fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

小田急ロマンスカーRSE(小田急電鉄株式会社20000形電車)

a0057057_7545060.jpg

a0057057_22184915.jpg概要:
小田急20000形電車は、平成3(1991)年から平成24(2012)年まで小田急電鉄株式会社が運用していた特急用車両(ロマンスカー)である。
小田急小田原線と東海旅客鉄道(JR東海)御殿場線との相互直通運転に使用される車両として平成3(1991)年に登場した。
JR東海との協定により、JR371系電車と基本仕様を統一したため、それまでの特急ロマンスカーとは異なり連接構造(車両の連結部に台車がある構造)や前面展望席が採用されず、2階建て車両(ダブルデッカー・・下写真)や特別席(スーパーシート・グリーン席)を設置していることが特徴である。 "Resort Super Express" (略して「RSE」)という愛称が設定された。

a0057057_2322715.jpg平成24(2012)年3月のダイヤ改正をもって営業運転を終了した。2編成の内、1編成の3両が富士急行に譲渡され、「フジサン特急」に改造された。

a0057057_17572893.png登場の経緯:
小田急では、昭和30(1955)年から御殿場線へ直通する列車をキハ5000形気動車により運行を開始し、御殿場線が電化された昭和43(1968)年7月以降は8両連接から5両連接に短縮したSE車(SSE車:3000形ロマンスカー・・左写真)を使用して連絡急行「あさぎり」として運行していた。SE車は耐用年数を10年として製造された車両であり、昭和43(1968)年の時点で既に10年を超えていたことから小田急社内では反対の声もあったが、国鉄の組合闘争の激しかった時期で「NSE車(3100形ロマンスカー)が乗り入れてくれば反対する」という噂もあり、在来車の改造で対応したものである。その後、1980年代にはLSE車(7000形ロマンスカー)で車齢25年を超えたSE車を置き換える案もあったが、これも当時の国鉄側の現場の反応などを考慮して、仕方なくSE車を更新することで対応していた。
一方、御殿場線沿線では昭和39(1964)年ごろから小田急の直通列車を沼津まで乗り入れるように要望が出ていたが、当時の御殿場線は御殿場から裾野までの約15kmにわたって列車交換設備がなく、国鉄財政の問題もあって実現しなかった。
国鉄分割民営化後、平成元(1989)年には御殿場線の利用者が増加したことに対応して富士岡と岩波に列車交換設備が新設された。これより前の昭和63(1988)年7月に、車齢30年を超えたSE車の更新について小田急からJRに対して申し入れがあったこともきっかけとなり、小田急とJRの間で相互直通運転に関する協議が進められることになった。この協議の中で、特急に格上げした上で運行区間も新宿 - 沼津間に延長し、あわせて2社がそれぞれ新形車両を導入した上で相互直通運転に変更することとなり、登場したのがRSE車(20000形)である。
a0057057_812544.jpg2社の協議によって「相互直通運転車両の規格仕様に関する協定書」に基づいた設計となり、編成の内容や定員・性能・保安機器などは極力合わせ、それ以外の部分については各社ごとの特色を活かす方針となった。このため、特急ロマンスカーとしては2300形以来の通常のボギー車(1両に2つの台車の付いた構造)となったほか、前面展望席も設置されないことになった。また、「あさぎり」だけではなく箱根特急(「はこね」号など)にも使用することから、編成長は全長140m程度の7両固定編成とすることになった。
2編成が落成したが、「あさぎり」号の運用は、1編成で済んだため、上記の通り、箱根特急などにも使用され、JRの371系(1編成のみ)が定期検査時はこの代走で2編成とも「あさぎり」号に充当されて、御殿場線谷峨駅ではRSE車同士の交換が見られた。
また、団体列車でJR身延線富士宮まで入線したこともある。
(以上20000形写真、JR御殿場線谷峨駅)

(以上、記事内容 Wikipediaー25.12.29更新からに加筆)


a0057057_822279.png沼津延長当時、小田急の系列会社東海バス(東海自動車)の西伊豆線では、このRSEに合わせた塗装の「スーパーロマンス」号(日野セレガ3台)を登場させた。
RSEの塗装の反対側(運転席側と後部)は、JR371系の塗装だった。

[PR]
by fbox12 | 2014-06-19 22:28 | 鉄道・バス