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113 大阪(おおさか)駅 (JR西日本)

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所在地:大阪府大阪市北区梅田三丁目1-1
所属・路線:西日本旅客鉄道株式会社・東海道本線

概要:
大阪府の代表駅(府庁所在地駅)として第1回近畿の駅百選にも選定されている西日本最大の駅。駅長が配置された直営駅であり、管理駅として東海道本線の塚本駅を管轄している。JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅であり、運賃計算の中心駅となる。また、アーバンネットワークの運行の要衝となる駅で、運行系統の軸をなしている。
大阪市街の北玄関である梅田に位置し、駅前や駅の東側・南側を中心に繁華街が広がっている。

東京・山陽・九州方面への長距離列車については、昭和39(1964)年開業の新大阪駅を発着する東海道・山陽新幹線に地位を譲ったものの、当駅は現在でも北陸方面との特急の始発・終着駅であり、新快速を始めとする京阪神の都市間連絡列車や、信州・北近畿・山陰方面との特急、東京駅発着の寝台特急などの在来線特急も発着している。
貨物列車は北方貨物線および梅田貨物線(いずれも通称)を利用するため大阪駅を通らない。

乗り入れ・接続路線:
東海道本線を所属線として、大阪環状線を加えた2路線が乗り入れている。また東海道本線尼崎駅を起点とする福知山線に直通する列車も乗り入れており、普通のみ東海道本線京都方面との相互直通運転を行っている。
JR西日本による独自の愛称路線名として、東海道本線京都方面には「JR京都線」、東海道本線神戸方面には「JR神戸線」、福知山線宝塚方面には「JR宝塚線」がそれぞれ設定されている。これらの路線について、JR西日本の旅客案内では正式名称である「東海道本線」「福知山線」などではなく愛称路線名が使用されている。
このほか、大阪環状線を経由して桜島線(JRゆめ咲線)・関西本線(大和路線)・阪和線に直通する列車も当駅を発着する。
付近には地下鉄や私鉄があるが、大阪駅と名乗っているのはJRのみで、それぞれ次の駅が近接して設けられており、乗り換えることができる。
 JR西日本・JR東西線 - 北新地駅(当駅・北新地駅にかかるJRの乗車制度の特例がある)
 大阪市営地下鉄・御堂筋線 - 梅田駅
  谷町線 - 東梅田駅
  四つ橋線 - 西梅田駅
 阪神電気鉄道・本線 - 梅田駅
 阪急電鉄・神戸本線・宝塚本線・京都本線 - 梅田駅

歴史:
場所決定の背景
明治7(1874)年に大阪驛 - 神戸驛間の鉄道開業と共に開業した。当時の駅舎はゴシック風の赤煉瓦造り2階建てで現在地より西の大阪中央郵便局付近に当たる場所にあり、周辺は民家がわずかにあるだけで田圃が広がっていた。駅のある場所は明治22(1889)年の市制施行時における大阪市域にも含まれず、明治30(1897)年まで西成郡曽根崎村に属していた。
当初の計画では市街地に近い堂島付近に頭端式で建設される予定であったが、上述の通り設置場所は曽根崎村の梅田に変更された。
堂島から梅田へ設置箇所が変更されたのは、将来東へ線路が延伸された際に京都驛 - 神戸驛間の直通運転に都合が良いよう、従前の日本のターミナル駅のような頭端式を採らず、通過式の駅構造にするためだと言われている。鉄道黎明期に頭端式ホームを採用した横浜駅がその後の時勢変化で二度移転を強いられたことからしても、折り返しを要さない東西直通運転を可能にしつつ市街地に駅をできるだけ近づけさせる構造にした大阪駅には、先見の明があったといわれることもある。それは、明治末期に山陽鐵道や九州鐵道といった大私鉄が国有化された後、西日本各地から東京への直通運転の実現が容易となり、利便性を高めたという点でも大いに役立つこととなった。

開業後の推移
開業当初、大阪驛は「梅田驛」「梅田ステーション」「梅田すてんしょ」などと呼ばれていたが、阪神・阪急や貨物駅の梅田驛が開業すると、次第に大阪驛のことを「梅田驛」などと呼ぶことはなくなった。
当初は貨物輸送の比重が大きく、水運の便を図るため堂島川から駅の南西まで梅田入堀川(堂島堀割川)が開削された。しかし、旅客輸送が次第に増大すると入堀のある狭小な駅前では手狭となり、大阪市電の乗り入れ計画に合わせて十分な駅前広場を確保すべく明治34(1901)年7月に現在地へ移転された。なお、貨物の取扱いに関しては後に梅田貨物驛が設置された際に全面移管され、梅田入堀川も北東へ延伸された。
明治39(1906)年に公布された鉄道国有法に基づき主要私鉄が国有化される前は、当駅に官営鉄道(後の国鉄)の列車のほか、山陽鐵道(今の山陽本線)・阪鶴鐵道(同じく福知山線)・西成鐵道(大阪環状線・桜島線)・関西鐵道(関西本線・大阪環状線など)・南海鐵道(南海本線)といった5つもの私鉄の列車が乗り入れていたことがあった。南海鉄道の列車は、昭和59(1984)年と平成22(1993)年の2段階で廃止された天王寺線経由で関西鐵道線に乗り入れる形で、山陽鐵道と阪鶴鐵道の列車は官営鉄道へ乗り入れて当駅に達していた。
昭和9(1934)年には大阪市街の踏切の撤去を目的とし、城東線(のちの大阪環状線)と共に大阪駅の高架工事が実施されるが、それに先駆けて昭和元(1926)年に阪神急行電鐵(現在の阪急電鉄)が大阪市街の高架化工事を実施し、同社線起点の梅田驛も東海道本線・城東線をまたぐ形で仮設の高架駅となっていたため、高架化に際しては阪急梅田驛を地上駅にする工事も同時に行う必要があり、結果として路線の上下を同時に入れ替えるという大工事を、5月31日から6月1日にかけての一夜で実施することになった。なおこのとき地上駅となった阪急梅田驛は、後に北へ移設して再び高架駅に戻っている。
昭和39(1964)年に東海道新幹線が開通した際には、既に梅田地区には新たに新幹線用の施設を設けるだけの土地の余裕がほとんどなかったことや(北は阪急梅田駅や梅田貨物駅、南は阪神百貨店など)、将来の山陽新幹線建設を考慮した際に北方貨物線の上の用地を使えるようにした方がいいと考えられたため、大阪の市街地から3kmほど離れた新大阪駅をターミナルとした。
その後、梅田貨物線を使用して京都駅・新大阪駅から和歌山・関西国際空港への直通列車を走らせることになった際には、当駅はそのルート上に駅を設けるには大きく離れていたため通過扱いとなった。将来的な計画としては梅田貨物駅(梅田北ヤード)の再開発に合わせて梅田貨物線のルートを変更した上で地下化し、大阪駅付近に新駅(仮称北梅田駅)を設置するというものがある。

年表:
明治7(1874)年5月11日:国有鉄道(官設鉄道)の駅として当駅 - 神戸驛間の鉄道開通と同時に開業。旅客取扱のみ。
 12月1日:貨物取扱を開始
明治9(1876)年7月26日:向日町驛 - 当駅間が開業し、途中駅となる。
明治22(1889)年7月1日:東京驛 - 神戸驛間全通により、東京までの直通運転が行われるようになる。
明治28(1895)年10月17日:大阪鐵道の玉造驛 - 梅田驛間が延伸開業。その終着駅として同線の梅田驛開業。
明治31(1898)年4月5日:西成鐵道が当駅 - 安治川口驛間を開業させ当駅に乗り入れ。
明治33(1900)年6月6日:関西鐵道による大阪鐵道線承継に合わせ、旧大阪鐵道の梅田驛が当駅に統合。当駅は国有鉄道・関西鐵道・西成鐵道の駅になる。
明治34(1901)年7月:ゴシック風石造りの二代目駅舎完成。最初の駅舎の位置から東の、現在地に移転
明治39(1906)年12月1日:西成鐵道が国有化され、当駅は国有鉄道と関西鐵道の駅になる。
明治40(1907)年5月31日 18時ごろ、西第一踏切(昭和初期に廃止)で踏切番をしていた駅員の清水太右衛門が踏切内に入った幼女を救ったが、太右衛門は列車に接触し殉職する事故が起こった。太右衛門の功績をたたえるため、同年10月に碑が立てられた(昭和20(1945)年の大阪大空襲により碑は破壊され、昭和31(1956)年に再建。平成23(2011)年1月にノースゲートビルディングと立体駐車場をつなぐ通路に碑を移設した)。
 10月1日:関西鐵道国有化、当駅は国有鉄道の単独駅になる。
明治41(1908)年8月1日:大阪市電氣局の大阪市電梅田(大阪駅前)停留場開業。
明治42(1909)年10月12日:線路名称制定により、東京驛 - 神戸驛間は東海道本線、旧大阪鐵道線は城東線、旧西成鐵道の区間は西成線になる。
昭和3(1928)年12月1日:貨物取扱業務が新設された梅田驛に移管。
昭和9(1934)年6月1日:高架化。軟弱地盤に対処するため鉄筋コンクリート製の杭を打ったものの、まもなく地盤沈下が始まり、戦争直後には大規模な基礎工事をせざるを得なくなった。
 7月20日:当駅を含む吹田驛 - 須磨驛間で電車運転を開始。
昭和10(1935)年:二代目駅舎が解体され、仮駅舎建設。
昭和15(1940)年6月:三代目駅舎が2階まで完成し供用開始。当初の予定では5階建てのインターナショナルスタイルの四角いビルであり、中央に5階分の高さの吹き抜けを設け、上層階は昭和15(1940)年東京オリンピックに合わせて鉄道ホテルとして供用される予定だった。
昭和18(1943)年:三代目駅舎完成(3階建てコンクリート造り)。中央の吹き抜け部分を除き4・5階部分の鉄骨は切断し軍に供出。
昭和20(1945)年6月1日・6月7日:大阪大空襲により機銃掃射、焼夷弾、爆弾の直撃被害を受け、当分の間営業を休止する。仮復旧時は上り電車は東構内、下り電車は西構内で折り返し運転を行い、旅客は高架軌道を歩き急造の梯子で電車に乗車した。
昭和28(1953)年9月1日:大阪市営トロリーバス、大阪駅前 - 神崎橋間開業
昭和32(1957)年3月21日:券売機が設置される。
昭和34(1959)年12月21日:0番のりば使用開始
昭和35(1960)年2月1日:座席予約端末装置(マルス1)使用開始
昭和36(1961)年4月25日:城東線全線と西成線西九条駅 - 当駅間が大阪環状線として開業。
昭和37(1962)年10月1日:11番のりば使用開始
昭和41(1966)年7月1日:大阪市電 大阪駅前停留場廃止(大阪市電の全廃は昭和44(1969)年)
昭和44(1969)年10月1日:大阪市営トロリーバス、大阪駅前より撤退(大阪駅前 - 神崎橋、大阪駅前 - 森小路一丁目間廃止)。
昭和45(1970)年3月12日:大阪環状線ホーム(環状1番・環状2番のりば)使用開始
昭和54(1979)年12月18日:四代目駅舎の北駅ビル完成
昭和57(1982)年3月1日:大阪環状線ホームが環状1番・環状2番のりばから、環状内回り・環状外回りのりばに変更。
昭和58(1983)年2月15日:自動放送装置使用開始
 4月27日:大阪ターミナルビル「アクティ大阪」開業
昭和62(1987)年4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
平成3(1991)年4月23日:改装が完成。待ち合わせスポット「旅立ちの鐘」除幕。東口を御堂筋口、北口を御堂筋北口、西口を桜橋口と命名。駅ナカ施設「ギャレ大阪」開業。
平成9(1997)年:自動改札機が設置される。
平成15(2003)年4月23日:中央コンコース南側に設置された「砂時計」除幕。8月に「サンドファンタジー」と命名。
 11月1日:ICカード「ICOCA」供用開始
平成17(2005)年2月27日:環状内回り・環状外回りのりばが1・2番のりばに変更。
 3月1日:仮駅舎東棟「フロートコート」開業
 4月8日:仮駅舎西棟「トラベルコート」開業
a0057057_1936140.png平成18(2006)年10月16日:改良工事本格開始
| (駅舎写真は、この間(19.4.-5)に撮影)
平成23(2011)年3月31日:「ギャレ大阪」閉館
 5月4日:五代目駅舎と大阪ステーションシティ開業。
 5月24日・6月1日:バスターミナルが北口に集約される(大阪市営バスは5月21日から、西日本JRバスは6月1日から)。
 6月16日:ギャレ大阪西館跡地に「ALBi」開業。
平成24(2012)年6月30日:「フロートコート」閉鎖
 10月31日:「エキマルシェ大阪」開業。「トラベルコート」閉鎖
平成26(2014)年5月1日:大阪環状線ホームにやしきたかじんの『やっぱ好きやねん』を発車メロディとして導入。
平成27(2015)年2月28日:タクシー乗り場を御堂筋口側から桜橋口側に移設。
 4月2日:「LUCUA 1100(ルクア イーレ)」開業

その他:
初代大阪駅舎の駅前には高さ10メートルの時鐘台があり、発車5分前になると鐘を鳴らしていた。この鐘は駅が二代目に改築された時に行方が分からなくなったが、三代目が建築された頃に保線区で逆さ向きにして手洗い鉢にされているのが発見され、急遽回収されたという逸話が残っている。その後、昭和35(1960)年に日本国有鉄道により鉄道記念物に指定され、今は交通科学博物館に保存展示されている。重さ約100kg。 後に大阪駅でもう一つの鐘(重さ28kg)が保管されている事が発覚し、時鐘は二つあったと推測されている。
この鐘は昭和55(1980)年5月から大阪駅北ビルで「旅立ちの鐘」として展示されたが、駅改良工事に伴い平成22(2010)年11月に撤去された。
明治34(1901)年の二代目大阪駅舎建設時、正面玄関の左右に銅像の「噴水小僧」が2体設置された。1体は三代目駅舎建設時に移転する際に行方不明になり、もう1体が中央コンコースの人工池に展示され待ち合わせ場所として親しまれていたが、五代目大阪駅舎に引き継がれることなく、駅改良工事に伴い平成16(2004)年3月に撤去された。

駅構造:
ホーム・線路は、高架上に東西に伸びている。以前は7面13線のホームがあったが、平成16(2004)年より行われている再開発工事に伴い一時期5面10線にまで縮小した後、平成21(2009)年12月20日より新11番のりばの供用を開始して以降は6面11線となって現在に至る。
改札口は、御堂筋口・南口・中央口・桜橋口・連絡橋口の5か所がある。中央口と桜橋口は、改札内の大半が中2階の乗り換え通路になっている。御堂筋口・中央口・連絡橋口には南北を結ぶ改札外のコンコースがあり、両端に駅の出入口がある。御堂筋南口・御堂筋北口・中央南口・桜橋口には地下街や阪急・阪神・地下鉄の梅田駅につながる階段やエスカレーターがある。
平成22(2010)年11月1日より橋上駅舎3階の乗り換え専用通路の使用が開始され、翌23(2011)年4月11日には新しい改札口「連絡橋口」の供用が開始された。

のりば:
1番のりば  O 大阪環状線(内回り) 西九条・弁天町・天王寺方面
       P JRゆめ咲線 ユニバーサルシティ方面
       Q 大和路線 王寺・奈良・加茂方面
       R 阪和線 鳳・日根野・和歌山方面
       S 関西空港線 関西空港方面
2番のりば O 大阪環状線(外回り) 京橋・鶴橋・天王寺方面
3・4番のりば 福知山線 特急 福知山・城崎温泉方面「こうのとり」
        特急「スーパーはくと」鳥取方面
      播但線 特急 城崎温泉・香住方面 「はまかぜ」・・原則として4番線から
       G JR宝塚線・福知山線 篠山口・福知山方面
3〜6番のりば A JR神戸線 三ノ宮・姫路方面
6番のりば G JR宝塚線 宝塚・三田方面
7〜10番のりば A JR京都線 新大阪・高槻・京都方面
10番のりば 東海道線上り 特急 草津・米原方面 「びわこエクスプレス」
11番のりば 福井・金沢方面 「サンダーバード」
       高山・長野方面 「ひだ」「しなの」
       静岡・東京方面 「サンライズ瀬戸・サンライズ出雲」

引き上げ線:
引き上げ線が大阪環状線ホームの西に2線、東海道本線ホームの東と西にそれぞれ1線ずつ設置されている。大阪環状線の引き上げ線は、当駅止まりの列車の折り返しなどに使用され、東海道本線の引き上げ線はJR京都線の4時台の始発列車および、その次の列車が宮原総合運転所から回送されてくる時と、1時到着の最終列車が宮原総合運転所へ回送される際に、西引き上げ線で折り返す。

駅弁:
主な駅弁は下記の通り。現在では淡路屋が駅弁の販売を担当している。
 こだわりおにぎり、京風幕の内弁当、ひっぱりだこ飯、こてまり、京洛紀行、かぐやの里
 神戸のステーキ弁当、あっちっち大阪鶴橋風焼肉重

乗車制度の特例:
JRの乗り換え駅である北新地駅とは別の駅であるが、JR東西線の京橋駅 - 北新地駅間、または北新地駅 - 尼崎駅間に有効な定期券・回数券では、北新地駅と同一駅扱いとして当駅でも乗り降りできる。また普通乗車券においては、大阪市内発着となる長距離券による両駅間の乗り換えが認められており、尼崎駅以遠(塚口・立花方面)各駅から相互発着となる近距離切符の場合は、当駅からの営業・運賃計算キロで計算する特例がある。


(以下、記事内容 Wkipedia:平成27年4月19日更新から)
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by fbox12 | 2016-04-27 15:33 | 鉄道・バス