fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

第七拾四 阿須賀神社 和歌山県新宮市鎮座

a0057057_22140480.png

a0057057_21380510.pnga0057057_21460421.png
a0057057_22285510.pnga0057057_22285715.png
a0057057_22240319.pngあすかじんじゃ

所在地:和歌山県新宮市阿須賀1-25-25
主祭神:事解男命(ことさかおのみこと)
    熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)
    家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)
配神:事角見命(事角見神、たけつねのかみ)、黄泉津道守命(黄泉津道守神、よもつみちぬのかみ)
社格等:飛鳥社、旧 村社、熊野曼荼羅三十三ヶ所霊場 第23番
建築様式:本殿-木造銅板葺流造
     拝殿-木造銅板葺入母屋造

由緒:
a0057057_22285646.pnga0057057_22285752.png
阿須賀神社は、熊野川河口近くにある蓬莱山(本殿背後の山)と呼ばれる小丘陵の南麓に鎮座する。古くは飛鳥社とも称された。蓬莱山は南北100メートル、東西50メートル、標高48メートルの椀を伏せたような山容で、神奈備の典型とも言うべき姿をしている。熊野速玉大社伝の「新宮本社末社總目録」に上御備・下御備の祭祀遺跡が描かれているように、古くから信仰の対象となっていたと見られる。また、もともとは陸から離れた島であったともされる。
熊野の地において熊野権現はまず神倉神社に降臨し、それから61年後に阿須賀神社北側にある石淵(いわぶち)谷に勧請されて、その時に初めて結早玉家津美御子と称したと伝えられており、熊野権現の具体的な神名がはじめて現れた場所と見なされていたことが分かる(「熊野権現垂迹縁起」)。その他、境内からは弥生時代の遺跡が発掘されており(後述)、熊野における歴史と信仰の最も古い層に関わる地として重要である。a0057057_21531462.png社伝によれば孝昭天皇の代の創建と伝えられる。平安時代に熊野権現の本地が確立してからは、大威徳明王を本地仏として祀った。1109)年10月27日条に「参阿須賀王子奉幣」と記され、熊野九十九王子の王子社としての扱いを受けていたことが分かる。また、『平家物語』巻拾には平維盛が新宮で「明日社ふし拝み」と記され、阿須賀神社への参拝が一般的なことがらであったことが認められる。『紀伊続風土記』によれば、近世の阿須賀神社には、並宮・拝殿・御供所・鐘楼堂・四脚門・鳥居・社僧行所などがあったという。明治40(1907)年、熊野速玉大社の末社であった八咫烏社(建角美命)・宮戸社(黄泉津道守命)などを合祀した。

摂末社:
阿須賀稲荷神社
a0057057_22285620.pnga0057057_22285675.png
 建築様式:木造銅板瓦葺造


徐福之宮
a0057057_22285598.png 建築様式:石造


子安之社
a0057057_22285641.png










(タイトル写真の母子像は、左側燈籠の後ろに設置)


この神社最寄りの駅・バス停:
 JR紀勢本線 新宮駅から徒歩約10分


参考資料:Wikipedia「阿須賀神社」(最終更新2017年3月11日)
現地参拝:28.8.17
記事投稿:29.6.18

[PR]
by fbox12 | 2017-06-18 16:27 | 神社