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71 穴八幡宮(あなはちまんぐう) 東京都新宿区鎮座

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鎮座地:東京都新宿区西早稲田2-1-11
御祭神:応神天皇、仲哀天皇、神功皇后
社格等:旧村社

由緒:
a0057057_2063519.png旧称は高田八幡宮。
社伝によれば、康平5(1062)年源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったという。
寛永13(1636)年ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。
寛永18(1641)年宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れた。掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになった。三代将軍徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
歴代将軍がたびたび参拝し、八代将軍徳川吉宗は、享保13(1728)年に世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納した。流鏑馬はその後も世嗣誕生の際や厄除け祈願として奉納され、穴八幡宮に伝わる「流鏑馬絵巻」には元文3(1738)年に奉納された竹千代(後の十代将軍徳川家治)誕生祝の流鏑馬が描かれている。
江戸の庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷は有名だった。明治12(1879)年には皇太子(後の大正天皇)の御蟲封祈祷も行っている。
昭和20(1945)年の東京大空襲で、建物の多くを焼失。
昭和36(1961)年御鎮座九百年事業として本殿再建工事を開始。
平成元(1989)年引き続き幣殿、拝殿工事を行う。
平成10(1998)年、隨神門(上写真:大手ゼネコン清水建設の作)を室町時代の様式で再建す、なお境内全域を古書を基に未だ再建途中。
また、冬至の「一陽来復」のお守りでも知られる。お守りを受け取れる期間は毎年冬至の日から翌年節分の日までであり、冬至の日は特別に午前5時から受け取る事ができる。

なお、現在同神社は旧別当の放生寺(高野山真言宗、威盛院光松山放生寺)と日本キリスト教団早稲田教会と隣接しており、神道、仏教、キリスト教が街の一角で共存している状態が続いている。

境内には、ハイテク手水舎があり、前に立つとセンサーが働き、自動で水が出てくる。


この神社最寄の駅・バス停:
 東京メトロ・東西線 早稲田(穴八幡方面出口)
 都営バス 学02・早77・早81系統 馬場下町


(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年4月25日更新)
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by fbox12 | 2016-07-19 18:04 | 神社