fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

199 敦賀駅 (JR西日本)

a0057057_21282518.png
a0057057_22134059.png
a0057057_21293550.pnga0057057_21381721.png

a0057057_2244214.png所在地:福井県敦賀市鉄輪町一丁目1番24号
所属・路線:西日本旅客鉄道株式会社・北陸本線(日本貨物鉄道株式会社)
駅名かな(電報略号/駅番号):つるが(ツル/北陸本線 JR-A01・湖西線 JR-B08)
キロ程:(米原起点)45.9km

概要:
日本海側の港町として栄えた敦賀市の中心駅である。駅前には都奴賀阿羅斯等(つa0057057_225881.pngぬがあらしと)の銅像(タイトル写真)、駅前通りには港町に因みヤマトよ永遠におよび、鉄道の町ということで銀河鉄道999の銅像がそれぞれ設置されている。
北陸本線を所属線としており、当駅が起点となる小浜線を含めた2路線が乗り入れている。また、2つ隣の近江塩津駅から分岐する湖西線の列車も多数直通しているが、湖西線列車には近江塩津駅を通過する列車も多く、当駅が実質的な湖西線への乗換駅の機能を持っている。列車も湖西線経由と案内される。また、日中の北陸本線米原駅方面の普通列車(新快速を含む)は近江塩津駅発着のため、一旦湖西線経由の列車を利用して近江塩津駅で乗り換える必要がある。
a0057057_21395678.pngこのほか、当駅からは敦賀港駅へ通じる北陸本線貨物支線(通称「敦賀港線」)が分岐している。この支線はJR貨物の第一種鉄道事業路線であるが、平成21(2009)年3月いっぱいで貨物列車の設定がなくなったため、事実上休線となっている。なお、JR貨物は北陸本線(本線部)の第二種鉄道事業免許を有している。
北陸本線有数の難所である柳ヶ瀬越え、杉津越えに南北を挟まれた駅であり、その歴史的背景から広大な敷地を有する。駅構内の東側には敦賀第一機関区と客貨車区が、また敦賀電化時には駅南側に敦賀第二機関区が設けられ、峠越えに備えた重装備のD51形機関車が多数配置され、機関車の交換やローカル列車の仕立てが多数行われていた。長時間停車の列車も多く、乗客がホームに出て休む姿も多かった。昭和30年代に入り近代化が行われ、「鳩原ループ線」および深坂トンネル・北陸トンネル建設による新線切り換え・複線化と交流電化が行われ輸送力の強化が図られた。現在は長距離列車の大半が交直流電車を使用する優等列車への置き換えられ、平成27(2015)年3月13日の上り臨時寝台特急「トワイライトエクスプレス」を最後に、長時間停車する列車はなくなった。さらに、国鉄時代には特急列車も含めて当駅には全列車が停車していたが、民営化後は福井・金沢・富山方面への速達性を高める観点から、当駅を通過する列車も設定された。
その後、電車化や貨物列車削減および民営化によって敦賀第一機関区は廃止、旧敦賀第二機関区はJR西日本の敦賀運転所となり、さらに組織変更が行われ福井地域鉄道部敦賀運転派出を経て、現在は敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室となっている。交流電気機関車の営業用第一号となったED70 1号機は敦賀第二機関区に配置され、使用停止後も永らく敦賀運転所内に保管されていた(現在は長浜鉄道スクエアにて屋内展示)。なお敦賀地域鉄道部は、北陸本線の新疋田駅と小浜線の各中間駅を管理下に置いている。
一方、貨物列車の中継としての機能もあった。前述の通称「敦賀港線」への貨物列車や専用線発着の私有タンク車による硫酸輸送等もあったが、現在は貨車継走はなく、旧機関区や側線群が整理され大きな未使用地になっている。なお、この場所は島式ホーム2面4線を持つ高架駅として計画されている北陸新幹線の駅用地などとして利用する構想がある。
交流電化は当時最新の技術であったが、その後は直流区間への高価な交直流電車のやりくりができないなどのデメリットも出てきた。そのため、地域活性化の起爆剤として大部分の費用を地元自治体の負担により平成18(2006)年に当駅以南の直流化を実施し、当駅まで新快速をはじめとする直流電車が乗り入れてくるようになった。新快速は湖西線経由の場合は近江舞子駅、米原駅経由の場合は彦根駅まで各駅に停車するが、案内放送や時刻表には「新快速 xxまで各停」と案内・表記している。またICOCAなどの各種乗車カードは利用できず、改札内の通路にはその旨を記した看板が掲げられている。
隣の南今庄駅とは、16.6㎞離れており、JR西日本管内では最も駅間距離が長い区間である。

歴史
a0057057_2262253.png明治15(1882)年3月10日 - 官設鉄道(当時は、工部省(鐵道局))の洞道口驛(後の洞道西口驛) - 敦賀驛間(のちに北陸本線を経て柳ヶ瀬線となる区間)と敦賀驛 - 金ヶ崎驛(現在の敦賀港駅)間(現在の敦賀港線)の開業により、一般駅として設置される。
明治28(1895)年4月1日 - 線路名称が制定され、東海道線の所属となる。
明治29(1896)年7月15日 - 北陸線として敦賀驛から福井驛間が開業する。
明治30(1897)年9月20日 - 東海道線の敦賀驛から金ヶ崎驛間の旅客営業が廃止される。
明治35(1902)年11月1日 - 線路名称が改定され、東海道線の米原驛 - 敦賀驛 - 金ヶ崎驛間が北陸線に編入される。
明治42(1909)年6月1日 - 氣比神社南西脇より現在地に移転する。
 10月12日 - 線路名称が改定され、北陸線が北陸本線に改称されたことに伴い当駅もその所属となる。
明治43(1910)年 - 二代目駅舎完成
大正6(1917)年12月15日 - 小浜線が十村驛まで開業する。
大正8(1919)年1月11日 - 北陸本線の敦賀驛から敦賀港驛間の旅客営業再開
昭和20(1945)年 - 敦賀空襲で二代目駅舎焼失。バラックによる三代目駅舎建設
昭和26(1951)年3月 - 四代目の現駅舎完成
昭和32(1957)年10月1日 - 北陸本線の木ノ本駅 - 近江塩津駅 - 敦賀駅間の新線が単線開業および交流電化され、旧線は柳ヶ瀬線となる。
昭和37(1962)年6月10日 - 敦賀駅から今庄駅間に北陸トンネルが開通し、当該区間の新線切り替えに伴い交流電化、複線化される。
昭和38(1963)年9月30日 - 鳩原ループ線が開通し、新疋田駅から敦賀駅間が複線化される。柳ヶ瀬線の敦賀駅 - 疋田駅間が休止される。
昭和39(1964)年5月11日 - 休止中の柳ヶ瀬線廃止
昭和61(1986)年11月1日 - 荷物の取り扱い廃止
昭和62(1987)年3月31日 - 敦賀港線の旅客営業廃止
 4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる。
平成9(1997)年3月22日 - 定期貨物列車の設定が無くなる。
 4月30日 - 橋上駅舎化の検討が本格的に開始される。
平成15(2003)年3月15日 - 小浜線が直流電化開業
 10月26日 - 北陸本線・湖西線の直流電化工事開始
a0057057_22121679.png平成18(2006)年9月24日 - 北陸本線、湖西線の直流送電開始
 10月21日 - 北陸本線の長浜駅 - 敦賀駅間の直流電化により、新快速の当駅までの乗り入れ開始
  旧4番のりばを5番のりばに、旧5番のりばを4番のりばに変更(右写真:現在の4番のりば案内)
平成22(2010)年10月22日 - 仮駅舎使用開始
平成24(2012)年12月16日 - バリアフリー化工事完了。エレベーター、エスカレーターの使用を開始
平成26(2014)年4月5日 - 「敦賀駅交流施設オルパーク」開館
平成30(2018)年 - 駅ナンバリング導入予定

北陸本線・湖西線直流化工事:
北陸本線の長浜駅と当駅までと、湖西線の永原駅と近江塩津駅までの直流電化への変更が滋賀県と福井県が主導となって決まり、平成15(2003)年4月に工事協定を結び、同年10月26日に着工した。工事は平成18(2006)年9月23日深夜から9月24日未明にかけて行われた電気設備切替工事をもって完了し、同年10月21日から京阪神方面との新快速をはじめとする直流電車の直通運転が始まった。これにより、朝8時台の福井行き1本以外の普通列車は、当駅で系統が分断された。
従来は、北陸本線長浜駅 - 虎姫駅間と湖西線永原駅 - 近江塩津駅間にあったデッドセクションが、当駅北3.9km地点(北陸トンネル敦賀側坑口から200m)に移設された。
ちなみにこの直流電化事業は、平成15(2003)年完成の小浜線電化事業、計画中の琵琶湖若狭湾快速鉄道(リゾートライン)計画と共に「嶺南鉄道三点セット」と呼ばれている。
また敦賀市都市計画マスタープランによると、北陸新幹線敦賀駅駅舎整備事業と平行して現在工場と農地が広がる木の芽川右岸を開発、中高層の高度利用も考慮した住宅地および商業地を整備する計画が存在するようだが、具体化に至っていない。

駅舎改築計画とその後
完成から50年以上が経過し、一部で老朽化が進む駅舎について、バリアフリー化もあわせた改良が検討されてきたが、駅のホームが比較的軟らかい地盤の上にあることからエスカレータやエレベーターの設置が難しく、目に見える形で進んでいなかった。しかし、平成21(2009)年から翌22(2010)年にかけて敦賀市が事業主体となって駅舎改築が検討されていることが明らかになった。概要は以下の通り。
 駅舎を3階建てに改築し、改札口を3階に移動。跨線橋で各ホームにアクセス。
 駅舎は二代目駅舎(明治43(1910)年落成、昭和20(1945)年7月12日の敦賀空襲で焼失)をモチーフにしたデザインを中心に検討中。
 バリアフリー化は駅舎1階 - 3階と跨線橋 - 各ホームにエレベーターを設置する事で実現。
 駅舎を現地から30mほど南に移動(概ね市営駐車場の東側の位置)。
しかし、平成19(2007)年末頃から北陸新幹線の敦賀駅までの延伸を考慮し、「新幹線の状況が決まらない以上、駅舎改築には同意できない」とJR西日本が表明し、駅舎改築計画は事実上凍結された。その後、現駅舎を大規模リニューアルする案が浮上、平成20(2008)年11月25日に開かれた「敦賀駅周辺整備構想策定委員会」でその方針が明らかとなった。概要は以下のとおりである。
 中2階を新設、トイレを増設し、待合室を拡張。観光案内所も拡充へ。
 一部は中2階までの吹き抜け構造に。床面積は約1.5倍の1330平方メートルとなる。
 外観デザインは当初3案が存在。これに加え、先の改築計画でまとまった二代目駅舎をモチーフとした案を追加した。
 JR西日本のバリアフリー化工事は、幅4mの跨線橋を新設した上で各ホームとの間にはエレベーターと上りエスカレーターを新設。
 駅舎のうち、駅長室がある部分は現状のままとする。
費用は約6 - 8億円と見込まれ、平成21(2009)年度当初予算へ盛り込んでJR西日本が2009年度に着手するバリアフリー化工事と同時着手、2年の工期をめどに同時完成を目指すとしていた。その後、駅舎デザインに関して市民からの提案があり計画は少々延期されたものの、平成22(2010)年5月頃から仮駅舎を建設、10月22日に仮駅舎の使用を開始した。旧駅舎(待合室辺り)は解体された後、敦賀市が平成25(2013)年の完成予定で建設する。平成26(2014)年4月5日、「敦賀駅交流施設オルパーク」が開館した。
なお、これらのバリアフリー設備については平成24(2012)年12月16日に使用が開始された。

駅構造:
a0057057_2211266.pnga0057057_22115614.png
a0057057_2212348.png島式ホーム3面6線と切り欠きホーム1線、合計3面7線のホームを有する地上駅。駅舎は構内の西側にある。1・2番のりば(写真上段左)には小浜線、3 - 7番のりばには北陸本線の列車が発着する。
4番のりばは、5番のりばの新疋田方を切り欠いてある(上写真)ため、ホームの階段からさらに150mほど離れている。構造上は小浜線列車の発着も可能である。北陸本線の下り本線は3番のりば(上写真右)、上り本線は6番のりば(上写真左)であり、どちらも主に特急列車が使用している。小浜線の本線は1番のりばである。また、2番のりばは「小浜1番線」、4番のりばは「中1番線」、5番のりばは「中2番線」、7番のりばは「上り1番線」として扱われている。
平成18(2006)年9月24日に構内全域の電化方式が交流から直流に変更された。同年10月21日より、3番のりばの向かい側(旧4番のりば)が5番のりばに、切り欠きホーム(旧5番のりば)が4番のりばに変更された。
ホームは改札口やコンコースより高い位置に設けられている。その構造であるがゆえにホームの周囲(特に東側)に風を遮るものがなく、特に冬は寒風に晒されるという難点もある。
各ホームともカーブ状の線形に位置している。また、列車の通過速度は制限がかけられており、比較的速度を落とす。また、一部の特急電車は当駅でパンタグラフの昇降を行うほか、一部列車では乗務員の交代がある。当駅を通過する列車でも冬期に着氷の点検を行うときには運転停車を行い、ホームに待機している作業員が車両を点検、氷を落として発車する。客扱いを行う列車は乗降中に点検を行う。
小浜線が電化するまでは金沢・富山方面へ向かう特急列車が2番のりばに到着し小浜線と同一ホームで乗換えができたが、電化工事が始まった平成14(2002)年から、2番のりばを直流電化にするため、3番のりば発着になった。そのため、主に旧4番(現5番)のりばに発着していた上り特急列車も6番のりば停車に変更されている(ただし、当駅で機関車交換を行う上り寝台特急列車は5番のりばに停車していた)。
実際にホームの嵩上げが行われているのは、1・2・4番のりばのみであり、新快速も乗り入れ当初は4番のりば折り返しをメインにしていたが、現在は5番のりば折り返しの新快速が増えたため、福井方面の列車との乗り換えの利便性が高まった。
旅客駅としてはJR西日本敦賀地域鉄道部の直営駅であり、みどりの窓口が設置されている。

在来線:
1・2番のりば 小浜線 小浜・東舞鶴方面
3番のりば 北陸本線 下り 福井・金沢方面 特急・普通
4番のりば 北陸本線・湖西線 上り 大阪・米原方面 新快速・普通
5番のりば 北陸本線 下り 福井・金沢方面(主に普通)
 北陸本線・湖西線 上り 大阪・米原方面 新快速・普通
6番のりば 北陸本線・湖西線 上り 大阪・米原方面 特急
7番のりば 北陸本線・湖西線 上り 大阪・米原方面 新快速・普通
 北陸本線 下り 福井・金沢方面(一部の普通)
当駅から近江塩津方は近畿エリアの路線記号の適用対象であるが、当駅は金沢支社管内に含まれている関係で、平成27(2015)年3月14日改正時点でも構内の旅客案内に路線記号は取り入れられていない。
列車は北陸本線上り方面から1-5番のりばに、同下り方面からは5-7番のりばに、小浜線からは1・2・4・5番のりばに入線できる(ただし、4・5番のりばからの小浜線定期列車の停車設定はない)。
普通列車は時間帯によって停車するのりばに違いがある。新快速で4番のりば以外に停車するものがあり、福井方面からやってくる当駅止まりの列車の場合、時間帯によって7番のりばに到着するものもあれば5番のりばに到着する列車もある。このため、当駅止まりの上り列車から後続の上り特急列車に乗り換えようとする場合、前者は対面乗り換えが可能だが、後者は6番のりばへ回る必要がある。
小浜線の列車は主として1番のりばからの発車である。2番のりば発の定期列車は1本あるかないかという程度であり、到着後入庫する列車の降車用として使用されることが多い。
敦賀地域鉄道部敦賀運転センター車両管理室から小浜線ホームには直接入ることはできない。このため一度4番のりばに入線後、転線する必要がある。また、イベントなどで小浜線へ直通運転がある場合、4番のりばなど小浜線のホーム以外に入線することがある。

a0057057_22125640.png新幹線:
北陸新幹線の金沢 - 当駅間は平成35(2023)年に開業予定である。ホームの位置は国道8号のバイパスを跨ぐ関係上、高さは24m(8階建てのビルに相当)、現駅舎のホームまでの距離は約200mで計画されており、利便性に関して指摘されている。構造は2面4線で計画されている。

参考資料:Wikipedia(2017年1月29日)
記事:
 取材:28.10.12
 投稿:29.2.-8
[PR]
by fbox12 | 2017-02-07 22:13 | 鉄道・バス