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8 勝手神社(かってじんじゃ) 奈良県吉野郡吉野町鎮座

a0057057_08403862.jpg鎮座地:奈良県吉野郡吉野町吉野山2354
(現在御神体は吉水神社に遷座)
御祭神:天忍穂耳命
配祀神:大山祇命、久久能智命、木花佐久夜比咩命、苔虫命、葉野比咩命

祭神は『和漢三才図会』に「勝手社祭神一座 受鬘命(うけりのみこと/うけのりのみこと)」とある。現在の主祭神は天忍穂耳命とされている。

吉野大峰山の鎮守社である吉野八社明神の一でかつては「勝手明神」と呼ばれた。吉野川水源に当たる青根ヶ峰は古くから水神として崇敬を受け、山頂付近に金峯神社(奥千本)・山腹に吉野水分神社(上千本)・山麓に勝手神社(中千本)が建てられた。勝手は「入り口・下手」を意味するともいい、その字面から勝負事や戦の神としても信仰された。神仏習合時代には勝手大明神の本地は毘沙門天と言われ、さらなる武門の尊崇を受けることとなった。また、吉野山の入り口に位置することから山口神社ともいわれた。

a0057057_165816.png創建年代は不詳だが、「日雄寺継統記」では孝安天皇6年(紀元前386年)とする。大海人皇子が社殿で琴を奏でたところ、天女が舞い降り5度袖を振りつつ舞ったと伝えられ、背後の山は「袖振山」と称する。また、この故事が宮中の「五節舞」の起源という。
境内には源義経の妻女、静御前が追っ手に捕らわれた際、舞を見せたと伝わる舞塚が残る。 流造檜皮葺、桁行八間・梁間二間の本殿は県の有形文化財であったが、平成13(2001)年に不審火で焼失したため、ご神体は向かいの吉水神社に遷座しており、本殿再建のための寄付金が募られている(御朱印も吉水神社で授与)。

蔵王権現、子守明神との関係:
蔵王権現(金峯山寺)、子守権現(吉野水分神社)、勝手権現(勝手神社)は三所権現として伯耆の三仏寺に勧請され、蔵王権現は奥院(投入堂)、子守権現は地蔵堂、勝手権現は文殊堂に祀られた。勝手明神は単体でも諸国の神社に勧請され、全国28社の勝手神社の総本社となっている。
吉野水分神社祭神の子守明神とは夫婦神であるとされる。勝手明神が男神、子守明神が女神である。室町後期成立の能「嵐山」では、吉野から移植された嵐山の桜の花守(はなもり)である老夫婦は実は勝手、子守両神の化身であり、蔵王権現、勝手明神、子守明神は三身一体であることを宣する筋立てが語られる。

この神社への交通:
a0057057_16444756.png近鉄吉野線吉野駅乗り換え
吉野大峯ケーブル自動車 ケーブル(ロープウエイ)
 千本口駅 → 吉野山駅(山上駅:右写真)
同 バス 吉野山駅 → 勝手神社前

(参考資料:Wikipedia 平成27(2015)年3月14日更新)
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by fbox12 | 2015-11-30 16:30 | 神社