fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

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黒麹仕立て 桜島

a0057057_11215481.pngミニチュアボトルコレクション 399

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう(旧、焼酎乙類)
酒類通称:芋焼酎
原材料:さつま芋・米麹
度数:25度
容量:180ml
製造所:本坊酒造株式会社(鹿児島県鹿児島市住吉町1番5号)
ビン詰め:
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by fbox12 | 2015-08-31 11:23 | コレクション

下町のナポレオン : 大分むぎ焼酎 いいちこ 25

a0057057_1003252.pngミニチュアボトルコレクション 499

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう(旧、焼酎乙類)
酒類通称:麦焼酎
原材料:大麦・大麦麹
度数:25度
容量:225ml
製造所:三和酒類株式会社(大分県宇佐市山本2231-1)
ビン詰め:試飲用見本

現在発売中:
 1.8l(一升瓶 / 紙パック)、900ml(クリアー瓶)、225ml(一升瓶型茶瓶)、200ml(カップ)
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by fbox12 | 2015-08-29 10:02 | コレクション

本場泡盛 古酒 琉球 八年熟成

a0057057_16342275.pngミニチュアボトルコレクション 180

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう(旧、焼酎乙類)
酒類通称:泡盛
原材料:米麹
度数:30度
容量:180ml
製造所:合名会社新里酒造(沖縄県沖縄市字古謝864-1)
ビン詰め:

蔵元の新里酒造は、沖縄最古の蔵元
新里酒造の創業は、弘化三(1846)年。現存する沖縄の酒造所としては、もっとも古い酒造所と云われている。 当時、琉球王府は泡盛造りを首里の三箇(崎山、赤田、烏掘)に住む30人(後に40人になる)のみに許し、ここで生まれた泡盛は、遠く中国や日本への献上品として珍重されていた。 新里酒造は、その一人として認められて以来、伝統の技と精神を受け継いで160余年、現在六代目当主がこののれんを守っている。

現在、この180ml瓶の販売は終了しており、同じラベル意匠のものが、平成21(2009)年10月から720mlの18角ボトル容器を使用した「古酒琉球ゴールド」として販売されている。
「古酒琉球ゴールド」は、2011 IWSC(インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション)最高銀賞を受賞した。
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by fbox12 | 2015-08-27 16:27 | コレクション

京成バス(京成バス株式会社)

a0057057_9424594.png概要:
京成バス株式会社は、京成電鉄バス部門の承継を目的として平成11(1999)年2月に設立され、平成15(2003)年10月1日より営業を開始したバス事業者である。東京都内の足立区・葛飾区・江戸川区から千葉県北西部にかけての京成・北総・JR沿線を主な営業エリアとする。一部埼玉県に路線を持つ。また、成田空港発着路線をはじめとする高速バス路線を多数運行している。
本社は京成電鉄と同じく千葉県市川市八幡にある(平成25(2013)年9月17日東京都墨田区押上から移転)。

沿革:
京成バスは、平成15(2003)年10月1日に京成電鉄からバス事業を譲受して運行を開始した。ここでは、京成電鉄時代を含めた沿革について記述する。

京成バスの生い立ち
京成バスの歴史は、昭和5(1930)年5月10日に京成電気軌道(京成電鉄の当時の社名。以下「京成」とする。)が子会社として京成乗合自動車を設立した事に始まる。京成は、これに先立って自社の鉄道周辺に路線を有する東葛乗合自動車(市川国府台 - 船橋間)、千葉バス(船橋 - 千葉間)、両総自動車(千葉 - 東金間)の3社を買収していたが、経営上の判断からこれらの路線を直営とはせず、新たに京成乗合を設立して運営を同社にあたらせる事とした。
京成は次いで昭和6(1931)年12月に浅草を起点に玉ノ井・四ツ木・立石周辺に路線を有し(永井荷風の小説「濹東綺譚」は、このバス路線近辺を舞台としている)、電車線に一部並行していた隅田乗合自動車を買収した。同社は自動車商の梁瀬による開業で浅草へ安価且つ乗り換えなしで出られる交通手段として京成電車の手強い競争相手となっていた。このため、買収には相当の努力を注いだと社史に記されている。京成は、同社を買収後しばらくは監督下に置く形で営業させていたが、昭和7(1932)年7月に至り直営化に踏み切る事となり、自動車課及び寺島営業所を設置してその事業一切を継承した。
東京においては、昭和8(1933)年に中島理一より四ツ木 - 亀有間を、昭和9(1934)年に上平井乗合自動車より四ツ木 - 上平井 - 新小岩間を継承し、さらに北は新宿(葛飾の「にいじゅく」)・金町・水元猿町へ、東は奥戸へと路線を延ばした。これにより従来の車庫が手狭となった事から昭和10(1935)年に奥戸に新車庫を設置、昭和12(1937)年には寺島営業所をここに移転して奥戸営業所とした。また、同年には奥戸から江戸川を越えて市川八幡へと路線が延び、これによって千葉県内の路線との連絡が図られた。
なおこの間、千葉県内では昭和9(1934)年3月に京成乗合自動車を統合して千葉営業所とした後、周辺事業者の買収による積極的な路線拡張策がとられていた。昭和10(1935)年には松戸に拠点を置く東葛乗合(前記の東葛乗合自動車とは異なる)を買収し、松戸駅 - 八柱霊園 - 藤ヶ谷方面の路線を継承すると共に松戸営業所を設置した。続いて、同年中に同じく松戸の渡辺敬蔵より松戸から市川・金町・流山へ向かう3線を継承し、松戸営業所に組み入れた。また、昭和11(1936)年には東金 - 八街間などに路線を有する東金自動車を買収、昭和12(1937)年には習志野 - 実籾間や船橋 - 木下間などを運行する習志野乗合自動車を買収し、習志野営業所を設置した。

戦時の事業統合
戦争による物資不足により、バスの正常運行が困難となる中で、1940年代に入り、バス事業者の統合は必至の状況となった。京成は、まず東京市周辺において常磐線東南地域の統合主体事業者の指定を受け、これに従い東武鉄道より千住大橋 - 堀切間の路線を譲り受けたのに続き、昭和17(1942)年に東京地下鉄道より旧葛飾乗合自動車の路線の大半を譲り受け、小松川営業所を設置した。
次いで、千葉県内においても千葉市を中心とする地域の統合主体となり、昭和18(1943)年に成東自動車を統合して成東営業所を設置、さらに同年、森田祐吉経営の共立乗合自動車を統合して市川営業所を設置するなどした。さらに、昭和19(1944)年に九十九里自動車と千葉市街自動車を併合(九十九里自動車は同時に京成の傘下となった九十九里鉄道にそのまま譲渡)し、路線網を飛躍的に拡張した。しかし、戦況悪化の影響により、その大部分は休止せざるを得ない状況であった。

一般乗合路線:
路線名及び系統番号
京成電鉄は戦前の創立期より各バス路線に路線名を付しており、京成バスになってからも路線名は使われ続けている。昭和50年代まではバス車内に路線案内の掲示(現在の路線図とは別のもの。路線図も隣に掲示されていた。)があり、そこに路線名が記されていたため、乗客もそれを容易に知る事ができた。その後、概ね1980年代中期より車内には路線図のみが掲示される様になり、路線名はなじみの薄いものとなった。しかし、路線の新設・廃止・改変時には路線名を示しながら案内することも行なわれている。
一方、系統番号はまず東京都内全域のバスについて利便性を高めるために、東京バス協会の旗振りのもと、全社一斉に近い形で番号が振られた。番号のつけ方は各社でまちまちだが、京成の場合は原則として一路線名に1つの番号を割り当てた。したがって、途中で分岐しようが、折り返し便であろうが、出入り便であろうが、同じ路線に属せば同じ系統番号である。この付番方法は都営バスと似ている。ただし、戸ヶ崎線は金町駅を境に分割して運行しているため、例外的にそれぞれ別の番号が割り当てられた。
京成バス株式会社となり、千葉県内の乗合路線についても同様の系統番号を付すようになった。ただし、千葉県内については東京都内のように路線名ごとに系統番号を割り当てず、枝分岐を単位として一つの番号を割り当てた。平成21(2009)年3月31日、最後まで系統番号が付されていなかった市川営業所担当路線にも系統番号が付され、千葉県内の乗合路線全てに系統番号が付されることとなった。この系統番号付与は、分社化で設立された京成トランジットバスやちばシティバスでも実施された。
なお、京成バスでは「小55」を「こいわ ごじゅうご けいとう」など省略される前の駅名で呼んでいる。都営バスでは東京駅を意味する「東」を「ひがし」と読むなど漢字をそのまま訓読みするのが原則であるのと対照的である。ただし、同じ京成バスでも「本31」を「もと さんじゅういち けいとう」など省略した駅名等で呼ぶ系統もある。

営業所及び担当路線
一般乗合路線の営業所は以下の通りである。なお、各路線の情報はその属する営業所の記事にて示す。括弧内の英数字は社番に冠される営業所表記である。

金町営業所(8) 東京都葛飾区金町
 担当路線:戸ヶ崎線、幸田線、亀有線、アイリスループ、ファミリーシャトル、亀有綾瀬線、荒川区コミュニティバス「さくら」、北千住線、新金線

江戸川営業所(E) 東京都江戸川区東篠崎
 担当路線:篠崎線、鹿骨線、南小岩線、第二南小岩線、南行徳線、区役所線、臨海病院線、西瑞江線、環七シャトル、新タワー線

習志野出張所(0) 千葉県船橋市習志野
 担当路線:大久保線、東習志野線、屋敷線、花見川団地線、花見川南線、実籾線

市川営業所(2) 千葉県市川市柏井町
 担当路線:姫宮団地線、高塚線、国分線、冨貴島線、鬼越線、中国分線、ファイターズタウン線、市川学園線、市川市コミュニティバス

松戸営業所(3) 千葉県松戸市古ケ崎
 担当路線:市川線、流山線、国分線、日大線、矢切の渡し線、松戸八潮線(平成21(2009)年9月1日より金町営業所戸ヶ崎線の一部区間を路線名改名の上移管)、東初石線、西初石線、三輪野山線、流山ぐりーんバス(流山市コミュニティバス)

新都心営業所(4) 千葉県習志野市芝園
 担当路線:新都心幕張線、香澄団地線、幕張学園線、コロンブスシティ線、谷津パークタウン線、袖ヶ浦団地線(上写真)、秋津団地線、新都心回遊線(ポケットバス)、習志野市コミュニティバス「ハッピーバス」

千葉営業所(5、高速も担当) 千葉県四街道市吉岡
 担当路線:大学病院線、小倉団地線、都町中通り線、ほおじろ線、都賀線

長沼営業所(N、高速も担当) 千葉県千葉市稲毛区長沼町
 担当路線:八千代台線、勝田台団地線、横戸線、こてはし団地線、あやめ台団地線、検見川線、瑞穂の杜線、さつきが丘団地線、中部美浜横断線、宮野木線、京成団地線、ファミールハイツ線、寺山線、千草台団地線、長沼原線、稲毛海岸線

近・中距離高速バス路線(〔 〕内は共同運行会社)
奥戸営業所 (1、墨田区のコミュニティバスも担当) 東京都葛飾区奥戸

千葉営業所 (5、一般乗合も担当) 千葉県四街道市吉岡

新習志野高速営業所 (H) 千葉県習志野市茜浜

長沼営業所 (N、一般乗合も担当) 千葉県千葉市稲毛区長沼町

羽田空港発着便
羽田空港発着の高速路線は、昭和63(1988)年7月の千葉線開業を皮切りに、東京ディズニーランド、海浜幕張地区へと順次拡大し、さらに1990年代末頃より、西船橋、津田沼、小岩など総武線駅に至る路線が急ピッチで開設された。
平成22(2010)年7月現在、系統の統合・延長を経て、以下の様な路線網となっている。いずれも、羽田側に営業基盤を有する京浜急行バス、東京空港交通のどちらかが共同運行会社に入っている。
 千葉中央駅 - JR千葉駅西口 - 稲毛海岸駅 - 検見川浜駅 -(海浜幕張地区)- 羽田空港 〔京浜急行バス・東京空港交通・ちばシティバス〕
 亀有駅・小岩駅 - 一之江駅 - 葛西駅 - 羽田空港 〔東京空港交通〕(空港バスチケットサービス対象路線) 羽田空港行きのみPASMO・Suica利用可能。
 船橋駅 - 西船橋駅 - 羽田空港 〔京浜急行バス〕 (全便PASMO・Suica利用可能)
 津田沼駅 - 京成津田沼駅 - 羽田空港 〔東京空港交通〕 羽田空港行きのみPASMO・Suica利用可能。
 TDL - TDS - (TDR周辺ホテル)- 羽田空港 〔東京ベイシティ交通・京浜急行バス・東京空港交通〕 空港バスチケットサービス対象路線

成田空港発着便
成田空港発着路線では、1980年代末よりONライナー(大宮線)と千葉線の運行を開始し、2000年代に入り急速に路線網を拡張した。
平成12(2000)年以降に開設された路線としては、
相模大野(平成12(2000)年6月開業、平成16(2004)年に橋本へ延長)、本厚木(平成13(2001)年6月)、吉祥寺(平成13(2001)年7月)、所沢(平成15(2003)年)、新百合ヶ丘(平成15(2003)年4月)、新富士(平成15(2003)年11月)、小岩(平成16(2004)年5月)、辻堂(平成19(2007)年3月、平成21(2009)年に茅ヶ崎へ延長)、大泉学園(平成19(2007)年7月)、横浜線・横浜市営地下鉄グリーンラインの中山(平成20(2008)年7月)、市原・木更津・君津(平成25(2013)年4月、一部路線改編の上で運行再開)への各線がある。
 (富士急静岡バス富士宮営業所 - 富士宮駅 - )富士急静岡バス鷹岡車庫 - 新富士駅 - 沼津駅 - 東名御殿場IC - 成田空港 〔富士急静岡バス〕※京成便は富士急静岡バス鷹岡車庫発着
 ONライナー号: 西武バス大宮営業所 - 大宮駅 - さいたま新都心駅 - 成田空港 〔千葉交通・東武バスウエスト・国際興業・西武バス〕
 平塚(神奈中田村車庫) - 本厚木駅 - 成田空港 〔神奈川中央交通〕
 茅ヶ崎駅 - 辻堂駅 - 藤沢駅 - 戸塚バスセンター - 成田空港 〔神奈川中央交通〕
 吉祥寺駅 - 成田空港 〔小田急バス・東京空港交通・関東バス〕
 橋本駅 - 相模大野駅 - 町田バスセンター - 成田空港 〔神奈川中央交通〕
 新百合ヶ丘駅 - たまプラーザ駅 - 成田空港 〔小田急バス・東急バス〕
 所沢駅 - 東所沢駅 - 和光市駅 - 成田空港 〔西武バス〕
 東京シャトル: 東雲車庫 - 東京駅八重洲口 - 数寄屋橋(銀座駅) - 成田空港 〔成田空港交通・京成バスシステム・リムジン・パッセンジャーサービス〕
 東京シャトル: 大江戸温泉物語(お台場) - 東京駅八重洲口 - 成田空港 〔成田空港交通・京成バスシステム・リムジン・パッセンジャーサービス〕
 小岩駅 - 一之江駅 - 葛西駅 - 成田空港
 横浜駅(YCAT) -(みなとみらい周辺ホテル)- 成田空港 〔京浜急行バス・東京空港交通〕
 中山駅(横浜線・横浜市営地下鉄グリーンライン) - センター南駅 - 成田空港 〔東急バス〕
 千葉中央駅 - 千葉駅西口 - 稲毛海岸駅 - 検見川浜駅 -(海浜幕張地区)- 成田空港 〔成田空港交通・ちばシティバス〕
 木更津駅 - 木更津金田バスターミナル - 三井アウトレットパーク - 市原バスターミナル - 成田空港〔日東交通・小湊鐵道〕 君津駅発着は平成26(2014)年7月22日をもって廃止し、経路を変更。

東京駅発着便
東京駅発着路線は、元々東関東自動車道経由で少数運行されていただけであったが、平成10(1998)年以降、日東グループとの共同運行により、東京湾アクアライン経由で房総方面に向かう路線が相次いで新設された。
平成26(2014)年7月23日より、八重洲ロータリービル1F・2Fに乗車券類の発売窓口や待合所等の設備を兼ねた「京成高速バスラウンジ」を開設。
千葉県内には「高速○○」という停留所が多数あるが、これは高速道路上の停留所ではなく、一般道路上にある高速バス専用停留所を意味する。
 かしま号: カシマサッカースタジアム - 鹿島神宮駅 - 鹿島セントラルホテル - 東京駅 〔関東鉄道・JRバス関東〕(臨時便を除く全便がPASMO・Suica利用可能)
 犬吠号: 犬吠埼 - 東芝町(銚子) - 銚子駅 - 旭 - 東京駅八重洲口前 - 浜松町 〔千葉交通〕(全便PASMO・Suica利用可能)

 路線沿革
  平成3(1991)年6月 - 犬吠号運行開始
  平成21(2009)年3月 - PASMOを導入
  平成22(2010)年3月 - イオン銚子ショッピングセンターバス停を新設
          4月 - 旭中央病院東新設。同時にここへの通院バスとして銚子市内のバス停(イオン銚子を除く)と旭中央病院東に限っての利用も可能になる。
  平成23(2011)年10月17日 - 銚子駅・高速黒生バス停新設。また、一部時間帯の便は旭中央病院と犬吠埼太陽の里へも乗り入れ開始。旭中央病院まで利用できる銚子市内のバス停を拡大(イオン銚子SCおよび同日新設バス停)
  平成24(2012)年3月27日 - 犬吠埼京成ホテルバス停の名称を「犬吠埼」に変更
 アクシー号: 亀田病院 - 安房鴨川駅 - 木更津金田BT - 東京駅八重洲口前 - 浜松町 〔日東交通・鴨川日東バス〕 京成バス運行便のみPASMO・Suica利用可能。
 安房小湊/御宿 - 勝浦駅 - 市原鶴舞BT - 木更津金田BT - 東京駅八重洲口前 - 浜松町 〔小湊鐵道・鴨川日東バス〕 京成バス・小湊鐵道運行便のみPASMO・Suica利用可能。
 茂原駅 - 長南駐車場 - 市原鶴舞BT - 東京駅八重洲口前 - 東雲車庫 〔小湊鐵道〕 PASMO・Suica利用可能。
 青堀駅 - 君津駅 - 君津BT - 木更津金田BT - 東京駅八重洲口前 - 浜松町 / 東雲車庫 〔日東交通〕 京成バス運行便のみPASMO・Suica利用可能。
 君津製鐵所 - 木更津駅 - 木更津金田BT - 東京駅八重洲口前 - 東雲車庫 〔日東交通〕 京成バス運行便のみPASMO・Suica利用可能。
 三井アウトレット・パーク木更津 - 東京駅八重洲口前 - 浜松町〔日東交通〕 京成バス運行便のみPASMO・Suica利用可能。
 マイタウン・ダイレクトバス(各系統とも全便PASMO・Suica利用可能)
  新浦安ルート
   日の出七丁目 - 明海四丁目 - 弁天第二 - 東京ディズニーランド - 東京ディズニーシー - 東京駅八重洲口前 - 秋葉原駅ほか(時間帯により上りと下りの経路が異なる) 〔東京ベイシティ交通〕  千葉北ルート
   長沼原町 - ヴィルフォーレ稲毛 - 萩台入口 - 草野車庫 - 長沼 - 花見川消防署前 - いきいきプラザ入口 - 幕張メッセ中央(一部便のみ) - 東京駅八重洲口前 - 国際展示場駅 - 東雲車庫
  ユーカリが丘ルート
   ユーカリが丘(宮の台) - ユーカリが丘駅入口(平日の東京行始発便は南口) - 下志津 - 東邦大佐倉病院 - 王子台三丁目 - 臼井駅南口 - 消防署前 - 地区センター - 吉見台公園 - 染井野南 - 内黒田入口 - 八木原小学校 - 千代田団地入口 - 幕張メッセ中央(一部便のみ) - 東京駅八重洲口前 - 国際展示場駅(一部便のみ) - 東雲車庫 〔ちばグリーンバス・千葉内陸バス〕
  千城台・八街・成東ルート
   成東車庫 - 八街駅 - 御成台車庫 - 千城台駅 - 小倉台駅 - 幕張メッセ中央(一部便のみ) - 東京駅八重洲口前 - 東雲車庫 〔ちばフラワーバス〕※成東車庫、八街駅にはちばフラワーバスのみ運行
  千葉市ベイエリアルート
   高浜車庫 - 高浜消防署 - 高浜北団地 - 東京歯科大学正門 - 真砂コミュニティーセンター - 磯辺中央 - 花見川通り - 海浜打瀬小学校 - 幕張メッセ中央 - 神田外語大学 - コロンブスシティー - 東京駅八重洲口 - 国際展示場駅 - 東雲車庫 〔千葉海浜交通〕

東京ディズニーリゾート発着便
 新宿駅 - 東京ディズニーランド(TDL) - 東京ディズニーシー(TDS) 〔JRバス関東〕
 横浜ロイヤルパークホテル → 横浜駅東口 - TDL - TDS 〔京浜急行バス〕(全便PASMO・Suica利用可能)
 川崎駅 - 蒲田駅 - TDL - TDS 〔京浜急行バス〕(全便PASMO・Suica利用可能)
 たまプラーザ駅 - TDL - TDS 〔東急バス〕(全便PASMO・Suica利用可能)
 スカイツリーシャトル: 東京スカイツリータウン - 錦糸町駅 - 葛西駅 - TDL - TDS 〔東武バスセントラル〕(全便PASMO・Suica利用可能)
 ユーカリが丘(宮ノ台) - TDL - TDS 〔ちばグリーンバス・千葉内陸バス〕(全便PASMO・Suica利用可能)

その他の地域発着便
 幕張メッセ - 横浜駅(YCAT) 〔京浜急行バス〕 ※幕張メッセ催事日のみ運行
 海浜幕張駅 - 京成津田沼駅 - 津田沼駅 - 西船橋駅 - 富士急ハイランド - 河口湖駅 〔富士急山梨バス〕 ※季節運行

深夜急行バス
 平成26(2014)年11月現在、以下4路線が運行されている。かつては佐倉方面や千葉ニュータウン方面にも路線を持っていたが、現在は前者がちばグリーンバス、後者が成田空港交通にそれぞれ運行移管されている。
 東京駅八重洲口前 - 葛西臨海公園駅 - 葛西駅 - 一之江駅 - 奥戸車庫
 新橋駅銀座口 - 有楽町駅マリオン前 - 東京駅八重洲口前 - 新浦安駅北口 - サンコーポ西口
 新橋駅銀座口 - 有楽町駅マリオン前 - 東京駅八重洲口前 - 富岡三丁目 - サンコーポ西口 - 新浦安駅北口 - 行徳駅 - 富浜(妙典駅) - 下総中山駅入口 - 西船橋駅 - 行田団地 - 税務大学校入口 - 藤原町 - 大塚ガラス - 藤原六丁目 - 桐畑
 新橋駅銀座口 - 有楽町駅マリオン前 - 東京駅八重洲口前 - リブレ京成浦安 - サンコーポ西口 - 新浦安駅 - ハイタウン塩浜 - 行徳駅前四丁目 - 秋津小学校 - 香澄公園 - 海浜幕張駅 - 幕張ベイタウンパティオス1番街 - 検見川浜駅 - 稲毛海岸駅 - 稲毛駅 - 幸町団地 - 幸町第三 - ガーデンタウン - 千葉駅

夜行高速バス路線
現行路線
長距離高速路線は、いずれも夜行運転であり、主に関西方面に向けて以下の路線が運行されている。各線共千葉県内を起点に西船橋駅・東京ディズニーリゾート周辺や、都内を経由して運行される。運行回数はいずれも1往復である。この他、成田空港 - 仙台間(ポーラスター号)と、海浜幕張 - 和歌山間(サウスウェーブ号)、千葉 - 京都間(きょうと号)があったが、ポーラスター号、サウスウェーブ号は成田空港交通に、きょうと号は千葉中央バスにそれぞれ移管され、京成バスでは予約などの運行支援業務のみを行っている。
 ファンタジアなごや号
  西船橋駅・TDL・横浜駅 ⇔ 名古屋駅 〔JR東海バス〕
 やまと号
  五位堂駅・王寺駅・法隆寺バスセンター・近鉄郡山駅・JR奈良駅・近鉄奈良駅・天理駅 ⇔ 本厚木駅・横浜駅(YCAT)・京成上野駅・西船橋駅・TDR・海浜幕張駅 〔奈良交通〕
 千葉・TDR・東京駅・横浜 - 大阪・神戸線
  千葉中央駅・海浜幕張駅・西船橋駅・TDR・東京駅・横浜駅東口 ⇔ 千里中央駅・新大阪・大阪梅田・ 神戸三宮

廃止路線
 岡山線:海浜幕張駅 - TDL - 西船橋駅 - 岡山駅前 - 倉敷駅北口 - 総社バスセンター - 津山中鉄バスセンター 〔中鉄バス〕

成田空港交通に移管された路線(金沢線)を除き唯一の廃止路線で、平成8(1995)年4月21日の運行開始当初は千葉中央駅発着、岡山 - 津山間は直通運行だった。平成10(1997)年頃に上記の運行区間に変更される。
特記は、京成の夜行バスで唯一「トウキョウベイライン」という愛称が付与されていた。中鉄バス側の愛称は現在でも東京 - 岡山・倉敷線(両備バスに移管)で使われる「マスカット号」である。

車両:
いすゞ自動車、日野自動車、三菱ふそうの3メーカーによって製造又は販売された車両を主に導入している。この他、一部のコミュニティ路線や高速路線用に日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)製車両がごく少数配置されており、また、幕張地区用連接バス(新都心幕張線用連接バス)メルセデス・ベンツ・シターロが15台配置(平成23(2011)年2月現在)されている。

千葉市西部の京成千葉線、JR総武線幕張本郷駅とJR京葉線海浜幕張駅周辺を結ぶ新都心幕張線(新都心営業所所管)は、幕張新都心への進出企業の増加に伴い、1990年代から利用者が急増した。京成では、この路線に全長のやや長い3扉の車両を多数配置し、頻発運行していたが、ラッシュ時を中心に混雑が大変激しく、増便による対応も限界に達しつつあった。このため、輸送効率の根本的な改善を目的として、平成10(1998)年に、ボルボ製シャーシの連節バスを10台導入し、運用に充てていた。
この連節バスは、全長18メートル、定員140名で、一般路線用の連節バスとしては日本初のものである。シャーシはボルボB10Mを使用し、車体は日本の富士重工業が製造を担当し、接合部以外は一般の路線バスと大差のない外観をしている。なお、海外メーカ製でほぼ同一サイズの連節バスとしては、平成17(2005)年に神奈川中央交通に導入された「ツインライナー」があるが、そちらはボディも海外で施工しているため、外観上の印象が大きく異なっている。
カーブでは第3軸の車輪がハンドルを回した方向とは逆に動き、第2軸の軌跡を追う仕組みとなっており、内輪差が大きくなることを防いでいる。このため、通常の大型バスと同じ様な感覚で運転でき、乗務員は大型2種以外の特別な運転免許を必要としない。ただし、全長が法規の想定以上に長い事から、営業運行できるのは特例により許可を得た新都心幕張線に限られている。
ボルボ製の連節バスは排出ガス規制への適合の関係から、平成22(2010)年2月19日より連節バス車両の置き換えが開始された。新たに導入する車両は平成20(2008)年以降神奈中で導入実績のあるメルセデス・ベンツ・シターロで、同社で導入されている車両と同様に車体幅2.55mのノンステップ車両である。車両愛称も「シーガル幕張」と定められ、これまで使用してきた10台を全て置き換えたうえで、平成22(2010)年度内に5台を増備する予定とアナウンスされた。

(以上、記事内容 Wikipédia:平成27(2015)年8月25日更新から)
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by fbox12 | 2015-08-26 09:44 | 鉄道・バス

ABBOT'S CHOICE

a0057057_11362351.pngミニチュアボトルコレクション 808

酒類:ウイスキー
酒類通称:SCOTH WHISKY
原材料:大麦
度数:43度
容量:48ml
原産国:イギリス
製造所:John McEwan & Co., Ltd. (Leith SCOTLAND)
輸入者:巴工業株式会社(東京都中央区日本橋3-9-2)
(日本ラベル)酒税事務所№:(Y)4956(別ラベル:ウイスキー特級)
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by fbox12 | 2015-08-25 11:49 | コレクション

小田急ロマンスカー VSE(小田急電鉄株式会社・50000形電車)

a0057057_14212774.jpg

a0057057_14215723.png概要:
小田急50000形電車は、平成17(2005)年から小田急電鉄(小田急)が運用している特急用車両(ロマンスカー)である。
小田急のフラッグシップモデルとして位置づけられ、箱根方面への特急ロマンスカーに使用されていた10000形(HiSE車)の置き換えとともに、箱根の魅力向上と活性化、さらには小田急ロマンスカーブランドの復権を目的として登場した。デザインや設計を全面的に見直し、最新技術などを取り入れるとともに、過去に小田急で試験を行なっていながら採用されていなかった技術も採用され、旅客設備についても最高のものを目指した。客室内の様式から "Vault Super Express" (略して「VSE」)という愛称が設定され、平成17(2005)年には照明学会より「照明普及賞優秀施設賞」を、同年度に日本産業デザイン振興会より「グッドデザイン賞」を、翌18(2006)年には鉄道友の会より「ブルーリボン賞」を、同じく2006年度に香港デザインセンターより「アジアデザイン大賞」を、2007(平成19)年にはドイツ・ハノーファー工業デザイン協会より "iF product design award 2007" を受賞した。

小田急では、編成表記の際には「新宿寄り先頭車両の車両番号(新宿方の車号)×両数」という表記を使用しているため、本項もそれに倣い、特定の編成を表記する際には「50002×10」のように表記する。また、初代3000形は「SE車」、3100形は「NSE車」、7000形は「LSE車」、10000形は「HiSE車」、20000形は「RSE車」、30000形は「EXE車」、本形式50000形は「VSE車」、箱根登山鉄道箱根湯本駅へ乗り入れる特急列車については「箱根特急」、小田原方面に向かって右側を「山側」・左側を「海側」と表記する。

登場の経緯:
<箱根特急の利用者数の減少>
元来、小田急ロマンスカーは箱根への観光客輸送を目的として設定されており、昭和41(1966)年6月1日から設定された途中駅に停車する特急も、元来は沿線在住の箱根観光客を対象としたものであった。しかし、1990年代に入ると箱根特急の利用者数は年率5%程度の減少傾向が続いており、その一方で観光客以外の日常利用が増加するなど、小田急ロマンスカーの乗客層には変化が生じていた。これに対応して、NSE車を代替する特急車両として、箱根特急の利用者減少を日常的な目的での特急利用者を増加させることで補う意図から平成8(1996)年にEXE車を導入していたが、EXE車ではそれまでの小田急ロマンスカーの特徴であった前面展望席も連接構造も導入しなかった。
ところが、特急の年間利用者数は昭和62(1987)年時点では1,100万人だったものが平成15(2003)年には1,400万人に増加した一方で、箱根特急の利用者数は大幅に減少するという事態になった。箱根を訪れる観光客も平成3(1991)年の年間2,250万人をピークとして減少傾向ではあったが、平成15(2003)年時点では年間1,970万人とピーク時と比較すると約15%程度の減少率であったのに対し、箱根特急の利用者数は昭和62(1987)年時点では年間550万人だったものが平成15(2003)年時点では年間300万人と、約45%も減少していた。つまり、箱根を訪れる観光客の減少以上に、箱根特急の利用者数は減少していたのである。

平成13(2001)年に入り、小田急ではロマンスカーに期待されている事柄を調べるため、市場調査を行なった。その結果、「ロマンスカーの利用を検討したい」と回答した人の多くは、その理由として展望席を挙げていた。つまり、EXE車には「小田急ロマンスカーのイメージ」とされた展望席が存在しなかったため、別の交通手段に転移していたと考えられたのである。現実に、家族旅行で箱根特急を利用する際に、EXE車を見た子供から「こんなのはロマンスカーじゃない」と言われてしまうことがたびたび発生した。その一方、平成13(2001)年に東日本旅客鉄道(JR東日本)が湘南新宿ラインの運行を開始し、平成16(2004)年からは増発され、新宿から小田原までの所要時間も小田急ロマンスカーとあまり変わらなくなった。箱根への交通手段は、「必ずしもロマンスカーでなくてもよい」という状況になっていたのである。

<HiSE車の置き換え>
こうした状況から、小田急では「ロマンスカーのイメージ」が展望席のある車両であると再認識し、平成14(2002)年にはロマンスカーの看板車両として広告ポスターなどに登場する車両を、展望席のあるHiSE車に変更していた。
ところが、平成12(2000)年に制定された交通バリアフリー法では、大規模な更新の際にはバリアフリー化が義務付けられていたが、更新を検討する時期となっていたHiSE車では、高床構造である(出入口や通路に段差がある)ことからバリアフリー対応が困難とみられた。既に平成13(2001)年には新しい特急車両の検討が開始されていたが、HiSE車は更新改造を行なうことなく、新型特急車両によって置き換える方向性が平成14(2002)年に決定した。

a0057057_1633224.png新型特急車両の製造にあたり、今までの小田急ロマンスカーのイメージから全く離れた車両を作るか、小田急ロマンスカーの原点に立ち返って「ロマンスカーの中のロマンスカー」とするかという選択肢があったが、最終的には後者の方向性で進められることになった。設計に際しては「どこにもない車両」を目指して、各社の特急車両を視察などもした。さらに、SE車とNSE車の製造時の資料や技術を参考にした結果、他社の車両と比較した小田急の財産や武器として挙げられた技術は、EXE車では採用されていなかった連接構造であった。新型特急車両では、乗り心地の向上のためには不可欠なものとして連接構造が採用されることになった。
(連接部・・中央の下部に台車がある)

<外部デザイナーの起用>
a0057057_1651105.jpgHiSE車が登場した後の平成3(1991)年、小田急では御殿場線直通特急用としてRSE車を登場させていたが、乗り入れ先の東海旅客鉄道(JR東海)では371系電車を直通用として製造していた。この371系はプロのデザイナーによる車体デザインで、小田急の関係者は衝撃を持って受け止めたいう(右写真:左側371系、右側RSE車)。
EXE車でも設計の際には外部のグラフィックデザイナーを起用していたが、RSE車の教訓から、新型特急車両ではデザインや設計を全面的に見直し、社外のデザイナーを起用することになった。日本国外のデザイナーも考えたが、「電車で1時間ちょっとでいける場所への1泊2日旅行を理解できるのは日本人しかいない」という理由により、日本人デザイナーに依頼することになった。さらに、「これまでにない車両を作る」という観点から、鉄道車両を手がけたことのないデザイナーが望ましいと考えられた。
小田急では外部デザイナーへの依頼にあたって、「前面展望席を設置すること」「連接式を採用すること」、「ときめきを与える車両」の3点を条件とした。これに対し、「総合的なデザインをしたい」「沿線風景の中でどのような存在となるかを考え、技術面を含めてすべてデザインしたい」と回答したのが、関西国際空港ターミナルビルの設計に携わった建築家の岡部憲明であった。
小田急では、「車内の居住性については他のデザイナーより理解が深く、沿線の景観もデザインすることができる」と考え、新型特急車両のデザインを岡部に依頼することにした。岡部にとっては鉄道車両のデザインは初めてであるが、岡部は建造物以外にもフィアットのコンセプトカーのデザインや、大型客船の設計など、交通機関のデザインの経験もあったため、これも小田急が岡部を起用する理由の後押しになったという。岡部が新型特急車両に対して最初にイメージしたのは「全長が約150mのオブジェ」であったという。
新型特急車両の製造は日本車輌製造が行なうことになったが、小田急では日本車輌に対して「岡部の提案は可能な限り実現して欲しい」と依頼し、岡部は小田急ロマンスカーに何度も乗車した上で、小田急と日本車輌に対してさまざまな提案や要求を行なった。例えば、それまでのNSE車・LSE車・HiSE車では11両連接車であったが、岡部は「左右対称にした方が安定感が増す」という理由によって車両数を偶数にすることを提案した。10両連接車の構想自体は既にNSE車開発時にもあり、軸重制限の関係から11両連接車になったという経緯があったが、後述するように車体の軽量化を図ることで実現することになった。

<過去に試験をしていた技術の採用>
また、小田急では1960年代から1970年代にかけて、3回にわたって車体傾斜制御の試験を行なっていた。昭和36(1961)年にデユニ1000形の旧車体を活用して行なった「空気ばね式自然振り子車」は高位置空気ばね支持方式の連接台車を装備しており、日本で初めての車体傾斜制御試験であったが、振り遅れの問題があった。昭和37(1962)年にはデニ1101を使用して「油圧式強制振り子車」の試験が行なわれたが、*フェイルセーフの問題があった。昭和45(1970)年にはクハ1658を使用して「空気ばね式強制振り子車」の試験が行なわれ、車体傾斜による乗り心地向上効果は確認できたものの、当時の技術水準では曲線への進入を正確に検知することが困難であった。このほか、昭和52(1967)年には廃車となった車両を利用して、操舵台車の試験も行なわれていた。

*フェイルセーフ(fail safe)とは、なんらかの装置・システムにおいて、誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御すること。またはそうなるような設計手法で信頼性設計のひとつ。これは装置やシステムは必ず故障するということを前提にしたもの。鉄道信号において、故障の際はすべて赤信号を現示し、列車の衝突等を防止するのはこの考え方の一つ。

当時は通勤輸送力の増強に注力しなければならなかったこともあり、実用化は見送られていた。しかし、技術的な問題については、その後の電子技術の発展等に伴い解決されていた。このため、新型特急車両では、乗り心地と快適性の向上をねらって最新の技術を積極的に導入することとなり、1960年代に試験を行なっていた車体傾斜制御と操舵台車も採用することになった。採用に向けた事前確認のため、平成15(2003)年にはLSE車(7002×11)を使用し、車体傾斜制御と高位置空気ばね台車、操舵台車・集電装置(パンタグラフ)の変位について、半年にわたって検証が行なわれた。
こうして、2編成で35億円を投じた、小田急の新たなフラッグシップモデルとして登場したのがVSE車である。

車両概説:
VSE車は10両連接の固定編成で、先頭車が制御電動車、中間車は電動車である。検査時には5号車と6号車の間で分割を行なう。

車体:
先頭車は車体長17,800mm・全長は18,200mm、中間車は車体長13,400mm・全長13,800mmで、車体幅は2,800mmである。
NSE車・LSE車・HiSE車は11両連接車であったが、上述のとおり左右対称のデザインとするために岡部は偶数両数にすることを要望した。これを実現するためには、軸重の制約条件をクリアしつつ車体長を延長する必要があったため、車体は全てアルミニウム合金製で、展望室部分はシングルスキン構造とし、それ以外の部分は台枠も含めてすべてダブルスキン構造とした。3号車と8号車では屋根上に集電装置(パンタグラフ)や列車無線アンテナを装備しているが、それ以外の機器は全て床下に設けたため、3号車と8号車以外では天井裏には空調装置のダクトと車内放送のスピーカーしかない。
岡部は側面窓について、当初8,000mmスパンの窓幅を要求した。これは技術的に不可能であったが、シミュレーションを行なった結果、窓枠の幅は4,000mmまで拡大することができた。それまでの小田急では前例のなかった広幅の窓とすることによって、連節車の構造上車端部に荷重がかかることになり、設計が難しい部分であったが、窓枠と扉部分については厚さ40mmのアルミニウム合金製厚板から削りだすことによって、必要な車体剛性を確保した。こうした工夫によって、岡部の要望に応えて10両連接車とすることが可能になった。なお、窓の高さは700mmとしたが、3号車・8号車については窓高さを他の車両よりも高くして、立ち客の視界を妨げないようにしているほか、岡部の発案によって天窓が設けられている。
先頭部の形状は運転室を2階に上げて最前部まで客室とした前面展望構造で、3次元曲線で構成された流線形である。先頭部には格納式連結器を装備し、その前部に標識灯装置を設置した。前照灯はディスチャージヘッドランプ (HID) を採用した。前面のデザインは、キャラクター性を持たせないよう考慮し、柔らかい特徴のある形状とした。
床下を覆うカバーとして、先頭部はボルト固定式・それ以外の箇所は掛け金錠式の台枠下部覆い(スカート)を設置したが、これは小田急側の「騒音低減のため床下カバーの設置」という要望を岡部が受けたものである。
側面客用扉は各車両とも1箇所で、空気駆動式の片引き式プラグドアが採用された。有効開口幅は先頭車である1号車・10号車は660mm、3号車・8号車については車椅子利用にも対応した900mm、それ以外の車両については750mmとした。通常は1号車・10号車の扉は旅客の乗降には使用しない。各扉にはドアチャイムを設置するとともに、視覚障害者向けに誘導用チャイムも設置した。1号車・10号車の連結面側車端部には610mm幅の乗務員扉を配置した。車両間の貫通路は700mm幅である。

a0057057_1632649.pnga0057057_1634334.png

塗装デザインはシルキーホワイトを基調にバーミリオン帯とグレーの細帯を入れたもので、小田急では「バーミリオン・ストリーム」と称している。小田急沿線の風景に調和する外観となることをねらったものだが、「オレンジバーミリオン・ホワイト・グレーの3色」という組み合わせは、結果的にSE車(右写真:SSE車)・NSE車・LSE車で使用されている3色と同系色となった。また、側面には形式名と愛称のロゴが入れられている(タイトル写真)が、小田急の特急車両で登場当時から形式名と愛称のロゴが配されているのはVSE車が初めてである。

a0057057_15495571.png内装:
室内は、住空間のように落ち着いた雰囲気で、リビングルームのような明るいくつろぎ感のある移動空間となることを図った。

客室:
天井高さは展望室および3号車と8号車を除いて2,550mmを確保し、大きな円弧を描くボールト天井とした。これが車両の愛称である "Vault Super Express" の由来である。天井板は継ぎ目を極力少なくし、電球色の蛍光灯による間接照明とした。側壁は窓周りがプライウッド、窓下はブルーグレイのモケット張りとした。床には青系統のカーペットを敷きつめ、海側の座席(A席・B席)の下のみ波模様を入れたものとした。一般客室の荷物棚下部a0057057_1645549.pngと側面窓上には、電球色の発光ダイオード (LED) 式直接照明装置を設置した。
3号車と8号車では機器配置の関係で天井高さは2,210mmに抑えられており、天井の意匠は飾り天井とした上でダウンライトを設置し、さらに岡部の発案によって天窓を設けた。室内妻壁は木目調と白を使い分け、通路上には車内案内表示用に22インチ液晶ディスプレイ(ただし3号車と8号車は15インチ)を設置した。出入台部分は床を石張りとした上で木製の手すりを設置した。

座席:
回転式リクライニングシートを採用、リクライニングをさせると座面後部が沈み込む「アンクルチルトリクライニング機構」が採用された。この座席は岡村製作所と天龍工業の共同制作で、座席表地は住江織物が開発したものを採用した。シートピッチは、HiSE車では970mmだったものを、1・10号車の展望席では1,150mm、1・10号車の一般客室では1,010mm、中間車では1,050mmに拡大した。
展望室以外の座席については、岡部の提案により窓側に5度の角度をつけて固定される構造(外側を向いている)とした。これは通路側の座席に座った場合でも窓からの景色が楽しめるように配慮したもので、岡部は当初10度の角度をつけることを考えていたが、かえって落ち着かなかったため5度に設定している。
座席の表地は明るいオレンジ色を基調とし、シートカバーもオレンジ色で "VSE" と刺繍が入ったものとした。2人がけの中間部には肘掛は設置されていない。座席背面はブルーグレーのモケットとし、ハードメイプルの格納式テーブルを設置した。8号車の一般客室には車椅子対応座席を設けた。

展望席・サルーン:
列車両端の展望席については、LSE車・HiSE車では定員が14名であったものを16名に増加させた。また、展望室の座席は団体利用時に対応し、前方3列を通路側に向けて固定することが可能である。展望席の座席は背もたれを少し低くして、後方からも前方風景を見ることが出来るように配慮した。
3号車の客室は4人ボックスシートに大きなテーブルを設けたセミコンパートメントとし、海側に2室・山側に1室配置した。営業上は「サルーン」と呼称する。

その他客室設備:
3号車と8号車にはカフェカウンター・男女共用トイレ・男性用トイレ・女性用トイレ・化粧室・喫煙コーナーなどの車内サービス設備を集約して配置した(後に、車内全面禁煙化に伴い、喫煙コーナーは、パンフレットスペースとして使用)。
VSE車では、かつて行なわれていた「走る喫茶室」と同様のシートサービスを行なうことになり、カフェカウンターは車内販売のシートサービス拠点となる。カウンター内には幅広い注文内容に対応できるように、コーヒーマシン・電子レンジ・ビールサーバー・エスプレッソマシンなどを装備したほか、カフェでの販売促進を意図してショーケースを設けた。また、座席での注文から提供までの迅速化のため、HiSE車以来のオーダーエントリーシステムを採用した。これはカフェカウンターに設置したオペレーションマシンと各車両を無線LANで接続し、各車両で販売員が注文内容をハンディターミナル端末に入力して送信すると、カフェカウンターに注文内容が送られるものである。
男女共用トイレは車椅子にも対応し、オストメイトやベビーベッドも備えた「ゆったりトイレ」としたほか、洗面所のカーテンはシースルーカーテンとした。VSE車では小田急ロマンスカーでは初めて客室内を全面禁煙とし、3号車と8号車のカフェカウンターの斜向かいに喫煙コーナーを設置した。
また、3号車と8号車の出入台にはタッチパネル式表示装置を設けて、箱根の観光案内や前面展望映像などが表示できるようにした。8号車の出入台には車椅子用の可動式ステップを設置した。

運用列車:
VSE車では、「箱根観光特急」として明確な差別化を図るため、車両運用は箱根特急に特化したものとした。このため、原則として「さがみ」「えのしま」「ホームウェイ」に使用されることはない。

サービス:
サービス面においても、VSE車では他の特急ロマンスカーとは異なるものとした。通常の特急ロマンスカーではワゴンによる車内販売であるが、VSE車を使用する箱根特急では、かつて行なわれていた「走る喫茶室」と同様のシートサービスを行ない、飲料はVSE車専用のガラスカップによって提供される。サービス名称は「ロマンスカーカフェ」と称している。

乗務員:
VSE車専任の運転士と車掌は社内で実施される筆記試験と面接試験に合格した者が選抜され、外部講師によりホスピタリィマインド教育を受けた上でVSE車に乗務する。制服についてもVSE車専用のものを用意したが、これは、狭い運転室の中でも動きやすくするためベストを採用したほか、乗務員の頭上空間を確保するために帽子の徽章を外すことで3cmほどの余裕を確保した。
車内のシートサービスを担当する「ロマンスカーアテンダント」にもVSE車専用の制服が用意され、スカーフは季節に応じて5種類の色が用意された(5種類のうち4種類は岡部がデザインしたもので、残りの1種類はアテンダントからの提案によって採用されたアジサイの時期専用のデザインである)。

(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年7月9日更新から)
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by fbox12 | 2015-08-24 14:22 | 鉄道・バス

マイクロカセットテープ

私的文化遺産:整理番号40
a0057057_1212384.png概要:
マイクロカセット(Micro Cassette)は、オリンパスによって昭和44(1969)年に開発されたオーディオ用磁気記録テープ媒体の規格である。フィリップスが1967(昭和42)年に開発したミニカセットとは別の規格である。

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コンパクトカセット(右写真下)を小型化したもので、体積はコンパクトカセットの約25%となっている。メモ録音や留守番電話向けの録音媒体用テープ向けとして登場した規格で、1980年代の初めごろは後述のとおり音楽向け用途の製品も登場したが、定着しなかった。
コンパクトカセット同様、A面とB面があり、録音・再生時間として表示されているのは両面合わせたものである。なお、マイクロカセットテープは標準速度である2.4cm/sモードの他、1.2cm/sの低速モードがあり、これを使うと音質は犠牲となるが、表示の倍の長さの録音が可能となる。テープ長は90分のものまで発売されていたが、こちらもコンパクトカセットと同様に、90分タイプのものは60分以下のものと比べ、ベースフィルムを薄くして長時間録音を可能にしたものであり、記録分数に比して価格が高い。
テープの進行方向は右から左へ巻き取られる。コンパクトカセットやオープンリールとは逆である。
コンパクトカセットとは異なり、リーダーテープがない場合が多い。また融着ハーフが大半で、分解は困難である。よってコンパクトカセット以上にスプライシング等のテープ編集は難しい。

非音楽用途:
主に、会議・メモ・留守番電話のメッセージなど、小型化が必要とされる一方で音質があまり重要視されない録音向けの製品を中心に、一定範囲の普及を見た。特に会議録音などに使うテープレコーダーを発売している電機メーカーのほとんどがマイクロカセットレコーダーを手掛けていてメーカーによってはフルロジック方式のハイスペック機も存在していた。
会議録音用のマイクロカセットレコーダー(開発元のオリンパスでの商標は「パールコーダー」)は発売はされていたが、留守番電話用はICタイプに、メモ録音もICレコーダーに、それぞれ置き換えが進んでいる。最近までオリンパスをはじめパナソニック・ソニーが製造していたが、平成22(2010)年7月にソニー製のすべての機種の生産が完了したことで、全てのレコーダーの販売が終了した。なお、録音用テープとクリーニングテープの供給は、現在でも継続している。

1980年代前半に現在のノート型パソコンの前身であるハンドヘルドコンピュータが開発され、EPSONHC-20、カシオFX-801P、ソードIS-11など一部の機種の本体に内蔵され、外部記憶装置として利用された。
1980年代に普及したデータイーストの業務用ゲーム基板『デコカセットシステム』にもマイクロカセットテープが使用されていた。

音楽用途:
マイクロカセットは、超小型ポータブルオーディオとしても市場に投入された。開発元のオリンパスをはじめ日本ビクター・アイワ・ソニー・三洋電機・松下電器産業からラジカセやステレオのテープレコーダーが登場し、一部メーカーからは据え置きデッキやステレオラジオカセットも登場した。デッキの場合、ドルビーB NRが搭載されたていたが、日立製作所「Lo-D D-MC50」はドルビーC NRも搭載し、メタルテープにも対応していた。
一時期はミュージックテープや、音楽用途向けにメタルテープを使用したハイグレードタイプの製品も発売されファッション雑誌にまでオリンパス製マイクロカセットの特集が組まれたほどだが、テープスピードが2.4cm/sとコンパクトカセットの4.75cm/sに比べておよそ半分であったことと、周波数帯域が10KHzまでと狭いことから、コストのかかるメタルテープを用いてもコンパクトカセットのノーマルポジションと比べて音質が低かったためほとんど定着しなかったが、レコーダーがコンパクトで携帯しやすいことから(モノラル機であっても)ウォークマンの代用として愛用する者もいた。

現在のテープメーカー:
 オリンパスイメージング:XB60
 ソニー:MC-30B
 オーム電機:留守番電話用として発売しているが、テープレコーダーにも転用できる。

(以上、記事内容 wikipedia:平成27(2015)年3月8日更新から)
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by fbox12 | 2015-08-23 12:01 | 私的文化遺産

東京メトロ 05系電車(東京地下鉄株式会社 05系電車)

a0057057_9431586.png概要:
東京メトロ(東京地下鉄)05系電車は、昭和63(1988)年11月16日より当時の帝都高速度交通営団(営団)が東西線用に投入した通勤形電車で、平成16(2004)年4月の営団民営化にともない、東京メトロに継承された。当初投入された東西線だけでなく、平成26(2014)年4月28日からは千代田線北綾瀬支線(綾瀬駅 - 北綾瀬駅間)でも運用されている。

昭和63(1988)年に東西線の輸送力増強及び5000系電車を置き換えるために登場し、幾度の仕様変更を経ながら平成16(2004)年度までに10両編成43本(430両)が製造された。長さ20m・片側4扉のアルミニウム製車体を持つ。車体には東西線用については同線のラインカラーであるスカイブルーの帯をメインに、アクセントとしてホワイトとダークブルーの帯を配している。一方、千代田線北綾瀬支線用については同線本線の16000系に準じたグリーンとホワイトの帯を配する。

05系の車両数は平成6(1994)年を以て5000系を上回っている。当初、東西線の車両冷房化はすべて05系の新製で対応する予定であったが、同線は車両数が多く更新完了までの期間が長くなることが予想された。このため、5000系に対しても冷房化改造をはじめとした延命工事を行い、最終的に同系列の置き換えは平成19(2007)年となった。

また、計画では平成17(2005)年度に最終編成として10両編成4本(40両)を新製し、最後まで残存する5000系をすべて置き換える計画であったが、有楽町線・副都心線用の新型車両10000系の投入による計画の変更で07系が転入することとなり、05系の増備は中止された。また、東西線の混雑緩和・遅延防止を目的として平成22(2010)年度から翌23(2011)年度にかけて導入されたワイドドア車体の新型車両15000系も当初は本系列の第14次車として計画されていたが、10000系の仕様を取り入れたことによる仕様の変更で新系列となる15000系として製造された。
15000系の導入により、本系列の第01 - 13編成は運用を離脱し、置き換えが実施された。このうち一部車両は廃車され、また第01・03・06・13編成の4本については3両編成への短縮などの転籍改造を施工の上で、千代田線北綾瀬支線用へと転用されている。

05系は16年間にわたって製造されており、また途中での仕様の変更も多い(同じ仕様で続けて3年間製造されたことがない)。
(上写真は、通称05N系:9次車第28編成)

初期車の廃車
平成21(2009)年度末から23(2011)年度にかけてワイドドアの15000系を13編成導入し、本系列の第01 - 13編成は順次運用を離脱し、置き換えられた(東西線内での営業運転を終了)。上述の通り、第01・03・06・13編成は東西線での運用終了後、3両編成化改造のうえ千代田線北綾瀬支線に転用した。
第02・04・05・07 - 10・12編成は除籍後に海外事業者へ譲渡されている 。
(第02・07 - 10編成は、平成22(2010)年中にインドネシアのPT KAI Commuter Jabodetabekへと譲渡され、4M4Tの8両で運用されている)。

(以上、記事内容 Wikipédia:平成27(2015)年7月24日更新から)
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by fbox12 | 2015-08-22 09:43 | 鉄道・バス

さつま 小鶴 白麹造り

a0057057_19373186.pngミニチュアボトルコレクション 9

酒類:(酒税法上)単式蒸留しょうちゅう(旧、焼酎乙類)
酒類通称:芋焼酎
原材料:さつまいも・米麹(国産米)
度数:25度
容量:100ml
製造所:小正醸造株式会社(鹿児島県おおしま日置郡日吉町日置3314)
蔵出:
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by fbox12 | 2015-08-21 19:37 | コレクション

JR東海 373系 (東海旅客鉄道株式会社 373系電車)

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a0057057_15214498.pnga0057057_21474994.png概要:
373系電車は、平成7(1995)年に登場した東海旅客鉄道(JR東海)の直流用特急形電車である。
(平成27(2015)年は、「ふじかわ」号運転20周年で、右側の記念ヘッドマークを掲示した)。

身延線で運行されていた急行「富士川」には国鉄時代に製造された165系急行形電車が充当されていたが、老朽化や内装の陳腐化が進んでいた。そこで、165系の老朽取替えを主目的として、(JR東日本)185系電車と同様に中長距離普通列車から特急列車まで、幅広い運用に応える汎用性の高い車両として開発された。
平成7(1995)年8月から翌8(1996)年1月にかけて3両編成14本(42両)が製造され、平成7(1995)年10月ダイヤ改正から運用を開始している。

構造・仕様:
a0057057_21102661.png編成体系
東京方から制御電動車クモハ373形(上写真:特急「東海」)、付随車サハ373形、制御車クハ372形(右写真:特急「ワイドビューふじかわ」)の各形式で汎用性の高いモノクラス3両編成を組成する。これを基本単位として、3両・6両・9両編成で運用される。身延線・飯田線などローカル線での短編成運用に多く使用するため、本系列ではグリーン車の設定はない。

車体
耐腐食性、無塗装化、軽量化の観点から最大長21.3mのステンレス製軽量構体を主構造とし、先頭部分のみ普通鋼製として白塗装を施している。コーポレートカラーでもあるオレンジ色の細帯はテープを張り付けている。前頭部は他形式との併結を行うなど汎用性を考慮して貫通構造としている。連結用幌は先頭部に埋め込んだフラットな構造とし、特急用車両のグレードを維持しつつ新鮮さを醸し出す工夫を施した。前部標識灯は上下合わせて4灯、後部標識灯は2灯を配する。
客用扉は両開き式で、車両端部の片側2か所に設ける。この扉配置はJRグループの特急車両では唯一のもので、出入台と客室を仕切るデッキ扉は省略され、車内保温対策として客用扉の開閉方式は半自動方式とされた。客用扉の隣接部にドア開閉用の押ボタンを設ける。なお、ドアカット機能は搭載していないので、増結した(6両・9両)編成だとホームをはみ出す駅には停車できない。これにより、飯田線の特急(ワイドビュー)伊那路は2編成以上の増結を行っていない。また、ムーンライトながらの定期運用時、下りが豊橋駅から各駅停車する際に三河塩津駅と尾頭橋駅を通過していた。

運転・保安装置:
保安装置はATS-ST形を全編成に装備する。
平成8(1996)年3月ダイヤ改正用に製造したF6編成以降は、東日本旅客鉄道(JR東日本)管内乗入れ運用のため当初からATS-P形(以下P形と略記)を併設する。「ふじかわ」用として製造した初期のF1-F5編成ではP形の準備工事のみなされていたが、同改正でF4・F5編成にP形が追設された。F1-F3編成は「ふじかわ」限定運用となったが、後年にP形追設工事を施工した結果、共通運用が可能となった(上写真は、F1編成:P追設後特急「東海」に使用されていた頃のもの)。
平成23(2011)年以降、JR東海管内でのATS-PT使用開始および、平成24(2012)年3月ダイヤ改正でのJR東日本区間への乗り入れ終了に伴いP形からPT形への換装が完了した。

運用:
平成7(1995)年10月1日に静岡運転所(現在の静岡車両区)に配置され、身延線の特急「ふじかわ」で運用を開始した。次いで翌8(1996)年3月16日には東海道本線特急「東海」・飯田線特急「伊那路」と夜行快速「ムーンライトながら」での運用を開始し、静岡所属の165系を淘汰した。
平成20(2009)年3月14日のダイヤ改正から静岡駅 - 熱海駅間および浜松駅 - 豊橋駅間で一部の普通列車に運用されている。平成24(2012)年3月16日までは静岡駅 - 東京駅間で1往復(9両編成)運転されていた。

特急列車の間合い運用として東海道本線の「ホームライナー」にも使用される。平成21(2009)年3月ダイヤ改正前では「ホームライナー豊橋」上り2本(いずれも3両編成、うち1本は下り「ムーンライトながら」の名古屋切り離し3両を充当)大垣・名古屋発で飯田線特急「伊那路」に使用するための豊橋駅への送り込み、「ホームライナー大垣」(6両編成)は昼間「伊那路」に使用した車両をその日の上り「ムーンライトながら」に使用するための返却列車であった。平成25(2013)年3月16日のダイヤ改正で、「ホームライナー豊橋」とこの形式が使用される「ホームライナー大垣」が廃止されたため、「伊那路」への送り込みは前述の浜松駅 - 豊橋駅間の普通列車にて行うことになった。

以前は身延線でも普通列車として運用されていた時期があったが、こちらは313系の投入に伴い消滅している。平成12(2000)年には予想外の好評により車両不足となった中央西線「セントラルライナー」(平成25(2013)3月16日廃止)にも313系増備車落成までの間、一時的に運用されたことがある。

「ムーンライトながら」は平成21(2009)年3月14日のダイヤ改正によって、年間運転予定日数120日前後の臨時列車とされ、同時に使用車両はJR東日本田町車両センターに配置されている183・189系に変更された。以前より送り込みと返却を兼ねて運用されていた東京駅 - 静岡駅間の普通列車はその後も373系のままで運行されていたが、平成24(2012)年3月17日ダイヤ改正で運転区間が東京駅 - 沼津駅間に見直され、JR東日本E231系での運行になった。
この改正前に「ムーンライトながら」の間合い運用として設定されていた大垣駅 - 米原駅間の3両編成による2往復の普通列車に関しては改正後は運用が1往復へと減少したが、平成25(2013)3月16日のダイヤ改正で運用が消滅した。前述のホームライナー運用廃止とあわせて豊橋駅 - 米原駅間での定期列車での運行が消滅した。

a0057057_1647633.png平成19(2007)年3月改正で特急「東海」廃止と、平成21(2009)年3月改正で「ムーンライトながら」臨時列車化に伴う車両変更、平成24(2012)年3月改正での東京駅への乗り入れ廃止、さらに平成25(2013)年3月改正での豊橋駅 - 米原駅間での運用廃止に伴い車両の運用に余裕が生じている。そのため、この車両が配置されている静岡地区ではJR東海が主催するウォーキングイベント「さわやかウォーキング」の開催時に同車を活用した定員制列車「さわやかウォーキングライナー」の運用にも使われており、371系定期運用終了に伴い、「ホームライナー」での運用が拡大した(右写真:かつて運転されていた特急「東海」)。


特急列車
 ふじかわ:(写真)平成7(1995)年10月1日〜
 静岡駅 - 甲府駅間(3両編成、1日7往復。多客期に静岡駅 - 新居町駅間を延長して運行したこともある)。

 伊那路:平成8(1996)年3月16日〜
 豊橋駅 - 飯田駅間(3両編成、1日2往復。多客期に飯田駅 - 駒ヶ根駅間および東海道線豊橋駅 - 大垣駅間を延長して運行したこともある)。

快速・ホームライナー
 ホームライナー沼津・静岡・浜松:平成8(1996)年3月16日〜
 浜松駅 - 静岡駅 - 沼津駅間(3両編成・6両編成)

a0057057_19381728.png普通列車
 平成24(2012)年3月17日〜
  沼津駅 - 熱海駅間(上り3両編成、1日1本)
  熱海駅 - 静岡駅間(下り3両編成、1日1本)
 平成26(2014)年3月15日〜
  浜松駅 - 豊橋駅間(上下3往復 いずれも6両編成)
  駒ヶ根駅 - 天竜峡駅間(上り3両編成、1日1本)
  天竜峡駅 - 飯田駅間(下り3両編成、1日1本)


(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年8月17日更新から)
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by fbox12 | 2015-08-20 15:22 | 鉄道・バス