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小旅行復活記念「黄泉がえりの熊野へ」 Vol.3・・いよいよ日本一の··

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小旅行復活記念 「黄泉がえりの熊野へ
Vol.1・・夜行バスで京都をめざす
Vol.2・・まっすぐ近鉄で・・行かない

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八木新宮線は、奈良交通の葛城営業所が担当している路線で、奈良県橿原市・大和高田市・葛城市・御所市・五條市・十津川村・和歌山県田辺市・新宮市を経由する。路線の全長は166.9km、停留所の数は167(八木駅、新宮駅を含む)を数え、全線の所要時間は約6時間半(途中の休憩時間を含む)を要し、現在運行されている高速道路を走らない一般路線バスとしては、走行時間・距離・停留所数の全てで日本一である。平成25(2013)年3月1日で運行開始から50周年を迎えた。

南北を約40kmにわたって通過する奈良県吉野郡十津川村では、地元住民の生活路線であり、村内では区間利用もかなりある。一方で、観光路線でもあるため、天辻峠・猿谷ダム・十津川温泉・湯の峰温泉・新宮高校付近などでは、音声合成による観光案内が流され、一部では運転手自らが観光案内をする場合もある。

「特急バス」としての運転は、「大久保口」 - 「十津川温泉」間で以下の”(イタリック書き)”の停留所を通過し、新宮市内で小さな停留所(熊野交通の停留所)に寄らないが、それ以外のほぼすべての停留所で乗降を扱う。
このバスの(路線バスとしての)停留所案内放送は、全停留所分が通常の「次は、○○です。」と「まもなく、○○です。」の二段階(始発や主要な停留所では全線案内もある)で、新宮駅に着いたときの運転手の話では、距離に応じ自動で流れるわけではなく、全て手動で行っているため、全線走行(全行程一人乗務)で実に330回以上の操作が必要となる。

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a0057057_1817881.pngまた、整理券番号は以前は 110 を超えていたが、現在は若干整理された。それでも最終で「109」まである(写真は「新宮駅」到着時のもの)。表示は1ページ 30区分までのため、全部を表示するには4ページにわたる(運転手が整理券番号を入力することで、当該番号のページへジャンプすることができる)。


a0057057_2131308.png八木駅(南)‐橿原市役所前‐医大病院前‐四条‐五井‐忌部‐国道曲川‐イオンモール橿原北‐今里東‐今里‐片塩町‐高田市駅‐栄町‐東中‐曽大根‐新庄‐北花内‐忍海‐忍海駅‐御所元町‐近鉄御所駅‐御所済生会病院‐御所橋‐御所幸町‐宮戸橋‐寺田橋‐小殿‐鳥井戸‐船路‐かもきみの湯‐風の森‐東佐味‐小山‐居伝町‐佳川‐国道三在‐宇野‐上今井‐栄山寺口‐今井‐五條バスセンター

橿原市内では停留所間距離が短く、完全に病院等の市内路線。

五條バスセンターは、五条市の国道24号沿いに設置されていて、奈良交通五條案内所、中南和旅行センターも同所にある。元奈良交通五條営業所で、新宿駅行夜行高速バス「やまと号」(関東バスとの共同運行)の始発地である。a0057057_2261174.pngJR五條駅(写真)よりも、このバスセンターの方が規模が大きい。
「イオン五條店」が併設されていて、八木新宮線新宮駅行きの最初の休憩場所(ここで約10分の休憩)であり、トイレはイオン店舗脇の場所を案内される。

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五條バスセンター‐五條駅‐五條町‐戎神社前‐大川橋南詰‐野原‐五條病院前‐霊安寺‐丹原‐上丹原‐生子‐老野‐老野南口‐神野‐賀名生和田北口‐賀名生和田‐賀名生和田農協前‐上和田‐大日川‐黒渕‐黒渕口‐城戸‐塩川原橋‐坂巻‐宗川野橋‐市原‐大久保口‐(金刀比羅神社口)‐下永谷‐永谷‐天辻‐星のくに‐下天辻‐(損保橋)‐阪本‐下阪本‐小代下‐猿谷‐辻堂口‐大塔支所‐辻堂‐辻堂南‐閉君‐宇井口‐宇井‐大塔温泉夢乃湯‐長鶴‐塩殿‐長殿発電所前‐旭橋‐小栗栖‐上野地

国道42号線から国道168号線に入り、丹生川沿いに南下、山間部へ向かう。
川も十津川になると、いよいよ日本で一番大きい村、「奈良県吉野郡十津川村」(下記参照)。

奈良県吉野郡十津川村は、奈良県最南端に位置する村で、面積 672.38 km²。東京23区全体の 621.98km² よりも大きい。
村の面積においては、北海道留別村・紗那村・留夜別村・蘂取村に次いで日本で5番目なのだが、これら4村は、いずれもロシアが実効支配する北方領土に存在するため、日本の施政権が及んでいる地域ではこの十津川村が“日本一の面積を持つ村”ということになる。実質公債費比率が奈良県内で最も低い市町村でもある。
新宮八木線のバス停留所でいうと、「塩鶴」から「七色」までが十津川村内を走行し、途中休憩があるが、所要時間は約2時間20分である。

a0057057_22302522.png新道が開通した個所は、旧道が災害により通行不可能な場合もあって、新しい区間を走行するが、十津川村内では、自社が運行管理をしている十津川村営バスが細かく補完をしているとはいえ、とにかく範囲が広く、点在する地域間はこの特急バスも路線バスの一部でとして立ち寄っていく。
そのためには、一旦、載った新道を降り、旧道を引き返して再び新道に戻るということを繰り返す。
a0057057_2247770.pngまた、停留所によっては、行き止まりの場所もあって、当然折り返す形になるのだが、その場所ではバスが方向変換をして折り返す。
(写真:カーブミラー側から来たバスが再びミラーの側へ戻る折り返しバック中のもの・・閉君(停))

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八木駅を出て3時間も過ぎる頃には、全行程の半分まで来たことになるが、この辺は山岳路線の真っただ中。小半径・狭隘区間も数多く、そのためバスも大型車ではあるが、一般の大型車より全長・ホイルベースとも0.9m短い短尺車が専用で使われている。
2回目の休憩停留所「上野地」が近づくと土産物屋などが立ち並ぶ集落があり、これまで、鉄製のつり橋としては日本一の長さを誇っていた「谷瀬の吊り橋」が右側に見える。
(長さでは、わが県の某観光用つり橋が日本一となったため、現在では「生活用のつり橋として日本一長い」とキャッチフレーズを変えている)。

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このつり橋の近く、上野地郵便局の横が「上野地(停)」(本来の停留所は道路上なのだが、すれ違いが出来ない道路幅のため、休憩時間の必要なバスなどは郵便局横の駐車場へバックで停める)で、バスは20分程度の休憩時間を取っているが、つり橋を行って帰って来るには時間的に無理がある(・・つり橋に人数制限があり、対岸まで行くのに20分の時間を要してしまう)。当日も、このつり橋を体験したいために、ここで下車した乗客が何人かいた。
a0057057_21131111.pngこの路線は、前売りの乗車券を持っていない乗客については、整理券後払い方式で運賃を収受する。運転手はあらかじめ乗車券等を提示した乗客は前払いであることを認識し、整理券を取り途中で下車する乗客からは乗車した停留所からの運賃を収受するが、この4月1日からは、この山間の路線でもSuicaなどのICカードが利用できるようになった。
地元のカード発行社内でもエリア跨ぎ区間では使えないカードが、(カード残額内ではあるが)遠く離れたこの場所で使えることに何か違和感みたいなものを感じてしまう。


上野地-下上野地‐月谷口‐河津谷‐高津‐高津下‐川津西‐川津‐(津越谷)‐(野広瀬)‐風屋‐滝川口‐風屋花園‐野尻‐野尻口‐岩村橋‐山崎大橋‐池穴南口‐小井‐上湯の原‐湯の原‐十津川村役場‐十津川小原‐滝‐(高滝口)‐今戸‐折立口‐折立‐折立山崎‐込の上‐下込の上‐豆市‐鈴入‐平谷口‐十津川温泉

a0057057_17462148.pngバスはさらに南下し、「十津川村役場」あたりは、それこそ村の中心部らしく、村役場・警察署・道の駅(「十津川郷」)等の施設がある。その先の「込の上」では県立十津川高校の女子生徒(八木駅から制服姿で乗っていた)が降り、代わりに男子生徒数人が乗ってきた。

奈良県立十津川高校(写真)は、元は私塾の「文武館」で、江戸時代末期の元治元(1864)年6月、孝明天皇の内勅により創立された奈良県で一番歴史のある県立高校である。通学が困難な場所でもあるため、同高校には寮もある。
バスに乗車したときは夏休み中だったため、推察するに女子生徒は、八木駅の側へ帰省か何か用向きがあり、寮へ戻ってきたのかもしれない(確か運賃が3,000円を超えていたので、通常の通学とは考えにくい)。
逆に、乗って来た男子生徒は、途中でほとんど降りてしまったことからみると、多分、村内から通学(このときは部活だったか?)しているのだと思う。
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そうこうしているうちに、十津川の川幅が広くなり一見すると湖の様に見える場所に到着。最後の休憩地「十津川温泉」で、ここで約10分の休憩である。
「十津川温泉」は、奈良交通の十津川営業所があり、運行を受託している十津川村営バスも多く駐車していた。


十津川温泉-蕨尾‐ホテル昴‐櫟砂古‐桑畑小井‐果無隧道口‐桑畑‐桑畑隧道口‐二津野‐七色‐土河屋‐八木尾‐熊野萩‐三里橋‐竹の本‐道の駅奥熊野‐平岩口‐大居口‐下向橋‐祓所団地前‐本宮大社前‐本宮行政局前‐大斎原前‐熊野本宮‐湯の峰温泉‐下湯の峰‐下湯川‐将監ノ峯‐渡瀬‐渡瀬温泉‐川湯温泉‐かめや前‐ふじや前‐本宮小学校前‐成石‐請川‐下地橋‐高津橋‐大津荷‐宮井大橋‐志古‐日足‐神丸‐新宮高校前‐権現前‐新宮駅

「ホテル昴」経由は最近開設されたものだが、新宮駅5:53発大和八木駅行きの便は経由しない。
「七色」のバス停を過ぎると、運転手から「和歌山県に入った。」旨の放送があり、奈良県を離れ、停留所名にも「熊野」が出て来る。
a0057057_21341383.pngそして、「十津川温泉」から45分、バスは「本宮大社前」に到着した。

「本宮大社前」では、熊野三山の一つ、「熊野本宮大社」参拝のため、これまで八木駅から延々乗って来たバスを降りる。

バスや列車でいわゆる「完乗」を目指す場合、途中で降りず、起点から終点まで乗り通さなければ「完乗」とはいわない場合もあるらしいが、今回の八木新宮線乗車については、あくまでも熊野詣の移動手段であり、上記でいう「完乗」にはことさらこだわってはいない。
それでも、八木新宮線のバスには空白区間を発生させず全線に乗車したいので、この「本宮大社前」から区間運行のバスには乗らずに2時間後の次の便に乗車した(公式ではないが、これまでの休憩時間の様なものと解釈してもらえれば幸いである)。

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 熊野本宮大社については、神社の項にいずれ出す予定。

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a0057057_22114677.png熊野本宮大社へ参拝のあとは、次のバスを待つ間、本宮の旧社地大斎原へ行き、「本宮大社前(停)」がある「世界遺産熊野本宮館」へ立ち寄った。
この館に胸像が展示されていた、本宮町生まれの山本玄峰師(昭和20(1945)年、終戦の詔勅にある「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言したり、天皇を国家の「象徴」と定義する(象徴天皇制)よう発案するなど、鈴木貫太郎首相などの相談役なども努めた禅僧)は、当地の龍澤寺の住職で、その龍澤寺で96歳で亡くなっている。

「本宮大社前」を出たバスは、そのまま「新宮駅」を目指すのかと思いきや、狭い山間地へ入っていき、停留所名にもある通り、今度は温泉場巡りをしていくのである。
そして「神丸」を過ぎ、次は「新宮高校前」。いよいよ、「新宮駅」も近くなのかと降りる支度をはじめるのだが、山道が続きなかなか「・・高校前」に着かない。
運賃表を見ると、107番(「神丸」の発券番号)の初乗りは850円。「神丸」-「新宮高校前」間は所要時間約25分を要した(上の方の運賃表写真でも 107 と108 の運賃差が大きいのが判る).

そして、市街地に入り「新宮高校前」を過ぎると、残りは「権現前」のみ。ここは、「熊野速玉大社」最寄りの停留所なので、翌日参拝する「速玉大社」へのアプローチを考えつつ、そのまま約5分でついに「新宮駅」に到着した。

a0057057_22162324.png近鉄の八木駅を9:15に出て、新宮駅には18:21着。そのまま通しで乗っていても6時間半のところ、途中で本宮大社へ寄って、プラス2時間なのだから総所要時間約10時間。
不思議に疲れは感じず、もう一度乗ってみたいような感覚だった。それは、確かに路線バスではあるが、観光バス的な要素も多く、乗っていて飽きない何かがあったからだと思う。

「新宮駅」までの運転手は、奈良からの仕業で新宮泊まりなのかと思って聞いたところ、本人は、新宮の人間で、逆に奈良へ行く時が泊まりだそうだ。
(乗車日:平成28(2016)年8月16日)


a0057057_1726953.pngVol.4・・新宮で一泊、再び新宮へ
Vol.5・・新宮から帰宅(この項完結)

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by fbox12 | 2016-10-08 15:12 | 旅行記