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10 (三浦)走湯神社(そうとうじんじゃ) 神奈川県三浦市鎮座

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鎮座地:神奈川県三浦市南下浦町金田373
御祭神:天忍穂耳命

当社は寛治元(1087)年11月伊豆國加茂郡の走湯神社(筆者注、走湯大権現:現熱海市伊豆山鎮座伊豆山神社)を奉遷した伝えられる。現在の社殿は大正14(1925)年に改築された。別名、金田の権現様。三浦市南下浦町菊名の白山神社の兼務社。

昔より伊豆半島と三浦半島とは漁業上も海上を船で往来し密接な関係があり、特に伊豆方面より帆船で江戸に魚類を輸送するとき、金田湾を風待港とし利用したことなどの関係もあって走湯神社を勧請したものと思われる。(出典:「三浦半島の仏教寺院と神社」高木俊雄著)

また、一説には、鎌倉時代初期、このあたりに金田小太夫頼次(かねだこだゆうよりつぐ)の三浦館があったといわれている。
頼次は上総の豪族上総介広常(かずさのすけひろつね)の弟で、上総金田荘(千葉県長生郡)の領主とされる武将で、上総氏との関係強化を図りたい三浦義明は、頼次を娘婿としてこの地に住まわせたとされる。
源頼朝の挙兵の際には、三浦一族とともに石橋山の合戦に加勢するが酒匂川の氾濫により渡河できず撤退した。
その後も頼次は頼朝に従うが、梶原景時による広常誅殺のときに蟄居させられ、のち病死したとされている(討ち死にしたという説もあり)。

後者の説は出典が明らかでないため、走湯大権現奉遷説の方が有力と思われる。
なお、現熱海市伊豆山は、明治22(1889)年3月31日まで賀茂郡伊豆山村で、町村制施行により熱海村、泉村、初島とともに(新)熱海村に、更に明治29(1896)年4月1日、郡制施行により賀茂郡から田方郡に管轄変更(当時は熱海町)されている。


a0057057_18172750.jpga0057057_18241016.jpg三峯神社と彫られた石の祠と各種の祠。

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by fbox12 | 2015-12-13 21:00 | 神社