fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

99 小田急多摩センター(おだきゅうたませんたー)駅 (小田急・多摩線)

a0057057_1930340.jpg


a0057057_19301959.pnga0057057_19303356.png

所在地:東京都多摩市落合一丁目11-1
所属路線:小田急電鉄株式会社・多摩線
駅番号:OT06

多摩センター駅は、京王、小田急、多摩都市モノレール3社の駅が近接していて相互の乗換駅となっているが、事業者によって以下のように正式名称が異なっている。

京王電鉄相模原線 - 京王多摩センター(けいおうたませんたー)
小田急電鉄多摩線 - 小田急多摩センター(おだきゅうたませんたー)
多摩都市モノレール - 多摩センター(たませんたー)

歴史:
多摩センター駅南側の一帯は多摩ニュータウンの中心として、また周辺地域も含めた広範囲のエリアに高次な都市機能を提供するための「都市センター」となっている。多摩ニュータウン開発にともない京王帝都電鉄(当時)と小田急電鉄の両社が新線の事業工事認可を取得し、2路線が同駅に乗り入れることになった。
開発以前における駅の設置箇所周辺は南多摩郡多摩村大字落合に属し、下落合、山王下、中沢、中組といった小字の丘陵地谷戸部に集落が点在する純農村だった所である。その谷戸部に沿って多摩川に注ぐ乞田川が大きく蛇行して流れていたが、この小川を水捌けの大きい直線状に改修し、同時に並行する幹線道路を新設して、元来起伏があった地形に所要の広さの平地を造成・区画整理した中で、標高の低い場所に両駅の建設地を見い出した。
両線の開通時期は、東隣の永山駅周辺の諏訪・永山地区におけるニュータウン第一次入居が始まる昭和46(1971)年に照準が合わせられていたが、新線工事は諸般の事情で大幅に遅れることとなった。途中の永山駅までは昭和49(1974)年6月に小田急が先行開通することになったが、逆に多摩センター駅までは小田急の工事が約1年遅れ、京王の方が同年10月に開業することとなった。
一方、平成12(2000)年に同駅へ乗り入れた多摩都市モノレールは、当地が東京圏の広域的な連携・交流の拠点として「東京構想2000」の中で《核都市》の心に位置付けられているため、多摩地域の南北間の円滑なアクセスを担う新しい公共交通機関として開通した(多摩都市モノレールは、立川駅の北、上北台(武蔵村山市)を起点として、当駅が終点)。

年表:
昭和50(1975)4月23日 - 小田急多摩線延伸に伴い小田急多摩センター駅開業。各停の停車駅となる。
平成12(2000)年12月2日 - 小田急多摩線にて特急ロマンスカー「ホームウェイ」と急行の運行が開始される(以下を含め、全て停車駅となる)。
平成14(2002)年3月23日 - 小田急多摩線にて多摩急行の運行が開始される。
平成16(2004)年12月11日 - 小田急多摩線にて区間準急の運行が開始される。
平成17(2005)年5月 - 小田急多摩センター駅のリニューアル工事実施。 - 平成18(2006)年3月竣工。
平成20(2008)年3月15日 - 小田急多摩線にて特急ロマンスカー「メトロホームウェイ」の運行が開始される。

駅名の由来:
駅南側が多摩ニュータウンの「都市センター」地区として位置付けられ、複合した都市機能を有する商業、業務、文化的中心地であることから「多摩センター」となる。“多摩センター”と称する機関や施設がある訳ではない。計画段階の仮称「多摩中央(たまちゅうおう)」とも関係している。
駅名は同一場所に位置する場合、同一名称にするのが一般的であるが、京王および小田急は同時期に開業した永山駅と同様に両線が同じ新宿駅を起点とするため、乗客の誤乗車と不正乗車を防止する目的から、あえて会社名を冠した「京王多摩センター駅」および「小田急多摩センター駅」として明確に区別することとなった(永山駅も同じ事情で、社名を冠している)。また、多摩都市モノレールに関しては自動改札機が普及したことにより前述の心配が不要となり、単なる「多摩センター駅」となっている。
これら3駅および地域は、利用者や住民に「多摩セン」および「タマセン」の愛称で呼ばれることもあり、鉄道事業者側も京王多摩センターSCのオープン時の広告のキャッチコピーに使用している。
なお、京王および小田急の駅建設計画時の仮称は「多摩中央」であった。開業前、車両の行先表示装置内に「多摩中央」の表示を用意していた事実があるほか、名称に「多摩中央駅」を含む施設も僅かながら存在する。

駅構造:
京王・小田急多摩センター駅は双方が別々の3層のコンクリートラーメン高架橋構造の建造物で、3層目にプラットホーム、2層目に駅舎と店舗があり、並行に隣接して配置され、ほぼ一体化して建っている。また、2層目のコンコースは南側で歩車分離をした街づくりの基軸となるペデストリアンデッキとバスターミナルに直結し、1層目の階下は店舗とタクシー乗り場、駐車場などに利用されている。京王の中央口改札と小田急の西口改札は同一通路上にあり、京王⇔小田急間の乗り換えは永山駅とともに便利である。
一方、多摩都市モノレールの多摩センター駅は「都道町田・日野線」の上空に建造されているため、京王・小田急の両駅とは約200m程離れており、ペデストリアンデッキで接続されている。もともと暫定で建っていた建物を解体した跡地に連絡通路を建設したため、屋根があるのは新設された部分の数十mだけで、将来の建物建設予定地の部分には屋根がない。雨天時にはペデストリアンデッキ下のバスターミナルを経由すれば、屋根のない部分の距離は少なくなるが、上下の移動を要する階段がある。

小田急多摩センター駅は、島式ホーム2面2線を有する高架駅。元来は島式ホーム2面4線の構造であるが、開業当初は副本線には軌道は設置されておらず、2面2線のみ使用していた。その後、車両留置線の確保のために昭和60(1985)年3月10日より上下線とも副本線の使用を開始し、2面4線の構内配線となった。また、延長線上も引き上げ線として整備され、長い間列車の発着や回送列車の留置などにも使われていた。
a0057057_20392937.pngその後、平成2(1990)年に多摩ニュータウン唐木田地区の入居開始に合わせ、多摩線は唐木田駅まで延長され当駅は終点で無くなると同時に、唐木田駅に車両基地が新設されたため、当駅西方の渡り線や副本線であった側線の必要性が薄弱となり、平成18(2006)年5月頃から省メンテナンスの目的から使用中止、同年5月19日、20日にそれぞれ1・4番ホーム側が閉鎖され、7月までにホーム片面に安全柵(右写真)が設置された。そして平成19(2007)年2月に1・4番ホームへ至る線路が本線(2・3番ホーム)と完全に分断されポイントが撤去され、同年9月2日には従来の2番ホームが1番ホーム、3番ホームが2番ホームとなり、「停車場」から「停留場」扱いになったのを機に信号の取り扱いも変更され、進入する電車は速度を落とさなくなった。なお、閉鎖された副本線側ホームの線路は残っている。同時に信号所も閉鎖された(右写真:線路は錆ている)。
リニューアル工事後は、先の京王と同様に東口が新設されるとともにエスカレーターやエレベーターが設置された。また、駅高架建物南面の風防壁がガラススクリーンに改装されている。
平成20(2008)年度末から、改札ラッチ内とプラットホームで乗客案内用の発車標の使用が開始されている。
各駅の案内サイン等で使用される当駅名のローマ字表記は時期によって異なり、「Odakyu-Tama-Center」「Odakyu Tama-Center」「Odakyu Tama Center」(最新)のいずれかとなっている。
なお小田急多摩線は、JR相模原駅を経由して上溝駅に至るルートが運輸政策委員会の「今後、整備について検討すべき路線」とされ、相模原市が延伸の促進を重点プロジェクトに位置付けている。

のりば:
1番ホーム 多摩線下り唐木田方面
2番ホーム 多摩線上り新百合ヶ丘・新宿・千代田線・小田原・片瀬江ノ島方面

(以上、記事内容 Wikipedia:平成27年2月27日更新から)
[PR]
by fbox12 | 2015-03-23 19:30 | 鉄道・バス