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146 藪原(やぶはら)駅 (JR東海・中央本線)

a0057057_16101220.png所在地:長野県木曽郡木祖村大字薮原
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・中央本線

歴史:
明治43(1910)年10月5日 - 官設鉄道中央東線が奈良井駅から延伸した際の終着駅として開業。旅客及び貨物の取扱を開始
 11月25日 - 中央東線が宮ノ越駅まで延伸し、途中駅となる。
明治44(1911)年5月1日 - 線路名称改定。当駅を含む中央東線が中央本線に改称される。
昭和47(1972)年11月30日 - 貨物の取扱を廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)の駅となる。

a0057057_185130100.png駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを持つ、交換可能な地上駅。1・3番線を本線とし、真ん中の2番線(駅名標写真の右側に「2」の番線表示が見える)が副本線となっている。平成22(2010)年3月改正ダイヤでは、待避有無に関係なく2番線に入線する列車も設定されている。木曽福島駅管理の簡易委託駅である。留置線、跨線橋を有する。

のりば:
1番線 中央本線 上り 中津川・名古屋方面
2番線 中央本線 上り 中津川・名古屋方面 一部の列車
         下り 塩尻・長野方面
3番線 中央本線 下り 塩尻・長野方面

中央本線(中央西線)における上りと下り:
上記、のりば案内にあるように、中央西線(塩尻駅から名古屋駅間の通称)では、名古屋へ向かう列車が上り列車である。
これは、本来、東京駅から塩尻駅経由名古屋駅までが中央本線の区間なのだが、列車番号の上下を入れ替えた国鉄時代からの慣習が、国鉄分割民営化後も引き継がれているためである。
(東海道本線が併行する金山駅-名古屋駅間の東海道本線は、金山駅から名古屋駅へ向かうのが下りである)。

(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年5月13日更新から)
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by fbox12 | 2015-07-31 16:14 | 鉄道・バス

ベータ規格ビデオテープ

私的文化遺産:整理番号38
a0057057_19295141.pngベータマックス(βマックス、Betamax)とは、ソニーが販売していた家庭向けビデオテープレコーダおよびその規格である。規格全体を指す名称としては、東芝や三洋電機などが参画した時点から「ベータフォーマット」や「ベータ規格」を用いていた。Hi-Band Beta(ハイバンドベータ)やED Beta(Extented Definition Beta、EDベータ)もベータマックスの記録フォーマットの一種である。

概要:
VHSと共に本格的家庭用規格として大々的に販売されたカセット型ビデオテープレコーダ(VTR)規格である。1号機(SL-6300)は、昭和50(1975)年4月16日に発表され、同年5月10日に発売された。これ以前の家庭用VTR規格はいずれも本格的な普及を見なかったが、ベータマックスのヒットにより家庭用VTR市場が開拓され、その初期段階では相応のシェアを占めていた。しかし後の熾烈な販売競争でVTRの世帯普及率が高まる中ではシェアを拡大できず、平成14(2002)年に規格主幹のソニーも生産を終了し、市場から姿を消した。ソニー製ベータマックスVTRは日本国内で累計約400万台(全世界で累計約1,800万台)が生産されている。
業界を二分したVHSとの激しい市場競争(ビデオ戦争)の中でBeta hi-fiでは音声FM記録による音質向上を図り、Hi-BandではFMキャリアを高周波数化することによる解像度向上を図った。カメラ一体型VTR、メタルテープ使用の超高画質新規格であるED-Beta規格といった新技術をVHS陣営に先駆けて投入したが、どれも決定的な差別化とはならなかった。
ソニー自身がVHSビデオデッキの製造販売に参入(昭和63(1988)年)して以降も新規機種の開発・生産・販売を継続していたが、平成14(2002)年8月27日、構成部品の調達が困難になったこともあり生産終了を発表し、新品は市場から姿を消した。
ベータ規格の代名詞とも言える「ベータマックス」という名称はソニーの商標として登録されており、東芝、三洋電機、アイワ、日本電気ホームエレクトロニクス(NEC)、ゼネラル(現・富士通ゼネラル)、パイオニア等が参入した時点でシステム全体の名称は「ベータ方式」「ベータフォーマット」等とされていた。自社で開発・製造を行っていたのはソニー・東芝・NEC・三洋電機・アイワの計5社で、他各社はOEM供給による販売となっていた。日本国外ではSearsやZenith、RadioShack、TATUNG(台湾の大同公司)、大宇電子といったメーカー・ブランドでもベータ方式に参入し販売されていた。ソニー以外の各社は昭和61(1986)年までにVHSの生産・販売に移行した。オーディオメーカーの日本マランツも三洋電機からのOEM供給により日本国外でベータフォーマットのデッキを販売した実績がある。

VHS規格と比較した特徴として、
カセットが小さい。ソニーの社員手帳(文庫本)サイズ。
テープとヘッドの相対速度が大きく、画質面で有利(VHSの5.8m/sに対し、βI:6.973 m/s、βII:6.993 m/s)。
初期の機種でも特殊再生が行えた。
テープが常にヘッドドラムへ巻き付けられているフルローディング(Uローディング)が基本とされ、初期の機械でも動作が俊敏でリニアタイムカウンターが搭載できた。
SL-HF300以降のソニー機種では解像感を高める映像チューニングを行っていた。
常用の標準画質録画(βIIとVHS標準モード)において、L-830テープで200分録画できた。 長年VHSの最長テープはT-160(標準モードで160分)だったため、βの数少ない、最末期に至るまで残されたアドバンテージのひとつだった。ソニー撤退から更に下り、VHS自身も終焉の見え始めた頃になってT-210が発売され、ようやく覆された。
長時間録画モード(βIIIとVHS3倍モード)では、録画時間ではVHSに分があった(βIIIの録画時間はβIIの1.5倍に過ぎない)が、画質では遥かに有利だった。VHSの3倍モードの画質は、1990年代に入って抜本的な改良を受けるまでは実用に耐えるレベルではなかったため、βのアドバンテージであった。

といった特徴を持つ。

性能的には優れたものだったが、VHSより部品点数が多く調整箇所も高い精度を要求される構造により、家電メーカーにとって家庭用ビデオの普及期に廉価機の投入が難しかったという欠点も持ち合わせていた。東芝や三洋電機からは思い切って機能を省いた廉価機も初期から発売されていたとはいえ、規格主幹のソニーが性能重視の姿勢で廉価機の開発が出遅れたこともあってシェアを伸ばせなかった。それ故に「性能が優れているものが普及するとは限らない例」として、初期のレコードの例とともによく引き合いに出される。
しかし、ベータ方式を元にした放送業務用フォーマット機器・ベータカムは、20年以上に渡り業界標準(デファクトスタンダード)ともいえる存在となっており、デジタルベータカムやHDCAMなど再生互換性を持つ製品バリエーションを増やしながら、平成27(2015)年現在も生産を続けている。また、ベータ方式の録画用ビデオテープもソニーマーケティングが運営するソニーストアで注文可能である。
平成21(2009)年、「VHS方式VTRとの技術競争を通じて、世界の記録技術の進歩に大きく貢献した機種として重要である。」として、家庭用ベータ方式VTR1号機「SL-6300」が国立科学博物館の定めた重要科学技術史資料(未来技術遺産)として登録された。

名称:
『Betamax』の名称は、記録方式として磁気テープ上の未記録領域であるガードバンドを廃し(βIsモードにはガードバンドあり)、記録再生ヘッドのアジマスを互い違いにずらしてフィールド単位の信号を隣接して記録する「アジマス記録方式」が「情報を詰めてベタに記録している状態」から通称「ベタ記録」と開発現場で呼ばれていたこと、テープローディング時の形状がβの字に似ている、英語の「better(ベター、より良い)」に響きが通じ縁起が良い、などから「ベータ」案が提言され、それに最高・最大という意の「MAX」を組み合わせて命名された。

規格の経緯:
一般的に画質の良さが特徴として謳われていたが、本来の基本規格(後にβI・ベータワンと命名)から、VHSとの競合で生まれた2倍モードであるβII(ベータツー)へと実質的標準モードが移行した時点でVHS標準モードとは大差がなくなり、ソニー製ベータが解像感優先の再生画でVHSがSN比(ノイズの少なさ)優先の再生画といった「再現性の差異」がそれぞれの特徴となった。
画質についてはソニー製機種の傾向が大きく取り上げられていたが、東芝は解像感とSN比のバランスを重視した平均的な調整で、NEC・三洋電機がβIIIモードの再生画質に配慮するためSN比を重視しVHSに近い画質、といったメーカー毎の傾向もあった。

録画モードの推移:
ソニーはUマチックと同等の性能・機能を維持した上での小型化を目標としていたため、録画時間は1時間(K-60テープ使用時)とされていた。しかしVHSが当初より2時間録画を標準としており、それへの対抗としてテープ速度を1/2とした記録モードを開発、後にβIIと命名されベータ方式の実質的標準記録モードとなった。
しかし基本フォーマットに対し偶数倍のテープ速度では、記録方式のアンマッチングによる再生画への影響が大きく(いわゆる「H並べ」不成立によるモアレ発生や特殊再生の対応困難など)、それに対応するため再生画の信号処理が当初規格(βI)から変更されている。これを基にしてβIII(長時間録画モード・βIから見て三倍モード相当)やβIsモードが構築され、新しいベータマックス及び賛同各社の共通フォーマットとなった(ベータフォーマット)。このことは、βIIでの音質や特殊再生機能の面で後々まで禍根を残し、また当初方式のβIモードがベータフォーマット標準仕様から外れたため、再生できる環境が限られることとなった(ソニーのみβI再生機能を存置・他メーカーはサポートせず)。

技術への偏りと非「ユーザーフレンドリー」:
a0057057_20384763.pngVHS陣営との競争による技術向上の結果とはいえ、合計で11もの録画再生規格ができ、またBeta hi-fiやHi-Bandモードで旧機種での再生で画像に影響が出る方式としたり(VHSではノーマル・Hi-Fiで完全な再生互換がある)、ソニー以外のメーカーが採用しなかったβI・βIsモード(一部例外あり)やβNR(ベータノイズリダクション・初期のノーマル音声デッキに搭載)など、再生対応機種が限られるフォーマットやノイズリダクションシステムが混在したことから、普及期においてユーザーの混乱を招くこととなった。
テープの表記もβI時代には録画時間(K-60の場合、60分を表す)だったものが、2倍モード(βII)を実質的標準にしたことで従来表記では営業政策上不利なことから(録画時間が短く受け止められてしまう)、苦肉の策としてテープ長での表記(L-500の場合、500フィートを意味する。K-30とL-250、K-60とL-500は同じ長さである)に変更したが、録画時間が直感的に理解できず、ユーザーフレンドリーという視点では煩雑であった。
またL-660(βIIIでの4時間録画対応テープ・βIIでは2時間40分)・L-750(βIIIでの4時間30分録画対応テープ・βIIでは3時間)・L-830(βIIIでの5時間録画対応テープ・βIIでは3時間20分)の各テープは、旧機種ではカウンターが対応しておらず、テープの厚みも薄くなっていることから「LT(ロングテープ)マーク」が付いた長時間テープ対応機種のみで使用可とされていた(実質的には1980年代初頭までの最初期機種以外は全て対応していた)。βIsモードで2時間録画できるL-1000(βIs:2時間、βII:4時間、βIII:6時間)というテープの開発も進んでいたが、試作段階で終わり製品化されることはなかった。
上記のような状況から、技術革新を即時に盛り込み逐次改良を続けるベータ規格は、ハイアマチュアにこそ評価されたものの、一般的な消費者や販売店などからは煩雑・難解な印象を持たれ敬遠されるようになり、結果としては家電メーカーの離反を招き、「マニア向け製品」といったイメージが強まり拡販に苦戦することとなった。

記録容量の詳細
 K-30(βI:30分)
 K-60(βI:60分)
 L-85(βII:20分、βIII:30分)
 L-125(βII:30分、βIII:45分)
 L-165(βII:40分、βIII:1時間)
 L-250(βII:60分、βIII:1時間30分)
 L-330(βII:80分、βIII:2時間)
 L-370(βII:90分、βIII:2時間15分)
 L-500(βII:2時間、βIII:3時間)
 L-660(βII:2時間40分、βIII:4時間)
 L-750(βII:3時間、βIII:4時間30分)
 L-830(βII:3時間20分、βIII:5時間)

ビジネス戦略の失敗:
ビデオ戦争
ソニーはVTR機器に関して1960年代から方式・規格の統一を企図しており、統一規格としてU規格を制定した経緯もあり、1/2インチVTRでもこの方針を継続して各社に働きかけた。昭和49(1974)年にはU規格で提携した松下電器と日本ビクターにソニー側から試作機・技術・ノウハウを公開するなど規格統一に向けた取り組みを行ったが、両社からは反応がなく、昭和51(1976)年9月には日本ビクターから「VHS規格」VTRが発表され、結果的に規格争い(ビデオ戦争)が発生した。松下電器は昭和48(1973)年に発売した独自規格「オートビジョン」が全く市場に受け入れられなかったことやグループ内会社でのVX方式のVTRが開発・発売、松下幸之助のベータに対する興味などもあり、販売力のある同社の選択が注目されていたが、昭和51(1976)年末に松下幸之助により最終的な判断が下され、後発組のハンディキャップを取り返すため「製造コストが安い」部分を重視してVHS方式の採用を決定、松下電器のベータ陣営取り込みに失敗した。

劣勢と新聞広告:
VHS陣営の積極的なOEM供給、精力的なソフトウエアビジネスも行ったことで、ベータ陣営は販売こそ先行したものの徐々に劣勢となっていき、陣営内でもVHS機器を併売する企業が出るなど足並みが崩れていった。また、ソニーは機器のOEM供給を申し入れた一部企業に対して「ソニーはOEM供給をしない方針」を示しており、自らベータ市場拡大を停滞させるジレンマに陥った。ベータ陣営は効果的な対応策が打てず、VHSに鞍替えする企業も多数出たことで勢力は低下の一途をたどり、VHS陣営の勝利が決定的になった昭和59(1984)年、ソニーはイラストにサトウサンペイを起用し「ベータマックスはなくなるの?」「ベータマックスを買うと損するの?」「ベータマックスはこれからどうなるの?」という奇抜な見出しの新聞広告を1月25日から4日間連続で行った。4日間全ての紙面には「これからもベータマックス(この部分はロゴ入り)。ビデオはソニー。」と大きく書かれ、それぞれの紙面には同時に「答えは、もちろんNO。」「もちろん発展し続けます。」というコピーが入り、最終日には「ますます面白くなるベータマックス!」と締めくくり当時の新製品を告知する逆説的アプローチだったのだが、消費者には広告の意図がうまく理解されず、これを機にベータ離れが加速されたことはソニーも認めるところである。

レンタルビデオ:
昭和63(1988)年頃にはベータを重点的に取り扱った全国的なレンタルビデオ店「Hit☆Land」をソニー及び直営店が展開し、VHSオンリーに傾き始めていたビデオレンタルでベータをなんとか取り持とうとしたが、すでにVHSしか出さないビデオソフトも多数出始めていた影響を受け、その後衰退した。

ユーザーの傾向:
上記のようにベータのほうが圧倒的少数派になる中、そのユーザーほとんどが保守的であった。つまり「VHSのほうが多数派になっても、簡単には乗り換えしない(できない)」という層が、ベータのユーザーの大半であった。むしろマニア層は、必要とあらばVHSへ転向は厭わない層でもあった。従って精力的な技術投入とは裏腹に、ベータの機器の売れ筋は非Hi-Fiの廉価機が大半であり、VHSユーザーよりもHi-Fiや上位規格のEDベータの普及率は低かった。このような状勢下、平成5(1993)年にSONYが最後に市場に出したベータの新製品は、Beta hi-fi/Hi-BandではあったがEDベータではないSL-210Dであった。

高画質モードの活用不足:
ソフト産業では再生環境が限られることが敬遠されたのか、Hi-Band規格対応ソフトはリリース数が非常に少なく、実質的には非売品の店頭デモンストレーションソフトなどに用途が限られており、せっかくの高画質モードが活かされていない状況だった。ベータHiFiの場合は非Hi-Bandの場合は解像度ではVHSに劣るので、ビデオソフトの場合はベータのほうが低画質という事になった。
その反省か、ED Betaではソニーの高精細度ビデオシステムHDVSを撮影・マスターに使用したソフトが制作され、ソニーショップ、秋葉原などの大手家電量販店、大手レコード店などで一般に市販され、長年にわたり製造・販売され製品カタログにも記載された。北海道上川郡美瑛町を撮影した前田真三の「四季の丘」シリーズなどは一躍有名になり、EDベータ初号機EDV-9000にはソフトが添付された。しかしながらソフトのリリース数は極めて少ない。
また、カムコーダにおいてはHi-Band規格対応、EDベータ規格対応製品があったものの、機種数は限られており非常に高価であった。一方のS-VHSはS-VHS-C規格のカムコーダにおいて、廉価な製品も発売されて普及している。とはいえ、カムコーダの規格としては8ミリビデオやその上位高画質規格であるHi-8のほうがより普及している。8ミリビデオ規格の旗振り役を務めたのは他ならぬソニーであり、それがためにHi-Bandベータ、EDベータのカムコーダに注力できなかったという事情もあった。

ベータ神話:
かつてハイアマチュア層の一部にベータフォーマットのVHSに対する様々な優位性を熱狂的にとらえる、いわゆるベータ神話が存在したが、テープメディアを用いるビデオデッキそのものが主力ではない現在、過去のフォーマットの評価として冷静な分析が行われている。
VHSの高規格版・S-VHSは新製品の投入の度に画質向上の努力(色信号処理、ドロップアウトノイズ対策、3次元YC分離、3次元ノイズリダクション、タイムベースコレクタの装備など)がなされたが、EDベータには販売数でも後塵を拝していた事から、平成2(1990)年を最後に新製品が投入できず、付加的な画質向上策がほとんどなされなかった。そのため規格上でのスペックではEDベータが圧倒的優位だったにもかかわらず、実質上の画質では平成2(1990)年以降も精力的に画質向上を図った新製品を投入したS-VHSのほうが上だと評価する雑誌(月刊ビデオSALON/玄光社刊)・評論家(飯田明)もいた。さらに平成5(1993)年には明らかにEDベータを規格上でのスペックで凌駕するW-VHSが生まれている。
一方でHi-Bandベータに関しては、ノーマルVHSよりも画質が上回っている事は、多くの評論家・ビデオ雑誌で見解がほぼ一致していた。規格としてはHi-Bandベータは水平解像度ではVHSを上回るものの、SN比では劣り一長一短であるが、ビデオテープの性能向上によるSN比の改善により欠点は克服された。雑誌などでEDベータの機器が紹介された時には「Hi-Bandベータが十分高画質なので、EDベータを使う必然性があまりない」とも評された。


(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年7月29日更新から)
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by fbox12 | 2015-07-30 19:37 | 私的文化遺産

White Label

a0057057_1814879.pngミニチュアボトルコレクション804

酒類:ウイスキー
酒類通称:SCOTH WHISKY
原材料:大麦
度数:43度
容量:48ml
原産国:イギリス
製造所:John Dewars's & Sons Ltd(Perth SCOTLAND)
輸入者:(株)ジャパン・インターナショナル・リカー(東京都港区虎ノ門3-8-21第33森ビル)
総代理店:ニッカウヰスキー株式会社
(日本ラベル)酒税事務所№:T5376(別ラベル)(ウイスキー特級・・銘柄ラベルに印刷)
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by fbox12 | 2015-07-27 18:11 | コレクション

145 宮ノ越(みやのこし)駅 (JR東海・中央本線)

a0057057_203353.png所在地:長野県木曽郡木曽町日義宮ノ越
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・中央本線

歴史:
明治43(1910)年11月25日 - 中央東線が藪原駅から延伸した際の終着駅として開業。旅客および貨物の取扱を開始
明治44(1911)年5月1日 - 当駅から中央西線(当時)木曽福島駅まで路線延伸し途中駅となる。これに伴い中央東線と中央西線が繋がったため、新規開業区間を含めた両線を中央本線に改称。当駅も中央本線所属となる。
昭和47(1972)年11月30日 - 貨物の取扱を廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東海の駅となる。

駅構造:
駅は標高、859.6m地に位置し、島式ホーム1面2線を有する地上駅。薮原方複線、原野方単線の交換可能駅でもある。ほかに、本屋側に保線材料線と上り線(通称:名古屋方向)の外側にホームなし待避線がある。木曽福島駅管理の無人駅である。駅舎からホームへの移動は、原野駅寄りに設置された跨線橋を利用する。

のりば:
1番線 中央本線 下り 塩尻・長野方面
2番線 中央本線 上り 中津川・名古屋方面

(以上、記事内容平成27(2015)年5月13日更新から)
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by fbox12 | 2015-07-26 19:15 | 鉄道・バス

WHYTE & MACKAYS

a0057057_20125735.pngミニチュアボトルコレクション803

酒類:ウイスキー
酒類通称:SCOTH WHISKY
原材料:大麦
度数:43度
容量:48ml
原産国:イギリス
製造所:Whyte & Mackay Limited(Glasgow SCOTLAND)
輸入者:ソニートレーディング株式会社(東京都品川区北品川6-5-8)
(日本ラベル)酒税事務所№:T7666(ウイスキー特級)
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by fbox12 | 2015-07-25 19:57 | コレクション

144 木曽福島(きそふくしま)駅 (JR東海・中央本線)

a0057057_2110877.png所在地:長野県木曽郡木曽町福島2010-2
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・中央本線

歴史:
明治43(1910)年11月25日 - 国有鉄道中央西線が上松駅から延伸した際の終着駅として開業。旅客及び貨物の取扱を開始
明治44(1911)年5月1日 - 当駅から中央東線(当時)宮ノ越駅まで路線延伸し途中駅となる。同時に中央東線・中央西線が統合され中央本線に改称され、当駅も中央本線所属となる。
昭和55(1980)年1月31日 - 貨物の取扱を廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)の駅となる。

駅構造:
島式ホーム1面2線を有する地上駅。留置線を持つので、当駅始発・終着の列車が深夜早朝帯に数本運転されている。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、大桑駅 - 洗馬駅間の各駅を管理している。みどりの窓口、自動券売機が設置されている。
構内に、D51 775号機が静態保存されている。 国鉄時代には木曽福島機関区が存在していた(D51形の一大基地だった)。

のりば:
1番線 中央本線 下り 塩尻・長野方面
2番線 中央本線 上り 中津川・名古屋方面

バス路線:
おんたけ交通 - チャオ御岳スノーリゾート、濁河温泉方面
木曽町生活交通システム - 木曽町内各地
王滝村営バス - 御岳田の原方面
上松町コミュニティバス - 倉本方面

バスのりば:
バス発車時にはバス出札所(駅向かい側・観光案内所併設)からの案内放送がなされる。
1番のりば(北向き)
 開田高原行(木曽馬の里方面、西野・開田支所方面)
 きそふくしまスキー場・黒川方面
 本町・上町・山村代官屋敷方面
 濁河温泉行(季節運行)
 チャオ御岳スキーリゾート行(季節運行)
 三岳王滝・倉本線(本町終点)
 木曽駒高原行(大原・日義方面、本町・上町・福島関所方面)
 赤沢線
 (木曽高山連絡バス)高山濃飛バスセンター行(季節運行※平成25年9月28日~11月10日の毎日運行)(濃飛バスとの共同運行)
2番のりば(南向き)
 上松ねざめ・立町・倉本行(木曽病院経由)
 赤沢自然休養林行(季節運行)
 三岳・王滝行(木曽病院経由)
 木曽駒高原・開田高原線(木曽病院終点)
 田の原行(季節運行)
 三岳黒沢・里宮行
 三岳屋敷野方面行
 木曽温泉行(木曽病院経由)
 御岳ロープウェイ・黒沢6合目行(季節運行)
出札所前のりば
 (高速バス)新宿駅西口行(京王バス東との共同運行)

(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年5月13日更新から)

筆者追記:木曽の「曽」の字(この項、OSによっては正確に表示されない場合がある)
この「そ」の字の正字体(印刷標準字体)は、「曾」。「曽」の字は、簡略体(簡易慣用字体)であり公用文などでは、正字体を使用するが、地名など簡略体が一般的に通用している場合は、それを使用してもよいことになっている。
PCの場合、Windowsの比較的新しいバージョンでは正字体が表示されるが、古いバージョンやAndroidでは、簡略体だけしか表示されない場合もある。
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by fbox12 | 2015-07-24 21:26 | 鉄道・バス

清酒 貴娘 蔵しぶき

a0057057_194543.pngミニチュアボトルコレクション 81

酒類:(酒税法上)醸造酒類
酒類通称:清酒(旧一級)
原材料:米・米麹・醸造アルコール・醸造糖類
度数:15度以上16度未満
容量:180ml
製造所:服部酒造株式会社(兵庫県小野市小田町343-1)
ビン詰め:

現在、蔵元が製造休止のため販売されていない。
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by fbox12 | 2015-07-22 19:04 | コレクション

143 瑞浪(みずなみ)駅 (JR東海・中央本線)

a0057057_19405050.png所在地:岐阜県瑞浪市寺河戸町1171-2
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・中央本線

歴史:
明治35(1902)年12月21日 - 官設鉄道 多治見 - 中津川間延伸と同時に開業。一般駅
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称制定。中央西線の所属となる。
a0057057_17304817.png明治44(1911)年5月1日 - 線路名称改定。当駅を含む中央西線が中央本線に編入される。
昭和55(1980)年8月 - 現在の駅舎に改築
昭和59(1984)年1月10日 - 車扱貨物の取扱いを廃止
 2月1日 - 荷物の取扱いを廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東海旅客鉄道の駅となる。
平成18(2006)年11月25日 - TOICA導入

駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを有する地上駅。1・2番線が本線、3番線が副本線となっている。2番線(下り本線)の名古屋方にも出発信号機が設置されており、同線から名古屋方面への折り返しも可能。2つのホームは2箇所で跨線橋により繋がっている(釜戸方の跨線橋はエレベーターとエスカレーターが設備されている)。その他に、1番線から分岐する保線用側線が1線ある。かつては、3番線外側に貨物取扱い用側線があったが、現在は駐車場となっている。
駅長は配置されない駅員配置駅(直営駅)であり、多治見駅が当駅を管理する。単式ホーム(1番線)に隣接して置かれた駅舎の内部には、みどりの窓口や自動券売機などが置かれているほか、売店としてベルマートが入居している。

のりば:
1番線 中央本線 上り 多治見・名古屋方面(当駅始発は2・3番線)
2・3番線 中央本線 下り 中津川・長野方面

名古屋方面からの一部列車が当駅で折り返しており、多くは3番線での折り返しである。3番線は2番線と一括で中津川方面のホームと案内されているが、実際には名古屋方面の始発列車の方が多い。

バス路線:
 東濃鉄道バス
  瑞浪=駄知=多治見線(多治見駅前・旭が丘南・旭が丘北 - 駄知 - 瑞浪駅前)
  明智線(瑞浪駅前 - 陶町口 - 明智駅前)
 瑞浪市コミュニティバス(平和コーポレーション委託)
 恵那市自主運行バス山岡行き(瑞浪駅裏発・平和コーポレーション委託)

(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年6月7日更新から)
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by fbox12 | 2015-07-21 19:41 | 鉄道・バス

音響カプラ

私的文化遺産:整理番号37
a0057057_20144239.png音響(おんきょう)カプラとは電話機の受話器へスピーカーとマイクロフォンを用いて音響結合し、データ通信を行う通信機器である。通信端末が自由化されていない国々や内線電話の特殊な回線インターフェースなどでモデムを電話回線に直接接続できない場合に一旦音声に変換することによって、公衆交換電話網を利用してコンピュータ間の通信を可能にするものである。

初期の製品は変復調部を内蔵し、通信用インターフェース(RS-232Cなど)を備えている。現在の製品は音響と電気信号の変換だけの機能となり、モデムを接続して使用する。

a0057057_20224923.pngモデムとの間は専用コードで接続し、電話機の受話器を音響カプラ本体にはめ込む(大型のカプラ・・写真のものは、モバイルカプラで、右側写真の様に受話器とマジックテープで接続する)。発信操作は、接続した電話機のダイヤルを手動で回す方法で利用する。トーン(プッシュ)回線の場合はモデムからダイヤルできる。この構造のため周りの振動や騒音に弱く、安定度も低い。初期の通信速度は300bps程度で、平成元(1989)年頃には1200bps〜2400bps、平成17(2005)年頃には28.8Kbpsの製品が市販されていた。現在も、通信網が十分整備されていない国や地域においては重宝されている通信手段でもある。

日本での歴史:
1980年代前半、公衆交換電話網へのモデムの接続には制度的な制約が多く、加入者線を利用したデータ通信にはNCU(Network Control Unit)と呼ばれる網制御装置か音響カプラが利用されていた。
昭和60(1985)年に技術認定を受けた端末設備が自由に一般加入者線に接続できるようになり安定してデータ通信のできるNCUを内蔵したモデムが一般に使用されるようになったため、平成元(1989)年頃にはあまり使用されなくなった。以降はハンドヘルドコンピュータ等から、営業マンが出先の公衆電話を利用しての営業データを送信する等の用途に使われることが多かった。
その後、モジュラージャックでモデムが直結できるISDN対応公衆電話の整備、PHS・携帯電話・無線アクセスによるインターネット接続対応、ホテルなどのインターネット対応、公衆無線LANなどデータ通信環境が整備され、一般には殆どその役目を終えた。しかし、「アナログ一般電話や公衆電話はあるがモジュラージャックは存在せず、一般の無線アクセス環境が全てサービスエリア圏外」のような状況下では衛星電話やホテル等設備での固定通信利用、または音響カプラの他には外出時のデータ通信手段は存在しないという事になる。

*上記の受話器はめ込み型のカプラは、NTTの一般的電話機の受話器の大きさに固定されているため、小さめの受話器では、周囲の騒音などに対してはさらに不利となる。写真のモバイルカプラは、送話器に密着する部分が上下にスライドするため、比較的隙間なく接続ができる。

(以上、記事内容 wikipedia:平成26(2014)年9月14日更新からに一部追加)
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by fbox12 | 2015-07-20 20:15 | 私的文化遺産

142 東白楽(ひがしはくらく)駅 (東急・東横線)

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所在地:神奈川県横浜市神奈川区白楽12-1
所属・路線:東京急行電鉄株式会社・東横線
駅番号:TY19

歴史:
昭和2(1927)年3月10日 - 地上駅で開業
昭和5(1930)年11月1日 - 高架化
平成16(2004)年1月31日 - 当駅付近で東横線の反町駅・横浜駅地下化に伴い、深夜に地下線への切り替え作業が行われる。作業はわずか3時間強で終了した。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する高架駅で、神奈川県道横浜上麻生線(写真手前の道路)を斜めに跨いでいる。
両ホームにエレベーターが設置されている(写真左側が上りホームのエレベーター)。高架下には、横浜市管理の公衆便所と駐輪場が設けられている。

のりば:
1番線 東横線 下り 横浜・みなとみらい線 元町・中華街方面
2番線     上り 渋谷・副都心線 池袋・西武線 所沢・東武東上線 川越市方面

バス路線:
横浜市営バスの「東白楽」停留所が最寄りとなる。
 1番のりば(横浜上麻生道路東神奈川方面)
  36・38・39・82・326(急行) 東神奈川駅西口・横浜駅西口行 
 2番のりば(横浜上麻生道路六角橋方面・改札を出て県道横浜上麻生線を渡る)
  38 鶴見駅西口行(港北小学校前経由)
  39 緑車庫前・中山駅前行(小机駅前経由)
  373(深夜バス) 十日市場駅前行(小机駅前・中山駅前経由)
  36 緑車庫前行(神大寺・菅田町経由、一部西菅田団地も経由)
  82 八反橋・神大寺入口(神大寺経由)行
 3番のりば(駅東側)
  31 大口駅前行/横浜駅西口行


駅名の由来:
白楽駅の東に位置することから。
路線図上では、白楽駅の横浜寄りにあるため、一見すると白楽駅の西にあるように見えるが、地図上で確認すると、白楽駅~当駅間では東横線は南北に走行しており、当駅は白楽駅よりわずかに東にあることがわかる。


(以上、記事内容 Wikipedia:平成27(2015)年7月8日更新から)
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by fbox12 | 2015-07-19 20:24 | 鉄道・バス