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141 土樽駅 (JR東日本)

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つちたる

所在地:新潟県南魚沼郡湯沢町大字土樽
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・上越線
電報略号/事務管コード:タル/301206

概要:

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土樽の名前を持つが、旧土樽村の中心部は現在の越後中里駅付近に当たり、駅周辺に人家はない。付近にある東京発電の水力発電所・土樽発電所(7,000キロワット)は昭和49(1974)年に無人化されている。上り線ホームの横を関越自動車道が通っており、当駅の東に土樽パーキングエリアが置かれているが、駅周辺の一般道は関越自動車道の東隣に、中央線(センターライン)も引かれていない農道のような道があるのみ(ただし路線バスが通っている)で、そこから駅に入る枝線にも「土樽駅入り口」などの掲示さえなされていない。
当駅は、東京側から望むと、清水トンネルを出てすぐの位置にあり、川端康成の『雪国』でもトンネルを出た後はじめに汽車が停車する「信号場」として登場する。実際に作品の書かれた当時は信号場であったが、冬季にはスキー客の利用を見込んで仮乗降場扱いで客扱いをしていた。
上越線は当駅(正確には上り線の清水トンネル高崎側出口付近)から宮内駅(信越本線と接続)までが新潟支社管轄である。
かつて、上越線の敷設工事が行われた際は、この付近の難所(清水トンネル、松川ループ線)に備え、現在の当駅の近くまで湯沢から延長約16kmの軽便鉄道線が敷設されていた。

歴史:
a0057057_16592612.png昭和6(1931)年9月1日 - 鐵道省上越線 水上 - 越後湯沢間開通時に、土樽信号場として開業。
昭和8(1933)年12月8日 - スキー季節中に限り、旅客営業を開始。
昭和16(1941)年1月10日 - 駅に昇格、土樽駅となる。旅客駅。
昭和20(1945)年12月15日 - 貨物の取扱を開始(一般駅となる)。
昭和36(1961)年10月1日 - 貨物の取扱を廃止(旅客駅に戻る)。
昭和59(1984)年2月1日 - 荷物の取扱を廃止。
昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
駅構造:

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丘陵地の東斜面に位置する地上駅。相対式ホーム2面2線を持つ。駅舎は上り線側にあり、両ホームは跨線橋で連絡している。越後湯沢駅管理の無人駅。
かつては、相対式ホーム(副本線)および通過線(本線)を持つ2面4線の構造であったが、平成20(2008)年6月3日から26日までホームの改築が行われた際に副本線が廃止となり、本線上にホームが設置された現在の構造となった。工事期間中は全列車が通過し、越後中里駅と当駅の間でバスやタクシーによる代行輸送が行われた。

のりば:

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 駅舎側ホーム(上写真右) 上越線 上り 水上・高崎方面
 反対側ホーム(上写真左) 上越線 下り 越後湯沢・小出・長岡方面
 ※案内上の番線番号は設定されていない。

バス路線:
徒歩数分で南越後観光バス「蓬橋」停留所があり、越後湯沢駅までのバスが1日数本出ている。
「土樽」バス停もあるが、駅からは1km近く離れている。
バスで群馬県方面へ行くことはできない。


出典・参考:Wikipedia「土樽駅」(2016年9月12日最終更新)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%A8%BD%E9%A7%85
参考:「停車場一覧 日本国有鉄道編(昭和41年3月1日現在)」停車場一覧刊行会

現地取材:19.8.14/28.8.27
記事投稿:29.9.-8
  調整:29.9.-9

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by fbox12 | 2017-09-09 13:59 | 鉄道・バス