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67 瀬戸神社(せとじんじゃ) 神奈川県横浜市金沢区鎮座・・記事追加中

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鎮座地:神奈川県横浜市金沢区瀬戸18-14
御祭神:三島大明神(主祭神:大山祇神。配神:須佐之男命、菅原道真公など11柱)
社格等:旧郷社

概要:
別名、瀬戸三島明神。神奈川県神社庁の献幣使参向神社


由緒:
a0057057_14201939.png古代、今日の泥亀町から釜利谷東一帯は大きな入江だった。
この入江と平潟湾とは、今日の瀬戸橋の位置にあたる狭い水路状の海峡でつながっていた。
そして、この小さな海峡は、潮の干満の度に内海の海水が渦を巻いて出入りする「せと」であった。
古代人は、水流の険しい「せと」を罪穢れを流し去ってしまう神聖なところであるとして、豊な幸をもたらしてくれる神々をここに祭った。これが瀬戸神社の起源である。
神社の隣接地からはすでに古墳時代には祭りが行われていたことを証する祭祀遺物が出土る。
瀬戸神社の御祭神が「飛び石」(金龍院という近くの寺にこの石が残っている)という岩に乗って出現したという伝承も、こうした古代の人以来の語り伝えであろう。

鎌倉時代、幕府を開いた源頼朝は、伊豆での挙兵にあたって御利益を蒙った伊豆三島明神(三嶋大社)の分霊をこの「せと」の聖地に祭り、篤く信仰した。
社殿の造営もおこなわれ、今日のような神社の景観ができ上がったのは概ねこの頃のこと。
以後、金沢(六浦)の地は港町として発展し、鎌倉と関東一円を東京湾や利根川を水系利用して結ぶ水上物流の集散地となったことから、執権北条氏、ことに金沢に居を構えた金沢北条氏、また足利氏や小田原北条氏の崇敬も篤いものがあった。ことに、江戸時代には徳川家康は社領百石を寄進している。
そして、武家のみならず、名勝金沢八景の中心の神社として江戸の町民にまで広く崇敬者はひろがり、文人墨客も多く当社を訪れた。

明治40(1907)年郷社に列格、戦後は宗教法人となり神奈川県神社庁献幣使参向指定神社となっている。


わたつみの 瀬戸の社の神垣に 願いぞみつる 瀬のままに(・・伝 源實朝 詠)


境内社:
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琵琶嶋神社(道路向かいの弁天島に鎮座:タイトル写真及び朱印帳のデザイン)

御祭神:市杵嶋姫命

由緒:
この社は源頼朝の妻政子が、近江(滋賀県)の竹生島弁財天を勧請したもので、立姿の御神像と頼朝・政子が流人の身から征夷大将軍に立身出世したことに因み、立身弁財天と呼ばれる。
また、舟寄弁財天の呼称もあり、立身出世、千客万来の御利益があると言われてきた。


この神社最寄の駅・バス停:
 京急・本線/シーサイドライン 金沢八景駅


(以上、記事内容 瀬戸神社ホームページ他から)
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by fbox12 | 2015-07-15 20:27 | 神社