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077 新橋(しんばし)駅 (JR東日本/東京メトロ/都営地下鉄/ゆりかもめ)

a0057057_1673169.pnga0057057_2191695.png概要:
新橋駅は、東京都港区にあり、JR東日本など4社局の路線が乗り入れる。
所在地は、ゆりかもめの駅が東新橋一丁目、その他の駅が新橋二丁目である。
JR山手線・京浜東北線・東海道線のホームは高架部に、横須賀線のホームは東口地下にある。また、東京メトロ銀座線のホームは駅北側の地下に、都営地下鉄浅草線のホームは駅東側の地下に、ゆりかもめのホームは東口駅前広場の高架上にある。


77-1 JR東日本
a0057057_2145532.png所在地:東京都港区新橋二丁目17
所属・路線:東日本旅客鉄道株式会社・東海道本線
電報略号:シン

概要:
JR東日本の駅に乗り入れている路線は、例によって線路名称上は東海道本線1路線のみであるが、当駅には東海道(本)線(上野東京ラインを含む)の列車の他、電車線を走る京浜東北線電車および山手線電車が停車する。
ただ、昼間時は京浜東北線の電車がすべて快速運転するため、当駅には停車しない。また、当駅はJRの特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。


歴史・年表
1872年10月14日(旧暦、明治5年9月12日) - 新橋驛(初代)が開業。
-初代新橋驛(後の汐留驛) - 横濱駅(現・桜木町駅)間に日本初の鉄道が正式開業する際に起点駅として開設された。なお、1872年6月12日(旧暦、明治5年5月7日)に品川駅 - 横濱駅間は仮開業していた。その後、明治22(1889)年7月1日には東海道本線が神戸驛まで全通し、国土の重要幹線に於ける東京側のターミナル駅として、東京驛の開業まで重要な役目を担うこととなった。明治33(1900)年に大和田建樹が作詞した「鉄道唱歌」では、「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として」と歌われた。

明治42(1909)年12月16日 - 烏森(からすもり)驛が仮本屋にて開業。旅客営業のみの旅客駅
-烏森驛は現在の山手線に相当する電車専用駅であった。開業に遅れて竣工した初代の駅本屋は、辰野葛西建築事務所が設計した万世橋駅を参考に鉄道院が設計したルネサンス様式煉瓦造りであった(大正3(1914)3月30日竣工)。その後関東大震災で内部を焼失する被害にあったものの、構体そのものの被害は軽微であったことから屋根部分の改修で戦後まで使用された。

大正3(1914)年12月20日 - 東京驛開業により、新橋驛(初代)を汐留驛に、烏森駅を新橋驛(二代目)に改称
-東京驛完成により東海道本線の起点が変更され、それまでの烏森驛を新橋驛に改称して現在に至るとともに元の新橋驛は汐留驛に改称され、荷物列車と貨物列車の専用駅となった。

昭和43(1968)年10月1日 - 荷物取り扱いを廃止

a0057057_1693495.png昭和51(1976)年10月1日 - これまで東海道線と共用していた横須賀線のホームを地下に新設。
-東海道線・横須賀線が分離され、横須賀線列車は地下ホーム発着となる。新設当初は総武快速線からの品川行き列車が停車していた。
大正3(1914)3月30日竣工煉瓦造りの初代駅舎は、上記地下ホームの建設に支障をきたすことから、このとき撤去された。

昭和62(1987)年4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。

昭和63(1988)年3月13日 - 京浜東北線の快速運転開始に伴い、日中は同線が通過するようになる。

平成13(2001)年11月18日 - ICカードSuica供用開始

平成25(2013)年(平成25年)4月21日 - 東海道本線プラットホーム拡幅工事が完了
-上野東京ライン開業後は東海道本線の乗降客数が増加すると見込まれるため、平成25(2013)年2月22日から東海道本線のホーム拡幅工事が実施された。上り線を約400メートルに渡って最大0.78メートル西側へ移設してホームの拡幅を実施した。

平成27(2015)年3月14日 - 上野東京ライン開業により、宇都宮線・高崎線・常磐線列車の乗り入れを開始

駅構造:
a0057057_1681787.png高架部に東海道線・山手線・京浜東北線の島式ホーム3面6線と、地下に横須賀線の島式ホーム1面2線を有する。横須賀線のホームは、東京寄りの4両分をシールド工法で、それ以外の11両分を開削工法で建設した。横須賀線ののりば番号は、地上ホーム番線からの通し番号(7・8番線)ではなく、1番線から振り直している。ホームは曲線部に位置しているため、いずれのホームも立ち番の駅員が常駐する。
改札は日比谷口・銀座口・烏森口・汐留口の4か所である。改札内コンコースと各ホームを連絡するエスカレーターが設置されている。ただし、山手線内回り・京浜東北線大宮方面ホームのエスカレーターは日中帯はすべて上り(ホーム方向)運転で、下り(コンコース方向)運転は平日朝の通勤時間帯のみとなっている。また、横須賀線のホームと連絡するエレベーターも設置されているが、通常は荷物運搬用として利用されている。
烏森口改札内コンコースの一部には途中に階段が設置されている。3・4番線ホームの浜松町寄りに、「一声園」と称するミニ庭園が設置されている。
横須賀線ホームへ通じる駅改札内地下通路の、ちょうど東海道新幹線の高架下にあたる部分はJR東海の敷地であり、東海キヨスクが管理・運営するベルマート及び飲料水自動販売機が設置されている。
平成22(2010)年9月に駅施設のリニューアルが発表され、同年11月から工事に着手した。平成28(2016)年度までの完成を予定している。その内容は次の通り。
 南北の改札内コンコースを一体化して拡幅、ホームとを連絡するエスカレーターの増設、乗客用エレベーターの新設
 日比谷口・銀座口の改札口を1か所に集約
 南北の改札内コンコースに各1か所設置しているトイレを北側に移設・集約
 高架橋の耐震補強・改築工事
 山手線・京浜東北線・東海道線ホームの上屋を撤去し、大屋根を設置
なお、平成24(2012)年度から本格的に設置を進めている山手線ホームへのホームドア設置は、リニューアル工事の完了後に行われる予定である。

のりば:
地上ホーム
1番線 東海道線下り 品川・横浜・小田原・熱海方面
2番線 東海道線上り(上野東京ライン含む) 東京・上野・大宮・宇都宮・高崎・水戸方面
3番線 京浜東北線南行 品川・蒲田・横浜方面
4番線 山手線外回り 品川・渋谷・新宿方面
5番線 山手線内回り 東京・上野・池袋方面
6番線 京浜東北線北行 東京・上野・大宮方面

地下ホーム
1番線 横須賀線下り 品川・横浜・鎌倉・逗子・横須賀・久里浜方面
2番線 横須賀・総武線(快速)上り 東京・船橋・千葉・成田空港方面

京浜東北線の快速は当駅を通過する。この時間帯に同線を利用する旅客は当駅から山手線に乗車し、大宮方面へは東京駅、大船方面へは浜松町駅で乗り換える必要がある。当駅は列車線である東海道線の普通と快速が停車し、電車線である京浜東北線の快速が通過する形態をとっている。

77-2 東京メトロ
a0057057_10263879.png所在地:東京都港区新橋二丁目17-5
所属・路線:東京地下鉄株式会社・銀座線
駅番号:G08

a0057057_1105618.png歴史:
昭和9(1934)年6月21日に東京地下鐵道の駅が開業した。元々は現在の都営浅草線が走っている品川駅方向に向かって計画されていたが、建設当時には渋谷駅方面を目指して計画が変更されており、それに沿って建設された。
昭和14(1939)年1月15日には同駅から建設していた東京高速鐵道の駅が開業した。同社は東京地下鐵道の規格に合わせて建設されており、昭和10(1935)年には直通運転の協定を結んでいたものの東京地下鐵道側の準備が整わなかったことから、同年9月16日に相互乗り入れを開始するまでの8ヶ月間、東京高速鐵道側で独自に建設した駅ホームを使用していた。
なお、この東京高速鐵道の新橋驛ホームは同社と東京地下鐵道の不仲により、東京高速鐵道側がやむを得ず急遽建設したホームとして言及される事例があるが、実際には昭和11(1936)年5月に地下鐵道・高速鐵道双方が合意して結んだ施工協定に基づき、東京高速鐵道側が自社線の列車の一部を折り返させるホームとして、予め計画して工事を行なっていたものである。
その後、両社は昭和16(1941)年9月、陸上交通事業調整法に基づく戦時下の交通事業統制によって帝都高速度交通営団(営団地下鉄)に統合されるが、運行体制を引き継いで現在に至る。当時の東京高速鐵道のホームは撤去されずに留置線として利用されている(「駅構造」参照)。このホームは現行の銀座線電車の床面より15センチ程高くなっている。なお、東京メトロによると、東京高速鐵道時代の新橋驛の設計図などは現存していないため、東京高速鐵道新橋驛の正確な駅構造は不明とされている。そのため、駅の構造や車両の大きさなど基本的な部分は変わっていないにも拘らず、なぜ新橋驛だけ電車の床面よりホームが高くなっているのかは判明していない。
昭和20(1945)年1月27日に連合国軍機の空襲を受け銀座驛の水道管が破裂し新橋驛-日本橋驛間のトンネルが浸水したため、新橋驛-渋谷驛間で折り返し運転を行うこととなった。翌21(1946)年1月に全面運行が再開された。
平成25(2013)年現在使用されている東京地下鐵道のホームは、日本橋驛の銀座線ホームと同様に島式ホームであったが、利用客の増大により昭和55(1980)年から混雑緩和のためホームを分離させ、従来のホームを渋谷方面とし、浅草方面に単式ホームを新設してこれに割り当てている。なお、虎ノ門寄りには島式ホーム時代の浅草方面の駅名標が残されている。
平成14(2002)年には乗り心地の改善と保安度の向上のため、新橋駅浅草方の道床更新・曲線改良をし、それに伴ってホームの拡幅工事が必要となったことから、8月25日の始発から午前8時50分まで銀座駅 - 溜池山王駅間を運休させた。
営団地下鉄の駅は平成16(2004)年4月1日の民営化に伴い、東京メトロの駅となって、現在に至る。

駅構造:
単式ホームが2つある、変則相対式ホーム2面2線を有する地下駅。以前は島式ホームであった。このホームは、現在の銀座線を浅草側から開業・延伸していった東京地下鐵道時代に終着駅として使われていたものを改良したものである。
渋谷方面から当駅に到着する直前に2本の留置線がある。これは現在の銀座線を渋谷側から開業・延伸していった東京高速鐵道の駅で、開通1年足らずの間だけ使用された頭端式ホームの形態(有効長は2両分)であった。「高速」と「地下」の直通運転後は旅客営業では使用されなくなり、後にホームの一部が業務用の会議室や通路などに転用されたが、一部は当時のままで残存している。現在は留置線となっており、翌朝の虎ノ門始発電車が2本夜間留置される。この施設は通常東京メトロ社員や関係者のみしか立ち入ることができないが、時たま行われる各種イベントなどで一般に公開されることがあり、テレビ番組でも何度か取り上げられた(入り口は8番出口への通路の途中にある)。鉄道ファンなどの間では「幻の新橋驛」の通称で知られている。
エスカレーターは1番線の虎ノ門寄りと2番線の銀座寄りに、エレベーターは両ホームの中央にあり、それぞれ改札内コンコースと連絡している。また、4番出入口付近にエレベーター専用出入口が設置されている。
7番出口から先、公共地下通路(内幸町地下通路)につながる入口がある。また、7・8番出口に近い渋谷寄りの改札は渋谷方面行の1番線ホームへ直結している。

のりば:
1番線 銀座線 赤坂見附・渋谷方面
2番線 銀座線 銀座・浅草方面


77-3 都営地下鉄
a0057057_112767.png所在地:東京都港区新橋二丁目21-1
所属・路線:東京都交通局・都営浅草線
駅番号:A10

a0057057_11572712.png歴史:
昭和35(1960)年12月4日に押上駅 - 浅草橋駅間が開業した都営浅草線は、昭和38(1963)年12月12日に当駅まで延伸開業した。当時は1号線を名乗っていたが、昭和53(1978)年7月1日に現在の路線名に改称した。
なお、昭和38(1963)年2月28日の人形町駅 - 東銀座駅間の開業時より汐留信号所(初代)として先行使用を開始していた。これは、当駅周辺の土地確保が難航したことなどにより、当初の予定が変更されたためで、この信号所は、東銀座駅発着列車の折り返しのために使用されていた。

駅構造:
相対式ホーム2面2線を有する地下駅で、新橋駅務管理所の所在駅であり、浅草線の大門駅 - 押上駅間の各駅を管理している。
当駅と大門駅の間には大江戸線汐留駅とを結ぶ汐留連絡線があり、大江戸線の車両を馬込車両検修場へ回送する時に使用される。なお、この連絡線にはE5000形電気機関車も留置されている。また、大門寄りに非常用の渡り線が設置されているが、昭和43(1968)年6月21日に浅草線が大門駅から泉岳寺駅まで延伸するまでは当駅 - 大門駅間が単線運転だったため、この渡り線が活用されていた。かつては東銀座寄りにも渡り線が存在し、上記汐留信号所(初代)時代から使用されていたが、現在は撤去されている。
エスカレーターは東銀座寄り改札口とホームを、エレベーターは大門寄り改札口とホームを連絡している。

のりば:
1番線 都営浅草線 西馬込・京急線・羽田空港方面
2番線 都営浅草線 押上・京成線・北総線・成田空港方面


77-4 ゆりかもめ
a0057057_145713.png所在地:東京都港区東新橋一丁目5-13
所属・路線:株式会社ゆりかもめ・東京臨海新交通臨海線
駅番号:U-01

a0057057_14172666.png歴史:
平成7(1995)年11月1日の開業当時、当駅は現在の汐留シティセンターと日本テレビタワーの中間に位置した相対式ホーム・2面2線の仮設駅となっており、分岐器もカーブを曲がった先、汐留駅の手前に設置されていた。平成13(2001)年3月22日に仮設駅より少し西へ移動し、現在の駅が開業した。仮設駅のあった場所には新たな分岐器が設置され、元の分岐器は使用停止となっているが、現在も軌道跡が残っている。

駅構造:
島式ホーム1面2線を有する高架駅。駅下を国道15号(第一京浜)が横断する。改札口はエスカレーターと階段を上がった先にある。駅ごとの伝統文様は新橋色の柳縞文様である。JR駅舎前の出入口に、ウィング新橋への直通エスカレーターと案内所が設置されている。

のりば:
1・2番線 ゆりかもめ 台場・国際展示場正門・豊洲方面


バス路線:
東口ターミナルの新橋駅前停留所には、都営バスの他に深夜急行バスが発着する。
都01・渋88系統は外堀通り沿いにある新橋駅北口停留所での乗降も可能で、実際に乗り降りする客はこちらの方が多い。また、深夜の駅前周辺の交通事情から深夜01系統は北口停留所までの運行となり、ターミナルまでは客扱いを行っていない。また、橋63系統は北口停留所に停車しない。
なお、業10系統のとうきょうスカイツリー駅・深川車庫方面は新橋一丁目交差点北側(銀座線3番出口付近)の新橋停留所から発車するが、20時以降は駅前ターミナルから発車する。
都06系統においては、国道1号沿いの新橋駅前終点停留所においての下車の他、ターミナルまでの乗車も可能である。
平成22(2010)年3月24日からは、駅前に港区コミュニティバス「ちぃばす」が乗り入れるようになった。

新橋駅前
 都営バス(東京都交通局)
 [都01] 溜池・赤坂アークヒルズ・六本木駅・青山学院中等部経由 渋谷駅行 - 一時期に急行01系統が存在していた時期があった。
 [市01] 国立がんセンター・築地中央市場循環(築地中央市場を経由しない国立がんセンター循環の便もあり) - 以前は築地中央市場行を市01甲系統、朝日新聞社前循環を市01乙系統として運行していた。
 [都06] 大門駅・麻布十番駅・古川橋・天現寺橋経由 渋谷駅行
 [業10] 銀座四丁目・豊洲駅・木場駅・菊川駅経由 とうきょうスカイツリー駅行/銀座 ・豊洲駅経由 深川車庫行(20時以降のみ運行)
[橋63] 国会議事堂・永田町・市ケ谷駅・牛込柳町駅・新大久保駅・大久保駅経由 小滝橋車庫行
[橋86] 御成門・神谷町駅・広尾橋経由 目黒駅行(※平日および土曜朝夕のみ運行) - 平成12(2000)年12月11日までは日本橋三越まで運行されたため、第一京浜上に停留所が設けられていた。
 [渋88] 神谷町駅・六本木駅・南青山五丁目経由 渋谷駅行

 港区コミュニティバス『ちぃばす』(フジエクスプレス)[芝ルート] 虎ノ門二丁目・港区役所・浅草線三田駅前経由 田町駅東口行

 京成バス
  深夜急行バス:新浦安駅経由 サンコーポ西口行
  深夜急行バス:新浦安駅・海浜幕張駅・検見川浜駅・稲毛海岸駅・稲毛駅経由 千葉駅行
  深夜急行バス:新浦安駅・行徳駅・下総中山駅入口・西船橋駅・行徳団地経由 桐畑行

 ちばグリーンバス
  深夜急行バス:船橋駅・津田沼駅・八千代台駅・勝田台駅・ユーカリが丘駅・京成臼井駅経由 京成佐倉駅行
  深夜急行バス:津田沼駅・八千代台駅・勝田台駅・ユーカリが丘駅・京成臼井駅・公津の杜駅経由 JR成田駅行 

 成田空港交通
  深夜急行バス:西船橋駅・鎌ヶ谷大仏駅・千葉ニュータウン中央駅・印旛日本医大駅・JR成田駅・京成成田駅経由 成田空港行 ※毎日運行
  深夜急行バス:金町駅・松戸本町(松戸駅入口)・新松戸駅、常盤平駅・五香駅・六実駅・新鎌ヶ谷駅・西白井駅・白井駅・千葉ニュータウン中央駅・京成成田駅・成田空港行 ※毎日運行

 船橋新京成バス
  深夜急行バス:新船橋駅入口・船橋駅北口・東船橋駅入口・高根木戸駅・北習志野駅・船橋日大前駅・八千代緑が丘駅・二和向台駅入口・鎌ヶ谷大仏行

 京浜急行バス
  深夜急行バス:大船駅・鎌倉駅経由 逗子駅行
  深夜急行バス:上大岡駅経由 金沢文庫駅行

 西東京バス
  深夜急行バス:拝島駅・熊川駅・福生駅西口・羽村駅東口・小作駅東口経由 河辺駅北口行
  深夜急行バス:西八王子駅・高尾駅北口経由 恩方車庫行

新橋駅北口
 都営バス
 [都01][深夜01] 溜池・赤坂アークヒルズ・六本木駅・青山学院中等部経由 渋谷駅行/新橋駅行 - 一時期に急行01系統が存在していた時期があった。
 [渋88] 虎ノ門・神谷町駅・六本木駅・南青山五丁目経由 渋谷駅行/新橋駅行 - 駅前まで乗り入れる前は当停留所が始発・終着だった。

 港区コミュニティバス『ちぃばす』(フジエクスプレス)[芝ルート] 虎ノ門二丁目・港区役所・浅草線三田駅前経由 田町駅東口行

新橋
 都営バス
 [業10] 銀座四丁目・豊洲駅・木場駅・菊川駅経由 とうきょうスカイツリー駅行/銀座四丁目・豊洲駅経由 深川車庫行(20時以降は新橋駅前へ)
 平成12(2000)年12月11日までは、渋88系統が東京駅南口まで運行されたため、当停留所にも停車していた。

第一ホテル東京
 東京空港交通
  成田空港行

将来の予定:
東京モノレール羽田空港線が浜松町駅から当駅を経て東京駅方面まで延伸される計画が存在するが、平成25(2013)年時点では具体化されていない。なお、この路線は計画当初、当駅を始発駅としていた。


(参考資料 Wikipedia:平成27(2015)年9月16日更新)
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by fbox12 | 2016-07-15 16:37 | 鉄道・バス