fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

夕張鉄道株式会社

a0057057_1040444.png概要:
夕張鉄道は、北海道炭礦汽船(北炭。以前の北海道炭礦鉄道)が同社の事業用資材や石炭を輸送する目的で大正13(1924)年に設立された。
大正15(1926)年に開業した夕張鉄道線では旅客サービスにも力を入れ、昭和27(1952)年に気動車を導入、さらに翌年には北海道初の液体式気動車を導入した。昭和36(1961)年には日本国有鉄道(国鉄)の準急夕張に対抗して急行列車を運行した。気動車による札幌駅までの直通運転を計画し、当時の国鉄に気動車の寄付を前提に札幌への乗り入れを要請するも、国鉄に断られた逸話も残されている。また、錦沢駅に開設した錦沢遊園地は、夕張随一の行楽地として賑わった。
昭和37(1962)年頃より、石炭産業の衰退により沿線の炭礦で合理化や閉山が進み、貨物輸送が減り始めた。加えてバス路線の整備やマイカーの普及、閉山による人口の減少に伴い旅客輸送も激減し、昭和46(1971))年11月には鹿ノ谷 - 夕張本町間の鉄道営業と鹿ノ谷 - 栗山間の旅客営業を廃止した。残された野幌 - 栗山間も昭和49(1974)年3月末をもって旅客営業を休止し、親会社の北海道炭礦汽船に譲渡した。夕張鉄道線は昭和50(1975)年3月末、沿線で最後まで操業していた北炭平和炭鉱の閉山に伴い、全線が廃止された。

バス事業:
バス路線は鉄道の培養路線として昭和27(1952)年夕張 - 栗山間で運行開始、その後上江別(後の北海鋼機前)・札幌大通間を開業、鉄道とバスの複合輸送により札幌乗り入れを実現した。昭和38年(1963)年には夕張市内各線や札幌急行線を運行する夕張バス株式会社を吸収合併し、急行岩見沢線等を開業。以降、鉄道旅客のバスへの転換が進んだ。一時期は夕張・江別市内でハイヤー・タクシー事業にも進出し、千歳バス(千歳相互観光バスの前身)や支笏湖観光バス、新星札幌バスとも関係が深かった。

沿革:
大正13(1924)年1月19日 - 夕張鐵道設立
大正15(1926)年10月14日 - 夕張鐵道線 栗山 - 新夕張(後の夕張本町)間開業
昭和5(1930)年11月3日 - 夕張鐵道線 野幌 - 栗山間開業
昭和25(1950)年4月1日 - 夕張乗合自動車(後の夕張バス)設立
昭和27(1952)年8月1日 - 夕張鉄道、夕張 - 栗山間一般乗合旅客自動車営業開始
昭和31(1956)年9月20日 - 同上江別 - 札幌間一般乗合旅客自動車営業開始
昭和38(1963)年10月1日 - 夕張バスを夕張鉄道に吸収合併
昭和46(1971)年11月15日 - 夕張鉄道線 鹿ノ谷 - 夕張本町間廃止、栗山 - 鹿ノ谷間の旅客営業廃止
昭和49(1974)年4月1日 - 夕張鉄道線全線旅客営業休止。同線を北海道炭礦汽船に譲渡
昭和50(1975)年4月1日 - 夕張鉄道線 野幌 - 鹿ノ谷間廃止
平成元(1989)年9月11日 - 夕張市若菜に、従来の若菜ターミナルに代わって夕鉄本社ターミナル設置
このころ、札幌急行線利用者にターミナル併設の駐車場を提供するサービス開始(パーク&ライド)
平成19(2007)年5月1日 - 石炭歴史村バスターミナルへの乗り入れ廃止、起終点を「社光」に一本化
平成22(2010)年4月1日 - 夕張市の中学校統合に伴い、市内路線を再編


(参考資料:Wikipedia 平成28(2016)年4月15日更新)
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by fbox12 | 2016-04-22 10:40 | 鉄道・バス