fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

61 春日大社 奈良県奈良市鎮座

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a0057057_1637383.pnga0057057_20281038.png
上の御朱印は、第六十次式年造替の外遷宮を記念して、御假殿参拝用として謹製されたもの。
円形、「春日大社」の周りにゆかりの深い藤巴紋、更にその外側に「第六十次式年造替 拝御假殿」と巡らせている特別なもの。
平成28年11月6日の本殿遷座祭までの期間限定。

a0057057_20401162.png鎮座地:奈良県奈良市春日野町160
社名よみ:かすがたいしゃ
祭神:春日神(武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神の総称)
社格等:式内社(名神大)、二十二社(上七社)、旧官幣大社、勅祭社、神社本庁別表神社

a0057057_15521581.png由緒:
春日大社は、中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために768年に創設され、旧称は春日神社。神紋は「下がり藤」。
全国に約千社ある春日神社の総本社である。武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とする。ユネスコの世界遺産に「古都奈良の文化財」の一つとして登録されている。

歴史:
奈良・平城京に遷都された和銅三(710)年、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山(みかさやま)に遷して祀り、春日神と称したのに始まるとする説もあるが、社伝では、神護景雲二(768)年に藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。
藤原氏の隆盛とともに当社も隆盛した。平安時代初期には官祭が行われるようになった。当社の例祭である春日祭は、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに三勅祭の一つとされる。嘉祥三(850)年には武甕槌命・経津主命が、天慶三(940)年には、朝廷から天児屋根命が最高位である正一位の神階を授かった。『延喜式神名帳』には「大和国添上郡 春日祭神四座」と記載され、名神大社に列し、月次・新嘗の幣帛に預ると記されている。
藤原氏の氏神・氏寺の関係から興福寺との関係が深く、弘仁四(813)年、藤原冬嗣が興福寺南円堂を建立した際、その本尊の不空絹索観音が、当社の祭神・武甕槌命の本地仏とされた。神仏習合が進むにつれ、春日大社と興福寺は一体のものとなっていった。十一世紀末から興福寺衆徒らによる強訴がたびたび行われるようになったが、その手段として、春日大社の神霊を移した榊の木(神木)を奉じて上洛する「神木動座」があった。
明治四(1871)年に春日神社に改称し、官幣大社に列した。昭和二一(1946)年十二月に現在の春日大社に改称した。

境内:
a0057057_20355269.png本殿は春日造で四棟並んで立っており、第一殿に武甕槌命、第二殿に経津主命、第三殿に天児屋根命、第四殿に比売神が祀られている。拝殿はなく、一般の参拝者は幣殿の前にて、初穂料を納めて特別拝観を申し込んだ場合は本殿前の中門から参拝することになる。

a0057057_21134813.png摂末社:広大な境内には多数の摂末社がある。以下に挙げるのは代表的なもの。

若宮神社
 祭神:天押雲根命(比売神の御子神)
 本殿の東側に所在。
十二社
 若宮神社・夫婦大国社を始めとし、本殿東側に所在。「福の神十二社めぐり」として古来より崇敬を集める
榎本神社
 祭神:猿田彦大神 - 祭神は当地の地主神であり、元々この地で祀られていた神であるとされる。中世までは巨勢姫明神とされていた。
 式内社。本殿廻廊の西南隅に所在。
祓戸神社
 祭神:瀬織津姫
 貮之鳥居横に所在。参拝者はここでまず身を清めてから参拝するのが習わしとなっている。『南安曇郡誌』の記述などから、本殿第四殿に祀られている比売神とは、もともとは瀬織津姫のことであったとする説もある
一言主神社
 祭神:一言主大神
 本殿の西南側に所在。平安時代初期に興福寺境内に創建されたものを遷す。
金龍神社
 祭神:金龍大神
 本殿の東側に所在。後醍醐天皇ゆかりの神社であり、「禁裡殿」とも呼ばれる。
a0057057_2164521.png総宮神社
 祈禱所の駐車場側に所在。

a0057057_17271235.pngこの神社最寄の駅・バス停:
近鉄奈良およびJR奈良駅から奈良交通バス「春日大社本殿」行き終点「春日大社本殿」
奈良交通バス(市内循環外回り)「春日大社表参道」下車、徒歩約10分。

参考資料:Wikipedia(2016年3月9日)
記事:
 取材:28.3.-6/-7
 投稿:28.3.11
 調整:28.11.30

境外末社
a0057057_16482055.png61-12 手力雄神社

鎮座地:奈良県奈良市橋本町39
社名よみ:たじからおじんじゃ
祭神:手力雄命(たじからおうのみこと)

由緒・歴史:
古くはこの地に楊柳の大木があったと伝わり、奈良坊目拙解には以下のように記されている。

有楊柳大木手力雄社内 枝葉繁茂而覆道路 謂手力雄柳 近世大風折損過半 今僅存株餘焉

奈良三条通北側東端築地の上にあり、後方は築地塀を挟んで興福寺会館となる。
明治28(1895)年6月、三条通の拡幅時に、奥行き一間六分が切り縮められ道路に編入された。同年8月、石壇整備などを進め、社殿も少々移転した。

参考資料:Wikipedia(2016年8月2日)
記事:
 取材:28.3.-7
 投稿:28.11.30
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by fbox12 | 2016-11-30 15:56 | 神社