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2017年 05月 31日 ( 1 )

第佰貮 廣瀨神社 岐阜県高山市鎮座

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ひろせじんじゃ

鎮座地:岐阜県高山市国府町広瀬町2604番地
祭神:天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
a0057057_22061201.pnga0057057_22073223.png由緒:
鴻の宮と呼ばれる当社は、往古の社殿はその興廃は詳らかでないが、往古「廣瀨神」又は、「廣瀨神社」と称したが、文禄(西暦1592-1595)慶長のころから「廣瀨神明」と改り、元禄五年七月、金森移封後は一円幕府の所領となった。同七年十月検地には二反一畝歩の除地を附せれた。以後は、単に「神明宮」と言った。「廣瀨神社」の旧称のあったことは、明治三年庚午九月「斐太後風土記」稿本に「廣瀨町村神明宮、元稱廣瀨神」と記せることでも明瞭であるが、明治三十一年十月二十九日願済復古して「廣瀨神社」と改めた。また、応永十八年九月、飛驒國司姉小路宰相人道尹綱、足利将軍に攻め滅ぼされたとき、社殿、僧院共兵火にかかって焼亡したことは「菩提院縁起」によって明らかである。後領主廣瀨氏により再興されたが、その年月は不詳である。永正十七年八月、廣瀨城主左近大夫將監利治が再建した棟札がある。以後興廃やや明瞭である。神社は乗鞍より峰続きにある。付近の山を「歩み山」と言い、山が段々延びて来るので、大塚(亀塚)を築くとピタリと止まったと言う。それで「止め塚」とも言った。止め塚は明治四年國府小学校の敷地の一部となり、昭和初期まで有ったが、校庭を拡張したので、現在は跡形もない。現在の祭神は天照大神になっているが、社記によれば天火明命が正当であるとされる。

この神社最寄の駅・バス停:
 JR高山本線 飛彈国府駅

現地参拝:28.8.31
記事投稿:29.5.31

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by fbox12 | 2017-05-31 22:36 | 神社