fbox12 blog (博物館fbox12 館長の雑記帳)

(カセットテープ)PHILIPS

(私的文化遺産整理番号57-8)

コンパクトカセット(テープ)の開発メーカーであるフィリップス社(本社:オランダ)のクロム(TypeⅡ)テープ。

CHROMIUMDIOXIDE 2×30(私的文化遺産整理番号57-8-1)
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# by fbox12 | 2017-03-28 21:27 | コレクション

第九拾六 白山比咩神社 石川県白山市鎮座

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a0057057_2257051.png鎮座地:石川県白山市三宮町ニ105−1
祭神:白山比咩大神(菊理媛尊)、伊邪那岐尊、伊弉冉尊
社名かな:しらやまひめじんじゃ
社格等:式内社(小)、加賀國一宮、国幣中社、神社本庁別表神社
本殿様式:三間社流造銅板葺

a0057057_2133259.png由緒・概要:
石川県・福井県・岐阜県の県境に立つ白山(標高2,702m)の山麓に鎮座し、白山を神体山として祀る神社である。
元は現在の古宮公園の場所に鎮座していたが、室町時代に火災で焼失し現社地に遷座した。また白山山頂の御前峰には奥宮も鎮座し、山麓の社殿はこれに対して「下白山」または「白山本宮」と呼ばれていた。
全国に2,000社以上ある白山神社の総本社である。通称として「白山(しらやま)さん」「白山権現」「加賀一の宮」「白山本宮」とも。神紋は「三子持亀甲瓜花」。

a0057057_21541791.png社伝由緒によれば、古代、崇神天皇の時代に白山を遥拝する「まつりのにわ」が創建され、元正天皇の霊亀2(716)年に安久濤の森に遷座して社殿堂塔が造立された、と伝わる。
養老2(718)年に越前の修験僧・泰澄大師によって白山開山、主峰・御前峰に奥宮が創建され、白山妙理大権現が奉祀された、と伝わる。
史料文献初出は、白山比咩神(しらやまひめのかみ)は仁寿3(853)年10月に従三位に初叙された。
以後、一宮制度で加賀國一ノ宮と定められ、白山本宮・加賀一ノ宮の白山比咩神社は、平安時代中期から鎌倉時代を経て、室町時代前期に至る約500年間栄えた。
しかし室町時代中期の康正元(1455)年以降加賀國に入った本願寺の加賀一向一揆のため年貢米が得られなくなり困窮した状況で、文明12(1480)年に大火全焼し三宮の地に遷座。続く加賀一向一揆の戦乱で白山衆徒は廃絶し、社殿は再興できずその後100年間あまり荒廃した。
白山本宮の社殿堂塔復興は、安土桃山時代に綸旨を受けた前田利家により行われ、社名を白山本宮である白山比咩神社、神宮寺の白山寺も復興・併設、江戸時代は加賀藩主が社の経営をみるところとなった。
江戸時代全期にわたり、白山嶺上の祭祀権(社家権利、札発行、梵字押捺の勧進)と室管理(賽銭収入)を巡って「白山争議」が何度も繰り返し起きた。尾添村と高野山真言宗、牛首村・風嵐村と越前馬場の平泉寺・比叡山天台宗、美濃馬場の越前国大野郡石徹白、それに巻き込まれた白山本地中宮長滝寺(現 長滝白山神社)、の間で訴訟が起き、幕府寺社奉行所の裁決が繰返され、平泉寺の権利に移っていった。
明治時代の神仏分離令により、白山寺は廃され、白山本宮・加賀一ノ宮の「白山比咩神社」と号した。そして歴史史料が調査され、加賀の白山比咩神社・越前の平泉寺白山神社・美濃の長滝白山神社の3社から「延喜式神名帳」に記載された加賀の白山比咩神社が最も古く、全国の白山神社の総本社とされ、白山天嶺の地は本社境内となり奥宮が置かれた。越前・美濃は分霊された白山神社とされた。越前・美濃の白山神社より勧請を受けた他の白山神社も、加賀の白山比咩神社の分霊社に由諸を書き換えた、とされる。
第二次大戦後は、白山比咩神社は白山神社の総本社として神社本庁の別表神社となり、白山頂上の奥宮を中心とする約3000ヘクタールの広大な地域を本社境内として無償譲与を受け、現在に至る。平泉寺白山神社・長滝白山神社もそれぞれ「白山神社の総本社」を名乗る。
明治42(1909)年7月23日に御鎮座二千年式年大祭が執行された。昭和33(1958)年10月3日に御鎮座二千五十年式年大祭が執行された。昭和55(1980)年10月3日に古宮から三宮の地への御本宮遷座五百年式年大祭が執行された。平成20(2008)年10月7日に御鎮座二千百年式年大祭が執行された。

摂社:
a0057057_21224719.png荒御前神社
社名かな:あらみさきじんじゃ
祭神:荒御前大神、日吉大神、高日大神、五味島大神

由緒:
荒御前大神は、『日本書記』の中に、神功皇后(じんぐうこうごう)が朝鮮半島に出兵した際、守護した神として登場する。

末社:

住吉社・・南参道、禊場の横に鎮座
社名かな:すみよししゃ
祭神:住吉三神(底筒男尊、中筒男尊、表筒男尊)

参考資料:Wikipedia(2016年11月15日)
記事:
 取材:28.10.12
 投稿:29.3.23
 調整:29.3.24
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# by fbox12 | 2017-03-23 23:04 | 神社

カーク3000 Plus

a0057057_21572949.pngミニチュアボトルコレクション1013

品名:指定医薬部外品
原材料:チアミン硝化物(ビタミンB1)・リボフラビンリン酸エステルナトリウム(ビタミンB2)・ピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)・ニコチン酸アミド・無水カフェイン・イノシトール・タウリン・アスパラギン酸カリウム・マグネシュウム等混合物・L-アルギニン塩酸塩・カルニチン塩化物他添加物
容量:100ml
発売元:株式会社富士薬品(埼玉県さいたま市大宮区桜木町4丁目383番地)

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# by fbox12 | 2017-03-22 21:58 | コレクション

『かけ足・・四国旅行』 ・・ 東京 - 高知 - 松山 - 大三島 - 因島 - 福山 ・・

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a0057057_1010611.png実施日:平成29(2017)年3月13日(月)~ 3月15日(水)

行程:
 13日(月) ・・ - 東京駅(南口) -
 14日(火) ~ 高知インター南BT(久万川大橋)
        - 一宮神社前・・土佐神社・・土佐一宮駅 - 高知駅
        - 佐川駅 - 落出駅(バス駅) - 松山駅 - 今治駅・・泊
 15日(水) ・・今治駅前 - 大山祇神社前・・大山祇神社
        ・・大山祇神社前 - 大三島BS
        - 因島大橋(大橋入口) - 土生港前・・大山神社
        ・・土生港前 - 福山駅 - ・・

今回の旅のメインは「JR路線バス松山高知急行線の廃止」。
いつものことだが、「旅行記」といってもいわゆる名所旧跡のほとんどはスルーしている。行程そのものもアクセスと宿泊の都合から決まるのはいつもと同じパターン。

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3月13日(月) 東京駅
① 四国入りの足
今回も「青春18きっぷ」の使用可能な期間ではあったが、「18きっぷ」を使う別の予定がないこと、また、鉄道だけでは休日中に帰ってこれないことなどから、最近定番となりつつある夜行バスの利用となった。
廃止されるJR路線バスに乗るのには松山からと高知から行くことができ、どちらへも高速夜行バスの便があるが、帰りの足を考えると松山側(本州、新幹線駅に近い側)へ出る方が効率的と判断、高知側から入ることとした。
(上写真左:東京駅(南口)を10分先に出る「ドリーム松山号」/ 同右:「ドリーム高知号」)

JRバスの「早売」ならば東京 - 高知間 6,000円(通常の半額)。発売と同時に空席照会をし、その時チケットが取れなければ別の方法も考えるとして、ネットで照会をしたところ、JRバス関東では「満席」。四国の方で辛うじて確保できてコレを中心にプランが動き始めた(どちらの会社も「早売」で予約可能なのは3席程度)。
バスは、四国、関東とも2階建て(上写真の左が関東、右が四国の車両)。四国の方には1階部に3席のみの「プレミアムシート」があるが、「早売」は一般席(2階席)だけのため対象外。
当初の予約は、バスタ新宿 - 高知駅BTとしたが、東京駅の方がアクセスしやすいこと、高知では土佐神社に参拝したいことから、後に東京駅(南口)- 高知インター南BTに変更。運賃に変更がないので別段問題なかった。

東京駅はほぼ定刻の発車。バスタでは1人の乗客が何かトラブルなのか、出入口付近(1階部)に居てなかなか着席をしないため15分の延発。最初の休憩場所は、東名・足柄SAで10分の休憩(下写真左)。そのあと、新東名・浜松SA、新名神・甲南PA、神戸淡路鳴門道・室津PA(淡路島)で鉄道でいう運転停車。四国に入り土成BS、脇町BSを過ぎ、2回目の休憩場所、徳島道・吉野川SA。ここは、下車停留所の三好BSなのだが、ポールがなく駐車場内で客扱い(下写真右)。

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② 土佐國一宮、土佐神社へ
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高知県最初の停留所、高知インター南BTで下車。
このバス停の名称はJR高速バスのもので、路線バス(とさでん交通)は久万川大橋。
土佐神社に行くのには、ここで降りて「トーメン団地行き」に乗車する方が時間短縮になるが、バスの本数はあまりなく、時間によっては高知駅(BT)まで行った方が便利な場合もある。
この停留所に来たバスは、元「高知県交通」の車両(上写真右)だった(乗って降りるまで乗客は私1人だった)。
本社や車庫を経由して目的地に向かう地方のバスの特徴があるが、このバスも一宮BTで車庫内の待合所前に少々停車した。
高知では駅名・地名など、「一宮」は「いちのみや」ではなく「いっく」読む。

a0057057_1646240.png一宮BTの次の一宮神社前で降り、神社へ向かった。

(例によって、神社・駅の詳細については別の記事とする)。

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神社では、神職の素早い対応で、予定より早くに停留所へ戻れることとなったが、あらかじめ調べてあった、土讃線土佐一宮(とさいっく)駅高知行きの列車に間に合いそうなため、約2kmの道を歩くこととした。ストリートビューでも感じを掴んであったため、ナビの所要時間より5分ほど早くに駅に着いた。

③ 高知からメインテーマ「松山高知急行線」
と、昔ならばそのまま乗車が出来たのだが、高知駅 - 落出駅(愛媛県上浮穴郡久万高原町(かみうけなぐんくまこうげんちょう)のバス駅)間は既に廃止されていて、今は高知より先の佐川(さかわ)駅から落出駅まで黒岩観光のバスで行き、乗り換えが必要。

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高知から特急「あしずり1号 中村行き」に乗車。先に出る普通列車でもよかったが、普通列車の佐川着が途中で「あしずり1号」の待避があり、バスの発車時刻に余裕がないため、520円の特定特急料金を払い乗車した。編成は2両で、後ろの方車両の数席が座席指定となっていた。

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佐川駅の近くには漫画家黒鉄ヒロシの実家、司牡丹酒造の本社がある(屋号は「黒金屋」で、宮尾登美子作「蔵」のモデル)。バスの発車時刻までに行ってこようかと思って駅前に出たが、反対方向へ行ってしまって、結局時間が無くなってしまった(バスに乗車して前を通ったが、歩くのにはいささか距離があった)。
この道(国道494号線)を歩いていて気が付いたのは、「床屋が多い。」ということ。実際に営業しているのかは別としても、1km 以内に3-4 軒というのは少なくはないと思う。

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バスは四国第3の川、仁淀川沿いの国道33号線を安徳天皇が逃れてきたという伝説が残っている越知町(高知県高岡郡)や、仁淀川町(高知県吾川郡)を通り、愛媛県の(上浮穴郡)久万高原町(旧 柳谷村)の落出駅(バス駅)まで走る。この路線は、かつての「松山高知急行線」落出駅から高知県側が廃止された際、その代替えとして運行するようになったもので、平日2往復(休日は運休)の便がある。
そして、今月(平成29年3月)末をもって、落出駅 - 久万高原駅間からJR四国バスが撤退する。

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a0057057_9545768.png落出駅では、松山駅行きまで1時間余りの待ち合わせ時間があった。
佐川駅から乗って来た黒岩観光バスの運転手が(佐川駅に戻る)発車時刻までいろいろ話をしてくれたが、落出から松山側は愛媛県であり、一応久万高原町営のバスに移管する事にはなっているものの、実際の運行をどこが行うかは決定に至っていないらしい。

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a0057057_1083026.png落出駅からは古味、岩川まで(いずれも落出より南側)の久万高原町営バスが1日4往復ずつ(実際には1台が全線通し運転)走っていて、古味線の途中には「ごうかく」という駅があり、役場柳谷支所や高橋石油店(GS)などで「ごうかくきっぷセット」を販売している(右上写真:高橋石油店で購入)。
ちなみに、高橋石油店は、落出駅から国道33号線を北側へ300mほど行ったところにあり、途中に落出車庫前の停留所がある(写真)。この停留所もJR四国バスとしては3月いっぱいで廃止となる。

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落出駅からの乗客は、私1人。途中、久万高原駅を過ぎるころには、乗車人数も10人程度となり、松山市方面への重要な足であることがうかがえる。

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JRのバスのため、(伊予鉄)松山市駅には行かず、JR松山駅が終点。途中、複線線路の平面交差で有名な大手町を通過し、ほぼ時刻通りJR松山駅に到着した。

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この日の宿泊先は、しまなみ海道へのアクセスを考えて今治にしたが、実際地図で見るとJRは西側を大きく迂回するような形で北上し、今治へ向かう。
松山駅から乗った列車が北上するとき、何か逆方向へ移動しているような錯覚にとらわれたが、(予讃線)大浦駅を過ぎたあたりから、いくらか東に向けて走るようになり、なんとなく方向が判るようになった。

しまなみ海道、神社2社に立ち寄り帰宅の途に・・
a0057057_9353698.png今治からの帰りは、しまなみ海道を途中、大山祇神社(大三島)、大山神社(因島)によって福山から新幹線での帰宅とした。
大山祇神社のある大三島は愛媛県。対して、大山神社のある因島は広島県である。
バスの運行も、大山祇神社へは松山・今治(愛媛県側)から直接行かれるのに対し、広島県側からは、乗り換えが必要。
逆に、大山神社(因島・土生港前)へは、広島側からは直接行かれるが、愛媛県側からは乗り換えが必要となる。

まずは今治(駅前)から、せとうちバス(特急は瀬戸内運輸、急行は瀬戸内交通:乗ったバスは急行のため、「交通」)で、大三島の大山祇神社を目指す。
当初予定では、8:40発の(大三島)宮浦港行きに乗るつもりでいたが、平日で1本早い 8:05発があり、これに乗車した(休日は大島止まり)。いずれのバスも行先表示は「大三島」だった。

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3つの来島海峡大橋を渡り、大島。伯方・大島大橋(大島大橋、伯方橋)で伯方島。大三島橋を渡ると大三島である。
バスは、大三島ICを降り、島内道路を一旦北上、ICとは島の反対側に位置する宮浦港へ向かう。大山祇神社前の停留所が神社のすぐ脇にある。

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神社参拝のあと、再び停留所から次の因島・大山神社を目指すが、バスの便はすべて今治方面行きのため、IC近くの大三島バスストップで乗り換える。

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大三島バスストップからは中国バス「しまなみライナー」福山駅前行きに乗車。今度は福山駅へ直行のため、因島島内及び尾道駅、新尾道駅へは、因島大橋で乗継こととなる。
尾道駅方面は、同じ上り方向で、降りた停留所でバスを待てば乗り継ぎが可能なのだが、因島島内へは方向が逆(下り方向)となるため、バスストップの有る大浜PAには、道路本線をまたぐ陸橋があり、下り方へ行かれるようになっている。
ただしこれは、高速バス利用時の話で、島内のバスの便があり、この停留所は、高速道路下の一般道にある。
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# by fbox12 | 2017-03-22 21:27 | 旅行記

(カセットテープ)National

(私的文化遺産整理番号57-7)

National(現 Panasonic)のカセットタープは、一般向けが「National」ブランド。オーディオブランドが「Technics」で、「Panasonic」ブランドでも発売はされているが、ほとんどが末期のカラオケ用。

RT-NA30(私的文化遺産整理番号57-7-1)
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# by fbox12 | 2017-03-21 21:25 | コレクション

1004 吉野川サービスエリア / 1781 吉野川スマートインターチェンジ / 1012 三好バスストップ (徳島道)

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a0057057_2156013.png所属・路線:西日本高速道路株式会社(NEXCO西日本)・徳島自動車道

概要:
吉野川の北岸に位置しており、展望台からは吉野川と隣接する吉野川ハイウェイオアシスを望むことができる。平成16(2004)年10月31日よりスマートICの社会実験(吉野川ハイウェイオアシススマートIC社会実験)が開始され、さらには平成18(2006)年10月1日に恒久化された。なお営業時間は6:00~22:00となっている。
当サービスエリア付近の高架下ではスマートICへのアクセス道として側道が順次整備されてきており、東みよし町道新町伊月線・光下新町線(約6km)が平成18(2006)年12月27日に全通した。これを介して徳島県道12号、132号および266号の各路線に接続している。
平成29(2017)年現在、下り線にデイリーヤマザキがテナントとして入っている。中国・四国地方のSA/PAとしては初めて下り線にファーストフード店(ロッテリア)が設置され、ロッテリアと売店という形になっていたが、ロッテリアは平成19(2007)年10月をもって閉店してデイリーヤマザキとなった。なお、同店は同コンビニにとって徳島県全体で唯一の店舗でもある。

1004-01 下り線(川之江方面)
 所在地:徳島県三好郡東みよし町足代字小山1346番地
 ガソリンスタンド:太陽石油(西日本高速道路サービス・ホールディングス)(営業時間:7:00-22:00)
 コンビニエンスストア「デイリーヤマザキ」(営業時間:24時間)
 金融機関CD:イーネット(阿波銀行管理)

1004-02 上り線(徳島方面)
 所在地:徳島県三好郡東みよし町足代字柳ノ坪1377番地
 ガソリンスタンド:太陽石油(伊予鉄会館)(営業時間:7:00-22:00)


1781 吉野川スマートインターチェンジ
 IC番号:5-1
 料金所番号:08-781
 本線標識の表記:吉野川IC
 開設時間:6:00-22:00
 起点からの距離:(徳島IC起点)68.4km
 位置:◄美馬IC (15.7km) □ (5.4km) 井川池田IC►


a0057057_21564030.png1012 三好バスストップ
サービスエリアに併設された高速バス用バス停留所。高速バスの利用者専用駐車場がある。
アクセスは東みよし町営バス(阿波池田バスターミナル〜東みよし町役場前)で「オアシス前」下車。
高速バス下り便の場合、下車のみとなるため駐車場内で客扱いを行う(休憩場所でもある)。

参考資料:Wikipedia(2017年2月26日)
記事:
 取材:29.3.14
 投稿:29.3.20
 調整:29.3.21
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# by fbox12 | 2017-03-20 10:02 | 鉄道・バス

第九拾伍 上富良野神社 北海道空知郡上富良野町鎮座

a0057057_14192113.png鎮座地:北海道空知郡上富良野町宮町1丁目4番26号
祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
社格等:無格社、旧村社
社殿:神明造
社名かな:かみふらのじんじゃ

由緒:
当神社明細書に「明治35年創祀以来富良野神社と称し、富良野村総鎮守たりしが、下富良野村分村以来上富良野神社と号す」とある。当地が未歌志内戸長役場管轄下であった明治30(1867)年4月に開拓入植第1陣・三重県人の団体入植以来、全国各地より団体・個人の入植が順調に増加し、明治32(1869)年5月『富良野村』として戸長役場の分離独立にいたるまでに各入植地毎に小祀を奉祀していたが、上富良野村史旧原稿によると、明治35(1902)年3月、「当時本村は富良野村と称し現今の南富良野までの区域なりしが、役場所在地なる本市街地に氏神なきは遺憾なりとし、…中略…更に協議を重ね富良野総鎮守として社殿を建設することに決し、…後略…」とあり、社殿を建設、天照皇大神を奉斎し以て創祀となす。大正9(1920)年5月18日、内務省北社第2号を以て無格社として創立を許可される。大正12(1923)年8月7日、内務省北社第7号を以て村社に列せられる。
 
この神社最寄りの駅・バス停:
JR富良野線上富良野駅(南東約600m)

参考資料:北海道神社庁ホームページ
記事:
 取材:60.7.-8
 投稿:29.3.13

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# by fbox12 | 2017-03-13 14:34