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カテゴリ:鉄道・バス( 365 )

226 倉賀野駅(JR東日本)

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くらがの

所在地:群馬県高崎市倉賀野町1797(JR東日本)
    群馬県高崎市東中里町65(JR貨物)
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・高崎線/日本貨物鉄道株式会社
電報略号/事務管コード:ラノ/411414
キロ程:(大宮起点)70.3km

概要:
倉賀野駅は、群馬県高崎市にあり、JR貨物の駅は旅客駅の東側にあるため、両駅の所在地は若干異なる。
高崎線と八高線が乗り入れている。このうち、高崎線が当駅の所属線である。八高線は路線としては当駅が終点であるが、列車運行上は隣の高崎駅を起終点し、施設上の分岐点は当駅ではなく、北藤岡駅構内(高崎線に旅客扱い施設なし)となっている。また、高崎線は上野駅発着系統と、新宿駅経由で東海道線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインが停車する。

歴史:
明治27(1894)年5月1日 - 日本鐵道の駅として開業。一般駅。
明治39(1906)年11月1日 - 日本鐵道国有化、国有鉄道(当時は逓信省鐵道作業局)の駅となる。
大正6(1917)年4月28日 - 岩鼻軽便鐵道開業。
昭和6(1931)年7月1日 - 八高北線(現在の八高線)開業。
昭和20(1945)年9月1日 - 岩鼻軽便鐵道廃止。
昭和42(1967)年10月1日 - 日本オイルターミナル高崎営業所開所。
昭和45(1970)年1月15日 - 荷物取扱廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本・JR貨物の駅となる。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始。

駅構造:
島式ホーム2面4線を有する地上駅で、橋上駅舎を有している。高崎駅管理のJR東日本ステーションサービスが業務を受託する業務委託駅で、みどりの窓口・自動改札機が設置されている。夜から早朝は無人時間があるので、乗車駅証明書発行機が改札前に設置されている。高崎線と八高線はホームを共用する。ホームは嵩上げされておらず、E233系やE231系等のステップのない車両には段差が生ずる。また、到着前の車内放送ではその案内がされる。発車ベルが整備されているが、高崎線の電車でのみ使用される(八高線の列車では省略される)。

のりば:
1・2番線 高崎線(八高線含む)下り 高崎・前橋方面
 2番線は定期旅客列車の入線なし
3・4番線 高崎線上り 大宮・東京・新宿・横浜方面(湘南新宿ライン)(上野東京ライン)
 4番線は定期旅客列車の入線なし。湘南新宿ラインの列車は大船駅から上野東京ラインの列車は上野駅を経由して東京駅から東海道線へ直通。八高線寄居・高麗川方面定期旅客列車は1番線(下り)と3番線(上り)のみ使用する。待避線(2番線・4番線)は旅客用としては予備ホームで、貨物列車が使用するのみである。貨物駅JR貨物の施設は旅客駅の東側にあり、「倉賀野駅貨物基地」の通称がある。基地を貫く1本の側線(主線、全長約2.5km)があり、この主線の先に操車場が設置されている。また、操車場からさらに先へ伸びる引き上げ線(入換線)があり、この線から駅構内へ戻るように多くの側線が分岐している。なお、この主線は岩鼻軽便鐵道の廃線跡を転用したものである。操車場の北側に1面2線のコンテナホームがあり、南側に日本オイルターミナル高崎営業所(油槽所)の石油荷役線、さらに南に1面1線のコンテナホームがある。また、操車場の駅構内側にはセメントターミナル高崎営業所の荷役線があるが、これは平成11(1999)年9月以降使用されていない。貨物駅構内の入換作業は、ジェイアール貨物・北関東ロジスティクス(旧・高崎運輸)が担当している。入換に用いる入換動車は他社から転籍されたDE10形ディーゼル機関車が使用される。かつては、当駅の西側にあった日本たばこ産業高崎工場(平成17(2005)年閉鎖)やキリンビール高崎工場(平成12(2000)年閉鎖)への専用線もあった。前者はコンテナ輸送も行っていたが工場閉鎖により廃止され、後者は横浜本牧駅発送の麦芽輸送などに使用されていたが、麦芽輸送の海上コンテナ化により1998年(平成10年)に廃止された。また、貨物基地周辺にある太平洋セメント高崎サービスステーション・日本ケロッグ高崎工場・岩谷産業群馬LPGセンターなどへの専用線もあった。

路線バス:
乗場 系統    主要経由地           行先    運行会社
11(倉賀野線)高崎産業技術専門校・商科大学前 高崎駅西口 高崎市内循環バスぐるりん
12(倉賀野線)下中居町東           高崎駅西口
15(岩鼻線) 群馬の森            昭和病院
16(岩鼻線) 産業創造館入口・上佐野町    高崎駅東口

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参考資料:Wikipedia「倉賀野駅」(最終更新 2017年6月4日)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%89%E8%B3%80%E9%87%8E%E9%A7%85

現地取材:29.1.-5
記事投稿:29.7.14
  調整:29.7.18

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by fbox12 | 2017-07-18 22:57 | 鉄道・バス

004 新日本橋駅(JR東日本)

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a0057057_1844368.pngしんにほんばし

所在地:東京都中央区日本橋室町四丁目4
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・総武本線
(タイトル写真:4番出口/タイトル右下写真:3番出口)

概要:
当駅は総武本線の地下区間に設置されており、運転系統としては総武快速線の列車が停車する。
当駅に乗り入れているのはJR東日本のみであるが、当駅からの連絡通路を経由して、三越前駅に乗り入れる東京地下鉄(東京メトロ)の銀座線と半蔵門線との乗り換えが可能となっている。開業時から地下鉄の三越前駅との乗り換え駅だが、当駅開業当初の国鉄に「新駅を開設する際、駅名に私企業(名)を入れてはならない」旨の規約があり、そのため「三越」が使えず、なおかつ日本橋に近い事から、「新日本橋駅」の名称がつけられた。市販の地図に掲載されている路線図では、新日本橋・三越前両駅が乗り換え扱いになっていないものもいくつかある。なお、JR横須賀・総武快速線の電車内に掲出してある停車駅案内でも、当駅は銀座線・半蔵門線の乗り換え表示が省略されているが、自動放送では乗り換えのアナウンスが行われている。
建設時の仮称は「本町駅」と称していた。

歴史:
昭和47(1972)年7月15日 - 開業
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成22(2010)年10月31日 - みどりの窓口営業終了

a0057057_193798.png駅構造:
島式ホーム1面2線を有する地下駅である。隣駅の馬喰町駅と同じ発車ベルが用いられている。エレベーターはホームと改札を結ぶものが設置されている。
かつては、切符売り場の横にみどりの窓口が設置されていたが、平成22(2010)年10月31日で営業を終了した。

入場券:
右上の入場券は、開業半年後のものである(料金30円)が、当時他の駅では硬券(硬いボール紙の切符)で発売されていた。
新しく出来たこの駅には新型の印刷発行(券)機が導入されたため、硬券の発売はなかった。

のりば:
1番線 総武(快速)・横須賀線 上り 東京・品川・横浜・横須賀方面
2番線 総武線(快速) 下り 津田沼・千葉・成田空港・大原・木更津方面

バス路線:
室町三丁目
(都営バス)
 <東42甲> 南千住駅西口・南千住車庫行き(浅草橋駅・東武浅草駅経由) / 東京駅八重洲口行き
 平成12(2000)年12月11日までは、<茶51>の駒込駅南口~東京駅丸の内北口線も発着していた。
JR新日本橋駅
(日の丸自動車興業)
 <メトロリンク日本橋> 日本橋二丁目・地下鉄京橋・宝町駅方面
 <スカイホップバス 浅草・東京スカイツリーコース> 東京駅丸ノ内三菱ビル方面
新日本橋駅
(日立自動車交通)
 <江戸バス(中央区コミュニティバス) 北循環> 中央区役所行(馬喰横山駅・浜町駅・水天宮前駅経由)


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年9月16日更新)
記事投稿:27.10.26
  調整:29.7.14

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by fbox12 | 2017-07-14 16:54 | 鉄道・バス

197 二宮駅(JR東日本)

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にのみや

所在地:神奈川県中郡二宮町二宮838
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線
電報略号/事務管(駅)コード:ニノ/440123

歴史:
a0057057_2132396.png明治35(1902)年4月15日 - 官設鉄道(当時は逓信省鐵道局)東海道本線の駅として開業。旅客・貨物の取り扱いを開始
明治39(1906)年8月1日 - 当駅と秦野驛駅(現在の小田急線秦野駅とは別の場所)との間に湘南馬車鐵道(後の湘南軌道)が開通
昭和10(1935)年10月9日 - 湘南軌道営業休止(昭和12(1937)年8月25日廃止)
昭和20(1945)年8月5日 - 米軍戦闘機P-51による機銃掃射の被害を受け、5名が死亡
a0057057_2184813.png昭和46(1971)年9月25日 - 貨物取り扱い廃止
昭和47(1972)年3月15日 - 荷物取り扱い廃止
昭和57(1982)年10月 - 改築し橋上駅舎化
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
平成10(1998)年3月14日 - 当駅始発の列車が2本設定される。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成16(2004)年 - 構内にエレベーター・エスカレーター設置

駅構造:
a0057057_219314.png島式ホーム1面2線を持つ地上駅。かつて駅舎は下り方に設置されていたが、現在は橋上駅舎となっている。みどりの窓口(営業時間7:00~19:00)・指定席券売機・自動改札機が設置されている。
国府津駅管理の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス受託)。
昭和20(1945)年8月5日の機銃掃射の弾痕が、ホームの大磯側の天井梁に残っている。

のりば:
1番線 東海道線下り小田原・熱海・伊東・沼津方面
2番線 東海道線上り横浜・品川・東京・上野方面 (上野東京ライン含む)上野駅から宇都宮線・高崎線へ直通 (平塚・藤沢・大船方面)(写真)
 湘南新宿ライン北行横浜・渋谷・新宿方面 大宮駅から高崎線へ直通
平成10(1998)年3月14日ダイヤ改正より、平日朝ラッシュ時に当駅始発の上り列車が2本設定されている。これは、国府津車両センターから出庫する際に国府津駅の線路容量が足りないため、当駅まで回送して営業運行しているものである。なお、当駅止まりの列車の設定はない(上写真の列車が先に発車の高崎線内快速「アーバン」高崎行き。「グリーンアテンダント」は、先行列車に国府津から便乗している)。

発車メロディ:
発車メロディは平成28(2016)年1月9日から、吾妻山公園の早咲きの菜の花にちなんで「朧月夜(おぼろづきよ)」が使用されている。当初は同年4月10日までの期間限定使用の予定であったが、その後も継続使用されることになった。

参考資料:Wikipedia(2017年1月6日)
記事:
 取材:28.5.15/29.1.-5
 投稿:
 調整:29.7.14

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by fbox12 | 2017-07-14 16:28 | 鉄道・バス

213 中部天竜駅(JR東海)

a0057057_227079.pngちゅうぶてんりゅう

所在地:浜松市天竜区佐久間町半場15-3
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・飯田線
電報略号/事務管コード:チウ/521732

概要:
飯田線の要所となる駅であり、飯田線の静岡県内にある駅では唯一の有人駅である。
普通列車は朝を中心に当駅始発の列車が数多く設定されており、特急「伊那路」、快速列車も停車する。かつて運転されていた臨時列車「トロッコファミリー号」の終着駅でもあった。また、二俣線遠江二俣駅(現 天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線天竜二俣駅)から乗り入れる「佐久間線」(未成線)の終点に予定されていた。
かつては駅構内に鉄道車両を展示する「佐久間レールパーク」が併設されていたが、平成21(2009)年に閉園した。
平成24(2012)年3月17日より、当駅以南(豊橋方面)を走る一部の列車がワンマン化された。ただし当駅以北(飯田方面)へ直通する列車は当駅から車掌が乗務することもある。

歴史:
駅名は、天竜川を挟んだ対岸の地名、中部(なかっぺ)に由来し、現在でも浜松市天竜区佐久間町中部(なかべ)と言う読みで地名が残っている。当初は「なかっぺてんりゅう」という読みであったが途中で現在の読みに変更されている。
昭和9(1934)年11月11日 - 三信鐵道が三信三輪驛(現 東栄駅)から延伸した際の終着駅である佐久間驛(さくまえき、初代)として開業。旅客と貨物をともに扱う一般駅であった。
昭和10(1935)年5月24日 - 中部天龍驛(なかっぺてんりゅうえき)への改称を届出
昭和11(1936)年11月10日 - 三信鐵道線が佐久間水窪口停留場(現 佐久間駅)を経て天龍山室驛まで延伸し、途中駅となる(ただし佐久間水窪口停留場から先は昭和30(1955)年のルート切り替え時に廃止)。
昭和17(1942)年3月24日 - 中部天龍驛(ちゅうぶてんりゅうえき)への(読み替え)改称を届出
昭和18(1943)年8月1日 - 三信鐵道線が飯田線の一部として国有化され、鐵道省の駅となる。
a0057057_2149459.png昭和55(1980)年10月1日 - 専用線発着を除く車扱貨物取り扱い廃止
昭和57(1982)年3月31日 - 車扱貨物取り扱い全廃
昭和59(1984)年2月1日 - 荷物取扱廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東海が継承
平成3(1991)年4月21日 - 構内に「佐久間レールパーク」開設
平成8(1996)年3月16日 - 定期特急「(ワイドビュー)伊那路」運転開始。停車駅となる。
平成21(2009)年11月1日 - 「佐久間レールパーク」閉園

駅構造:
島式ホーム1面2線と側線を持ち、列車交換が可能な地上駅。駅舎とホームは、ホームの下川合駅側にある構内踏切で連絡している。
駅長配置駅(直営駅)である。管理駅として、飯田線の静岡県内にある各駅(出馬駅 - 小和田駅間)を管理している。みどりの窓口(営業時間9:10 - 17:25、一部休止する時間帯あり)があるが、早朝・夜間は無人となる。
駅舎内には土産物屋、駅構内には旧中部天竜機関区の施設と留置線を利用した佐久間レールパークがあった。

のりば:
1番線 飯田線 下り 天竜峡・飯田方面
2番線 飯田線 上り 豊橋方面
駅南西から天竜川を渡り国道473号に出る細い道路がある。これは、かつて当駅から分岐し佐久間周波数変換所へ向かっていた資材輸送用専用線の廃線跡である。

バス路線:
浜松市自主運行バス -「中部天竜駅」バス停
中部天竜駅から佐久間駅を経由して、遠鉄バス北遠本線と接続する「西渡」バス停に至るバス路線。一部の便は同路線の「間庄口」または「大輪」バス停まで向かう。
そのほか、かつては国鉄バスが佐久間ダムまでの路線を運行していたが昭和39(1964)年3月に廃止、廃止後の代替輸送機関として「共益バス」が、共益株式会社(電源開発(Jパワー)グループ、現 JPビジネスサービス)により昭和59(1984)年頃まで運行されていた。佐久間ダムまでの唯一の公共交通機関が消えたことにより、翌昭和60(1985)年に国鉄の一般周遊券における「周遊指定地」から佐久間ダムが削除されている。周遊指定地が削除となった第1号の事例である。

参考資料:Wikipedia(2017年4月20日)
記事:
 取材:29.4.-6他
 投稿:29.4.21
 調整:29.7.14

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by fbox12 | 2017-07-14 16:26 | 鉄道・バス

215 神保原駅 (JR東日本)

a0057057_15482953.pngじんぼはら

所在地:埼玉県児玉郡上里町大字神保原町267-5
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・高崎線
キロ程:(大宮起点)59.7km
電報略号:ホラ

概要:
神保原駅は、埼玉県児玉郡上里町大字神保原町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)高崎線の駅。埼玉県最北端の駅である。
上野駅発着系統と、新宿駅経由で東海道線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインの列車が停車する。高崎線内における「休日おでかけパス」のフリーエリアは当駅までである。

歴史:
明治30(1897)年11月15日 - 日本鐵道の駅として開業
明治39(1906)年11月1日 - 買収により、国有化される。
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称設定により、高崎線の駅となる。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄の分割民営化により、JR東日本の駅となる。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成17(2005)年2月1日 - 自動改札機稼動開始
平成18(2006)年2月23日 - 「もしもし券売機Kaeruくん」稼働開始
平成24(2012)年2月20日 - 「もしもし券売機Kaeruくん」稼働終了

駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅。原則として1番線は上り(上野方面)ホーム、3番線は下り(高崎方面)ホームとなっており、一部の普通列車が特急列車の通過待ちなどの際に待避線の2番線を使用する。2番線は上り側、下り側のいずれも出発信号機を設けているため、理論上は折り返し運転が可能である。
1番線ホーム上には、七福神の像が鎮座しているほか、鯉の泳ぐ池もある。なお、改札内トイレは1番線ホーム池のすぐ横(新町寄り)にある。
指定席券売機・自動改札機・自動券売機が設置されている。また、ホームをつなぐ階段にはエレベーターが設置されている。かつてはみどりの窓口も設置されていたが、「もしもし券売機Kaeruくん」へ置き換えられる形で廃止された。さらに、「もしもし券売機Kaeruくん」も多機能券売機に置き換えられる形で営業を終了した。そのため一時当駅で指定券等の購入ができない時期があったが、平成26(2014)年3月、券売機更新により指定席券売機が導入され、指定券購入が再度可能となった。初電 - 6:30は駅員不在となり自動券売機が稼働しないため、乗車駅証明書発行機が設置されている。あらかじめ乗車券を購入していない場合、該当時間帯は乗車駅証明書を持って乗車し、車内もしくは着駅で精算することになる。

のりば:
1・2番線 高崎線上り大宮・東京・新宿・横浜方面(湘南新宿ライン)(上野東京ライン)
2・3番線 高崎線 下り 高崎・前橋方面
2番線は上り列車の一部列車が使用する。

路線バス:上里町コミュニティバス「こむぎっち号」(受託:行田市 協同バス)
 運賃:1乗車100円(1日乗車券300円)
のりば:神保原駅北口/神保原駅南広場
中央ルート:
 上里SA上り-天神・真下-イオンタウン-カインズホーム-神保原駅北口-トライアル南-西原町
 -上里町役場-保健センター-農協前-ワープ上里・図書館前-神保原駅南広場-群馬銀行-とりせん北
 -ベルク七本木店-ウニクス上里
北部ルート:
 上里SA上り-イオンタウン-トライアル南-神保原駅北口-カインズホーム-神保原駅北口-群馬銀行-上里町役場
 -保健センター-農協前-群馬銀行-とりせん北-ウニクス上里
 黛・忍保・八町河原などの北部の地区を経由する。


参考資料:Wikipedia「神保原駅」、「こむぎっち号」
記事投稿:29.5.14
  調整:29.7.14

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by fbox12 | 2017-07-14 14:59 | 鉄道・バス

225 岩本駅(JR東日本)

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いわもとa0057057_21563176.png

所在地:群馬県沼田市岩本町173
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・上越線
電報略号/事務管コード:イモ/411208
キロ程:(高崎起点)36.3km

歴史:
a0057057_21440481.png大正13(1924)年3月31日 - 開業。
昭和60(1985)年8月10日 - 無人化(書類上の無人化は同年3月14日)。その後、特別改札で駅業務を継続。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道が承継。
平成16(2004)年5月1日 - 完全無人化。
平成21(2009)年3月14日 - Suica利用開始。
平成22(2010)年3月13日 - 新駅舎(現行)使用開始。

駅構造:
a0057057_22094971.png単式ホーム2面2線を有する地上駅。かつては駅舎の西側に接する形で単式ホーム1面1線、その西側に島式ホーム1面2線があり、あわせて2面3線を持つ構造であったが、島式ホームの駅舎側、真ん中に当たる一線が撤去されて、現在の構造となった。駅舎に近いホームに上野方面、遠いホームに長岡方面の列車が発着している。互いのホームは跨線橋で連絡している。なおホームは嵩上げされておらず、電車とホームの間の段差が大きくなる。かつては敷島駅(旧駅舎)、八木原駅、群馬総社駅とよく似た古い木造の駅舎があったが、平成24(2012)年に現在の駅舎に建て替えられた。旧駅舎は昭和57(1982)年、グリコセシルチョコレートのCMに使われたことがある(作中では「美里駅」の駅名)。沼田駅管理の無人駅。簡易自動券売機、簡易Suica改札機が駅舎内に設置されている。海抜はおよそ291m。(駅名標の足元に書かれている)。

のりば:
1番線(駅舎側)上越線 上り 渋川・高崎方面
3番線(反対側)上越線 下り 水上・長岡方面
*中線撤去後、案内上では上記の番線番号の表記がなくなっている。

バス路線:
岩本線 上野入口経由上野行き(上野入口にて渋川方面に接続)
 利根実業前、市役所前、国立病院前経由東下原団地行き
いずれも、沼田市バス(ジャンボタクシーで運転)の運行。土休日運休。

参考資料:Wikipedia「岩本駅」(2016年8月27日更新)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%9C%AC%E9%A7%85
現地取材:28.8.27/29.1.-5
記事投稿:29.7.-3

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by fbox12 | 2017-07-03 22:28 | 鉄道・バス

1013 越知駅(バス停)(黒岩観光←JR四国バス)

a0057057_21412664.pngおち

所在地:高知県高岡郡越知町越知甲1736-7
所属:有限会社黒岩観光
乗入路線:
 桐見川線(坂折~龍王公園)
 高吾北落出線[佐川~狩山口](狩山口~佐川)
 高吾北落出線[佐川~落出](落出~佐川)
 黒岩線(役場前(佐川町)~越知)
 出来地線(坂折~宮ヶ奈路)

概要:
高知県高岡郡越知町は、安徳天皇が落ちのびたという伝説のあるところで、その中心部、国道33号線上にあるバス停留所。
乗入路線の「高吾北落出線(落出〜佐川)」は、旧JR四国バスの「松山高知急行線」の高知県側の名残であり、写真の場所は、以前バスターミナルだったところ。
その写真のバスターミナルの後に建てられたのが、越知町観光協会の「観光物産館 おち駅」で、平成22(2010)年4月4日にオープンした。
商店街で行われていた農産市を主体に、越知や周辺地域の特産品の販売も行っていて、越知町観光協会の事務局もここに移転し、越知の観光情報を発信する新たな発信地として機能している。


参考資料:越知町観光協会HP(http://www.ochi-kankou.jp/tourist/station/index.html)
現地取材:29.3.14
記事投稿:29.7.-2
  調整:29.7.-3

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by fbox12 | 2017-07-02 22:22 | 鉄道・バス

101 辰野駅(JR東日本)

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a0057057_19132585.pnga0057057_19143641.png
たつの

a0057057_21292378.png所在地:長野県上伊那郡辰野町大字辰野1941
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・中央本線(辰野支線)
電報略号/事務管コード:タノ/510517
キロ程:(岡谷起点)9.5km
乗入路線:JR東日本・中央本線(辰野支線)
     JR東海・飯田線
     JR貨物(第二種鉄道事業者)

概要:
岡谷駅 - 塩尻駅間を結ぶ中央本線の支線を所属線とし、豊橋駅を起点・当駅を終点とする飯田線を加えた2つの鉄道路線が乗り入れる。かつては両線とも日本国有鉄道(国鉄)の路線であったが、昭和62(1987)年の国鉄分割民営化により中央本線支線はJR東日本、飯田線はJR東海の路線となり、また両線ともJR貨物が第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。旅客営業においては当駅がJR東日本・JR東海の境界駅となっている。駅舎・ホームなどは鉄道資産はJR東日本の所属であり、同社とJR東海との境界は飯田線の下り場内信号機である。
当駅は中央本線開通と同時、明治39(1906)年に開業した。その後、駅西方から伊那谷方面を結ぶ伊那電車軌道(後の伊那電氣鐵道)が開業し、大正15(1916)年には駅に直接乗り入れた。伊那電氣鐵道は昭和18(1943)年に国有化され、飯田線として国鉄の路線網に組み込まれた。
以降、中央本線と飯田線の乗換駅として栄えたが、昭和58(1983)年に辰野駅を通らない塩嶺トンネル経由の新線(みどり湖経由)が岡谷駅 - 塩尻駅間に開通し、中央本線のメインルートから外れ、定期特急の停車がなくなった(岡谷 - 塩尻間の営業キロは辰野経由で 27.7 km、みどり湖経由で 11.7 km である)。その後、昭和61(1986)年11月に急行「こまがね」、平成14(2002)年12月に夜行急行「アルプス」も廃止され、辰野駅を経由する中央本線の定期の優等列車は全廃された。
現在、かつての優等列車の代替として快速「みすず」のみが停車する。塩嶺トンネル開通後、特に分割民営化以降、飯田線列車は上下各1本が当駅発着である他は、全ての列車が岡谷・上諏訪方面へ直通する。塩尻方面へは当駅との間での区間運転が大半を占めているため、実質飯田線の中間駅かつ地元で辰野線と呼ばれる塩尻への旧線の起点駅のようになっている(注、松本・(篠ノ井線経由)長野方面と飯田線とを通して運行する列車は、快速「みすず」を含めみどり湖経由で運転され、辰野駅 - 塩尻駅間は、辰野支線を通らず岡谷駅でスイッチバックする運用となっている)。

歴史:
明治39(1906)年6月11日 - 官設鉄道(当時は、内閣鐵道院) 岡谷 - 塩尻間延伸と同時に開業。
明治42(1909)年10月12日 - 線路名称設定。中央東線の所属となる。
明治44(1911)年5月1日 - 線路名称が改定され、所属が中央東線から中央本線に変更。
大正5(1916)年11月23日 - 伊那電車軌道(大正8(1919)年に伊那電氣鐵道へ改称)が西町駅から延伸し当駅に乗り入れ。この区間の開業以前は西町驛が、伊那電車軌道の「辰野驛」を名乗っていた。
大正12(1923)年3月16日 - 伊那電氣鐵道の伊那松島 - 当駅間が、軌道から鉄道への移行のために新線へ切り替え。
昭和18(1943)年8月1日 - 伊那電氣鐵道が飯田線の一部として国有化され、国有鉄道単独駅となる。
昭和24(1949)年6月1日 - 日本国有鉄道に移管。
昭和58(1983)年6月15日 - 鉄筋2階建ての駅ビル新築。塩嶺トンネル供用による対価として駅舎の改良が行われた。
昭和59(1984)年1月15日 - 専用線発着を除く車扱貨物取扱廃止。
昭和61(1986)年11月1日 - 荷物取扱廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、旅客営業はJR東日本(JR東海は乗入れ)、貨物営業はJR貨物が継承。
平成18(2006)年6月11日 - 開業100周年を記念し、記念行事開催。記念弁当も限定発売された。
平成26(2014)年4月1日 - 東京近郊区間に編入。ただし、Suicaは利用できない。

駅構造:
2面4線のホームを有する地上駅。改札口正面に1番線(下り副本線)があり単式ホームとなっているが、ホーム西側・1番線反対側に行止り式の0番線(飯田線専用)が設けられている。0番線は平成27(2015)年3月14日改正時点で、夜間滞泊を行う下り最終の当駅止まりと翌朝の折返し上り始発列車のみが使用している(注、飯田線は、豊橋が起点)。島式ホームの改札口側が2番線(下り本線)、その反対側が3番線(上り本線)となっている。3番線以降も9番線まであるが、いずれもホームはない。4・5番線は上り副本線で、主に貨物列車の着発線となっている。6 - 9番線は側線である。駅舎は構内南側にある。改札口左手に跨線橋があり、単式ホーム北側にある島式ホームと連絡している。JR東日本の直営駅(駅長配置)であり、管理駅として信濃川島駅・小野駅を管理している。駅舎内にはみどりの窓口(営業時間5:50 - 19:40)のほか、自動券売機が2台設置されている。自由席特急券を購入できるのは片方の券売機のみである。かつては、JR東日本区間とJR東海区間を区別する機能が付いていたが、現在この機能は廃止された。ちなみに、この機能が付いていたときは、東日本区間のボタンを押すと券面に「東日本会社線」と表示されていたのに対して、東海区間のボタンを押すと、券面に「宮木経由」と表示されていた。平成21(2009)年3月14日から、JR東海管内の在来線全駅のホームが終日禁煙となったが、当駅はJR東海管轄の飯田線が接続しているものの、前述の通り当駅はJR東日本の管轄のため対象外で、従来通り喫煙所が設けられている。

のりば:
a0057057_19444192.png0番線 飯田線宮木・伊那松島・伊那市方面(1日1本のみ)
0番線 飯田線 宮木・伊那松島・伊那市方面(1日1本のみ)1番線 中央本線 上り 川岸・岡谷方面(通常はこのホーム)    飯田線 宮木・伊那松島・伊那市方面(1日1本のみ)2番線 飯田線 宮木・伊那松島・伊那市方面(通常はこのホーム)(写真:停車中の天竜峡行き東海車)    中央本線 下り 信濃川島・小野・塩尻方面(岡谷方面からの直通含む一部列車)3番線 中央本線 下り 信濃川島・小野・塩尻方面(当駅始発のみ、通常はこのホーム)         上り 川岸・岡谷方面(当駅始発)平成25(2013)年3月時点で、岡谷方面の列車は飯田線からの直通と当駅始発のみで、定期での塩尻方面からの直通列車は存在しない。

貨物取扱・専用線:
JR貨物の駅は専用線発着の車扱貨物の取扱駅となっているが、平成21(2009)年3月14日のダイヤ改正以降、貨物列車の発着がなくなっている。
平成21(2009)年3月までは、駅南側の豊島屋辰野油槽所専用線向けの根岸駅からの灯油やガソリンの到着があった。また、平成8(1996)年3月まで、駅西側にあったJA東日本くみあい飼料辰野工場(平成15(2003)年閉鎖)へ続く専用線もあった。この路線は、知多駅発送の穀物を取り扱っていた。

路線バス:
辰野町営バス(川島線:辰野駅前)

a0057057_19482952.pngテレビにも出た駅前商店街にあるレトロな喫茶店

現地取材:19.9.10
参考資料:Wikipedia「辰野駅」(最終更新 2017年5月9日)
記事投稿:29.6.11
  調整:29.6.16/29.6.17

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by fbox12 | 2017-06-17 14:02 | 鉄道・バス

137 逗子駅(JR東日本)

a0057057_2024874.pnga0057057_20454974.png
ずし

所在地:神奈川県逗子市逗子一丁目1-10
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・横須賀線
      日本貨物鉄道株式会社
電報略号/事務管コード:スシ/441703
キロ程:(大船起点)8.4km
近隣の駅:(京急逗子線)新逗子駅 (・・300m程)。定期券に限り連絡運輸の扱いがある。

概要:
逗子駅は、JR東日本・JR貨物、横須賀線の駅である。東日本は、旅客駅。JR貨物は、総合車両製作所横浜事業所専用鉄道の車両輸送扱いである。

横須賀線は当駅折り返しおよび始発・終点の電車が多い。特に日中では、エアポート成田などの1時間に1〜2本を除き、すべて当駅発着のため、東京方面と久里浜方面の双方へは当駅での乗り換えが必要となる。新宿駅経由で東北本線(宇都宮線)に直通する湘南新宿ラインの列車も、当駅が起点・終点となっており、ここから久里浜方面は横須賀線の電車のみの運転となる。平成26(2014)年3月15日のダイヤ改正から、一部の成田エクスプレスが繁忙期の休日日中を中心に横須賀駅まで延長され、当駅にも停車する。

駅構造:
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。本屋側から単式ホーム(1番線)、島式ホーム(2番線・3番線)となっている。また、3番線の隣にはホームのない着発線も並行しているが、これは一部の列車の留置に使用されるほか、後述する総合車両製作所専用鉄道を介して甲種車両輸送をする際に使用される。また、横須賀線の運行管理を行う逗子CTCセンターが当駅に併設されていたが、平成21(2009)年11月1日のATOS導入に伴い同月15日限りで業務を終了した。平成19(2007)年8月4日には東逗子寄りにエスカレーターとエレベーターを完備した新橋上通路が開通し、西口も少し南へ移転し、鎌倉寄りの橋上通路も乗り換え通路に転用された。みどりの窓口・自動券売機・指定席券売機・自動改札機・自動精算機設置。 また、駅構内(改札外)にNEWDAYSと横浜銀行逗子支店逗子駅前出張所(店舗外キャッシュサービスコーナー)、逗子警察署逗子駅前交番がある。

*甲種車両輸送:輸送される車両の車輪(仮設を含む)を用い、日本貨物鉄道(JR貨物)など貨物鉄道事業者の機関車の牽引で、貨物列車扱いで輸送されるもので、甲種輸送もしくは甲種鉄道車両輸送とも称する。

のりば:
1番線 横須賀・総武線(快速)上り 鎌倉・大船・横浜・東京・千葉方面
    (繁忙期休日等に成田エクスプレス(臨時)停車)
    (東京駅から JO 総武線(快速)へ直通 )
    湘南新宿ライン 北行 渋谷・新宿・池袋・大宮方面(大宮から宇都宮線へ直通)
2・3番線 横須賀線 下り 横須賀・久里浜方面(繁忙期休日等に成田エクスプレス (臨時) 停車)
      横須賀・総武線(快速)上り 鎌倉・大船・横浜・東京・千葉方面
    (東京駅から総武線(快速)へ直通 )
      湘南新宿ライン 北行 渋谷・新宿・池袋・大宮方面(大宮から宇都宮線へ直通)
横須賀方面から直通してくる横浜方面行き列車は原則として1番線に入線する。
東逗子 - 久里浜間の各駅はホーム有効長が11両分(田浦駅では10両分に満たない)しかないため、15両編成の列車は当駅で増解結作業をする必要がある。このため、横須賀方に切り離した付属編成(4両)を留置するための広大な留置線群がある。
当駅での増解結は基本的に前の付属編成を留置線に回送し基本編成が久里浜方面へ乗り入れるが、平成24(2012)年3月のダイヤ改正までは付属編成が解結後そのまま久里浜方面の普通電車として運行し後11両が折り返し普通列車や回送列車となる運用が存在した。
平成24(2014)年3月15日のダイヤ改正から、横浜・大船発着の成田エクスプレスの一部列車が繁忙期休日の日中を中心に横須賀駅まで延長され、同列車の停車駅となった。

歴史:
明治22(1889)年6月16日 - 官設鉄道(当時は、内閣鐵道局)大船~横須賀間の開通時に開業。
明治42(1909)年10月12日 - 横須賀線所属駅となる。
昭和43(1968)年12月 - 配線改良工事竣工。これにより下り本線が2番線から3番線となった。
昭和44(1969)年3月 - 現在の駅舎(三代目)に改築。
昭和59(1984)年2月1日 - 貨物取り扱い廃止。
昭和62(1987)年3月31日 - 鉄道車両に限り貨物取り扱いを再開。
 4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本とJR貨物の駅となる。
平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始。
 12月1日 - 湘南新宿ライン運転開始。
平成19(2007)年8月4日 - 新橋上通路全面開通。同時に西口改札を移転。
平成26(2014)年3月15日 - 横浜駅・大船駅発着の「成田エクスプレス」の一部列車が、横須賀駅まで臨時列車として繁忙期の土日祝のみ延長運転を開始。当駅が停車駅となる。
平成27(2015)年3月14日 - ダイヤ改正により「おはようライナー逗子」「ホームライナー逗子」が廃止され、代替として平日朝に1本上り電車が増発される。

総合車両製作所横浜事業所専用鉄道:
当駅から京浜急行電鉄金沢八景駅付近にある総合車両製作所横浜事業所(旧・東急車輛製造横浜製作所)へ続く全長6.4kmの専用鉄道がある。当駅を分岐後、横須賀線に並走し東進し、京急逗子線との交差点付近で方向を変え北上、(京急)神武寺駅の六浦寄りで同線に合流している。ここから先は1435mm(標準軌)と1067mm(狭軌)の三線軌条で金沢八景駅まで続いている。この専用線は横浜事業所で製造された車両を搬出するために使用される他、京浜急行電鉄やその乗り入れ先である東京都交通局(都営地下鉄浅草線)、京成電鉄、北総鉄道向けの甲種車両輸送で使用される。輸送される際は、神武寺駅まで総合車両製作所が所有するスイッチャー(元東急7200系電車→上田電鉄別所線7200系電車を使用)が牽引し、それより先はJR貨物新鶴見機関区川崎派出所属のDE10形又はDE11形が当駅まで牽引する。なお、神武寺駅から先の京急逗子線との共用区間については、昼間時の同線の列車運行を妨げないよう、甲種輸送の際は終電後の深夜に行われる。平成3(1991)年にはこの線を使い団体専用列車が運転されたことがある。

その他:
JR東日本横浜支社では、明治22(1889)年6月16日の開業時から使用されて来た旧跨線橋の支柱の一部を上りホームの新跨線橋下付近に移築した上で平成20(2008)年2月18日から保存展示公開を開始した。展示場所は上りホーム新設跨線橋下で、鋳鉄製の橋脚1本を据え付け、説明板を設置している。当駅の跨線橋の設置時期ははっきりしないが、明治30年代には使用開始したとみられ、改修・拡幅されて平成19(2007)年9月まで使用されていた。鋳鉄製の支柱下部には製造場所を示す「新𣘺」、「明治」「鐵道」などと文字が刻印されている。ホームを嵩上げ工事した際に刻印の下部が埋まり、すべての文字は確認できなかったが、その後の調査で「鐵道作業局」「新𣘺工場製造」「明治三十二年」の陽刻が確認された。公文書などから明治32(1899)年に建設された可能性がある。横浜支社によれば、現存する跨線橋柱としては、西日本旅客鉄道(JR西日本)の大田市駅(山陰本線、明治23(1890)年、供用中)・高田駅(和歌山線・桜井線、明治24(1891)年、ホームに柱1本を保存)に次いで3番目に古いという。この2駅の跨線橋柱は鐵道作業局神戸工場製で、新𣘺工場製としては当駅のが最古である。大田市と高田の2駅の跨線橋柱は他駅から転用したもので、建設時の駅で使用され続けた鋳鉄柱としては国内最古と考えられる。なお、この展示物はJR東日本の車両基地一般公開にも展示される場合がある。

参考資料:Wikipedia「逗子駅」(最終更新:2017年5月20日)
現地取材:19.3.21/21.9.11
記事投稿:27.7.-9
  調整:29.6.16

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by fbox12 | 2017-06-16 22:27 | 鉄道・バス

060 品川駅(JR東日本/JR東海/京急/JR貨物)

a0057057_09491831.pnga0057057_2123898.png
しながわ

概要:
JR東日本の在来線各線(後述)、JR東海の東海道新幹線、京浜急行電鉄の本線が乗り入れるターミナル駅である。このうち、JRの駅には「SGW」のスリーレターコードが、東日本各線にはこれも後述の駅番号が付けられ、京急の駅には「KK01」の駅番号が付けられている。
JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線と山手線の2路線で、そのうち、東海道本線を当駅の所属線とし、山手線は当駅が起点となっている。東海道本線は川崎駅経由の本線と武蔵小杉駅経由の支線(通称:品鶴線)とが当駅で分岐する。この中で東海道本線東京駅方面を除く3方向ではJR貨物が第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。旅客列車の運転系統は次の4系統であり、それぞれ専用の線路が割り当てられている。旅客案内でも以下の系統名称が使用される。
東海道線 : 東海道本線東京駅方面 - 当駅 - 川崎駅方面の列車線を走行する中距離電車および特急列車。また、東京駅を経由して、東北本線(宇都宮線)・高崎線・常磐線に直通する上野東京ライン系統の列車も運転されている。ただし常磐線方面は一部の臨時特急・急行列車を除き当駅発着である。 - 駅番号「JT03」
京浜東北線 : 東海道本線東京駅方面 - 当駅 - 川崎駅方面の電車線を走行する近距離電車。南行は横浜駅から根岸線への直通運転も実施している。- 駅番号「JK20」
山手線 : 東海道本線東京駅方面の電車線と線路名称上の山手線渋谷駅方面の電車線とを直通運転する環状路線- 駅番号「JY25」
横須賀線 : 東海道本線東京駅方面の地下線と品鶴線武蔵小杉駅方面とを直通運転。大船駅より線路名称上の横須賀線に乗り入れる。大船駅発着の特急「成田エクスプレス」もこのルートで運転される。上り列車は多くの列車が東京駅を経由し、総武快速線へ直通する。 - 駅番号「JO17」
JR東日本・JR東海の駅は、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。
2027年に開業する予定のJR東海リニア中央新幹線の首都圏側の始発駅になることも正式に決まっている。
京浜急行電鉄は、当駅を経由し、都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線、芝山鉄道芝山鉄道線まで最大で5社の相互直通運転を実施している。

歴史:
品川駅の西口側は三田 - 高輪台に跨る台地の裾野に位置する。開業当初、線路は海岸線に沿って建設され、線路よりも東側は海だった。港南側の大部分は明治時代以降に埋め立てにより造成された土地である。

明治4(1871)年9月10日 - 品川駅舎工事着工
明治5(1872)年1月20日 - 西洋建築平屋建の品川驛(当時は「品川ステーション」)の駅舎が完成。総工費約5,427両
 6月12日(旧暦5月7日) - 当駅 - 横濱驛(初代。現在の桜木町駅)間が仮開業し、当駅も営業開始
 10月15日(旧暦9月13日) - 初代新橋驛(後の汐留駅) - 当駅 - 横濱驛間正式開業
新橋驛よりも先に開業したことになり、櫻木町驛とともに日本一古い鉄道駅の一つということになる。そのため、東海道本線ホームの発車メロディが『鉄道唱歌』となっている。同歌において品川は、第1集東海道編第3番に「窓より近く品川の 台場も見えて…」と歌われている。

明治18(1885)年3月1日 - 日本鐵道品川線(現在の山手線)が乗り入れ
明治31(1898)年4月1日 - 貨物取り扱い開始
明治39(1906)11月1日 - 日本鐵道、鉄道国有法により国有化
明治42(1909)10月12日 - 線路名称制定により東海道本線の所属となる。
大正3(1914)年12月20日 - 京濱線(現在の京浜東北線)運転開始
昭和20(1945)年5月24日 - 太平洋戦争による空襲で被災
a0057057_22055304.png昭和24(1949)年6月1日 - 日本国有鉄道(国鉄)発足
昭和39(1964)年10月1日 - コンテナ貨物取り扱い開始
昭和51(1976)年10月1日 - 総武快速線当駅まで乗り入れ
昭和55(1980)年10月1日 - 総武快速線と横須賀線の運転系統が統一され、直通運転を開始(SM分離)。一般向けコンテナ・車扱貨物の取り扱い全廃。駅南東に広がっていた貨物ホーム撤去。これに伴い、横須賀線は東海道線ホーム発着ではなくなった。
昭和61(1986)年11月1日 - 荷物取り扱い廃止
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化、国鉄の駅はJR東日本・JR貨物が継承
平成6(1994)年12月3日 - 貨物列車の設定がなくなる。
平成9(1997)年5月26日 - 東海道新幹線品川新駅起工式挙行
平成10(1998)年3月26日 - 構内のJR貨物品川機関区が川崎貨物駅構内に移転、川崎機関区(現 新鶴見機関区川崎派出)に改称
 11月1日 - 東西連絡通路(レインボーロード)完成、橋上駅舎化
これ以前には、当駅には線路を越えて東西を結ぶ自由通路が設置されておらず、東口方面と西口方面を歩いて行き来するには入場券を購入して駅の改札内を経由する必要があった。その関係で当駅には定期入場券を購入する利用者が多く存在していたが、東西連絡通路の完成で解消されることとなった。
かつての品川駅には、西口改札を入って左にある階段を降りたところにJR線の各ホームへ向かう連絡通路が設置されていた。この連絡通路は地下にあったため豪雨で冠水することがあり、これが原因で列車の運行に支障をきたしたこともあったが、駅の橋上化により解消された。

平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始
平成15(2003)年10月1日 - JR東海の東海道新幹線品川駅開業。開業記念セレモニーの一環で、ソニーの「QRIO」が当駅から静岡駅まで「ロボットの乗客としては初めて」新幹線に乗り込んだ。
平成16(2004)年3月3日 - 港南口駅ビル(JR品川イーストビル・アトレ品川)開業
平成17(2005)年10月1日 - ecute開業。大宮駅に次ぐ2例目
平成20(2008)年3月15日 - この日のJRグループのダイヤ改正により、東海道新幹線は全列車停車となる。また、横須賀線新ホームの使用を開始し、当駅始発・終着列車が新設される。
平成27(2015)年3月14日 - 上野東京ライン(東北縦貫線)が完成し、上野駅が終着であった宇都宮線・高崎線・常磐線の列車と東海道本線の列車の相互乗り入れ開始。尚、常磐線については当駅が新たな終着駅となった。

京急
明治37(1904)年5月8日 - 品川驛(現 北品川駅) - 八幡驛(現 大森海岸駅)間開業
明治38(1905)年12月24日 - 品川驛(現 北品川) - 神奈川驛間開通
大正13(1924)年3月11日 - 京濱電氣鐵道の髙輪驛開業。従来の品川驛を北品川驛に改名。髙輪驛 - 北品川驛間は東京市電と共用とした。
昭和8(1933)年4月1日 - 髙輪驛 - 北品川驛間の市電共用を廃止し、自前で品川驛乗り入れを実施すべく品川驛 - 北品川驛間に線路新設、同時に品川驛開設。横濱驛以北を改軌 (1372 mm → 1435 mm) し、当駅 - 浦賀驛間直通運転開始。湘南電車品川驛乗り入れ、髙輪驛廃止
昭和17(1942)年5月1日 - 東京急行電鐵の駅となる。
昭和19(1944)年5月1日 - 当駅 - 黄金町驛間および横濱驛 - 浦賀驛間に運転系統を分離
昭和23(1948)年6月1日 - 京濱急行電鐵の駅となる。
 7月15日 - 当駅 - 浦賀驛間直通運転復活
昭和27(1952)年7月6日 - 当駅 - 逗子線逗子海岸駅(現 新逗子駅)間で「海水浴特急」運行開始
昭和43(1968)年6月21日 - 当駅から泉岳寺駅までが開通。都営地下鉄1号線(現 浅草線)と相互乗り入れ開始。主に特急・急行が乗り入れ
平成4(1992)年4月16日 - 「京急ウィング号」運行開始
平成5(1993)年4月1日 - 空港線の羽田駅(現 天空橋駅)開業に伴い、同線直通列車運行開始
平成7(1995)年4月1日 - 快速特急の最高速度を当駅 - 横浜駅間120km/h、横浜駅以南110km/hに引き上げ。特急は全線110km/hで運行
平成9(1997)年10月4日 - 都営浅草線直通特急の12両運転区間が当駅まで延長される。空港線へ直通する特急が登場し、都営浅草線直通列車を大幅に増発
1998年(平成10年)11月18日 空港線羽田空港駅(現 羽田空港国内線ターミナル駅)開業に伴い「エアポート快特」・「エアポート特急」運行開始。
1999年(平成11年)7月31日 - 京急線の白紙ダイヤ改正が実施される。
それまでの快速特急について略称として定着していた「快特」を正式名称とした。
京成線および都営浅草線からの直通急行がすべて羽田空港駅発着になり、通常時のダイヤから当駅発着がなくなる。
平日朝に運行されていた通勤快特を廃止し、金沢文庫駅で快特に種別を変更する特急として運行。
「エアポート特急」を「エアポート快特」に統合。
都営浅草線直通の横浜方面発着の特急を日中は全列車、ラッシュ時も一部列車を快特に格上げ。
金沢文庫駅で快特と増・解結を行い、当駅 - 新逗子駅・浦賀駅を結ぶ列車を設定。当初は休日のみであったが、後に平日にも拡大。
平成14(2002)年10月12日 -日中の当駅発着快特を泉岳寺駅発着に延長、浅草線に連絡する。
平成19(2007)年3月18日 - ICカードPASMOを導入、Suicaとの相互利用開始。同時に首都圏の私鉄としては初めての試みとして全駅構内(売店、飲食店、自動販売機)でPASMO電子マネーを導入。
平成22(2010)年5月16日 - この日のダイヤ改正により新設された「エアポート急行」の停車駅となる。同時に「エアポート快特」は当駅 - 羽田空港駅間のノンストップ運転となる。

駅構造:
西側から京急、JR東日本、JR東海と大きく分けて3つの部分で構成される。

60-1 JR東日本
所在地:東京都港区高輪三丁目26-27
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線
     ( 日本貨物鉄道株式会社)
電報略号/事務管コード:シナ/460106
乗入路線:(上記)
キロ程:
□ 東海道線(東海道本線列車線・・常磐線直通含む)
 (東京起点)6.8km
  ◄ 新橋(4.9km)■(11.4km)川崎 ►
□ 京浜東北線(東海道本線電車線)
 (東京起点)6.8km
  ◄ 田町(2.2km)■(2.4km)大井町 ►
□ 山手線(山手線電車線・東海道本線電車線)
 (品川起点)0.0km
  ◄ 田町(2.2km)■(2.0km)大崎 ►
□ 横須賀線(東海道本線地下別線・品鶴線)
 (品川起点)0.0km(品鶴線の起点として/東京から6.8km)
  ◄ 新橋 (4.9km)■(3.6km)西大井 ►

構内の中央に位置し、山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線のホームがある。島式ホーム7面14線と単式ホーム1面1線で構成され、西から1番線 - 15番線と並ぶ。東海道線は5・12番線が本線である。京浜急行電鉄と1・2番線ホームの間には山手線の留置線が数本ある。また、東海道下り本線にある電留線(札の辻群線3 - 22番)や洗浄線(白金群線)などは当駅構内の扱いである。よって、本線からの到着以外のルート構成は品川駅にある高輪信号所が扱っている。

改札内コンコースは、駅の北側と南側にそれぞれ東西に伸びるものがある。中央にある改札外のコンコースで分断され、直接にはつながっておらず、両コンコース間をホームや改札を通らずに行き来することはできない。
南側の改札内コンコースの西側には京急のきっぷうりばや京急連絡改札口があり、京急の下りホームに直結している。構内には駅ナカ商業施設として「ecute 品川」と「ecute 品川サウス」がある。かつて当駅にはチップトイレが存在していた。便器の一部に温水洗浄便座が使用されている。
1番線の東京寄りに、山手線の0キロポストがある。

9・10番線はかつて臨時ホームとして機能していて、東海道線が早朝・深夜に設定している当駅発着の列車が使用していた他、当駅終着の「湘南ライナー」も到着する。時折行われるジョイフルトレインなどの鉄道車両の展示イベントの他、東海道線や横須賀線のダイヤ乱れ時にはこのホームが使用され、湘南新宿ラインが大崎駅ではなくこのホームに発着する事もある。団体列車などの臨時列車の発着にも使われたが、平成27(2015)年3月14日からは上野東京ラインが使用し、主に常磐線列車が発着するホームとして機能している。15番線が完成するまでは横須賀線の早朝始発電車も臨時ホームから発車していた。上野東京ラインの開業により、常磐線の始発駅となっていることから、利用客の待ち合わせも多いこともあり、大型ディスプレイと複数のベンチを並べた待合スペース(仕切り等なしの屋外型)が新たに設けられた。上野東京ライン開業日には、開通記念セレモニーが9・10番線ホームで行われ、最初の列車となったひたち1号の先頭車両10号車付近のホーム場に赤じゅうたん等を敷いてイベントスペースが設けられ、JR東日本清野会長や東京都港区武井区長らによるテープカットに多くのマスコミが集まった。
上野東京ライン開業前の臨時ホームの駅名標は、両隣の駅が川崎駅・新橋駅と東海道線に準拠した表示になっていた。また、下り方は東海道線以外に横須賀線(西大井方面)・山手貨物線(渋谷・新宿方面)の発着が各番線で可能である。

戦前、国鉄では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜東北線の一部と横須賀線を走らせる「京濱急行線計画」が存在していた。その計画では、1番線が山手線内回り、2番線が山手線外回り、3番線が京浜東北線北行、4番線が「京濱急行線」北行、5番線が京濱東北線南行、6番線が「京濱急行線」南行、7・8番線が東海道線上り、9番線が横須賀線上り、10番線が横須賀線下り、11・12番線が東海道線下りとなる予定であった。臨時ホームはこの計画に基づいて建設されたものである。この計画は対米戦により未成に終ったが、その一部は、京浜東北線と山手線の分離運転(「東京縦貫複々線工事」という)に活用された。ちなみに、田町寄りには本来横須賀線が使用するはずだった高架橋の一部が現在でも残されている。なお、これは当駅に乗り入れている「京浜急行電鉄本線」とは関係ない(京急の当時の名称は京濱電気鐵道だった)。

昭和25(1950)年頃は京浜東北線と山手線のホーム配置が現在と異なっており、合わせて3面5線で、1番線が山手線内回り、2番線が山手線出庫用、3番線が山手線外回り、4番線が京浜東北線北行、5番線が京浜東北線南行であった。このため、京浜東北線横浜方面から山手線渋谷方面への乗り換えは同一ホームで可能だった。同一方向での同一ホーム乗り換えは北隣の田町駅で行われており、これは現在も同じである。また、この関係は現在の代々木駅と新宿駅における山手線と中央緩行線の関係に近い。

1960年代には新幹線が東海道新幹線しかなく、高速道路網も未整備で鉄道輸送のシェアが大きかった。年末や旧盆の帰省ラッシュ時に東北本線、奥羽本線や磐越西線方面への下り臨時列車が当駅臨時ホーム始発、山手貨物線経由で運行されたことがある。(一部は東京駅・上野駅経由、ただし両駅での客扱いなし)。品川始発の最初は昭和35(1960)年12月28日から31日までの4日間で、15本の列車がその対象となり、昭和50(1975)年まで続いた。当時の東北方面へのターミナル駅である上野駅の混雑を緩和する目的で設定されたのである。乗客は提灯に導かれて駅の東側に回り、多数張られた白いテントの中で列車を待った。このテント待合所は俗にテント村と呼ばれた。昭和40(1965)年5月に3000人収容の団体待合室が完成して、待合場所が変更された。

平成20(2008)年3月15日のダイヤ改正より、横須賀線13・14番線ホームと新幹線21・22番線の間に新設された1面1線の単式ホームである15番線の使用が開始された。これにより横須賀線列車の当駅折り返しが可能になり、「成田エクスプレス」始発・終着列車・横須賀線(総武快速線直通)の終着列車が新設された。平成16(2004)年10月16日のダイヤ改正で湘南新宿ラインを大幅に増発して以降、横須賀線東京 - 品川間の運転が減少傾向にあったが、この15番線ホームの使用開始で改善された。また、湘南新宿ラインのダイヤが乱れた時に臨時ホームで折り返す事で東海道線の遅延を招いていたが、14番線(一部は15番線)ホームを使用することで他線区への影響を抑制することができる。
当駅の横須賀線上りホームの案内は、直通先の「総武線(快速)」のみである。

全ホームに東京圏輸送管理システム(ATOS)が導入されており、基本的に自動放送は奇数番線と4番線が女声(担当:向山佳比子)、偶数番線と3番線が男声(担当:田中一永)となっている。ATOS導入当初は男声の担当が津田英治で、京浜東北線ホームは3番線が女声、4番線が男声だったが、後に3番線と4番線の声が入れ替わり、男声は上野東京ライン開業に伴い2・3番線を除き田中の音声に更新され、その後平成28(2016)年2月に2・3番線も田中の音声となった。京浜東北線のホームはATOS導入前からATOS式の駅自動放送が使われ、3・4番線とも向山が担当していた時期がある。
横須賀線・総武快速線を走行する特急「成田エクスプレス」は、横浜駅・大船駅発着の臨時を除く全列車と池袋発3号・新宿発13号・19号・47号、新宿行4号・池袋行20号・28号と高尾行50号が停車する。

平成23(2011)年10月2日より、10番線ホームの供用を開始し、下り「湘南ライナー」が発着するようになった。同時に11番線ホームの停止位置目標が100m程横浜寄りに移動し、12番線が工事のため使用停止になった。
平成24(2012)年9月23日より、工事のため使用停止されていた12番線の使用が再開され、9・10番線ホームが工事のため使用停止になった。
平成25(2013)年11月24日からは、9・10番線ホームの使用が再開され、7・8番線ホームが工事のため使用停止になった。同時に東京総合車両センター田町センター新車両基地の使用を開始した。
平成26(2014)年6月3日に田町駅との間には新駅(泉岳寺駅付近、現在の東京総合車両センター田町センター周辺)が2020年に暫定開業されると公式発表された。
平成26(2014)年12月7日からは、8番線ホームの使用が再開され、6番線ホームが工事のため使用停止になった。

山手線には、深夜の当駅終着列車の設定がある。 東海道線には、常磐線直通系統の当駅発着列車以外に早朝の当駅始発下り横浜方面への列車・朝の宇都宮線および高崎線からの当駅終着列車・深夜の東海道線横浜方面からの当駅終着列車の設定もある。 横須賀線は、下り始発列車が当駅始発、上り最終列車が当駅終着となっている。総武快速線直通は、平日朝に2本、夕方に1本、当駅発着列車が設定されている。

のりば:
1番線 山手線 内回り 東京・上野・駒込方面
2番線 山手線 外回り 渋谷・新宿・池袋方面
3番線 京浜東北線 北行 東京・上野・大宮方面
4番線 京浜東北線 南行 蒲田・横浜・桜木町・大船方面
5番線 (工事のため)使用停止
6・7番線 上野東京ライン(宇都宮線・高崎線)東京・上野・大宮・宇都宮・高崎方面
      ・・日中は6番線から発車
8番線 (臨時ホーム)
9番線 上野東京ライン(常磐線)〈常磐線特急〉「ひたち」・「ときわ」
     東京・上野・柏・土浦・水戸・いわき方面
東海道線 上り 東京・上野・大宮・宇都宮・高崎方面
    (上野東京ライン含む)上野駅から宇都宮線・高崎線へ直通

10・11番線 上野東京ライン(常磐線・快速)東京・上野・松戸・柏・取手・土浦・水戸・高萩方面
11・12番線 東海道線 下り 川崎・横浜・小田原・熱海・伊東方面
       特急「スパービュー踊り子」・「踊り子」
       ・・一部列車は10番線。日中は12番線から発車。
13・14番線 総武線(快速)上り 錦糸町・船橋・千葉・成田空港方面
       特急「成田エクスプレス」
       ・・主に13番線から発車。
14・15番線 横須賀線 下り 鎌倉・逗子・久里浜方面
当駅の東海道線上りホームの案内は直通先の「上野東京ライン(宇都宮・高崎線)」・「上野東京ライン(常磐線)」(ただし、いずれのホームも駅名標等に表示される駅ナンバリングは東海道線の「JT03」となっている)、横須賀線上りホームの案内は直通先の「総武線(快速)」のみである。
東海道線の朝4時台の横浜・小田原・熱海方面行きは10番線(朝5:10発は11番線)、横須賀線の朝4時台の逗子・久里浜方面行きは9番線から発車する。(元出典:JR東日本:駅構内図)

60-3 JR東海
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所在地:東京都港区港南二丁目1-78
所属・路線:東海旅客鉄道株式会社・東海道新幹線
電報略号:シナ
キロ程:(東京起点)6.8km

概要:
東側に位置する島式2面4線のホームで、S字状に緩くカーブしている。22・23番線から東京寄りに総延長958mの引き上げ線が3本あり(内2本の間には長さ355mの乗務員用の島式ホームもある)、列車の折り返しが可能である。
新幹線ホームやその東側は、1990年代半ばまで品川機関区や貨物取り扱い施設、新幹線の車両基地があった。駅上部のJR東海品川ビルには、JR東海東京本社が入居する。東海道新幹線品川駅の構想自体は日本国有鉄道(国鉄)時代から存在し、国鉄分割民営化時にJR東海に継承された。JR東海がJR東日本から新幹線ホーム建設用地を購入する際、時価売却か簿価売却かで一悶着あった。駅舎などの設備は平成9(1997)年5月26日に着工し、6年4か月かけて平成15(2003)年9月15日に完成した。東海道新幹線の駅としては最も新しい駅である。
東海道新幹線品川駅が建設された理由として、当駅折り返し列車の設定による東海道新幹線の輸送力増強が大きな目的とされ、東京駅から東京第一車両所・東京第二車両所に出入りする回送列車との競合を回避することで、1時間に4本の増発が可能であるとされたが、平成15(2003)年10月1日の開業以降しばらくの間当駅折り返し定期列車が設定されていなかった。平成19(2007)年7月1日ダイヤ改正にて、N700系による当駅始発列車「のぞみ」99号博多行(6時00分発)が新設された。
a0057057_21380271.pngホーム上には売店などの店舗はない。売店等はホーム上のコンコース・改札内に出店している。改札内の待合室を兼ねるコーナーには一部に無線LANコーナー(電源付き)がある。新幹線ホームは駅舎の内側にあるため、地下駅のようになっている。上下線とも外側が本線(通過線)となっており、転落防止のために可動式安全柵(ホームドア)が設置されている(右写真)。また内側は副本線(待避線)であり、固定柵が設置されている。
平成20(2008)年3月15日ダイヤ改正から全列車が停車。これにより一部相互発着という手法で列車を停車させている。改正前日までは新大阪駅発着の「ひかり」のみ全列車が停車し、「のぞみ」は約6割停車、広島駅・岡山駅発着の「のぞみ」と一部の「ひかり」は通過となっていた。
平成26(2014)年よりJR東海は東海道新幹線停車駅の自動改札機を順次更新する計画があるが、品川駅は最初に新型の自動改札機が設置される予定である。なお、東海道新幹線の駅で初めて、開業当初からフルカラーLED式発車標が設置されていた。新幹線北乗換窓口が新幹線メンテナンス東海に委託されている他は直営である。

のりば:
21・22番線 東海道新幹線 上り 東京方面(下写真左:300系が出発したのが22番線)
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23・24番線 東海道新幹線 下り 名古屋・新大阪方面(上写真右:700系が入線しているのが23番線)
(上駅名標横写真:500系が東京まで運転されていた頃の24番線)

60-2 京浜急行電鉄
所在地:東京都港区高輪三丁目26-26
所属・路線:京浜急行電鉄株式会社・本線
駅番号:KK01
キロ程:(品川起点)0.0km
当駅は起点であるが正式には当駅 - 泉岳寺駅間の1.2kmも京急本線であるため、書類上は途中駅になる)。

概要:
構内の西側に位置し、2面3線のホームを有する高架駅である。駅番号はKK01。東側(JR品川駅側)に単式ホーム(1番線)、西側に島式ホーム(2・3番線)が配置され、3番線は泉岳寺方が行き止まりとなっている。横浜・羽田空港方面(1番線)のホーム上に中間改札があり、JRのコンコースに直結する。この中間改札は、裏面が黒(磁気)でJR・京急線にまたがる前提の乗車券か、PASMOおよび相互利用可能なICカードで利用可能である。裏面に磁気のない切符や、京急線・JR線いずれかの切符で本駅下車ののち、他方の会社線に乗る場合は、改札横の窓口(京急→JRは右、JR→京急は左)で、使用したきっぷの回収とこれから乗車する会社線の乗車券を購入することで、中間改札を利用できる。
各ホームには「京急ウィング号」のWing Ticket(着席整理券)自動券売機が設置され(改札外にも設置)、跨線橋にはJR東海のエクスプレス予約乗車券類受取機が設置されている。
2番線に到着した当駅止まりの列車は、泉岳寺寄りにある引き上げ線に入って折り返し、1番線に転線する(なお、この引き上げ線には業務用のホームがあり、京急の品川駅職員は「新品川」と呼称している)。一部列車は3番線に入線し、そのまま折り返す。ただし、ダイヤの乱れで引き上げ線が使用できない場合は、3番線に入線した電車が一旦北品川方面への本線へと転線し、そこから1番線へ入線する場合もある。
1・2番線のホーム有効長は12両編成分、3番線は10両編成分である。
当駅は途中駅ながら本線の起点という扱いである。泉岳寺駅も京急の駅で、当駅と泉岳寺駅の間も京急本線だが、支線の扱いとなっている。支線へ直通する列車は、当駅から「普通」または「快速」「通勤特急」「アクセス特急」など、京成電鉄の種別に変更される。ただし泉岳寺行きは種別は変更されず、都営浅草線内「エアポート快特」で運転する種別は押上駅で京成の種別に変更される。当駅は京成の列車種別を含めると、京急の全列車種別が停車する唯一の駅である(「モーニング・ウィング号」「京急ウィング号」「エアポート快特」「快特(京急)・快速特急(京成)」「アクセス特急」「特急」「通勤特急」「快速」「エアポート急行」「普通」の10種別)。京急と京成には「快特」「快速特急」が存在し、横浜・羽田空港方面が「快特」と案内されるのに対し、京成線青砥・船橋方面は京成の案内に合わせて「快速特急」と案内される。
1番線のみ自動放送が導入されている(担当:大原さやか)。早朝やダイヤ乱れ時は簡易放送に変更される。当駅では下り列車の今度の発車案内放送を流すが、羽田空港行以外の場合はその発車時刻が最後に放送される。平成20(2008)年11月18日より、羽田空港行列車の入線時の案内放送の冒頭に羽田空港旅客ターミナルで使用されているチャイム音をアレンジしたものが追加された。また、羽田空港行の列車の案内では英語放送も実施される。
発車標は、平成10(1998)年までは京急川崎駅などに設置されている反転フラップ式発車標より一世代前の反転フラップ式の発車標が使用されていたが、同年に3色LED式へ交換、そして平成21(2009)年2月にフルカラーLED式へ交換され、同時に後述の「駅メロディ」も開始された。最初は2・3番線のものが交換され、その次に1番線のものが交換された。この発車標は日本語・英語以外にも中国語・韓国語も表示されるようになった。また同時にLCD式の乗車位置案内も設置された。なお、1階改札前の発車標も平成21(2009)年2月にLCD式へ交換された。
以前、京急の駅では、スルッとKANSAI 3day (2day) チケットを発売していた。

開業当初の番線は山側(上りホーム)から付番され、6番線(4線)まであった。旧1・2番線は3番線と同様に泉岳寺方面は行き止まりであった。またホームは行先別に使用されており、旧1・2番線が穴守線(現 空港線)直通列車、旧3・4番線(現 3番線)が黄金町行列車、旧5番線(現 2番線)が湘南線直通列車(浦賀方面)、旧6番線(現 1番線)が団体臨時列車用であった。また、旧5・6番線を除き奇数番線は降車ホーム、偶数番線は乗車ホームであった。

のりば:
1番線 本線 下り 羽田空港・京急川崎・横浜・浦賀・三浦海岸方面
2番線 本線 上り 泉岳寺・浅草・押上(スカイツリー前)・印旛日本医大・成田空港方面(「モーニング・ウィング1号」降車ホーム)
3番線 本線 下り 上大岡・京急久里浜・三崎口方面(「京急ウィング号」乗車ホーム)
          北品川・新馬場・生麦方面(平日朝ラッシュ時の普通車)

貨物取り扱い
JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取り扱い駅となっており、定期貨物列車の発着はなくなっている。ただし、JR東日本の甲種車両輸送列車が年に数回発着している。平成6(1994)年までは定期列車として紙輸送列車が発着しており、日本製紙が使用していた倉庫の専用線があった。列車は石巻港駅や伏木駅などを発駅とし、有蓋車(ワム80000形)で列車は編成されていたが、コンテナ化されて廃止になった。なお、倉庫は改修され、田町CKビルとなっている。また、昭和55(1980)年に廃止されるまで駅南東には広大な貨物ターミナルが広がり、コンテナホームや海上コンテナの荷役作業に用いるクレーンなどが設置されていた。

将来:
中央リニア新幹線関連JR東海が2027年の開業を目指している中央リニア新幹線について、当駅は東京側の始発駅になることが決定している。当初から社長の松本正之は「始発は東京駅か品川駅」という見解を示していたが、横浜・羽田アクセスや東京駅付近の地下使用状況などを考慮している。JR東日本も協力的で、同社がボーリング調査を施した。これを受け、JR東海は同線の始発駅を品川駅とする方針を固め、JR東日本と東京都に伝えた。平成23(2011)年6月7日に開かれた記者会見において、品川駅は中央リニア新幹線の首都圏側の始発駅となることが正式に発表された[19]。2016年1月27日に駅建設工事が着工されている[20]。品川車両基地跡地再開発関連JR東日本が平成26(2014)年6月3日に、2020年の東京オリンピック開催に合わせ田町駅と品川駅との間(品川車両基地跡地)に新駅を暫定開業させると公式発表した。
当駅まで東京メトロ南北線の延伸案もある。
京浜急行連続立体交差事業泉岳寺駅 - 新馬場駅間において連続立体交差事業の事業化を進める計画がある。今後、都市計画案の策定と環境アセスメントの手続きを平成29(2017)年度に実施する予定。完成の目安は2027年度。あわせて京浜急行の品川駅を地平化し、ホームは2面4線となる予定。

駅名について:
古くからの当地の周辺地名、東海道の宿場町品川宿およびその北側の江戸湾沿岸部の呼称品川湊に由来する。江戸時代は江戸湾内での海上旅客交通にも規制があり、品川宿の伝馬制度を保護する目的で、大山参詣や富士山参詣などで江戸湾を船で南下し神奈川方面へ向かう旅客もそのまま海路で直行できず、品川宿入口の北側(八ツ山または谷ツ山)で下船し陸路東海道品川宿を通って神奈川宿方面に向かうよう規制されていた。また、品川宿があった目黒川河口付近(利田神社付近が砂嘴の先端部)より北側の江戸湾は浅瀬で外洋航路の大型船は入船できず、この付近では外洋航路の大型船から小型船に積み荷を載せ替えが行われ海上交通の結節点として船舶で賑わった。品川駅の所在地は東京都品川区ではなく東京都港区であるが、駅名は品川駅である。これは開設当時、目黒川河口付近が「品川湊」と呼ばれていたこと、また、品川駅計画時点ではこの地域が「品川県」であったことによる。当駅の南にある京急本線の駅「北品川駅」は、江戸時代以来の地名、東海道の宿場町品川宿北品川に基づく。


参考資料:Wikipedia「品川駅」(最終更新 2017年6月13日)
現地取材:
記事投稿:29.6.15
  調整:29.6.16

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by fbox12 | 2017-06-16 16:04 | 鉄道・バス