

a0057057_15295676.png歴史:
大正7(1918)年5月1日 - 内閣鐵道院東海道本線貨物支線の終着貨物駅として浜川崎駅開業
大正15(1926)年3月10日 - 鶴見臨港鐵道の貨物駅として浜川崎駅開業
昭和4(1929)年3月14日 - 鶴見臨港鐵道の貨物駅として渡田駅開業
昭和5(1930)年3月25日 - 南武鐵道の貨物駅として新浜川崎駅、浜川崎駅開業
 4月10日 - 新浜川崎間の旅客営業開始
10月28日 - 渡田駅の旅客営業開始
昭和18(1943)年7月1日 - 鶴見臨港鐵道国有化、路線は鶴見線となる。渡田駅を浜川崎駅に統合し鶴見線ホームとし、浜川崎駅の旅客営業開始
昭和19(1944)年4月1日 - 南武鐵道国有化、路線は南武線となる。新浜川崎駅を浜川崎駅に統合し南武線ホームとする。
(1960年代には、ベトナム戦争の米軍用燃料を立川基地、横田基地に輸送する起点駅だった)。
昭和46(1971)年3月1日 - 鶴見線改札無人化
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道会社(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。
平成5(1993)年 - 南武線の改札も無人化
平成14(2002)年3月22日 - Suica供用開始
かつて、国鉄時代には同一駅名でもそれぞれの路線の駅が別に設けられている例として、他に尼崎駅(東海道本線・福知山線と福知山線支線)、宇美駅(香椎線と勝田線)、石巻駅(仙石線と石巻線)が存在したが、当駅以外の3駅は路線そのものの廃止や、駅機能の統合によって消滅した。後身のJRで現存するのは当駅のほか、1985年(昭和60年)に開業した新花巻駅(東北新幹線と釜石線)、そして1988年(昭和63年)にホームが新設された折尾駅(鹿児島本線・筑豊本線と両線の連絡線)ならびに三河安城駅(東海道新幹線と東海道本線)、2011年(平成23年)に新幹線駅が開業し、在来線駅が新幹線駅そばに移設された筑後船小屋駅(九州新幹線と鹿児島本線)である。
この浜川崎駅の場合は、南武線を建設したのが南武鐵道、鶴見線を建設したのが鶴見臨港鐵道と別の鉄道会社(私鉄)によるもので、それぞれが戦時買収で国有化されて国鉄に編入された事が原因である。それでも南武鐵道の新浜川崎駅は国有化時に、乗り換えの便を図るため元鶴見臨港鐵道の浜川崎駅へできるだけ近づけるよう移設がなされている。

のりば:
南武線ホーム(駅舎:右写真)
 1番線 (通過列車のみのため閉鎖)
 2番線 南武線支線 尻手方面

a0057057_15483624.png鶴見線ホーム(駅舎:タイトル写真)
 3番線 鶴見線 下り 昭和・扇町方面
 4番線 鶴見線 上り 国道・鶴見方面
なお、鶴見線の当駅折返し列車は3番線で乗客を降ろした後、扇町方に引き上げて本線上で折り返し、改めて4番線に入線する。
南武線・東海道貨物線と鶴見線の線路は当駅の昭和駅寄りで繋がっており、当駅を発着または通過する貨物列車と、当駅経由で鶴見線営業所から南武支線経由で中原電車区に入庫・出庫する回送列車が通過する。

貨物駅:
JR貨物の貨物駅は旅客駅の東側にあり、JR貨物の駅員が駐在する(神奈川臨海鉄道浜川崎運輸所に委託)。
貨車を仕分けする仕分線がある。この仕分線は鶴見線扇町駅・安善駅方面、南武線川崎新町駅方面からは直接進入できるが、東海道貨物線川崎貨物駅方面からは直接進入することができない。そのため川崎貨物駅方面から当駅に進入する貨物列車は川崎新町方の引き上げ線に入った後、推進で進入する構造になっている。また、当駅から川崎貨物駅方面へ行く列車は機関車を川崎貨物駅方に連結してこの逆の手順で発車する。川崎新町方の引き上げ線はそのまま着発線になっている。
平成10(1998)年8月まで、第一セメント川崎工場への専用線もあり、奥多摩駅から石灰石輸送貨物列車が運転されていた。またそれ以前は工場からのセメントの発送もあった。1980年代までは、駅周辺にある日本鋼管(現・JFEスチール)製鉄所への専用線があり鉄鋼製品などを扱っていた。また昭和電線電纜川崎工場への専用線や、東亜石油専用線から分岐し東洋埠頭川崎支店へ続く専用線もあった。最後まで残っていた、鶴見線昭和駅手前から分岐し東亜石油扇町工場へ続く専用線は、合理化による工場閉鎖に伴い、平成23(2011)年9月30日の最終出荷をもって廃止となっている。
 取扱貨物・・専用線発着の車扱貨物

バス路線:
浜川崎駅前・・川崎鶴見臨港バス
 西方向
 <川24> 鋼管循環(富士電機前・京町経由川崎駅前)
 <川24> ダイエー川崎プロセスセンター ※1日朝2本のみ
 東方向
 <川24> 川崎駅前(鋼管通二丁目・追分経由)
 <川24> 浜川崎営業所

浜川崎営業所(徒歩5分)・・川崎鶴見臨港バス
 <川24> 川崎駅前(鋼管通二丁目・追分経由)
 <川24> 川崎駅前(急行) ※平日夕のみ
 <川24> 川崎駅前(渡田新町・南町経由)
 <川28> 川崎駅前(京町経由)

JFE前・・川崎市交通局、川崎鶴見臨港バス、羽田京急バス
※JFE前停留所は、行き先によって停留所位置が異なる。
 西方向(徒歩6分)
 <川24> 川崎駅前(富士電機前・京町経由) (臨港)
 <川24> ダイエー川崎プロセスセンター (臨港) ※1日朝2本のみ
 北西方向(徒歩5分)
 <川40> 川崎駅前(渡田新町・川崎小学校前経由) (市営)
 北北西方向(徒歩8分)
 <川24> 川崎駅前(鋼管通二丁目・追分経由) (臨港)
 <川24> 川崎駅前(急行) (臨港) ※平日夕のみ
 西方向(徒歩8分)
 <川40> 塩浜営業所前(臨港警察署前・四谷下町経由) (市営)
 <川40> 臨港警察署前 (市営)
 <川40> 塩浜営業所前(臨港警察署前・かわさき南部斎苑経由) (市営)
 <川40> 水江町(臨港警察署前経由) (市営)
 <蒲45> 蒲田駅(臨港警察署前・四谷下町・産業道路駅・萩中経由) (羽田京急) ※平日朝晩共に1本・計2本のみ


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年9月26日更新)
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by fbox12 | 2015-10-13 17:06 | 鉄道・バス